『源氏物語』第33帖「藤裏葉」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

御いそぎのほどにも

 おほんいそぎのほどにも、宰相中将さいしゃうのちゅうじゃうながめがちにて、ほれぼれしき心地ここちするを、「かつはあやしく、わがこころながら執念しふねきぞかし。あながちにかうおもふことならば、関守せきもりの、うちもぬべきけしきにおもよわりたまふなるをきながら、おなじくは、人悪ひとわるからぬさまに見果みはてむ」とねんずるも、くるしうおもみだれたまふ。

 女君をんなぎみも、大臣おとどのかすめたまひしことのすぢを、「もし、さもあらば、なに名残なごりかは」となげかしうて、あやしくそむそむきに、さすがなるおほんもろこひなり。

 大臣おとども、さこそ心強こころづよがりたまひしかど、たけからぬにおぼしわづらひて、「かのみやにも、さやうにおもてたまひなば、またとかくあらたおもひかかづらはむほど、ひとのためもくるしう、わが御方おほんかたざまにも人笑ひとわらはれに、おのづから軽々かるがるしきことやまじらむ。しのぶとすれど、うちうちのことあやまりも、りにたるべし。とかくまぎらはして、なほけぬべきなめり」と、おぼしなりぬ。

 うへはつれなくて、うらけぬ御仲おほんなかなれば、「ゆくりなくらむもいかが」と、おぼはばかりて、「ことことしくもてなさむも、ひとおもはむところをこなり。いかなるついでしてかはほのめかすべき」などおぼすに、三月やよひ二十日はつか大殿おほとの大宮おほみや御忌日おほんきにちにて、極楽寺ごくらくじまうでたまへり。

君達皆ひき連れ

 君達きむだちみなひきれ、いきほひあらまほしく、上達部かむだちめなどもあまたまゐつどひたまへるに、宰相中将さいしゃうのちゅうじゃう、をさをさけはひおとらず、よそほしくて、容貌かたちなど、ただいまのいみじきさかりにねびゆきて、あつめめでたきひとおほんありさまなり。

 この大臣おとどをば、つらしとおもひきこえたまひしより、えたてまつるも、こころづかひせられて、いといたう用意よういし、もてしづめてものしたまふを、大臣おとども、つねよりはとどめたまふ。御誦経みずきゃうなど、六条院ろくでうのゐんよりもせさせたまへり。宰相さいしゃうきみは、まして、よろづをとりもちて、あはれにいとなみつかうまつりたまふ。

 ゆふかけて、みなかへりたまふほど、はなみなみだれ、かすみたどたどしきに、大臣おとどむかしおぼでて、なまめかしううそぶきながめたまふ。宰相さいしゃうも、あはれなるゆふべのけしきに、いとどうちしめりて、「雨気あまけあり」と、ひとびとのさわぐに、なほながりてゐたまへり。こころときめきにたまふことやありけむ、そでせて、

「などか、いとこよなくはかむがじたまへる。今日けふ御法みのりえにをもたづおぼさば、つみゆるしたまひてよや。のこすくなくなりゆくすゑに、おもてたまへるも、うらみきこゆべくなむ」

 とのたまへば、うちかしこまりて、

ぎにしおほんおもむけも、たのみきこえさすべきさまに、うけたまはりおくことはべりしかど、ゆるしなきけしきに、はばかりつつなむ」

 とこえたまふ。

 こころあわたたしきあめかぜに、みなちりぢりにきほかへりたまひぬ。きみ、「いかにおもひて、れいならずけしきばみたまひつらむ」など、とともにこころをかけたるおほんあたりなれば、はかなきことなれど、みみとまりて、とやかうやとおもかしたまふ。

ここらの年ごろの思ひのしるし

 ここらのとしごろのおもひのしるしにや、かの大臣おとども、名残なごりなくおぼよわりて、はかなきついでの、わざとはなく、さすがにつきづきしからむをおぼすに、四月うづき朔日ついたちごろ、御前おまへふぢはな、いとおもしろうみだれて、つねいろならず、ただに見過みすぐさむことしきさかりなるに、あそびなどしたまひて、くほどの、いとどいろまされるに、頭中将とうのちゅうじゃうして、御消息おほんせうそこあり。

