『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(10)第179段~第199段|読みやすいふりがな付き

目次

第179段「宮仕人の里なども」

 宮仕人みやづかへびとさとなども、おやども二人ふたりあるはいとよし。

 ひとしげくり、おくのかたにあまた声々こゑごゑさまざまこえ、うまおとなどして、いとさわがしきまであれど、とがもなし。

 されど、しのびてもあらはれても、おのづから、

でたまひにけるをえしらで」

 とも、また、

「いつかまゐりたまふ」

 などいひに、さしのぞきるもあり。

 こころかけたるひと、はたまたいかがは。かどあけなどするを、うたてさわがしうおほやうげに、夜中よなかまでなどおもひたるけしき、いとにくし。

大御門おほみかどはしつや」

 などふなれば、

「いま。まだひとのおはすれば」

 などいふものの、なまふせがしげにおもひていらふるにも、

ひとでたまひなば、とくさせ。このごろ盗人ぬすびといとおほかなり。あやふし」

 などいひたるが、いとむつかしう、うちひとだにあり。

 このひとともなるものどもはわびぬにやあらむ、このかくいまやづるとえずさしのぞきてけしきものどもをわらふべかめり。まねうちするをかば、ましていかにきびしきいひとがめむ。いといろにいでていはぬも、おもこころなきひとは、かならずなどやはする。されど、すくよかなるは、

ふけぬ。御門みかどあやふかなり」

 などわらひてでぬるもあり。まことにこころざしことなるひとは、

「はや」

 などあまたたびらはるれど、なほゐかせば、たびたびありくに、けぬべきけしきを、いとめづらかにおもひて、

「いみじう、御門みかど今宵こよひらいさうとあけひろげて」

 とこえごちて、あぢきなくあかつきにぞさすなるは、いかがはにくきを。おやひぬる、なほさぞある。まいて、まことのならぬは、いかにおもふらむとさへつつまし。せうとのいへなども、けにくきはさぞあらむ。

 夜中よなかあかつきともなく、かどもいとこころかしこうももてなさず、なにのみや内裏うちわたり、殿どのばらなる人々ひとびとであひなどして、格子かうしなどもあげながらふゆをゐかして、ひとでぬるのちいだしたるこそをかしけれ。有明ありあけなどは、ましていとめでたし。ふえなどきてでぬる名残なごりは、いそぎてもねられず、ひとのうへどもいひあはせてうたなどかたくままに、りぬるこそをかしけれ。

第180段「ある所になにの君とかや」

「あるところに、なにのきみとかやいひけるひとのもとに、君達きんだちにはあらねど、そのころいたうすいたるものにいはれ、こころばせなどあるひとの、九月くぐわつばかりにいきて、有明ありあけのいみじうりみちておもしろきに、名残なごりおもでられむとことばをつくしてづるに、いまはぬらむととほおくるほど、えもいはずえんなり。づるかたせてたちかへり、立蔀たてじとみあひだかげにそひてちて、なほいきやらぬさまに、いまひとたびいひらせむとおもふに、有明ありあけつきのありつつもと、しのびやかにうちいひてさしのぞきたる、かみかしらにもよりず、五寸ごすんばかりがりて、をさしともしたるやうなりけるに、つきひかりもよほされて、おどろかるる心地ここちのしければ、やをらでにけり」

 とこそかたりしか。

第181段「雪のいと高うはあらで」

 ゆきのいとたかうはあらで、うすらかにりたるなどは、いとこそをかしけれ。

 また、ゆきのいとたかもりたる夕暮ゆふぐれより、端近はしぢかう、おなこころなるひとふたり三人みたりばかり、火桶ひをけなかゑて物語ものがたりなどするほどに、くらうなりぬれど、こなたにはもともさぬに、おほかたのゆきひかりいとしろえたるに、火箸ひばししてはひなどきすさみて、あはれなるも、をかしきも、はせたるこそをかしけれ。

 よひもやぎぬらむとおもふほどに、くつおとちかこゆれば、あやしといだしたるに、時々ときどきかやうのをりに、おぼえなくゆるひとなりけり。

今日けふゆきを、いかにとおもひやりこえながら、なでふことにさはりて、そのところらしつる」

 などふ。

今日けふむ」

 などやうのすぢをぞふらむかし。ひるありつることどもなどうちはじめて、よろづのことをふ。円座わらふだばかりさしいでたれど、かたかたあししたながらあるに、かねおとなどもこゆるまで、うちにもそとにも、このふことはかずぞおぼゆる。

