
このページでは、『源氏物語』第35帖「若菜下」の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容をそのまま訳しつつ、必要に応じて主語を補い、敬語表現をわかりやすく改めるなど、現代の読者が読みやすい口語訳にしています。
原文を確認しながら読みたい方は、『源氏物語』第35帖「若菜下」原文全文をご覧ください。
柏木、女三の宮の面影を求めて猫を手に入れる
小侍従の言うことももっともだとは思う。けれど柏木には、どうにも恨めしかった。「こんな、何の変わり映えもしない人づての返事だけを慰めにして、いつまで過ごしていけばいいのだろう。せめて一度でも、人を介さず姫宮御自身から一言、私へお言葉をいただける日があるだろうか」。そう思い詰めていくうちに、普段なら惜しくもすばらしい方と仰いでいる源氏に対してさえ、どこか心の歪んだところが生まれてきたらしい。
三月の末日には、六条院へ大勢の人々が集まった。柏木は何となく気が進まず、落ち着かない気分だったが、「せめてあちらの花でも眺めれば、少しは心が紛れるかもしれない」と思って参上した。二月に予定されていた殿上の賭弓は時期を逃し、三月は御忌月なので、このまま何もなく終わるのは惜しいと皆が思っていたところ、六条院で人が集まると聞き、左右の大将をはじめ若い公達がいつものように顔をそろえた。小弓のつもりだったが、歩射に巧みな者もいたので、やがて皆が庭へ降りて腕を競い始める。
ところが柏木だけは、人よりひどく物思いに沈んでいる。その胸の内を少し知っている夕霧は、その様子を見つけて、「やはりただごとではない。この先、厄介なことが起きるのではないだろうか」と、自分まで不安になった。二人はもともと非常に親しい仲だけに、柏木が何かに苦しんでいることが気の毒だった。
柏木自身も、源氏を目の前にすれば、そのあまりの威厳と美しさに圧倒された。「こんな心を抱いてよいものだろうか。普通の相手でさえ、人から非難されるような振る舞いはするまいと思ってきたのに、ましてこれは、あまりにも身のほどを越えたことだ」。そう思って苦しむうち、せめてあの日の猫だけでも手に入れたいと思うようになった。「思いを語り合えるわけではないけれど、寂しい時の慰めに、そばへ置いて懐かせたい」。しかし六条院の猫をどうやって連れ出せばよいのか。それさえ簡単ではなかった。
柏木は明石の女御のもとへ参り、話などして気持ちを紛らわせようとした。女御は奥深く慎みのある暮らしぶりで、実の兄弟に近い間柄でさえ、簡単に姿を見せたりはしない。そう思えば、あの日の女三の宮の垣間見がどれほど偶然で異例なことだったか、今さらながら思い知らされる。それでも一度深く染みついてしまった思いは、そんな理屈では浅くならなかった。
春宮のもとへ参った時には、女三の宮と血のつながった御方なのだから、どこか似たところがあるのではないかと注意して御覧になる。春宮は華やかに匂い立つような御顔ではないが、さすがに気品があり、優雅で美しい。その御前には内裏で生まれた猫が何匹もいて、その中の一匹を見ただけで、柏木はまたあの唐猫を思い出した。
「六条院の姫宮の御方にいる猫が、今まで見たこともないような顔をしていて、たいそうかわいらしゅうございました。ほんの少ししか見ませんでしたが」と話すと、春宮は動物をかわいがる御性分なので、詳しくお尋ねになる。柏木は「唐猫で、こちらの猫とは少し違う姿でした。同じ猫でも、人になついて心のあるようなものは、不思議と愛着が湧くものです」などと、聞けば見たくなるように話した。
やがてその話が伝わって、例の猫が内裏へ参ることになった。柏木は日を置いてからまた参上し、「猫がたくさん集まったそうですね。どれでしょう、私が前に見た人は」と探し出した。かわいらしく思って撫でていると、春宮も「本当に面白い姿をしている。まだ人になつかないのは、見慣れない人をちゃんと区別しているのだろうか。ここにいる猫だって劣らないけれどね」とおっしゃる。柏木は、「こんな動物にたいした分別があるとも思えませんが、中でも賢いものには、それなりに魂があるのでしょう。ほかにも立派な猫がおりますから、この一匹だけしばらくお預かりしてもよろしいでしょうか」と願い出て、とうとう連れて帰った。
自分でも馬鹿げたことだとは思う。それでも夜はそばに寝かせ、朝になれば大切に世話をし、撫でてかわいがった。初めは人を避けていた猫も、じきによく懐き、衣の裾へまとわりついたり、寄り添って寝たりする。物思いに沈んで端近く横になっている柏木のところへ来て、「ねう、ねう」とかわいらしく鳴けば、思わず撫でながら微笑んでしまう。
恋わぶる人のかたみと手ならせばなれよ何とて鳴く音なるらむ
恋い焦がれているあの方の形見だと思って、こうして手馴らしているのに、おまえはどうしてそんな声で鳴くのだろう。
「これも昔からの縁なのだろうか」と猫の顔を見ながら言えば、ますますかわいらしく鳴く。柏木はそれを懐へ入れて、ぼんやり物思いに沈んでいた。周囲の女房たちは、「不思議ですね。急に猫ばかりおかわいがりになって。これまでこういうものに御執心になる方ではなかったのに」と怪しんだ。女三の宮から返してほしいと求められても返さず、猫だけを自分の話し相手のようにしていた。
真木柱の縁談と、移り変わる人々の暮らし
一方、左大将髭黒の北の方となった玉鬘は、髭黒の子供たちよりも夕霧のことを、昔からの親しい間柄のまま近しく思っていた。玉鬘は気立てがはっきりしていて親しみやすく、対面する時にも妙によそよそしくしないので、夕霧も、近づきにくい淑景舎などとは違った親しみを感じ、心を通わせていた。
髭黒は今では最初の北の方からすっかり心が離れ、玉鬘だけを並ぶものなく大切にしている。玉鬘との間には男の子ばかりなので、娘がいないのを寂しがり、前の北の方との娘である真木柱の姫君を引き取って育てたいと思っていたが、祖父の式部卿宮は許さなかった。「せめてこの姫だけでも、世間の笑いものにならないような結婚をさせて見届けたい」と思っていたのである。
真木柱は高貴な血筋に加えて、将来は朝廷の重鎮となる髭黒の娘でもあるから、縁談を望む男はいくらでもいた。ただ祖父は簡単には決めなかった。柏木がもしその気を見せたなら有力な相手と思われただろうに、本人は猫にまで心を奪われるほど女三の宮しか見えていないので、真木柱には思いも寄らない。それが惜しいことだった。
兵部卿宮も、これまで心に望んだことがことごとく思うようにならず、このまま一人で寂しく年を取ってよいものかと思い、真木柱へ気持ちを向けた。祖父宮は、「大切に育てたい娘なら、宮仕えに出す次には親王へ差し上げるのがふさわしいでしょう。今の人々が、ただ真面目なだけの普通の臣下をありがたがるのは、品のないことです」と、それほど焦らしもせず承諾した。
ところが兵部卿宮は、亡くなった以前の北の方をいつまでも忘れられず、「あの人によく似た女性と暮らしたい」と思っていたため、真木柱が悪い女性ではないものの、思い描いていた人とは違うと感じたらしい。通う様子にも気乗りしないところが見える。祖父宮は腹立たしく思い、真木柱の母も、正気に戻る時には「何ともつらい世の中だ」と嘆いた。夕霧も、「だから言わないことではない。あれほど浮気っぽい親王を」と、初めからこの縁談に賛成ではなかったので不愉快に思った。
それでも二年ほど経つうちには、互いにそういう仲だと慣れて、それなりに夫婦として過ごすようになった。朧月夜の尚侍もこの噂を聞き、兵部卿宮が昔、自分へずいぶん情の深い言葉を寄せていたことを思い出しては、少しおかしくも、またしみじみとも思うのだった。
冷泉帝の譲位と、新しい御代
そうこうするうちに年月は重なり、冷泉帝が即位されてから十八年になった。帝には皇位を継ぐ皇子がなく、それを寂しく思われていた。「世の中もはかなく感じられる。もう安心して親しい人々と会い、私生活では心のままに、のんびり暮らしたい」と以前からおっしゃっていたところ、重い病を患われ、突然退位なさった。
世間の人々は、まだ盛りの御代をお捨てになるのかと惜しんだが、春宮もすでに十分成長していらしたので、そのまま即位され、政務にも大きな混乱はなかった。太政大臣も辞職願を出し、官を退いた。「賢い帝でさえ位をお捨てになった無常の世なのに、年を取った自分が冠に執着して何になる」と考えたのである。髭黒の左大将が右大臣となり、政治を担うことになった。ただ、髭黒の女御はこの新しい御代を見ることなく亡くなっていたので、父として最高の位にまで上ったところで、どこか背後が空虚なようで、甲斐のない思いも残った。
明石の女御の第一皇子が新しい春宮に立った。以前からそうなるはずだと思われていたこととはいえ、実際にその日が来れば、やはり目を見張るほど晴れがましい出来事だった。夕霧も右大将から大納言へ昇進し、源氏の一族はますます理想的な繁栄を見せる。
ただ源氏だけは、退位した冷泉院に御子が一人もいないことを、誰にも言えない胸の内で残念に思っていた。同じ自分の血筋ではあっても、あれほど世間を憚る出生の秘密を抱えた冷泉院の系統が、結局後世へ続かない。その宿命を寂しく思うけれど、誰かと語り合えることではない。それがなおさら胸につかえた。
一方、明石の女御には皇子や皇女が次々と生まれ、御寵愛はいよいよ並ぶものがなくなった。冷泉院は譲位したことで、かえって人目を憚らず六条院へ行幸できるようになり、思い描いていたとおり、静かで親密な暮らしを送っていらした。
