『源氏物語』第6帖「末摘花」原文全文を読む|読みやすいふりがな付き

目次

思へどもなほ飽かざりし夕顔の露に

 おもへどもなほかざりし夕顔ゆふがほつゆにおくれし心地ここちを、年月としつきれどおぼしわすれず、ここもかしこも、うちとけぬかぎりの、けしきばみ心深こころふかかたおほんいどましさに、けちかくうちとけたりしあはれにものなうこひしくおもほえたまふ。

 いかで、ことことしきおぼえはなく、いとらうたげならむひとのつつましきことなからむ、つけてしかな、とりずまにおぼしわたれば、すこしゆゑづきてこゆるわたりは御耳おほんみみとどめたまはぬくまなきに、さてもや、とおぼしるばかりのけはひあるあたりにこそ、一行ひとくだりをもほのめかしたまふめるに、なびききこえずもてはなれたるはをさをさあるまじきぞ、いと目馴めなれたるや。つれなう心強こころづよきは、たとしへなうなさけおくるるまめやかさなど、あまりもののほどらぬやうに、さてしもぐしてず、名残なごりなくくづほれて、なほなほしきかたさだまりなどするもあれば、のたまひさしつるもおほかりける。

 かの空蝉うつせみを、ものの折々をりをりにはねたうおぼしづ。をぎも、さりぬべきかぜのたよりあるときは、おどろかしたまふをりもあるべし。火影ほかげみだれたりしさまは、またさやうにてもまほしくおぼす。大方おほかた名残なごりなきものわすれをぞえしたまはざりける。

左衛門の乳母とて、大弐のさしつぎに

 左衛門さゑもん乳母めのととて大弐だいにのさしつぎにおぼいたるがむすめ、大輔たいふ命婦みゃうぶとて内裏うちにさぶらふ、わかむどほりの兵部大輔ひゃうぶのたいふなるむすめなりけり。いといたう色好いろごのめる若人わかうどにてありけるを、きみ使つかひなどしたまふ。はは筑前守ちくぜんのかみにてくだりにければ、ちちきみのもとをさとにてかよふ。

 常陸ひたち親王みこの、すゑにまうけていみじうかなしうかしづきたまひしおほんむすめ、心細こころぼそくてのこりゐたるを、もののついでにかたりきこえければ、あはれのことや、とて御心みこころとどめてきたまふ。

こころばへ、かたちなど、ふかかたはえりはべらず。かいひそめ、ひとうとうもてなしたまへば、さべきよひなど、物越ものごしにてぞかたらひはべる。きんをぞなつかしきかたらひひとおもへる」

 とこゆれば、

さんつのともにて、いま一種ひとくさやうたてあらむ」

 とて、

われかせよ。ちち親王みこのさやうのかたにいとよしづきてものしたまうければ、おしなべてのにはあらじ、となむおもふ」

 とのたまへば、

「さやうにこしすばかりにはあらずやはべらむ」

 とへど、御心みこころとまるばかりこえなすを、

「いたうけしきばましや。このごろの朧月夜おぼろづくよしのびてものせむ。まかでよ」

 とのたまへば、わづらはし、とおもへど、内裏うちわたりものどやかなるはるのつれづれにまかでぬ。

 ちち大輔たいふきみはほかにぞみける。ここには時々ときどきかよひける。命婦みゃうぶは、継母ままははのあたりはみもつかず、姫君ひめぎみおほんあたりをむつびて、ここにはるなりけり。

のたまひしもしるく、十六夜の月

 のたまひしもしるく、十六夜いさよひつきをかしきほどにおはしたり。

「いとかたはらいたきわざかな。もののむべきのさまにもはべらざめるに」

 とこゆれど、

「なほあなたにわたりて、ただ一声ひとこゑももよほしきこえよ。むなしくてかへらむがねたかるべきを」

 とのたまへば、うちとけたるゑたてまつりて、うしろめたうかたじけなしとおもへど、寝殿しんでんまゐりたれば、まだ格子かうしもさながら、むめをかしきをだしてものしたまふ。よきをりかな、とおもひて、

御琴おほんこと、いかにまさりはべらむ、とおもひたまへらるるのけしきにさそはれはべりてなむ。こころあわたたしきりに、えうけたまはらぬこそ口惜くちををしけれ」

 とへば、

ひとこそあなれ。百敷ももしききかふひとくばかりやは」

 とてするも、あいなう、いかがきたまはむとむねつぶる。

 ほのかにかきらしたまふ、をかしうこゆ。なにばかりふかならねど、もののがらのすぢことなるものなれば、きにくくもおぼされず。いといたうれわたりてさびしきところに、さばかりのひとの、ふるめかしうところせくかしづきゑたりけむ名残なごりなく、いかにおもほしのこことなからむ、かやうのところにこそは、昔物語むかしものがたりにもあはれなることどもありけれ、などおもつづけても、ものらましとおぼせど、うちつけにやおぼさむと心恥こころはづかしくて、やすらひたまふ。

