第1段「春はあけぼの」
春は、あけぼの。
やうやう白くなりゆく、山際少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。
夏は、夜。
月の頃はさらなり、闇もなほ、蛍の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
秋は、夕暮れ。
夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの連ねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。
冬は、つとめて。
雪の降りたるは、言ふべきにもあらず、霜のいと白きも、また、さらでもいと寒きに、火など急ぎ熾して、炭持て渡るも、いとつきづきし。昼になりて、温く緩びもていけば、火桶の火も白き灰がちになりて悪し。
第2段「頃は正月」
頃は、正月、三月、四月、五月、七八九月、十一二月、すべて折につけつつ、一年ながらをかし。
第3段「正月一日は」
正月一日は、まいて空の気色もうらうらと、珍しう霞こめたるに、世にありとある人は、みな姿形心ことにつくろひ、君をも我をも祝ひなどしたる、さまことにをかし。
七日、雪間の若菜摘み、あをやかに、例はさしもさるもの目近からぬ所に、もてさわぎたるこそをかしけれ。白馬みにとて、里人は車きよげに仕立て見に行く。中御門のとじきみ引きすぐるほど、頭一所にゆるぎあひて、挿櫛も落ち、用意せねば折れなどして笑ふもまたをかし。
左衛門の陣のもとに、殿上人などあまた立ちて、舎人の弓どもとりて馬どもおどろかし笑ふを、はつかに見入れたれば、立蔀などのみゆるに、主殿司、女官などの行き違ひたるこそをかしけれ。いかばかりなる人九重をならすらむ、など思ひやらるるに。
内裏にも、見るは、いとせばきほどにて、舎人の顔の衣に現れ、まことに黒きに、白き物いきつかぬ所は、雪のむらむら消え残りたる心地して、いと見苦しく、馬のあがりさわぐなどもいと恐ろしう見ゆれば、引き入られてよくも見えず。
八日、人の喜びして走らする車の音、ことに聞こえてをかし。
十五日、節供参りすゑ、粥の木引き隠して、家の御達、女房などの窺ふを、うたれじと用意して、常に後ろを心遣ひしたる気色も、いとをかしきに、いかにしたるにかあらむ、うちあてたるは、いみじう興ありてうち笑ひたるはいとはえばえし。ねたしと思ひたるもことわりなり。
新しう通ふ婿の君などの内裏へまゐるほどをも心もとなう、所につけて我はと思ひたる女房の、覗き気色ばみ、奥の方にてたたずまふを、前にゐたる人は心得て笑ふを、
「あなかま」
とまねき制すれども、女はたしらず顔にて、おほどかにてゐたまへり。
「ここなる物とりはべらむ」
など言ひてよりは、走りうちて逃ぐれば、ある限り笑ふ。男君もにくからずうち笑みたるに、ことにおどろかず、顔すこし赤みてゐたるこそをかしけれ。
また、かたみにうちて、をところさへぞうつめる。いかなる心にかあらむ、なきはらだちつつ、人をのろひ、まがまがしく言ふもあるこそをかしけれ。内裏わたりなどのやむごとなきも、今日はみな乱れてかしこまりなし。
除目の頃など、内裏わたりいとをかし。雪降り、いみじう凍りたるに、申文もて歩く。四位五位、若やかに心地よげなるはいと頼もしげなり、老いて頭白きなどが人に案内言ひ、女房の局などによりて、おのが身のかしこきよしなど、心ひとつをやりて説き聞かするを、若き人々は真似をし笑へど、いかでか知らむ。
「よきに奏したまへ、啓したまへ」
など言ひても、得たるはいとよし、得ずなりぬるこそいとあはれなれ。
第4段「三月三日は」
三月三日は、うらうらとのどかに照りたる。桃の花のいま咲き始むる。柳などをかしきこそさらなれ、それもまだ繭に籠もりたるはをかし。広ごりたるはうたてぞみゆる。
おもしろく咲きたる桜を長く折りて、大きなる瓶にさしたるこそをかしけれ。桜の直衣に出袿して、まらうどにもあれ、御せうとの君たちにても、そこ近くゐて物などうち言ひたる、いとをかし。
第5段「四月祭の頃」
四月、祭の頃いとをかし。上達部、殿上人も、上の衣の濃き薄きばかりのけぢめにて、白襲どの同じ様に、すずしげにをかし。木々の木の葉、まだいと茂うはあらで、若やかに青みわたりたるに、霞も霧も隔てぬ空の気色の、なにとなくすずろにをかしきに、すこし曇りたる夕つ方、夜など、忍びたる郭公の、遠くそらかねかとおぼゆばかり、たどたどしきを聞きつけたらむは、なに心地かせむ。
