『源氏物語』第17帖「絵合」原文全文を読む|読みやすいふりがな付き

出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」国貞『源氏香の図』

 このページでは、『源氏物語』第17帖「絵合」の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『源氏物語』第17帖「絵合」現代語訳全文をご覧ください。

目次

前斎宮の御参り

 前斎宮さきのさいぐうおほんまゐりのこと、中宮ちゆうぐう御心みこころれてもよほしきこえたまふ。こまかなるおほんとぶらひまで、とりてたる御後見おほんうしろみもなしとおぼしやれど、大殿おほいとのは、ゐんこしさむことをはばかりたまひて、二条院にでうのゐんわたしたてまつらむことをも、このたびはおぼしとまりて、ただらずがほにもてなしたまへれど、おほかたのことどもは、とりもちておやめききこえたまふ。

 ゐんはいとくちしくおぼしせど、人悪ひとわろければ、御消息おほんせうそこなどえにたるを、そのになりて、えならぬおほんよそひども、御櫛みぐしはこ打乱うちみだれはこ香壺かうごはこども、つねならず、くさぐさのおほん薫物たきものども、薫衣香くぬえかう、またなきさまに、百歩ひやくぶほかおほにほふまで、こころことにととのへさせたまへり。大臣おとどたまひもせむにと、かねてよりやおぼしまうけけむ、いとわざとがましかむめり。

 殿とのわたりたまへるほどにて、かくなむと女別当によべたう御覧ごらんぜさす。ただ、御櫛みぐしはこかたかたたまふに、きせずこまかになまめきて、めづらしきさまなり。挿櫛さしぐしはこ心葉こころばに、

わかへし小櫛をぐしをかことにてはるけきなかかみやいさめし」

 大臣おとどこれを御覧ごらんじつけておぼしめぐらすに、いとかたじけなくいとほしくて、わが御心みこころのならひ、あやにくなるみて、かのくだりたまひしほど、御心みこころおもほしけむこと、かうとしかへりたまひて、そのこころざしをもとげたまふべきほどに、かかるたがのあるをいかにおぼすらむ、御位みくらゐり、ものしづかにて、をうらめしとやおぼすらむ、など、われになりてこころうごくべきふしかなとおぼしつづけたまふに、いとほしく、なににかくあながちなることをおもひはじめて、心苦こころぐるしくおもほしなやますらむ、つらしともおもひきこえしかど、またなつかしうあはれなるこころばへを、などおもみだれたまひて、とばかりうちながめたまへり。

「このおほんかへりは、いかやうにかこえさせたまふらむ。また、御消息おほんせうそこもいかが」

 などこえたまへど、いとかたはらいたければ、御文おほんふみはえでず。みやなやましげにおぼして、おほんかへりいとものくしたまへど、

こえたまはざらむも、いとなさけなく、かたじけなかるべし」

 と、人々ひとびとそそのかしわづらひきこゆるけはひをきたまひて、

「いとあるまじきおほんことなり。しるしばかりこえさせたまへ」

 とこえたまふも、いとづかしけれど、いにしへおぼしづるに、いとなまめき、きよらにて、いみじうきたまひしおほんさまを、そこはかとなくあはれとたてまつりたまひしおほん幼心をさなごころも、ただいまのこととおぼゆるに、御息所みやすんどころおほんことなど、かきつらねあはれにおぼされて、ただかく、