紫の上が願い続ける出家
女三の宮は新帝からも特に大切にされ、二品に昇って封戸も増え、世間から広く尊ばれるようになった。それでも六条院の中での紫の上の勢いには及ばなかった。年月とともに源氏と紫の上の仲はますます睦まじく、何一つ不足も隔てもないように見える。
けれど紫の上は折々、源氏へ真剣に願った。「もう今のような世俗の暮らしを離れて、静かに仏道修行をしたいと思うのです。私も、この世はこれくらい見れば十分だと思う年齢になりました。どうか、ふさわしい形でお許しください」
源氏は決して許さない。「そんなことを言われるのは、本当にひどい。私自身こそ昔から出家を深く願っているのです。それでも私が今までこうして生きているのは、あなた一人をこの世に残して寂しい思いをさせることと、私がいなくなったあとのあなたの身が心配だからです。私が先にその願いを果たしてしまったあとなら、あなたも好きになさい」
明石の女御は紫の上を実の母そのものとして慕い、実母の明石の御方は表へ出すぎず、陰から娘を支える後見役として控えていた。その慎み深さが、かえって将来まで頼もしく思われる。明石の尼君も、ふとした拍子にこらえきれない喜びの涙を流しながら、長生きしたことの幸福な例のように暮らしていた。
紫の上は、春宮のすぐ下の妹である女一の宮を特に手元で大切に育て、その世話に、源氏が女三の宮のもとへ行って留守になる夜の寂しさを紛らわせてもいた。夏の御方である花散里は、皆がそれぞれ孫を世話しているのを羨み、夕霧と藤典侍との間に生まれた男の子を強く望んで引き取り、かわいがった。源氏も、かつては自分の子孫は少ないと思っていたのに、今ではあちらこちらに幼い子供が増え、その成長を眺めることが何よりの慰めになっていた。
住吉へ――明石一族の願いを果たす旅
明石入道が残した住吉の願を少しずつ果たそうということになり、春宮の女御の御祈願も兼ねて住吉へ参詣することになった。例の文箱を開いてみると、そこには驚くほど壮大な願文がいくつも納められていた。毎年春秋の神楽には必ず長寿の祈りを加えるなど、今の明石女御ほどの栄華が実現しなければ到底果たせないような願いまで立ててある。走り書きの文章でさえ才気に富み、筋道が通り、仏神も聞き入れずにはいられないような明快さだった。
源氏は、「どうしてあんな山伏のような聖の心に、これほどのことを思いつけたのだろう。もしかすると昔の世で修行を積んだ人が、何かの因縁で仮にあのような姿となっていたのかもしれない」とまで思い、明石入道をいっそうただ者とは思えなくなった。
今回、その願文の本当の意味までは世間に明かさず、表向きは源氏の住吉詣として出発することになった。かつて明石から都へ戻ったころに立てた数々の願いはすでに果たしていたが、その後さらにこれほどの繁栄を目にした今となっては、住吉の神の助けを忘れることはできない。紫の上も同行した。
源氏自身はできるだけ仰々しいことを省き、世間を煩わせないようにしたつもりだった。しかし身分が身分だけに、どうしても普通の参詣にはならない。二人の大臣を除く上達部のほとんどが供奉し、舞人には近衛府の次将の中から、顔立ちも背丈も整った者ばかりを選んだ。選ばれなかったことを恥に思い、嘆く若者までいる。陪従も石清水や賀茂の臨時祭に召される名手をそろえ、馬、鞍、随身、小舎人童から下々の舎人に至るまで美しく飾られた行列は、ほかに例のない見物だった。
明石の女御と紫の上は同じ車に乗った。その次の車には明石の御方と尼君が、人目を忍ぶように乗っている。源氏は尼君についても、「せっかくなら、老いの皺まで伸びるくらい晴れやかな姿で参詣させてあげたい」と言っていたが、明石の御方は、「今回はこれほど世間の耳目を集める行列ですから、その中へ堂々と交じるのは気が引けます。もし本当に願ったとおりの世を見ることができたなら、その時に」と控えさせるつもりだった。それでも尼君は、自分の残りの命がいつまであるかわからないと思い、見たい一心でついてきたのである。
十月中旬の住吉は、神域の垣に這う葛も色づき、松の下には紅葉が散っていた。高麗や唐の華々しい楽より、聞き慣れた東遊の調べが、この場所ではかえってしみじみ心に響く。波や風の音に重なり、松の高い梢を渡る風の中へ笛が響けば、ほかの場所で聞くのとはまったく違う音色になる。琴の拍子も大げさではなく、それだけに優美で、深く胸へ染みた。
「求子」が終わるころ、若い上達部たちは肩を脱いで舞い降りた。黒い袍の下から蘇芳襲や葡萄染の袖、深い紅の衣が覗き、霜や露にわずかに濡れている。それが松原の中で紅葉の散るように見える。白く枯れた荻を高く挿頭にし、一度だけ舞って引き上げていく姿は、いつまでも見ていたいほど見事だった。
源氏は、こうして住吉に来ると、須磨・明石に沈んでいたころのことを、まるで昨日のように思い出した。その時代のことを遠慮なく語り合える相手が今そばにいないので、官を退いた旧友の致仕の大臣がひどく恋しくなる。そして二番目の車へ、ひそかに歌を書いて送った。
誰かまた心を知りて住吉の神代を経たる松にこと問ふ
ほかに誰が、この胸の内を本当に知って、神代から立つ住吉の松へ、あの昔のことを問いかけるでしょう。
尼君は涙をこぼした。この繁栄を見るほど、明石の浦で源氏と今生の別れのように別れた日のこと、まだ幼かった明石の女御のこと、そして深山へ消えた明石入道のことが次々と思い出される。しかしあまり泣いては縁起が悪いと自分を戒めて、思うままに返した。
住の江をいけるかひある渚とは年経る尼も今日や知るらむ
長い年月を生きてきたこの老尼も、今日になって初めて、住吉の浦こそ生きてきた甲斐のある渚だったと知るのでしょう。
明石の御方も、ひとり心の中でつぶやいた。
昔こそまづ忘られね住吉の神のしるしを見るにつけても
住吉の神の御利益がこれほどはっきり現れたのを見るにつけても、何より先に、あの昔のことが忘れられません。
一行は夜通し遊び明かした。二十日の月は遠く澄み、海面が見渡され、霜が深く降りて松原の色まで変わっている。寒さの中へ、美しさともの悲しさが一緒に加わる。紫の上は、六条院の庭の中で季節ごとの遊びを見ることには慣れていても、門の外へ物見に出ること自体ほとんどなく、まして都の外へ来た経験はない。何もかもが珍しく、心を惹かれた。
住の江の松に夜深く置く霜は神の掛けたる木綿鬘かも
住吉の松に夜深く降り積もるこの白い霜は、神がお掛けになった木綿の鬘なのでしょうか。
明石の女御も詠んだ。
神人の手に取りもたる榊葉に木綿かけ添ふる深き夜の霜
神に仕える人が手に取る榊の葉へ、白い木綿を掛け添えたように、深夜の霜が降りています。
中務の君も――
祝子が木綿うちまがひ置く霜はげにいちじるき神のしるしか
神職が掛ける木綿と見まがうほど真っ白に降りた霜は、本当にこれほどはっきり現れた神の御しるしなのでしょうか。
ほかにも数え切れないほど歌はあったが、このような折の歌は、普段なら名手を気取る男たちでさえ、松の千年や神の御代といった決まりきった題材からなかなか離れられず、今風の新鮮なものにはなりにくいので、これ以上は書かない。
ほのぼのと夜が明けても霜はいっそう深い。酔い過ぎて、自分の顔さえわからないほどになった神楽人たちは、庭燎の火も湿って消えかかる中、なお「万歳、万歳」と榊葉を振り返しながら御代の長久を祝っている。一夜を千夜にもしたいほどの夜が、何事もなかったように明けてしまった。帰りは来る時ほど堅苦しくせず、さまざまな遊覧を楽しんだ。
ただ、この晴れ姿を明石入道だけが見も聞きもせず、俗世から遠く離れていることだけが心残りだった。けれど、もし今さらこの行列に交じっていたら、それはそれで見苦しかったかもしれない。世間では明石一族の運命に驚き、「明石の尼君」と言えば幸運の象徴のように語られるようになった。近江の君などは双六を打つ時まで、「明石の尼君、明石の尼君」と唱えて賽の幸運を願ったという。
朱雀院の賀と、女三の宮の琴
山に籠もった朱雀院は、いよいよ仏道修行へ心を傾け、内裏のことさえほとんど聞き入れなくなっていた。それでも春秋の行幸などには昔を思い出すことがあり、何より女三の宮だけはどうしても思い切ることができない。新帝にも、源氏を姫宮の後見として大切に扱うよう、それとなく願っていた。そのため女三の宮は二品となり、封戸も増え、ますます華やかな立場になっていった。
紫の上は、年月が経っても自分への源氏の寵愛があらゆる女君に勝っているのを見るにつけ、「今は一人の人の愛情だけで誰にも劣らず暮らしているけれど、年を取りすぎれば、その心もいつか衰えるだろう。そんな日を見届ける前に、自分から世を捨ててしまいたい」と絶えず思っていた。それでも、そんなことを言えば賢ぶっているように思われるのではないかと遠慮し、強くは言えない。しかも新帝まで紫の上を特別に大切に思っているので、源氏も姫宮のもとへ通う回数を少しずつ増やし、表面上は双方に偏りのないよう心を配るようになった。
そんなころ朱雀院から、「もう本当に死が近いように感じられ、心細い。この世のことは振り返らないと決めたけれど、もう一度だけ直接お会いしたい。あとで恨みを残すことのないよう、大げさにならない形でこちらへ来てほしい」と消息が届いた。源氏も胸を痛め、「そんなお言葉がなくても、こちらから参るべきところなのに、待っていてくださったとは申し訳ない」と、訪問の準備を始めた。
