『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(2)第25段~第36段|読みやすいふりがな付き

目次

第25段「すさまじきもの」

 すさまじきもの。ひるゆるいぬはる網代あじろやよひ四月うづき紅梅こうばいきぬうしにたるうしかひ乳児ちごくなりたる産屋うぶやおこさぬ炭櫃すびつ地下炉ぢかろ博士はかせのうちつづき女子をんなごませたる。方違かたたがへにきたるに、あるじせぬところ。まいて節分せちぶんなどは、いとすさまじ。

 ひとくによりおこせたるふみの、ものなき。きやうのをもさこそおもふらめ、されどそれはゆかしきことどもをもあつめ、にあることなどをもけば、いとよし。

 ひとのもとにわざときよげにきてやりつるふみ返事かへりごと、いまはもてぬらむかし、あやしうおそき、とつほどに、ありつるふみ立文たてぶみをもむすびたるをも、いときたなげにりなしふくだめて、うへきたりつるすみなどえて、

「おはしまさざりけり」

 もしは、

御物忌おんものいみとてれず」

 とひてもてかへりたる、いとわびしくすさまじ。

 また、かならべきひとのもとにくるまをやりてつに、おとすれば、さななりと人々ひとびとでてるに、車宿くるまやどりにさらにれて、ながえほうとうちろすを、

「いかにぞ」

 とへば、

今日けふはほかへおはしますとて、わたりたまはず」

 などうちひて、うしかぎでてぬる。

 また、いへうちなる男君をとこぎみずなりぬる、いとすさまじ。さるべきひと宮仕みやづかへするがりやりて、づかしとおもひゐたるほど、いとあいなし。乳児ちご乳母めのとの、ただあからさまにとてでぬるほど、とかくなぐさめて、

「とく

 とひやりたるに、

今宵こよひはえまゐるまじ」

 とてかへおこせたるは、すさまじきのみならず、いとにくくわりなし。をんなむかふるをとこ、まいていかならむ。ひとあるところに、よるすこけて、しのびやかにかどたたけば、むねすこしつぶれて、ひとだしてはするに、あらぬよしなきもの名乗なのりしてたるも、かへすがへすすさまじとふはおろかなり。

 験者げんざもの調てうずとて、いみじうしたりがほに、独鈷とこ数珠ずずなどたせ、せみこゑしぼだしてみゐたれど、いささかりげもなく、護法ごほふもつかねば、あつまりゐねんじたるに、をとこをんなもあやしとおもふに、ときはるまでこうじて、

「さにあらず。ちね」

 とて、数珠ずずかへして、

「あな、いとげんなしや」

 とうちひて、ひたひよりうへざまにさくりげ、あくびおのれうちして、しぬる。

 いみじうねぶたしとおもふに、いとしもおぼえぬひとの、こして、せめてものふこそ、いみじうすさまじけれ。

 除目ぢもくつかさひといへ今年ことしかならずときて、はやうありしものどもの、ほかほかなりつる田舎ゐなかだちたるところものなど、みなあつまりて、くるまながえひまなくえ、ものまうでするともに、われわれもとまゐりつかうまつり、ものひ、さけみ、ののしりあへるに、つるあかつきまでかどたたくおともせず、あやしうなどみみててけば、前駆さき声々こゑごゑなどして、上達部かんだちめなどみなでたまひぬ。ものきに、よひよりさむがりわななきをりける下衆げすをとこ、いとものげにあゆるを、ものどもはえひにだにはず。

 ほかよりたるものなどぞ、

殿どのなににかならせたまひたる」

 などふに、いらへには、

「なにの前司ぜんじにこそは」

 などぞかならいらふる。まことにたのみけるものは、いとなげかしとおもへり。つとめてになりて、ひまなくりつるものども、一人ひとり二人ふたりすべりでてぬ。ふるものどもの、さもえはなるまじきは、来年らいねん国々くにぐにりてうちかぞへなどして、ゆるぎありきたるも、いとほしうすさまじげなり。

