
このページでは、『源氏物語』第45帖「橋姫」の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容をそのまま訳しつつ、必要に応じて主語を補い、敬語表現をわかりやすく改めるなど、現代の読者が読みやすい口語訳にしています。
原文を確認しながら読みたい方は、『源氏物語』第45帖「橋姫」原文全文をご覧ください。
そのころ、世に数まへられたまはぬ
そのころ、世間からはもう、ほとんど人の数にも入れてもらえないような古い親王がおられた。母方もたいそう高貴な家柄で、本来なら特別な立場に立っていてもおかしくない方だったのだが、時代が移り、世の中の流れの中で不遇な扱いを受けるようになった。そのため、かえって昔の面影も残らないほど落ちぶれてしまい、後見となるはずの人々もそれぞれ不満を抱いて世を離れたり亡くなったりして、公にも私生活にも頼れる相手がなく、世間から取り残されたような境遇になっていた。
北の方も、昔の大臣の娘であった。自分の身の上を何とも心細く思い、父母がかつて自分の将来をどのように考えていたかを思い出せば、比べようもなくつらいことばかりである。それでも、親王との長年の夫婦の契りだけを、このつらい世の慰めとして、二人は互いをかけがえのない人と思い、深く頼り合って暮らしていた。
長い間、二人には子がなく、それも心細いことだった。所在のない日々の慰めに、「どうにか、かわいらしい子供でも生まれてくれないものか」と、親王は時々おっしゃっていた。やがて珍しく、たいそうかわいらしい女の子が生まれた。二人はこの姫君をこの上なく愛し、大切に育てた。
その後、北の方は続けて懐妊された。「今度は男の子なら」と親王も期待していたが、生まれたのはまた女の子だった。出産そのものは無事だったものの、北の方はひどく体を患い、そのまま亡くなってしまった。親王は、あまりのことに茫然とし、どうしてよいかわからなくなった。
あり経るにつけても
「これまで生きてきても、いたたまれず、耐えがたいことばかりの世の中だった。それでも、どうしても見捨てられないこの人の姿や心に引き止められて、今日まで生きてきたのだ。それなのに自分一人だけが残されて、これからはいっそう張り合いのない人生になるのだろう。こんな幼い子供たちを、自分一人で育て上げるまで生きられるとも限らない。今さら世間の中で父親らしく振る舞うのも、我ながら愚かしく、見苦しいことではないか」
親王はいよいよ、かねてからの願いどおり出家してしまいたいと思うようになった。しかし、二人の娘を誰に託せばよいのか、その相手がまったくいない。幼い子供だけを残していくことがどうしても気がかりで、決心できないまま月日は流れた。やがて二人は次第に成長し、どちらも美しく、申し分のない姫君になっていく。その姿を朝夕眺めることが、いつしか親王にとって何よりの慰めとなっていた。
後に生まれた妹君については、仕えていた女房たちも、「なんという時にお生まれになったのでしょう」と不吉なものを見るようにつぶやき、あまり心を入れて世話をしなかった。だが亡くなる間際、母君はもう何事も十分に考えられないほど弱っていたにもかかわらず、この子のことだけをたいそう気にかけ、
「どうか、この子を私の形見と思って、かわいがってください」
と、ただ一言だけ親王に言い残していた。そのため親王は、「こうなる宿縁だったのだろう。息を引き取ろうとする時まで、この子を気にかけていたのだから」と、その時のことを繰り返し思い出し、とりわけ妹君を愛おしんで育てられた。実際、容貌は本当に美しく、不吉なほどと思えるくらい愛らしかった。
姉君のほうは、心が静かで、品のある性格だった。見た目も振る舞いも気高く、奥ゆかしい。姉として大切にされるべき由緒ではこちらのほうがまさっているので、親王は二人をそれぞれ違った形で大切にしておられた。それでも思いどおりにならないことは多く、年月とともに宮の中はますます寂れていった。
仕えていた人々も、先の見えない暮らしに耐えきれず、一人、また一人と暇を取り、散っていった。妹君の乳母も、母君の死の騒ぎの中で、しっかりした人を選ぶ余裕がなく雇われた者だったため、身分相応に気持ちも浅く、まだ幼い姫君を見捨てて出ていってしまった。結局、親王ご自身が二人の娘を育てるほかなかった。
さすがに、広くおもしろき宮
それでも邸そのものは広く、趣のある宮だった。池や築山などの景色だけは昔と変わらないものの、手入れをする人もなく、荒れ方はひどくなる一方だった。親王は、そんな庭を所在なく眺めて日々を過ごしていた。
家司にも頼りになる者がいない。草は青々と生い茂り、軒に生えた忍草などが、まるで自分こそこの家の主人だと言わんばかりに一面を覆っている。昔なら、その季節ごとの花や紅葉を、色も香りも同じ心で愛でてくれる妻がいたから、それを慰めにすることもできた。今はただ寂しく、心を寄せるものもない。親王は持仏の飾りだけは念入りに整えさせ、朝夕ひたすら仏道の勤めをなさるようになった。
娘たちという心の束縛があることだけでも、自分の思いどおりにならない宿縁だと残念に感じているくらいだから、「今さら、何のために世間の人らしく暮らす必要があるだろう」と、年月を重ねるほど世の中から心を遠ざけていく。形こそ出家していないものの、心の中ではすっかり聖になり、妻を亡くしてからは、普通の男らしい恋心など、冗談にさえ思い出すことはなくなっていた。
周囲の人は、「そこまでしなくても。別れた時の悲しみは、この世に並ぶものもないように思えるでしょうが、年月がたてば少しは薄らぐものです。もう少し世間並みのお暮らしをお考えになれば、これほど荒れ果てて頼りない宮の中も、自然と整っていくでしょうに」などと非難した。親類たちから、それとなく再婚を勧める話もずいぶんあったが、親王は一切耳を貸さなかった。
念誦の合間には娘たちをそばに置き、少しずつ成長してくると、琴を習わせたり、碁を打たせたり、偏つぎのような小さな遊びをさせたりして、その性格を見守った。姉君は才気があり、物事を深く考える落ち着いた娘に見えた。妹君はおっとりして愛らしく、引っ込み思案なところもあって、その様子がまた何ともかわいらしい。二人はそれぞれ違った魅力を持っていた。
春のうららかなる日影に
春のうららかな日のことだった。池では水鳥たちが羽を交わし、それぞれ鳴き交わしている。いつもなら何でもない景色として眺めていた親王も、その日ばかりは、つがいの鳥が離れず寄り添っている姿が羨ましく思われた。娘たちに琴を教えながら、小さな手でそれぞれ楽器を鳴らす音を聞いていると、かわいらしくも悲しく、親王の目に涙が浮かんだ。
うち捨ててつがひ去りにし水鳥の仮のこの世にたちおくれけむ
私を置き去りにして、つがいは先に飛び去ってしまった。この仮の世に、なぜ私は一人だけ取り残されてしまったのだろう。
「本当に心の尽きることだ」
そう言って目をぬぐわれた。親王はもともとたいそう美しい方である。長年の仏道修行で痩せ細ってはいたが、それがかえって上品で艶のある姿に見える。娘たちを大切に育てる父親として、着慣れて柔らかくなった直衣をまとい、くつろいで座っておられる姿にも、こちらが気後れするような気品があった。
姉君はそっと硯を引き寄せ、手習いのつもりで硯の端に何かを書こうとする。
