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『源氏物語』第15帖「蓬生」原文全文

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出典:国立国会図書館「NDLイメージバンク」国貞『源氏香の図』

 このページでは、『源氏物語』第15帖「蓬生」の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。現代語訳とあわせて読みたい方は、『源氏物語』第15帖「蓬生」現代語訳全文をご覧ください。

目次

藻塩たれつつ

 藻塩もしほたれつつわびたまひしころほひ、都みやこにも、さまざまにおぼし嘆なげく人ひと多おほかりしを、さてもわが御身おほんみのより所どころあるは、一方ひとかたの思おもひこそ苦くるしげなりしか、二条にでうの上うへなどものどやかにて、旅たびの御住処おほんすみかをもおぼつかなからず聞きこえ通かよひたまひつつ、位くらゐを去さりたまへる仮かりの御おほんよそひをも、竹たけの子このよの憂うき節ふしを、時々ときどきにつけてあつかひきこえたまふに慰なぐさめたまひけむ、なかなかその数かずと人ひとにも知しられず、立たち別わかれたまひしほどの御おほんありさまをも、よそのことに思おもひやりたまふ人々ひとびとの、下したの心こころくだきたまふたぐひ多おほかり。

 常陸宮ひたちのみやの君きみは、父ちち親王みこの亡うせたまひにし名残なごりに、また思おもひあつかふ人ひともなき御身おほんみにて、いみじう心こころ細ぼそげなりしを、思おもひかけぬ御おほんことの出いで来きて、訪とぶらひきこえたまふこと絶たえざりしを、いかめしき御勢おほんいきほひにこそことにもあらず、はかなきほどの御情おほんなさけばかりとおぼしたりしかど、待まち受うけたまふ袂たもとの狭せばきに、大空おほぞらの星ほしの光ひかりを盥たらひの水みづに映うつしたる心地ここちして過すぐしたまひしほどに、かかる世よの騷さわぎ出いで来きて、なべての世憂ようくおぼし乱みだれしまぎれに、わざと深ふかからぬ方かたの心こころざしはうち忘わすれたるやうにて、遠とほくおはしましにしのち、ふりはへてしもえ尋たづねきこえたまはず。その名残なごりに、しばしは泣なく泣なくも過すぐしたまひしを、年月としつき経ふるままに、あはれにさびしき御おほんありさまなり。

 古ふるき女をんなばらなどは、

「いでや、いと口惜くちをしき御宿世おほんすくせなりけり。おぼえず神かみ仏ほとけのあらはれたまへらむやうなりし御心みこころばへに、かかるよすがも人ひとは出いでおはするものなりけりと、ありがたう見みたてまつりしを、おほかたの世よのことといひながら、また頼たのむ方かたなき御おほんありさまこそ悲かなしけれ」

 と、つぶやき嘆なげく。さる方かたにありつきたりしあなたの年としごろは、いふかひなきさびしさに目めなれて過すぐしたまふを、なかなかすこし世よづきてならひにける年月としつきに、いと堪たへがたく思おもひ嘆なげくべし。すこしもさてありぬべき人々ひとびとは、おのづから参まゐりつきてありしを、皆みな次々つぎつぎに従したがひて行いき散ちりぬ。女をんなばらの命いのち堪たへぬもありて、月日つきひに従したがひては、上下かみしもの人数ひとかず少すくなくなりゆく。

もとより荒れたりし宮のうち

 もとより荒あれたりし宮みやのうち、いとど狐きつねの住処すみかになりて、うとましう気遠けどほき木立こだちに、梟ふくろふの声こゑを朝夕あさゆふに耳みみならしつつ、人気ひとげにこそさやうのものもせかれて影かげ隠かくしけれ、木霊こだまなどけしからぬものども、所ところを得えてやうやう形かたちをあらはし、ものわびしきことのみ数かず知しらぬに、まれまれ残のこりてさぶらふ人ひとは、

「なほいとわりなし。この受領ずりゃうどもの、おもしろき家造いへづくり好このむが、この宮みやの木立こだちを心こころにつけて、放はなちたまはせてむやと、ほとりにつきて案内あないし申まうさするをさやうにせさせたまひて、いとかうもの恐おそろしからぬ御住おほんすまひにおぼし移うつろはなむ。立たちとまりさぶらふ人ひともいと堪たへがたし」

 など聞きこゆれど、

「あないみじや。人ひとの聞きき思おもはむこともあり。生いける世よに、しか名残なごりなきわざはいかがせむ。かく恐おそろしげに荒あれ果はてぬれど、親おやの御影おほんかげとまりたる心地ここちする古ふるき住処すみかと思おもふに、慰なぐさみてこそあれ」

 と、うち泣なきつつ、おぼしもかけず。御調度おほんでうどどもを、いと古代こたいになれたるが昔むかしやうにてうるはしきを、なまもののゆゑ知しらむと思おもへる人ひと、さるもの要えうじて、わざとその人ひとかの人ひとにせさせたまへると尋たづね聞ききて案内あないするも、おのづからかかる貧まづしきあたりと思おもひあなづりて言いひ来くるを、例れいの女をんなばら、

