『平家物語』の第11巻に収録されている「那須与一」は、元暦2年(1185年)2月の屋島の戦いで、下野国の若武者・那須与一が、平家の小舟に掲げられた扇の的を射落とす場面です。
夕日に輝く紅の扇が波間に漂い、沖の平家は船端をたたき、陸の源氏は箙をたたいてどよめく。敵も味方も1本の矢に息をのむ名場面として、中学校の国語教科書でも長く親しまれてきました。
この記事では、「那須与一」の原文を全文ルビ付きで掲載し、短い区切りごとに現代語訳と語釈を並べて解説します。そのあとに、原文と現代語訳を全文通しで読めるようにまとめました。
あわせて、屋島の戦いの背景や登場人物、読みどころ、よくある質問も紹介します。
- 屋島の戦いの夕暮れ、平家の小舟が扇を掲げ、陸の源氏を手招きして挑発する。
- 義経に扇を射るよう命じられた下野国の若武者・那須与一は、一度は辞退するが、覚悟を決めて海へ馬を乗り入れる。
- 神仏に祈って放った鏑矢は扇の要際を射切り、紅の扇は夕日の海に散る。敵も味方も、その腕前をたたえた。


「那須与一」の背景と登場人物
屋島の戦いとは
屋島の戦いは、元暦2年(1185年)2月、讃岐国の屋島(現在の香川県高松市)で起きた源平の合戦です。
前年の一の谷の戦いで敗れた平家は、屋島に拠点を構えていました。源義経はわずかな手勢で嵐の海を渡って阿波国に上陸し、陸路から屋島を急襲します。不意を突かれた平家は海上の船へ逃れ、陸の源氏と沖の平家が向き合う形になりました。
「那須与一」は、この合戦の日が暮れようとする場面です。冒頭で阿波・讃岐の武士が次々と源氏に加わるのは、義経の上陸作戦の流れを受けています。屋島を追われた平家は長門国の壇ノ浦へ退き、翌月の元暦2年(1185年)3月24日、この地での戦いに敗れて滅亡しました。
主な登場人物
- 那須与一宗高:下野国那須(現在の栃木県北東部)の若武者。弓の名手で、このとき20歳ほど。
- 判官(源義経):源氏の大将。与一に扇を射るよう命じる。
- 後藤兵衛実基:義経に従う老練の武士。扇の意図を読み、与一を推挙する。
- 扇を掲げた女房:平家の小舟に乗る18、9歳ほどの女性。扇を立てて源氏を手招きする。
「那須与一」原文・現代語訳・語釈(1)
さるほどに、阿波、讃岐に平家を背いて
原文
さるほどに、阿波、讃岐に平家を背いて、源氏を待ちける者ども、あそこの嶺、ここの洞より、十四、五騎、二十騎、うちつれうちつれ参りければ、判官ほどなく三百余騎にぞなりにける。
現代語訳
そうこうしているうちに、阿波・讃岐で平家に背いて源氏を待っていた者たちが、あちらの峰、こちらの洞穴から、14、5騎、20騎と連れ立っては次々と参上してきたので、判官(源義経)の軍勢はほどなく300余騎になった。
- さるほどに:そうこうしているうちに。場面を転換するときの言葉。
- 阿波・讃岐:現在の徳島県と香川県にあたる国。
- 洞:山あいのくぼんだ所。谷間。
- うちつれうちつれ:連れ立っては次々と。
- 判官:検非違使の尉(第三等官)を指す呼び名。ここでは検非違使に任じられていた源義経のこと。
今日は日暮れぬ、勝負を決すべからず
原文
「今日は日暮れぬ、勝負を決すべからず」とて、引き退くところに、沖の方より尋常に飾りたる小船一艘、汀へ向ひて漕ぎよせけり。磯へ七、八段ばかりになりしかば、船を横様になす。
現代語訳
「今日は日が暮れてしまった。勝負を決することはできまい」と言って源氏の軍勢が引き揚げようとしたところに、沖のほうから美しく飾り立てた小舟が1艘、波打ち際へ向かって漕ぎ寄せてきた。岸から7、8段(約80メートル)ほどのところまで来ると、舟を横向きにした。
- 尋常に:見苦しくなく、きちんと美しく。
- 汀:波打ち際。
- 段:距離の単位。1段は6間で、約11メートル。