 けぐれのほどにかへるとて、

ゆきなにのやまてり」

 としたるは、いとをかしきものなり。をんなかぎりしては、さもえかさざらましを、ただなるよりはをかしう、すきたるありさまなどはせたり。

第182段「村上の前帝の御時に」

 村上むらかみ前帝せんだい御時おんときに、ゆきのいみじうりたりけるを、様器やうきらせたまひて、うめはなして、つきのいときに、

「これにうたよめ。いかがふべき」

 と、兵衛ひやうゑ蔵人くらうどたまはせたりければ、

雪月花せつげつくわとき

 とそうしたりけるこそ、いみじうめでさせたまひけれ。

うたなどよむはつねなり。かくをりにあひたることなむひがたき」

 とぞ、おほせられける。

 おなひと御供おんともにて、殿上てんじやうひとさぶらはざりけるほど、たたずませたまひけるに、炭櫃すびつけぶりちければ、

「かれはなにぞとよ」

 とおほせられければ、かへまゐりて、

わたつうみおきにこがるるものればあまのつりしてかへるなりけり

 とそうしけるこそをかしけれ。かへるりて、くるなりけり。

第183段「御形の宣旨の」

 御形みあれ宣旨せんじの、うへに、五寸ごすんばかりなる殿上童てんじやうわらはのいとをかしげなるをつくりて、みづらひ、装束さうぞくなどうるはしくして、なかにかきて、たてまつらせたまひけるを、

「ともあきらの大君おほきみ

 とかいたりけるを、いみじうこそきようぜさせたまひけれ。

第184段「宮にはじめて参りたるころ」

 みやにはじめてまゐりたるころ、もののはづかしきことのかずらず、なみだちぬべければ、夜々よなよなまゐりて、三尺さんじやく御几帳みきちやううしろにさぶらふに、などりいでてせさせたまふを、にてもえさしいづまじう、わりなし。

「これは、とあり、かかり。それが、かれが」

 などのたまはす。高坏たかつきまゐらせたる御殿油おんとなぶらなれば、かみすぢなども、なかなかひるよりも顕証けそうえてまばゆけれど、ねんじてなどす。いとつめたきころなれば、さしいでさせたまへる御手おんてのはつかにゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅うすこうばいなるは、かぎりなくめでたしと、らぬ里人さとびと心地ここちには、かかるひとこそはにおはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもりまゐらする。

 あかつきにはとくりなむといそがるる。

葛城かづらきかみもしばし」

 などおほせらるるを、いかでかはすぢかひ御覧ごらんぜられむとて、なほしたれば、御格子みかうしまゐらず。

 女官にようくわんどもまゐりて、

「これ、はなたせたまへ」

 などふをきて、女房にようばうはなつを、

「まな」

 とおほせらるれば、わらひてかへりぬ。ものなどはせたまひ、のたまはするに、ひさしうなりぬれば、

りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。さりは、とく」

 とおほせらる。ゐざりかくるるやおそきと、あげちらしたるに、ゆきりにけり。登花殿とうくわでん御前おまへは、立蔀たてじとみちかくてせばし。ゆきいとをかし。

 ひるかた

今日けふは、なほまゐれ。ゆきにくもりてあらはにもあるまじ」

 など、たびたびせば、このつぼねのあるじも、

見苦みぐるし。さのみやはこもりたらむとする。あへなきまで御前おまへゆるされたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。おもふにたがふはにくきものぞ」

 と、ただいそがしにいだしたつれば、あれにもあらぬ心地ここちすれどまゐるぞ、いとくるしき。

 火焼屋ひたきやうへみたるも、めづらしうをかし。

 御前おまへちかくは、れいの、炭櫃すびつこちたくおこして、それにはわざとひともゐず。みやぢん御火桶おんひをけ梨絵なしゑしたるにむかひておはします。上臈じやうらふおんまかなひしたまひけるままに、ちかさぶらふ。つぎ長炭櫃ながすびつなくゐたる人々ひとびと唐衣からぎぬれたるほど、なれやすらかなるをるもいとうらやまし。御文おんふみりつぎ、ちがふさまなどの、つつましげならず、ものいひゑわらふ。いつのにか、さやうにまじらひならむとおもふさへぞつつましき。おくりて、三四人みたりよたりさしつどひてなどるもあめり。しばしありて、前駆さきたかう、こゑすれば、