「いかがはせむ。そこそは世よの常つねのこと」

 とて、取とりまぎらはしつつ、目めに近ちかき今日明日けふあすの見苦みぐるしさをつくろはむとする時ときもあるを、いみじういさめたまひて、

「見みよと思おもひたまひてこそ、しおかせたまひけめ。などてか、軽々かるがるしき人ひとの家いへの飾かざりとはなさむ。亡うき人ひとの御本意おほんほい違たがはむがあはれなること」

 とのたまひて、さるわざはせさせたまはず。

はかなきことにても、訪らひ

 はかなきことにても、訪とぶらひきこゆる人ひとはなき御身おほんみなり。ただ、御兄おほんせうとの禅師ぜんじの君きみばかりぞ、まれにも京きゃうに出いでたまふ時ときはさしのぞきたまへど、それも世よになき古ふるめき人びとにて、同おなじき法師ほふしといふなかにも、たづきなくこの世よを離はなれたる聖ひじりにものしたまひて、しげき草くさ、蓬よもぎをだにかき払はらはむものとも思おもひ寄よりたまはず。かかるままに、浅茅あさぢは庭にはの面おもても見みえず、しげき蓬よもぎは軒のきをあらそひて生おひのぼる。葎むぐらは西東にしひんがしの御門みかどを閉とぢこめたるぞ頼たのもしけれど、崩くづれがちなるめぐりの垣かきを馬むま、牛うしなどの踏ふみならしたる道みちにて、春夏はるなつになれば、放はなち飼かふ総角あげまきの心こころさへぞめざましき。

 八月はづき、野分のわき荒あかりし年とし、廊らうどもも倒たふれ伏ふし、下しもの屋やどものはかなき板葺いたぶきなりしなどは、骨ほねのみわづかに残のこりて立たちとまる下衆げすだになし。煙けぶり絶たえて、あはれにいみじきこと多おほかり。盗人ぬすびとなどいふひたぶる心ごころある者ものも、思おもひやりのさびしければにや、この宮みやをば不ふ要えうのものに踏ふみ過すぎて寄より来こざりければ、かくいみじき野良のら、薮やぶなれども、さすがに寝殿しんでんのうちばかりはありし御おほんしつらひ変かはらず、つややかに掻かい掃はきなどする人ひともなし。塵ちりは積つもれどまぎるることなきうるはしき御住おほんすまひにて、明あかし暮くらしたまふ。

はかなき古歌、物語など

 はかなき古歌ふるうた、物語ものがたりなどやうのすさびごとにてこそ、つれづれをもまぎらはし、かかる住すまひをも思おもひ慰なぐさむるわざなめれ、さやうのことにも心こころ遅おそくものしたまふ。わざと好このましからねど、おのづからまた急いそぐことなきほどは、同おなじ心こころなる文通ふみかよはしなどうちしてこそ、若わかき人ひとは木き草くさにつけても心こころを慰なぐさめたまふべけれど、親おやのもてかしづきたまひし御心みこころおきてのままに、世よの中なかをつつましきものにおぼして、まれにも言通ことかよひたまふべき御おほんあたりをも、さらに馴なれたまはず、古ふるりにたる御厨子みづし開あけて、唐守からもり、藐姑射はこやの刀自とじ、かぐや姫ひめの物語ものがたりの絵ゑに描かきたるをぞ、時々ときどきのまさぐりものにしたまふ。

 古歌ふるうたとても、をかしきやうに選えり出いで、題だいをも読人よみびとをもあらはし心得こころえたるこそ見所みどころもありけれ、うるはしき紙屋紙かむやがみ、陸奥紙みちのくにがみなどのふくだめるに、古言ふることどもの目馴めなれたるなどは、いとすさまじげなるを、せめてながめたまふ折々をりをりはひき広ひろげたまふ。今いまの世よの人ひとのすめる、経きゃううち読よみ、行おこなひなどいふことは、いと恥はづかしくしたまひて、見みたてまつる人ひともなけれど、数珠ずずなど取とり寄よせたまはず。かやうにうるはしくぞものしたまひける。

侍従などいひし御乳母子

 侍従じじうなどいひし御乳母子おほんめのとごのみこそ、年としごろあくがれ果はてぬ者ものにてさぶらひつれど、通かよひ参まゐりし斎院さいゐん亡うせたまひなどして、いと堪たへがたく心こころ細ぼそきに、この姫君ひめぎみの母はは北きたの方かたのはらから、世よにおちぶれて受領ずりゃうの北きたの方かたになりたまへるありけり。娘むすめどもかしづきて、よろしき若人わかうどどもも、むげに知しらぬ所ところよりは、親おやどももまうで通かよひしを、と思おもひて時々ときどき行いき通かよふ。この姫君ひめぎみは、かく人ひと疎うとき御癖おほんくせなれば、むつましくも言いひ通かよひたまはず。