 命婦みゃうぶ、かどあるものにて、いたうみみならさせたてまつらじとおもひければ、

くもりがちにはべるめり。客人まらうとむとはべりつる、いとひがほにもこそ。いまこころのどかにを。御格子みかうしまゐりなむ」

 とて、いたうもそそのかさでかへりたれば、

「なかなかなるほどにてもやみぬるかな。ものくほどにもあらで、ねたう」

 とのたまふけしき、をかしとおぼしたり。

おなじくは、けちかきほどのきせさせよ」

 とのたまへど、こころにくくてとおもへば、

「いでや、いとかすかなるありさまにおもえて、心苦こころぐるしげにものしたまふめるを、うしろめたきさまにや」

 とへば、げにさもあること、にはかにわれひともうちとけてかたらふべきひときはきはとこそあれ、などあはれにおぼさるるひとおほんほどなれば、

「なほさやうのけしきをほのめかせ」

 とかたらひたまふ。またちぎりたまへるかたやあらむ、いとしのびてかへりたまふ。

うへの、まめにおはしますともてなやみきこえさせたまふこそ、をかしうおもうたまへらるる折々をりをりはべれ。かやうのおほんやつれ姿すがたを、いかでかは御覧ごらんじつけむ」

 とこゆれば、かへり、うちひて、

異人ことびとはむやうに、とがなあらはされそ。これをあだあだしきふるまひとはば、をんなのありさまくるしからむ」

 とのたまへば、あまりいろめいたりとおぼして、折々をりをりかうのたまふをづかし、とおもひてものもはず。

 寝殿しんでんかたに、ひとのけはひくやうもやとおぼして、やをら退きたまふ。透垣すいがいのただすこしをりのこりたるかくれのかたりたまふに、もとよりてるをとこありけり。たれれならむ、こころかけたるものありけり、とおぼして、かげにつきてかくれたまへば、頭中将とうのちうじゃうなりけり。

 このゆふかた内裏うちよりもろともにまかでたまひける、やがて大殿おほいどのにもらず、二条院にでうのゐんにもあらでわかれたまひけるを、いづちならむとただならで、われかたあれど、あとにつきてうかがひけり。あやしきむまに、狩衣姿かりぎぬすがたのないがしろにてければ、えりたまはぬに、さすがに、かう異方ことかたりたまひぬれば、こころおもひけるほどに、もののきついててるに、かへりやでたまふ、としたつなりけり。

 きみは、たれともえきたまはで、われられじとありみたまふに、ふとりて、

「ふりてさせたまへるつらさに、御送おほんおくつかうまつりつるは。

もろともに大内山おほうちやまでつれどかたせぬいさよひのつき

 とうらむるもねたけれど、このきみたまふ、すこしをかしうなりぬ。

ひとおもひよらぬことよ」

 とにくにくむ、

さとわかぬかげをばれどゆくつきのいるさのやまたれれかたづぬる

かうしたひありかば」

「いかにせさせたまはむ」

 とこえたまふ。

「まことは、かやうの御歩おほんありきには、随身ずいじんからこそはかばかしきこともあるべけれ。おくらさせたまはでこそあらめ。やつれたる御歩おほんありきは、軽々かろがろしきことなん」

 と、おしかへしいさめたてまつる。かうのみつけらるるをねたしとおぼせど、かの撫子なでしこはえたづらぬを、おもくう御心みこころのうちにおもづ。

おのおの契れる方にも

 おのおのちぎれるかたにもあまえて、えわかれたまはず、ひとくるまりて、つきのをかしきほどに雲隠くもがくれたるみちのほど、ふえはせて大殿おほいどのにおはしぬ。前駆さきなどもはせたまはず、しのりて、ひとらう御直衣おほんなほしどもして着替きがへたまふ。つれなう、いまるやうにて、御笛おほんふえどもきすさびておはすれば、大臣おとどれいぐしたまはで、高麗笛こまぶえでたまへり。いと上手じゃうずにおはすれば、いとおもしろうきたまふ。御琴おほんことして、うちにも、このかた心得こころえたる人々ひとびとかせたまふ。

 中務なかつかさきみ、わざと琵琶びはけど、かしらきみこころかけたるをもてはなれて、ただこのたまさかなるおほんけしきのなつかしきをばえそむききこえぬに、おのづからかくれなくて、大宮おほみやなどもよろしからずおぼしなりたれば、ものおもはしくはしたなき心地ここちして、すさまじげにしたり。えてたてまつらぬところにかけはなれなむも、さすがに心細こころぼそおもみだれたり。

 きみたちは、ありつるきんをおぼしでて、あはれげなりつるまひのさまなども、さまへてをかしうおもひつづけ、あらましことに、いとをかしうらうたきひとの、さて年月としつきかさねゐたらむときそめていみじう心苦こころぐるしくは、ひとにももてさわがるばかりや、わがこころもさましからむ、などさへ中将ちうじゃうおもひけり。このきみのかうけしきばみありきたまふを、まさにさてはぐしたまひてむや、となまねたうあやふがりけり。

 そののち、こなたかなたよりふみなどやりたまふべし。いづれもかへことえず、おぼつかなくこころやましきに、あまりうたてもあるかな、さやうなるまひするひとは、ものおもりたるけしき、はかなき木草きくさそらのけしきにつけてもとりなしなどして、こころばせはからるる折々をりをりあらむこそあはれなるべけれ、おもしとても、いとかうあまりうづもれたらむはこころづきなくびたり、と中将ちうじゃうはまいてこころいられしけり。れいへだてきこえたまはぬこころにて、

「しかしかのかへことたまふや。こころみにかすめたりしこそ、はしたなくてやみにしか」

 とふれば、さればよ、りにけるをや、とほほまれて、

「いさ、むとしもおもはねばにや、るとしもなし」

 といらへたまふを、ひとわきしけるとおもふにいとねたし。

 きみは、ふかうしもおもはぬことのかうなさけなきを、すさまじくおもひなりたまひにしかど、かうこの中将ちうじゃうひありきけるを、おほひなれたらむかたにぞなびかむかし。したりがほにて、もとのことおもはなちたらむけしきこそはしかるべけれ、とおぼして、命婦みゃうぶをまめやかにかたらひたまふ。