祭近くなりて、青朽葉、二藍の物ども押し巻きて、紙などに気色ばかり押し包みて、行き違ひもて歩くこそをかしけれ。裾濃、斑濃なども、常よりはをかしく見ゆ。わらはべの、頭ばかりを洗ひ繕ひて、なりはみな綻び絶え、乱れかかりたるもあるが、屐子、履などに、
「緒すげさせ。裏をさせ」
などもてさわぎて、いつしかその日にならなむと、急ぎ押し歩くも、いとをかしや。
あやしう踊り歩く者どもの、装束きしたてつれば、いみじく定者などいふ法師のやうに練りさまよふ。いかに心もとなからむ、ほどほどにつけて、親、叔母の女、姉などの、供し、繕ひて、率て歩くもをかし。
蔵人思ひしめたる人の、ふとしもえならぬが、この日青色きたるこそ、やがて脱がせでもあらばや、とおぼゆれ。綾ならぬは悪き。
第6段「同じことなれども」
同じことなれども聞き耳異なるもの。
法師の言葉。をのこの言葉。女の詞。下衆の詞には、必ず文字余りたり。
第7段「思はむ子を法師に」
思はむ子を法師になしたらむこそ、いと心苦しけれ。ただ木の端などのやうに思ひたるこそ、いといとほしけれ。精進物のいと悪しきをうち食ひ、寝ぬるをも、若きはものもゆかしからむ、女などのある所をも、などか忌みたるやうにさし覗かずもあらむ、それをもやすからず言ふ。
まいて、験者などはいと苦しげなめり。困じてうち眠れば、
「眠りなどのみして」
などもどかる、いと所せく、いかにおぼゆらむ。
これは昔のことなめり。今様は安げなり。
第8段「大進生昌が家に」
大進生昌が家に、宮のいでさせたまふに、東の門は四足になして、それより御輿は入らせたまふ。北の門より、女房の車どもも、また陣のゐねば、入りなむと思ひて、頭つき悪き人も、いたうも繕はず、寄せて降るべきものと思ひ侮りたるに、檳榔毛の車などは、門小さければ、障りてえ入らねば、例の筵道敷きて降るるに、いとにくく腹立たしけれども、いかがはせむ。殿上人、地下なるも、陣に立ち添ひて見るも、いとねたし。
御前に参りて、ありつる様啓すれば、
「ここにても、人は見るまじうやは。などかはさしもうち解けつる」
と笑はせたまふ。
「されど、それは目慣れにてはべれば、よく仕立ててはべらむにしもこそ、驚く人もはべらめ。さてもかばかりの家に、車入らぬ門やはある。見えば笑はむ」
など言ふほどにしも、
「これ、参らせたまへ」
とて、御硯などさし入る。
「いで、いと悪くこそおはしけれ。などその門、はたせばくは作りて住みたまひける」
と言へば、笑ひて、
「家のほど、身のほどに合はせてはべるなり」
といらふ。
「されど、門の限りを高う作る人もありけるは」
と言へば、
「あな、恐ろし」
と驚きて、
「それは于定国がことにこそはべるなれ。古き進士などにはべらずは、承り知るべきにもはべらざりけり。たまたまこの道にまかり入りにければ、かうだにわきまへ知られはべる」
と言ふ。
「その御道もかしこからざめり。筵道敷きたれど、みな落ち入り騒ぎつるは」
と言へば、
「雨の降りはべりつれば、さもはべりつらむ。よしよし、また仰せられかくることもぞはべる。まかり立ちなむ」
とて往ぬ。
「何事ぞ、生昌がいみじうおぢつる」
と問はせたまふ。
「あらず、車の入りはべらざりつること、言ひはべりつる」
と申して下りたり。
同じ局に住む若き人々などして、万のことも知らず、眠たければみな寝ぬ。東の対の西の廂、北かけてあるに、北の障子に懸金もなかりけるを、それも尋ねず、家あるじなれば、案内を知りて開けてけり。あやしくかればみさわぎたる声にて、
「候はむはいかに、いかに」
と、あまたたび言ふ声にぞおどろきて見れば、几帳の後ろに立てたる灯台の光はあらはなり。障子を五寸ばかり開けて言ふなりけり。いみじうをかし。さらにかやうのすきずきしきわざ、夢にせぬものを、わが家におはしましたりとて、無下に心にまかするなめり、と思ふも、いとをかし。
傍らなる人を押し起こして、
「かれ見たまへ。かかる見えぬもののあめるは」
と言へば、頭もたげて見やりて、いみじう笑ふ。
「あれはたそ、けさうに」
と言へば、
「あらず。家ぬしと局あるじと、定め申すべきことのはべるなり」
と言へば、
「門のことをこそ聞こえつれ、障子開けたまへとやは聞こえつる」
と言へば、
「なほそのことも申さむ。そこに候はむはいかに、いかに」
と言へば、
「いと見苦しきこと。さらにえおはせじ」
とて笑ふめれば、