「おのれをばおとしめたまひて、面伏おもてぶせにおぼしたりしかば、姫君ひめぎみの御おほんありさまの心こころ苦ぐるしげなるも、え訪とぶらひきこえず」

 など、なま憎にくげなる言葉ことばども言いひ聞きかせつつ、時々ときどき聞きこえけり。もとよりありつきたるさやうの並々なみなみの人ひとは、なかなかよき人ひとの真似まねに心こころをつくろひ、思おもひ上あがるも多おほかるを、やむごとなき筋すぢながらも、かうまで落おつべき宿世すくせありければにや、心こころすこしなほなほしき御叔母おほんをばにぞありける。わがかく劣おとりのさまにて、あなづらはしく思おもはれたりしを、いかでかかる世よの末すゑに、この君きみをわが娘むすめどもの使人つかひびとになしてしがな、心こころばせなどの古ふるびたる方かたこそあれ、いとうしろやすき後見うしろみならむ、と思おもひて、

「時々ときどきここに渡わたらせたまひて、御琴おほんことの音ねもうけたまはらまほしがる人ひとなむはべる」

 と聞きこえけり。この侍従じじうも、常つねに言いひもよほせど、人ひとにいどむ心こころにはあらで、ただこちたき御おほんものづつみなれば、さもむつびたまはぬを、ねたしとなむ思おもひける。

 かかるほどに、かの家いへあるじ、大弐だいにになりぬ。娘むすめどもあるべきさまに見み置おきて、下くだりなむとす。この君きみをなほも誘いざなはむの心深こころふかくて、

「はるかにかくまかりなむとするに、心こころ細ぼそき御おほんありさまの、常つねにしも訪とぶらひきこえねど、近ちかき頼たのみはべりつるほどこそあれ、いとあはれにうしろめたくなむ」

 など言ことよがるを、さらに受うけ引ひきたまはねば、

「あなにく。ことことしや。心こころ一ひとつにおぼし上あがるとも、さる薮やぶ原はらに年とし経へたまふ人ひとを、大将殿だいしゃうどのもやむごとなくしも思おもひきこえたまはじ」

 など、怨ゑんじうけひけり。

さるほどに、げに世の中に

 さるほどに、げに世よの中なかにゆるされたまひて、都みやこに帰かへりたまふと、天あめの下したの喜よろこびにて立たち騒さわぐ。我われもいかで、人ひとより先さきに、深ふかき心こころざしを御覧ごらんぜられむとのみ思おもひきほふ男をとこ、女をんなにつけて、高たかきをも下くだれるをも、人ひとの心こころばへを見みたまふに、あはれにおぼし知しることさまざまなり。かやうにあわたたしきほどに、さらに思おもひ出いでたまふけしき見みえで月日つきひ経へぬ。

 今いまは限かぎりなりけり、年としごろ、あらぬさまなる御おほんさまを、悲かなしういみじきことを思おもひながらも、萌もえ出いづる春はるに逢あひたまはなむと念ねんじわたりつれど、たびしかはらなどまでよろこび思おもふなる御位おほんくらゐあらたまりなどするを、よそにのみ聞きくべきなりけり、悲かなしかりし折をりのうれはしさは、ただわが身み一ひとつのためになれるとおぼえし、かひなき世よかなと、心こころくだけてつらく悲かなしければ、人ひと知しれず音ねをのみ泣なきたまふ。

 大弐だいにの北きたの方かた、さればよ、まさにかくたづきなく、人ひとわろき御おほんありさまを、数かずまへたまふ人ひとはありなむや、仏ほとけ、聖ひじりも、罪つみ軽かろきをこそ導みちびきよくしたまふなれ、かかる御おほんありさまにて、たけく世よをおぼし、宮みや、上うへなどのおはせし時ときのままにならひたまへる御心みこころおごりのいとほしきこと、と、いとどをこがましげに思おもひて、

「なほ思おもほし立たちね。世よの憂うき時ときは、見みえぬ山路やまぢをこそは尋たづぬなれ。田舎ゐなかなどはむつかしきものとおぼしやるらめど、ひたぶるに人ひとわろげには、よももてなしきこえじ」

