『枕草子(三巻本)』原文全文を読む(9)第149段~第178段|読みやすいふりがな付き

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第149段「いやしげなるもの」

 いやしげなるもの 式部しきぶじようしやくくろかみすぢわろき。布屏風ぬのびやうぶのあたらしき。くろみたるは、さるいふかひなきものにて、なかなかなにともえず。あたらしうしたてて、さくらはなおほくかせて、胡粉ごふん朱砂すさなどいろどりたるどもかきたる。遣戸厨子やりどづし法師ほふしのふとりたる。まことの出雲筵いづもむしろたたみ

第150段「胸つぶるるもの」

 むねつぶるるもの 競馬くらべうまる。元結もとゆひよる。おやなどの心地ここちあしとて、れいならぬけしきなる。まして、なかなどさわがしとこゆるころは、よろづのことおぼえず。また、ものいはぬちごのりて、まず、乳母めのとのいだくにもやまでひさしき。

 れいところならぬところにて、ことにまたいちじるからぬひとこゑきつけたるはことわり、ことひとなどのそのうへなどいふにも、まづこそつぶるれ。いみじうにくきひとたるにも、またつぶる。あやしくつぶれがちなるものは、むねこそあめれ。

 よべはじめたるひとの、今朝けさふみのおそきは、ひとのためさへつぶる。

第151段「うつくしきもの」

 うつくしきもの うりにかきたるちごのかほすずめの、ねずきするにをどりる。ふたつばかりなるちごの、いそぎてはひみちに、いとちひさきちりのありけるをざとにつけて、いとをかしげなるおよびにとらへて、大人おとななどにせたる、いとうつくし。かしらはあまそぎなるちごの、かみのおほへるをかきはやらで、うちかたぶきてものなどたるも、うつくし。

 おほきにはあらぬ殿上童てんじやうわらはの、さうぞきたてられてありくもうつくし。をかしげなるちごの、あからさまにいだきてあそばしうつくしむほどに、かいつきてたる、いとらうたし。

 ひひな調度でうどはちす浮葉うきはのいとちひさきを、いけよりとりあげたる。あふひのいとちひさき。なにもなにも、ちひさきものはみなうつくし。

 いみじうしろくえたるちごのふたつばかりなるが、二藍ふたあいのうすものなど、きぬながにてたすきむすひたるがはひでたるも、また、みじかきがそでがちなるてありくも、みなうつくし。つ、ここのつ、とをばかりなどの男児をのこごの、こゑはをさなげにてふみみたる、いとうつくし。

 にはとりのひなの、足高あしだかに、しろうをかしげにきぬみじかなるさまして、ひよひよとかしがましうきて、ひとのしりさきにちてありくもをかし。またおやの、ともにつれてたちてはしるも、みなうつくし。かりのこ。瑠璃るりつぼ

第152段「人ばへするもの」

 ひとばへするもの ことなることなきひとの、さすがにかなしうしならはしたる。しはぶき。はづかしきひとにものいはむとするに、さきつ。

 あなたこなたにひといつつなるは、あやにくだちて、ものとりらしそこなふを、ひきはられせいせられて、こころのままにもえあらぬが、おやたるに所得ところえて、

「あれせよ。やや、はは」

 などひきゆるがすに、大人おとなどものいふとて、ふとれねば、づからひきさがしでてさわぐこそ、いとにくけれ。それを、

「まな」

 ともとりかくさで、

「さなせそ」

「そこなふな」

 などばかり、うちみいふこそ、おやもにくけれ。われはた、えはしたなうもいはでるこそこころもとなけれ。

第153段「名おそろしきもの」

 おそろしきもの 青淵あをふち。たにのほら。鰭板はたいたくろがね土塊つちくれいかづちのみにもあらず、いみじうおそろし。疾風はやち。ふさうくも。ほこぼし。ひぢかさあめ。あらのら。強盗がうだう、またよろづにおそろし。らんそう、おほかたおそろし。かなもち、またよろづにおそろし。いきすだま。くちなはいちご。おにわらび。おにところ。むばら。からたち。いりずみ。牛鬼うしおにいかりよりもるはおそろし。