「おぼつかなくもてはなれたるおほんけしきなむいと心憂こころうき。きしきかたうたがせたまふにこそあらめ。さりともみじかこころばへつかはぬものを。ひとこころののどやかなることなくて、おもはずにのみあるになむ、おのづからわがちにもなりぬべき。こころのどかにて、おやはらからのもてあつかひうらむるもなうこころやすからむひとは、なかなかなむらうたかるべきを」

 とのたまへば、

「いでや、さやうにをかしきかた御笠宿おほんかさやどりにはえしもやと、つきなげにこそえはべれ。ひとへにものづつみし、りたるかたはしもありがたうものしたまふひとになむ」

 と、るありさまかたりきこゆ。

「らうらうじう、かどめきたるこころはなきなめり。いとめかしうおほどかならむこそ、らうたくはあるべけれ」

 とおぼしわすれずのたまふ。

 わらはやまひにわづらひたまひ、ひとれぬものおもひのまぎれも、御心みこころいとまなきやうにてはるなつぎぬ。

秋のころほひ、静かにおぼしつづけて

 あきのころほひ、しづかにおぼしつづけて、かのきぬたおとみみにつきてきにくかりしさへ、こひしうおぼしでらるるままに、常陸ひたちみやにはしばしばこえたまへど、なほおぼつかなうのみあれば、づかずこころやましう、けてはやまじの御心みこころさへひて、命婦みゃうぶめたまふ。

「いかなるやうぞ。いとかかることこそまだらね」

 と、いとものしとおもひてのたまへば、いとほしとおもひて、

「もてはなれて、げなき御事おほんことともおもむけはべらず。ただ大方おほかたおほんものづつみのわりなきに、をえさしでたまはぬとなむたまふる」

 とこゆれば、

「それこそはづかぬことなれ。物思ものおもるまじきほど、ひとをえこころにまかせぬほどこそことわりなれ、何事なにごとおもひしづまりたまへらむとおもふこそ。そこはかとなく、つれづれに心細こころぼそうのみおぼゆるを、おなこころいらへたまはむは、ねがひかなふ心地ここちなむすべき。なにやかやとづけるすぢならで、そのれたる簀子すのこにたたずままほしきなり。いとうたて心得こころえ心地ここちするを、かの御許おほんゆるしなくともたばかれかし。こころいられし、うたてあるもてなしにはよもあらじ」

 などかたらひたまふ。

 なほにあるひとのありさまを、大方おほかたなるやうにてつどめ、みみとどめたまふくせのつきたまへるを、さうざうしき宵居よひゐなど、はかなきついでに、さるひとこそ、とばかりこえでたりしに、かくわざとがましうのたまひわたれば、なまわづらはしく、女君をんなぎみおほんありさまも、づかはしくよしめきなどもあらぬを、なかなかなるみちびきに、いとほしきことえむなむどおもひけれど、きみのかうまめやかにのたまふに、れざらむもひがひがしかるべし、ちち親王みこおはしけるをりにだに、ふるりにたるあたりとて、おとなひきこゆるひともなかりけるを、ましていまは浅茅あさぢくるひと跡絶あとたえたるに、かくにめづらしきおほんけはひのりにほひくるをば、なまをんなばらなどもみまけて、

「なほこえたまへ」

 と、そそのかしたてまつれど、あさましうものづつみしたまふこころにて、ひたぶるにれたまはぬなりけり。

 命婦みゃうぶは、さらばさりぬべからんをりに、物越ものごしにこえたまはむほど、御心みこころにつかずはさてもやみねかし。またさるべきにて、かりにもおはしかよはむをとがめたまふべきひとなし、などあだめきたるはやりこころはうちおもひて、ちちきみにもかかることなどもはざりけり。

 八月はちぐゎつ廿余日にじふよにちよひぐるまでたるるつきこころもとなきに、ほしひかりばかりさやけく、まつこずゑかぜおと心細こころぼそくて、いにしへのことかたでてうちきなどしたまふ。いとよきをりかなとおもひて、御消息おほんせうそここえつらむ、れいのいとしのびておはしたり。

 つきやうやうでて、れたるまがきのほどうとましくうちながめたまふに、きんそそのかされて、ほのかにかきらしたまふほど、けしうはあらず。すこしけちかういまめきたるけをつけばや、とぞみだれたるこころには、こころもとなくおもひゐたる。人目ひとめしなきところなれば、こころやすくりたまふ。命婦みゃうぶばせたまふ。いましもおどろきがほに、

「いとかたはらいたきわざかな。しかしかこそおはしましたなれ。つねにかううらみきこえたまふを、こころにかなはぬよしをのみいなびきこえはべれば、みづからことわりもこえらせむとのたまひわたるなり。いかがこえかへさむ。なみなみのたはやすきおほんふるまひならねば心苦こころぐるしきを、物越ものごしにてこえたまはむことこしめせ」

 とへば、いとづかしとおもひて、

ひとにものこえむやうもらぬを」

 とておくざまへゐざりりたまふさま、いとうひうひしげなり。うちひて、

「いと若々わかわかしうおはしますこそ心苦こころぐるしけれ。かぎりなきひとも、おやなどおはしてあつかひ後見うしろみきこえたまふほどこそ、わかびたまふもことわりなれ、かばかり心細こころぼそおほんありさまに、なほきせずおもしはばかるはつきなうこそ」