「若き人おはしけり」
とて、引き立てて往ぬる、後に、笑ふこといみじう、開けむとならば、ただ入りねかし、消息を言はむに、よかなりとは、たれか言はむ、と、げにぞをかしき。
つとめて、御前に参りて啓すれば、
「さることも聞こえざりつるものを。昨夜のことにめでて行きたりけるなり。あはれ、かれをはしたなう言ひけむこそ、いとほしけれ」
とて、笑はせたまふ。
姫宮の御方のわらはべの装束、つかうまつるべきよし仰せらるるに、
「この袙のうはおそひは、何の色にかつかうまつらすべき」
と申すを、また笑ふもことわりなり。
「姫宮の御前のものは、例のやうにては、にくげに候はむ。ちうせい折敷に、ちうせい高坏などこそよくはべらめ」
と申すを、
「さてこそは、うはおそひ着たらむわらはも、参りよからめ」
と言ふを、なほ、
「例の人のやうに、これなかくな言ひ笑ひそ。いと謹厚なるものを」
と、いとほしがらせたまふも、をかし。
中間なるをりに、
「大進、まづもの聞こえむとあり」
と言ふを聞こしめして、
「またなでふこと言ひて、笑はれむとならむ」
と仰せらるるもまたをかし。
「行きて聞け」
と宣はすれば、わざと出でたれば、
「一夜の門のこと、中納言に語りはべりしかば、いみじう感じ申されて、いかでさるべからむをりに心のどかに対面して、申し承らむとなむ申されつる」
とて、またことごともなし。一夜のことや言はむ、と心ときめきしつれど、
「いま静かに、御局に候はむ」
とて往ぬれば、帰り参りたるに、
「さて、何事ぞ」
と宣はすれば、申しつることを、さなむと啓すれば、
「わざと消息し、呼び出づべきことにはあらぬや。おのづから端つ方、局などにゐたらむときも言へかし」
とて笑へば、
「おのが心地にかしこしと思ふ人のほめたる、うれしとや思ふ、と告げ聞かするならむ」
と宣はする、御気色も、いとめでたし。
第9段「うへに候ふ御猫は」
うへに候ふ御猫は、冠にて命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせたまふが、端に出でて臥したるに、乳母の馬命婦、
「あな、まさなや。入りたまへ」
と呼ぶに、日のさし入りたるに、眠りてゐたるを、おどすとて、
「翁丸、いづら。命婦のおとど食へ」
と言ふに、まことかとて、痴れ者は走りかかりたれば、怯え惑ひて、御簾のうちに入りぬ。
朝餉のおまへに、上おはしますに、御覧じていみじう驚かせたまふ。猫を御懐に入れさせたまひて、男ども召せば、蔵人忠隆、なりなか参りたれば、
「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただいま」
と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。馬命婦をもさいなみて、
「乳母替へてむ。いと後ろめたし」
と仰せらるれば、御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。
「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の、柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどしてありかせたまひし折、かかる目見むとは思はざりけむ」
などあはれがる。
「御膳の折は、必ず向かひ候ふに、さうざうしうこそあれ」
など言ひて、三四日になりぬる、昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、なぞの犬のかく久しう鳴くにかあらむ、と聞くに、万の犬訪ひ見に行く。
御厠人なる者走り来て、
「あな、いみじ。犬を蔵人二人して打ちたまふ。死ぬべし。犬を流させたまひけるが、帰り参りたるとて調じたまふ」
と言ふ。心憂のことや、翁丸なり。
「忠隆、実房なんど打つ」
と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴きやみ、
「死にければ、陣の外に引き捨てつ」
と言へば、あはれがりなどする、夕つ方、いみじげに腫れ、あさましげなる犬のわびしげなるが、わななきありけば、
「翁丸か。この頃かかる犬やはありく」
と言ふに、
「翁丸」
と言へど、聞きも入れず。
「それ」
とも言ひ、
「あらず」
とも口々申せば、
「右近ぞ見知りたる。呼べ」
とて召せば、参りたり。