 よろしうみたるとおもうたひとのもとにやりたるに、かへしせぬ。懸想人けさうびとはいかがせむ、それだにをりをかしうなどある返事かへりごとせぬは、心劣こころおとりす。また、さわがしうときめきたるところに、うちふるめきたるひとの、おのれがつれづれといとまおほかるならひに、むかしおぼえてことなることなきうたみておこせたる。もののをりのあふぎ、いみじとおもひて、こころありとりたるひとにとらせたるに、そのになりて、おもはずなるなどきてたる。

 産養うぶやしなひ、むまのはなむけなどの使つかひに、ろくとらせぬ。はかなき薬玉くすだま卯槌うづちなどもてありものなどにも、なほかならずとらすべし。おもけぬことにたるをば、いと甲斐かひありとおもふべし。これはかならずさるべき使つかひおもひ、こころときめきしてきたるは、ことにすさまじきぞかし。

 婿取むことりして四五年しごねんまで産屋うぶやさわぎせぬところも、いとすさまじ。大人おとななるどもあまた、ようせずは、むまごなどもありきぬべきひとおやどち昼寝ひるねしたる。かたはらなるどもの心地ここちにも、おや昼寝ひるねしたるほどは、よりところなくすさまじうぞあるかし。寝起ねおきてぶるは、腹立はらだたしうさへぞおぼゆる。

 十二月じふにぐわつのつごもりの長雨ながあめ

一日ひとひばかりの精進さうじん解斎げさい

 とやいふらむ。

第26段「たゆまるるもの」

 たゆまるるもの 精進さうじおこなひ。とほいそぎ。てらひさしくもりたる。

第27段「人に侮らるるもの」

 ひとあなづらるるもの 築土ついぢくづれ。あまりこころよしとひとられぬるひと

第28段「にくきもの」

 にくきもの いそぐことあるをり長言ながごとするまらうど。あなづりやすきひとならば、

のちに」

 とてもやりつべけれど、さすがに心恥こころはづかしきひと、いとにくくむつかし。

 すずりかみりてすられたる。また、すみなかいしのきしきしときしりたる。

 にはかにわづらふひとのあるに、験者げんざもとむるに、れいあるところにはなくて、ほかにたづありくほどに、いとどほひさしきに、からうじてちつけて、よろこびながら加持かぢせさするに、このころものにあづかりて、こうじけるにや、ゐるままにすなはちねぶごゑなる、いとにくし。

 なでふことなきひとの、がちにてものいたうひたる。火桶ひをけ炭櫃すびつなどに、うらうちかへしうちかへし、べなどしてあぶもの。いつかわかやかなるひとなど、さはしたりし。いばみたるものこそ、火桶ひをけはたあしをさへもたげて、ものふままにりなどはすらめ。さやうのものは、ひとのもとにて、ゐむとするところを、まづあふぎしてこなたかなたあふらして、ちりて、さだまらずひろめきて、狩衣かりぎぬまへれてもゐるべし。かかることは、甲斐かひなきものきはにやとおもへど、すこしよろしきもの式部しきぶ大夫たいふなどもいひしがせしなり。

 また、さけみてあめき、くちをさぐり、ひげあるものはそれをなで、さかづき、ことひとらするほどの気色けしき、いみじうにくしとゆ。また、

め」

 とふなるべし、ふるひをし、かしらり、口脇くちわきをさへひきたれて、わらはべの、

「こふ殿どのまゐりて」

 などうたふやうにする、それはしも、まことによきひとのしたまひしをしかば、こころづきなしとおもふなり。

 ものうらやみし、うへなげき、ひとうへひ、露塵つゆちりのこともゆかしがり、かまほしうして、らせぬをばゑんじ、そしり、また、わづかにたることをば、われもとよりりたることのやうに、ことひとにもかた調しらぶるも、いとにくし。