殿どのまゐらせたまふなり」

 とて、りたるものどもりやりなどするに、いかでおりなむとおもへど、さらにえふともみじろかねば、いますこおくりて、さすがにゆかしきなめりと、御几帳みきちやうほころびよりはつかにれたり。

 大納言だいなごん殿どのまゐりたまへるなりけり。御直衣おほむなほし指貫さしぬきむらさきいろゆきうつえていみじうをかし。はしらもとにゐたまひて、

昨日きのふ今日けふ物忌ものいみにはべりつれど、ゆきのいたくりはべりつれば、おぼつかなさになむ」

 とまうしたまふ。

みちもなしとおもひつるに、いかで」

 とぞおんいらへある。うちわらひたまひて、

「あはれともや御覧ごらんずるとて」

 などのたまふ、おんありさまども、これより何事なにごとかはまさらむ。物語ものがたりに、いみじうくちにまかせてひたるにたがはざめりとおぼゆ。

 みやは、しろ御衣おんぞどもに、くれなゐ唐綾からあやをぞうへにたてまつりたる。

 御髪みぐしのかからせたまへるなど、にかきたるをこそ、かかることはしに、うつつにはまだらぬを、ゆめ心地ここちぞする。女房にようばうとものひ、たはぶれごとなどしたまふ。おんいらへを、いささかはづかしともおもひたらずこえかへし、そらごとなどのたまふは、あらがひろんじなどこゆるは、もあやに、あさましきまで、あいなう、おもてぞあかむや。おんくだものまゐりなど、とりはやして、御前おまへにもまゐらせたまふ。

御帳みちやううしろなるは、たれぞ」

 とひたまふなるべし。さかすにこそはあらめ、ちておはするを、なほほかへにやとおもふに、いとちかうゐたまひて、ものなどのたまふ。まだまゐらざりしよりきおきたまひけることなど、

「まことにや、さありし」

 などのたまふに、御几帳みきちやうへだてて、よそにやりたてまつりつるだにはづかしかりつるに、いとあさましう、さしかひこえたる心地ここち、うつつともおぼえず。行幸みゆきなどるをり、くるまかたにいささかもおこせたまへば、下簾したすだれひきふたぎて、透影すきかげもやとあふぎをさしかくすに、なほいとわがこころながらもおほけなく、いかでちいでしにかと、あせあえていみじきには、何事なにごとをかはいらへもこえむ。

 かしこきかげとささげたるあふぎをさへりたまへるに、ふりかくべきかみのおぼえさへあやしからむとおもふに、すべて、さるけしきもこそはゆらめ。とくちたまはなむとおもへど、あふぎまさぐりにして、のこと、

「たがかかせたるぞ」

 などのたまひて、とみにもたまはねば、そでをおしあててうつぶしゐたるも、唐衣からぎぬしろいものうつりて、まだらならむかし。

 ひさしくゐたまへるを、こころなう、くるしとおもひたらむと心得こころえさせたまへるにや、

「これたまへ。これはたがぞ」

 とこえさせたまふを、

「たまはりてはべらむ」

 とまうしたまふを、

「なほ、ここへ」

 とのたまはす。

ひとをとらへててはべらぬなり」

 とのたまふも、いといまめかしく、のほどにあはず、かたはらいたし。ひと草仮名さうがなきたる草子さうしなど、とりいでて御覧ごらんず。

「たれがにかあらむ。かれにせさせたまへ。それぞ、にあるひとはみなりてはべらむ」

 など、ただいらへさせむと、あやしきことどもをのたまふ。

 ひとところだにあるに、また前駆さきうちはせて、おな直衣なほしひとまゐりたまひて、これはいますこしはなやぎ、猿楽言さるがうごとなどしたまふを、わらきようじ、われ

「なにがしが、とあること」

 など、殿上人てんじやうびとのうへなどまうしたまふをくは、なほ、変化へんげもの天人てんにんなどのくだりきたるにやとおぼえしを、さぶられ、ごろぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。

 かく人々ひとびとも、みないへのうちいでそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、くわんじもてゆくに、おのづから面慣おもなれぬべし。