 など、いと言ことよく言いへば、むげに屈くんじにたる女をんなばら、

「さもなびきたまはなむ。たけきこともあるまじき御身おほんみを、いかにおぼして、かく立たてたる御心みこころならむ」

 と、もどきつぶやく。

 侍従じじうも、かの大弐だいにの甥をひだつ人ひと語かたらひつきて、とどむべくもあらざりければ、心こころよりほかに出いで立たちて、

「見みたてまつり置おかむがいと心こころ苦ぐるしきを」

 とて、そそのかしきこゆれど、なほ、かくかけ離はなれて久ひさしうなりたまひぬる人ひとに頼たのみをかけたまふ。御心みこころのうちに、さりとも、あり経へてもおぼし出いづるついであらじやは、あはれに心深こころふかき契ちぎりをしたまひしに、わが身みは憂うくて、かく忘わすられたるにこそあれ、風かぜのつてにても、我われかくいみじきありさまを聞ききつけたまはば、かならず訪とぶらひ出いでたまひてむと、年としごろおぼしければ、おほかたの御家居おほんいへゐも、ありしよりけにあさましけれど、わが心こころもて、はかなき御調度みでうどどもなども取とり失うはせたまはず、心強こころづよく同おなじさまにて念ねんじ過すごしたまふなりけり。音ね泣なきがちに、いとどおぼし沈しづみたるは、ただ山人やまびとの赤あかき木この実み一ひとつを顔かほに放はなたぬと見みえたまふ御側目おほんそばめなどは、おぼろけの人ひとの見みたてまつりゆるすべきにもあらずかし。詳くはしくは聞きこえじ。いとほしうもの言いひさがなきやうなり。

冬になりゆくままに

 冬ふゆになりゆくままに、いとどかき付つかむ方かたなく、悲かなしげにながめ過すごしたまふ。かの殿とのには、故院こゐんの御料ごれうの御八講みはかう、世よの中なかゆすりてしたまふ。ことに僧そうなどはなべてのは召めさず、才ざえすぐれ行おこなひにしみ、尊たふとき限かぎりを選えらせたまひければ、この禅師ぜんじの君きみ参まゐりたまへりけり。帰かへりざまに立たち寄よりたまひて、

「しかしか。権大納言殿ごんだいなごんどのの御八講みはかうに参まゐりてはべるなり。いとかしこう、生いける浄土じゃうどの飾かざりに劣おとらず、いかめしうおもしろきことどもの限かぎりをなむしたまひつる。仏菩薩ぶつぼさつの変化へんげの身みにこそものしたまふめれ。五いつつの濁にごり深ふかき世よに、などて生むまれたまひけむ」

 と言いひて、やがて出いでたまひぬ。言少ことずくなに、世よの人ひとに似にぬ御おほんあはひにて、かひなき世よの物語ものがたりをだにえ聞きこえ合あはせたまはず。さてもかばかりつたなき身みのありさまを、あはれにおぼつかなくて過すぐしたまふは、心憂こころうの仏菩薩ぶつぼさつや、と、つらうおぼゆるを、げに限かぎりなめりと、やうやう思おもひなりたまふに、大弐だいにの北きたの方かたにはかに来きたり。

例はさしもむつびぬを

 例れいはさしもむつびぬを、誘さそひ立たてむの心こころにて、たてまつるべき御装束おほんさうぞくなど調てうじて、よき車くるまに乗のりて、面おももち、けしき、ほこりかにもの思おもひなげなるさまして、ゆくりもなく走はしり来きて、門かど開あけさするより、人ひとわろくさびしきこと限かぎりなし。左右ひだりみぎの戸ともみなよろぼひ倒たふれにければ、男をのこども助たすけてとかく開あけ騒さわぐ。いづれか、この寂さびしき宿やどにもかならずわけたる跡あとあなる三みつの径みちと、たどる。

 わづかに南面みなみおもての格子かうし上あげたる間まに寄よせたれば、いとどはしたなしとおぼしたれど、あさましう煤すすけたる几帳きちゃうさし出いでて、侍従じじう出いで来きたり。容貌かたちなどおとろへにけり。年としごろいたうつひえたれど、なほものきよげによしあるさまして、かたじけなくとも、取とり変かへつべく見みゆ。

「出いで立たちなむことを思おもひながら、心こころ苦ぐるしきありさまの見捨みすてたてまつりがたきを、侍従じじうの迎むかへになむ参まゐり来きたる。心憂こころうくおぼし隔へだてて、御おほんみづからこそあからさまにも渡わたらせたまはね、この人ひとをだにゆるさせたまへとてなむ。などかうあはれげなるさまには」

 とて、うちも泣なくべきぞかし。されど、行ゆく道みちに心こころをやりて、いと心地ここちよげなり。

「故宮こみやおはせしとき、おのれをば面伏おもてぶせなりとおぼし捨すてたりしかば、疎々うとうとしきやうになりそめにしかど、年としごろも何なにかは。やむごとなきさまにおぼしあがり、大将殿だいしゃうどのなどおはしまし通かよふ御宿世おほんすくせのほどを、かたじけなく思おもひたまへられしかばなむ、むつびきこえさせむも憚はばかること多おほくて過すぐしはべるを、世よの中なかのかく定さだめもなかりければ、数かずならぬ身みは、なかなか心こころやすくはべるものなりけり。及およびなく見みたてまつりし御おほんありさまの、いと悲かなしく心こころ苦ぐるしきを、近ちかきほどはおこたる折をりものどかに頼たのもしくなむはべりけるを、かく遥はるかにまかりなむとすれば、うしろめたくあはれになむおぼえたまふ」