わかるとてはるかにひし一言ひとこともかへりてものはいまかなしき」

 とばかりやありけむ。御使おほんつかひろく品々しなじなたまはす。大臣おとどは、おほんかへりをいとゆかしうおぼせど、えこえたまはず。

院の御ありさまは

 ゐんおほんありさまは、をんなにてたてまつらまほしきを、このおほんけはひもげなからず、いとよきおほんあはひなめるを、内裏うちはまだいといはけなくおはしますめるに、かくたがへきこゆるを、ひとれず、ものしとやおぼすらむなど、にくきことをさへおぼしやりて、むねつぶれたまへど、今日けふになりておぼしとどむべきことにしあらねば、ことどもあるべきさまにのたまひおきて、むつましうおぼ修理宰相すりのさいしやうくはしくつかうまつるべくのたまひて、内裏うちまゐりたまひぬ。うけばりたるおやざまにはこしされじと、ゐんをつつみきこえたまひて、おほんとぶらひばかりとせたまへり。よき女房にようばうなどはもとよりおほかるみやなれば、さとがちなりしもまゐつどひて、いとになく、けはひあらまほし。

 あはれ、おはせましかば、いかにかひありておぼしいたづかましと、むかし御心みこころざまおぼしづるに、おほかたのにつけては、しうあたらしかりしひとおほんありさまぞや、さこそえあらぬものなりけれ、よしありしかたはなほすぐれて、もののをりごとにおもできこえたまふ。

中宮も内裏にぞ

 中宮ちゆうぐう内裏うちにぞおはしましける。うへはめづらしきひとまゐりたまふとこししければ、いとうつくしうこころづかひしておはします。ほどよりはいみじうされおとなびたまへり。みやも、

「かくづかしきひとまゐりたまふを、こころづかひして、えたてまつらせたまへ」

 とこえたまひけり。ひとれず、大人おとなづかしうやあらむとおぼしけるを、いたうけてのぼりたまへり。いとつつましげにおほどかにて、ささやかにあえかなるけはひのしたまへれば、いとをかしとおぼしけり。弘徽殿こきでんには御覧ごらんじつきたれば、むつましうあはれにこころやすくおもほし、これは、ひとざまもいたうしめり、づかしげに、大臣おとどおほんもてなしも、やむごとなくよそほしければ、あなづりにくくおぼされて、御宿直おほんとのゐなどはひとしくしたまへど、うちとけたるおほんわらはあそびに、ひるなどわたらせたまふことは、あなたがちにおはします。権中納言ごんちうなごんは、おもこころありてこえたまひけるに、かくまゐりたまひて、おほんむすめにきしろふさまにてさぶらひたまふを、方々かたがたにやすからずおぼすべし。

院には、櫛の筥の御返り

 ゐんには、かのくしはこおほんかへ御覧ごらんぜしにつけても、御心みこころはなれがたかりけり。そのころ、大臣おとどまゐりたまへるに、御物語おほんものがたりこまやかなり。ことのついでに、斎宮さいぐうくだりたまひしこと、さきざきものたまひづれば、こえでたまひて、さおもこころなむありしなどは、えあらはしたまはず。大臣おとども、かかるけしきがほにはあらで、ただいかがおぼしたるとゆかしさに、とかうかのおほんことをのたまひづるに、あはれなるけしきあさはかならずゆれば、いといとほしくおぼす。めでたしとおもほししみにける御容貌おほんかたち、いかやうなるをかしさにかと、ゆかしうおもひきこえたまへど、さらにえたてまつりたまはぬを、ねたうおもほす。いとおもりかにて、ゆめにもいはけたるおほんふるまひなどのあらばこそ、おのづからほのえたまふついでもあらめ、こころにくきおほんけはひのみふかさまされば、たてまつりたまふままに、いとあらまほしとおもひきこえたまへり。かく隙間すきまなくて、二所ふたところさぶらひたまへば、兵部卿宮ひやうぶきやうのみや、すがすがともえおもほしたず、みかどおとなびたまひなば、さりともえおもほしてじとぞ、ぐしたまふ。二所ふたところおほんおぼえども、とりどりにいどみたまへり。