ただ何もなく訪ねるだけでは寂しい。朱雀院が今年、節目の年齢を迎えることから、若菜などを用意して賀の趣向を添えようと考え、法服や精進の饗応を整え、昔から音楽を愛していた院のため、舞人と楽人にも特に優れた者を選ぶことにした。
女三の宮はもともと琴の琴を習っていたが、まだ幼いうちに父院と離れてしまった。朱雀院は、「今度参ってくる時に、あの琴の音を聞きたい。さすがに琴だけは、それなりに弾けるようになっただろう」と、側近へ漏らした。それが新帝の耳にも入り、「院の御前で腕を尽くす機会があるなら、私も行って聞いてみたい」とまでおっしゃった。
それを聞いた源氏は、女三の宮が以前より上達したとはいっても、朱雀院が期待するほど深い曲を自在に弾ける段階ではないことを心配した。そこでこのころは特に心を入れ、二つ三つの異なる調べや、季節によって響きを変える大曲など、価値の高い奏法だけを選び、夜ごと細かく教えた。姫宮は初めこそ覚束なかったが、次第に理解し、かなりよく弾けるようになっていった。
明石の女御も、紫の上も、琴の琴そのものは源氏から習っていなかったので、姫宮がこのところどんな音を出すようになったのか聞いてみたいと思った。明石の女御は宮中からなかなか得られない暇をわざわざ願い出て里へ下がってきた。すでに二人の御子があるのに、また懐妊して五か月ほどになっていたため、神事を避けるという口実もあったのである。
六条院の女楽
源氏は、正式な賀の前に、女君たちだけで合奏を試してみようと考えた。「こちらでいつも聞きたく思っている琴の音に、あの人たちの箏や琵琶も合わせ、女楽をしてみよう。今世間で名人と呼ばれている人々だって、この六条院の女君たちの心配りに、そう簡単に勝るとは思えない」と言う。
正月二十日ごろになると、風も暖かく、庭の梅は盛りへ向かい、ほかの木々も春めき、霞が立ち始めた。「来月になれば賀の準備で騒がしくなる。そこで合奏をすれば、人は稽古か試楽だと言うでしょう。今の静かなうちに試してみなさい」と、女三の宮を寝殿へ移した。仕える童女や女房たちも、各御方が互いに見劣りしないよう美しく装っている。
御簾の内には楽器が並べられた。明石の御方には琵琶、紫の上には和琴、明石の女御には箏、女三の宮にはこのところ習っている琴。若い公達には笙や横笛を吹かせる。源氏は、箏の琴柱の調整は女には難しいからと、夕霧まで呼び寄せた。
夕霧は、正式な晴れの御前へ出る時以上に気を配って身支度を整えた。鮮やかな直衣に香の染みた衣を重ね、袖にも念入りに香を焚きしめて参上したころには、もう夕暮れだった。梅は枝がたわむほど咲き乱れ、柔らかな風に、御簾の内の名香と花の香とが溶け合って流れてくる。夕霧は御簾の下から差し出された箏を受け取り、壱越調に合わせて弦を整えた。
やがて合奏が始まった。どれが一番とも決められない中で、まず明石の御方の琵琶は、まるで古い名手の技がそのまま澄みきって蘇ったようで、格別だった。紫の上の和琴は、親しみ深く愛嬌のある爪音で、掻き返す響きには今風の鮮やかさまであり、専門の名人たちが大げさに弾き立てる音にも少しも劣らない。「大和琴に、こんな弾き方まであったのか」と驚かれるほどで、長年の修練がはっきりわかる。源氏はようやく胸を撫で下ろし、これほどの腕になっていたことを心から嬉しく思った。
明石の女御の箏は、ほかの音の間からふっと漏れてくるたび、可憐で優美に響く。女三の宮の琴はまだ若さを残しているものの、今まさに習熟していく盛りなので、もはやたどたどしくはなく、ほかの楽器によく溶け込んでいる。夕霧も、「ずいぶん立派な琴の音になられた」と感心しながら拍子を取り、唱歌をした。源氏も時折扇を鳴らして歌に加わる。その声は昔より少し太く重々しくなったものの、なお非常に美しい。夕霧も声の優れた人なので、夜が静まっていくほど、言いようもなく心を惹く御遊となった。
灯籠の明かりの中で、夕霧は御簾の内の女君たちをそれとなく見た。女三の宮は、人より一段小柄で、まるで衣ばかりがあるように華奢だった。華やかさよりもただ上品で愛らしく、二月半ばの青柳がようやく枝垂れ始めたようで、鴬の羽風だけでも乱れてしまいそうに頼りない。桜の細長に、髪が左右へこぼれて柳の糸のように垂れている。
明石の女御は姫宮と同じような若々しい姿ながら、もう少し成熟した輝きが加わり、立ち居振る舞いにも奥ゆかしい品がある。夏へかかるころ満開になった藤が、ほかに並ぶ花もない朝の光の中で咲きこぼれているようだった。
そして紫の上は、濃い葡萄染の小袿に薄蘇芳の細長を重ね、豊かな髪がゆったりとたまっている。身体つきも大きすぎず小さすぎず、すべて理想どおりで、あたり一面に美しさが満ちるようだった。花にたとえるなら桜なのだろうが、桜と言ってしまうだけではまだ足りない。何より抜け出た気配がある。
明石の御方ほどなら、そんな紫の上の隣では圧倒されてもよさそうなのに、少しも卑しく見えない。わざと控えめに装いながら、物腰には恥ずかしくなるほどの品があり、心の奥を知りたくなるような深みがある。琵琶の撥をしなやかに扱う姿まで含めれば、五月を待って咲く花橘を、花も実もついたまま折ってきたような、懐かしい香りを感じさせた。
夕霧は、この人々の気配を聞き、ほのかに見るほど、御簾の内がますます知りたくなる。とりわけ野分の日に一度だけ見た紫の上が、あれから年を重ねてどれほど美しくなったのだろうと思えば、心が落ち着かない。一方で女三の宮には、「もしもう少し自分の運がよければ、妻として迎えることもできたのだろうに」と少し悔しい気持ちはあるものの、想像していたより親しみやすく頼りない気配なので、心が大きく動くほどではなかった。
夜が更け、春の朧月がわずかに出ると、源氏と夕霧は、秋の澄んだ月と春の朧月、どちらが音楽にふさわしいかという話になった。夕霧は、「秋の月は何もかも明らかで、琴や笛も澄みきって聞こえます。ただ、空の景色も花の露も、あまりにはっきりしすぎて、かえって心があちらこちらへ散ります。春の霞の間から朧な月が差し、静かに楽器を合わせる時のほうが、笛の音なども艶やかに上っていき、最後まで澄み切らないところに味があります。昔の人が『女は春を愛する』と言ったのも、もっともだと思います」と答えた。
そこから源氏は音楽談義を始めた。さまざまな芸は、どれほど習っても尽きるところがない。中でも琴の琴は特に難しく、古い時代の名手は天地を動かし、鬼神の心を和らげ、悲しむ者を喜びへ変えたというほどのものだった。この国へ伝わったころの人々も、何年も異国で暮らし、家族を離れ、身を捨てるようにして習ってさえ、完全に身につけることは難しかった。それほどの道だから、今では本当に伝える者がほとんどいないのが残念だと語る。
「もしこの御子たちの中から、思うような素質を持つ者が育ってくれたら、そのころまで私が生きていれば、わずかでも自分の知っていることを伝えたいものです。三の宮には、今から少しその気配がありますね」と源氏が言うと、明石の御方は、自分の血を引く子孫への期待に胸がいっぱいになり、誇らしさのあまり涙ぐんで聞いていた。
最後には楽器を替えながら、さらに親しい御遊になった。幼い公達が笙や笛を一生懸命吹くのを源氏はかわいがり、褒美を与える。夕霧も御子の笛を取って見事に吹いてみせ、その音まで格別だった。それぞれの技が、どれも源氏から何らかの形で伝わったものだと思えば、源氏自身の才の広さを改めて思い知らされる夜だった。
紫の上、三十七歳の春
夕霧は月の澄んだ道を子供たちと帰りながら、先ほど聞いた箏や和琴の音が耳から離れず、恋しいほどに思った。妻の雲居雁も昔、大宮から琴を習っていたが、それほど心を入れないうちに大宮と別れてしまい、夕霧の前では恥ずかしがってほとんど弾かない。何事にもおおらかで、子供の世話ばかりに忙しく、風流という点では物足りない。ただ、腹を立てたり嫉妬したりするところまで含めて、夕霧には愛嬌のあるかわいい妻なのだった。
源氏はその夜、紫の上のもとへ戻った。翌朝、女三の宮の琴について話すと、紫の上も「初めにあちらでほのかに聞いたころとは、ずいぶん変わりましたね。あれほど丁寧に教えて差し上げれば、上達なさるのも当然です」と答える。源氏は、姫宮へ琴を教えたことに手応えを感じながら、それ以上に、音楽だけでなく、皇子や皇女の世話から六条院全体のことまで何一つ行き届かないところのない紫の上を、改めて稀有な人だと思った。
この年、紫の上は三十七歳になる。あまりにも何もかも備わった人は長命ではないという例もあると思えば、源氏は不吉なほど心配になった。「今年はいつも以上に御祈りなどをして、慎んでください。何か大きな祈願が必要なら、こちらでさせます。あの僧都が亡くなってしまったのが本当に惜しい。あれほど頼りになる聖はいなかったのに」と言う。
そこから源氏は、自分の人生を振り返った。「私は幼いころから人と違うほど大切に育てられ、今の世での栄えも、昔から例の少ないものだったのでしょう。それでも人より深い悲しみも味わいました。愛する人々に次々先立たれ、年を取った今まで、どうにもならない物思いの種が絶えなかった。そんな苦しみと引き換えに、思っていたより長く生きているのかもしれません。
