『源氏物語』第25帖「蛍」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

今はかく重々しきほどに

 いまはかく重々おもおもしきほどに、よろづのどやかにおぼししづめたるおほんありさまなれば、たのみきこえさせたまへるひとびと、さまざまにつけて、みなおもふさまにさだまり、ただよはしからで、あらまほしくてぐしたまふ。

 たい姫君ひめぎみこそ、いとほしく、おもひのほかなるおもひて、いかにせむとおぼみだるめれ。かのげんかりしさまには、なずらふべきけはひならねど、かかるすぢに、かけてもひとおもりきこゆべきことならねば、こころひとつにおぼしつつ、「さまことにうとまし」とおもひきこえたまふ。

 なにごとをもおぼりにたる御齢おほんよはひなれば、とざまかうざまにおぼあつめつつ、母君ははぎみのおはせずなりにける口惜くちをしさも、またとりかへししくかなしくおぼゆ。

 大臣おとども、うちでそめたまひては、なかなかくるしくおぼせど、人目ひとめはばかりたまひつつ、はかなきことをもえこえたまはず、くるしくもおぼさるるままに、しげくわたりたまひつつ、御前おまへひととほく、のどやかなるをりは、ただならずけしきばみきこえたまふごとに、むねつぶれつつ、けざやかにはしたなくこゆべきにはあらねば、ただ見知みしらぬさまにもてなしきこえたまふ。

 ひとざまのわららかに、気近けぢかくものしたまへば、いたくまめだち、こころしたまへど、なほをかしく愛敬あいぎゃうづきたるけはひのみえたまへり。

兵部卿宮などは、まめやかに

 兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやなどは、まめやかにせめきこえたまふ。御労ごらうのほどはいくばくならぬに、五月雨さみだれになりぬるうれへをしたまひて、

「すこし気近けぢかきほどをだにゆるしたまはば、おもふことをも、片端かたはしはるけてしがな」

 と、こえたまへるを、殿との御覧ごらんじて、

「なにかは。この君達きむだちきたまはむは、見所みどころありなむかし。もてはなれてなこえたまひそ。御返おほんかへり、時々ときどきこえたまへ」

 とて、をしへてかせたてまつりたまへど、いとどうたておぼえたまへば、「みだ心地ごこちし」とて、こえたまはず。

 ひとびとも、ことにやむごとなくおもきなども、をさをさなし。ただ、母君ははぎみ御叔父おほんをぢなりける、宰相さいしゃうばかりのひとむすめにて、こころばせなど口惜くちをしからぬが、おとろのこりたるを、たづねとりたまへる、宰相さいしゃうきみとて、などもよろしくき、おほかたも大人おとなびたるひとなれば、さるべき折々をりをり御返おほんかへりなどかせたまへば、でて、言葉ことばなどのたまひてかせたまふ。

 ものなどのたまふさまを、ゆかしとおぼすなるべし。

 正身さうじみは、かくうたてあるものなげかしさののちは、このみやなどは、あはれげにこえたまふときは、すこし見入みいれたまふときもありけり。なにかとおもふにはあらず、「かく心憂こころうけしきぬわざもがな」と、さすがにされたるところつきておぼしけり。

 殿とのは、あいなくおのれ心懸想こころげさうして、みやちきこえたまふもりたまはで、よろしき御返おほんかへりのあるをめづらしがりて、いとしのびやかにおはしましたり。

 妻戸つまど御茵おほんしとねまゐらせて、御几帳みきちゃうばかりをへだてにて、ちかきほどなり。

 いといたうこころして、空薫物そらだきものこころにくきほどににほはして、つくろひおはするさま、おやにはあらで、むつかしきさかしらびとの、さすがにあはれにえたまふ。宰相さいしゃうきみなども、ひとおほんいらへこえむこともおぼえず、づかしくてゐたるを、「もれたり」と、ひきつみたまへば、いとわりなし。