一日ひとひはなかげ対面たいめんの、かずおぼえはべりしを、御暇おほんいとまあらば、りたまひなむや」

 とあり。御文おほんふみには、

「わが宿やどふぢいろきたそかれにたづねやははる名残なごりを」

 げに、いとおもしろきえだにつけたまへり。ちつけたまへるも、こころときめきせられて、かしこまりきこえたまふ。

「なかなかにりやまどはむふぢはなたそかれときのたどたどしくは」

 とこえて、

口惜くちをしくこそおくしにけれ。なほしたまへよ」

 とこえたまふ。

御供おほんともにこそ」

 とのたまへば、

「わづらはしき随身ずいじんは、いな

 とて、かへしつ。

 大臣おとど御前おまへに、かくなむ、とて、御覧ごらんぜさせたまふ。

おもふやうありてものしたまひつるにやあらむ。さもすすみものしたまはばこそは、ぎにしかたけうなかりしうらみもけめ」

 とのたまふ。御心みこころおごり、こよなうねたげなり。

「さしもはべらじ。たいまへふぢつねよりもおもしろうきてはべるなるを、しづかなるころほひなれば、あそびせむなどにやはべらむ」

 とまうしたまふ。

「わざと使つかひさされたりけるを、はやうものしたまへ」

 とゆるしたまふ。いかならむと、したにはくるしう、ただならず。

直衣なほしこそあまりくて、かろびためれ。非参議ひさんぎのほど、なにとなき若人わかうどこそ、二藍ふたあゐはよけれ、ひきつくろはむや」

 とて、わが御料ごれうこころことなるに、えならぬ御衣おほんぞどもして、御供おほんともたせてたてまつれたまふ。

わが御方にて

 わが御方おほんかたにて、こころづかひいみじう化粧けさうじて、たそかれもぎ、こころやましきほどにうでたまへり。主人あるじ君達きむだち中将ちゅうじゃうをはじめて、しち八人はちにんうちれてむかれたてまつる。いづれとなくをかしき容貌かたちどもなれど、なほ、ひとにすぐれて、あざやかにきよらなるものから、なつかしう、よしづき、づかしげなり。

 大臣おとど御座おましひきつくろはせなどしたまふ御用意おほんようい、おろかならず。御冠おほんかうぶりなどしたまひて、でたまふとて、きたかたわか女房にょうばうなどに、

のぞきてたまへ。いと警策きゃうざくにねびまさるひとなり。用意よういなどいとしづかに、ものものしや。あざやかに、でおよすけたるかたは、父大臣ちちおとどにもまさりざまにこそあめれ。

かれは、ただいとせちになまめかしう愛敬あいぎゃうづきて、るにましく、なかわするる心地ここちぞしたまふ。おほやけざまは、すこしたはれて、あざれたるかたなりし、ことわりぞかし。

これは、ざえきはもまさり、こころもちゐ男々ををしく、すくよかにらひたりと、におぼえためり」

 などのたまひてぞ、対面たいめんしたまふ。ものまめやかに、むべむべしき御物語おほんものがたりは、すこしばかりにて、はなきょううつりたまひぬ。

はるはな、いづれとなく、みなづるいろごとに、おどろかぬはなきを、こころみじかくうちててりぬるが、うらめしうおぼゆるころほひ、このはなのひとりのちれて、なつきかかるほどなむ、あやしうこころにくくあはれにおぼえはべる。いろもはた、なつかしきゆかりにしつべし」

 とて、うちほほみたまへる、けしきありて、にほひきよげなり。

月はさし出でぬれど

 つきはさしでぬれど、はないろさだかにもえぬほどなるを、もてあそぶにこころせて、大酒おほんみきまゐり、御遊おほんあそびなどしたまふ。大臣おとど、ほどなくそらひをしたまひて、みだりがはしくはしたまふを、さるこころして、いたうすまひなやめり。

きみは、すゑにはあまるまで、あめした有職いうそくにものしたまふめるを、よはひふるりぬるひとおもてたまふなむつらかりける。文籍ぶんせきにも、家礼かれいといふことあるべくや。なにがしのをしへも、よくおぼるらむとおもひたまふるを、いたうこころなやましたまふと、うらみきこゆべくなむ」

 などのたまひて、きにや、をかしきほどにけしきばみたまふ。

「いかでか。むかしおもうたまへづるおほんかははりどもには、つるさまにもとこそ、おもうたまへりはべるを、いかに御覧ごらんじなすことにかはべらむ。もとより、おろかなるこころのおこたりにこそ」