 ものなどおほせられて、

われをばおもふや」

 とはせたまふ。

 おんいらへに、

「いかがは」

 とけいするにあはせて、台盤所だいばんどころかたに、はなをいとたかくひたれば、

「あな心憂こころう。そらごとをいふなりけり。よし、よし」

 とてらせたまひぬ。

「いかでかそらごとにはあらず。よろしうだにおもこえさすべきことかは。はなこそはそらごとしけれ」

 とおぼゆ。

 さても、たれかかくにくきわざしつらむと、おほかたこころづきなしとおぼゆれば、さるをりもおしひしぎつつあるものを、まいていみじ、にくしとおもへど、まだうひうひしければ、ともかくもえけいしかへさで、けぬれば、りたる、すなはち、浅緑あさみどりなる薄様うすやうえんなるふみをこれとてたる。あけてれば、

「いかにしていかにらましいつはりを空似そらにただすのかみなかりせば

となむおんけしきは」

 とあるに、めでたくもくちをしうもおもみだるるに、なほ昨夜よべひとぞねたくにくままほしき。

「うすささそれにもよらぬはなゆゑにうきのほどをるぞわびしき

なほこればかりはけいしなほさせたまへ。しきかみもおぼづからもいとかしこし」

 とてまゐらせてのちにも、うたてをりしも、などてさはたありけむと、いとなげかし。

第185段「したり顔なるもの」

 したりがほなるもの 正月しやうぐわつ一日ついたち最初さいしよにはなひたるひと。よろしきひとはさしもなし。下﨟げらふよ。きしろふたびの蔵人くらうどなしたるひとのけしき。また、除目ぢもくにそのとしいちくにたるひと。よろこびなどいひて、

「いとかしこうなりたまへり」

 などいふいらへに、

「なにかは。いとことやうにほろびてはべるなれば」

 などいふも、いとしたりがほなり。

 また、いふひとおほく、いどみたるなかに、りて婿むこになりたるも、われはとおもひぬべし。受領ずりやうしたるひと宰相さいしやうになりたるこそ、もとのきみたちのなりあがりたるよりもしたりがほにけだかう、いみじうはおもひためれ。

第186段「位こそなほめでたき物はあれ」

 くらゐこそなほめでたきものはあれ。おなじひとながら、大夫たいふきみ侍従じじゆうきみなどこゆるをりは、いとあなづりやすきものを、中納言ちゆうなごん大納言だいなごん大臣おとどなどになりたまひては、むげにせくかたもなく、やむごとなうおぼえたまふことのこよなさよ。ほどほどにつけては、受領ずりやうなどもみなさこそはあめれ。あまたくににいき、大弍だいに四位しゐ三位さんみなどになりぬれば、上達部かんだちめなどもやむごとながりたまふめり。

 をんなこそなほわろけれ。内裏うちわたりに、おん乳母めのと内侍ないしのすけ、三位さんみなどになりぬればおもしろけれど、さりとてほどよりぎ、なにばかりのことかはある。

 また、おほくやはある。受領ずりやうきたかたにてくにへくださるをこそは、よろしきひとのさいはひのきはおもひてめでうらやむめれ。ただひと上達部かんだちめきたかたになり、上達部かんだちめおんむすめきさきにゐたまふこそは、めでたきものなめれ。

 されど、をとこはなほわかきのなりいづるぞいとめでたしかし。法師ほふしなどのなにがしなどいひてありくは、なにとかはゆる。きやうたふとくよみ、みめきよげなるにつけても、女房にようばうにあなづられてなりかかりこそすめれ。僧都そうづ僧正そうじやうになりぬれば、ほとけのあらはれたまへるやうに、おぢまどひかしこまるさまは、なににかたる。

第187段「かしこきものは」

 かしこきものは、乳母めのとのをとここそあれ。みかど親王みこたちなどは、さるものにておきたてまつりつ。そのつぎつぎ、受領ずりやういへなどにも、ところにつけたるおぼえのわづらはしきものにしたれば、したりがほに、わが心地ここちもいとよせありて、このやしなひたるをも、むげにわがものになして、をんなはされどあり、男児をのこごはつとたちそひて後見うしろみ、いささかもかのおんことにたがふものをばつめたて、讒言ざんげんし、あしけれど、これがをばこころにまかせていふひともなければ、ところ、いみじき面持おももちして、ことおこなひなどす。