「こちらの紙にお書きなさい。硯に書きつけるものではありませんよ」
親王が紙を差し出すと、姉君は恥じらいながら書いた。
いかでかく巣立ちけるぞと思ふにも憂き水鳥の契りをぞ知る
どうして私たちは、こんなふうに巣立つことになったのでしょう。そう思うにつけても、水鳥の親子のような悲しい縁を思い知らされます。
歌として特別すぐれているわけではないが、その場ではたいそう胸にしみた。筆跡も、将来は上手になるだろうと思わせるものの、まだ文字を十分なめらかに続けて書けない年ごろだった。
「妹君も書いてごらんなさい」
と言われ、妹君は姉よりもう少し幼い様子で、ずいぶん時間をかけて一首を書いた。
泣く泣くも羽うち着きする君なくはわれぞ巣守になりは果てまし
泣きながらでも、こうして翼を寄せてくれるあなたがいなかったなら、私は一人、空の巣を守る者になってしまったでしょう。
着物もすっかり着慣れて柔らかくなり、御前にはほかに人影もない。いかにも寂しく、所在のない暮らしの中で、二人の姫君だけがそれぞれにかわいらしく育っている。親王がその姿を愛おしく、痛ましく思わずにいられるはずがない。片手には経を持ち、読みながら、時には歌の調子まで教えておられた。
姉君には琵琶、妹君には箏の琴を習わせていた。まだ二人とも幼かったが、いつも一緒に音を合わせて稽古しているので、聞き苦しいこともなく、たいそう趣深い音になっていた。
父帝にも女御にも
八の宮は父帝にも母の女御にも早く先立たれ、頼りになる後見人が特にいなかった。そのため学問なども十分深く習うことができず、まして世の中でうまく生きていく方法など、どうして身につけられただろう。高貴な人々の中でも驚くほど上品でおっとりしていて、まるで女性のような方だった。
昔から伝わる宝物や、祖父の大臣から分け与えられた財産など、本来なら尽きないほどあったはずなのに、管理する力がなかったため、いつの間にかどこかへ消えてしまった。きちんとした調度類だけは、昔のまま相当な数が残されていた。
宮を訪ねたり、心を寄せて世話をしたりする人もいない。所在のないまま、雅楽寮の楽人などの中から腕のよい者を呼び寄せ、ささやかな管弦の遊びだけには熱心に取り組んで成長されたので、音楽の方面ではたいそうすぐれておられた。
八の宮は、源氏の大殿の弟にあたる方であった。冷泉院がまだ春宮だったころ、朱雀院の大后が横から企てを巡らせ、この宮を次の帝に立てようとして、自分の勢力が強かった時代に特別に持ち上げたことがあった。その騒ぎのため、かえって冷泉院の側とは疎遠になってしまった。やがて冷泉院の系統が世を継ぐ時代になってからは、ますます表立って世間に出ることができなくなった。さらに近年は、本人もすっかり聖のような暮らしになり、もう人生は終わったものとして、何もかも捨ててしまっていた。
そんなころ、住んでいた宮が火事で焼けてしまった。ただでさえ苦しい生活なのに、あまりにも突然の災難で、移り住めるような適当な所もない。そこで宇治という所に持っていた、風情のある山荘へ移ることになった。世の中への執着など捨てたつもりの親王も、いざ長く住んだ京の家を離れるとなると、さすがに胸に迫るものがあった。
新しい住まいは網代の近くで、川音が耳をつんざくほど騒がしく、静かな思索には向かないところもあった。しかし、もうどうしようもない。花や紅葉、水の流れを眺めることに心を慰めるきっかけを求め、ますます物思いに沈むほかにすることもなかった。これほど人里離れた山の奥へ引き籠もってからも、「あの人が生きていてくれたなら」と、亡き妻を思わない時はなかった。
見し人も宿も煙になりにしを何とてわが身消え残りけむ
愛した人も、住み慣れた家も、どちらも煙となって消えてしまった。それなのに、どうして私だけが消え残っているのだろう。
生きている甲斐などないと、親王はひたすら亡き妻を恋い焦がれていた。
いとど、山重なれる御住み処に
山が幾重にも重なる奥深い住まいまで、わざわざ訪ねてくる人は誰もいなかった。たまに出入りして仕えるのは、身分の低い者や田舎びた山人ばかりである。峰の朝霧が晴れる時もないような毎日を過ごしていると、この宇治山に、聖のような暮らしをしている一人の阿闍梨がいることがわかった。
学問もたいそう深く、世間からの評判も低くはない僧だったが、ほとんど朝廷の仕事には出ず、山に籠もって暮らしていた。八の宮がすぐ近くに住み、寂しい境遇の中で仏事を行い、経典を学んでおられることを知ると、その志を尊く思い、しばしば宮を訪ねるようになった。
阿闍梨は、自分が長年学んできた仏法の深い意味を解き明かして聞かせ、ますます、この世がいかに仮のもので、執着する意味のないものかを説いた。親王も、
「心だけなら、もう蓮の花の上へ昇り、濁りのない極楽の池に住めそうなものなのです。ただ、この幼い娘たちを残していくことだけが気がかりで、どうしても思い切って姿まで変え、出家することができません」
などと、隠すことなく話しておられた。
この阿闍梨は、冷泉院にも
この阿闍梨は冷泉院にも親しく出入りし、経典などをお教えする僧だった。ある時、京へ出たついでに院へ参り、いつものように経典の文句をお見せしたり、院から質問を受けたりしているうちに、八の宮の話になった。
「八の宮は本当にすばらしい方です。仏教の学問にも深く通じ、悟りも深くていらっしゃる。もともとそうなる宿縁を持ってお生まれになった方なのでしょうか。深く心を澄ませておられる様子は、本物の聖そのものです」
と阿闍梨が申し上げると、冷泉院は、
「まだ剃髪はしておられないのか。『俗聖』などと、若い人たちが呼んでいるそうだね。何とも気の毒なことだ」
とおっしゃった。
その時、宰相中将――薫も御前に控えていた。薫は、「自分こそ世の中のむなしさを嫌というほど知っているつもりでいながら、人から目を留められるほど仏道に励むでもなく、情けなく今日まで過ごしてきた」と、ひそかに思っていた。そのため、「俗人のままで聖の境地にまで至ったという八の宮は、どんなお気持ちで暮らしているのだろう」と、耳を澄ませて話を聞いた。
阿闍梨は、
「もともと出家のお志はお持ちなのですが、些細なことに引き止められ、今となっては、気がかりな姫君たちの将来をどうしても捨てきれないと嘆いておられます」
と申し上げた。
その阿闍梨自身、音楽の好きな人でもあったので、
「それに、姫君たちが琴を弾き合わせておられる音が、川の波の音と競うように聞こえてくるのは、本当に美しいものです。極楽というのも、きっとあんな所だろうと思われます」
と、少し古風な言い方で褒める。冷泉院は微笑んで、
「そんな聖のような父君のそばで育ったのなら、この世のことにはずいぶん疎い姫君たちだろうね。それも面白い。八の宮も、娘たちが気がかりで、捨てるに捨てられず困っておられるのだろう。もし自分より先に少しでも亡くなるようなことがあれば、私に譲ってくださらないものかな」
などとおっしゃった。冷泉院は先帝の第十皇子であった。朱雀院が女三宮を故六条院に託した昔のことを思い出し、「あの姫君たちをこちらへ迎えられたらよいのに。退屈な時の遊び相手にもなるだろう」などと、ふと思われたのである。
中将の君、なかなか
薫のほうは、それとは違い、八の宮がどれほど心を澄ませておられるのか、「ぜひ直接お会いしてみたい」と思う気持ちが強くなった。阿闍梨が宇治へ帰る時にも、
