このページでは、清少納言『枕草子』第179段から第199段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(10)第179段~第199段をご覧ください。
第179段「宮仕人の里なども」
宮仕えをする人の実家なども、両親が二人ともそろっているのがとてもよい。
人が大勢出入りし、奥のほうからさまざまな声がいくつも聞こえ、馬の音などもして、ひどく騒がしいほどであっても、差し支えはない。
けれども、人目を忍んで来た場合でも、堂々と来た場合でも、自然と、
「お帰りになったのを知らなくて」
とも、また、
「いつおいでになりますか」
などと言いながら、のぞきに来る人もいる。
思いを寄せている男の場合は、なおさらである。門を開けることなどを、いやに大げさに騒ぎ立て、夜中まで開けておくことを気にしている様子は、まことに気に入らない。
「大門は閉めたか」
などと尋ねるので、
「まだです。まだお客さまがいらっしゃいますから」
などと答える者が、少し面倒そうに思って返事をするのにも、
「お客さまがお帰りになったら、すぐ閉めろ。このごろは盗人がとても多いそうだ。火の用心も危ない」
などと言うのが、まことにわずらわしく、聞いている客のほうまで気詰まりになる。
この客の供の者たちは待ちくたびれたのであろうか、主人がもう出て来るかと絶えずのぞいて様子を見る家の者たちを、笑っているようである。ものまねまでしているのを聞いたら、ましてどれほど厳しくとがめることだろう。あからさまには言わないとしても、思いやりのない人のところへは、必ずまた来るものでもない。それでも、さっぱりした人なら、
「夜も更けました。門を開けておくのも危ないでしょう」
などと笑って帰る人もいる。本当に思いの深い人なら、
「もうお帰りください」
などと何度も促されても、なお明け方まで居続けるので、家の者がたびたび見回って、もう夜が明けそうなのを、たいそう珍しいことのように思って、
「まあまあ、今夜は来客があるからと、門をずっと開け放して」
などとぶつぶつ言い、仕方なく暁になってから門を閉めるというのは、どうして憎らしくないことがあろう。親が一緒に住んでいる家なら、やはりそうしたものなのだろう。まして実の親でない人なら、どんなふうに思うだろうとまで気が引ける。兄弟の家などでも、よそよそしいところなら同じであろう。
夜中でも暁でも、門のことをあまり用心深く取り扱わず、宮中や内裏のあたり、殿上人なども出入りして、格子なども上げたまま冬の夜を明かし、客が帰ったあとにも外を眺めているのが趣深い。有明の月のころなどは、なおさらすばらしい。笛などを吹いて帰った人の余韻が残っていると、急いで寝る気にもなれず、人の噂などを語り合い、歌などを語って聞くうちに寝入ってしまうのが趣深い。
第180段「ある所になにの君とかや」
「ある所に、何の君とかいう人がいて、その人のもとへ、貴公子というほどの身分ではないが、そのころたいそう風流人と評判で、気立てもある男が、九月ごろ訪ねて行った。有明の月が出て霧が深く立ちこめ、たいそう趣深い明け方に、あとあとまで思い出してもらおうと、言葉を尽くして別れを告げて出て行った。女が、もう帰ってしまっただろうと遠く見送っている、その様子が何とも言えず優美であった。男は帰るところを見せておいて引き返し、立蔀の間の陰に沿って立ち、まだ立ち去りきれないように、もう一度気持ちを伝えようと思って、『有明の月がありながら……』と、ひそやかに口ずさんでのぞき込んだ。すると女の髪が頭に沿わず、五寸ほど浮き下がって、火をさし灯したように見えたので、月の光も加わって、ぎょっとするような気持ちになり、そっと出て行ってしまった」
と、その人は語った。
第181段「雪のいと高うはあらで」
雪がそれほど深くはなく、薄く降っているのなどは、たいそう趣がある。
また、雪がたいそう深く降り積もった夕暮れから、縁近くに、気の合う人が二、三人ほど、火桶を中に据えて話などしているうちに暗くなったが、こちらには灯もともさず、あたり一面の雪明かりがひどく白く見える中で、火箸で灰などをかきまぜながら、しみじみすることも趣深いことも語り合っているのがよい。