「これは翁丸か」
と見せさせたまふ。
「似てははべれど、これはゆゆしげにこそはべるめれ。また、翁丸かとだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。あらぬなめり。それは、打ち殺して捨てはべりぬとこそ申しつれ。二人して打たむには、はべりなむや」
など申せば、心憂がらせたまふ。
暗うなりて、物食はせたれど食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる、つとめて、御けづり髪・御手水など参りて、御鏡を持たせさせたまひて御覧ずれば、候ふに、犬の柱のもとにゐたるを見やりて、
「あはれ、昨日翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらむ。いかにわびしき心地しけむ」
とうち言ふに、このゐたる犬のふるひわななきて、涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。さは翁丸にこそはありけれ、昨夜は隠れ忍びてあるなりけり、と、あはれにそへてをかしきこと限りなし。
御鏡うち置きて、
「さは翁丸か」
と言ふに、ひれ伏していみじう泣く。御前にもいみじうおち笑はせたまふ。右近の内侍召して、
「かくなむ」
と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こしめして渡りおはしましたり。
「あさましう、犬なども、かかる心あるものなりけり」
と笑はせたまふ。うへの女房なども、聞きて参り集まりて、呼ぶにも今ぞ立ち動く。
「なほこの顔などの腫れたる、物のてをせさせばや」
と言へば、
「つひにこれをいひ表しつること」
など笑ふに、忠隆聞きて、台盤所の方より、
「まことにやはべらむ。かれ見はべらむ」
と言ひたれば、
「あな、ゆゆし。さらに、さるものなし」
と言はすれば、
「さりとも、見付くる折もはべらむ。さのみもえ隠させたまはじ」
と言ふ。
さて、かしこまり許されて、元の様になりにき。なほあはれがられて、ふるひ泣き出でたりしこそ、世に知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ人に言はれて泣きなどはすれ。
第10段「正月一日三月三日は」
正月一日、三月三日は、いとうららかなる。
五月五日は、曇り暮したる。七月七日は、曇り暮して、夕方は晴れたる空に、月いと明く、星の数も見えたる。
九月九日は、暁がたより雨すこし降りて、菊の露もこちたく、覆ひたる綿などもいたく濡れ、移しの香ももてはやされて、つとめては止みにたれど、なほ曇りて、ややもせば降り落ちぬべく見えたるもをかし。
第11段「よろこび奏するこそ」
喜び奏するこそをかしけれ。後ろをまかせて、御前の方に向かひて立てるを。拝し舞踏しさわぐよ。
第12段「今内裏の東をば」
今内裏の東をば北の陣といふ。梨の木の遥かに高きを、
「幾尋あらむ」
などいふ。権中将、
「もとよりうち切りて、定澄僧都の枝扇にせばや」
と宣ひしを、山階寺の別当になりて喜び申す日、近衛司にてこの君の出でたまへるに、高き屐子をさへ履きたれば、ゆゆしうたかし。出でぬる後に、
「などその枝扇をば持たせたまはぬ」
といへば、
「物忘れせぬ」
と笑ひたまふ。
「定澄僧都に袿なし。すくせ君に袙なし」
と言ひけむ人こそをかしけれ。
第13段「山は」
山は 小倉山。かせ山。三笠山。このくれ山。いりたちの山。わすれずの山。末の松山。
かたさり山こそ、いかならむとをかしけれ。
いつはた山。かへる山。のちせの山。
あさくら山、よそに見るぞをかしき。
おほひれ山もをかし。臨時の祭の舞人などのおもひ出でらるるなるべし。
三輪の山をかし。
たむけ山。まちかね山。たまさか山。みみなし山。
第14段「市は」
市は たつの市。さとの市。つば市。
大和にあまたある中に、長谷に詣づる人のかならずそこにとまるは、観音の縁のあるにや、と心ことなり。
おふさの市。しかまの市。あすかの市。
第15段「峰は」
峰は ゆづるはの峰。あみだの峰。いやたかの峰。
第16段「原は」
原は みかの原。あしたの原。その原。
第17段「淵は」
淵は かしこ淵は、いかなる底の心を見て、さる名を付けけむとをかし。
ないりその淵は、たれにいかなる人のをしへけむ。青色の淵こそをかしけれ。蔵人などの具にしつべくて。