 など語かたらへど、心こころ解とけても応いらへたまはず。

「いとうれしきことなれど、世よに似にぬさまにて、何なにかは。かうながらこそ朽くちも失うせめとなむ思おもひはべる」

 とのみのたまへば、

「げに、しかなむおぼさるべけれど、生いける身みを捨すて、かくむくつけき住すまひするたぐひははべらずやあらむ。大将殿だいしゃうどのの造つくり磨みがきたまはむにこそは、引ひきかへ玉たまの台うてなにもなりかへらめとは、頼たのもしうははべれど、ただ今いまは、式部卿宮しきぶきゃうのみやの御おほん女をんなよりほかに、心こころ分わけたまふ方かたもなかなり。昔むかしより好すき好すきしき御心みこころにて、なほざりに通かよひたまひける所々ところどころ、皆みなおぼし離はなれにたなり。まして、かうものはかなきさまにて、薮やぶ原はらに過すぐしたまへる人ひとをば、心こころきよく我われを頼たのみたまへるありさまと尋たづねきこえたまふこと、いとかたくなむあるべき」

 など言いひ知しらするを、げにとおぼすもいと悲かなしくて、つくづくと泣なきたまふ。

されど動くべうもあらねば

 されど動うごくべうもあらねば、よろづに言いひわづらひ暮くらして、

「さらば、侍従じじうをだに」

 と、日ひの暮くるるままに急いそげば、心こころあわたたしくて、泣なく泣なく、

「さらば、まづ今日けふは。かう責せめたまふ送おくりばかりにまうではべらむ。かの聞きこえたまふもことわりなり。また、おぼしわづらふもさることにはべれば、中なかに見みたまふるも心こころ苦ぐるしくなむ」

 と、忍しのびて聞きこゆ。この人ひとさへうち捨すててむとするを、恨うらめしうもあはれにもおぼせど、言いひ止とむべき方かたもなくて、いとど音ねをのみたけきことにてものしたまふ。形見かたみに添そへたまふべき身馴みなれ衣ごろもも、しほなれたれば、年とし経へぬるしるし見みせたまふべきものなくて、わが御髪みぐしの落おちたりけるを取とり集あつめて鬘かづらにしたまへるが、九尺余きうさくよばかりにて、いときよらなるを、をかしげなる箱はこに入いれて、昔むかしの薫衣香くのえかうのいとかうばしき、一壺ひとつぼ具ぐして賜たまふ。

「絶たゆまじき筋すぢを頼たのみし玉たまかづら思おもひのほかにかけ離はなれぬる

故こままの、のたまひ置おきしこともありしかば、かひなき身みなりとも、見果みはててむとこそ思おもひつれ。うち捨すてらるるもことわりなれど、誰たれに見みゆづりてかと、恨うらめしうなむ」

 とていみじう泣ないたまふ。この人ひとも、ものも聞きこえやらず。

「ままの遺言ゆいごんはさらにも聞きこえさせず、年としごろの忍しのびがたき世よの憂うさを過すぐしはべりつるに、かくおぼえぬ道みちにいざなはれて、遥はるかにまかりあくがるること」

 とて、

「玉たまかづら絶たえてもやまじ行ゆく道みちの手向たむけの神かみもかけて誓ちかはむ

命いのちこそ知しりはべらね」

 など言いふに、

「いづら。暗くらうなりぬ」

 と、つぶやかれて、心こころも空そらにて引ひき出いづれば、かへり見みのみせられける。年としごろわびつつも行ゆき離はなれざりつる人ひとのかく別わかれぬることを、いと心こころ細ぼそうおぼすに、世よに用もちゐらるまじき老人おいびとさへ、

「いでや、ことわりぞ。いかでか立たち止とまりたまはむ。われらも、えこそ念ねんじ果はつまじけれ」

 と、おのが身々みみにつけたるたよりども思おもひ出いでて、とまるまじう思おもへるを、人ひとわろく聞ききおはす。

霜月ばかりになれば

 霜月しもつきばかりになれば、雪ゆきあられがちにて、ほかには消きゆる間まもあるを、朝日あさひ、夕日ゆふひをふせぐ蓬葎よもぎむぐらの蔭かげに深ふかう積つもりて、越こしの白山しらやま思おもひやらるる雪ゆきのうちに、出いで入いる下人しもびとだになくて、つれづれとながめたまふ。はかなきことを聞きこえ慰なぐさめ、泣なきみ笑ゑひみ紛まぎらはしつる人ひとさへなくて、夜よも塵ちりがましき御帳みちゃうのうちも、かたはらさびしく、もの悲がなしくおぼさる。

 かの殿とのには、めづらし人びとに、いとどもの騒さわがしき御おほんありさまにて、いとやむごとなくおぼされぬ所々ところどころには、わざともえ訪おとづれたまはず。まして、その人ひとはまだ世よにやおはすらむとばかりおぼし出いづる折をりもあれど、尋たづねたまふべき御心みこころざしも急いそがであり経ふるに、年とし変かはりぬ。