宵ももう過ぎたかと思うころ、沓の音が近くに聞こえるので、不思議に思って外を見ると、ときどきこのような折に思いがけず姿を見せる人であった。
「今日の雪を、どんなお気持ちでいらっしゃるだろうと思いながら、どうした用事に妨げられて、あちらで一日を暮らしてしまったことでしょう」
などと言う。
「今日は来ようと思っていた」
などというようなことを言うのであろう。昼間にあったことなどから話し始めて、さまざまなことを語る。円座を一枚ばかり差し出しただけで、片方の足は床の下に垂らしたままなのに、鐘の音などが聞こえるころまで、内にいる者も外にいる者も、話が尽きないように思われる。
明け方の薄暗いころに帰ると言って、
「雪はどの山に満ちていることか」
と詩句を口ずさんだのは、たいそう趣深い。女ばかりでは、このように夜を明かすまで座ってはいられなかっただろうが、ただ女だけでいるより趣があり、風流なことなどを語り合ったのであった。
第182段「村上の前帝の御時に」
村上天皇の御代に、雪がたいそう降ったとき、それを器に盛らせ、梅の花を挿して、月がとても明るい夜に、
「これについて歌を詠め。何と言うのがよいだろう」
と、兵衛の蔵人にお命じになったところ、
「雪月花の時」
と申し上げたのを、帝はたいそうお褒めになった。
「歌を詠むなどというのはありふれたことだ。このように、その折にぴったり合った言葉を言うのは難しい」
と、おっしゃったという。
同じ人をお供にして、殿上に人がいなかったとき、帝がそこにお立ちになっていると、炭櫃から煙が立ったので、
「あれは何か、見て来い」
とお命じになった。そこで見て戻って来て、
海の沖に焦がれているものを見ると、海人が釣りをして帰って来るところでした
と申し上げたのもおもしろい。実は蛙が炭櫃に飛び込んで焼けていたのであった。
第183段「御形の宣旨の」
御形の宣旨が、その上に、五寸ほどのたいそうかわいらしい殿上童の人形を作り、角髪を結い、装束などもきちんと整えて、中に名を書いて差し上げなさったところ、
「ともあきらの大君」
と書いてあったので、帝はたいそうおもしろがりなさった。
第184段「宮にはじめて参りたるころ」
中宮のもとへ初めて出仕したころは、何もかも恥ずかしくてたまらず、涙までこぼれそうだったので、夜ごとに参上して、三尺の御几帳の後ろに控えていた。中宮が絵などを取り出して見せてくださるのに、手さえ差し出せそうになく、どうしようもなかった。
「これはこうで、あれはああで。それが、これが」
などとおっしゃる。高坏に載せた灯火なので、髪の筋などもかえって昼よりはっきり見えて恥ずかしいけれど、我慢して絵などを見る。たいそう寒いころなので、中宮が差し出されたお手がわずかに見える、その色がたいそう美しい薄紅梅のようで、限りなくすばらしい。宮中を知らない里人のような気持ちの私には、世の中にはこのような方がいらっしゃるのかと驚くほど、じっとお姿を拝見していた。
暁になると、早く退出したいと気がせく。
「葛城の神も、もうしばらく」
などとおっしゃるので、どうして斜めから顔をご覧に入れることができようと思い、なお伏していると、御格子も上げられない。
女官たちが参上して、
「これをお上げください」
などと言うのを聞いて、女房が格子を上げようとすると、
「だめ」
とおっしゃるので、女官たちは笑って帰った。中宮がいろいろお尋ねになり、お話しになるうちに長くなったので、
「もう退出したくなったでしょう。それでは、もうお行きなさい。今夜は早くいらっしゃい」
とおっしゃる。私がいざりながら隠れるやいなや、格子を一斉に上げると、雪が降っていた。登花殿の前は立蔀が近く、狭い。雪がたいそう趣深い。
昼ごろ、
「今日は、やはり参りなさい。雪で曇っているから、顔もはっきり見えないでしょう」
などと何度もお召しになるので、この局の主人も、
「みっともない。いつまでそんなに引きこもっているつもりなの。あれほど御前に許されているのは、中宮にも何かお考えがあってのことでしょう。相手のお心に背くのはよくないものです」
と、ひたすら急き立てて出すので、生きた心地もしないまま参上するのが、たいそうつらい。
火焼屋の上に雪が降り積もっているのも、珍しく趣深い。