「必ず一度参上し、教えを伺いたいと思っています。まず内々に、宮のお気持ちを確かめていただけませんか」
などと頼んだ。
冷泉院からも八の宮へ、「お寂しいお暮らしを人づてに聞いております」などという伝言があり、歌が添えられた。
世を厭ふ心は山にかよへども八重立つ雲を君や隔つる
世を離れたいという心なら、私も山に住むあなたと同じです。それなのに、幾重にも立つ雲の向こうへ、あなたのほうから私を遠ざけておられるのでしょうか。
阿闍梨は院の使者を先に立てて、八の宮のもとへ戻った。普通の身分の人からの使いさえほとんど訪れない山陰の住まいである。院からの便りなど本当に珍しく、宮は喜んで迎え、その土地で用意できる肴などを出して、精いっぱいもてなした。
院への返歌は、
あと絶えて心澄むとはなけれども世を宇治山に宿をこそ借れ
人との縁をすっかり絶ち、澄みきった心になれたわけではありません。ただ世を憂しと思い、この宇治山に仮の宿を借りているだけなのです。
と、自分を聖としてはとても未熟な者だと卑下した内容だったので、冷泉院は、「まだ世の中への恨みが残っているのだな」と、かえって気の毒に思われた。
阿闍梨は薫のことも宮に話した。若いのに仏道への志が深そうであること、そして薫自身が、
「仏法の教えをきちんと理解したいという気持ちは、幼いころからずっと持っておりました。それでもどうしても世間の中で生きなければならず、公私とも忙しく、落ち着いて籠もり、学び読むこともできません。私のように何の取り柄もない者が、世の中を捨てたような顔をすることに遠慮する必要などないとは思いながら、つい気が緩み、いろいろなことに紛れて今日まで来てしまいました。ところが、宮のまれなお暮らしぶりを伺って以来、心からお頼り申し上げ、ぜひ教えを受けたいと思うようになりました」
と熱心に言っていたことを伝えた。
八の宮は感心して言った。
「世の中は仮のものだと悟り、厭わしく思うようになるには、普通、自分自身につらいことが起こり、この世すべてが恨めしいと思い知るきっかけがあって、そこから道心が起こるものらしい。それなのに、まだ若く、世の中で何もかも思いどおりになり、何一つ不足などないと思える身でありながら、その先の世まで考えておられるとは、本当にめったにないことです。
私などは、そうなる宿縁だったのでしょう。まるで仏がわざと『世を捨てなさい』と勧めておられるようなことばかり起こり、自然と静かな暮らしをする願いだけはかなってきました。それなのに、もう残りの命も少ないと思う今になっても、仏法について何一つ十分に得たものがないまま終わりそうです。過去を振り返っても未来を考えても、何もつかめなかったと思い知らされます。むしろ若い中将のほうが、私には恥ずかしくなるような立派な法の友となってくださるのでしょう」
そうおっしゃって、二人は手紙を交わすようになり、やがて薫自身も宇治へ参るようになった。
げに、聞きしよりもあはれに
実際に訪ねてみると、聞いていた以上に胸を打たれる暮らしだった。住まいの様子からして、まるで本当に一時だけ住む草庵のように簡素で、何もかも切り詰められている。同じ山里でも、静かで心をひかれる場所ならほかにある。ところがここは、激しい水音と波の響きが絶えず、夜になって何かを忘れ、心を解いて夢を見ることさえできそうにないほど、荒涼としていた。
薫は、「聖のように暮らそうとする宮には、かえってこんな場所のほうが、この世への執着を断つ助けになるのだろう。しかし姫君たちは、どんな気持ちで暮らしているのだろう。普通の女性らしく、柔らかな暮らしを求める気持ちなど、初めから遠いものになっているのではないか」と想像した。
八の宮と姫君たちは、仏間を隔てる障子一枚ほどしか離れていない所に住んでいるらしい。もし恋心のある男なら、少し探りを入れて姫君たちの心を確かめてみたくなるだろう。そうするのもどうかと思いながら、やはり姿を見てみたいと思わせるような気配があった。
けれど薫は、「女との縁から離れたいと思い、こんな山深くまで宮を訪ねてきたのに、ここで浮ついた恋の言葉など口にして戯れるのでは、最初の志と違ってしまう」と思い直した。そして、ひたすら八の宮の境遇をいたわり、何度も訪ねては、本来望んでいたとおり、在家のままで仏道を行う深い心や経典の意味などを学んだ。八の宮は、いかにも学識をひけらかすような言い方はせず、それでも実にわかりやすく説明してくださった。
世の中には聖人らしい人や、学問にすぐれた僧はいくらでもいる。しかし、徳の高い僧都や僧正などになると、あまりにも堅苦しく近寄りがたい。忙しくて融通も利かず、何かわからないことを細かく質問するにも大げさに感じられる。
一方、それほど身分の高くない僧なら、戒律を守る尊さはあっても、雰囲気が卑しく、言葉も訛り、馴れ馴れしく無骨なところが鼻につく。薫も昼間は朝廷の仕事で忙しいため、静かな夜に枕元近くまで僧を呼び、仏法について話を聞くこともあるのだが、それもどこか気詰まりだった。
八の宮は、それとはまるで違った。上品で、人の心をいたわる雰囲気を持ち、口になさる言葉も美しい。同じ仏の教えを語るにしても、身近なたとえを交えて話してくださる。悟りそのものが飛び抜けて深いというわけではなくても、身分ある人らしく物事の本質をつかむ力が格別だった。そのため薫は、会うたびにますます親しみを感じ、いつもお目にかかりたいと思うようになった。仕事が忙しく、長く訪ねられない時には、宮が恋しく思われるほどだった。
薫がこれほど八の宮を尊敬するようになったため、冷泉院からも常に消息が届くようになり、それまでほとんど世間から忘れられ、寂しかった宇治の住まいにも、少しずつ人の訪れが増えていった。季節ごとに院から立派な贈り物が届き、薫もまず何かにつけて、風流なことにも実生活の援助にも心を配った。そんな関係が、三年ほど続いた。
秋の末つ方
秋も終わりに近いころ、八の宮は季節ごとに行っている念仏のため、七日ほど阿闍梨の寺の堂へ移っていた。宇治川ではこの時期、網代に当たる波の音がいっそう騒がしく、念仏をするにも静かではなかったからである。
父宮が留守になり、姫君たちはいつにもまして心細く、所在なく物思いに沈んでいた。そのころ薫は、「そういえば、ずいぶん長く宇治へ伺っていない」と八の宮のことを思い出した。その気持ちのまま、有明の月がまだ夜深い空に出るころ京を発ち、ほとんど供も連れず、ひどく目立たない姿で宇治へ向かった。
川のこちら側なので船に乗る必要はなく、馬で行った。山深く入るにつれ霧が立ち込め、道も見えない。茂った木々の間を分けて進むと、荒々しい山風に吹かれた木の葉がはらはらと落ち、その露が冷たく降りかかる。自分から望んできたこととはいえ、全身ひどく濡れてしまった。こういう旅にほとんど慣れていない薫には、心細くもあり、同時にどこか趣深くも感じられた。
山おろしに耐へぬ木の葉の露よりもあやなくもろきわが涙かな
山おろしに耐えきれず散る木の葉の露よりも、理由もなくもろくこぼれる私の涙よ。
山人を驚かせるのも煩わしいので、随身にも声を立てさせない。柴の垣を分け、あちこちの細い流れを馬が踏む足音まで忍ばせるように気を配った。けれど薫自身から漂う隠しようのない香りだけは風に乗り、近くの家では、夜中に目を覚まして「いったい、どこからこんな香りがするのだろう」と驚く人さえいた。