 ものかむとおもふほどに乳児ちごからすあつまりてちがひ、さめききたる。

 しのびてひと見知みしりてゆるいぬ。あながちなるところかくせたるひとの、いびきしたる。

 また、しのところ長烏帽子ながえぼしして、さすがにひとえじとまどるほどに、ものさはりて、そよろといはせたる。伊予簾いよすだれなどけたるにうちかづきて、さらさらとらしたるも、いとにくし。

 帽額もかうすだれは、まして、こはじのうちかるるおと、いとしるし。それも、やをらげてるは、さらにらず。遣戸やりどあらくるも、いとあやし。すこしもたぐるやうにしてくるは、りやはする。しうくれば、障子さうじなども、ごほめかしうほとめくこそしるけれ。

 ねぶたしとおもひてしたるに、細声ほそごゑにわびしげに名乗なのりて、かほのほどにありく。羽風はかぜさへそののほどにあるこそ、いとにくけれ。

 きしめくくるまりてあるものみみかぬにやあらむと、いとにくし。わがりたるは、そのくるまあるじさへにくし。

 また、物語ものがたりするに、でしてわれひとりさいまくるもの。すべてさしでは、わらは大人おとなも、いとにくし。あからさまにたる子供こどもわらはべに見入みいれ、らうたがり、をかしきものらせなどするに、ならひて、つねつつ、りて調度でうどらしぬる、いとにくし。

 いへにても、宮仕みやづかところにても、はでありなむとおもひとたるに、空寝そらねをしたるを、わがもとにあるものこしにて、いぎたなしとおもがほるがしたる、いとにくし。今参いままゐりの、さしえて、ものがほをしへやうなることひ、後見うしろみたる、いとにくし。

 わがひとにてあるひとの、はやうをんなのことでなどするも、ほどたることなれど、なほにくし。まして、たらむこそおもひやらるれ。されど、なかなかさしもあらぬなどもありかし。

 はなひて誦文ずもんする。おほかた、ひといへ男主をとこあるじならでは、たかくはなひたる、いとにくし。

 のみもいとにくし。きぬしたをどありきて、もたぐるやうにする。いぬ諸声もろごゑに、長々ながながげたる、まがまがしくさへにくし。

 けてところてぬひと、いとにくし。

第29段「心ときめきするもの」

 こころときめするもの すずめ子飼こがひ。乳児ちごあそばするところまへわたる。よき薫物たきものたきて一人ひとりしたる。唐鏡からかがみすこくらたる。よきをとこくるまとどめて案内あないし、はせたる。

 かしらあらひ、化粧けさうじて、かうばしうみたるきぬなどたる。ことにひとなきところにても、こころのうちは、なほいとをかし。ひとなどのあるあめおとかぜきゆるがすも、ふとおどろかる。

第30段「過ぎにし方恋しきもの」

 ぎにしかたこひしきもの れたるあふひ雛遊ひひなあそびの調度でうど二藍ふたあゐ葡萄染えびぞめなどのさいでの、おしへされて草子さうしなかなどにありける、見付みつけたる。

 また、をりからあはれなりしひとふみあめなどりつれづれなるさがでたる。去年こぞのかはほり。

第31段「心ゆくもの」

 こころゆくもの よくいたる女絵をんなゑの、言葉ことばをかしうつけておほかる。物見ものみのかへさに、りこぼれて、をのこどもいとおほく、うしよくものくるまはしらせたる。しろきよげなる陸奥紙みちのくにかみに、いといとほそう、くべくはあらぬふでしてふみきたる。うるはしきいとりたる、あはせぐりたる。てうばみに、てうおほくうちでたる。ものよく陰陽師おんやうじして、河原かはらでて呪詛ずそはらへしたる。よる寝起ねおきてみづ