夕闇過ぎて、おぼつかなき空のけしき

 夕闇ゆふやみぎて、おぼつかなきそらのけしきのくもらはしきに、うちしめりたるみやおほんけはひも、いとえんなり。うちよりほのめく追風おひかぜも、いとどしき御匂おほんにほひのたちひたれば、いとふかかをちて、かねておぼししよりもをかしきおほんけはひを、こころとどめたまひけり。

 うちでて、おもこころのほどをのたまひつづけたること、おとなおとなしく、ひたぶるにきしくはあらで、いとけはひことなり。大臣おとど、いとをかしと、ほのきおはす。

 姫君ひめぎみは、東面ひむがしおもてりて大殿籠おほとのごもりにけるを、宰相さいしゃうきみ御消息おほんせうそこつたへに、ゐざりりたるにつけて、

「いとあまりあつかはしきおほんもてなしなり。よろづのこと、さまにしたがひてこそめやすけれ。ひたぶるにわかびたまふべきさまにもあらず。このみやたちをさへ、さしはなちたる人伝ひとづてにこえたまふまじきことなりかし。御声おほんこゑこそしみたまふとも、すこし気近けぢかくだにこそ」

 など、いさめきこえたまへど、いとわりなくて、ことづけてもはひりたまひぬべき御心みこころばへなれば、とざまかうざまにわびしければ、すべりでて、母屋もやきはなる御几帳みきちゃうのもとに、かたはらしたまへる。

何くれと言長き御応へ聞こえたまふ

 なにくれとことなが御応おほんいらこえたまふこともなく、おぼしやすらふに、りたまひて、御几帳みきちゃう帷子かたびら一重ひとえうちかけたまふにあはせて、さとひかるもの。紙燭しそくをさしでたるかとあきれたり。

 ほたるうすきかたに、このゆふかたいとおほつつみおきて、ひかりをつつみかくしたまへりけるを、さりげなく、とかくひきつくろふやうにて。

 にはかにかく掲焉けちえんひかれるに、あさましくて、あふぎをさしかくしたまへるかたはら、いとをかしげなり。

「おどろかしきひかりえば、みやのぞきたまひなむ。わがむすめおぼすばかりのおぼえに、かくまでのたまふなめり。ひとざま容貌かたちなど、いとかくしもしたらむとは、えはかりたまはじ。いとよくきたまひぬべきこころまどはさむ」

 と、かまへありきたまふなりけり。まことのわが姫君ひめぎみをば、かくしも、もてさわぎたまはじ、うたてある御心みこころなりけり。

 ことかたより、やをらすべりでて、わたりたまひぬ。

宮は、人のおはするほど

 みやは、ひとのおはするほど、さばかりとはかりたまふが、すこし気近けぢかきけはひするに、御心みこころときめきせられたまひて、えならぬうすもの帷子かたびらひまより見入みいれたまへるに、一間ひとまばかりへだてたるわたしに、かくおぼえなきひかりのうちほのめくを、をかしとたまふ。

 ほどもなくまぎらはしてかくしつ。されどほのかなるひかりえんなることのつまにもしつべくゆ。ほのかなれど、そびやかにしたまへりつる様体やうだいのをかしかりつるを、かずおぼして、げに、このこと御心みこころにしみにけり。

こゑこえぬむしおもひだにひとつにはゆるものかは

おもりたまひぬや」

 とこえたまふ。かやうの御返おほんかへしを、おもひまはさむもねぢけたれば、きばかりをぞ。

こゑはせでをのみがすほたるこそふよりまさるおもひなるらめ」

 など、はかなくこえなして、おほんみづからはりたまひにければ、いとはるかにもてなしたまふうれはしさを、いみじくうらみきこえたまふ。

 きしきやうなれば、ゐたまひもかさで、のきしづくくるしさに、夜深よぶかでたまひぬ。時鳥ほととぎすなどかならずうちきけむかし。うるさければこそきもめね。

おほんけはひなどのなまめかしさは、いとよく大臣おとどきみたてまつりたまへり」と、ひとびともめできこえけり。昨夜よべ、いと女親めおやだちてつくろひたまひしおほんけはひを、うちうちはらで、「あはれにかたじけなし」とみなふ。