宮の邸に近づくと、何の楽器かはまだ聞き分けられないものの、もの寂しく美しい音が聞こえてきた。「いつも姫君たちがこんなふうに合奏なさるとは聞いていたが、これまで機会がなく、宮の御琴が名高いことも知りながら聞けなかった。今日はよい時に来たらしい」と思いながら近づく。
よく聞けば、まず琵琶の音だった。黄鐘調に調律した、ごく普通の掻き合わせなのだが、この場所のせいなのか耳慣れないほど新鮮に感じられ、撥で弾き返す音も清らかで美しい。そこへ箏の琴が、しみじみと艶のある音で、途切れ途切れに聞こえていた。
しばし聞かまほしきに
薫はしばらく、そのまま隠れて聞いていたかった。しかしどれほど忍んでも気配が普通ではないので、宿直をしているらしい、少し無骨な男が気づいて出てきた。
「宮さまは、ただ今寺に籠もっておられます。お越しになったことをお知らせいたしましょう」
と言う。
薫は、
「いや、結構です。決まった日数で修行なさっているところへ、私が割り込んで妨げることもないでしょう。ただ、こんなに濡れながら来たのに、何もなく帰るのも悲しい。姫君たちの御方へ、私が来たことをお伝えして、『お気の毒に』とでもおっしゃっていただければ、それだけで慰めになります」
と言った。男はごつい顔を少し笑わせ、
「では、申し上げてまいりましょう」
と立ちかける。
「少し待って」
薫は呼び戻した。
「何年も人づてに聞くだけで、一度聞いてみたいと思っていた御琴の音です。こんな幸運な機会はありません。少し隠れて聞けるような場所はありませんか。無遠慮に近くへ出ていって、皆さんが演奏をやめてしまわれたら、あまりにも残念ですから」
宿直の男の目から見ても、薫の気配や顔立ちは、粗末な旅姿にしていてさえ、畏れ多いほど立派だった。
「人が聞いていない時には、朝夕こうしてお弾きになるのです。ただ、下人であっても都から来た者などが交じっている時には、決して音をお立てになりません。そもそも、ここに姫君たちがおられること自体、宮さまはひどく隠して、普通の人には知らせまいとなさっているのです」
薫は笑った。
「それは張り合いのない隠し方ですね。それほど隠しておられても、世にも珍しいお暮らしだと、もう皆が噂に聞いているようです。それでもいいから、案内してください。私は浮ついた恋心など持たない人間です。ただ、こんな所で暮らしておられるという姫君たちが、どうにも普通の方とは思えず、不思議に気になるだけなのです」
と丁寧に頼むので、男も、
「これは恐れ多いことです。私が心得のない者だったと、あとで評判になりませんでしょうか」
と言いながらも、姫君たちのいる側は竹の透垣ですっかり仕切られていたので、その一角へ薫を案内した。供の者たちは西の廊に座らせ、宿直の男が相手をすることにした。
あなたに通ふべかめる透垣の戸を
向こうへ通じているらしい透垣の戸を少し押し開け、薫は中をのぞいた。月が美しく、あたり一面に霧が流れている。それを眺めるためか、簾を少し高く巻き上げて、何人かの女房が座っていた。簀子には、いかにも寒そうな、痩せて着物もよれた童女が一人、そのそばに同じように質素な姿の年長の女房もいる。
部屋の中には、一人の姫君が柱に少し身を隠すように座り、琵琶を前に置き、撥を手でもてあそんでいた。ちょうど雲に隠れていた月が急に明るく差し出した。
「扇でなくても、これで月を招くことができたのですね」
そう言って外をのぞいた顔は、なんとも愛らしく、ぱっと華やぐような美しさだった。
そのそばに寄りかかるように伏していたもう一人は、琴の上に身を傾けながら、
「沈む日を引き戻す撥なら聞いたことがありますけれど、月まで招こうとなさるなんて、ずいぶん変わったところまでお考えになりますね」
と言って笑った。その気配は、先ほどの姫君より少し落ち着きがあり、品よく優雅だった。
「日には及ばなくても、月とだって無縁ではないでしょう」
などと、何でもないことを気を許して話し合っている。その声や気配は、薫が遠くから想像していたのとはまるで違い、たいそう親しみ深く、かわいらしく、魅力的だった。
「昔物語には、若い女房が読むものでも、必ずこういう場面が出てくる。そんなものは作り話で、大げさに書いているだけだろうと思っていたのに。本当に、人の心を動かす物陰というものが、この世にはあるのだな」
薫は思わず心を奪われそうになった。
霧が深く、はっきり顔を見ることはできない。「もう一度月が出てくれれば」と待っていると、奥から誰かが「人がいらっしゃいます」と知らせたらしい。姫君たちは簾を下ろし、皆、奥へ入ってしまった。
驚いて慌てふためく様子ではなく、何気なく穏やかに振る舞い、そっと隠れていく。その気配は衣擦れの音さえせず、柔らかく、いたわりたくなるような優しさがあり、しかもこの上なく上品で雅やかだった。薫は深く心をひかれた。
薫はいったんその場を離れ、京へ人を走らせて車を持ってこさせることにした。そして先ほどの宿直の男に、
「間の悪い時に来てしまったようですが、かえってうれしいこともあり、物思いが少し慰められました。私がこちらにいるとお伝えください。ひどく濡れてしまったことを口実に、少しくらい恨み言も申し上げることにしましょう」
と言った。男はそのまま姫君たちのところへ行き、その旨を伝えた。
かく見えやしぬらむとは
姫君たちは、自分たちの姿をまさか見られたとは思ってもいなかった。それでも、気を許して話していた言葉まで聞かれたのではないかと思うと、ひどく恥ずかしい。先ほど、どこからともなく驚くほどよい香りの風が吹いてきたのに、思いもよらないことだったため、「あれに気づかなかったなんて、私たちはなんて鈍かったのでしょう」と、今さら胸が乱れ、恥ずかしがっていた。
薫の消息を取り次ぐ人も、こういうことにはまるで不慣れらしい。薫は、「こんな場所なのだから、何もかも仕方がない」と思い、まだ霧が深く人目を隠しているのをよいことに、先ほどの御簾の前まで歩いていき、膝をついて座った。
山里育ちの若い女房たちは、どんな言葉を返せばよいかさえわからない。薫のために敷物を差し出す様子までぎこちなかった。
薫は真剣な調子で言った。
「この御簾の前で、こんなふうに一人で待っているのも、何ともきまりの悪いものですね。軽い思いつきだけで訪ねて来られるような山道ではないと、私は思っております。それなのにこの扱いは、少し意外です。こうして露に濡れる旅を何度も重ねていれば、さすがにいつかは、私の心をおわかりいただけるものと頼みにしております」
若い女房の中には、穏やかに返事のできる者が一人もいない。皆、消え入りそうに恥ずかしがっているだけなので、見ているほうが困るほどだった。そこで奥にいた年取った女房を起こして呼び出すことになったが、あまり時間がかかったので、今さらいかにも取り次ぎ役を用意しましたという感じになるのも具合が悪い。
やがて簾の内側から、ひどく品のある、上品な声で、姫君がほんの少しだけ答えた。
「世の中のことを何一つ知らずに暮らしておりますので、知ったような顔で、何をどれほど申し上げることができましょう」
薫は答えた。