卯月ばかりに

 卯月うづきばかりに、花散里はなちるさとを思おもひ出いできこえたまひて、忍しのびて対たいの上うへに御暇おほんいとま聞きこえて出いでたまふ。日ひごろ降ふりつる名残なごりの雨あめ、いますこしそそきて、をかしきほどに月つきさし出いでたり。昔むかしの御おほんありきおぼし出いでられて、艶えんなるほどの夕月夜ゆふづくよに、道みちのほど、よろづのことおぼし出いでておはするに、形かたもなく荒あれたる家いへの、木立こだちしげく森もりのやうなるを過すぎたまふ。大おほきなる松まつに藤ふぢの咲さきかかりて、月影つきかげになよびたる、風かぜにつきてさと匂にほふがなつかしく、そこはかとなき香かりなり。橘たちばなに変かはりてをかしければ、さし出いでたまへるに、柳やなぎもいたうしだりて、築地ついぢも障さはらねば、乱みだれ伏ふしたり。見みし心地ここちする木立こだちかな、とおぼすは、早はやうこの宮みやなりけり。いとあはれにておしとどめさせたまふ。例れいの、惟光これみつはかかる御忍おほんしのびありきに後おくれねば、さぶらひけり。召めし寄よせて、

「ここは、常陸ひたちの宮みやぞかしな」

「しかはべる」

 と聞きこゆ。

「ここにありし人ひとは、まだや眺ながむらむ。訪とぶらふべきを、わざとものせむも所狭ところせし。かかるついでに、入いりて消息せうそこせよ。よく尋たづね入いりてを、うち出いでよ。人ひと違たがへしては、をこならむ」

 とのたまふ。

 ここには、いとどながめまさるころにて、つくづくとおはしけるに、昼ひる寝ねの夢ゆめに故宮こみやの見みえたまひければ、覚おぼめていと名残なごり悲かなしくおぼして、漏もり濡ぬれたる廂ひさしの端はしつ方かたおし拭のごはせて、ここかしこの御座おまし引ひきつくろはせなどしつつ、例れいならず世よづきたまひて、

「亡うき人ひとを恋こひふる袂たもとのひまなきに荒あれたる軒のきのしづくさへ添そふ」

 も心こころ苦ぐるしきほどになむありける。

惟光入りて

 惟光これみつ入いりて、めぐるめぐる人ひとの音おとする方かたやと見みるに、いささかの人気ひとげもせず。さればこそ、往ゆき来きの道みちに見入みいるれど、人ひと住すみげもなきものをと思おもひて、帰かへり参まゐるほどに、月つき明あくさし出いでたるに、見みれば、格子かうし二間ふたまばかり上あげて、簾すだれ動うごくけしきなり。わづかに見みつけたる心地ここち、恐おそろしくさへおぼゆれど、寄よりて、声こわづくれば、いともの古ふるりたる声こゑにて、まづしはぶきを先さきにたてて、

「かれは誰たれぞ。何人なにびとぞ」

 と問とふ。名なのりして、

「侍従じじうの君きみと聞きこえし人ひとに、対面たいめん賜たまはらむ」

 と言いふ。

「それは、ほかになむものしたまふ。されど、おぼしわくまじき女をんななむはべる」

 と言いふ声こゑ、いたうねび過すぎたれど、聞ききし老人おいびとと聞きき知しりたり。

 内うちには、思おもひも寄よらず、狩衣かりぎぬ姿すがたなる男をとこ、忍しのびやかにもてなしてなごやかなれば、見みならはずなりにける目めにて、もし狐きつねなどの変化へんげにやとおぼゆれど、近ちかう寄よりて、

「たしかになむ、うけたまはらまほしき。変かはらぬ御おほんありさまならば、尋たづねきこえさせたまふべき御心みこころざしも、絶たえずなむおはしますめるかし。今宵こよひも行ゆき過すぎがてに、止とまらせたまへるを、いかが聞きこえさせむ。うしろやすくを」

 と言いへば、女をんなどもうち笑ゑひて、

「変かはらせたまふ御おほんありさまならば、かかる浅茅あさぢが原はらを移うつろひたまはでははべりなむや。ただ推おし量はかりて聞きこえさせたまへかし。年とし経へたる人ひとの心こころにも、たぐひあらじとのみ、めづらかなる世よをこそは見みたてまつり過すごしはべれ」

 と、ややくづし出いでて、問とはず語かたりもしつべきが、むつかしければ、

「よしよし。まづ、かくなむ、聞きこえさせむ」

 とて参まゐりぬ。

などかいと久しかりつる

「などかいと久ひさしかりつる。いかにぞ。昔むかしのあとも見みえぬ蓬よもぎのしげさかな」

 とのたまへば、

「しかしかなむ、たどり寄よりてはべりつる。侍従じじうが叔を母ははの少将せうしゃうといひはべりし老人おいびとなむ、変かはらぬ声こゑにてはべりつる」

 と、ありさま聞きこゆ。

 いみじうあはれに、かかるしげき中なかに、何心地なにごこちして過すぐしたまふらむ、今いままで訪とはざりけるよと、わが御心みこころの情なさけなさもおぼし知しらる。

「いかがすべき。かかる忍しのびあるきも難かたかるべきを、かかるついでならではえ立たち寄よらじ。変かはらぬありさまならば、げにさこそはあらめと、おしはからるる人ひとざまになむ」