姫君は、かくさすがなる御けしきを

 姫君ひめぎみは、かくさすがなるけしきを、

「わがみづからのさぞかし。おやなどにられたてまつり、ひとめきたるさまにて、かやうなる御心みこころばへならましかば、などかはいとげなくもあらまし。ひとぬありさまこそ、つひに世語よがたりにやならむ」

 と、おぼしなやむ。

 さるは、「まことにゆかしげなきさまにはもてなしてじ」と、大臣おとどおぼしけり。なほ、さる御心癖みこころぐせなれば、中宮ちゅうぐうなども、いとうるはしくやおもひきこえたまへる、ことにれつつ、ただならずこえうごかしなどしたまへど、やむごとなきかたの、およびなくわづらはしさに、おりちあらはしこえりたまはぬを、このきみは、ひとおほんさまも、気近けぢかいまめきたるに、おのづからおもしのびがたきに、折々をりをりひとたてまつりつけばうたがひぬべきおほんもてなしなどは、うちじるわざなれど、ありがたくおぼかへしつつ、さすがなる御仲おほんなかなりけり。

五日には、馬場の御殿に

 五日いつかには、馬場むまば御殿おとどでたまひけるついでに、わたりたまへり。

「いかにぞや。みやかしたまひし。いたくもらしきこえじ。わづらはしきひたまへるひとぞや。ひとこころやぶり、もののあやまちすまじきひとは、かたくこそありけれ」

 など、けみころしみいましめおはするおほんさま、きせずわかくきよげにえたまふ。つやいろもこぼるばかりなる御衣おほんぞに、直衣なほしはかなくかさなれるあはひも、いづこにくははれるきよらにかあらむ、このひとだしたるとえず、つねいろへぬ文目あやめも、今日けふはめづらかに、をかしくおぼゆるかをりなども、「おもふことなくは、をかしかりぬべきおほんありさまかな」と姫君ひめぎみおぼす。

 みやより御文おほんふみあり。しろ薄様うすやうにて、御手おほんてはいとよしありてきなしたまへり。るほどこそをかしけれ、まねびづれば、ことなることなしや。

今日けふさへやひともなき水隠みがくれにふる菖蒲あやめのみかれむ」

 ためしにもでつべきむすびつけたまへれば、「今日けふ御返おほんかへり」などそそのかしおきて、でたまひぬ。これかれも、「なほ」とこゆれば、御心みこころにもいかがおぼしけむ、

「あらはれていとどあさくもゆるかな菖蒲あやめもわかずかれける

若々わかわかしく」

 とばかり、ほのかにぞあめる。「いますこしゆゑづけたらば」と、みやこのましき御心みこころに、いささかかぬこととたまひけむかし。

 楽玉くすだまなど、えならぬさまにて、所々ところどころよりおほかり。おぼしづみつるとしごろの名残なごりなきおほんありさまにて、こころゆるびたまふこともおほかるに、「おなじくは、ひときずつくばかりのことなくてもやみにしがな」と、いかがおぼさざらむ。

殿は、東の御方にも

 殿とのは、ひむがし御方おほんかたにもさしのぞきたまひて、

中将ちゅうじゃうの、今日けふつかさ手結てつがひのついでに、をのこどもれてものすべきさまにひしを、さるこころしたまへ。まだあかきほどになむものぞ。あやしく、ここにはわざとならずしのぶることをも、この親王みこたちのきつけて、とぶらひものしたまへば、おのづからことことしくなむあるを、用意よういしたまへ」