「つらいことを知りながら、知らない顔をして生きるのも世の習いだと、私は思い知っております。それなのに、あなただけが私をあまりにも何も知らない者のように扱われるのは残念です。このように、世にも珍しいほどすべてを諦めて心を澄ませておられる宮のお暮らしに寄り添っておられるあなたのお心なら、同じように澄んだものだろうと想像しております。だからこそ、これほど我慢できず訪ねてくる私の思いが、深いのか浅いのかくらいはおわかりいただければ、来た甲斐もございます。
普通の浮ついた恋の話だとお思いになって、遠ざけてくださって構いません。そういうことなら、誰かがわざわざ勧めてきても、私は心を動かされない自信があります。
いずれ私の人柄について、自然と耳に入ることもあるでしょう。私はいつも所在なく過ごしておりますので、世間の話を申し上げる相手としてあなたを頼みにさせていただきたい。また、こうして世を離れて物思いをしておられるあなたのお心の慰めにもなるくらい、驚かれない程度に親しくお話しできるようになれれば、どれほど望みどおりでしょう」
ずいぶん長く話すので、姫君はますます返事がしにくくなった。ちょうど起こされてきた老女が出てきたので、応対はそちらに任せることにした。
たとしへなくさし過ぐして
その老女は、少々度を越して世話焼きな人だった。
「まあ、なんと畏れ多いことでしょう。こんな所にお座らせしておくなんて、とんでもないことです。御簾の中へお入りいただけばよろしいのに。若い者たちは本当に何もわかっておりませんので」
などと、かなりはっきりした口調で言う。年を取りすぎた人らしい遠慮のなさに、姫君たちは内心ひどく気まずく思っていた。
老女はさらに続けた。
「こちらの宮さまたちは、世の中で普通にお暮らしになる方の数にも入らないようなお暮らしでございます。以前ならお訪ねくださって当然だった方々まで、今では姿をお見せにもならず、消息さえなくなる一方です。それなのに、あなたさまほどのお方が、このようなお心をかけてくださいますことは、物の数にも入らぬ私でさえ、驚くほどありがたく思っております。姫君さまたちもお若いながら、そのことはおわかりになっているのでしょうが、あまりに恥ずかしくて、直接申し上げにくいのでございましょう」
遠慮がなく馴れ馴れしいところは少し鼻につくものの、話しぶりには宮中に仕えた人らしい品があり、声にも趣があった。
薫は、
「まったく頼りになる人がいないような気持ちでおりましたので、こうして事情をわかってくださる方が出てこられたのは本当にうれしい。何事もよくおわかりのあなたを頼りにできるなら、心強さがまるで違います」
と、その場に寄りかかるように座った。
老女が几帳の脇から薫を見ると、ちょうど曙が近づき、物の色が少しずつわかるようになってきていた。人目を忍んで簡素にしているとはいえ、狩衣姿の薫は目を奪われるほど美しい。全身が雨露に濡れてしっとりしているのに、まるでこの世のものとは思えない香りがあたりいっぱいに満ちていた。
この老い人はうち泣きぬ
老女は突然、泣き出した。
「差し出がましいことを申し上げて、罪になるのではと思い、ずっと堪えてまいりました。それでも、昔の悲しいお話を、いつか何かの折に申し上げ、そのほんの一端だけでもあなたさまに知っていただければと、何年もの間、念仏をするたびにも思っていたのでございます。今日こうしてお目にかかれたのは、その願いがかなったからなのでしょうか。うれしい機会でございますのに、もう先に涙に溺れてしまい、何も申し上げられません」
声まで震わせ、本当にひどく悲しい思い出を抱えている様子だった。
年を取った人が涙もろくなることは、薫もこれまで見聞きしていた。しかし、ここまで自分を見て泣くのは不思議でならない。
「私はもう何度もこちらへ参っているのに、これほど私の気持ちをわかってくださる人もなく、露深い道で一人だけ濡れてきたような思いでした。せっかくの機会なのですから、どうか話を途中で残さないでください」
と促した。
老女は言った。
「このような機会は、もう二度とないかもしれません。それに、今夜生きていても明日の命はわからない年になりましたから。では、せめて、こんな古い女がこの世に生き残っていたということだけでもお知りくださいませ。
三条宮に仕えていた小侍従という女房が亡くなったと、以前ちらりと聞きました。昔、親しくしていた同じ年ごろの人たちも、今では多くが亡くなってしまいました。私は遠い土地から戻ってまいり、この五、六年ほど、こうしてこちらにお仕えしております。
あなたさまはご存じないでしょう。このころ藤大納言と呼ばれている方の兄君で、以前、右衛門督のまま亡くなられた方のことを、何かの折にお聞きになったことはございませんでしょうか。
あの方がお亡くなりになったのは、私にはまだつい先日のことのように思われます。その時の悲しみで、今も袖の乾くことがないような気がいたします。それなのに、あなたさまがもうこれほど立派に成人なさったことまで、夢のようでございます。
あの権大納言さまの乳母だった者が、私――弁の母でございました。私は朝夕その方にお仕えしておりましたので、取るに足りない身ではありますが、他人には知らせることができず、ご自身の胸にも収めきれないことがある時、折々にほんの少し打ち明けてくださることがございました。
そしていよいよ最期となったご病気の末に、私をお呼びになり、少し言い残されたことがあるのです。その話をあなたさまにお聞かせしなければならない理由が一つございます。
ただ、これだけ話し始めますと、若い女房たちも『余計なことを』『差し出がましい』と横からつついてまいります。それももっともなことでございますから、もし続きをお聞きになりたいお気持ちがおありなら、また落ち着いた折に最後までお話しいたしましょう」
そう言うと、さすがにそこから先は話そうとしなかった。
薫には、まるで夢の中の話か、巫女のような者が頼まれもしない昔語りをしているようで、奇妙に思われた。しかし、これまで自分の心の底で、どうにもわからないまま気にかかっていたことにつながる話を聞かされれば、続きを知りたくてならない。
それでも周囲には人目もあり、この場でいきなり昔話にのめり込み、夜が明けきるまで話し続けるのも無骨なことに思えた。
「何のことだとは、まだはっきりわかりません。それでも昔のことだと聞くだけでも、しみじみした気持ちになります。では必ず、続きを聞かせてください。霧が晴れてしまえば、この忍び姿もきまりが悪く、人前へ堂々と姿を見せるには気が引けますので、残念ですが今は失礼しましょう」
そう言って立ち上がるころ、八の宮のおられる寺の鐘が、遠くかすかに聞こえた。霧はまだ一面に深く立ち込めていた。
峰の八重雲、思ひやる隔て多く
峰に重なる幾重もの雲を見ると、隔たりの多い山里の暮らしがますます胸に迫った。薫はやはり、姫君たちの心の中が気の毒に思われる。「いったい、どれほどの思いを胸にしまって暮らしているのだろう。これほど奥深く人を避けておられるのも、無理のないことだ」などと考えた。
帰りかけてから、もう一度足を止め、歌を申し上げた。
あさぼらけ家路も見えず尋ね来し槙の尾山は霧こめてけり
明け方になっても帰る道さえ見えません。あなたを訪ねてきたこの槙の尾山は、すっかり霧に閉ざされてしまいました。何とも心細いことです。