 と、かしこまりきこえたまふ。御時おほんときよく、さうどきて、

ふぢうらの」

 とうちじたまへる、けしきをたまはりて、頭中将とうのちゅうじゃうはないろく、ことにふさながきをりて、客人まらうと御盃おほんさかづきくはふ。りて、もてなやむに、大臣おとど

むらさきにかことはかけむふぢはなまつよりぎてうれたけれども」

 宰相さいしゃうさかづきちながら、けしきばかりはいしたてまつりたまへるさま、いとよしあり。

「いくかへつゆけきはるぐしはなひもをりにあふらむ」

 頭中将とうのちゅうじゃうたまへば、

「たをやめのそでにまがへるふぢはなひとからやいろもまさらむ」

 次々つぎつぎずんながるめれど、ひのまぎれにはかばかしからで、これよりまさらず。

七日の夕月夜

 七日なぬか夕月夜ゆふづくよかげほのかなるに、いけかがみのどかにみわたれり。げに、まだほのかなるこずゑどもの、さうざうしきころなるに、いたうけしきばみよこたはれるまつの、木高こだかきほどにはあらぬに、かかれるはなのさま、つねならずおもしろし。

 れいの、弁少将べんのせうしゃうこゑいとなつかしくて、「葦垣あしがき」をうたふ。大臣おとど

「いとけやけうもつかうまつるかな」

 と、うちみだれたまひて、

としにけるこのいへの」

 と、うちくはへたまへる御声おほんこゑ、いとおもしろし。をかしきほどにみだりがはしき御遊おほんあそびにて、ものおものこらずなりぬめり。

 やうやうくほどに、いたうそらなやみして、

みだ心地ここちいとへがたうて、まかでむそらもほとほとしうこそはべりぬべけれ。宿直所とのゐどころゆづりたまひてむや」

 と、中将ちゅうじゃううれへたまふ。大臣おとど

朝臣あそんや、おほんやすどころもとめよ。おきないたうすすみて無礼むらいなれば、まかりりぬ」

 とてて、りたまひぬ。

 中将ちゅうじゃう

はなかげ旅寝たびねよ。いかにぞや、くるしきしるべにぞはべるや」

 とへば、

まつちぎれるは、あだなるはなかは。ゆゆしや」

 とめたまふ。中将ちゅうじゃうは、こころのうちに、「ねたのわざや」とおもふところあれど、ひとざまのおもふさまにめでたきに、「かうもありてなむ」と、心寄こころよせわたることなれば、うしろやすくみちびきつ。

 男君をとこぎみは、ゆめかとおぼえたまふにも、わがいとどいつかしうぞおぼえたまひけむかし。をんなは、いとづかしとおもひしみてものしたまふも、ねびまされるおほんありさま、いとどかぬところなくめやすし。

ためしにもなりぬべかりつるを、こころもてこそ、かうまでもおぼゆるさるめれ。あはれをりたまはぬも、さまことなるわざかな」

 と、うらみきこえたまふ。

少将せうしゃうすすだしつる葦垣あしがきおもむきは、みみとどめたまひつや。いたきぬしかな。河口かはぐちのとこそ、さしいらへまほしかりつれ」

 とのたまへば、をんな、いとくるし、とおぼして、

あさながしける河口かはぐちはいかがらししせきあらかき

あさまし」

 とのたまふさま、いとこめきたり。すこしうちわらひて、

りにける岫田くきたせき河口かはぐちあさきにのみはおほせざらなむ

年月としつきもりも、いとわりなくてなやましきに、ものおぼえず」

 と、ひにかこちて、くるしげにもてなして、くるもらずかほなり。ひとびと、こえわづらふを、大臣おとど

「したりかほなる朝寝あさいかな」

 と、とがめたまふ。されど、かしてでぞでたまふ。ねくたれの御朝顔おほんあさがほるかひありかし。

御文はなほ忍びたりつる

 御文おほんふみは、なほしのびたりつるさまのこころづかひにてあるを、なかなか今日けふはえこえたまはぬを、ものひさがなき御達ごたちつきじろふに、大臣おとどわたりてたまふぞ、いとわりなきや。