 とをしへきこゆ。

 さすがにひとふことはつようもいなびぬ御心みこころにて、

いらへきこえで、ただけとあらば、格子かうしなどしてはありなむ」

 とのたまふ。

簀子すのこなどは便びんなうはべりなむ。おしちてあはあはしき御心みこころなどは、よも」

 などいとよくひなして、二間ふたまきはなる障子さうじづからいとつよして、御褥おほんしとねうちきつくろふ。

 いとつつましげにおぼしたれど、かやうのひとにものふらむこころばへなども、ゆめりたまはざりければ、命婦みゃうぶのかうふを、あるやうこそはとおもひてものしたまふ。乳母めのとだつひとなどは、曹司ざうしして、ゆふまどひしたるほどなり。わかひと三人みたりあるは、にめでられたまふおほんありさまをゆかしきものにおもひきこえて、こころげさうしあへり。よろしき御衣おほんぞたてまつりへ、つくろひきこゆれば、正身さうじみは、なにこころげさうもなくておはす。

 をとこはいときせぬおほんさまを、うちしの用意よういしたまへるおほんけはひ、いみじうなまめきて、見知みしらむひとにこそせめ、はえあるまじきわたりを、あないとほし、と命婦みゃうぶおもへど、ただおほどかにものしたまふをぞ、うしろやすう、さしぎたることえたてまつりたまはじ、とおもひける。わがつねめられたてまつるつみさりごとに、心苦こころぐるしきひとおほんものおもひやむ、などやすからずおもひゐたり。

 きみひとおほんほどをおぼせば、されくつがへるいまさまのよしばみよりは、こよなうおくゆかしう、とおぼさるるに、いたうそそのかされて、ゐざりりたまへるけはひしのびやかに、衣被えひいとなつかしうかをでて、おほどかなるを、さればよ、とおぼす。としごろおもひわたるさまなどいとよくのたまひつづくれど、ましてちか御答おほんいらへはえてなし。わりなのわざやとうちなげきたまふ。

「いくそたびきみがしじまにまけぬらんものなひそとはぬたのみに

のたまひもててよかし。たまだすきくるし」

 とのたまふ。女君をんなぎみ御乳母子おほんめのとご侍従じじうとてはやりかなる若人わかうど、いとこころもとなうかたはらいたしとおもひて、さしりてこゆ。

かねつきてとぢめむことはさすがにていらへまうきぞかつはあやなき」

 いとわかびたるこゑのことにおもりかならぬを、人伝ひとづてにはあらぬやうにこえなせば、ほどよりはあまえてときたまへど、

「めづらしきが、なかなかくちふたがるわざかな。

はぬをもふにまさるとりながらおしこめたるはくるしかりけり」

 なにやかやとはかなきことなれど、をかしきさまにも、まめやかにものたまへど、なにのかひなし。いとかかるも、さまかはりおもかたことにものしたまふひとにや、とねたくて、やをらけてりたまひにけり。

 命婦みゃうぶ、あなうたて、たゆめたまへる、といとほしければ、らずがほにてわがかたにけり。この若人わかうどどもはたにたぐひなきおほんありさまのおときに、つみゆるしきこえておどろおどろしうもなげかれず、ただおもひもよらずにはかにて、さる御心みこころもなきをぞおもひける。

 正身さうじみはただわれにもあらず、づかしくつつましきよりほかのことまたなければ、いまはかかるぞあはれなるかし、まだ世馴よなれぬひと、うちかしづかれたるとゆるしたまふものから、心得こころえず、なまいとほし、おぼゆるおほんさまなり。

 何事なにごとにつけてかは御心みこころのとまらむ、うちうめかれて、夜深よぶかでたまひぬ。命婦みゃうぶは、いかならむと目覚めさめてせりけれど、がほならじとて、御送おほんおくりにともこゑづくらず。きみも、やをらしのびてでたまひにけり。

二条院におはして、うち臥したまひても

 二条院にでうのゐんにおはしてうちしたまひても、なほおもふにかなひがたきにこそ、とおぼしつづけて、かろらかならぬひとおほんほどを心苦こころぐるしとぞおぼしける。おもみだれておはするに、頭中将とうのちうじゃうおはして、

「こよなき御朝寝おほんあさねかな。ゆゑあらむかしとこそおもひたまへらるれ」

 とへば、がりたまひて、

こころやすきひととこにてゆるびにけりや。内裏うちよりか」

 とのたまへば、

「しか、まかではべるままなり。朱雀院すざくゐん行幸ぎゃうがう今日けふなむ、楽人がくにん舞人まひびとさだめらるべきよし、昨夜よべうけたまはりしを、大臣おとどにもつたまうさむとてなむまかではべる。やがてかへまゐりぬべうはべる」

 と、いそがしげなれば、

「さらば、もろともに」

 とて、御粥おほんかゆ強飯こはいひして、客人まらうとにもまゐりたまひて、つづけたれど、ひとつにたてまつりて、

「なほ、いとねぶたげなり」

 と、とがでつつ、

かくいたまふことおほかり」

 とぞうらみきこえたまふ。

 ことどもおほさだめらるるにて、内裏うちにさぶらひらしたまひつ。

 かしこにはふみをだにといとほしくおぼしでて、ゆふかたぞありける。あめでてところせくもあるに、かさ宿やどりせむとはたおぼされずやありけむ。かしこにはつほどぎて、命婦みゃうぶも、いといとほしきおほんさまかな、と心憂こころうおもひけり。正身さうじみは、御心みこころのうちにづかしうおもひたまひて、今朝けさ御文おほんふみれぬれど、なかなかとがともおもきたまはざりけり。