「あなたには、あの須磨へ別れた時を除けば、人生を揺るがすほどの苦しみはなかったと思う。后になった人でさえ、高い宮仕えをすれば人との争いや不安は絶えない。それに比べ、あなたは親の家の中で守られたまま過ごしたようなものです。そこは人より恵まれた運命だったと思いませんか。思いがけず女三の宮が来られたことだけは、多少つらかったでしょう。しかしそれによって、私のあなたへの気持ちがかえってどれほど深まったか、あなた自身のことだからかえってお気づきではないかもしれませんね」
紫の上は、「おっしゃるように、外から見れば恵まれた身なのでしょう。でも私の心には、耐えきれない物思いばかりが積もっていく。それが私自身の祈りになっているのでしょうか」と、まだ言い残したことがいくらもあるように答えた。そしてまた、「本当に、もう残された先が短い気がするのです。今年まで知らない顔で過ごしてしまうことが心配でなりません。前からお願いしていることを、どうかお許しいただけないでしょうか」と出家を願った。
源氏は、やはり許さない。「それだけはできません。あなたがこの世から離れてしまったあと、私一人残って何の意味があるでしょう。ただ何となく過ぎていく年月であっても、朝も夜も隔てなくあなたと一緒にいられる、そのことだけが何にも代えがたい。どうか私の気持ちがどれほどのものか、最後まで見届けてください」
さらに源氏は、これまで知ってきた女性たちのことを一人ずつ思い返した。葵の上は美しく立派で欠点のない人だったが、真面目で隙がなく、どこか賢すぎて、一緒に暮らすには心の休まらないところがあった。六条御息所は格別に心が深く、艶もある人だったが、常に緊張させられる相手で、恨むべき理由があるとはいえ、一度の思いを長く深く抱え込むところが苦しかった。
明石の御方については、「最初はそれほどの人だとは思わず、身分からいっても気楽に接していたが、あの人にはいまだ底の見えないところがある。表では人に従い、おっとり見えても、心の中には決して崩れない深さがあって、何となくこちらが気後れする」と言う。
そして紫の上には微笑みながら、「あなたにもまったく何の隈もないわけではない。それでも相手と物事に応じて、二つの面を実によく使い分けている。これほど多くの人を見てきたけれど、結局あなたに似た人はいませんでした。本当に不思議な人ですよ」と言った。
紫の上を襲う重い病
その夜、源氏が女三の宮のもとへ行ったあと、紫の上はいつものように遅くまで起き、女房に物語などを読ませていた。物語の昔話を聞けば、浮気な男や二心ある男に関わって苦しんだ女でさえ、最後には何か心を寄せる場所を得るものらしい。「それなのに私は、なんと不思議に宙へ浮いたような人生を送ってきたのだろう。人とは違うほど恵まれた宿世だったとはいっても、人が耐え難いと嘆く物思いから、結局離れられないまま終わっていくのだろうか。つまらないことだ」と考えながら夜更けに眠った。
ところが暁方から突然、胸をひどく苦しがり始めた。女房たちは源氏へ知らせようとしたが、紫の上は「そんな大げさなことをしないで」と止め、耐え難い苦しみを押さえたまま朝を迎えた。身体には熱も出て、気分はひどく悪い。それでも源氏へは知らせなかった。
明石の女御の方から消息があり、それに「具合が悪くて」と返事をしたことで、源氏は初めて知った。驚いてすぐ渡ってくると、紫の上は見るからに苦しそうで、身体に触れればひどく熱い。昨日、今年は特に慎まなくてはならないと話したばかりだったので、源氏は恐ろしくなった。
その日一日、源氏はそばから離れず、食事もろくに見ずに看病した。しかし紫の上はほんの果物にさえ手を伸ばさず、起き上がることもできない日が続く。祈祷も加持も数え切れないほど行わせたが、効き目が見えない。二月も同じ状態のまま過ぎたため、試しに場所を変えようと、紫の上を二条院へ移した。六条院じゅうの人々が動揺し、大勢が嘆いた。
冷泉院も深く心配された。夕霧などは、「もしこの方が亡くなられれば、父君は今度こそ必ず出家の願いを果たしてしまわれるだろう」と思い、心を尽くして看病に当たった。源氏は紫の上が少し意識を取り戻すたび、「私が出家したいと言っても、あれほど冷たくお許しにならなかったのに、今度はあなたが私を置き去りにして行くつもりですか」と恨みを言う。紫の上を自分の意志で出家させることすら耐えられない源氏にとって、死によって奪われるなど考えられることではなかった。
明石の女御も二条院へ渡り、一緒に看病した。紫の上は、自分の病に物の怪が関わっているかもしれないことを思い、懐妊中の女御へ、「あなたはここにいてはいけません。早く内裏へお戻りなさい」と、苦しい息の中で言った。幼い若宮を見ると涙を流し、「大人におなりになるところを、私はもう見られないのでしょうね。きっと私のことなど忘れてしまわれるでしょう」と言う。女御は悲しさをこらえられなかった。
源氏は「そんな不吉なことをお考えになってはいけない。人は心の持ち方によっても寿命が違う。度量の広い人にはその広さに応じた幸いがあり、穏やかな心の人は長く生きる例が多いのです」と、仏神にまで紫の上の善良さと罪の軽さを訴えるようにして祈り続けた。それでも病は一進一退を繰り返し、はっきりした物の怪も現れないまま、紫の上はただ日ごとに弱っていった。
柏木、禁じられた一線を越える
さて柏木は、そのころには中納言となり、新帝にもたいそう重く用いられる時の人になっていた。けれど地位が上がるほど、女三の宮への願いだけがかなわないことが苦しかった。とうとう女三の宮の姉である女二の宮を妻に迎えたが、もともと深く染みついた思いはどうしても消えない。表向きには妻を大切にしていても、女三の宮への心はそのままだった。
女三の宮付きの小侍従は、柏木の乳母とも親戚に当たる縁があり、柏木は姫宮がまだ幼かったころから、小侍従を通してその美しさや、朱雀院がどれほど大切に育てているかを聞いていた。今の恋も、ずっと以前から積もってきたものだったのである。
紫の上の病のため、源氏が長く二条院に付ききりになっている。六条院の女三の宮のあたりは人目も少なく、静かになっているに違いない――そう見当をつけた柏木は小侍従を呼び寄せ、また執拗に頼み込んだ。「昔から命も耐えられないほど思ってきたことを、あなたが近い縁として姫宮の御様子を伝え、私の思いまでお耳に入れてくれることだけを頼りにしてきた。それなのに何のしるしもないのは、本当につらい。朱雀院でさえ、あれほど多くの女君の中に置かれ、紫の上に押されるように一人でお休みになる夜が多いと聞いて、同じことならもっと誠実に仕える臣下へ託せばよかった、と少し悔いていらしたというではないか」
小侍従は、「まあ、なんと畏れ多いことを。その姫宮を姫宮として置いて、ほかに何を望もうというのです」と呆れた。柏木はそれでも言葉を尽くし、「今はもう、昔のことは言いません。ただこんなめったにない機会に、もう少し近いところで、胸に長く抱えてきた思いのほんの一端だけでも直接申し上げられるよう、何とかしてほしい。身のほど知らずな望みはもう捨てた。あまりに恐ろしいことだから、本当にそれ以上は考えていない」と誓う。
小侍従は初め、これ以上ないほど無茶な願いだと拒み続けた。しかしまだ若く、思慮の深い女房でもない。柏木が命に代えてもとまで思い詰めているのを見ると、最後まで断りきれなくなった。「もし本当に隙がございましたら、何とかしてみましょう。でも院がおいでにならない夜ほど、御帳のまわりにはかえって人が多く、姫宮のすぐそばには必ず誰かがおります。どうしてそんな機会があるでしょう」と答えてしまった。
柏木はそれから毎日のように「いつだ、いつだ」と小侍従を責めた。とうとう小侍従は、四月十日過ぎ、翌日に賀茂の御禊を控えた日、絶好の隙を見つけた。女房十二人や童女たちは物見に出るための衣を縫ったり化粧を整えたりして忙しく、御前には人が少ない。いつも近くにいる按察使の君も、通ってくる源中将に強く呼び出されて席を外し、姫宮のそばには小侍従しかいなかった。
小侍従は柏木をひそかに迎え入れ、御帳の東側、姫宮の寝所近くへ座らせた。――それほどまでしてよいことだっただろうか。
女三の宮は何も知らず眠っていた。すぐ近くに男の気配がするので、源氏が戻ってきたのだと思ったらしい。ところが床から抱き下ろされ、驚いて必死に見上げると、まったく別の男だった。
聞いたこともないような言葉を次々と語りかけられ、姫宮は恐怖に凍りついた。人を呼ぼうとしても近くには誰もいない。身体は震え、汗が水のように流れ、何も考えられないほど怯えている。その姿を前にしても、柏木は長年の思いを訴え続けた。
「私など数にも入らない者ですが、ここまで恐ろしく嫌われるほどの身だとは思っておりませんでした。昔から畏れ多い心を抱き、それを胸の内に押し込めたまま一生を終えられればよかったのです。それを人へ漏らし、朱雀院のお耳にまで入った時、まったく取り合わないとまではおっしゃらなかった。それで望みを持ってしまったのです。身のほども顧みず、人より深い心を空しくされたことがつらく、年月が経つほど、悔しさも恨めしさも、恐ろしさも愛しさも、すべてが深くなってしまいました。今こうして身のほどを越えた姿をお目にかけたことは、私自身、恥ずかしく、罪深いと思っています」