きせざりつるけしきに、いとどおもらるるのほどを。へぬこころにまたえぬべきも、

とがむなよしのびにしぼるもたゆみ今日けふあらはるるそでのしづくを」

 など、いとかほなり。うちみて、

をいみじうもきなられにけるかな」

 などのたまふも、むかし名残なごりなし。

 御返おほんかへり、いとがたげなれば、「見苦みぐるしや」とて、さもおぼはばかりぬべきことなれば、わたりたまひぬ。

 御使おほんつかひろく、なべてならぬさまにてたまへり。中将ちゅうじゃう、をかしきさまにもてなしたまふ。つねにひきかくしつつかくろへありきし御使おほんつかひ今日けふは、おもてもちなど、ひとびとしくふめり。右近将監うこんのぞうなるひとの、むつましうおぼ使つかひたまふなりけり。

 六条ろくでう大臣おとども、かくとこししてけり。宰相さいしゃうつねよりもひかりひてまゐりたまへれば、うちまもりたまひて、

今朝けさはいかに。ふみなどものしつや。さかしきひとも、をんなすぢにはみだるるためしあるを、人悪ひとわろくかかづらひ、こころいられせでぐされたるなむ、すこしひとけたりける御心みこころとおぼえける。

大臣おとどおほんおきての、あまりすくみて、名残なごりなくくづほれたまひぬるを、世人よひとづることあらむや。さりとても、わがかたたけうおもかほに、こころおごりして、きしきこころばへなどらしたまふな。

さこそおいらかに、おほきなるこころおきてとゆれど、したこころばへ男々ををしからずくせありて、ひとえにくきところつきたまへるひとなり」

 など、れいをしへきこえたまふ。ことうちあひ、めやすきおほんあはひ、とおぼさる。

 御子みこともえず、すこしがこのかみばかりとえたまふ。ほかほかにては、おなかほうつりたるとゆるを、御前おまへにては、さまざま、あなめでたとえたまへり。

 大臣おとどは、うす御直衣おほんなほししろ御衣おほんぞからめきたるが、もんけざやかにつやつやときたるをたてまつりて、なほきせずあてになまめかしうおはします。

 宰相さいしゃう殿とのは、すこしいろふか御直衣おほんなほしに、丁子ちゃうじめのがるるまでしめる、しろあやのなつかしきをたまへる、ことさらめきてえんゆ。

灌仏率てたてまつりて

 灌仏くわんぶつてたてまつりて、御導師おほんだうしおそまゐりければ、れて、御方々おほんかたがたより童女わらはべだし、布施ふせなど、おほやけざまにかははらず、心々こころごころにしたまへり。御前ごぜん作法さはふうつして、君達きむだちなどもまゐつどひて、なかなか、うるはしき御前おまへよりも、あやしうこころづかひせられておくしがちなり。

 宰相さいしゃうは、静心しづこころなく、いよいよ化粧けさうじ、ひきつくろひてでたまふを、わざとならねど、なさけだちたまふ若人わかうどは、うらめしとおもふもありけり。としごろのもりへて、おもふやうなる御仲おほんなからひなめれば、みづらむやは。

 主人あるじ大臣おとど、いとどしきちかまさりを、うつくしきものにおぼして、いみじうもてかしづききこえたまふ。けぬるかた口惜くちをしさは、なほおぼせど、つみのこるまじうぞ、まめやかなる御心みこころざまなどの、としごろことこころなくてぐしたまへるなどを、ありがたくおぼゆるす。

 女御にょうごおほんありさまなどよりも、はなやかにめでたくあらまほしければ、きたかた、さぶらふひとびとなどは、こころよからずおもふもあれど、なにくるしきことかはあらむ。按察使あぜちきたかたなども、かかるかたにて、うれしとおもひきこえたまひけり。

かくて六条院の御いそぎは

 かくて、六条院ろくでうのゐんおほんいそぎは、二十余日にじふよにちのほどなりけり。たいうへ御阿礼みあれうでたまふとて、れい御方々おほんかたがたいざなひきこえたまへど、なかなか、さしもつづきてこころやましきをおぼして、たれたれもとまりたまひて、ことことしきほどにもあらず、御車みくるま二十にじふばかりして、御前ごぜんなども、くだくだしき人数ひとかずおほくもあらず、ことそぎたるしも、けはひことなり。

 まつりあかつきうでたまひて、かへさには、もの御覧ごらんずべき御桟敷おほんさじきにおはします。御方々おほんかたがた女房にょうばう、おのおのくるまつづきて、御前おまへところめたるほど、いかめしう、「かれはそれ」と、とほよりおどろおどろしき御勢おほんいきほひなり。