ゆふきりるるけしきもまだぬにいぶせさふるよひあめかな

くもでむほど、いかにこころもとなう」

 とあり。おはしますまじきおほんけしきを、人々ひとびとむねつぶれておもへど、

「なほこえさせたまへ」

 と、そそのかしあへれど、いとどおもみだれたまへるほどにて、えかたのやうにもつづけたまはねば、けぬとて、侍従じじうれいをしへきこゆる。

れぬつきさとおもひやれおなこころながめせずとも」

 口々くちぐちめられて、むらさきかみとしにければ、はいおくれふるめいたるに、はさすがに文字もじつよう、なかさだのすぢにて、上下かみしもひとしくいたまへり。るかひなううちきたまふ。

 いかにおもふらむとおもひやるもやすからず。かかることをくややしなどはふにやあらむ。さりとていかがはせむ。われはさりとも心長こころなが見果みはててむ、とおぼしなす御心みこころらねば、かしこにはいみじうぞなげいたまひける。

 大臣おとどりてまかでたまふに、かれたてまつりて大殿おほいどのにおはしましぬ。行幸ぎゃうがうのことをきょうありとおもほして、きみたちつどりてのたまひ、おのおのどもならひたまふを、そのころのことにてぎゆく。もののどもつねよりもみみかしかましくて、方々かたがたいどみつつ、れい御遊おほんあそびならず、大篳篥おほひちりき尺八さくはちふえなどのおほこゑげつつ、太鼓たいこをさへ高欄かうらんのもとにまろばしせて、づかららし、あそびおはさうず。御暇おほんいとまなきやうにて、せちにおぼすところばかりにこそぬすまはれたまへれ、かのわたりにはいとおぼつかなくて、あきてぬ。なほたのしかひなくてぎゆく。

行幸近くなりて、試楽などののしるころ

 行幸ぎゃうがうちかくなりて、試楽しがくなどののしるころぞ、命婦みゃうぶまゐれる。

「いかにぞ」

 などひたまひて、いとほしとはおぼしたり。ありさまこえて、

「いとかうもてはなれたる御心みこころばへは、たまふるひとさへ心苦こころぐるしく」

 など、きぬばかりおもへり。こころにくくもてなしてやみなむとおもへりしことをくたいてける、こころもなくこのひとおもふらむをさへおぼす。正身さうじみの、ものははでおぼしうづもれたまふらむさま、おもひやりたまふもいとほしければ、

いとまなきほどぞや。わりなし」

 と、うちなげいたまひて、

「ものおもらぬやうなるこころざまを、らさむとおもふぞかし」

 とほほみたまへる、わかううつくしげなれば、われもうちまるる心地ここちして、わりなの、ひとうらみられたまふ御齢おほんよはひや、おもひやりすくなう、御心みこころのままならむもことわりとおもふ。このおほんいそぎのほどぐしてぞ、時々ときどきおはしける。

 かのむらさきのゆかりたづねとりたまひて、そのうつくしみにこころりたまひて、六条ろくでうわたりにだにはなれまさりたまふめれば、ましてれたる宿やどは、あはれにおぼしおこたらずながら、ものきぞわりなかりけると、ところせきおほんものあらはさむの御心みこころもことになうてぎゆくを、またうちかへし、まさりするやうもありかし、さぐりのたどたどしきに、あやしう心得こころえこともあるにや、てしかな、とおもほせど、けざやかにとりなさむもまばゆし、うちとけたる宵居よひゐのほど、やをらりたまひて、格子かうしのはさまよりたまひけり。

 されど、みづからはえたまふべくもあらず。几帳きちゃうなど、いたくそこなはれたるものから、としにけるちどはらず、おしやりなどみだれねば、こころもとなくて、御達ごたち五人ごにんゐたり。御台みだい秘色ひそくやうの唐土もろこしのものなれど、ひとろきに、なにのくさはひもなくあはれげなる、まかでて人々ひとびとふ。すみばかりにぞ、いとさむげなるをんなばら、しろきぬらずすすけたるに、きたなげなるしびらむすひつけたるこしつき、かたくなしげなり。さすがにくしおしれてしたるひたひつき、内教坊ないけうばう内侍所ないしどころのほどに、かかるものどもあるはや、とをかし。かけても、ひとのあたりにちかうふるまふものともりたまはざりけり。

「あはれ、さもさむとしかな。いのちながければ、かかるにもあふものなりけり」

 とてうちくもあり。

みやおはしまししを、などてからしとおもひけむ。かくたのみなくてもぐるものなりけり」

 とてちぬべくふるふもあり。

 さまざまにひとろきことどもを、うれへあへるをきたまふも、かたはらいたければ退きて、ただいまおはするやうにてうちたたきたまふ。

「そそや」

 などひて、とりなほし、格子かうしはなちてれたてまつる。

 侍従じじう斎院さいゐんまゐかよ若人わかうどにて、このころはなかりけり。いよいよあやしうひなびたるかぎりにて、ならはぬ心地ここちぞする。

 いとどうれふなりつるゆき、かきたれいみじうりけり。そらのけしきはげしう、かぜれて、大殿油おほとなぶらえにけるを、ともしつくるひともなし。かのものにおそはれしをりおぼしでられて、れたるさまはおとらざめるを、ほどのせばう、ひとのすこしあるなどになぐさめたれど、すごう、うたていざとき心地ここちするのさまなり。をかしうもあはれにも、さまへてこころとまりぬべきありさまを、いとうづれすくよかにて、なにのはえなきをぞ口惜くちををしうおぼす。