上は絵を興あるものに

 うへは、よろづのことにすぐれてきようあるものにおぼしたり。ててこのませたまへばにや、になくかせたまふ。斎宮さいぐう女御にようご、いとをかしうかせたまひければ、これに御心みこころうつりて、わたらせたまひつつ、かよはさせたまふ。殿上てんじやうわか人々ひとびとも、このことまねぶをば御心みこころとどめてをかしきものにおもほしたれば、ましてをかしげなるひとこころばへあるさまに、まほならずきすさび、なまめかしうして、とかくふでうちやすらひたまへるおほんさま、らうたげさに御心みこころしみて、いとしげうわたらせたまひて、ありしよりけにおほんおもひまされるを、権中納言ごんちうなごんきたまひて、あくまでかどかどしくいまめきたまへる御心みこころにて、われひとおとりなむやとおぼしはげみて、すぐれたる上手じやうずどもをりて、いみじくいましめて、またなきさまなるどもを、になきかみどもにあつめさせたまふ。

物語絵こそ心ばへ見えて

物語絵ものがたりゑこそ、こころばへえて、どころあるものなれ」

 とて、おもしろくこころばへあるかぎりをりつつかせたまふ。れい月次つきなみも、れぬさまに、ことつづけて御覧ごらんぜさせたまふ。わざとをかしうしたれば、またこなたにてもこれを御覧ごらんずるに、こころやすくもでたまはず、いといたくめて、このおほんかたわたらせたまふをしみりやうじたまへば、大臣おとどきたまひて、

「なほ権中納言ごんちうなごんこころばへの若々わかわかしさこそ、あらたまりがたかめれ」

 などわらひたまふ。

「あながちにかくして、こころやすくも御覧ごらんぜさせず、なやましきこゆる、いとめざましや。古代こたい御絵おほんゑどものはべる、まゐらせむ」

 とそうしたまひて、殿とのふるきもあたらしきもどもりたる御厨子みづしどもひらかせたまひて、女君をんなぎみともろともに、いまめかしきはそれそれと、りととのへさせたまふ。『長恨歌ちやうごんか』『王昭君わうせうくん』などやうなるは、おもしろくあはれなれど、ことみあるは此度こたみはたてまつらじとりとどめたまふ。かのたび御日記おほんにきはこをもでさせたまひて、このついでにぞ女君をんなぎみにもせたてまつりたまひける。御心みこころふからでいまひとだに、すこしものおもらむひとは、なみだしむまじくあはれなり。まいてわすれがたく、そのゆめをおぼしさますをりなき御心みこころどもには、りかへしかなしうおぼしでらる。いままでせたまはざりけるうらみをぞこえたまひける。

一人ひとりゐてなげきしよりは海士あまむかたをかくてぞるべかりける

おぼつかなさは、なぐさみなましものを」

 とのたまふ。いとあはれとおぼして、

きめしそのをりよりも今日けふはまたぎにしかたにかへるなみだか」

 中宮ちゆうぐうばかりには、せたてまつるべきものなり。かたはなるまじき一帖いちでふづつ、さすがに浦々うらうらのありさまさやかにえたるを、りたまふついでにも、かの明石あかし家居いへゐぞ、まづいかにとおぼしやらぬときなき。

かう絵ども集めらる

 かうどもあつめらるときたまひて、権中納言ごんちうなごん、いとこころくして、ぢく表紙へうしひもかざり、いよいよととのへたまふ。弥生やよひ十日とをかのほどなれば、そらもうららかにて、ひとこころものび、ものおもしろきをりなるに、内裏うちわたりも、節会せちゑどものひまなれば、ただかやうのことどもにて、御方々おほんかたがたらしたまふを、おなじくは、御覧ごらんどころもまさりぬべくてたてまつらむの御心みこころつきて、いとわざとあつまゐらせたまへり。こなたかなたとさまざまにおほかり。物語絵ものがたりゑはこまやかに、なつかしさまさるめるを、梅壺むめつぼおほんかたは、いにしへの物語ものがたり名高なだかくゆゑあるかぎり、弘徽殿こきでんは、そのころにめづらしく、をかしきかぎりをかせたまへれば、うちいまめかしきはなやかさは、いとこよなくまされり。うへ女房にようばうなども、よしあるかぎり、これは、かれは、などさだめあへるを、このころのことにすめり。