- 横様に:横向きに。
あれはいかにと見るほどに
原文
あれはいかにと見るほどに、船の中より、年の齢十八、九ばかりなる女房の、まことに優に美しきが、柳の五衣に紅の袴着て、皆紅の扇の日出したるを、船のせがひに挟み立て、陸へ向ってぞ招いたる。
現代語訳
あれは何だろうと見ていると、舟の中から、年のころ18、9歳ほどの、まことに優雅で美しい女房が、柳襲の五衣に紅の袴を着て、一面紅色の地に金の日の丸を描いた扇を、舟の舷側に張り出した板に挟んで立て、陸に向かって手招きをした。
- 女房:宮中や貴人の家に仕える女性。
- 優に:上品で美しく。優雅に。
- 柳の五衣:柳襲(表が白、裏が青)の袿を5枚重ねた装束。
- 皆紅の扇の日出したる:一面紅色の地に、金色の日輪を描き出した扇。
- せがひ:船の両側に張り出した棚状の板。
- 陸:陸地。
判官、後藤兵衛実基を召して
原文
判官、後藤兵衛実基を召して、「あれはいかに」とのたまへば、「射よとにこそ候めれ。ただし大将軍の矢面に進んで、傾城を御覧ぜば、手だれにねらうて射落とせとの計ごとと覚え候。さも候へ、扇をば射させらるべうや候らん」と申す。
現代語訳
判官は後藤兵衛実基を呼び寄せて、「あれはどういうことだ」とおっしゃると、「射よということでございましょう。ただし、大将軍が矢面に進み出て、あの美女をご覧になったところを、腕利きの射手にねらわせて射落とせという計略かと思われます。それはそうとして、扇は射させなさるのがよろしいのではございませんか」と実基が申し上げる。
- 後藤兵衛実基:義経に従った老練の武士。「兵衛」は官職に由来する呼び名。
- 大将軍:総大将。ここでは義経。
- 矢面:敵の矢が飛んでくる正面。
- 傾城:君主が夢中になって城(国)を傾けるほどの美女。ここでは船の女房。
- 手だれ:腕利き。ここでは弓の名手。
- さも候へ:それはそうとして。それはともかく。
「那須与一」原文・現代語訳・語釈(2)
射つべき仁は御方に誰かある
原文
「射つべき仁は御方に誰かある」とのたまへば、「上手どもいくらも候中に、下野の国の住人、那須太郎資高が子に与一宗高こそ、小兵で候へども、手ききて候へ」
現代語訳
「射ることのできそうな者は、味方に誰かいるか」と判官がおっしゃると、「上手な者はいくらもおりますが、その中でも、下野の国(現在の栃木県)の住人、那須太郎資高の子の与一宗高こそ、小柄ではございますが、腕は確かでございます」
- 仁:人。人物。
- 御方:味方。
- 那須太郎資高:下野国の武士で、与一の父。
- 小兵:体が小さく、弓を引く力の弱い者。
- 手ききて:腕前がすぐれていて。
証拠はいかに
原文
「証拠はいかに」とのたまへば、「かけ鳥などを争うて、三に二は必ず射落とす者で候」「さらば召せ」とて召されたり。
現代語訳
「証拠はあるのか」と判官がおっしゃると、「飛ぶ鳥を射る競い合いなどで、3羽のうち2羽は必ず射落とす者でございます」「それならば呼べ」とおっしゃって、与一をお呼びになった。
- かけ鳥:飛んでいる鳥を射ること。
- 召す:呼び寄せる。
与一、そのころは二十ばかりの男士なり
原文
与一、そのころは二十ばかりの男士なり。かちに赤地の錦をもって、おほくび、はた袖色へたる直垂に、萌黄威の鎧着て、足白の太刀を帯き、
現代語訳
与一は、そのころ20歳ほどの若者である。濃い紺の地に、赤地の錦で襟と袖先を彩った直垂に、萌黄色の糸でつづった鎧を着て、銀の金具で飾った太刀を腰に帯び、
- 男士:若い男。若者。
- かち:褐。濃い紺色。
- おほくび・はた袖:衣の襟の部分(大領)と、袖の先に継ぎ足した部分(端袖)。
- 色へたる:色どった。彩った。
- 直垂:武士の衣服。鎧の下にも着た。
- 萌黄威の鎧:萌黄色の糸で札をつづり合わせた鎧。