 つれづれなるをりに、いとあまりむつまじうもあらぬまらうどのて、なか物語ものがたり、このころのあることのをかしきもにくきもあやしきも、これかれにかかりて、おほやけわたくしおぼつかなからず、きほどにかたりたる、いとこころゆく心地ここちす。

 かみてらなどにまうでてものまうさするに、てら法師ほふしやしろ禰宜ねぎなどの、くらからずさはやかに、おもふほどにもぎてとどこほらずまうしたる。

第32段「檳榔毛はのどかに」

 檳榔毛びらうげはのどかにりたる。いそぎたるはわろゆ。

 網代あじろはしらせたる。ひとかどまへなどよりわたりたるを、ふと見遣みやるほどもなくぎて、ともひとばかりはしるを、たれならむとおもふこそをかしけれ。ゆるゆるとひさしくくはいとわろし。

第33段「説経の講師は」

 説経せつきやう講師かうじかほき。講師かうじかほをつとまもらへたるこそ、そのくことのたふとさもおぼゆれ。僻目ひがめしつればふとわするるに、にくげなるはつみたらむとおぼゆ。

 このことはとどむべし。すこしとしなどのよろしきほどは、かやうのつみえがたのことはでけめ、いまつみいとおそろし。

 また、たふときこそ、道心だうしんおほかりとて、説経せつきやうすといふところごとに最初さいしよにいきゐるこそ、なほこのつみこころには、いとさしもあらでとゆれ。

 蔵人くらうどなど、むかし御前おまへなどいふわざもせず、そのとしばかりは、内裏うちわたりなどにはかげえざりける、いまはさしもあらざめる。

 蔵人くらうど五位ごゐとて、それをしもぞいそがしうつかへど、なほ名残なごりつれづれにて、こころひとつはいとまある心地ここちすべかめれば、さやうのところにぞひとたびふたたびもめつれば、つねにまでまほしうなりて、なつなどのいとあつきにも、帷子かたびらいとあざやかにて、薄二藍うすふたあゐ青鈍あをにび指貫さしぬきなど、らしてゐためり。烏帽子えぼし物忌ものいつけたるは、さるべきなれど、功徳くどくかたにはさはらずとえむとにや。そのことするひじり物語ものがたりし、くるまたつることなどをさへぞ見入みいれ、ことについたる気色けしきなる。

 ひさしうはざりつるひとまうひたる、めづらしがりて、ちかり、ものうなづき、をかしきことなどかたでて、あふぎひろひろげて、くちにあててわらひ、よく装束さうぞくし、ある数珠ずずかいまさぐり、まさぐりにして、こなたかなたうち見遣みやりなどして、くるまそしり、なにがしにてそのひとのせし八講はちかう経供養きやうくやうせしこと、とありしことかかりしこと、くらべゐたるほどに、この説経せつきやうのことはきもれず。なにかは、つねくことなれば、耳慣みみなれてめづらしうもあらぬにこそは。

 さはあらで、講師かうじゐてしばしあるほどに、前駆さきすこしおはするくるまとどめてるるひとせみよりもかるげなる直衣なほし指貫さしぬき生絹すずし単衣ひとへなどたるも、狩衣かりぎぬ姿すがたなるも、さやうにてわかほそやかなる三四人みたりよたりばかり、さぶらひもの、またさばかりしてれば、はじたる人々ひとびともすこしうちじろぎ、くつろい、高座かうざのもとちかはしらもとにゑつれば、かすかに数珠ずずみなどしてきゐたるを、講師かうじえしくおぼゆるなるべし、いかでかかたつたふばかりとでたなり。

 聴聞ちやうもんすなどたふれさわぎ、額衝ぬかつくほどにもならで、よきほどにづとて、くるまどもかたなどおこせて、われどちいふことも、何事なにごとならむとおぼゆ。見知みしりたるひとはをかしとおもふ、らぬは、たれならむ、それにやなどおもひやり、をつけて見送みおくらるるこそをかしけれ。