 大臣おとどは、中宮ちゅうぐうおほん母御息所ははみやすんどころの、くるまけられたまへりしをりのことおぼでて、

ときによりこころおごりして、さやうなることなむ、なさけなきことなりける。こよなくおもちたりしひとも、なげふやうにてくなりにき」

 と、そのほどはのたまひちて、

のこりとまれるひとの、中将ちゅうじゃうは、かくただひとにて、わづかになりのぼるめり。みやならびなきすぢにておはするも、おもへば、いとこそあはれなれ。すべていとさだめなきなればこそ、なにごともおもふさまにて、けるかぎりのぐさまほしけれと、のこりたまはむすゑなどの、たとしへなきおとろへなどをさへ、おもはばからるれば」

 と、うちかたらひたまひて、上達部かむだちめなども御桟敷おほんさじきまゐつどひたまへれば、そなたにでたまひぬ。

近衛司の使は

 近衛司このゑづかさ使つかは、頭中将とうのちゅうじゃうなりけり。かの大殿おほとのにて、ところよりぞひとびとはまゐりたまうける。藤典侍とうないしのすけ使つかなりけり。おぼえことにて、内裏うち春宮とうぐうよりはじめたてまつりて、六条院ろくでうのゐんなどよりも、御訪おほんとぶらひども所狭ところせきまで、御心みこころせいとめでたし。

 宰相中将さいしゃうのちゅうじゃうちのところにさへとぶらひたまへり。うちとけずあはれをはしたまふ御仲おほんなかなれば、かくやむごとなきかたさだまりたまひぬるを、ただならずうちおもひけり。

なにとかや今日けふのかざしよかつつつおぼめくまでもなりにけるかな

あさまし」

 とあるを、をりぐしたまはぬばかりを、いかがおもひけむ、いとものさわがしく、くるまるほどなれど、

「かざしてもかつたどらるるくさかつらりしひとるらむ

博士はかせならでは」

 とこえたり。はかなけれど、ねたきいらへとおぼす。なほ、この内侍ないしにぞ、おもはなれず、はひまぎれたまふべき。

かくて御参りは

 かくて、御参おほんまゐりはきたかたひたまふべきを、「つね長々ながながしうえひさぶらひたまはじ。かかるついでに、かの御後見おほんうしろみをやへまし」とおぼす。

 うへも、「つひにあるべきことの、かくへだたりてぐしたまふを、かのひとも、ものしとおもなげかるらむ。この御心みこころにも、いまはやうやうおぼつかなく、あはれにおぼるらむ。かたがたこころおかれたてまつらむも、あいなし」とおもひなりたまひて、

「このをりへたてまつりたまへ。まだいとあえかなるほどもうしろめたきに、さぶらふひととても、若々わかわかしきのみこそおほかれ。御乳母おほんめのとたちなども、およぶことのこころいたるかぎりあるを、みづからは、えつとしもさぶらはざらむほど、うしろやすかるべく」

 とこえたまへば、「いとよくおぼるかな」とおぼして、「さなむ」と、あなたにもかたらひのたまひければ、いみじくうれしく、おもふことかなひはべる心地ここちして、ひと装束さうぞくなにかのことも、やむごとなきおほんありさまにおとるまじくいそぎたつ。

 尼君あまぎみなむ、なほこのおほんさきたてまつらむの心深こころふかかりける。「いま一度ひとたびたてまつるもや」と、いのちをさへ執念しふねくなしてねんじけるを、「いかにしてかは」と、おもふもかなし。

 そのは、うへひてまゐりたまふに、さて、くるまにもちくだりうちあゆみなど、人悪ひとわるかるべきを、わがためはおもはばからず、ただ、かくみがきたてまつりたまふたまきずにて、わがかくながらふるを、かつはいみじう心苦こころぐるしうおもふ。

 御参おほんまゐりの儀式ぎしき、「ひとおどろくばかりのことはせじ」とおぼしつつめど、おのづからつねのさまにぞあらぬや。かぎりもなくかしづきすゑたてまつりたまひて、うへは、「まことにあはれにうつくし」とおもひきこえたまふにつけても、ひとゆづるまじう、「まことにかかることもあらましかば」とおぼす。大臣おとども、宰相さいしゃうきみも、ただこのことひとつをなむ、「かぬことかな」と、おぼしける。