- 足白の太刀:鞘の足金物を銀で作った太刀。
切斑の矢の、その日の軍に射て
原文
切斑の矢の、その日の軍に射て少々残ったりけるを、首高に負ひなし、薄切斑に鷹の羽作り交ぜたるぬた目の鏑をぞ差し添へたる。滋籐の弓脇に挟み、甲をば脱ぎ、高紐に懸け、判官の前に畏まる。
現代語訳
白と黒のまだら模様の羽の矢で、その日の戦いで射て少しばかり残っていたのを、頭より高く突き出るように背負い、黒い部分の少ないまだら模様の羽に鷹の羽を交ぜて作った、ぬた目のかぶら矢を差し添えていた。籐を密に巻いた弓を脇に挟み、兜は脱いで鎧の高紐にかけ、判官の前にかしこまった。
- 切斑の矢:白と黒のまだら模様の鷲の羽をつけた矢。
- 首高に負ひなし:矢が頭より高く突き出るように背負って。
- 薄切斑:黒い部分の少ない切斑。
- ぬた目の鏑:鹿の角で作り、ぬた目の文様を残して削り上げたかぶら矢。かぶら矢は、射ると音を立てる鏑をつけた矢。
- 滋籐の弓:籐を密に巻いた弓。
- 高紐:鎧の胴を肩でつなぐ紐。
「那須与一」原文・現代語訳・語釈(3)
いかに宗高、あの扇の真中射て
原文
「いかに宗高、あの扇の真中射て、平家に見物せさせよかし」与一畏まって申しけるは、「射おほせ候はんこと不定に候。射損じ候なば、ながき御方の御瑕にて候べし。一定仕らんずる仁におほせ付けらるべうや候らん」と申す。
現代語訳
「どうだ宗高、あの扇の真ん中を射て、平家に見物させてやれ」与一がかしこまって申し上げることには、「射とおせるかどうかはわかりません。射損じましたならば、末長く味方の恥となりましょう。確実にやり遂げられる人にお命じになるのがよろしいのではございませんか」と申し上げる。
- 射おほせ:射とおし。うまく射当て。
- 不定:確かでないこと。
- 御瑕:不名誉。恥。
- 一定:確かに。必ず。
判官大いに怒って
原文
判官大いに怒って、「鎌倉を立って、西国へ赴かん殿原は、義経が命を背くべからず。少しも子細を存ぜん人は、とうとうこれより帰るべし」とぞのたまひける。
現代語訳
判官はたいそう怒って、「鎌倉を出発して西国へ向かおうとする者たちは、義経の命令に背いてはならない。少しでも異議を抱く者は、さっさとここから帰るがよい」とおっしゃった。
- 殿原:武士たちを敬って呼ぶ語。方々。
- 子細を存ぜん:異議を抱くような。
- とうとう:早く。さっさと。
与一、重ねて辞せば悪かりなんとや
原文
与一、重ねて辞せば悪かりなんとや思ひけん、「はづれんは知り候はず、御諚で候へば仕ってこそ見候はめ」とて、御前を罷り立ち、黒き馬の太う逞しいに、小房の鞦かけ、まろぼや摺りたる鞍置きてぞ乗ったりける。
現代語訳
与一は、重ねて辞退してはまずいことになるだろうと思ったのだろうか、「外れるかどうかはわかりませんが、ご命令でございますから、やってみましょう」と言って、御前から退き、黒い馬で太くたくましいのに、小さな房のついた鞦をかけ、やどり木を丸く図案化した文様を摺り染めにした鞍を置いて乗った。
- 御諚:ご命令。
- 罷り立ち:御前から退出し。
- 小房の鞦:小さな房をつけた鞦。鞦は、馬の尾の下から鞍につなぐ組紐。
- まろぼや摺りたる鞍:まろぼやの文様を摺り染めにした鞍。「ほや」はやどり木で、まろぼやはそれを丸く図案化した文様。
弓取り直し、手綱かいくり
原文
弓取り直し、手綱かいくり、汀へ向いて歩ませければ、御方の兵ども、後を遥かに見送りて、「この若者一定仕り候ぬと覚え候」と申しければ、判官も頼もしげにぞ見たまひける。
現代語訳
弓を持ち直し、手綱をたぐって、波打ち際へ向かって馬を歩ませると、味方の兵たちは与一の後ろ姿をはるかに見送って、「この若者はきっとやり遂げるに違いないと思われます」と申し上げたので、判官も頼もしそうにご覧になった。