 むげにをさなきほどぞすこしひとわろき。おやまへすれば、ひとりつぼねしたり。さりとてほかへいけば、ことこころありとてさわがれぬべし。しひてびおろしてしたるに、

「まづまづ」

 とばるれば、ふゆなど、ひきさがしひきさがしのぼりぬるがいとわびしきなり。それはよきところもおなじこと、いますこしわづらはしきことのみこそあれ。

第188段「病は」

 やまひは むね。もののけ。あしのけ。はては、ただそこはかとなくてものはれぬ心地ここち

第189段「十八九ばかりの人の」

 十八九じふはちくばかりのひとの、かみいとうるはしくてたけばかりに、すそいとふさやかなる、いとようえて、いみじういろしろう、かほ愛敬あいぎやうづき、よしとゆるが、をいみじうみて、額髪ひたひがみもしとどにきぬらし、みだれかかるもらず、おもてもいとあかくて、おさへてゐたるこそをかしけれ。

第190段「八月ばかりに」

 八月はちぐわつばかりに、しろひとへなよらかなるに、はかまよきほどにて、紫苑しをんきぬのいとあてやかなるをひきかけて、むねをいみじうめば、ともだちの女房にようばうなど、数々かずかずつつとぶらひ、そとのかたにも、わかやかなる君達きんだちあまたて、

「いといとほしきわざかな。れいもかうやなやみたまふ」

 など、ことなしびにいふもあり。

 こころかけたるひとは、まことにいとほしとおもひなげき、ひとれぬなかなどは、ましてひとおもひて、るにもちかくえらず、おもひなげきたるこそをかしけれ。

 いとうるはしうながかみをひきひて、ものつくとてきあがりたるけしきもらうたげなり。

 うへにもきこしめして、御読経みどきやうそうこゑよきたまはせたれば、几帳きちやうひきよせてすゑたり。ほどもなきせばさなれば、とぶらひひとあまたきて、きやうきなどするもかくれなきに、をくばりてみゐたるこそ、つみらむとおぼゆれ。

第191段「すきずきしくてひとり住みする人の」

 すきずきしくてひとりみするひとの、よるはいづくにやありつらむ、あかつきかへりて、やがてきたる、ねぶたげなるけしきなれど、すずりとりよせてすみこまやかにおしすりて、ことなしびにふでまかせてなどはあらず、こころとどめてく、まひろげ姿すがたもをかしうゆ。

 しろききぬどものうへに、山吹やまぶきくれなゐなどぞたる。しろき単衣ひとへのいたうしぼみたるを、うちまもりつつきはてて、まへなるひとにもとらせず、わざとちて、小舎人童こどねりわらは、つきづきしき随身ずいじんなどちかせて、ささめきとらせて、ぬるのちもひさしうながめて、きやうなどのさるべき所々ところどころ、しのびやかにくちずさびにみゐたるに、おくかた御粥おかゆ手水てうづなどしてそそのかせば、あゆみりても、文机ふづくゑにおしかかりてなどをぞる。おもしろかりけるところたかううちしたるも、いとをかし。

 あらひて、直衣なほしばかりうちて、ろくまきそらにむ、まことにたふときほどに、ちかところなるべし、ありつる使つかひうちけしきばめば、ふとみさして、かへりごとにこころうつすこそ、つみらむとをかしけれ。

第192段「いみじう暑き昼中に」

 いみじうあつ昼中ひるなかに、いかなるわざをせむと、あふぎかぜもぬるし、氷水ひみづをひたし、もてさわぐほどに、こちたうあか薄様うすやうを、唐撫子からなでしこのいみじうきたるにむすびつけて、とりれたるこそ、きつらむほどのあつさ、こころざしのほどあさからずおしはかられて、かつ使つかひつるだにあかずおぼゆるあふぎもうちかれぬれ。

第193段「南ならずは東の廂の板の」

 みなみならずはひむがしひさしいたの、かげゆばかりなるに、あざやかなるたたみをうちきて、三尺さんじやく几帳きちやう帷子かたびらいとすずえたるをおしやれば、ながれておもふほどよりもぎててるに、しろき生絹すずし単衣ひとへくれなゐはかま宿直物とのゐものには、きぬのいたうはえぬを、すこしひきかけてしたり。