三日過ごしてぞ

 三日みかごしてぞ、うへはまかでさせたまふ。たちかははりてまゐりたまふ御対面おほんたいめんあり。

「かくおとなびたまふけぢめになむ、年月としつきのほどもられはべれば、疎々うとうとしきへだては、のこるまじくや」

 と、なつかしうのたまひて、物語ものがたりなどしたまふ。これもうちとけぬるはじめなめり。ものなどうちひたるけはひなど、「むべこそは」と、めざましうたまふ。

 また、いと気高けだかさかりなるけしきを、かたみにめでたしとて、「そこらの御中おほんなかにもすぐれたる御心みこころざしにて、ならびなきさまにさだまりたまひけるも、いとことわり」とおもらるるに、「かうまで、ならびきこゆるちぎり、おろかなりやは」とおもふものから、でたまふ儀式ぎしきの、いとことによそほしく、御輦車おほんてぐるまなどゆるされたまひて、女御にょうごおほんありさまにことならぬを、おもくらぶるに、さすがなるのほどなり。

 いとうつくしげに、ひひなのやうなるおほんありさまを、ゆめ心地ここちしてたてまつるにも、なみだのみとどまらぬは、ひとつものとぞえざりける。としごろよろづになげしづみ、さまざまおもしつるいのちべまほしう、はればれしきにつけて、まことに住吉すみよしかみもおろかならずおもらる。

 おもふさまにかしづききこえて、こころおよばぬことはた、をさをさなきひとのらうらうじさなれば、おほかたのせ、おぼえよりはじめ、なべてならぬおほんありさま容貌かたちなるに、みやも、わか御心地みここちに、いとこころことにおもひきこえたまへり。

 いどみたまへる御方々おほんかたがたひとなどは、この母君ははぎみの、かくてさぶらひたまふを、きずひなしなどすれど、それにたるべくもあらず。いまめかしう、ならびなきことをば、さらにもいはず、こころにくくよしあるおほんけはひを、はかなきことにつけても、あらまほしうもてなしきこえたまへれば、殿上人てんじゃうびとなども、めづらしきいどところにて、とりどりにさぶらふひとびとも、こころをかけたる女房にょうばうの、用意よういありさまさへ、いみじくととのへなしたまへり。

 うへも、さるべきをりふしにはまゐりたまふ。御仲おほんなからひあらまほしううちとけゆくに、さりとてさしぎものれず、あなづらはしかるべきもてなし、はた、つゆなく、あやしくあらまほしきひとのありさま、こころばへなり。

大臣も長からずのみ

 大臣おとども、「ながからずのみおぼさるる御世みよのこなたに」と、おぼしつる御参おほんまゐりの、かひあるさまにたてまつりなしたまひて、こころからなれど、きたるやうにて、見苦みぐるしかりつる宰相さいしゃうきみも、おもひなくめやすきさまにしづまりたまひぬれば、御心みこころおちゐてたまひて、「いま本意ほいげなむ」と、おぼしなる。

 たいうへおほんありさまの、見捨みすてがたきにも、「中宮ちゅうぐうおはしませば、おろかならぬ御心みこころせなり。この御方おほんかたにも、られたるおやざまには、まづおもひきこえたまふべければ、さりとも」と、おぼゆづりけり。

 なつ御方おほんかたの、ときはなやぎたまふまじきも、「宰相さいしゃうのものしたまへば」と、みなとりどりにうしろめたからずおぼしなりゆく。

 けむとし四十よそぢになりたまふ、御賀おほんがのことを、朝廷おほやけよりはじめたてまつりて、おほきなるのいそぎなり。

 そのあき太上天皇だいじゃうてんわうなずらふ御位おほんくらゐたまうて、御封みふくははり、年官年爵つかさかうぶりなど、みなひたまふ。かからでも、御心みこころかなはぬことなけれど、なほめづらしかりけるむかしれいあらためで、院司ゐんしどもなどなり、さまことにいつくしうなりひたまへば、内裏うちまゐりたまふべきこと、かたかるべきをぞ、かつはおぼしける。

 かくても、なほかずみかどおぼして、なかはばかりて、くらゐをえゆづりきこえぬことをなむ、朝夕あさゆふ御嘆おほんなげきぐさなりける。

 内大臣ないだいじんがりたまひて、宰相中将さいしゃうのちゅうじゃう中納言ちゅうなごんになりたまひぬ。おほんよろこびにでたまふ。ひかりいとどまさりたまへるさま、容貌かたちよりはじめて、かぬことなきを、主人あるじ大臣おとども、「なかなかひとされまし宮仕みやづかへよりは」と、おぼなほる。