- 手綱かいくり:手綱をたぐり寄せて。
- 兵:武士。
「那須与一」原文・現代語訳・語釈(4)
矢比少し遠かりければ
原文
矢比少し遠かりければ、海へ一段ばかり打ち入れたれども、なほ扇のあはひ、七段ばかりはあるらんとこそ見えたりけれ。
現代語訳
矢を射るには距離が少し遠かったので、海へ1段(約11メートル)ほど馬を乗り入れたが、それでもなお扇までの距離は7段(約76メートル)ほどはあるだろうと見えた。
- 矢比:矢を射るのにちょうどよい距離。
- 打ち入れ:馬を海に乗り入れ。
- あはひ:間。距離。
ころは二月十八日の酉の刻ばかり
原文
ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに、折節北風烈しくて、磯打つ浪も高かりけり。船はゆりあげゆりすゑただよへば、扇も串に定まらずひらめいたり。沖には平家、船を一面に並べて見物す。陸には源氏、轡を並べてこれを見る。いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき。
現代語訳
時は2月18日の酉の刻(午後6時ごろ)のことであったが、ちょうどそのとき北風が激しく吹いて、磯に打ち寄せる波も高かった。舟は揺り上げられ揺り下ろされて漂うので、扇も竿の先に定まらず、ひらひらと揺れている。沖では平家が舟を一面に並べて見物している。陸では源氏が馬の轡を並べてこれを見ている。どちらを見ても、晴れがましくない光景はなかった。
- 酉の刻:午後6時ごろ(午後5時から7時ごろ)。
- 折節:ちょうどそのとき。
- ゆりあげゆりすゑ:揺り上げては揺り下ろし。
- 串:扇を挟んで立てた竿。
- 轡を並べて:馬を並べて。轡は、馬の口にかませる金具。
- 晴れ:晴れがましいこと。表立った誇らしい場面。
与一、目を塞いで
原文
与一、目を塞いで、「南無八幡大菩薩、別してはわが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真中射させてたばせたまへ。
現代語訳
与一は目を閉じて、「南無八幡大菩薩、とりわけ私の故郷の神々である日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神よ、どうかあの扇の真ん中を射させてくださいませ。
- 南無:仏や神に帰依することを表す語。
- 八幡大菩薩:源氏の守護神で、弓矢の神として信仰された。
- 別しては:とりわけ。
- 神明:神。
- 日光権現・宇都宮・那須の湯泉大明神:いずれも与一の故郷である下野国の神。
- たばせたまへ:お与えください。
これを射損ずるものならば
原文
これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向ふべからず。今一度本国へむかへんとおぼしめさば、この矢はづさせたまふな」と、心の中に祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなったりける。
現代語訳
これを射損じたならば、弓を切り折って自害し、二度と人に顔を合わせるつもりはありません。もう一度故郷へ迎えてやろうとお思いになるならば、この矢を外させないでください」と心の中で祈って、目を見開くと、風も少し吹き弱まり、扇も射やすそうになっていた。
- 面を向ふ:顔を合わせる。
- 本国:故郷。ここでは下野国。
- 射よげに:射やすそうに。
「那須与一」原文・現代語訳・語釈(5)
与一、鏑を取って番ひ
原文
与一、鏑を取って番ひ、よっ引いてひやうと放つ。小兵といふぢやう、十二束三伏、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、あやまたず扇の要際一寸ばかり置いて、ひふつとぞ射切ったる。