 灯篭とうろともしたる、二間ふたまばかりさりて、すだれたかうあげて、女房にようばう二人ふたりばかり、わらはなど、長押なげしによりかかり、また、おろしたるすだれにそひてしたるもあり。火取ひとりふかうづみて、心細こころぼそげににほはしたるも、いとのどやかに、こころにくし。

 よひうちぐるほどに、しのびやかにかどたたくおとのすれば、れいこころりのひとて、けしきばみちかくし、ひとまもりてれたるこそ、さるかたにをかしけれ。

 かたはらにいとよく琵琶びはのをかしげなるがあるを、物語ものがたりのひまひまに、おともたてず、爪弾つまびきにかきらしたるこそをかしけれ。

第194段「大路近なる所にて聞けば」

 大路おほぢちかなるところにてけば、くるまりたるひとの、有明ありあけのをかしきにすだれあげて、

遊子いうしはなほのこりのつきく」

 といふを、こゑよくてしたるもをかし。

 うまにても、さやうのひとくはをかし。さやうのところにてくに、泥障あをりおとゆるを、いかなるものならむと、するわざもうちきてるに、あやしのものつけたる、いとねたし。

第195段「ふと心劣りとかするものは」

 ふと心劣こころおとりとかするものは、をとこをんなも、言葉ことば文字もじいやしう使つかひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ。ただ文字もじひとつに、あやしう、あてにもいやしうもなるは、いかなるにかあらむ。さるは、かうおもひと、ことにすぐれてもあらじかし。いづれをよしあしとるにかは。されど、ひとをばらじ、ただ心地ここちにさおぼゆるなり。

 いやしきこともわろきことも、さとりながらことさらにひたるはあしうもあらず。わがもてつけたるを、つつみなくひたるは、あさましきわざなり。

 また、さもあるまじきいたるひとをとこなどの、わざとつくろひ、ひなびたるは、にくし。まさなきことも、あやしきことも、大人おとななるは、まのもなくひたるを、わかひとは、いみじうかたはらいたきことにりたるこそ、さるべきことなれ。

 何事なにごとひても、

「そのことさせむとす」

はむとす」

なにとせむとす」

 といふと文字もじうしなひて、ただ

はむずる」

さとでむずる」

 などへば、やがていとわろし。まいて、ふみいてはふべきにもあらず。物語ものがたりなどこそ、あしうきなしつれば、ふかひなく、つくひとさへこそいとほしけれ。

「ひてつくるまに」

 とひしひともありき。

もとむ」

 といふことを

「みとむ」

 なんどは、みなふめり。

第196段「宮仕人のもとに来などする男の」

 宮仕人みやづかへびとのもとになどするをとこの、そこにてものふこそいとわろけれ。はするひとも、いとにくし。おもはむひとの、

「なほ」

 などこころざしありていはむを、みたらむやうにくちをふたぎ、かほをもてのくべきことにもあらねば、ひをるにこそはあらめ。いみじうひて、わりなくよるふけてとまりたりとも、さらに湯漬ゆづけをだにはせじ。こころもなかりけりとてずは、さてありなむ。さとなどにて、北面きたおもてよりいだしては、いかがはせむ。それだになほぞある。

第197段「風は」

 かぜは あらし三月やよひばかりの夕暮ゆふぐれにゆるくきたる雨風あめかぜ

第198段「八九月ばかりに」

 はづき九月ながつきばかりにあめにまじりてきたるかぜ、いとあはれなり。あめあしよこさまにさわがしうきたるに、なつとほしたる綿衣わたぎぬのかかりたるを、生絹すずし単衣ひとへかさねてたるも、いとをかし。この生絹すずしだにいとところせくあつかはしく、とりてまほしかりしに、いつのほどにかくなりぬるにか、とおもふもをかし。

 あかつき格子かうし妻戸つまどをおしあけたれば、あらしのさとがほにしみたるこそ、いみじくをかしけれ。

第199段「九月つごもり十月の頃」

 九月ながつきのつごもり、十月かんなづきころそらうちくもりてかぜのいとさわがしくきて、なるどものほろほろとこぼれつる、いとあはれなり。さくらむくこそ、いととくはつれ。

 十月かんなづきばかりに、木立こだちおほかるところにはは、いとめでたし。

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