こうして名残惜しそうに立ち止まっている薫の姿は、都で美しい人を見慣れている者でさえ格別だと思うほどである。まして、この山里の女房たちが珍しく思わないはずがない。
姫君は、返歌を人に伝えさせることさえ恥ずかしそうにしながら、いつものようにひどく控えめに、
雲のゐる峰のかけ路を秋霧のいとど隔つるころにもあるかな
ただでさえ雲のかかる峰の険しい山道なのに、この秋霧が、あなたとの間をますます遠く隔ててしまうころなのですね。
と返した。少し嘆いているらしい声の気配には、浅くない悲しさがあった。
特別に華やかなものがある場所ではない。それでも、気の毒な事情が多いだけに、薫の心には深く残った。次第に空も明るくなってきたので、このまま顔をさらしているのもさすがに落ち着かない。
「中途半端に聞きかけたお話もたくさんあります。その残りは、もう少し顔馴染みになってから、改めて恨みを申し上げることにいたしましょう。それにしても、こんなふうに世間の人らしく応対してくださるとは思っていなかったので、私があなたのことを何もわかっていなかったのだと、むしろ恨めしく思います」
そう言って、宿直の男が用意した西面へ移り、外を眺めた。
供の者たちは川辺を見て、
「網代はずいぶん人が騒いでいるようですね。でも氷魚もあまり寄ってこないのでしょうか。何となく張り合いのない景色です」
などと話している。
薫は、粗末な舟に柴を積み、それぞれ名もない日々の暮らしのため川を行き来する人々を眺めた。「あんなふうに、はかない水の上に浮かんで暮らしている人々も、考えてみれば皆同じなのだ。この世の無常さから逃れられる人などいない。自分だけは水に浮かばず、玉の台の上で静かに暮らす安定した身だなどと思えるような世の中だろうか」と思い続けた。
硯を取り寄せ、姫君へもう一首送った。
橋姫の心を汲みて高瀬さす棹のしづくに袖ぞ濡れぬる
宇治の橋姫であるあなたのお心を汲もうとして、この急流を棹さして訪ねてきました。その棹から落ちる雫のように、私の袖は涙で濡れてしまいました。
「きっとあなたも物思いに沈んでおられるのでしょう」
と添え、宿直の男に持たせた。男は寒さでごわついた顔をして姫君のもとへ持っていく。こんな時は返事が早いことこそ大切だと、姫君も、普通の紙や香では恥ずかしいほどの相手だと思いながら、すぐに書いた。
さしかへる宇治の河長朝夕のしづくや袖を朽たし果つらむ
絶えず棹をさし返す宇治川の川長のように、朝も夕もこぼし続ける涙の雫が、いつか私の袖をすっかり朽ちさせてしまうのでしょう。身そのものまで、この世を憂いながら浮いているようです。
たいそう美しく書かれていた。薫は、「きちんとした、申し分のない方なのだな」と、ますます心をひかれた。
そこへ、
「お車を連れて戻ってまいりました」
と供の者たちが騒いで知らせる。
薫は宿直の男だけを呼び寄せ、
「宮さまがこちらへお戻りになるころ、必ずまた参ります」
と言った。そして濡れた衣は皆その男に脱ぎかけて与え、京から持ってこさせた直衣に着替えた。
老い人の物語、心にかかりて
京へ戻ってからも、あの老女の話が薫の心から離れなかった。それに、姫君たちの気配は想像していたよりはるかにすばらしく、その面影まで絶えず心に浮かんだ。「やはり、この世からすっかり心を離すことなどできないものなのだ」と、自分の弱さを思い知らされる。
薫は宇治へ手紙を送った。恋文らしくはせず、厚みのある上質な白い色紙を選び、筆も念入りに整え、墨の濃淡まで美しく見えるように書いた。
「いきなりでは失礼かと思い、あの時は遠慮して帰りましたが、言い残したことが多く、かえって心苦しく思っています。少し申し上げましたように、これからは御簾の前くらいまで、気軽に近づくことをお許しください。宮さまの山籠もりが終わる日も聞いておりますので、そのころには、先日晴らすことのできなかった霧の中の迷いも、少しは晴らしに参りたいと思います」
と、ずいぶん真面目な書き方だった。左近将監という者を使いにし、
「あの老女を探して、この手紙も渡しなさい」
と命じた。あの宿直の男が寒そうにうろうろしていた姿なども思い出され、大きな檜破籠のような容器に食べ物をたくさん用意させた。
翌日には阿闍梨の寺へも贈り物をした。「山籠もりをしている僧たちは、この季節の嵐の中ではさぞ心細く、つらいだろう。宮がおられる間の布施に使っていただこう」と、絹や綿などを多く届けた。
ちょうど八の宮の七日間の修行が終わり、寺を出る朝だったので、修行に加わった僧たちには、綿、絹、袈裟、衣などを一人につき一そろいほど、そこにいた大徳たち全員へ与えることができた。
一方、あの宿直の男は、薫が脱ぎ捨てていった、艶やかで見事な狩衣や、何ともいえずよい香りのする柔らかな白綾の衣を着ることになった。しかし服だけ変わっても本人の姿形まで変わるわけではない。どうにも似合わない袖から薫の香りが漂うので、会う人ごとに「なんという香りだ」と気づかれ、褒められる。それがかえって居心地悪く、面倒なことになった。
本人は気軽に動き回ることもできず、「こんなに人が驚く匂いなど、早く消えてしまえばいいのに」と思った。しかし高貴な人から移った香りだから、簡単に洗い落とすこともできない。何とも過ぎた贈り物である。
君は、姫君の御返りこと
薫は、姫君の返歌がたいそう感じよく、しかもどこか子供らしいところもあるのを、面白く眺めていた。八の宮にも、「中将からこのような手紙がありました」などと女房たちが申し上げ、その返歌もお見せした。
八の宮は、
「何も、恋人のような扱いをなさる必要はないでしょう。かえってそんなことをすれば具合が悪い。この中将は普通の若い男とは違う心を持っておられるようです。私も、『私が亡くなったあとには娘たちを』と少しほのめかしたことがありますから、それで気にかけてくださっているのでしょう」
などとおっしゃった。
八の宮自身も、薫から届いた山の岩屋には余るほど立派な贈り物のことなどを話しておられたので、薫はまた宮に会いたいと思った。
そのころ薫は三の宮とも親しくしていた。「あの宮は、こういう人目につかない所にいる美しい女性なら、実際に会って予想以上だった時こそ面白い、と想像だけでもよくおっしゃる。宇治の姫君たちの話をして、少し宮のお心を騒がせてみよう」と思い、ある静かな夕暮れに三の宮を訪ねた。
いつものようにあれこれ話すうち、薫は宇治の八の宮の話を持ち出し、先日、明け方に姫君たちを垣間見た時の様子まで詳しく語った。三の宮はたいそう興味を持たれた。
その顔を見て、「やはりこういう話がお好きなのだ」とわかった薫は、ますます心を動かすように話を続ける。
「ところで、その時にもらった返事は、どうして私に見せてくれなかったの。私なら見せたのに」
三の宮が恨み言を言う。
薫は、
「それはお互いさまです。宮だって、いろいろご覧になっているらしい手紙の端切れ一つ、私には見せてくださらないではありませんか。宇治の姫君たちは、私のように世間から埋もれている男が一人で抱え込んで終わるような気配ではありません。ぜひ宮にもご覧に入れたいと思っておりますが、どうやってあそこまでお訪ねになれますか。
簡単に会える相手ばかりなら、恋をしたい人には好きなだけ恋のできる世の中でしょう。しかし実際には、こうして人目を避けて隠れている女性が意外に多いものですね。