現代語訳
与一はかぶら矢を取ってつがえ、十分に引き絞って、ひょうと放った。小兵にふさわしく、矢は12束3伏(こぶし12個分と指3本分の長さ)、弓は強く、かぶら矢は浦一帯に響きわたるほど長く鳴って、狂いなく、扇の要から1寸(約3センチ)ほど離れたところを、ひいふっと射切った。
- よっ引いて:弓を十分に引き絞って。
- ひやうと:矢を放つ音。
- 小兵といふぢやう:「ぢやう」は「定」。小兵にふさわしく。
- 十二束三伏:矢の長さ。束はこぶし1つ分、伏は指1本分の幅。
- 要際:扇の骨を1つにとめる要の近く。
- ひふつと:矢が扇を射切る音。
鏑は海へ入りければ
原文
鏑は海へ入りければ、扇は空へぞ挙がりける。しばらくは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさとぞ散りたりける。
現代語訳
かぶら矢は海へ落ちたが、扇は空へと舞い上がった。しばらくは空中にひらめいていたが、春風に1度2度ともまれて、海へさっと散り落ちた。
- 虚空:空中。
- 一もみ二もみ:ひともみふたもみと。風に繰り返しもまれるさま。
- さと:さっと。
夕日の輝いたるに
原文
夕日の輝いたるに、皆紅の扇の日出したるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬゆられければ、沖には平家、ふなばたを叩いて感じたり。陸には源氏、箙を叩いてどよめきけり。
現代語訳
夕日が輝く中に、一面紅色の地に日の丸を描いた扇が、白波の上に漂い、浮いたり沈んだりして揺られていたので、沖では平家が船端をたたいて感嘆した。陸では源氏が箙をたたいてどよめいた。
- 浮きぬ沈みぬ:浮いたり沈んだり。
- ふなばた:船の側面の上のふち。
- 箙:矢を入れて背負う武具。
- 感じたり:感嘆した。
- どよめきけり:大きな声をあげて騒いだ。


「那須与一」原文全文
さるほどに、阿波、讃岐に平家を背いて、源氏を待ちける者ども、あそこの嶺、ここの洞より、十四、五騎、二十騎、うちつれうちつれ参りければ、判官ほどなく三百余騎にぞなりにける。
「今日は日暮れぬ、勝負を決すべからず」
とて、引き退くところに、沖の方より尋常に飾りたる小船一艘、汀へ向ひて漕ぎよせけり。磯へ七、八段ばかりになりしかば、船を横様になす。あれはいかにと見るほどに、船の中より、年の齢十八、九ばかりなる女房の、まことに優に美しきが、柳の五衣に紅の袴着て、皆紅の扇の日出したるを、船のせがひに挟み立て、陸へ向ってぞ招いたる。
判官、後藤兵衛実基を召して、
「あれはいかに」とのたまへば、
「射よとにこそ候めれ。ただし大将軍の矢面に進んで、傾城を御覧ぜば、手だれにねらうて射落とせとの計ごとと覚え候。さも候へ、扇をば射させらるべうや候らん」と申す。
「射つべき仁は御方に誰かある」とのたまへば、
「上手どもいくらも候中に、下野の国の住人、那須太郎資高が子に与一宗高こそ、小兵で候へども、手ききて候へ」
「証拠はいかに」とのたまへば、
「かけ鳥などを争うて、三に二は必ず射落とす者で候」
「さらば召せ」とて召されたり。
与一、そのころは二十ばかりの男士なり。かちに赤地の錦をもって、おほくび、はた袖色へたる直垂に、萌黄威の鎧着て、足白の太刀を帯き、切斑の矢の、その日の軍に射て少々残ったりけるを、首高に負ひなし、薄切斑に鷹の羽作り交ぜたるぬた目の鏑をぞ差し添へたる。滋籐の弓脇に挟み、甲をば脱ぎ、高紐に懸け、判官の前に畏まる。
「いかに宗高、あの扇の真中射て、平家に見物せさせよかし」
与一畏まって申しけるは、
「射おほせ候はんこと不定に候。射損じ候なば、ながき御方の御瑕にて候べし。一定仕らんずる仁におほせ付けらるべうや候らん」と申す。