「そこに説経せつきやうしつ、八講はちかうしけり」

 などひとつたふるに、

「そのひとはありつや」

「いかがは」

 など、さだまりてはれたる、あまりなり。などかはむげにのぞかではあらむ。あやしからむをんなだに、いみじうくめるものを。さればとて、はじめつかたは、かちありきするひとはなかりき。たまさかには、壺装束つぼさうぞくなどして、なまめき化粧けさうじてこそはあめりしか。それもものまうでなどをぞせし。説経せつきやうなどにはことにおほこえざりき。

 このころ、そのをりでけむひといのちながくてましかば、いかばかりそしり誹謗ひばうせまし。

第34段「菩提といふ寺に」

 菩提ぼだいといふてらに、結縁けちえん八講はちかうせしにまうでたるに、ひとのもとより

「とくかへりたまひね。いとさうざうし」

 とひたれば、はちすうらに、

もとめてもかかるはちすのつゆをおきてうきにまたはかへるものかは

 ときてやりつ。

 まことにいとたふとくあはれなれば、やがてまりぬべくおぼゆるに、湘中さうちういへひとのもどかしさもわすれぬべし。

第35段「小白河といふ所は」

 小白河こしらかはといふところは、小一条こいちでう大将殿だいしやうどの御家みいへぞかし。そこにて上達部かんだちめ結縁けちえん八講はちかうしたまふ。なかひと、いみじうめでたきことにて、

おそからむくるまなどはつべきやうもなし」

 といへば、つゆとともにおきて、げにぞひまなかりけるながえうへにまたさしかさねて、みつばかりまではすこしものこゆべし。

 六月ろくぐわつとをにて、あつきことらぬほどなり。いけはちす見遣みやるのみぞいとすずしき心地ここちする。左右さう大臣達おとどたちをおきたてまつりては、おはせぬ上達部かんだちめなし。二藍ふたあゐ直衣なほし指貫さしぬき浅葱あさぎ帷子かたびらどもぞすかしたまへる。すこしおとなびたまへるは、青鈍あをにび指貫さしぬきしろはかまもいとすずしげなり。佐理すけまさ宰相さいしやうなども、みなわかやぎだちて、すべてたふときことのかぎりもあらず、をかしき見物みものなり。

 ひさしすだれたかげて、長押なげしうへに、上達部かんだちめおくきて長々ながながとゐたまへり。

 そのつぎには、殿上人てんじやうびと若君達わかぎみたち狩装束かりさうぞく直衣なほしなどもいとをかしうて、えゐもさだまらず、ここかしこにちさまよひたるもいとをかし。実方さねかた兵衛ひやうゑすけ長命侍従ちやうめいじじゆうなど、いへにていますこしれなれたり。まだわらはなるきみなど、いとをかしくておはす。

 すこしたくるほどに、三位さんみ中将ちゆうじやうとは関白くわんぱく殿どのをぞきこえし、かうのうすものの二藍ふたあゐ御直衣おほむなほし二藍ふたあゐ織物おりもの指貫さしぬき濃蘇芳こすはうした御袴おんはかまに、りたるしろ単衣ひとへのいみじうあざやかなるをたまひて、あゆりたまへる、さばかりかろすずしげなる御中おんなかに、あつかはしげなるべけれど、いといみじうめでたしとぞえたまふ。ほほ塗骨ぬりぼねなど、ほねはかはれど、ただあかかみを、おしなべて使つかひもたまへるは、撫子なでしこのいみじうきたるにぞいとよくたる。

 まだ講師かうじのぼらぬほど、懸盤かけばんして、なににかあらむ、ものまゐるなるべし。義懐よしちか中納言ちゆうなごん御様みさまつねよりもまさりておはするぞかぎりなきや。色合いろあひのはなばなと、いみじうにほひあざやかなるに、いづれともなきなか帷子かたびらを、これはまことにすべて、ただ直衣なほしひとつをたるやうにて、つねくるまどものかたおこせつつ、ものなどけたまふ、をかしとひとなかりけむ。