御前近くには、いつものように炭櫃の火をたくさんおこしてあるが、そこには特に人もいない。中宮は、沈香の御火桶で蒔絵を施したものに向かっていらっしゃる。上臈の女房が御膳の世話をしたまま、近くに控えている。次の間では、長炭櫃のまわりに隙間なく女房たちが座り、唐衣を着崩している様子もくつろいでいて、見るのもうらやましい。手紙を取り次ぎ、立ったり座ったり行き違ったりする様子にも遠慮がなく、話したり笑ったりしている。いつになれば自分もあのように宮仕えに慣れるのだろうと思うことさえ気後れする。奥のほうでは三、四人が集まって絵などを見ているようだ。しばらくすると、前駆が高い声で先払いする声が聞こえたので、
「殿が参上なさるようです」
と言って、散らかっている物を片づける。私はどうにか退出したいと思うのに、まったく身動きできず、もう少し奥へ引き入って、それでもやはり見たい気持ちはあるらしく、御几帳のほころびから少しだけのぞいた。
大納言殿が参上なさったのであった。直衣と指貫の紫色が雪に映えて、たいそう美しい。柱のもとにお座りになって、
「昨日、今日は物忌みでございましたが、雪がひどく降りましたので、お気がかりで参りました」
と申し上げなさる。
「道もないだろうと思っていましたのに、どうして」
と中宮がお答えになる。大納言殿は笑って、
「少しはお気の毒に思っていただけるかと思いまして」
などとおっしゃる。そのお二人のご様子に、これ以上のものがあるだろうか。物語に言葉を尽くして書かれていることにも違わないように思われる。
中宮は、白い御衣を重ね、その上に紅の唐綾をお召しになっている。
御髪がかかっていらっしゃる様子など、このようなものは絵では見たことがあったが、現実にはまだ知らなかったので、夢のような心地がする。大納言殿は女房たちと話し、冗談などもおっしゃる。女房たちは、お返事を少しも恥ずかしいとは思わない様子で申し返し、大納言殿が冗談をおっしゃれば言い争ったり反論したりする。それを見ると、目もくらむようで、驚くほどで、こちらの顔までむやみに赤くなる。御くだものが参ると手早く整えて、御前にも差し上げなさる。
「御帳台の後ろにいるのは誰ですか」
と大納言殿がお尋ねになったようだ。私を捜しているのだろう。お立ちになったので、別の所へ行かれるのかと思うと、ひどく近くにお座りになり、いろいろお話しになる。私がまだ出仕していなかったころから聞いていらしたことなどを、
「本当に、そうだったのですか」
などとおっしゃる。御几帳を隔てて遠くからお姿を拝見していただけでも恥ずかしかったのに、思いがけず向かい合ってお話ししているような心地で、現実とも思われない。行幸などを見る折、帝が車のほうを少しでもご覧になれば、下簾を引き閉じ、透けて姿が見えはしないかと扇までかざして隠すほどなのに、それでも自分ながら恐れ多く、どうして外へ出て来たのだろうと汗が出るほどなのだから、いったい何とお返事申し上げられよう。
大切な身の隠しどころとして掲げていた扇まで取られてしまい、顔にかけるはずの髪も見苦しく思われるのではないかと気になる。きっと、そんな様子まで見えているのだろう。早く立って行ってくださればと思うのに、大納言殿は扇を手でもてあそびながら、絵のことを、
「誰に描かせたものですか」
などとおっしゃって、なかなか扇を返してくださらないので、袖を顔に押し当ててうつ伏している。その袖の白い粉が唐衣に移って、まだらになっていることだろう。
長く座っていらっしゃるので、中宮は、私が心細く苦しがっているだろうとお察しになったのか、
「これをご覧なさい。これは誰の筆跡ですか」
と大納言殿にお尋ねになる。
「いただいて拝見いたしましょう」
と大納言殿がおっしゃると、
「いいえ、こちらへ」
と中宮がおっしゃる。
「人を捕まえて立てなくしているのです」
と大納言殿がおっしゃるのも、たいそう当世風でしゃれているが、私には身のほどに合わず、恥ずかしい。中宮は、人が草仮名で書いた草子などを取り出してご覧になる。
「誰の筆跡でしょう。あの人に見せてください。世間の人の筆跡なら、みな見分けるでしょうから」
などと、ただ私に返事をさせようとして、いろいろなことをおっしゃる。
一人いるだけでも大変なのに、また前駆が先払いの声を上げ、同じように直衣姿の人が参上なさった。こちらはもう少し華やかで、冗談などもおっしゃる。大納言殿も笑っておもしろがり、自分からも、