判官大いに怒って、
「鎌倉を立って、西国へ赴かん殿原は、義経が命を背くべからず。少しも子細を存ぜん人は、とうとうこれより帰るべし」とぞのたまひける。
与一、重ねて辞せば悪かりなんとや思ひけん、
「はづれんは知り候はず、御諚で候へば仕ってこそ見候はめ」
とて、御前を罷り立ち、黒き馬の太う逞しいに、小房の鞦かけ、まろぼや摺りたる鞍置きてぞ乗ったりける。弓取り直し、手綱かいくり、汀へ向いて歩ませければ、御方の兵ども、後を遥かに見送りて、
「この若者一定仕り候ぬと覚え候」
と申しければ、判官も頼もしげにぞ見たまひける。
矢比少し遠かりければ、海へ一段ばかり打ち入れたれども、なほ扇のあはひ、七段ばかりはあるらんとこそ見えたりけれ。ころは二月十八日の酉の刻ばかりのことなるに、折節北風烈しくて、磯打つ浪も高かりけり。船はゆりあげゆりすゑただよへば、扇も串に定まらずひらめいたり。
沖には平家、船を一面に並べて見物す。陸には源氏、轡を並べてこれを見る。いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき。
与一、目を塞いで、
「南無八幡大菩薩、別してはわが国の神明、日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神、願はくは、あの扇の真中射させてたばせたまへ。これを射損ずるものならば、弓切り折り自害して、人に二度面を向ふべからず。今一度本国へむかへんとおぼしめさば、この矢はづさせたまふな」
と、心の中に祈念して、目を見開いたれば、風も少し吹き弱り、扇も射よげにぞなったりける。
与一、鏑を取って番ひ、よっ引いてひやうと放つ。小兵といふぢやう、十二束三伏、弓は強し、浦響くほど長鳴りして、あやまたず扇の要際一寸ばかり置いて、ひふつとぞ射切ったる。
鏑は海へ入りければ、扇は空へぞ挙がりける。しばらくは虚空にひらめきけるが、春風に一もみ二もみもまれて、海へさとぞ散りたりける。夕日の輝いたるに、皆紅の扇の日出したるが、白波の上に漂ひ、浮きぬ沈みぬゆられければ、沖には平家、ふなばたを叩いて感じたり。陸には源氏、箙を叩いてどよめきけり。

「那須与一」現代語訳全文
そうこうしているうちに、阿波・讃岐で平家に背いて源氏を待っていた者たちが、あちらの峰、こちらの洞穴から、14、5騎、20騎と連れ立っては次々と参上してきたので、判官(源義経)の軍勢はほどなく300余騎になった。
「今日は日が暮れてしまった。勝負を決することはできまい」
と言って源氏の軍勢が引き揚げようとしたところに、沖のほうから美しく飾り立てた小舟が1艘、波打ち際へ向かって漕ぎ寄せてきた。岸から7、8段(約80メートル)ほどのところまで来ると、舟を横向きにした。あれは何だろうと見ていると、舟の中から、年のころ18、9歳ほどの、まことに優雅で美しい女房が、柳襲の五衣に紅の袴を着て、一面紅色の地に金の日の丸を描いた扇を、舟の舷側に張り出した板に挟んで立て、陸に向かって手招きをした。
判官は後藤兵衛実基を呼び寄せて、
「あれはどういうことだ」とおっしゃると、
「射よということでございましょう。ただし、大将軍が矢面に進み出て、あの美女をご覧になったところを、腕利きの射手にねらわせて射落とせという計略かと思われます。それはそうとして、扇は射させなさるのがよろしいのではございませんか」と実基が申し上げる。
「射ることのできそうな者は、味方に誰かいるか」と判官がおっしゃると、
「上手な者はいくらもおりますが、その中でも、下野の国(現在の栃木県)の住人、那須太郎資高の子の与一宗高こそ、小柄ではございますが、腕は確かでございます」
「証拠はあるのか」と判官がおっしゃると、