 女君をんなぎみ大輔乳母たいふのめのと、「六位宿世ろくゐすくせ」と、つぶやきしよひのこと、ものの折々をりをりおぼでければ、きくのいとおもしろくて、うつろひたるをたまはせて、

浅緑あさみどり若葉わかばきくつゆにてもむらさきいろとかけきや

からかりしをり一言葉ひとことばこそわすられね」

 と、いとにほひやかにほほみてたまへり。づかしう、いとほしきものから、うつくしうたてまつる。

双葉ふたばより名立なだたるそのきくなればあさいろわくつゆもなかりき

いかにこころおかせたまへりけるにか」

 と、いとれてくるしがる。

御勢ひまさりて

 御勢おほんいきほひまさりて、かかる御住おほんすまひも所狭ところせければ、三条殿さんでうどのわたりたまひぬ。すこしあられにたるを、いとめでたく修理すりしなして、みやのおはしまししかたあらためしつらひてみたまふ。むかしおぼえて、あはれにおもふさまなる御住おほんすまひなり。

 前栽せんざいどもなど、ちひさきどもなりしも、いとしげきかげとなり、一村薄ひとむらすすきこころにまかせてみだれたりける、つくろはせたまふ。遣水やりみづみづくさもかきあらためて、いとこころゆきたるけしきなり。

 をかしき夕暮ゆふぐれのほどを、二所ふたところながめたまひて、あさましかりしの、おほんをさなさの物語ものがたりなどしたまふに、こひしきこともおほく、ひとおもひけむこともづかしう、女君をんなぎみおぼづ。古人ふるびとどもの、まかでらず、曹司ざうし曹司ざうしにさぶらひけるなど、のぼあつまりて、いとうれしとおもひあへり。

 男君をとこぎみ

「なれこそはいはるあるじひと行方ゆくへるや宿やど真清水ましみづ

 女君をんなぎみ

ひとかげだにえずつれなくてこころをやれるいさらゐのみづ

 などのたまふほどに、大臣おとど内裏うちよりまかでたまひけるを、紅葉もみぢいろおどろかされてわたりたまへり。

昔おはさひし御ありさまにも

 むかしおはさひしおほんありさまにも、をさをさかははることなく、あたりあたりおとなしくまひたまへるさま、はなやかなるをたまふにつけても、いとものあはれにおぼさる。中納言ちゅうなごんも、けしきことに、かほすこしあかみて、いとどしづまりてものしたまふ。

 あらまほしくうつくしげなるおほんあはひなれど、をんなは、またかかる容貌かたちのたぐひも、などかなからむとえたまへり。をとこは、きはもなくきよらにおはす。古人ふるびとども御前おまへ所得ところえて、かみさびたることどもこえづ。ありつる御手習おほんてならひどもの、りたるを御覧ごらんじつけて、うちしほたれたまふ。

「このみづこころたづねまほしけれど、おきな言忌こといみして」

 とのたまふ。

「そのかみの老木おいきはむべもちぬらむゑし小松こまつこけひにけり」

 男君をとこぎみおほん宰相さいしゃう乳母めのと、つらかりし御心みこころわすれねば、したりかほに、

「いづれをもかげとぞたの双葉ふたばよりざしはせるまつ末々すゑずゑ

 ひとどもも、かやうのすぢこえあつめたるを、中納言ちゅうなごんは、をかしとおぼす。女君をんなぎみは、あいなくおもてあかみ、くるしときたまふ。

神無月の二十日あまり

 神無月かむなづき二十日はつかあまりのほどに、六条院ろくでうのゐん行幸ぎゃうがうあり。紅葉もみぢさかりにて、きょうあるべきたびの行幸ぎゃうがうなるに、朱雀院すざくゐんにも御消息おほんせうそこありて、ゐんさへわたりおはしますべければ、にめづらしくありがたきことにて、世人よひとこころをおどろかす。主人あるじゐんかたも、御心みこころくし、もあやなる御心みこころまうけをせさせたまふ。

 とき行幸ぎゃうがうありて、まづ、馬場殿むまばどの左右ひだりみぎつかさ御馬おほんむまならべて、左右ひだりみぎ近衛このゑひたる作法さはふ五月さつきせちにあやめわかれずかよひたり。ひつじくだるほどに、みなみ寝殿しんでんうつりおはします。みちのほどの反橋そりはし渡殿わたどのにはにしきき、あらはなるべきところには軟障ぜんじゃうき、いつくしうしなさせたまへり。