 のちたるくるまの、ひまもなかりければ、いけせてちたるをたまひて、実方さねかたきみに、

消息せうそこをつきづきしういひつべからむもの一人ひとり

 とせば、いかなるひとにかあらむ、りてておはしたり。

「いかがるべき」

 と、ちかたまふかぎのたまはせて、やりたまふ言葉ことばこえず、いみじう用意よういしてくるまのもとへあゆるを、かつわらひたまふ。しりかたによりていふめる。

 ひさしうてれば、

うたなどむにやあらむ。兵衛ひやうゑすけかへおもまうけよ」

 などわらひて、いつしか返事かへりごとかむと、あるかぎり、大人おとな上達部かんだちめまで、みなそなたざまに見遣みやりたまへり。げにぞけさうのひとまで見遣みやりしもをかしかりし。

 返事かへりごときたるにや、すこしあゆるほどに、あふぎでてかへせば、うたなどの文字もじあやまりてばかりや、かうはかへさむ、ひさしかりつるほど、おのづからあるべきことはなほすべくもあらじものを、とぞおぼえたる。ちかまゐくもこころもとなく、

「いかにいかに」

 と、たれもたれもひたまふ。ふともはず、権中納言ごんのちゆうなごんのたまひつれば、そこにまゐり、気色けしきばみまうす。三位さんみ中将ちゆうじやう

「とくいへ。あまり有心いうしんすぎて、しそこなふ」

 とのたまふに、

「これもただおなじことになむはべる」

 といふはこゆ。

 藤大納言とうだいなごんひとよりけにのぞきて、

「いかがひたる」

 とのたまふめれば、三位さんみ中将ちゆうじやう

「いとなほをなむりためる」

 とこえたまふに、わらひたまへば、みななにとなくさとわらこゑこえやすらむ。

 中納言ちゆうなごん

「さてかへさざりつるさきは、いかがひつる。これやなほしたること」

 とひたまへば、

「ひさしうたちてはべりつれど、ともかくもはべらざりつれば、さはかへまゐりなむとてかへりはべりつるに、よびて」

 などぞまうす。

くるまならむ、見知みしりたまへりや」

 などあやしがりたまひて、

「いざ、うたみて、このたびはやらむ」

 などのたまふほどに、講師かうじのぼりぬれば、みな居静ゐしづまりて、そなたをのみるほどに、くるまはかいけつやうにせにけり。下簾したすだれなど、ただ今日けふはじめたりとえて、こきひとへがさねに二藍ふたあゐ織物おりもの蘇芳すはう薄物うすもののうはなど、しりにもりたる、やがてひろげながらげなどして、何人なにびとならむ、なにかはまた、かたほならむことよりは、げにときこえて、なかなかいとよしとぞおぼゆる。

 朝座あさのざ講師かうじ清範せいはん高座かうざのうへもひかちたる心地ここちして、いみじうぞあるや。あつさのわびしきにそへて、しさしたることの今日けふぐすまじきをきて、ただすこしきてかへりなむとしつるに、しきなみにつどひたるくるまなれば、づべきかたもなし。朝講あさがうてなば、なほいかででなむと、まへなるくるまどもに消息せうそこすれば、ちかくたたむがうれしきまで、老上達部おいかんだちめさへわらにくむをも、れず、いらへもせで、ひてせばがりづれば、権中納言ごんのちゆうなごんの、

「やや、まかりぬるもよし」

 とて、みたまへるぞめでたき。それもみみにもとまらず、あつきにまどはしでて、ひとして、

五千人ごせんにんのうちにはらせたまはぬやうあらじ」

 とこえかけてかへりにき。

 そのはじめより、やがてつるまで、たてたるくるまのありけるに、ひとともえず、すべてただあさましう、などのやうにぐしければ、ありがたくめでたくこころにくく、いかなるひとならむ、いかでらむと、たづねたまひけるを、きたまひて、藤大納言とうだいなごんなどは、