中宮も参らせたまへるころ

 中宮ちゆうぐうまゐらせたまへるころにて、方々かたがた御覧ごらんてがたくおもほすことなれば、おほんおこなひもおこたりつつ御覧ごらんず。この人々ひとびとのとりどりにろんずるをこしして、左右ひだりみぎかたかたせたまふ。梅壺むめつぼおほんかたには、平典侍へいないしのすけ侍従じじう内侍ないし少将せうしやう命婦みやうぶみぎには大弐だいに典侍ないしのすけ中将ちゆうじやう命婦みやうぶ兵衛ひやうゑ命婦みやうぶを、ただいまこころにくき有職いうそくどもにて、心々こころごころにあらそふくちつきどもををかしとこしして、まづ、物語ものがたりはじめのおやなる『竹取たけとりおきな』に『宇津保うつほ俊蔭としかげ』をはせてあらそふ。

「なよたけ世々よよりにけること、をかしきふしもなけれど、かくやひめのこのにごりにもけがれず、はるかにおもひのぼれるちぎたかく、神代かみよのことなめれば、あさはかなるをんなおよばぬならむかし」

 とふ。みぎは、かくやひめののぼりけむ雲居くもゐはげにおよばぬことなれば、たれりがたし。このちぎりはたけなかむすびければ、くだれるひとのこととこそはゆめれ。ひとついへうちらしけめど、百敷ももしきのかしこき御光おほんひかりにはならばずなりにけり。阿部あべのおほしが千々ちぢ黄金こがねてて、火鼠ひねずみおも片時かたときえたるも、いとあへなし。車持くらもち親王みこの、まことの蓬莱ほうらいふかこころりながら、いつはりてたまえだきずをつけたるをあやまちとなす。巨勢相覧こせのあふみ紀貫之きのつらゆきけり。紙屋紙かむやがみからをばいして、赤紫あかむらさき表紙へうし紫檀したんぢくつねよそほひなり。俊蔭としかげは、はげしき波風なみかぜにおぼほれ、らぬくにはなたれしかど、なほさしてきけるかたこころざしもかなひて、つひにひと朝廷みかどにもわがくににもありがたきざえのほどをひろめ、のこしけるふるこころふに、のさまも、唐土もろこしもととをならべて、おもしろきことどもなほならびなしとふ。しろ色紙しきしあを表紙へうしなるたまぢくなり。常則つねのり道風みちかぜなれば、いまめかしうをかしげに、もかかやくまでゆ。またひだりにそのことわりなし。

次に、伊勢物語に正三位

 つぎに、『伊勢物語いせものがたり』に『正三位じやうざんみ』をはせて、またさだめやらず。これも、みぎはおもしろくにぎははしく、内裏うちわたりよりうちはじめ、ちかのありさまをきたるは、をかしうどころまさる。平内侍へいないし

伊勢いせうみふかこころをたどらずてふりにしあとなみつべき

つねのあだことのひきつくろひかざれるにされて、業平なりひらをやくたすべき」

 と、あらそひかねたり。みぎのすけ、

くもうへおもひのぼれるこころには千尋ちひろそこもはるかにぞる」

兵衛ひやうゑ大君おほきみ心高こころたかさは、げにてがたけれど、在五中将ざいごちゆうじやうをば、えくたさじ」

 とのたまはせて、みや

「みるめこそうらふりぬらめとしにし伊勢いせをのうみひとをやしづめむ」

 かやうの女言をんなごとにて、みだりがはしくあらそふに、一巻ひとまきことくして、えもひやらず。ただ、あさはかなる若人わかうどどもは、にかへりゆかしがれど、うへのもみやのも片端かたはしをだにえず、いといたうめさせたまふ。

