『紫式部日記』の「女郎花」は、朝露に濡れて美しく咲き誇る「女郎花(おみなえし)」をお題に、藤原道長と紫式部が即興で歌を詠み交わす場面です。
原文からは、道長が式部に気さくに接する一方で、式部がどぎまぎしている様子もうかがえ、二人の微妙な距離感が伝わります。
この記事では、「女郎花」の現代語訳・原文・語釈に加え、古くから和歌に詠まれてきた女郎花という植物についても解説します。
紫式部日記「女郎花」の現代語訳
渡り廊下の戸口の部屋から外を見ると、ほんのり霧がかかる朝、露もまだ落ちない時間だというのに、道長殿が庭を歩き回って、従者にせせらぎを掃除させていらっしゃいます。
橋の南側の女郎花が見事に咲き乱れているのを、道長殿は一枝折って几帳の上から差し出し、お顔をお見せになりました。
そのお姿の、なんと凛々しいことでしょう。
それに比べて、私の寝起き顔ときたら⋯⋯と思い知らされましたので、
「ほら、お題はこの花。返事が遅くてはいけませんよ」
と、道長殿がおっしゃるのにかこつけて、硯の近くに寄りました。
女郎花盛りの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ
花盛りの女郎花が、朝露に濡れてますます美しいのを見ると、露にも区別されて選ばれなかった私の身の程が思い知らされます。
「お、早いな」
と、道長殿は微笑まれて、硯を召し出させました。
白露は分きても置かじ女郎花心からにや色の染むらむ
白露は区別することなく、平等に降りるもの。女郎花は自分の心によって美しく染まるのだよ。(あなたも素材はいいのだから、心がけ次第だよ)
紫式部日記「女郎花」の原文
渡殿の戸口の局に見出だせば、ほのうち霧りたる朝の露もまだ落ちぬに、殿歩かせたまひて、御随身召して、遣水払はせたまふ。
橋の南なる女郎花のいみじう盛りなるを、一枝折らせたまひて、几帳の上よりさし覗かせたまへる御さまの、いと恥づかしげなるに、我が朝顔の思ひ知らるれば、
「これ、遅くては悪からむ」
とのたまはするにことつけて、硯のもとに寄りぬ。
女郎花盛りの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ
「あな、疾」
と微笑みて、硯召し出づ。
白露は分きても置かじ女郎花心からにや色の染むらむ
紫式部日記「女郎花」の語釈
- 渡殿の戸口の局:紫式部が土御門殿(藤原道長の邸宅)内に与えられた控室。
- 殿:藤原道長。当時43歳。紫式部より5歳ほど年上か。
- 随身:道長の従者。
- 遣水:庭に造られたせせらぎ。
- 払ふ:掃除する。
- 女郎花:秋の七草の一つ。その美しさが女性を圧倒する「女郎圧し」が原義。
- 恥づかしげ:(こちらが恥ずかしくなるほど)立派だ。
- 朝顔:朝起きたばかりの顔。
- 分く:区別する。はっきりと分ける。
女郎花とは?

女郎花の由来
女郎花(おみなえし)という名前の由来は、二つの説があります。
一つは、黄色い小花が粟の粒に似ており、咲き乱れると粟飯のように見える、という説です。
粟飯は女性が食べるものとみなされており、「女飯(おみなめし)」という別名で呼ばれていました。
その「女飯(おみなめし)」が転じて、「おみなへし」と呼ばれるようになったといわれています。
もう一つの説は、「女圧し(おみなへし)」という言葉に由来するというものです。
「女圧し(おみなへし)」とは、女性を圧倒するほど美しいという意味です。
いずれの説も女性に由来しており、小さくてなよなよしている可憐さが、女性を感じさせたのかもしれません。
歌に込められた意味
紫式部日記「女郎花」で、藤原道長が紫式部に対してお題を出したのは、
「女性を圧倒するほど美しい女郎花が盛りだよ、どうだ?」
という意味が込められていたのでしょう。
紫式部が時間を置かずに、
女郎花盛りの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ
と、自分を卑下しつつ、相手を立てる歌を詠んだのはさすがです。
そしてすぐさま、
白露は分きても置かじ女郎花心からにや色の染むらむ
と、紫式部をフォローする歌を返す道長も、さすがというほかありません。
どんな訓練を受けたら、即興でこんな歌が詠めるようになるのでしょうか。
でも、このような能力に長けていないとやっていけない宮廷も大変ですね。
万葉歌にも登場する女郎花と白露

女郎花は古くから親しまれてきた草花で、万葉歌人の山上憶良が詠んだ「秋の七草」の一つです。
女郎花は『万葉集』で14首に登場し、『紫式部日記』で藤原道長が詠んだ歌にある「白露」というキーワードが使われている万葉歌もあります。
手に取れば袖さへにほふ女郎花この白露に散らまく惜しも(巻10-2115番歌)
手に取ると袖まで色づくような女郎花が、この白露で散ってしまうのが惜しいなあ
女郎花の黄色い花と白露というのは、風流の定番セットだったのかもしれませんね。