 とはのたまひながら、ふと入いりたまはむこと、なほつつましうおぼさる。ゆゑある御おほん消息せうそこもいと聞きこえまほしけれど、見みたまひしほどの口くち遅おそさもまだ変かはらずは、御おほん使つかの立たちわづらはむもいとほしうおぼしとどめつ。惟光これみつも、

「さらにえ分わけさせたまふまじき蓬よもぎの露つゆけさになむはべる。露つゆすこし払はらはせてなむ、入いらせたまふべき」

 と聞きこゆれば、

「尋たづねても我われこそ訪とはめ道みちもなく深ふかき蓬よもぎのもとの心こころを」

 と独ひとりごちて、なほ下おりたまへば、御先おほんさきの露つゆを、馬むまの鞭むちして払はらひつつ入いれたてまつる。雨あまそそきも、なほ秋あきの時雨しぐれめきてうちそそけば、

「御傘みかささぶらふ。げに木この下した露つゆは、雨あめにまさりて」

 と聞きこゆ。御指貫おほんさしぬきの裾すそは、いたうそほちぬめり。昔むかしだにあるかなきかなりし中門ちうもんなど、まして形かたもなくなりて、入いりたまふにつけても、いと無徳むとくなるを、立たちまじり見みる人ひとなきぞ心こころやすかりける。

姫君は、さりともと

 姫君ひめぎみは、さりともと待まち過すぐしたまへる心こころもしるく、うれしけれど、いと恥はづかしき御おほんありさまにて対面たいめんせむも、いとつつましくおぼしたり。大弐だいにの北きたの方かたのたてまつり置おきし御衣おほんぞどもをも、心こころゆかずおぼされしゆかりに、見入みいれたまはざりけるを、この人々ひとびとの、香かうの御唐櫃おほんからびつに入いれたりけるが、いとなつかしき香かしたるをたてまつりければ、いかがはせむに、着替きがへたまひて、かの煤すすけたる御几帳みきちゃう引ひき寄よせておはす。入いりたまひて、

「年としごろの隔へだてにも、心こころばかりは変かはらずなむ、思おもひやりきこえつるを、さしもおどろかいたまはぬ恨うらめしさに、今いままでこころみきこえつるを、杉すぎならぬ木立こだちのしるさに、え過すぎでなむ、負まけきこえにける」

 とて、帷子かたびらをすこしかきやりたまへれば、例れいの、いとつつましげに、とみにも応いらへきこえたまはず。かくばかり分わけ入いりたまへるが浅あさからぬに、思おもひ起おこしてぞ、ほのかに聞きこえ出いでたまひける。

「かかる草隠くさがくれに過すぐしたまひける年月としつきのあはれも、おろかならず、また変かはらぬ心こころならひに、人ひとの御心みこころのうちもたどり知しらずながら、分わけ入いりはべりつる露つゆけさなどを、いかがおぼす。年としごろのおこたり、はた、なべての世よにおぼしゆるすらむ。今いまよりのちの御心みこころにかなはざらむなむ、言いひしに違たがふ罪つみも負まふべき」

 など、さしもおぼされぬことも、情なさけ情なさけしう聞きこえなしたまふことども、あむめり。立たちとどまりたまはむも、所ところのさまよりはじめ、まばゆき御おほんありさまなれば、つきづきしうのたまひすぐして、出いでたまひなむとす。引ひき植うゑしならねど、松まつの木高こだかくなりにける年月としつきのほどもあはれに、夢ゆめのやうなる御身おほんみのありさまもおぼし続つづけらる。

「藤波ふぢなみのうち過すぎがたく見みえつるは松まつこそ宿やどのしるしなりけれ

数かずふればこよなう積つもりぬらむかし。都みやこに変かはりにけることの多おほかりけるも、さまざまあはれになむ。今いま、のどかにぞ鄙ひなの別わかれに衰おとろへし世よの物語ものがたりも聞きこえ尽つくすべき。年とし経へたまへらむ春はる秋あきの暮くらしがたさなども、誰たれにかは愁うれへたまはむと、うらもなくおぼゆるも、かつはあやしうなむ」