かくれの淵。いな淵。
第18段「海は」
海は 水うみ。よさの海。かはふちの海。
第19段「みささぎは」
みささぎは うぐひすのみささぎ。かしはぎのみささぎ。あめのみささぎ。
第20段「わたりは」
わたりは しかすがのわたり。こりずまのわたり。水はしのわたり。
第21段「たちは」
たちは たまつくり。
第22段「家は」
家は 近衛の御門。二条みかゐ。一条もよし。
そめどのの宮。せかい院。すがはらの院。冷泉院。閑院。朱雀院。をのの宮。
こうばい。あがたの井戸。
たけ三条。小八条。小一条。
第23段「清涼殿の丑寅の隅の」
清涼殿の丑寅の隅の、北の隔てなる御障子には、荒海の絵、生きたるものどものおそろしげなる、手長足長をぞ描きたる。上の御局の戸押し開けたれば、常に目に見ゆるを、にくみなどして笑ふ。
勾欄のもとに青き瓶の大きなる据ゑて、桜のいみじうおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、勾欄の外までこぼれ咲きたる、昼つ方、大納言殿、桜の直衣のすこしなよらかなるに、濃き紫の固紋指貫、白き御衣ども、上に濃き綾のいとあざやかなるを出だしてまゐりたまへるに、うへのこなたにおはしませば、戸口の前なる細き板敷にゐたまひて、物など奏したまふ。
御簾の内に、女房、桜の唐衣どもくつろかに脱ぎ垂れて、藤、山吹など色々に好ましうて、あまた小半蔀の御簾よりも押し出でたるほど、昼の御座のかたには、御膳まゐる足音高し。警蹕など
「おし」
といふ声聞こゆるも、うらうらとのどかなる日のけしきなど、いとをかしきに、果ての御盤取りたる蔵人まゐりて御膳奏すれば、中の戸よりわたらせたまふ。御供に大納言殿まゐらせたまひて、ありつる花のもとに帰りゐたまへり。
宮の御前の御几帳押し遣りて、長押のもとに出でさせたまへるなど、なにとなくただめでたきを、候ふ人も思ふことなき心地するに、
「月も日もかはりゆけどもひさにふる三室の山の」
といふことを、ゆるるかにうち詠み出だしてゐたまへる、いとをかしうおぼゆるにぞ、げにぞ千歳もあらまほしき御有様なるや。
陪膳つかうまつる人の、男どもなど召すほどもなくわたらせたまひぬ。
「御硯の墨すれ」
と仰せらるるに、目は空にて、ただおはしますをのみ見たてまつれば、ほとど継目も放ちつべし。白き色紙を押し畳みて、
「これにただいま覚えむ古き事一つづつ書け」
と仰せらるる、外にゐたまへるに、
「これはいかが」
と申せば、
「とう書きてまゐらせたまへ。男は言加へ候ふべきにもはべらず」
とて、さし入れたまへり。御硯取り下ろして、
「とくとく。ただ思ひ回さで、難波津もなにも、ふと覚えむことを」
と責めさせたまふに、などさは臆せしにか、すべて面さへ赤みてぞ思ひ乱るるや。春の歌、花の心など、さいふいふも、上臈二つ三つばかり書きて、
「これに」
とあるに、
年ふれば齢は老いぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし
といふことを、
「君をし見れば」
と書きなしたる、御覧じ比べて、
「ただこの心どものゆかしかりつるぞ」
と仰せらるるついでに、
「円融院の御時に、草子に歌一つ書けと殿上人に仰せられければ、いみじう書きにくう、すまひ申す人々ありけるに、さらにただ、手の良さ悪しさ、歌の折にあはざらむをも知らじと仰せらるれば、侘びてみな書きける中に、ただいまの関白殿、三位の中将と聞こえける時、
潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが
といふ歌を、末を、頼むはやわがと書きたまへりけるをなむ、いみじうめでさせたまひける」
など仰せらるるも、すずろに汗あゆる心地ぞする。年若からむ人、はたさもえ書くまじきことのさまにや、などぞおぼゆる。例の、ことよく書く人々も、あぢきなうみなつつまれて、書き汚しなどしたるもあり。
古今の草子を御前に置かせたまひて、歌どもの本を仰せられて、
「これが末、いかに」
と問はせたまふに、すべて、夜昼、心にかかりておぼゆるもあるが、け清う申し出でられぬは、いかなるぞ。宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて、五つ、六つなどは、ただおぼえぬ由をぞ啓すべけれど、
「さやはけにくく、仰せごとをはえなうもてなすべき」