女三の宮は、これがあの柏木なのだとわかるほど、ますます恐ろしくなり、一言も答えられない。柏木は、「嫌われるのは当然です。それでも、世にまったく例のないことでもありません。せめて『かわいそうだ』と一言おっしゃってくだされば、その一言だけを聞いて帰ります」となお迫った。
柏木は、遠くから想像していた女三の宮を、近寄りがたいほど威厳に満ちた方だと思っていた。だからこそ、ただ思いの一端を知らせるだけで、深入りなどせず帰るつもりだった。ところが実際に間近にした姫宮は、威圧するようなところはなく、ただ柔らかく、愛らしく、弱々しい。高貴さだけは比べようもないのに、ひたすら優しく頼りない。その気配に触れると、柏木が保っていた理性は崩れてしまった。
そして柏木は、怯え、拒むことさえ言葉にできない姫宮を前に、とうとう取り返しのつかない関係を結んでしまった。
柏木はほんのわずかまどろんだ時、かつて自分が手馴らした猫が、かわいらしく鳴きながらやって来る夢を見た。その猫を女三の宮へ差し上げようとして自分が連れてきたように思え、どうして渡してしまったのだろう、と感じたところで目が覚めた。姫宮は現実とも思えない恐ろしさに胸が塞がり、呆然としている。
柏木は「あの猫が御簾の端を引き開けた夕べから、こうして逃れられない縁があったのだと思ってください。自分でも正気でしていることとは思えないのです」とまで言う。女三の宮は、「本当にあの時からこうなる運命だったのだろうか」と、自分の宿世が恨めしく、何より「これから源氏へどう顔を合わせればよいのだろう」と悲しくなり、幼子のように泣いた。
夜が明けかけても柏木は出るきっかけを失い、「これほど私を憎んでいらっしゃるなら、もう二度と申し上げる機会もないでしょう。せめて一言、御声を聞かせてください」と何度も迫った。それでも姫宮は何も言えない。柏木は最後には、「こんなにまで嫌われるのなら、私はもう生きていても仕方がない。今夜限りになるとしても、せめてほんの少し御心を許していただけるなら、それと引き換えに命を捨ててもよい」と言い、なお姫宮を抱き寄せた。
外はもう白み始めている。柏木は格子を少し上げ、最後にもう一度姿を見たいと思いながら言った。「こうまで冷たい御心に触れて、私は正気まで失いました。少しでも心を鎮めよと思ってくださるなら、せめて『かわいそうだ』とだけおっしゃってください」
女三の宮は震えて、言葉を出そうとしても声にならない。柏木は慌ただしい明け方に、なお夢のような思いを残しながら立ち去ろうとして詠んだ。
起きてゆく空も知られぬ明けぐれにいづくの露のかかる袖なり
起きて出ていくこの明け方、空がどちらともわからないほど心は乱れています。いったいどこの露が、こんなにも私の袖を濡らすのでしょう。
帰ろうとする柏木を前に、女三の宮もようやく少しだけ声を出した。
明けぐれの空に憂き身は消えななむ夢なりけりと見てもやむべく
このつらい身など、明け方の空へ消えてしまいたい。そうすれば、すべて夢だったのだと思って終われるでしょうに。
その若く弱々しい声を途中まで聞きながら出ていった柏木は、魂だけが姫宮のもとへ残ってしまったように感じた。
柏木の罪悪感と、紫の上の危篤
柏木は自分の妻である女二の宮のもとへも寄らず、ひそかに実家へ戻った。横になっても眠ることができず、夢で見た猫のことまで恋しく思い出される。「なんという恐ろしい過ちを犯してしまったのだ。もうこの世に生きていることさえ恥ずかしい」。女三の宮のためにはもちろん、自分自身にとっても絶対にあってはならないことをしてしまったと思えば、外へ出歩く気力もなくなった。
帝の妻を奪うほどの事件であれば、それが世に知られて命を失うとしても、これほどの罪のためなら仕方がないと思えたかもしれない。けれど何より柏木が恐れたのは、源氏から軽蔑され、目をそむけられることだった。
女三の宮も、もともと世慣れた心をまったく持たない。ただひたすら人を恐れ、源氏を畏れて生きてきた人なので、まるで今この瞬間にも誰かに一部始終を見られているような恥ずかしさに襲われ、明るい場所へさえ出られなくなった。
五月の賀茂祭の日、柏木は祭見物へ行こうと誘われても病気のような顔をして横になったままだった。自分の妻の女二の宮にも、恐れ多い方としてよそよそしく接し、ほとんど打ち解けない。童が持っている葵を見て、思わず詠んだ。
悔しくぞ摘み犯しける葵草神の許せるかざしならぬに
悔やまれてならない。神から許された挿頭でもない葵草を、私は摘んで、犯してしまったのだから。
女二の宮が人の少ない静かな部屋で箏を弾いている気配は、さすがに高貴で優雅だった。それでも柏木には、「同じなら、なぜもう一段上のあの方には手が届かない運命だったのだろう」と思われてしまう。
もろかづら落葉を何に拾ひけむ名は睦ましきかざしなれども
同じ桂に縁のある落葉を、私はなぜ拾ったのだろう。名だけなら親しい挿頭ではあるけれど。
そんな失礼な歌まで一人書き散らしていた。
そのころ源氏は、たまに女三の宮のもとへ渡っても、紫の上のことが気にかかって、ゆっくりしていられなかった。そんなある日、「紫の上が息絶えられました」と人が駆け込んできた。源氏にはもう何も考えられない。二条院へ急ぐと、邸の外の大路まで人が立ち騒ぎ、中では泣き声が満ちている。祈祷の壇まで崩されかけ、僧たちも動揺していた。
「まだ死と決まったわけではない。きっと物の怪のしわざだ。そんなふうに騒いではいけない」
源氏はそう皆を鎮め、さらに大願を立て、名高い験者を集めた。「たとえ定まった寿命が尽きたのだとしても、今ほんのしばらくだけ引き留めてください。不動尊にはもとの誓願がある。その日数だけでも、この方の命をつなぎ止めてください」と、験者たちは頭から黒煙が立つような激しい加持を続ける。
源氏自身も、「ただもう一度だけ目を開け、私と目を合わせてください。最後の瞬間にさえ立ち会えなかったことが、こんなに悔しく悲しいのです」と、取り乱していた。
六条御息所の物の怪
その必死の祈りが仏に届いたのだろうか。何か月もの間、どれほど祈っても姿を現さなかった物の怪が、突然、一人の小さな童女へ移って激しく叫び始めた。それとともに、紫の上が少しずつ息を吹き返したので、人々は嬉しさと恐ろしさの両方に騒いだ。
物の怪は激しく責められた末、「皆、ここから離れなさい。院お一人の耳にだけ申し上げたい」と言った。「何か月も私を責め苦しめてこられたのが情けなく、恨めしいので、同じことなら正体を思い知らせてやろうと思っていました。でも、あなたが御自分の命まで砕くようにして、この人のために取り乱していらっしゃるのを見ると、今こそ私はこんな恐ろしい身になったとはいえ、昔の心まで完全になくなったわけではない。気の毒で見過ごすことができず、とうとう姿を現してしまいました。決して知られまいと思っていたのですけれど」
髪を振り乱して泣く気配は、源氏が遠い昔に見た物の怪とまったく同じだった。源氏はぞっとしながらも、童女の手をつかんで座らせ、「本当にあの人なのか。悪い狐などが死者を辱めるようなことを言うとも聞く。確かな名を名乗りなさい。それから、ほかの人が知らず、私だけが聞けば確かに思い出せることを言ってみなさい。それなら少しは信じよう」と迫った。
物の怪は、ぽろぽろと激しく泣いた。
わが身こそあらぬさまなれそれながらそらおぼれする君は君なり
私の身こそ、もう昔とはまるで違う姿になってしまいました。それなのに、知らないふりをなさるあなたは、やはり昔と同じあなたのままなのですね。
「本当につらい、本当につらい」と泣き叫ぶ。その中にも昔と変わらない慎みのようなものが感じられるだけに、かえって気味が悪く、源氏はもう話させたくないと思った。
しかし物の怪は続けた。「中宮のことは、本当にありがたく嬉しいことだと、空をさまよう身になってからも見ています。ただ、道を異にした今となっては、我が子の身の上にまで以前ほど深く執着しないものなのでしょうか。それより、あなたをつらいと思った私自身の執念だけが、どうしても残っているのです。
「生きていたころ、ほかの女より軽く扱われ、捨てられたこと以上に恨めしかったことがある。あなたが親しい人々と昔話をなさった時、私が心のよくない、嫉妬深い女であったように話されたことです。今はもう死んだ者だと思って許し、ほかの人まで私を悪く言うなら、むしろかばってほしい――ただそう思っただけなのに、この恐ろしい身になってしまったため、その思い一つまでこんな大きな障りになってしまいました。
「この方を深く憎んでいるわけではありません。でも御守りが強く、御そばは遠く感じられて、近づけない。あなたの御声だけを、時折ほのかに聞いているのです。もうよいから、私の罪が少しでも軽くなる功徳をしてください。修法や読経を大声でなされても、今の私には苦しい炎がまとわりつくようにしか感じられず、ありがたい声として聞こえない。それが悲しいのです。
「中宮にもこのことを伝えてください。宮仕えの中で人と張り合い、妬むような心を決してお持ちにならないように。斎宮でいらしたころの罪が軽くなるような功徳を、必ずなさってください。あとになって本当に悔やまれることなのです」
源氏は、物の怪を相手にこれ以上話し続けることも憚られたので、封じ込めさせ、紫の上を人に知られないよう別の場所へ移した。
「紫の上が亡くなった」という噂はすでに世間へ広がっていた。弔問に向かおうとする人まであり、「これほどすべてを備えた幸福な方は長く生きられないものなのだ」「今度こそ二品の宮がもとの御寵愛を取り戻されるだろう」などと勝手なことを言う者さえいた。柏木もその噂を聞いて胸が潰れそうになり、六条院へ見舞いに参った。