大臣参りたまひて

 大臣おとどまゐりたまひて、かくとりどりにあらそひさわこころばへども、をかしくおぼして、

おなじくは、御前おまへにてこの勝負かちまけさだめむ」

 と、のたまひなりぬ。かかることもやと、かねておぼしければ、なかにもことなるはりとどめたまへるに、かの須磨すま明石あかし二巻ふたまきは、おぼすところありてぜさせたまへり。中納言ちうなごんもその御心みこころおとらず。このころのには、ただかくおもしろき紙絵かみゑをととのふることを、あめしたいとなみたり。

いまあらためかむことは、本意ほいなきことなり。ただありけむかぎりをこそ」

 とのたまへど、中納言ちうなごんひとにもせで、わりなきまどひらけてかせたまひけるを、ゐんにも、かかることかせたまひて、梅壺むめつぼ御絵おほんゑどもたてまつらせたまへり。としうち節会せちゑどものおもしろくきようあるを、むかし上手じやうずどものとりどりにけるに、延喜えんぎおほんづからことのこころかせたまへるに、またわが御世みよことかせたまへるまきに、かの斎宮さいぐうくだりたまひし大極殿だいごくでん儀式ぎしき御心みこころにしみておぼしければ、くべきやうくはしくおほせられて、公茂きむもちつかうまつれるが、いといみじきをたてまつらせたまへり。えんきたるぢんはこに、おなじき心葉こころばのさまなど、いといまめかし。御消息おほんせうそこはただ言葉ことばにて、ゐん殿上てんじやうにさぶらふ左近中将さこんのちゆうじやう御使おほんつかひにてあり。かの大極殿だいごくでん御輿みこしせたるところの、神々かうがうしきに、

こそかくしめのほかなれそのかみのこころのうちをわすれしもせず」

 とのみあり。こえたまはざらむも、いとかたじけなければ、くるしうおぼしながら、むかし御釵おほんかむざしはしをいささかりて、

「しめのうちはむかしにあらぬ心地ここちして神代かみよのこともいまこひしき」

 とて、はなだからかみつつみてまゐらせたまふ。御使おほんつかひろくなど、いとなまめかし。ゐんみかど御覧ごらんずるに、かぎりなくあはれとおぼすにぞ、ありしかへさまほしくおもほしける。大臣おとどをもつらしとおもひきこえさせたまひけむかし。ぎにしかた御報おほんむくいにやありけむ。ゐん御絵おほんゑは、きさいみやよりつたはりて、あの女御にようごおほんかたにもおほまゐるべし。尚侍ないしのかみきみも、かやうのおほんこのましさはひとにすぐれて、をかしきさまにとりなしつつあつめたまふ。

その日と定めて

 そのさだめて、にはかなるやうなれど、をかしきさまにはかなうしなして、左右ひだりみぎ御絵おほんゑどもまゐらせたまふ。女房にようばうさぶらひ御座おましよそはせて、北南きたみなみ方々かたがたわかれてさぶらふ。殿上てんじやうひとは、後涼殿こうらうでん簀子すのこに、おのおの心寄こころよせつつさぶらふ。ひだり紫檀したんはこ蘇芳すはう花足けそく敷物しきものには紫地むらさきぢからにしき打敷うちしき葡萄染えびぞめからなり。わらは六人ろくにん赤色あかいろ桜襲さくらがさね汗衫かざみあこめくれなゐ藤襲ふぢがさね織物おりものなり。姿すがた用意よういなど、なべてならずゆ。みぎぢんはこ浅香せんかう下机したづくゑ打敷うちしき青地あをぢ高麗こまにしき、あしゆひのくみ花足けそくこころばへなど、いまめかし。わらは青色あをいろやなぎ汗衫かざみ山吹襲やまぶきがさねあこめたり。みな御前おまへつ。うへ女房にようばう前後まへしりへ装束さうぞけたり。