「何某が、こんなことをした」
などと殿上人の噂などをお話しになる。それを聞いていると、やはり化け物や天人などが天から降りて来たのかと思われたが、宮仕えに慣れ、日がたってみれば、それほど特別なことでもなかった。
今こうして見ている女房たちも、みな初めて家を出て宮仕えを始めたころには、きっと同じように思ったのだろうと考えていくうちに、自然と見慣れていくものなのだろう。
中宮が何かおっしゃって、
「私のことを大切に思っていますか」
とお尋ねになる。
お返事に、
「もちろんでございます」
と申し上げたのとちょうど同時に、台盤所のほうで誰かがたいそう大きなくしゃみをしたので、
「まあ、情けない。嘘を言っていたのですね。もうよい、よい」
と言って、奥へお入りになった。
「どうして嘘でありましょう。並ひととおりに思い申し上げる程度のことではありません。嘘らしいのは、あのくしゃみのほうです」
と思った。
それにしても、誰がこんな憎らしいことをしたのだろうと、まったく気に入らない。私は普段なら、そのような折には人をやり込めたりもするのに、ましてこのときは本当に憎らしく思った。しかし、まだ宮仕えに慣れていないので、何とも申し返すことができないまま、夜が明けて退出した。するとすぐに、浅緑色の薄様に書いた優美な手紙を、これですと言って持って来た。開いて見ると、
「どうして嘘だと知ることができたでしょう。空似を正す糺の神がいなかったならば。
――との御意向です」
とあるので、すばらしいとも残念とも思って心が乱れ、それでもやはり昨夜のあの人が悔しく、憎んでやりたい気持ちになった。
「薄いか濃いか、それにもよらない鼻のために、つらい我が身のほどを思い知らされることです。
どうかこれだけは、もう一度申し上げ直してください。式の神も、おのずからたいそう恐れ多いものです」
と書いて差し上げた。その後も、あの嫌な折に、どうしてちょうどあんなことが起こったのだろうと、たいそう嘆かわしく思った。
第185段「したり顔なるもの」
得意げな顔をするもの。正月一日に最初にくしゃみをした人。身分のよい人はそれほどでもない。下﨟の者こそそうである。競っている二人の蔵人のうち一方との間に子をもうけた人の様子。また、除目でその年の第一等の国の受領になった人。祝いを言われて、
「たいそうご出世なさいましたね」
などと言われた返事に、
「何ほどのことでもありません。ほかのことはひどくうまくいかなくなっておりますので」
などと言うのも、たいそう得意げである。
また、求婚する人が多く競い合っている中から選ばれて婿になった人も、自分こそはと思うに違いない。受領であった人が宰相になった場合こそ、もとから貴公子であった人が昇進した場合よりも、得意げで気高く、自分をたいそう立派に思っているようである。
第186段「位こそなほめでたき物はあれ」
やはり位ほどすばらしいものはない。同じ人でも、大夫の君、侍従の君などと呼ばれているころは、たいそう軽く見やすいものなのに、中納言、大納言、大臣などになられると、まったく近づきようもなく、尊く思われるようになる、その違いはたいへんなものだ。それぞれの身分に応じて、受領なども皆そうであるらしい。多くの国の国司を歴任し、大弐や四位、三位などになれば、上達部なども尊重なさるようである。
女はやはり具合が悪い。内裏あたりで、御乳母が内侍の典侍や三位などになれば見栄えはするけれど、そうはいっても身分以上のことになり、いったいどれほどの価値があるだろうか。
また、そういう例が多くあるわけでもない。受領の北の方となって任国へ下ることを、普通の女の幸せとして立派だとうらやむようだ。ただ人の娘が上達部の北の方になり、上達部の娘が后の位につかれることこそ、すばらしいことなのであろう。
けれども、男はやはり若いうちに出世していくのがたいそうすばらしい。法師などが何某と名乗って歩いているだけでは、いったい何ほどに見えるだろう。経を尊く読み、顔立ちが美しくても、それにつけて女房たちに軽く扱われそうである。僧都、僧正になれば、仏が現れなさったかのように、人々がおそれかしこまる様子は、いったい何にたとえられよう。
第187段「かしこきものは」