何か心をひかれるところを持ちながら、物思いを抱えて人目を忍んでいる女性が、山里めいた場所の片隅などに自然と暮らしているのでしょう。私が申し上げている宇治の家については、あまりにも世間離れした聖の家という感じで、堅苦しいばかりだろうと、長い間見くびって、噂にさえ耳を留めていませんでした。
あの薄い月の光の中で見た姿が、明るい所で見ても劣らないのなら、たいしたものです。それに気配や人柄があれほどなら、私には十分、理想的な女性だと思われます」
などと話した。
話を聞いているうち、三の宮もとうとう本気になった。「めったな女性には心を動かさない薫が、ここまで深く気にしているのなら、きっと並々ならない姫君たちなのだろう」と、もう限りなく見てみたくなった。
「ぜひまた行って、もっとよく様子を見てきてくれ」
と薫をせき立てる。皇子というご身分では自由に動けないことまで、うっとうしく感じるほど待ち遠しそうなので、薫は面白がった。
「いや、余計なことを申し上げてしまいました。私はしばらく、この世の恋などに心を留めまいと思う事情がある身です。いい加減な恋の戯れも慎んでいるのに、自分でも抑えられないような気持ちが生まれてしまえば、自分の考えていた生き方と大きく違うことになってしまいます」
と答える。
三の宮は笑って、
「また大げさなことを。いつもの仰々しい聖人のような言い方だね。最後までその言葉どおりでいられるか、見届けてみたいものだ」
とおっしゃった。
けれど薫の心の中では、あの老女がほのめかした昔の話が、以前にも増して気になり始めていた。そのせいか、どれほど美しい女性を見ても、感じのよい人の噂を聞いても、以前のようには心を動かされなくなっていた。
十月になりて、五、六日のほどに
十月になり、五、六日ごろ、薫は再び宇治へ出かけた。
「今ごろなら、網代をぜひご覧になればよいでしょう」
と勧める人もいたが、
「何のために。そんな小さな氷魚を取ろうと争う気持ちで、わざわざ網代に近寄ることもないでしょう」
と、世間の遊興への関心をすっかり切り捨て、いつものようにひどく人目を忍んで出発した。軽い網代車に乗り、粗末に見えるよう、かとりの直衣と指貫までわざわざ縫わせて着ている。
八の宮は薫を喜んで迎え、その土地らしいもてなしを、できるだけ趣深く整えてくださった。日が暮れると灯火を近くに置き、以前途中まで読んでいた経典の難しい所などを開いた。阿闍梨も寺から呼び下ろし、その意味を説明させながら話し合った。
一晩中ほとんど眠らない。川風は荒々しく、木の葉が散り乱れる音、水の響きなどは、風情があるという程度を通り越して、恐ろしくさえあり、心細くなるような場所だった。
明け方も近くなったと思われるころ、薫は前回の曙を思い出した。そして音楽の話題を出すきっかけを作り、
「前に伺った時、霧に迷った明け方に、たいそう珍しい楽器の音を一声だけ聞かせていただきました。そのわずかな名残がかえって心に残り、今も知りたくて、物足りなく思っております」
と申し上げた。
八の宮は、
「色も香りも、この世の楽しみは皆捨ててしまったあとですから、昔聞き覚えた音楽のことなど、もうすっかり忘れてしまいました」
とおっしゃった。それでも人を呼び、琴を取り寄せる。
「もう本当に似つかわしくないことになりましたね。こういう楽器の音に触れてこそ、昔のことを思い出せるのでしょう」
そう言って、今度は琵琶を持ってこさせ、薫へ勧めた。薫は受け取り、調子を整えた。
「どうも、先日かすかに聞いたものと同じ楽器だとは思えません。あの時は、宮のお琴そのものの響きが格別だから、あんな音に聞こえたのだろうと思ったのですが」
と言い、気を許して本格的に弾こうとはしない。
八の宮は、
「まあ、意地の悪いことを。あなたのお耳に留まるほどの技が、どこからこんな山奥まで伝わってくるというのです。そんなはずはありませんよ」
と言い、自ら琴を掻き鳴らした。その音はたいそうしみじみとして、胸の奥まで寂しさを誘う。半分は、峰を吹く松風が音を引き立てているのかもしれなかった。八の宮は、いかにも久しく弾いていないように少したどたどしく見せながら、そこにも風情がある。一曲のほんの一部分だけ弾いて、やめてしまった。
そして宮は、姫君たちのことにも触れた。
「このあたりでは、思いがけない折々に、箏の琴の音が少し聞こえることがあります。心得があるのかな、と思うこともありますが、私も特に気に留めていないまま、もう長くなりました。好きなようにそれぞれ弾いているようですが、合わせてくれるのは川波くらいのものでしょう。言うまでもなく、人の役に立つほど正しく拍子を取れるとも思いません」
そう言って、姫君たちにも、
「少し弾いて差し上げなさい」
と声をかけた。
しかし姫君たちは、「前回、思いもよらず二人だけで話していたところまで聞かれてしまった。それだけでも恥ずかしいのに、今さら人前で弾くなんて、とてもできない」と、ますます奥へ引っ込んでしまう。八の宮が何度勧めても、あれこれ言い紛らわせるばかりで、結局弾かなかった。薫は残念でならなかった。
その話の流れで、八の宮は、このように世間離れした形で娘たちを育ててきたことを、思いもよらないことだったと恥ずかしそうに語った。
「誰にも存在を知らせまいと、こうして守り育ててきました。しかし、今日とも明日とも知れないほど、私の残りの命は少なくなっています。そう思えば、この先の長い娘たちが、私の死後、落ちぶれ、あてもなくさすらうことだけが気がかりです。これこそ本当に、私が世を離れようとする最後の妨げなのです」
そう胸の内を明かす宮を、薫は痛ましく拝見した。
「私が正式な後見役として、何もかもしっかりお世話できるような立場ではないとしても、どうか他人とは思わず、親しい者の一人とお考えください。私自身が生きております間は、宮が今こうして私におっしゃったお気持ちに背くようなことは、決していたしません」
と薫が申し上げると、八の宮は、「それは本当にうれしいことです」と喜ばれた。
さて、暁方の、宮の御行ひ
明け方になり、八の宮が仏道のお勤めをしておられる間に、薫は例の老女を呼び出して会った。
姫君たちの後見役として仕えている、弁の君という女房だった。年齢は六十に少し足りないくらいだったが、上品で、昔の宮廷生活を知る人らしい趣を残し、話し方にも品があった。
弁は、故権大納言が長い間、心に深い悩みを抱き続け、それが病となって、若くして亡くなっていった様子を語り出した。そして話しながら、限りなく泣いた。
薫も思った。
「まったく他人の身の上として聞くだけでも、これほど悲しい昔話だ。それが自分には、何年もの間、何のことかわからないまま心に引っかかり続けていた。いったい何が始まりだったのか、仏にも『どうかこのことだけは、はっきり知らせてください』と念じてきた。その祈りが通じて、こうして夢のように悲しい昔語りを、思いがけないきっかけから聞くことになったのだろうか」
涙を抑えることができなかった。
「それにしても、当時の事情をこれほど知っている人が、今まで生きておられたとは。私には珍しくもあり、同時に恥ずかしくも思われる話です。ほかにも、こんなふうに言い伝えている人がいるのでしょうか。私は何年もの間、まったく聞いたことがありませんでした」
と尋ねると、弁は答えた。
「小侍従と私のほかには、知っている人はいないでしょう。私も一言たりとも、ほかの人に話したことはございません。