からうして明けぬるけしきなれば

 からうしてけぬるけしきなれば、格子かうしづからげたまひて、まへ前栽せんざいゆきたまふ。みあけたるあともなく、はるばるとれわたりて、いみじうさびしげなるに、ふりでてゆかむこともあはれにて、

「をかしきほどのそらたまへ。きせぬ御心みこころへだてこそわりなけれ」

 と、うらみきこえたまふ。まだほのくらけれど、ゆきひかりにいとどきよらにわかえたまふを、ひとどもみさかえてたてまつる。

「はや、でさせたまへ。あぢきなし。こころうつくしきこそ」

 などをしへきこゆれば、さすがにひとこゆることをえいなびたまはぬ御心みこころにて、とかうきつくろひてゐざりでたまへり。ぬやうにてほかかたながめたまへれど、後目しりめはただならず、いかにぞ、うちとけまさりのいささかもあらばうれしからむ、とおぼすも、あながちなる御心みこころなりや。

 まづ、居丈ゐだけたかく、をそむながえたまふに、さればよ、とむねつぶれぬ。うちつぎて、あなかたはとゆるものははななりけり。ふとぞとまる。普賢菩薩ふげんぼさつものとおぼゆ。あさましうたかうのびらかに、さきかたすこしりていろづきたること、ことのほかにうたてあり。いろゆきづかしくしろうてさをに、ひたひつきこよなうはれたるになほくだがちなるおもてやうは、大方おほかたおどろおどろしうながきなるべし。せたまへること、いとほしげにさらぼひて、かたのほどなどはいたげなるまできぬうへまでゆ。なにのこりなうあらはしつらむ、とおもふものから、めづらしきさまのしたれば、さすがにうちやられたまふ。

 かしらつき、かみのかかりはしも、うつくしげにめでたしとおもひきこゆる人々ひとびとにも、をさをさおとるまじう、うちきすそにたまりてかれたるほど、一尺いっしゃくばかりあまりたらむとゆ。たまへるものどもをさへひたつるも、ものひさがなきやうなれど、昔物語むかしものがたりにもひと御装束おほんさうぞくをこそまづひためれ。ゆるいろのわりなう上白うはじろみたる一襲ひとかさね、なごりなうくろうちきかさねて、表着うはぎには黒貂ふるき皮衣かはぎぬ、いときよらにばしきをたまへり。古体こたいのゆゑづきたる御装束おほんさうぞくなれど、なほわかやかなるをんなおほんよそひにはげなうおどろおどろしきこと、いともてはやされたり。されど、げにこのかはなうてはたさむからましとゆる御顔おほんかほざまなるを、心苦こころぐるしとたまふ。

 何事なにごとはれたまはず、われさへくちぢたる心地ここちしたまへど、れいのしじまもこころみむと、とかうこえたまふに、いたうらひて、くちおほひしたまへるさへひなびふるめかしう、ことことしく儀式官ぎしきくゎんれんでたるひぢもちおぼえて、さすがにうちみたまへるけしき、はしたなうすずろびたり。いとほしくあはれにて、いとどいそでたまふ。

たのもしきひとなきおほんありさまをそめたるひとには、うとからずおもひむつびたまはむこそ本意ほいある心地ここちすべけれ。ゆるしなきおほんけしきなれば、つらう」

 などことつけて、

あささすのき垂氷たるひけながらなどかつららのむすぼほるらむ」

 とのたまへど、ただ、

「むむ」

 とうちひて、いとくちおもげなるもいとほしければでたまひぬ。

 御車みくるませたる中門ちうもんの、いといたうゆがみよろぼひて、にこそしるきながらもよろづかくろへたることおほかりけれ、いとあはれにさびしくれまどへるに、まつゆきのみあたたかげにりつめる、山里やまざと心地ここちしてものあはれなるを、かの人々ひとびとひしむぐらかどは、かうやうなるところなりけむかし。げに心苦こころぐるしくらうたげならんひとをここにゑて、うしろめたうこひしとおもはばや。あるまじきものおもひは、それにまぎれなむかし、とおもふやうなるみかにはぬおほんありさまは、るべきかたなし、とおもひながら、われならぬひとはましてしのびてむや。わがかうて見馴みなれけるは、親王みこのうしろめたしとたぐへきたまひけむたましひのしるべなめ、とぞおぼさるる。

 たちばなうづもれたる、御随身みずいじんしてはらはせたまふ。うらやみがほに、まつのおのれかへりて、さとこぼるるゆきも、すゑの、とゆるなどを、いとふかからずとも、なだらかなるほどにあひしらはむひともがな、とたまふ。

 御車みくるまづべきかどはまだけざりければ、かぎあづかりたづでたれば、おきなのいといみじきぞたる。むすめにや、まごにや、はしたなるおほきさのをんなの、きぬゆきにあひてすすけまどひ、さむしとおもへるけしきふかうて、あやしきものにをただほのかにれてそでぐくみにたり。おきなかどをえけやらねば、りてたすくる、いとかたくななり。御供おほんともひとりてぞけつる。