と、わび、口惜しがるも、をかし。知ると申す人なきをば、やがてみな読み続けて、夾算せさせたまふを、
「これは、知りたることぞかし。などかう、拙うはあるぞ」
と言ひ嘆く。中にも、古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。
「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一条の左の大臣殿の御娘におはしけると、誰かは知りたてまつらざらむ。まだ姫君と聞こえけるとき、父大臣の教へ聞こえたまひけることは、一つには御手を習ひたまへ。次には、琴の御琴を、人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては、古今の歌二十巻を、みなうかべさせたまふを、御学問にはせさせたまへとなむ、聞こえたまひける、と聞こし召しおきて、御物忌みなりける日、古今をもてわたらせたまひて、御几帳を引き隔てさせたまひければ、女御、例ならずあやし、とおぼしけるに、草子を広げさせたまひて、その月、何の折、その人のよみたる歌はいかにと問ひ聞こえさせたまふを、かうなりけり、と心得たまふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきこと、と、わりなうおぼし乱れぬべし。
その方におぼめかしからぬ人、二、三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせたまふとて、強ひ聞こえさせたまひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ。御前に候ひけむ人さへこそ羨ましけれ。
せめて申させたまへば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべて、つゆ違ふことなかりけり。いかでなほ少し僻事見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。さらに不用なりけりとて、御草子に夾算さして大殿篭りぬるも、まためでたしかし。
いと久しうありて、起きさせたまへるに、なほこのこと、勝ち負けなくてやませたまはむ、いと悪しとて、下の十巻を、明日にならば、ことをぞ見たまひ合はするとて、今日定めてむと、大殿油参りて、夜更くるまでよませたまひける。されど、つひに負け聞こえさせたまはずなりにけり。上、わたらせたまひて、かかることなど、殿に申しにたてまつられたりければ、いみじうおぼしさわぎて、御誦経などあまたせさせたまひて、そなたに向きてなむ念じ暮したまひける。すきずきしう、あはれなることなり」
など、語り出でさせたまふを、上も聞こし召し、めでさせたまふ。
「我は三巻、四巻をだにえ見果てじ」
と、仰せらる。
「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ。この頃は、かやうなることやは聞こゆる」
など、御前に候ふ人々、上の女房、こなた許されたるなど参りて、口々言ひいでなどしたるほどは、まことに、つゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。
第24段「生ひ先なくまめやかに」
生ひ先なく、まめやかに、えせざいはひなど見てゐたらむ人は、いぶせくあなづらはしく思ひやられて、なほさりぬべからむ人の娘などは、さしまじらはせ、世の有様も見せならはさまほしう、内侍のすけなどにてしばしもあらせばや、とこそおぼゆれ。
宮仕へする人を、あはあはしう悪きことに言ひ思ひたる男などこそ、いとにくけれ。
げにそもまたさることぞかし。かけまくもかしこき御前をはじめたてまつりて、上達部、殿上人、五位、四位はさらにもいはず、見ぬ人は少なくこそあらめ。女房の従者、その里より来る者、長女、御厠人の従者、たびしかはらといふまで、いつかはそれをはじかくれたりし。殿ばらなどはいとさしもやあらざらむ、それもある限りかは、しかさぞあらむ。
うへなどをいひてかしづきすゑたらむに、心にくからずおぼえむ、ことわりなれど、また内裏の内侍のすけなどいひて、折々内裏へ参り、祭の使などに出でたるも、面立たしからずやはある。さて籠もりゐぬるは、まいてめでたし。受領の五節出だすをりなど、いと鄙び言ひ知らぬことなど、人に問ひ聞きなどはせじかし。心にくきものなり。