 など聞きこえたまへば、

「年としを経へて待まつしるしなきわが宿やどを花はなのたよりに過すぎぬばかりか」

 と忍しのびやかにうちみじろきたまへるけはひも、袖そでの香かも、昔むかしよりはねびまさりたまへるにやとおぼさる。月つき入いり方かたになりて、西にしの妻戸つまどの開あきたるより、障さはるべき渡殿わたどのだつ屋やもなく、軒のきのつまも残のこりなければ、いとはなやかにさし入いりたれば、あたりあたり見みゆるに、昔むかしに変かはらぬ御おほんしつらひのさまなど、忍草しのぶぐさにやつれたる上うへの見みるめよりは、みやびかに見みゆるを、昔物語むかしものがたりに塔たふこぼちたる人ひともありけるをおぼしあはするに、同おなじさまにて年とし古ふるりにけるもあはれなり。ひたぶるにものづつみしたるけはひの、さすがにあてやかなるも、心こころにくくおぼされて、さる方かたにて忘わすれじと心こころ苦ぐるしく思おもひしを、年としごろさまざまのもの思おもひに、ほれぼれしくて隔へだてつるほど、つらしと思おもはれつらむと、いとほしくおぼす。かの花散里はなちるさとも、あざやかに今いまめかしうなどは花はなやぎたまはぬ所ところにて、御おほん目め移うつしこよなからぬに、咎とが多おほう隠かくれにけり。

祭、御禊などのほど

 祭まつり、御禊ごけいなどのほど、御おほんいそぎどもにことつけて、人ひとのたてまつりたる物ものいろいろに多おほかるを、さるべき限かぎり御心みこころ加くはへたまふ。中なかにもこの宮みやにはこまやかにおぼし寄よりて、むつましき人々ひとびとに仰おほせ言ごと賜たまひ、下部しもべどもなど遣つかはして、蓬よもぎ払はらはせ、めぐりの見苦みぐるしきに、板垣いたがきといふもの、うち堅かため繕つくろはせたまふ。かう尋たづね出いでたまへりと、聞きき伝つたへむにつけても、わが御おほんため面目めんぼくなければ、渡わたりたまふことはなし。御文おほんふみいとこまやかに書かきたまひて、二条院にでうのゐん近ちかき所ところを造つくらせたまふを、

「そこになむ渡わたしたてまつるべき。よろしき童女わらはべなど、求もとめさぶらはせたまへ」

 など、人々ひとびとの上うへまでおぼしやりつつ、訪とぶらひきこえたまへば、かくあやしき蓬よもぎのもとには、置おき所どころなきまで、女をんなばらも空そらを仰おほぎてなむ、そなたに向むきて喜よろこびきこえける。なげの御おほんすさびにても、おしなべたる世よの常つねの人ひとをば、目め止とめ耳みみ立たてたまはず、世よにすこしこれはと思おもほえ、心地ここちにとまる節ふしあるあたりを尋たづね寄よりたまふものと、人ひとの知しりたるに、かく引ひき違たがへ、何なにごともなのめにだにあらぬ御おほんありさまを、ものめかし出いでたまふは、いかなりける御心みこころにかありけむ。これも昔むかしの契ちぎりなめりかし。

今は限りとあなづり果てて

 今いまは限かぎりとあなづり果はてて、さまざまに迷まよひ散ちりあかれし上下かみしもの人々ひとびと、我われも我われも参まゐらむと争あらそひ出いづる人ひともあり。心こころばへなど、はた、埋うづもれいたきまでよくおはする御おほんありさまに、心こころやすくならひて、ことなることなきなま受領ずりゃうなどやうの家いへにある人ひとは、ならはずはしたなき心地ここちするもありて、うちつけの心こころみえに参まゐり帰かへり、君きみは、いにしへにもまさりたる御勢おほんいきほひのほどにて、ものの思おもひやりもまして添そひたまひにければ、こまやかにおぼしおきてたるに、にほひ出いでて、宮みやの内うちやうやう人目ひとめ見みえ、木き草くさの葉はもただすごくあはれに見みえなされしを、遣水やりみづかき払はらひ、前栽せんざいのもとだちも涼すずしうしなしなどして、ことなるおぼえなき下家司しもげいしの、ことに仕つかへまほしきは、かく御心みこころとどめておぼさるることなめりと見み取とりて、御みけしき賜たまはりつつ、追従ついしょうし仕つかうまつる。

二年ばかりこの古宮に

 二年ふたとせばかりこの古宮ふるみやに眺ながめたまひて、東ひんがしの院ゐんといふ所ところになむ、後のちは渡わたしたてまつりたまひける。対面たいめんしたまふことなどは、いとかたけれど、近ちかきしめのほどにて、おほかたにも渡わたりたまふに、さしのぞきなどしたまひつつ、いとあなづらはしげにもてなしきこえたまはず。

 かの大弐だいにの北きたの方かた、上のぼりて驚おどろき思おもへるさま、侍従じじうが、うれしきものの、今いましばし待まちきこえざりける心浅こころあささを、恥はづかしう思おもへるほどなどを、今いますこし問とはず語かたりもせまほしけれど、いと頭かしらいたう、うるさく、もの憂うければなむ。今いままたもついであらむ折をりに、思おもひ出いでて聞きこゆべきとぞ。

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