威勢のよいものといえば、乳母の夫ほどのものはない。帝や親王たちの場合は別として、その次々の身分、受領の家などでも、その家での評判や影響力がやっかいなものなので、得意げになり、自分自身もひどく頼りにされているつもりで、乳母として育てた子をほとんど自分のもののように扱う。女の子ならまだしも、男の子にはぴったりつき添って後見し、その子の意向に少しでも背く者を責め立て、讒言する。悪いことであっても、この乳母の夫の威勢には誰も口を出せないので、我が物顔で、たいそう偉そうな顔をし、さまざまなことを取り仕切る。
その子がごく幼いころだけは、少し体裁が悪い。子が親の前で寝るので、乳母の夫は一人で局に寝ている。だからといってほかへ出かければ、浮気心があると騒がれかねない。無理に呼び下ろされて一緒に寝ていると、
「まづ、まづ」
と呼ばれるので、冬の夜など、着物を引っかきながら急いで起き、上がって行くのがたいそうつらいのである。それは身分のよい家でも同じことで、さらに少し面倒なことが加わるだけである。
第188段「病は」
病気は、胸の病。物の怪。脚気。しまいには、どこということもなく、物が食べられないという病気。
第189段「十八九ばかりの人の」
十八、九歳ほどの人で、髪がたいそう美しく、背丈ほどまであり、裾がたっぷりとしていて、ほどよくふくよかで、ひどく色白く、顔立ちに愛嬌があって美しい人が、歯をひどく痛め、額髪までしっとりするほど泣き濡らし、髪が乱れてかかるのもかまわず、顔も真っ赤にして歯を押さえて座っているのは、趣がある。
第190段「八月ばかりに」
八月ごろ、白い柔らかな単衣に、ちょうどよい長さの袴を着て、紫苑色の衣のたいそう上品なものを引きかけ、胸をひどく病んでいると、親しい女房たちが次々と大勢見舞いに来て、外のほうにも若々しい貴公子たちが大勢やって来て、
「本当にお気の毒なことです。いつもこのようにお苦しみになるのですか」
などと、何でもないことのように言う人もいる。
思いを寄せている人は、本当にかわいそうに思って嘆き、人には知られていない仲なら、なおさら人目を気にして、近づきたくても近くへ寄れず、心配しているのが趣深い。
たいそう美しく長い髪を引き結んで、何かをしようとして起き上がった様子も、かわいらしい。
帝もお聞きになって、御読経をする声のよい僧をお遣わしになったので、几帳を引き寄せてそばに座らせてある。たいして広くもない所なので、見舞いの人が大勢来て、経を聞いている様子まで丸見えなのに、僧がちらちら目配せをしながら読んでいるのは、罪を得るのではないかと思われる。
第191段「すきずきしくてひとり住みする人の」
風流で一人暮らしをしている男が、夜はどこにいたのだろう、暁に帰って、そのまま起きている。眠そうな様子ではあるが、硯を取り寄せて墨を濃くすり、何となく筆に任せて書くのではなく、心を込めて書いている、その正面から見た姿も趣深い。
白い衣の上に、山吹色や紅色などの衣を着ている。白い単衣がひどくしわになっているのを、ときどき眺めながら書き終え、そばの人にも渡さず、自分でわざわざ立って、小舎人童やふさわしい随身などを近くに呼び寄せ、ひそひそと言いつけて渡す。使いが去ったあとも長く物思いにふけり、経などの適当なところどころを、ひそやかに口ずさんで読んでいる。奥のほうで朝粥や手水の支度をして促すので、歩いて奥へ入りながらも、文机にもたれかかって書物などを見ている。おもしろいところは声を高くして口ずさむのも、たいそう趣深い。
手を洗い、直衣だけをさっと着て、法華経の第六巻を暗誦するのは、本当に尊い様子である。すると近い所だったのだろう、先ほどの使いが戻って来た気配を見せると、さっと読経をやめ、返事のことへ心を移すのが、罪を得るのではないかと思われておもしろい。
第192段「いみじう暑き昼中に」
ひどく暑い真昼に、どうしたものかと思い、扇の風もぬるく、氷水に手を浸して暑さをしのいでいるところへ、たいそう鮮やかな赤い薄様を、唐撫子の見事に咲いた花に結びつけて届けて来るのは、それを書いたときの暑さや、相手の思いの深さまで察せられて、さっきまで使っていてもまだ手放したくなかった扇さえ、思わず置いてしまう。
第193段「南ならずは東の廂の板の」