私は取るに足りない者ではございますが、昼も夜もあの方のおそばにお仕えしておりました。そのため自然と、少しずつ事情を知るようになりました。あの方が、ご自分の胸だけでは抱えきれなくなった時には、たまに私と小侍従の二人だけが間に立ち、消息を取り次ぐこともあったのです。あまりにも畏れ多い話ですので、細かなことまでは申し上げません。
あの方がいよいよ最期になった時、少しだけ言い残されたことがございました。それを私のような者が預かっていても、持って行き場がなく、ずっと胸が塞がるような思いでおりました。どうすればあなたさまのお耳に伝えられるだろうと、たいしたこともできない私の念仏のたびに祈っておりました。
今日こうしてお話しできたのですから、本当に仏はこの世にいらっしゃるのだと、私は思い知りました。
あなたさまにお見せしなければならない物もございます。もう私が持っていて何になるでしょう。焼き捨ててしまってもよいくらいです。いつ死ぬかわからない身ですから、私が急に亡くなったあと、その物が散らばって人の目に触れたらと思うと、ずっと気がかりでした。
この宮でも、あなたさまのことを時々お話しになるようになりましたので、いつかおいでになるのを待つことができ、それだけは少し安心しておりました。こんな折もあるかもしれないと祈り続けてきた、その力で今日まで生きてこられたのでしょう。これはもう、この世だけの縁とは思えません」
弁は泣きながら、薫がお生まれになったころのことまで、実によく覚えていて細かく語った。
空しうなりたまひし騷ぎに
弁はさらに、自分自身のその後を語った。
「あの方がお亡くなりになった騒ぎの中で、私の母もそのまま病にかかり、間もなく亡くなりました。私はますます悲しみに沈み、喪服を重ねて着なければならないような悲しいことが続きました。
そんなころ、以前から私に思いを寄せていたよくない男が、人を使って企みを巡らせ、私を西の海の果てまで連れていってしまったのです。それ以来、京との縁まで完全に切れてしまいました。
その男もあちらで亡くなり、十年あまりしてから、私はまるで別の世へ戻ってきたような気持ちで京へ上りました。
この八の宮とは父方のご縁があり、私は子供のころからこちらへ出入りしておりましたので、今さら世間の華やかな場所に仕える身でもないと思い、ここに参ったのです。冷泉院の女御殿の御方などは、昔から聞き慣れた方々がおられ、頼れば受け入れていただけたかもしれません。それでも何となく今さら顔を出すことが恥ずかしく、こうして深い山に隠れた朽木のようになって暮らしております。
小侍従は、いつ亡くなったのでしょう。昔、若く盛りだと見ていた人々も、今ではほとんど残っておりません。多くの人に先立たれながら、それでも生き続けている自分の命を悲しく思いながら、どうにか今日まで生きております」
そんな話をしているうちに、また朝がすっかり明るくなった。
薫は、
「では、この昔話は、とても今日だけで終わるものではなさそうですね。今度また、人の聞かない落ち着いた場所で続きを聞かせてください。侍従という人は、私のかすかな記憶では、私が五つか六つくらいのころ、急に胸の病で亡くなったと聞いたように思います。あなたとこうして会うことがなければ、私は重い罪を背負ったまま、何も知らずに一生を終えるところだったのでしょう」
ささやかにおし巻き合はせたる反故
弁は、小さく巻き合わせた古い反故を、黴臭い袋に縫い入れたものを取り出し、薫に差し出した。
「どうか、あなたさまご自身の前で処分してくださいませ。あの方が、『私はもう生きてはいられそうにない』とおっしゃり、この手紙を集めて私に預けられました。
私は、小侍従にもう一度会える機会があれば、確かに渡そうと思っておりました。それなのに、とうとう再会できないまま別れてしまったことだけは、私自身のこととしても、今まで残念で悲しく思っております」
薫は何も言わず、その袋をしまった。
「こんな年寄りは、聞かれもしない昔話をしながら、何か変なことまで言い出すものなのだろうか」と、少し苦しく思う気持ちもあった。しかし、弁は何度も、「決してほかには漏らしません」と誓っていた。その言葉を信じてよいのだろうかと、薫の心はまた乱れた。
朝の粥や強飯などが運ばれてきた。薫は、
「昨日なら仕事のない日だったのですが、今日はもう内裏の物忌も明けているでしょう。冷泉院の女一の宮がご病気なので、お見舞いに必ず参らなければなりません。あちらこちらと用事が多いので、また少し日を置き、山の紅葉が散らないうちに参ります」
と八の宮へ申し上げた。
八の宮も、
「こうしてたびたびお立ち寄りくださるあなたの光で、暗い山陰にも、少し明かりが差すような気持ちがいたします」
などと、心から喜んでおられた。
帰りたまひて、まづこの袋を
薫は京へ帰ると、何より先に弁から受け取った袋を取り出した。
唐の浮線綾で縫った袋で、上には「上」という文字が書いてある。細い組紐で口を結び、そこには、あの方の名で封がしてあった。薫は開けることさえ恐ろしく感じた。
中には、色とりどりの紙があった。たまに交わされた手紙への返事らしいものが、五、六通ある。
そのほかに、あの方自身の筆跡で書かれた長い手紙があった。病が重くなり、もう最期が近い。これから先、ほんのわずかな消息さえ交わすことが難しくなると思うと、かえって知りたいことが増えてくること、相手の姿ももう変わっておられるだろうと思えば、さまざまに悲しいこと――そんな思いが、陸奥紙五、六枚に、細かく、まるで鳥の足跡のような乱れた筆で書き続けられていた。
目の前にこの世を背く君よりもよそに別るる魂ぞ悲しき
目の前でこの世を捨てていくあなたを見ること以上に、遠く離れたまま、この世から別れていく私の魂のほうが悲しいのです。
さらに端のほうには、
「珍しく、二葉の松が芽を出したと聞きました。その行く末について、特に心配する必要はないとは思いますが――」
とあり、そのあとに、
命あらばそれとも見まし人知れぬ岩根にとめし松の生ひ末
もし命があったなら、あれがそうなのだと、この目で見ることもできただろうに。人知れぬ岩陰に根づかせた松が、これからどのように育っていくのかを。
と書かれていた。
最後まで書き終えないまま力尽きたように、文字はひどく乱れ、上には「小侍従の君へ」と書きつけてあった。
紙は紙魚のすみかになり、古びて黴臭くなっている。それでも筆跡は消えず、まるで今書かれたばかりのように、一つ一つの言葉がはっきり読めた。
薫はそれを見ながら、「本当に、もし弁の手元から散らばっていたら、取り返しのつかないことになっていたのだ」と思った。あまりにも危うく、痛ましい秘密だった。
「こんなことが、この世にほかにもあるだろうか」
誰にも言えず、一人きりで抱える物思いはますます深くなった。
本当ならそのまま内裏へ参るつもりでいたのに、もう出かける気にもなれない。薫は母宮の御前へ参った。
母宮は何もご存じない、若々しい様子で経を読んでおられた。薫が来たことに気づくと、少し恥ずかしそうに経を隠された。
その姿を見ながら薫は、
「何のために、私が知ってしまったことを、母宮にまで知られたと気づかせる必要があるだろう」
と、すべてを胸の中にしまったまま、さまざまなことを思い続けていた。