 ひむがしいけふねどもけて、御厨子所みづしどころ鵜飼うかひをさゐん鵜飼うかひならべて、をおろさせたまへり。ちひさきふなどもひたり。わざとの御覧ごらんとはなけれども、ぎさせたまふみちきょうばかりになむ。

 やま紅葉もみぢ、いづかたおとらねど、西にし御前おまへこころことなるを、なからうかべくづし、中門ちゅうもんきて、きりへだてなくて御覧ごらんぜさせたまふ。

 御座おほんざふたつよそひて、主人あるじ御座おほんざしたれるを、宣旨せんじありてなほさせたまふほど、めでたくえたれど、みかどは、なほかぎりあるゐやゐやしさをくしてせたてまつりたまはぬことをなむ、おぼしける。

 いけいをを、左少将させうしゃうり、蔵人所くらうどどころ鷹飼たかがひの、北野きたのかりつかまつれる鳥一番とりひとつがひを、右少将うせうしゃうささげて、寝殿しんでんひむがしより御前おまへでて、御階みはし左右ひだりみぎひざをつきてそうす。太政大臣おほきおとどおほごとたまひて、調てうじて御膳おものまゐる。親王みこたち、上達部かむだちめなどのおほんまうけも、めづらしきさまに、つねことどもをへてつかうまつらせたまへり。

皆御酔ひになりて

 みなおほんひになりて、れかかるほどに、楽所がくそひとす。わざとの大楽おほがくにはあらず、なまめかしきほどに、殿上てんじゃうわらはべ、まひつかうまつる。朱雀院すざくゐん紅葉もみぢれい古事ふることおぼでらる。「賀王恩がわうおん」といふものをそうするほどに、太政大臣おほきおとど御弟子おほんをとごとをばかりなる、せちにおもしろうふ。内裏うちみかど御衣おほんぞぬぎてたまふ。太政大臣おほきおとどりて舞踏ぶたふしたまふ。

 主人あるじゐんきくらせたまひて、「青海波せいがいは」のをりおぼづ。

いろまさるまがききく折々をりをりそでうちかけしあきこひふらし」

 大臣おとど、そのをりは、おなまひならびきこえたまひしを、われひとにはすぐれたまへるながら、なほこのきははこよなかりけるほど、おぼらる。時雨しぐれをりかほなり。

むらさきくもにまがへるきくはなにごりなきほしかとぞ

ときこそありけれ」

 とこえたまふ。

夕風の吹き敷く紅葉の色々

 夕風ゆふかぜ紅葉もみぢ色々いろいろうすき、にしききたる渡殿わたどのうへえまがふにはおもに、容貌かたちをかしきわらはべの、やむごとなきいへどもなどにて、あをあか白橡しろつるばみ蘇芳すはう葡萄染えびぞめなど、つねのごと、れいのみづらに、ひたひばかりのけしきをせて、みじかきものどもをほのかにひつつ、紅葉もみぢかげかへるほど、るるもいとしげなり。

 楽所がくそなどおどろおどろしくはせず。うへ御遊おほんあそはじまりて、書司ふみのつかさ御琴おほんことどもす。もののきょうせちなるほどに、御前ごぜんみな御琴おほんことどもまゐれり。宇多法師うだのほふしかははらぬこゑも、朱雀院すざくゐんは、いとめづらしくあはれにこしす。

あきをへて時雨しぐれふりぬる里人さとびともかかる紅葉もみぢをりをこそね」

 うらめしげにぞおぼしたるや。みかど

つね紅葉もみぢとやるいにしへのためしにひけるにはにしきを」

 と、こえらせたまふ。御容貌おほんかたちいよいよねびととのほりたまひて、ただひとつものとえさせたまふを、中納言ちゅうなごんさぶらひたまふが、ことことならぬこそ、めざましかめれ。あてにめでたきけはひや、おもひなしにおとりまさらむ、あざやかににほはしきところは、ひてさへゆ。

 ふえつかうまつりたまふ、いとおもしろし。唱歌さうが殿上人てんじゃうびと御階みはしにさぶらふなかに、弁少将べんのせうしゃうこゑすぐれたり。なほさるべきにこそとえたる御仲おほんなからひなめり。

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