幸い紫の上は生き返ったものの、源氏はかえって恐ろしくなり、さらにさまざまな祈祷を尽くした。紫の上自身は「もう髪を下ろしてしまいたい」と強く願ったが、源氏は完全な出家までは許さず、せめて仏の力になるならと、頭頂の髪をほんのしるしだけ切り、五戒を受けさせた。戒師が仏前で紫の上の徳の高さを申し上げるのを聞きながら、源氏は人目も構わずそばで涙を拭い、どうすればこの人を救い、命をつなぎ止められるか、それだけを昼も夜も考え続けた。
五月になっても紫の上は完全には治らず、日ごとに法華経一部を供養させ、枕元でも絶えず尊い声で読経をさせた。物の怪は時折悲しげなことを口にするものの、完全には去らない。暑さが増すころには息も絶え絶えになったが、源氏があまりに苦しみ惑うのを見るのが心苦しかったのだろう、紫の上自身も少しずつ湯などを口にするようになり、六月には時々頭を上げられるまでになった。それでも源氏には、とても六条院へ少しの間戻る気にはなれなかった。
女三の宮の懐妊
女三の宮は、あの恐ろしい出来事のあと、そのまま普通の状態へ戻らなかった。大病というほどではないものの、ずっと気分が悪く、翌月からは食事もほとんど取らず、顔色を失って痩せていった。柏木は思いを抑えきれない時には、夢のようにひそかに会うこともあったようだが、姫宮にはそれがどこまでも耐え難いことだった。幼いころから源氏のような、世に比べる人もない方を見慣れてきた目には、柏木が世間ではどれほど優雅な美男子として評判であっても、ただ恐ろしく、疎ましく思われるだけだった。
乳母たちは姫宮の具合の悪さを心配し、源氏がめったに来ないことを恨んでいた。ようやく源氏が病気だと聞いて訪れると、姫宮は暑さのため髪を洗い、臥したまま長く流している。まだ乾ききらない髪は乱れる筋もなく清らかで、青ざめて痩せた顔や透けるような肌は、この世にないほど愛らしかった。抜け殻になった虫のように頼りなく、今にも消えてしまいそうに見える。
池には青い蓮の葉が広がり、露が玉のようにきらめいていた。源氏が「あれを御覧なさい。蓮だけでも涼しそうですね」と言うと、姫宮は珍しく起き上がって外を見た。源氏は涙を浮かべ、「こうして起きていらっしゃるのを見るだけで夢のようです。こちらも、自分の命まで終わりかと思うことが何度あったことか」と言った。
女三の宮も、しみじみした気持ちになって詠んだ。
消え止まるほどやは経べきたまさかに蓮の露のかかるばかりを
消えずにこの世へ留まっていられるほど、長く生きられるでしょうか。たまたま蓮の葉に露が宿る、ほんのそれほどの間だけなのに。
源氏は返した。
契り置かむこの世ならでも蓮葉に玉ゐる露の心隔つな
たとえこの世でなくても、同じ蓮の葉に宿る露のように結ばれる約束をしておきましょう。どうか私に心まで隔てないでください。
源氏は二条院の紫の上がなお心配で、六条院を離れるのはつらかったが、内裏や朱雀院の耳に入ることも考え、何か月も姫宮をほとんど訪ねていなかった以上、今さえ放ってはおけないと、そのまま二、三日とどまった。
姫宮は、罪を隠している心のため、源氏に姿を見られることさえ恥ずかしい。源氏が話しかけても、はっきり返事をしない。源氏は、長く来なかったことを恨んでいるのだと思い、いろいろ慰めようとした。そして年長の女房を呼び、具合を詳しく尋ねた。
「いつもの御病気とは違う御様子でございます」と聞かされ、源氏は「妙だな。長い間そういうこともなかったのに」と口にした。心の中では、長年連れ添った女君たちにも最近そういうことはなかったのだから、「本当に懐妊なのだろうか」と、まだはっきりしないながら怪しく思った。それでも姫宮が苦しげで愛らしいので、その場では何も深く問いたださなかった。
源氏、柏木の手紙を見つける
そのころ柏木は、源氏が女三の宮のところへ来ていると聞き、身のほど知らずにも嫉妬に乱れ、長い手紙を書いて送ってきた。姫宮が少しだけ東の対へ移った隙に、小侍従は人のいない時を見計らって見せようとした。
「こんな嫌なものを見せるなんて、本当にひどい。具合がますます悪くなるわ」と姫宮が横になると、小侍従は「でも、この端書だけでも、あまりにお気の毒でございますよ」と無理に広げた。そこへ人が来たので小侍従は御几帳を引き寄せて離れ、姫宮の胸はますます騒いだ。その直後、源氏が入ってきたため、姫宮は手紙をうまく隠すこともできず、御茵の下へ挟み込んでしまった。
夕方になり、源氏は二条院へ戻るつもりで別れを告げた。「こちらはひどく悪い御様子ではないようですし、あちらはまだ頼りない状態のまま置いてきたので、見捨てているようで今さら気の毒なのです。人が変なことを言っても、決して私へ心を置かないでください。これからきっと、また以前のようにして差し上げます」と優しく話す。普段なら幼い冗談にも笑って応じる姫宮が、今日は沈み込み、顔さえまともに合わせない。それを源氏は、ただ長く訪れなかったことへの恨みだと思っていた。
話しているうちに日が暮れ、源氏が少しうたた寝をすると、ひぐらしの声に目を覚ました。「それでは、まだ道が暗くならないうちに」と衣を直そうとすると、姫宮は「月を待ってから、とも言うではありませんか」と、若々しい様子で引き止めた。源氏は、こんな時まで自分を待っていてほしいと思っているのかと、少し気の毒になり、立ち止まる。
女三の宮が詠んだ。
夕露に袖濡らせとやひぐらしの鳴くを聞く聞く起きて行くらむ
夕露に私の袖を濡らせというのでしょうか。ひぐらしが鳴くのを聞きながら、あなたは起きて行ってしまうのですね。
片言めいた素直な心のまま口にした歌までかわいらしく、源氏はその場へ座り直し、「ああ、困りましたね」とため息をついた。
待つ里もいかが聞くらむ方々に心騒がすひぐらしの声
私を待つあちらの里では、このひぐらしの声をどう聞いているでしょう。どちらにいても心を騒がせる声です。
結局、あまり情けなく振り切るのも気の毒で、その夜は女三の宮のもとへ泊まった。
翌朝、まだ涼しいうちに二条院へ戻ろうと早く起きた源氏は、前日うたた寝をした座のあたりへふと目をやった。御茵の端が少し乱れたところから、浅緑の薄様を巻いた手紙の端が見えている。何気なく引き出してみると、男の筆跡だった。紙には艶やかな香が焚きしめられ、いかにも意識して書いた手紙である。二重に細かく書き込まれた文字を見ていくうち、源氏にはすぐわかった。間違えようもない。柏木の手だった。
源氏はその場では何も言わず、手紙を持って出た。小侍従があとで「昨日のものはどうなさいましたか。今朝、院が御覧になっていた手紙の色が、あれとよく似ておりました」と尋ねると、女三の宮は初めて気づき、ただ涙が次々とあふれた。「源氏が入ってこられたので、とっさに御茵の下へ挟んで、そのまま忘れてしまった」と言う。小侍従は言葉もない。「あれほど柏木様も、少しでも漏れたらと恐れていらしたのに、こんなに早く知られるなんて。そもそも姫宮があまりにも幼く不用心でいらしたからこそ、昔の御簾のことから、こんなところまで来てしまったのです。どなたにとっても、おいたわしいことになってしまいました」と遠慮なく言った。
一方、源氏は人のいない場所で、手紙を何度も読み返した。もしかすると、姫宮付きの誰かが柏木の筆跡を真似して書いたのか、とまで考えようとしたが、言葉遣いにあまりにもはっきりしたものがあり、疑いようがない。長年思い続け、たまたま願いがかなったこと、それでも安心できない関係であることなどが、細かく書き尽くされている。
「何とも見応えのある情の深い文章ではある。しかし、こんなことをここまで露骨に書くものだろうか。惜しい才能のある男なのに、手紙の書き方にはずいぶん思慮がない。落とすことだってあるのだ。私なら昔、こういう細かなことを書きたくなる折ほど、言葉を削り、万一人に見られても意味がわからないようにしたものだ。どれほど賢い人でも、本当の用心深さを身につけるのは難しいものだな」
源氏は、柏木の人間そのものまで一段低く見た。
自らの過去を思い知る源氏
しかし問題は、そんな手紙の書き方ではない。「この姫宮を、これから私はどう扱えばいいのだ。あの不思議な懐妊も、こういうことがあったからなのか。ああ、なんということだ。人づてでなく、自分の目でこんなつらい事実を知ってしまったうえで、今までと同じように姫宮を見られるのだろうか」。自分の心ながら、とても元へ戻せそうには思えなかった。
初めからたいして心を留めていない女でさえ、別の男へ心を移したと思えば不快で、自然と隔てたくなるものだ。まして女三の宮は、朱雀院から特別に託され、源氏自身も恋人というより、畏れ多いほど大切な方として慈しんできた。その人に対して、柏木がこれほど身のほどを越えた心を抱き、実際に過ちを犯したのである。「こんな例がほかにあるだろうか」と、思わず爪弾きをしたくなるほどだった。
昔から、帝の御妻と過ちを犯した例がないわけではない。けれど宮仕えというものは、男も女も同じ主君の近くへ出入りし、日々顔を合わせる中で、思いがけず心を通わせることもある。女御、更衣といっても、人柄もさまざまで、そういう紛れが生じる余地はある。それと、これほど高貴な内親王を、ほかのどの女性より丁重に、恐れ多いほど大切に守っている夫の目を盗んで犯すこととは違う――源氏はそう思った。