「なにかめでたからむ。いとにくくゆゆしきものにこそあなれ」

 とのたまひけるこそをかしかりしか。

 さて、その二十日はつかあまりに、中納言ちゆうなごん法師ほふしになりたまひにしこそあはれなりしか。さくらなどりぬるも、なほつねなりや。

「おくをまつまの」

 とだにいふべくもあらぬ御有様おんありさまにこそえたまひしか。

第36段「七月ばかりいみじう暑ければ」

 七月しちぐわつばかりいみじうあつければ、よろづところけながらかすに、つきころ寝驚ねおどろきて見出みいだすに、いとをかし。やみもまたをかし。有明ありあけ、はたいふべきにもあらず。

 いとつややかなるいた端近はしぢかう、あざやかなるたたみひとひらうちきて、三尺さんじやく几帳きちやうおくかたりたるぞあぢきなき。はしにこそつべけれ。おくうしろめたからむよ。

 ひとでにけるなるべし、薄色うすいろの、うらいとくて、うへすこかへりたるならずは、あやのつややかなるが、いとえぬを、頭籠かしらごめにてぞたる。香染かうぞめ単衣ひとへ、もしは黄生絹きすずし単衣ひとへくれなゐ単衣ひとへはかまこしのいとながやかに、きぬしたよりかれたるも、まだけながらなめり。

 そとかたかみのうちたたなはりてゆるらかなるほど、ながはかられたるに、またいづこよりにかあらむ、あさぼらけのいみじうきりちたるに、二藍ふたあゐ指貫さしぬきに、あるかなきかのいろしたる香染かうぞめ狩衣かりぎぬしろ生絹すずしくれなゐとほすにこそはあらめ、つややかなる、きりにいたう湿しめりたるをぎ、びんのすこしふくだみたれば、烏帽子えぼしれたる気色けしきも、しどけなくゆ。

 朝顔あさがほつゆちぬさきふみかむと、みちのほどもこころもとなく、

麻生をふ下草したくさ

 など、くちずさみつつ、かたくに、格子かうしがりたれば、御簾みすそばをいささかげてるに、きてぬらむひともをかしう、つゆもあはれなるにや、しばしみたてれば、枕上まくらがみかたに、ほほむらさきかみりたるあふぎひろごりながらある。陸奥紙みちのくにかみ畳紙たたうがみほそやかなるが、はなくれなゐか、すこしにほひたるも、几帳きちやうのもとにちりぼひたり。

 ひとけのすれば、きぬなかよりるに、みて長押なげしかりてゐぬ。

 ぢなどすべきひとにはあらねど、くべきこころばへにもあらぬに、ねたうもえぬかな、とおもふ。

「こよなき名残なごり御朝寝おほんあさいかな」

 とて、すだれのうちになからりたれば、

つゆよりさきなるひとのもどかしさに」

 といふ。をかしきこと、とりたててくべきことならねど、とかくはす気色けしきどもはにくからず。

 まくらがみなるあふぎ、わがたるして、およびてするが、あまりちかるにや、とこころときめきして、ひきぞしたらる。りてなどして、

「うとくおぼいたること」

 などちかすめ、うらみなどするに、あかうなりて、ひと声々こゑごゑし、でぬべし。

 きりえぬべきほど、いそぎつるふみも、たゆみぬるこそうしろめたけれ。

 でぬるひとも、いつのほどにかとえて、はぎの、つゆながらりたるにつけてあれど、えでず。かみのいみじうしめたる、にほひいとをかし。あまりはしたなきほどになれば、でて、きつるところも、かくやとおもひやらるるも、をかしかりぬべし。

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