南、そうでなければ東の廂で、板敷きが影を映すほど磨かれているところに、鮮やかな畳を置き、三尺の几帳の帷子がたいそう涼しそうに見える。それを押しやると、髪が思っていたよりも長く流れ、立っている人に、白い生絹の単衣、紅の袴、宿直着には濃い色の衣で、それほどくたびれていないものを少し引きかけて横になっている。
灯籠に火をともしてあるのは二間ほど離れたところで、簾を高く上げ、女房が二人ほど、童などと長押に寄りかかっている。また、下ろした簾に沿って寝ている者もいる。火取には火を深く埋め、かすかに香をたかせているのも、たいそうのどかで奥ゆかしい。
宵を少し過ぎたころ、ひそやかに門をたたく音がすると、いつもの事情を知る者が来て、意味ありげに姿を隠し、人目をうかがって中へ入れるのも、それなりに趣がある。
そばに音色のたいそうよい、見た目も美しい琵琶があるのを、話の合間合間に、大きな音を立てず、爪弾きでかき鳴らしているのが趣深い。
第194段「大路近なる所にて聞けば」
大路に近い所で聞いていると、車に乗った人が、有明の月の美しいのに簾を上げて、
「旅人はなお残月の中を行く」
という詩句を、よい声で口ずさんでいるのも趣深い。
馬に乗っていても、そのような人が通って行くのは趣がある。そういう所で聞いていて、泥障の音が聞こえるので、どんな人だろうと、していたこともやめて見てみると、つまらない者だったときは、たいそう残念である。
第195段「ふと心劣りとかするものは」
ふと見劣りがするものは、男でも女でも、言葉の使い方が下品なこと。これは何よりもひどい。ただ一文字の使い方だけで、不思議なほど上品にも下品にもなるのは、どういうわけだろう。とはいえ、こう思っている私自身が特別すぐれているわけでもない。どれがよくどれが悪いと、どうして分かるのだろう。それでも、ほかの人は知らないが、私にはただそう感じられるのである。
下品なことや悪い言い方でも、そうだと分かっていてわざと言うのなら、それほど悪くはない。自分に身についてしまっている言い方を、何のためらいもなく口にするのは、あきれることである。
また、そうあるはずもない年寄りや男などが、わざと気取って田舎びた言い方をするのは憎らしい。不作法なことも変なことも、大人は間を置かずに言ってしまうのを、若い人がひどく恥ずかしく思って消え入りそうになっているのは、もっともなことである。
何を言うにも、
「そのことをさせようとする」
「言おうとする」
「どうしようとする」
と言うべき「と」の字を落として、ただ、
「言わむずる」
「里へ出でむずる」
などと言うと、たちまちひどく品が悪くなる。まして手紙に書くなど、問題にもならない。物語なども、ひどく書き損なえばどうしようもなく、作者まで気の毒になる。
「ひてつ車に」
と言った人もいた。
「求む」
という言葉を、
「みとむ」
などとは、皆が言うようである。
第196段「宮仕人のもとに来などする男の」
宮仕えをしている女のもとへ通って来る男が、そこで物を食べるのはたいそうよくない。食べさせる女も、とても気に入らない。思っている男が、
「ぜひ」
などと心を込めて勧めるのに、忌み嫌うように口を閉じ、顔をそむけるわけにもいかないので、女なら食べることになるのだろう。男のほうは、ひどく酔ってどうしようもなく夜が更けて泊まったとしても、湯漬けさえ食べさせまい。思いやりがないと思って来なくなるなら、それはそれでよい。実家などで、北面から食事を出す場合なら、どうしようもない。それでさえ、やはりよくない。
第197段「風は」
風は、嵐。三月ごろの夕暮れに、ゆるやかに吹く雨まじりの風。
第198段「八九月ばかりに」
八、九月ごろ、雨にまじって吹く風は、たいそうしみじみと趣深い。雨脚が横向きに激しく吹きつける中で、夏じゅうしまってあった綿入りの衣を取り出し、生絹の単衣を重ねて着るのも趣がある。この生絹さえ、少し前まではたいそう窮屈で暑苦しく、脱ぎ捨てたいと思っていたのに、いつの間にこんな季節になったのだろうと思うのも趣深い。
暁に格子や妻戸を押し開けると、嵐がさっと顔にしみるのが、たいそう趣深い。
第199段「九月つごもり十月の頃」
九月の末から十月ごろ、空が曇り、風がたいそう騒がしく吹いて、黄色い葉がはらはらとこぼれ落ちるのは、たいそうしみじみとする。桜の葉、椋の葉は、とりわけ早く落ちる。
十月ごろ、木立の多い所の庭は、たいそうすばらしい。