第154段「見るにことなることなきものの」

 るにことなることなきものの文字もじきてことごとしきもの

 いちご。つゆくさ。みづふぶき。くも。くるみ。文章博士もんじやうはかせ得業とくごふしやう皇太后宮権大夫くわうたいごうぐうのごんのだいぶやまもも。

 いたどりは、まいてとらづゑきたるとかや。づゑなくともありぬべきかほつきを。

第155段「むつかしげなるもの」

 むつかしげなるもの ぬひものうら。ねずみのもまだひぬを、なかよりまろばしでたる。うらまだつけぬかはぎぬねこみみなか。ことにきげならぬところくらき。

 ことなることなきひとの、などあまたてあつかひたる。いとふかうしもこころざしなきつまの、心地ここちあしうしてひさしうなやみたるも、をとこ心地ここちはむつかしかるべし。

第156段「えせものの所得る折」

 えせものの所得ところえをり 正月しやうぐわつのおほね。行幸みゆきをりのひめまうちきみおん即位そくゐ御門みかどつかさ。六月ろくぐわつ十二月じふにぐわつのつごもりのせちをり蔵人くらうど御読経みどきやう威儀師ゐぎしあか袈裟けさそうどもよみあげたる、いときらきらし。

 御読経みどきやう御仏名おぶつみやうなどのおん装束さうぞくところしゆ春日祭かすがのまつり近衛このゑ舎人とねりども。元三ぐわんざん薬子くすりこ卯杖うづゑ法師ほふし御前おまへこころみの御髪みぐしげ。節会せちゑおんまかなひの采女うねめ

第157段「苦しげなるもの」

 くるしげなるもの きといふわざするちごの乳母めのとおもひと二人ふたりもちて、こなたかなたふすべらるるをとこ。こはきものにあづかりたる験者げんざげんだにいちはやからばよかるべきを、さしもあらず、さすがにひとわらはれならじとねんずる、いとくるしげなり。

 わりなくものうたがひするをとこにいみじうおもはれたるをんなひとところなどにときめくひとも、えやすくはあらねど、そはよかめり。こころいられしたるひと

第158段「うらやましげなるもの」

 うらやましげなるもの。きやうなどならふとて、いみじうたどたどしくわすれがちにかへすがへすおなところむに、法師ほふしはことわり、をとこをんなも、くるくるとやすらかにみたるこそ、あれがやうにいつのにあらむとおぼゆれ。

 心地ここちなどわづらひてふしたるに、ゑみうちわらひ、ものなどひ、おもふことなげにてあゆみありくひとるこそ、いみじううらやましけれ。

 稲荷いなりおもひおこしてまうでたるに、なか御社みやしろのほどのわりなうくるしきを、ねんじのぼるに、いささかくるしげもなく、おそれてゆるものどものただきにさきちてまうづる、いとめでたし。

 二月にぐわつうまあかつきいそぎしかど、さかのなからばかりあゆみしかば、ときばかりになりにけり。やうやうあつくさへなりて、まことにわびしくて、など、かからでよきもあらむものを、なにしにまうでつらむとまで、なみだちてやすみこうずるに、四十余よそぢあまりばかりなるをんなの、壺装束つぼさうぞくなどにはあらで、ただきはこへたるが、

「まろは七度しちどまうでしはべるぞ。三度みたびはまうでぬ。いま四度よたびはことにもあらず。まだひつじ下向げかうしぬべし」

 と、みちひたるひとにうちひてくだきしこそ、ただなるところにはにもとまるまじきに、これがにただいまならばやとおぼえしか。

 女児をんなごも、男児をのこごも、法師ほふしも、よきどもたるひと、いみじううらやまし。かみいとながくうるはしく、がりばなどめでたきひと。また、やむごとなきひとの、よろづのひとにかしこまられ、かしづかれたまふ、るも、いとうらやまし。よくき、うたよくみて、もののをりごとにもまづりいでらるる、うらやまし。

 よきひと御前おまへ女房にようばういとあまたさぶらふに、こころにくきところはすおほきなどを、たれもいととりあとにしもなどかあらむ。されど、しもなどにあるをわざとして、御硯おんすずりろしてかせさせたまふもうらやまし。さやうのことはところ大人おとななどになりぬれば、まことに難波なにはわたりとほからぬも、ことにしたがひてくを、これはさにあらで、上達部かんだちめなどのまだはじめてまゐらむとまうさするひとのむすめなどには、こころことにかみよりはじめてつくろはせたまへるを、あつまりてたはぶれにもねたがりふめり。