りにけるかしらゆきひとおとらずらすあさそでかな

をさなものかたおほれず」

 とうちじたまひても、はないろでて、いとさむしとえつる御面おほんおもてかげ、ふとおもでられてほほまれたまふ。頭中将とうのちうじゃうにこれをせたらむとき、いかなることをよそへはむ、つねにうかがひれば、いまつけられなむ、とすべなうおぼす。

 つねなるほどの、ことなることなさならば、おもててもやみぬべきを、さだかにたまひてのちは、なかなかあはれにいみじくて、まめやかなるさまに、つねおとづれたまふ。黒貂ふるきかはならぬ、きぬあや綿わたなど、ひとどものるべきもののたぐひ、かのおきなのためまで、上下かみしもおぼしやりてたてまつりたまふ。かやうのまめやかことづかしげならぬを、こころやすく、さるかた後見うしろみにてはぐくまとおもほしとりて、さまことにさならぬうちとけわざもしたまひけり。

 かの空蝉うつせみのうちとけたりしよひ側目そばめには、いとろかりしかたちざまなれど、もてなしにかくされて、口惜くちををしうはあらざりきかし。おとるべきほどのひとなりやは、げにしなにもよらぬわざなりけり。こころばせのなだらかに、ねたげなりしを、けてやみにしかな、と、もののをりごとにはおぼしづ。

年も暮れぬ。内裏の宿直所に

 としれぬ。内裏うち宿直所とのゐどころにおはしますに、大輔たいふ命婦みゃうぶまゐれり。御梳櫛みけづりぐしなどには、懸想けさうだつすぢなくこころやすきものの、さすがにのたまひたはぶれなどして、使つかひならしたまへれば、しなきときこゆべきことあるをりまゐのぼりけり。

「あやしきことのはべるを、こえさせざらむもひがひがしう、おもひたまへわづらひて」

 と、ほほみてこえやらぬを、

なにざまのことぞ。われにはつつむことあらじとなむおもふ」

 とのたまへば、

「いかがは。みづからのうれへは、かしこくともまづこそは。これはいとこえさせにくくなむ」

 と、いたうめたれば、

れいの、えんなる」

 とにくみたまふ。

「かのみやよりはべる御文おほんふみ

 とてでたり。

「まして、これはかくすべきことかは」

 とてりたまふも、むねつぶる。

 陸奥紙みちのくにがみ厚肥あつごえたるに、にほひばかりはふかうしめたまへり。いとようきおほせたり。うたも、

唐衣からころもきみこころのつらければたもとはかくぞそほちつつのみ」

 心得こころえずうちかたぶきたまへるに、つつみに、衣筥ころもばこおもりかに古体こたいなるきておしでたり。

「これを、いかでかはかたはらいたくおもひたまへざらむ。されど、ついたちのおほんよそひとてわざとはべるめるを、はしたなうはえかへしはべらず。ひとりめはべらむも、ひと御心みこころたがひはべるべければ、御覧ごらんぜさせてこそは」

 とこゆれば、

められなむは、からかりなまし。そでまきほさむひともなきに、いとうれしきこころざしにこそは」

 とのたまひて、ことにものはれたまはず。さてもあさましのくちつきや、これこそはづからのおほんことのかぎりなめれ、侍従じじうこそとりなほすべかめれ、またふでのしりとる博士はかせぞなかべき、とふかひなくおぼす。こころくしてでたまひつらむほどをおぼすに、

「いともかしこきかたとは、これをもふべかりけり」

 と、ほほみてたまふを、命婦みゃうぶおもてあかみてたてまつる。

 今様色いまやういろの、えゆるすまじくえんなうふるめきたる直衣なほしの、うらあらひとしうこまやかなる、いとなほなほしう、つまづまぞえたる、あさましおぼすに、このふみをひろげながら、はし手習てならひすさびたまふを側目そばめれば、

「なつかしきいろともなしになににこの末摘花すゑつむはなそでれけむ

いろはなしかども」

 などきけがしたまふ。はなとがめを、なほあるやうあらむとおもはする折々をりをり月影つきかげなどを、いとほしきものからをかしうおもひなりぬ。

くれなゐのひと花衣はなごろもうすくともひたすらたすをしてずは

心苦こころぐるしのや」

 と、いといたうれてひとりごつを、よきにはあらねど、かうやうのかいでにだにあらましかば、とかへかへ口惜くちををし。ひとのほどの心苦こころぐるしきに、ちなむはさすがなり。人々ひとびとまゐれば、

かくさむや。かかるわざはひとのするものにやあらむ」

 とうちうめきたまふ。なに御覧ごらんぜさせつらむ、われさへこころなきやうにと、いとづかしくてやをらりぬ。

 またのうへにさぶらへば、台盤所だいばんどころにさしのぞきたまひて、

「くはや、昨日きのふかへこと、あやしくこころばみぐさるる」

 とてげたまへり。女房にょうばうたち、何事なにごとならむとゆかしがる。

「ただむめはないろのごと、さんかさやまのをとめをばてて」

 と、うたひすさびてでたまひぬるを、命婦みゃうぶはいとをかしとおもふ。こころらぬ人々ひとびとは、

「なぞ、おほんひとりみは」

 ととがめあへり。

「あらず。さむしもあさに、掻練かいねりめるはないろあひやえつらむ。おほんつづしりうたのいとほしき」

 とへば、

「あながちなる御事おほんことかな。このなかには、にほへるはなもなかめり。ひだりちか命婦みゃうぶ肥後ひご采女うねべやまじらひつらむ」

 など、こころひしろふ。御返おほんかへりたてまつりたれば、みやには女房にょうばうつどひてめでけり。

はぬをへだつるなかの衣手ころもでかさねていとどもしよとや」

 しろかみいたまへるしもぞ、なかなかをかしげなる。

 晦日つごもりゆふかた、かの御衣箱おほんころもばこ御料ごれうとてひとのたてまつれる御衣おほんぞ一領ひとくだり葡萄染えびぞめ織物おりもの御衣おほんぞ、また山吹やまぶきなにぞいろいろえて、命婦みゃうぶぞたてまつりたる。ありしいろあひをろしとやたまひけんとおもらるれど、