けれど、そこで突然、胸へ浮かんできたものがあった。
――亡き桐壺院も、あのころすべてを御存じだったのではないか。それでも知らない顔をなさっていたのではないか。
藤壺との自分の過去を思えば、背筋が冷えた。考えてみれば、あのことこそ恐ろしい、絶対にあってはならない過ちだった。まさに自分が今、柏木から受けた裏切りとよく似たものを、かつて父帝へしたのではないか。そう気づくと、恋の山路に迷った人間を、ただ一方的に責めることもできない心が、源氏の中に混じってきた。
それでも、このことを表へ出すわけにはいかない。源氏は何も知らない顔を作った。しかし物思いが深いことは隠しきれず、病から少し回復した紫の上は、それを自分のせいだと思い、「私はもうずいぶんよくなりました。あちらの姫宮がお加減悪いのでしたら、早く行って差し上げてください。こちらへすぐ戻ってこられたのは、お気の毒でした」と勧めた。
源氏は曖昧に取り繕う。紫の上は、内裏や朱雀院への体面より、姫宮御本人が自分を恨んでいるのではないかということをまず心配する。源氏はそれを聞きながら、「人間関係というものは、相手一人への情だけでなく、周囲が何を思うかまで考えなくてはならない。それなのに私は、これまで国王である父院や帝の御心だけを気にしていた。ずいぶん浅い考えだった」と、苦く思うのだった。
源氏が見直す、女たちの強さと弱さ
女三の宮は、源氏が何日も来ないことを以前ならただ「冷たい」と思っていた。しかし今は、自分の過ちまで重なってこうなったのだと思う。しかも朱雀院の耳に入ったらどうなるだろう。それを考えるだけで、世間そのものが恐ろしかった。
柏木も、小侍従から「源氏に手紙を見られてしまったらしい」と聞かされると、目の前が真っ暗になった。いつ、どこで、どうしてそんなことになったのか。以前は「いつか何かの気配から知られるかもしれない」と考えただけで空に目がついているように感じるほど恐ろしかった。それなのに今は、間違いようもない言葉を自分自身の手で書いた手紙を、源氏が読んでしまったのである。
長年、真面目な時も遊びの時も源氏のそばへ召され、ほかの人より親しく扱われ、その優しく深い愛情を受けてきた。それが今では、身のほど知らずな人間だと思われているに違いない。もうどうやって顔を合わせればよいのか。だからといってまったく参上しなくなれば、それも不自然で、かえって源氏に確信させることになる。柏木は心身ともに苦しくなり、内裏へも出なくなった。
苦しさのあまり、今さら女三の宮の欠点まで探すようになった。「そもそも、あの御殿には静かで奥ゆかしい緊張感がなかった。あの御簾があんなふうに開いてしまうこと自体、普通ではない。夕霧もあの日、軽率だと思っていたようだった」。無理に恋を冷まそうと、今になって難をつけたくなるのである。
源氏もまた、女三の宮を見れば見るほど、「高貴で素直なのはよいとしても、あまりに一途におっとりしすぎ、世の中を知らず、仕える人間にさえ警戒心を持たない。そのため自分にも他人にも、こんな恐ろしいことを招いてしまった」と思った。表面上の待遇は以前以上に丁重にし、祈りもさまざまに行わせる。しかし身近に語り合う心は大きく隔たってしまい、人目だけは穏やかに見えるように整えながら、源氏自身の胸の内こそ苦しかった。
それにつけて、源氏は昔の玉鬘を思い出した。玉鬘は頼るべき後見もなく幼いころから流転しながら育ったのに、物事を判断する才があった。源氏自身が心を寄せた時も、腹の中では嫌な思いがあったに違いないのに、露骨に敵対せず、穏やかにやり過ごした。髭黒が女房の手引きで入り込んできた時にも、自分が自ら罪ある女と思われないよう、きっぱり距離を示しながら、結局は運命として夫婦となった。その身の処し方を今思えば、なんと賢かったことか、と源氏は思う。
そして朧月夜のことさえ、これまでは懐かしく思い続けてきたのに、女三の宮の件を経験すると、「あの人にも、やはり心の弱いところがあったのだ」と少し軽く見る気持ちが生まれた。
朧月夜の出家
その朧月夜が、ついに長年の願いどおり出家したと聞くと、源氏の心はやはり大きく動いた。せめて今そのことを知らせてくれてもよかったのに、と恨めしく思いながら、何より先に見舞いの手紙を送った。
海人の世をよそに聞かめや須磨の浦に藻塩垂れしも誰ならなくに
尼となって生きる世を、どうして他人事のように聞けるでしょう。須磨の浦で、藻塩を垂れるように涙に濡れて暮らしたのも、ほかならぬこの私なのですから。
源氏は、世の中の無常を思いながら、これまで自分だけが出家に遅れたことを悔やんでいること、たとえ朧月夜が俗世への思いを捨てても、回向の中には自分を忘れないでほしいことなどを細かく書いた。
朧月夜にとっても、出家は急に思い立ったことではなかった。ただこれまで朱雀院との関係などさまざまな事情に妨げられ、人にはっきり知らせずにいたのである。これがもう昔のように文を交わす最後だと思えば、返事にも自然と心がこもった。
海人舟にいかがは思ひおくれけむ明石の浦にいさりせし君
どうして私が、尼の舟に乗ることへあなたより遅れていたと思われましょう。明石の浦で漁る海人のように、すでに世を離れた暮らしをなさったあなたですもの。
青鈍の濃い紙を樒へ挿した手紙は、尼となった今にふさわしい形ながら、筆遣いは相変わらず古びることなく美しかった。
源氏は二条院で、その手紙を紫の上にも見せた。「ずいぶん痛いところを言われましたよ。まったく嫌なものですね。こうして見ていると、世の中は本当に心細い。何げない言葉を交わし、その時々の風情をわかり合い、離れていても親しくできる女性として残っていたのは、前斎院とこの人くらいだったのに、今では皆、世を捨ててしまった」と話す。
そして、「女の子を育てるというのは本当に難しいことなのですね。宿世というものは目に見えず、親の心だけではどうにもできない。それでも育つ間の心配りは、やはり十分しなくてはならない。若宮たちを、どうか心して育ててください。明石の女御はまだ若いうちから宮中の忙しい暮らしに入ってしまったので、世間を深く知る暇もないでしょう。皇子たちには、誰から見ても非難されず、穏やかに世を渡れる心をつけて差し上げたいものです」と紫の上へ頼んだ。
さらに朧月夜へ、尼になったばかりでまだ法衣の準備も十分ではないだろうからと、青鈍の一領を作らせ、袈裟や茵、屏風、几帳など尼に必要な品々まで、人に知られないよう細かく用意させた。
朱雀院の不安と、源氏から女三の宮への訓戒
朱雀院の賀は、紫の上の病のため秋へ延び、その後も忌月などが重なり、さらに女三の宮まで長く病むようになったので、また延びた。朱雀院は山から姫宮の病を聞き、かわいそうで恋しくてならない。しかも源氏がこの数か月、姫宮のところへほとんど通っていないらしいと聞けば、胸が潰れそうになった。
「紫の上が病んでいたころは、その看病のためだと聞いて、それでも少し穏やかではなかった。それなのに紫の上が回復したあとまで、姫宮のところへ戻らないのなら、そのころ何か都合の悪いことが起きたのではないか。姫宮自身が知っていることではなくても、よくない女房たちの心から何かあったのかもしれない。内裏の高貴な女君たちでさえ、思いがけない不祥事が起きる例はあるのだから」
世を捨てたはずなのに、やはり我が子への思いは捨てられない。朱雀院は女三の宮へ細かな手紙を送った。
「特にこれということもないまま、何度も便りを差し上げないうちに年月が過ぎ、ただ気にかかってばかりいるのも寂しいものです。病んでいると詳しく聞いてからは、念誦のたびにあなたのことを思っています。世の中が寂しく、思うようにならないことがあったとしても、どうか我慢してお過ごしなさい。恨めしそうな顔をして、何か事情を知っているように人へ見せるのは、よほどのことでも品のない振る舞いです」
源氏はその手紙を姫宮のもとで読み、胸が痛んだ。父院は本当の事情など知らず、自分が姫宮を粗略に扱っているとばかり思っている。その誤解を解くこともできない。
源氏は姫宮へ言った。「お父上は、あなたが昔からあまりにも幼い心の方だと御存じだから、今もこれほど御心配なのでしょう。これからは何事にもよく気をつけてください。こんなことまで申し上げたくはないけれど、父院が私を、御自分のお心に背く人だと思っていらっしゃるらしいことがどうにも苦しいので、せめてあなたには話しておきたい。
「あなたは人が言うことをそのまま信じやすいように見えます。私のことをただ冷たい、心の浅い人だとお思いになるかもしれない。また、私ももうずいぶん年を取りましたから、見慣れて軽くお思いになることもあるでしょう。しかし朱雀院がおいでになる間だけでも、御心を鎮めて、院が考えて選ばれた年長の女房たちを、私と同じように尊重し、あまり軽く扱わないでください。
「私自身は昔から出家への願いが深いのに、女君たちのことへ心を残して、何となくぬるいまま過ごしてきました。今では大きな心残りも少なくなっています。明石の女御には御子たちも増えましたし、ほかの人々も、もう私がいなくてもそれぞれ生きていける年齢になりました。朱雀院のお命も、それほど長くはないでしょう。病はいっそう重く、御心細く思っていらっしゃる。その御耳へ、今さら思いもしないあなたの悪い噂が入って、最後の御心を乱すようなことだけは、絶対にしてはいけません。この世でのことなど、たとえ何があっても一時のことです。それが来世への妨げになるほうが、ずっと恐ろしい」