 しありて、内大臣うちのおとど権中納言ごんちうなごんまゐりたまふ。その帥宮そちのみやまゐりたまへり。いとよしありておはするうちに、このみたまへば、大臣おとどの、したにすすめたまへるやうやあらむ、ことことしきしにはあらで、殿上てんじやうにおはするを、おほごとありて御前ごぜんまゐりたまふ。このはんつかうまつりたまふ。いみじう、げにくしたるどもあり。さらにえさだめやりたまはず。れい四季しきも、いにしへの上手じやうずどものおもしろきことどもをびつつ、ふでとどこほらずきながしたるさま、たとへむかたなしとるに、紙絵かみゑかぎりありて、山水やまみづのゆたかなるこころばへをえくさぬものなれば、ただふでかざり、ひとこころつくてられて、いまのあさはかなるも、むかしのあとなく、にぎははしく、あなおもしろとゆるすぢはまさりて、おほくのあらそひども、今日けふ方々かたがたきようあることもおほかり。

 朝餉あさがれひ御障子みさうじけて、中宮ちゆうぐうもおはしませば、ふかうしろしめしたらむとおもふに、大臣おとどもいというにおぼえたまひて、所々ところどころはんどもこころもとなき折々をりをりに、時々ときどきさしいらへたまひけるほど、あらまほし。

定めかねて夜に入りぬ

 さだめかねてりぬ。ひだりはなほかずひとつあるてに、須磨すままきたるに、中納言ちうなごん御心みこころさわぎにけり。あなたにもこころして、てのまきこころことにすぐれたるをきたまへるに、かかるいみじきものの上手じやうずの、こころかぎおもひすましてしづかにきたまへるは、たとふべきかたなし。親王みこよりはじめたてまつりて、なみだとどめたまはず。そのに、心苦こころぐるかなしとおもほししほどよりも、おはしけむありさま、御心みこころにおぼししことども、ただいまのやうにえ、ところのさま、おぼつかなき浦々うらうらいそかくれなくきあらはしたまへり。さう仮名かな所々ところどころきまぜて、まほのくはしき日記にきにはあらず、あはれなるうたなどもまじれる、たぐひゆかし。たれ異事ことごとおもほさず、さまざまの御絵おほんゑきよう、これにみなうつてて、あはれにおもしろし。よろづみなおしゆづりて、ひだりつになりぬ。

夜明け方近くなるほどに

 夜明よあかたちかくなるほどに、ものいとあはれにおぼされて、御土器おほんかはらけなどまゐるついでに、むかし御物語おほんものがたりどもて、

「いはけなきほどより、学問がくもんこころれてはべりしに、すこしもざえなどつきぬべくや御覧ごらんじけむ、ゐんののたまはせしやう、才学さいがくといふもの、にいとおもくするものなればにやあらむ、いたうすすみぬるひとの、いのちさいはひとならびぬるは、いとかたきものになむ。品高しなたかまれ、さらでもひとおとるまじきほどにて、あながちにこのみちふかならひそと、いさめさせたまひて、本才ほんざい方々かたがたのものをしへさせたまひしに、つたなきこともなく、またとりててこのこととこころることもはべらざりき。くことのみなむ、あやしくはかなきものから、いかにしてかはこころゆくばかりきてるべきとおも折々をりをりはべりしを、おぼえぬ山賤やまがつになりて、四方よもうみふかこころしに、さらにおもらぬくまなくいたられにしかど、ふでのゆくかぎりありて、こころよりはことゆかずなむおもうたまへられしを、ついでなくて御覧ごらんぜさすべきならねば、かうこのこのきしきやうなる、のちこえやあらむ」