「飛ぶ鳥を射る競い合いなどで、3羽のうち2羽は必ず射落とす者でございます」
「それならば呼べ」とおっしゃって、与一をお呼びになった。
与一は、そのころ20歳ほどの若者である。濃い紺の地に、赤地の錦で襟と袖先を彩った直垂に、萌黄色の糸でつづった鎧を着て、銀の金具で飾った太刀を腰に帯び、白と黒のまだら模様の羽の矢で、その日の戦いで射て少しばかり残っていたのを、頭より高く突き出るように背負い、黒い部分の少ないまだら模様の羽に鷹の羽を交ぜて作った、ぬた目のかぶら矢を差し添えていた。籐を密に巻いた弓を脇に挟み、兜は脱いで鎧の高紐にかけ、判官の前にかしこまった。
「どうだ宗高、あの扇の真ん中を射て、平家に見物させてやれ」
与一がかしこまって申し上げることには、
「射とおせるかどうかはわかりません。射損じましたならば、末長く味方の恥となりましょう。確実にやり遂げられる人にお命じになるのがよろしいのではございませんか」と申し上げる。
判官はたいそう怒って、
「鎌倉を出発して西国へ向かおうとする者たちは、義経の命令に背いてはならない。少しでも異議を抱く者は、さっさとここから帰るがよい」とおっしゃった。
与一は、重ねて辞退してはまずいことになるだろうと思ったのだろうか、
「外れるかどうかはわかりませんが、ご命令でございますから、やってみましょう」
と言って、御前から退き、黒い馬で太くたくましいのに、小さな房のついた鞦をかけ、やどり木を丸く図案化した文様を摺り染めにした鞍を置いて乗った。弓を持ち直し、手綱をたぐって、波打ち際へ向かって馬を歩ませると、味方の兵たちは与一の後ろ姿をはるかに見送って、
「この若者はきっとやり遂げるに違いないと思われます」
と申し上げたので、判官も頼もしそうにご覧になった。
矢を射るには距離が少し遠かったので、海へ1段(約11メートル)ほど馬を乗り入れたが、それでもなお扇までの距離は7段(約76メートル)ほどはあるだろうと見えた。時は2月18日の酉の刻(午後6時ごろ)のことであったが、ちょうどそのとき北風が激しく吹いて、磯に打ち寄せる波も高かった。舟は揺り上げられ揺り下ろされて漂うので、扇も竿の先に定まらず、ひらひらと揺れている。
沖では平家が舟を一面に並べて見物している。陸では源氏が馬の轡を並べてこれを見ている。どちらを見ても、晴れがましくない光景はなかった。
与一は目を閉じて、
「南無八幡大菩薩、とりわけ私の故郷の神々である日光権現、宇都宮、那須の湯泉大明神よ、どうかあの扇の真ん中を射させてくださいませ。これを射損じたならば、弓を切り折って自害し、二度と人に顔を合わせるつもりはありません。もう一度故郷へ迎えてやろうとお思いになるならば、この矢を外させないでください」
と心の中で祈って、目を見開くと、風も少し吹き弱まり、扇も射やすそうになっていた。
与一はかぶら矢を取ってつがえ、十分に引き絞って、ひょうと放った。小兵にふさわしく、矢は12束3伏(こぶし12個分と指3本分の長さ)、弓は強く、かぶら矢は浦一帯に響きわたるほど長く鳴って、狂いなく、扇の要から1寸(約3センチ)ほど離れたところを、ひいふっと射切った。
かぶら矢は海へ落ちたが、扇は空へと舞い上がった。しばらくは空中にひらめいていたが、春風に1度2度ともまれて、海へさっと散り落ちた。夕日が輝く中に、一面紅色の地に日の丸を描いた扇が、白波の上に漂い、浮いたり沈んだりして揺られていたので、沖では平家が船端をたたいて感嘆した。陸では源氏が箙をたたいてどよめいた。

「那須与一」の読みどころ
与一の心情の変化
与一の心は、場面ごとに大きく揺れ動きます。まず、義経から扇を射るよう命じられると、「射おほせ候はんこと不定に候」と一度は辞退します。射損じれば味方全体の恥になるという不安と責任の重さからです。