 などこえたまふ。

 馬場むまば御殿おとどは、こなたのらうより見通みとほすほどとほからず。

わかひとびと、渡殿わたどのけて物見ものみよや。ひだりつかさに、いとよしある官人くわんじんおほかるころなり。少々せうせう殿上人てんじゃうびとおとるまじ」

 とのたまへば、物見ものみむことをいとをかしとおもへり。

 たい御方おほんかたよりも、童女わらはべなど、物見ものみわたて、らう戸口とぐち御簾みすあをやかにけわたして、いまめきたる裾濃すそご御几帳みきちゃうどもてわたし、わらは下仕しもづかへなどさまよふ。菖蒲襲さうぶがさねあこめ二藍ふたあゐうすもの汗衫かざみたる童女わらはべぞ、西にしたいのなめる。

 このましくれたるかぎ四人よたり下仕しもづかへは、あふち裾濃すそご撫子なでしこ若葉わかばいろしたる唐衣からぎぬ今日けふのよそひどもなり。

 こなたのは、一襲ひとがさねに、撫子襲なでしこがさね汗衫かざみなどおほどかにて、おのおのいどがほなるもてなし、見所みどころあり。

 わかやかなる殿上人てんじゃうびとなどは、をたててけしきばむ。ひつじときに、馬場むまば御殿おとどでたまひて、げに親王みこたちおはしつどひたり。手結てつがひの公事おほやけごとにはさまかはりて、次将すけたちかきまゐりて、さまことにいまめかしくあそらしたまふ。

 をんなは、なにのあやめもらぬことなれど、舎人とねりどもさへえんなる装束さうぞくくして、げたるまどはしなどをるぞ、をかしかりける。

 みなみまちとほして、はるばるとあれば、あなたにもかやうのわかひとどもはけり。「打毬楽だきゅらく」「落蹲らくそん」などあそびて、けの乱声らんじゃうどもののしるも、てて、何事なにごとえずなりてぬ。舎人とねりどものろく品々しなじなたまはる。いたくけて、ひとびとみなあかれたまひぬ。

大臣は、こなたに大殿籠もりぬ

 大臣おとどは、こなたに大殿籠おほとのごもりぬ。物語ものがたりなどこえたまひて、

兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやの、ひとよりはこよなくものしたまふかな。容貌かたちなどはすぐれねど、用意よういけしきなど、よしあり、愛敬あいぎゃうづきたるきみなり。しのびてたまひつや。よしといへど、なほこそあれ」

 とのたまふ。

御弟おほんおとうとにこそものしたまへど、ねびまさりてぞえたまひける。としごろ、かくをりぐさずわたり、むつびきこえたまふときはべれど、むかし内裏うちわたりにてほのたてまつりしのち、おぼつかなしかし。いとよくこそ、容貌かたちなどねびまさりたまひにけれ。そち親王みこよくものしたまふめれど、けはひおとりて、大君おほきみけしきにぞものしたまひける」

 とのたまへば、「ふと見知みしりたまひにけり」とおぼせど、ほほみて、なほあるを、しともしともかけたまはず。

 ひとうへなんつけ、としめざまのことひとをば、いとほしきものにしたまへば、

右大将うだいしゃうなどをだに、こころにくきひとにすめるを、なにばかりかはある。ちかきよすがにてむは、かぬことにやあらむ」

 と、たまへど、ことあらはしてものたまはず。

 いまはただおほかたの御睦おほんむつびにて、御座おましなども異々ことごとにて大殿籠おほとのごもる。「などてかくはなれそめしぞ」と、殿とのくるしがりたまふ。おほかた、なにやかやともそばみきこえたまはで、としごろかくをりふしにつけたる御遊おほんあそびどもを、人伝ひとづてに見聞みききたまひけるに、今日けふめづらしかりつることばかりをぞ、このまちのおぼえきらきらしとおぼしたる。

「そのこまもすさめぬくさてるみぎは菖蒲あやめ今日けふきつる」

 とおほどかにこえたまふ。なにばかりのことにもあらねど、あはれとおぼしたり。

鳰鳥にほどりかげをならぶる若駒わかこまはいつか菖蒲あやめわかるべき」

 あいだちなきおほんことどもなりや。

朝夕あさゆふへだてあるやうなれど、かくてたてまつるは、こころやすくこそあれ」

 たはぶれごとなれど、のどやかにおはするひとざまなれば、しづまりてこえなしたまふ。

 ゆかをばゆづりきこえたまひて、御几帳みきちゃうへだてて大殿籠おほとのごもる。気近けぢかくなどあらむすぢをば、いとげなかるべきすぢに、おもはなてきこえたまへれば、あながちにもこえたまはず。