 と、親王みこまうしたまへば、

なにざえも、こころよりはなちてならふべきわざならねど、道々みちみちにもののあり、まなどころあらむは、ことのふかあささはらねど、おのづからうつさむにあとありぬべし。ふでみちつこととぞ、あやしうたましひのほどゆるを、ふからうなくゆるおれものも、さるべきにて、つたぐひもれど、いへなかには、なほひとけぬるひとなにごとをもこのけるとぞえたる。ゐん御前ごぜんにて、親王みこたち、内親王ないしんわう、いづれかは、さまざまとりどりのざえならはさせたまはざりけむ。そのなかにも、とりてたる御心みこころれて、つたけとらせたまへるかひありて、文才もんざいをばさるものにてはず、さらぬことのなかには、きんかせたまふことなむいちざえにて、つぎには横笛よこぶえ琵琶びはさうことをなむ、次々つぎつぎならひたまへると、うへもおぼしのたまはせき。ひと、しかおもひきこえさせたるを、はなほふでのついでにすさびさせたまふあだこととこそおもひたまへしか、いとかう、まさなきまで、いにしへのすみがきの上手じやうずども、あとをくらうなしつべかめるは、かへりて、けしからぬわざなり」

 と、うちみだれてこえたまひて、きにや、ゐんおほんことこえでて、みなうちしほれたまひぬ。

二十日あまりの月さし出でて

 二十日はつかあまりのつきさしでて、こなたはまださやかならねど、おほかたのそら、をかしきほどなるに、書司ふむのつかさ御琴おほんことでて、和琴わごん権中納言ごんちうなごんたまはりたまふ。さはいへど、ひとにまさりてかきてたまへり。親王みこさう御琴おほんこと大臣おとどきん琵琶びは少将せうしやう命婦みやうぶつかうまつる。上人うへびとなかにすぐれたるをして、拍子はうしたまはす。いみじうおもしろし。つるままに、はないろひと御容貌おほんかたちどももほのかにえて、とりのさへづるほど、心地ここちゆき、めでたきあさぼらけなり。ろくどもは、中宮ちゆうぐうおほんかたよりたまはす。親王みこは、御衣おほんぞまたかさねてたまはりたまふ。

そのころのことには

 そのころのことには、このさだめをしたまふ。

「かの浦々うらうらまきは、中宮ちゆうぐうにさぶらはせたまへ」

 とこえさせたまひければ、これがはじめ、またのこりの巻々まきまきゆかしがらせたまへど、

いま次々つぎつぎに」

 とこえさせたまふ。うへにも御心みこころゆかせたまひておぼししたるを、うれしくたてまつりたまふ。はかなきことにつけても、かうもてなしきこえたまへば、権中納言ごんちうなごんは、なほおぼえさるべきにやと、こころやましうおぼさるべかめり。うへこころざしは、もとよりおぼししみにければ、なほこまやかにおぼししたるさまを、ひとれずたてまつりりたまひてぞ、たのもしく、さりともとおぼされける。さるべき節会せちゑどもにも、この御時おほんときよりと、すゑひとつたふべきれいへむとおぼし、わたくしざまのかかるはかなき御遊おほんあそびも、めづらしきすぢにせさせたまひて、いみじきさかりの御世みよなり。

大臣ぞ、なほ常なきものに

 大臣おとどぞ、なほつねなきものにをおぼして、いますこしおとなびおはしますとたてまつりて、なほそむきなむとふかおもほすべかめる。むかしのためしをくにも、よはひらで、官位つかさくらゐたかくのぼり、けぬるひとの、ながくえたもたぬわざなりけり、この御世みよには、のほどおぼえぎにたり、なかごろなきになりてしづみたりしうれへにかはりて、いままでもながらふるなり、いまよりのちさかえは、なほいのちうしろめたし、しづかにもりゐて、のちのことをつとめ、かつはよはひをもべむとおもほして、山里やまざとののどかなるをめて、御堂みだうつくらせたまひ、仏経ほとけきやうのいとなみへてせさせたまふめるに、すゑきみたち、おもふさまにかしづきだしてむとおぼしすにぞ、とくてたまはむことはかたげなる。いかにおぼしおきつるにかと、いとりがたし。

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