「かれはた、くれなゐ重々おもおもしかりしをや。さりともえじ」

 と、ねびひとどもはさだむる。

おほんうたも、これよりのは、ことわりこえてしたたかにこそあれ。御返おほんかへりは、ただをかしきかたにこそ」

 など口々くちぐちふ。姫君ひめぎみも、おぼろけならでしでたまひつるわざなれば、ものにきつけてきたまへりけり。

朔日のほど過ぎて、今年、男踏歌

 朔日ついたちのほどぎて、今年ことし男踏歌をとこたふかあるべければ、れい所々ところどころあそびののしりたまふに、ものさわがしけれどさびしきところのあはれにおぼしやらるれば、七日なぬかふしてて、りて御前おまへよりまかでたまひけるを、御宿直所おほんとのゐどころにやがてとまりたまひぬるやうにて、かしておはしたり。れいのありさまよりは、けはひうちそよめきづいたり。きみも、すこしたをやぎたまへるけしきもてつけたまへり。いかにぞ、あらためてひきへたらむとき、とぞおぼしつづけらるる。

 さしづるほどに、やすらひなしてでたまふ。ひむがし妻戸つまどおしけたれば、かひたるらううへもなくあばれたれば、あしほどなくさしりて、ゆきすこしりたるひかりにいとけざやかに見入みいれらる。御直衣おほんなほしなどたてまつるをだして、すこしさしでてかたはらしたまへるかしらつき、こぼれでたるほどいとめでたし。ひなほりをでたらむとき、とおぼされて、格子かうしげたまへり。

 いとほしかりしものりに、げもてたまはで、脇息けふそくをおしせて、うちかけて、御鬢おほんびんぐきのしどけなきをつくろひたまふ。わりなうふるめきたるかがみうてなの、唐櫛笥からくしげ掻上かかげはこなどでたり。さすがにをとこおほんさへほのぼのあるを、されてをかしとたまふ。をんな御装束おほんさうぞく今日けふづきたりとゆるは、ありしはここころをさながらなりけり。さもおぼしよらず、きょうあるもんつきてしるき表着うはぎばかりぞ、あやしとおぼしける。

今年ことしだにこゑすこしかせたまへかし。さぶらひたるるものはさしかれて、おほんけしきのあらたまらむなむゆかしき」

 とのたまへば、

「さへづるはるは」

 と、からうしてわななかしでたり。

「さりや。としぬるしるしよ」

 と、うちひたまひて、

ゆめかとぞる」

 とうちじてでたまふを、見送みおくりてしたまへり。くちおほひの側目そばめより、なほかの末摘花すゑつむはな、いとにほひやかにさしでたり。見苦みぐるしのわざやとおぼさる。

二条院におはしたれば、紫の君

 二条院にでうのゐんにおはしたれば、むらさききみ、いともうつくしき片生かたおひにて、くれなゐはかうなつかしきもありけりとゆるに、無紋むもんさくら細長ほそながなよらかになして、何心なにごころもなくてものしたまふさま、いみじうらうたし。古体こたい祖母おばきみおほんなごりにて、くろめもまだしかりけるを、きつくろはせたまへれば、まゆのけざやかになりたるも、うつくしうきよらなり。こころから、などかかうあつかふらむ。かく心苦こころぐるしきものをもてゐたらで、とおぼしつつ、れいの、もろともに雛遊ひひなあそびしたまふ。

 などきて、いろどりたまふ。よろづにをかしうすさびらしたまひけり。われへたまふ。かみいとながをんなきたまひて、はなくれなゐをつけてたまふに、きてもきさましたり。わが御影みかげかがみうてなにうつれるがいときよらなるをたまひて、づからこのあかはなきつけ、にほはしてたまふに、かくよきかほだに、さてまじれらむは見苦みぐるしかるべかりけり。姫君ひめぎみて、いみじくひたまふ。

「まろがかくかたはになりなむとき、いかならむ」

 とのたまへば、

「うたてこそあらめ」

 とて、さもやみつかむとあやふくおもひたまへり。そらのごひをして、

「さらにこそしろまね。もちなきすさびわざなりや。内裏うちにいかにのたまはむとすらむ」

 と、いとまめやかにのたまふを、いといとほしとおぼして、りてのごひたまへば、

平中へいちうがやうにいろどりへたまふな。あかからむはあへなむ」

 と、たはぶれたまふさま、いとをかしき妹背いもせえたまへり。

 のいとうららかなるに、いつしかとかすみみわたれるこずゑどものこころもとなきなかにも、むめはけしきばみ、ほほみわたれる、とりわきてゆ。階隠はしがくしのもとの紅梅こうばい、いととくはなにて、いろづきにけり。

くれなゐはなぞあやなくうとまるるむめえだはなつかしけれど

いでや」

 と、あいなくうちうめかれたまふ。

 かかる人々ひとびと末々すゑずゑ、いかなりけむ。

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