長雨例の年よりもいたくして

 長雨ながあめれいとしよりもいたくして、るるかたなくつれづれなれば、御方々おほんかたがた物語ものがたりなどのすさびにて、かしらしたまふ。明石あかし御方おほんかたは、さやうのことをもよしありてしなしたまひて、姫君ひめぎみ御方おほんかたにたてまつりたまふ。

 西にしたいには、ましてめづらしくおぼえたまふことのすぢなれば、みいとなみおはす。つきなからぬ若人わかうどあまたあり。さまざまにめづらかなるひとうへなどを、まことにやいつはりにや、あつめたるなかにも、「わがありさまのやうなるはなかりけり」とたまふ。

 住吉すみよし姫君ひめぎみの、さしあたりけむをりはさるものにて、いまのおぼえもなほこころことなめるに、主計頭かぞへのかみが、ほとほとしかりけむなどぞ、かのげんがゆゆしさをおぼしなずらへたまふ。

 殿とのも、こなたかなたにかかるものどものりつつ、御目おほんめはなれねば、

「あな、むつかし。をんなこそ、ものうるさがらず、ひとあざむかれむとまれたるものなれ。ここらのなかに、まことはいとすくなからむを、かつる、かかるすずろごとにこころうつし、はかられたまひて、あつかはしき五月雨さみだれの、かみみだるるもらで、きたまふよ」

 とて、わらひたまふものから、また、

「かかる古言ふることならでは、げに、なにをかまぎるることなきつれづれをなぐさめまし。さても、このいつはりどものなかに、げにさもあらむとあはれをせ、つきづきしくつづけたる、はた、はかなしごととりながら、いたづらにこころうごき、らうたげなる姫君ひめぎみのものおもへるるに、かたこころつくかし。

また、いとあるまじきことかなとる、おどろおどろしくとりなしけるがおどろきて、しづかにまたくたびぞ、にくけれど、ふとをかしきふし、あらはなるなどもあるべし。

このころ、をさなひと女房にょうばうなどに時々ときどきまするをけば、ものよくふもののにあるべきかな。虚言そらごとをよくしなれたるくちつきよりぞだすらむとおぼゆれど、さしもあらじや」

 とのたまへば、

「げに、いつはれたるひとや、さまざまにさもみはべらむ。ただいとまことのこととこそおもうたまへられけれ」

 とて、すづりをおしやりたまへば、

「こちなくもこえとしてけるかな。神代かみよよりにあることを、しるしおきけるななり。日本紀にほんぎなどは、ただかたそばぞかし。これらにこそ道々みちみちしくくはしきことはあらめ」

 とて、わらひたまふ。

その人の上とて、ありのままに

「そのひとうへとて、ありのままにづることこそなけれ、きもしきも、ひとのありさまの、るにもかず、くにもあまることを、のちにもつたへさせまほしき節々ふしぶしを、こころめがたくて、ひおきはじめたるなり。きさまにふとては、きことのかぎでて、ひとしたがはむとては、またしきさまのめづらしきことをあつめたる、みなかたがたにつけたる、このほかのことならずかし。

ひと朝廷みかどざえつくりやうはる、おな大和やまとくにのことなれば、むかしいまのにはるべし、ふかきことあさきことのけぢめこそあらめ、ひたぶるに虚言そらごとてむも、ことのこころたがひてなむありける。

ほとけの、いとうるはしきこころにてきおきたまへる御法みのりも、方便はうべんといふことありて、さとりなきものは、ここかしこたがうたがひをきつべくなむ。方等経はうどうきゃうなかおほかれど、ひもてゆけば、ひとつむねにありて、菩提ぼだい煩悩ぼんなうとのへだたりなむ、この、ひとしきばかりのことははりける。