何があったかをはっきり言わないまま、源氏は長く諭し続けた。女三の宮はただ涙を流し、自分でもどうしてよいかわからないほど身に染みて聞いている。源氏もつい泣き、「人のことなら、年寄りが知ったふうな説教をするのを『うるさい老人だ』と思ったものですが、自分の身に降りかかると、私も同じことを言うようになるものですね」と自嘲した。
源氏は自ら硯を引き寄せ、朱雀院への返事を書かせようとした。しかし女三の宮の手は震えて、字を書くことさえできない。柏木とは、あれほど細かな返事を平気で交わしていたのだろうかと思えば、源氏の胸にはまた憎しみが湧き、せっかくの哀れみまで冷めそうになる。それでも言葉を教えながら、何とか返事を書かせた。
十二月の試楽――柏木と源氏、再び向き合う
こうして朱雀院の賀はまた延び、十二月になった。十日過ぎを本番と定め、舞の稽古が邸じゅうに響く。二条院にいた紫の上も、この試楽をきっかけに、もう抑えきれず六条院へ戻ってきた。明石の女御も里に下がっており、今度生まれた御子もまた男皇子だったので、紫の上は幼い皇子たちを朝夕かわいがり、年を重ねた甲斐があったと喜んでいた。
柏木は依然として病気がちで、源氏の前へほとんど姿を見せなくなっていた。しかしこうした晴れの催しに、音楽に深く通じた柏木だけが加わらなければ、かえって世間が怪しむ。源氏は参上するよう特別に消息を送った。父の致仕の大臣も、「どうして断るのだ。大病というほどでもないのに、院がおかしくお思いになる。無理をしてでも参れ」と勧める。重ねて呼ばれたため、柏木は苦しみながら参上した。
まだ上達部が集まりきらない時間だった。源氏はいつもの親しい場所へ柏木を入れた。柏木は本当にひどく痩せ、青ざめている。本来、華やかな美しさでは弟たちに譲るところがあっても、慎み深く、落ち着きのある佇まいは格別だった。源氏はそれを見て、「この男なら、どんな皇女の隣に並んでも何の不足もない。それなのに、したことだけは誰も彼も、あまりにも思慮がなかった」と思う。
それでも表にはまったく出さず、源氏はいつになく柔らかく話しかけた。「これということもないまま、ずいぶん長くお会いしませんでしたね。この数か月は、こちらでも次々病人を抱えて心に暇がなく、朱雀院の賀も何度も延びて、とうとう年の瀬になってしまいました。本当なら姫宮が法事をなさるはずだったのですが、それも思うようにならない。それでも家に子供が大勢育ってきたので、その舞だけでも朱雀院に御覧いただこうと稽古を始めたのです。拍子を整えるなら誰に頼むべきかと考え、あなたが何か月も訪ねてくれなかった恨みも、今回は捨ててしまいましたよ」
何も知らないような口調なのに、柏木には恐ろしいほど恥ずかしい。顔色まで変わったのではないかと思われ、すぐには答えられない。
やがて、「皆様が御病気でいらしたことを承り、心配しながらも、私は春ごろから以前からの乱り脚病というものがひどくなり、足をまともに踏み立てることさえできず、月が重なるほど気力も沈み、内裏にも参らず、世間から消えたように籠もっておりました。院が節目の御年を迎えられるので、致仕の大臣も誰よりはっきり賀をお仕えしたいと申していたのですが、今は官を退いた身なので出るところもない。それでも心だけは下臈であっても同じだから、それを御覧いただくつもりでと勧められ、重い病を押して参りました」と申し上げた。
そして、「朱雀院は今ではいよいよ世を離れ、静かに御心を澄ましていらっしゃいます。華やかな御賀をお待ちになるような御心ではないでしょう。儀式はできるだけ省いて、静かに御話などを申し上げ、深い御願いを満たして差し上げるほうが、むしろふさわしいのではないでしょうか」と続けた。
源氏は、あれほど盛大に聞こえている賀の話を、女二の宮の実家への遠慮から、柏木がわざと控えめに言うところまで気が回っているのを見て、やはり才のある男だと思った。「そうなのですよ。世間からは簡素すぎると思われるでしょうが、あなたほど事情のわかる人がそう言ってくださるなら、やはりそれでよいと思えてきます。夕霧は公の仕事についてはだんだん大人になったけれど、こういう風流の方面は、もともとあまり身に染みていない。朱雀院は何事にも通じていらっしゃる中でも、特に音楽には非常にお詳しい。捨てたようになさっていても、静かに御覧になるとなれば、こちらもよほど気を配らなくてはならない。夕霧と一緒に、舞う子供たちの心構えまでよく見てやってください」と、親しげに頼んだ。
柏木は嬉しいような、それ以上に苦しく、いたたまれない。早くこの御前を離れたいと思い、いつものように細かな話まではせず退出した。その後、東の御殿では夕霧が整えていた舞人や楽人の装束などへ、柏木がさらに細かな工夫を加えた。音楽の道では、やはり本当に深い人なのである。
試楽の日、柏木は倒れる
試楽の日とはいっても、御方々が御覧になる以上、本番に見劣りするものにはしたくない。楽人三十人がそろい、山の南から御前へ出る時には「仙遊霞」を奏した。雪がほんの少し舞い、春の隣まで来た梅がほころび始めている。
式部卿宮や右大臣をはじめ、上達部も集まった。右大臣家や夕霧の子供たち、兵部卿宮の孫王など、まだ幼い公達が「万歳楽」を舞う。ほかにも「皇麞」「陵王」「落蹲」「太平楽」「喜春楽」などが次々と披露された。どの子も高貴な家に生まれ、美しく育てられ、師たちが持てる技のすべてを教えているので、老いた上達部たちは感極まって涙を流した。式部卿宮まで、孫の姿に鼻が赤くなるほど泣いていた。
源氏も、「年を取ると、酔い泣きを止められなくなるものですね。衛門督がこちらを真面目な顔で見て笑っているようで恥ずかしい。もっとも、あなたもあと少しですよ。年月は逆には進まない。老いからは誰も逃げられません」と柏木を見やった。
柏木は誰より沈み込み、実際にも具合が悪く、目の前の見事な舞さえ十分に楽しめない。その人だけをわざわざ指して、源氏は酔ったふりをしながら冗談を言い、杯まで何度も勧める。柏木は断ることもできず、持て余す様子さえ人と違って品があった。
しかし、とうとう胸の中が掻き乱され、耐えられなくなった。まだ催しが終わらないうちに退出すると、そのままひどく具合を悪くした。「それほど飲んだわけではないのに、どうしてこんなことになるのだろう。ずっと人目を憚って物思いをしていたせいで、気が上ったのだろうか。自分がこれほど臆病で心の弱い人間だとは思わなかったのに、何とも情けない」と、自分でも思い知らされる。
けれど一時の酔いではなかった。そのまま本当に重く病み始めた。父の大臣と母北の方は心配し、妻の女二の宮のもとと離れていては安心できないからと実家へ戻そうとする。しかし女二の宮の悲しみようもひどく、柏木自身も、普段なら何となく一緒にいるだけで深い愛情を意識していなかった妻を、「これが最後の別れになるのかもしれない」と思えば、たまらなく哀れに感じた。
母御息所も、「世間では親より夫婦が離れず看病するのが普通です。こうして引き離し、あなたが元気になるまで待つのは、姫宮にとってどれほどつらいでしょう。しばらくはここで一緒にいなさい」と言って、几帳一つ隔てたすぐそばで柏木を看病させた。
柏木は女二の宮へ、「私のような者が、及びもつかないほど高貴なあなたの夫としてお許しいただいた以上、せめて長く生き、少しでも一人前の者になるところを御覧いただきたいと思っていました。それなのにこんなことになり、私の気持ちの深ささえ最後まで見ていただけないまま死ぬのかと思うと、死にそうな身体でも、心だけはどうしても行ききれません」と語り、二人で泣いた。
一方、実母の北の方も「どうしてまず私に顔を見せようと思わないのです。私は少しでも具合が悪い時には、大勢の子の中でも何より先にあなたに会いたくなり、頼りに思うのに」と恨む。それももっともなので、柏木は「人より先に私を育ててくださったからこそ、今もこうして大切に思ってくださるのでしょう。こんな命の瀬戸際に、お顔を見せずにいるのは罪深い。もしもう駄目だと聞かれたら、姫宮も人目を忍んで見に来てください。きっと、もう一度お会いできます」と女二の宮へ泣きながら言い残し、実家へ移った。
実家では父母があらゆる手を尽くした。しかし柏木は突然激しく苦しむというより、何かに少しずつ引き込まれていくように、日に日に弱っていく。何か月もろくに食べていなかったうえ、ほんの柑子一つにすら触れない。当代随一の才人がこのようになったので、世間じゅうが惜しみ、見舞いに来ない人はいなかった。内裏からも冷泉院からもたびたび見舞いが届き、六条院の源氏も「本当に惜しいことだ」と驚き、父の大臣へ何度も心のこもった消息を送った。夕霧はもともと柏木と特別に親しいので、しきりに出入りして嘆いていた。
それでも朱雀院の御賀は、何度も延期されてきたこともあり、二十五日に行うことになった。今を時めく上達部である柏木が重病で、父母も兄弟も、高貴な妻も皆が嘆き沈んでいる時だけに、華やかな賀を催すにはどこか気の進まない空気もあった。それでも、もうこれ以上やめることのできない行事だった。源氏は何より、柏木の妻である女二の宮の胸中を気の毒に思った。
いつものように五十の寺へは御誦経を命じ、また朱雀院がお住まいの御寺にも、摩訶毘盧遮那の――