しかし、義経に「命令に背いてはならない。異議のある者はここから帰れ」と叱られると、「はづれんは知り候はず、御諚で候へば仕ってこそ見候はめ」と引き受けます。この時点ではまだ、当たるかどうかはわからないという心境です。
海へ馬を乗り入れた与一は、目を閉じて神仏に祈り、「射損じたら弓を切り折って自害する」とまで誓います。祈り終えて目を開くと、風が弱まり、扇も射やすそうになっていました。不安から覚悟へと気持ちが定まった瞬間で、ここから一気に矢を放つ場面へと進みます。
対句で描かれる平家と源氏
この章段では、沖の平家と陸の源氏が、同じ形の文で並べて描かれています。
- 沖には平家、船を一面に並べて見物す。陸には源氏、轡を並べてこれを見る。
- 沖には平家、ふなばたを叩いて感じたり。陸には源氏、箙を叩いてどよめきけり。
1つ目は与一が矢を放つ前、2つ目は射落とした後の場面です。同じ形の対句を前後に置くことで、敵も味方も息をのんで見守り、そろって与一をたたえたことが印象的に伝わります。
擬音語・擬態語と語りのリズム
矢を放つ「ひやうと」、扇を射切る「ひふつと」、扇が海に散る「さと」などの擬音語・擬態語が、場面を生き生きと伝えています。「浦響くほど長鳴りして」は、鏑矢が鳴り響く音の描写です。
また、「うちつれうちつれ」「ゆりあげゆりすゑ」「浮きぬ沈みぬ」のような繰り返しの表現も多く見られます。『平家物語』は琵琶法師が語り聞かせた物語で、耳で聞いて心地よいリズムが文章に生かされています。
色彩の対比
色の描写が多いのも、この章段の特徴です。扇は「皆紅」の地に日の丸を描いたもので、女房は紅の袴を着ています。与一は赤地の錦で彩った直垂に萌黄威の鎧を着て、黒い馬に乗っています。
結びの場面では、夕日に輝く紅の扇が白波の上に漂います。紅・白・夕日の金色が重なる鮮やかな光景が、与一の一矢の見事さを引き立てています。
「那須与一」についてよくある質問
- 「那須与一」は『平家物語』の何巻に収められていますか?
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第11巻(巻十一)に収められています。第11巻は屋島の戦いから壇ノ浦の戦いまでを描く巻で、「那須与一」は屋島の戦いを描く「嗣信最期」と「弓流」の間にある章段です。
- 与一から扇までの距離はどのくらいでしたか?
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本文によると、与一は海へ1段(約11メートル)ほど馬を乗り入れましたが、それでも扇までは7段(約76メートル)ほどあったとされます。しかも北風が強く、扇は揺れる船の上でひらめいていました。
- なぜ敵の平家まで感動したのですか?
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武士にとって、すぐれた弓の腕前は敵味方を問わず称賛されるものでした。そこに、夕日の海に紅の扇が舞い散る光景の美しさが加わり、平家は船端をたたき、源氏は箙をたたいて、ともに見事な一矢をたたえました。本文の「いづれもいづれも晴れならずといふことぞなき」は、敵も味方もこの勝負を晴れの舞台として見守っていたことを表しています。
- 「那須与一」の場面はこのあとどうなりますか?
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続く場面では、扇が射落とされたことに感じ入った平家の武者が、船の上で舞い始めます。与一は義経の命を受けてこの武者も射倒し、平家は静まり返り、源氏は再び箙をたたいてどよめきました。これをきっかけに戦いは再び激しくなり、義経が海に落とした弓を危険を冒して拾い上げる「弓流」の場面へと続きます。