よくへば、すべてなにごともむなしからずなりぬや」

 と、物語ものがたりをいとわざとのことにのたまひなしつ。

「さて、かかる古言ふることなかに、まろがやうに実法じほふなる痴者しれもの物語ものがたりはありや。いみじく気遠けどほきものの姫君ひめぎみも、御心みこころのやうにつれなく、そらおぼめきしたるはにあらじな。いざ、たぐひなき物語ものがたりにして、つたへさせむ」

 と、さしりてこえたまへば、かほれて、

「さらずとも、かくめづらかなることは、世語よがたりにこそはなりはべりぬべかめれ」

 とのたまへば、

めづらかにやおぼえたまふ。げにこそ、またなき心地ここちすれ」

 とて、りゐたまへるさま、いとあざれたり。

おもひあまりむかしあとたづぬれどおやそむけるぞたぐひなき

不孝ふけうなるは、ほとけみちにもいみじくこそひたれ」

 とのたまへど、かほももたげたまはねば、御髪みぐしをかきやりつつ、いみじくうらみたまへば、からうして、

ふるあとたづぬれどげになかりけりこのにかかるおやこころは」

 とこえたまふも、心恥こころはづかしければ、いといたくもみだれたまはず。

 かくして、いかなるべきおほんありさまならむ。

紫の上も、姫君の御あつらへに

 むらさきうへも、姫君ひめぎみおほんあつらへにことつけて、物語ものがたりてがたくおぼしたり。くまのの物語ものがたりにてあるを、

「いとよくきたるかな」

 とて御覧ごらんず。ちひさき女君をんなぎみの、何心なにごころもなくて昼寝ひるねしたまへるところを、むかしのありさまおぼでて、女君をんなぎみたまふ。

「かかるわらはどちだに、いかにされたりけり。まろこそ、なほためしにしつべく、こころのどけさはひとざりけれ」

 とこえでたまへり。げに、たぐひおほからぬことどもは、このあつめたまへりけりかし。

姫君ひめぎみ御前おまへにて、このれたる物語ものがたりなど、なかせたまひそ。みそかごころつきたるもののむすめなどは、をかしとにはあらねど、かかることにはありけりと、見馴みなれたまはむぞ、ゆゆしきや」

 とのたまふも、こよなしと、たい御方おほんかたきたまはば、心置こころおきたまひつべくなむ。

 うへ

心浅こころあさげなるひとまねどもは、るにもかたはらいたくこそ。宇津保うつほ藤原君ふぢはらぎみむすめこそ、いとおもりかにはかばかしきひとにて、あやまちなかめれど、すくよかにでたることもしわざも、をんなしきところなかめるぞ、一様ひとやうなめる」

 とのたまへば、

「うつつのひとも、さぞあるべかめる。ひとびとしくてたるおもむきことにて、よきほどにかまへぬや。よしなからぬおやの、こころとどめてほしたてたるひとの、めかしきをけるしるしにて、おくれたることおほかるは、なにわざしてかしづきしぞと、おやのしわざさへおもひやらるるこそ、いとほしけれ。

げに、さいへど、そのひとのけはひよとえたるは、かひあり、おもだたしかし。言葉ことばかぎりまばゆくほめおきたるに、しでたるわざ、でたることのなかに、げにとこゆることなき、いと見劣みおとりするわざなり。

すべて、からぬひとに、いかでひとほめさせじ」

 など、ただ「この姫君ひめぎみの、てんつかれたまふまじく」と、よろづにおぼしのたまふ。

 継母ままはははらぎたなき昔物語むかしものがたりおほかるを、このころ、「こころえにこころづきなし」とおぼせば、いみじくりつつなむ、きととのへさせ、などにもかせたまひける。

中将の君を、こなたには気遠く

 中将ちゅうじゃうきみを、こなたには気遠けどほくもてなしきこえたまへれど、姫君ひめぎみ御方おほんかたには、さしもさしはなちきこえたまはずならはしたまふ。

「わがのほどは、とてもかくてもおなじことなれど、なからむおもひやるに、なほつき、おもひしみぬることどもこそ、きてはおぼゆべけれ」

 とて、南面みなみおもて御簾みすうちゆるしたまへり。台盤所だいばんどころ女房にょうばうのなかはゆるしたまはず。あまたおはせぬ御仲おほんなからひにて、いとやむごとなくかしづききこえたまへり。

 おほかたのこころもちゐなども、いとものものしく、まめやかにものしたまふきみなれば、うしろやすくおぼゆづれり。まだいはけたる御雛遊おほんひひなあそびなどのけはひのゆれば、かのひとの、もろともにあそびてぐしし年月としつきの、まづおもでらるれば、ひひな殿との宮仕みやづかへ、いとよくしたまひて、折々をりをりにうちしほたれたまひけり。

 さもありぬべきあたりには、はかなしごとものたまひるるはあまたあれど、たのみかくべくもしなさず。さるかたになどかはざらむと、こころとまりぬべきをも、ひてなほざりごとにしなして、なほ「かの、みどりそでなほしてしがな」とおもこころのみぞ、やむごとなきふしにはとまりける。

 あながちになどかかづらひまどはば、ふるるかたゆるしたまひもしつべかめれど、「つらしとおもひし折々をりをり、いかでひとにもことわらせたてまつらむ」とおもひおきし、わすれがたくて、正身さうじみばかりには、おろかならぬあはれをくしせて、おほかたにはられおもへらず。

 せうと君達きむだちなども、なまねたしなどのみおもふことおほかり。たい姫君ひめぎみおほんありさまを、右中将みぎのちゅうじゃうは、いとふかおもひしみて、るたよりもいとはかなければ、このきみをぞかこちりけれど、

ひとうへにては、もどかしきわざなりけり」

 と、つれなくいらへてぞものしたまひける。むかし父大臣ちちおとどたちの御仲おほんなからひにたり。

内の大臣は、御子ども腹々いと多かるに

 うち大臣おとどは、御子おほんこども腹々はらばらいとおほかるに、そのでたるおぼえ、人柄ひとがらしたがひつつ、こころにまかせたるやうなるおぼえ、御勢おほんいきほひにて、みななしてたまふ。をんなはあまたもおはせぬを、女御にょうごも、かくおぼししことのとどこほりたまひ、姫君ひめぎみも、かくことたがふさまにてものしたまへば、いと口惜くちをしとおぼす。

 かの撫子なでしこわすれたまはず、もののをりにもかたでたまひしことなれば、

「いかになりにけむ。ものはかなかりけるおやこころかれて、らうたげなりしひとを、行方ゆくへらずなりにたること。すべて女子をんなごといはむものなむ、いかにもいかにもはなつまじかりける。さかしらにわがひて、あやしきさまにてはふれやすらむ。とてもかくても、こえば」

 と、あはれにおぼしわたる。君達きみたちにも、

「もし、さやうなるのりするひとあらば、みみとどめよ。こころのすさびにまかせて、さるまじきこともおほかりしなかに、これは、いとしか、おしなべてのきはにもおもはざりしひとの、はかなきものむじをして、かくすくなかりけるもののくさはひひとつを、うしなひたることの口惜くちをしきこと」

 と、つねにのたまひづ。なかごろなどはさしもあらず、うちわすれたまひけるを、ひとの、さまざまにつけて、女子をんなごかしづきたまへるたぐひどもに、わがおもほすにしもかなはぬが、いと心憂こころうく、本意ほいなくおぼすなりけり。

 ゆめたまひて、いとよくはするものして、はせたまひけるに、

「もし、としごろ御心みこころられたまはぬ御子みこを、ひとのものになして、こしめしづることや」

 とこえたりければ、

女子をんなごひとになることは、をさをさなしかし。いかなることにかあらむ」

 など、このころぞ、おぼしのたまふべかめる。

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