 きんふえなどならふ、またさこそは、まだしきほどは、これがやうにいつしかとおぼゆらめ。

 内裏うち春宮とうぐうおん乳母めのとうへ女房にようばうの、御方々おんかたがたいづこもおぼつかなからずまゐとほふ。

第159段「とくゆかしきもの」

 とくゆかしきもの 巻染まきぞめ。むら、くくりものなどめたる。ひとちごみたるに、をとこをんな、とくかまほし。よきひとさらなり、えせもの下衆げすきはだになほゆかし。

 除目ぢもくのつとめて。かならずひとのさるべきなきをりも、なほかまほし。

第160段「心もとなきもの」

 こころもとなきもの ひとのもとにとみのものひにやりて、いまいまとくるしうゐりて、あなたをまもらへたる心地ここちむべきひとの、そのほどぐるまでさるけしきもなき。

 とほところよりおもひとふみて、かたくふうじたる続飯そくひなどあくるほど、いとこころもとなし。

 物見ものみにおそくいでて、ことなりにけり、しろきしもとなどみつけたるに、ちかくやりするほど、わびしう、りてもいぬべき心地ここちこそすれ。られじとおもひとのあるに、まへなるひとをしへてものいはせたる。いつしかとちいでたるちごの、五十日いか百日ももかなどのほどになりにたる、すゑいとこころもとなし。

 とみのものふに、生暗なまぐらうてはりいとすぐる。されど、それはさるものにて、ありぬべきところをとらへて、ひとにすげさするに、それもいそげばにやあらむ、とみにもさしれぬを、

「いで、ただなすげそ」

 といふを、さすがになどてかとおもかほにえらぬ、にくきさへそひたり。

 何事なにごとにもあれ、いそぎてものへいくべきをりに、まづわれさるべきところへいくとて、ただいまおこせむとてでぬるくるまつほどこそ、いとこころもとなけれ。大路おほぢいきけるを、さななりとよろこびたれば、そとざまにいぬる、いとくちをし。まいて、物見ものみにいでむとてあるに、

「ことはなりぬらむ」

 と、ひとのいひたるをくこそわびしけれ。

 みたるのちことのひさしき。物見ものみてらまうでなどに、もろともにあるべきひとせていきたるに、くるまをさしせて、とみにもらでたするを、いとこころもとなく、うちててもぬべき心地ここちぞする。

 また、とみにていりすみおこすも、いとひさし。ひとうたかへしとくすべきを、えぬほどもこころもとなし。懸想人けさうびとなどはさしもいそぐまじけれど、おのづからまたさるべきをりもあり。まして、をんなも、ただにいひかはすことは、ときこそはとおもふほどに、あいなくひがごともあるぞかし。

 心地ここちのあしく、もののおそろしきをりのあくるほど、いとこころもとなし。

第161段「故殿の御服の頃」

 故殿ことの御服おんぶくころ六月ろくぐわつのつごもりの大祓おほはらへといふことにて、みやでさせたまふべきを、しき御曹司みざうしかたあしとて、かんつかさ朝所あいたどころにわたらせたまへり。そのさり、あつくわりなきやみにて、なにともおぼえず、せばくおぼつかなくてあかしつ。

 つとめて、れば、のさまいとひらにみじかく、かはらぶきにて、からめき、さまことなり。れいのやうに格子かうしなどもなく、めぐりて御簾みすばかりをぞかけたる、なかなかめづらしくてをかしければ、女房にようばうにはりなどしてあそぶ。前裁せんざい萱草くわんざうといふくさを、ませひていとおほくゑたりける。はなのきはやかにふさなりてきたる、むべむべしきところ前裁せんざいにはいとよし。時司ときづかさなどは、ただかたはらにて、つづみおとれいのにはずぞこゆるを、ゆかしがりて、わかき人々ひとびと二十人にじふにんばかり、そなたにいきて、はしよりたかきにのぼりたるを、これよりあぐれば、あるかぎり薄鈍うすにび唐衣からぎぬ、おなじいろ単襲ひとへがさね、くれなゐのはかまどもをてのぼりたるは、いと天人てんにんなどこそえいふまじけれど、そらよりりたるにやとぞゆる。

 おなじわかきなれど、おしあげたるひとは、えまじらで、うらやましげにあげたるも、いとをかし。

 左衛門さゑもんぢんまでいきて、たふれさわぎたるもあめりしを、

「かくはせぬことなり。上達部かんだちめのつきたまふ椅子いしなどに女房にようばうどものぼり、上官じやうくわんなどのゐる床子さうじどもを、みなうちたふし、そこなひたり」

 などくすしがるものどもあれど、きもれず。

 のいとふるくて、かはらぶきなればにやあらむ、あつさのらねば、御簾みすそとにぞしたる。ふるきところなれば、むかでといふもの、日一日ひひとひおちかかり、はちのおほきにて、つきあつまりたるなどぞ、いとおそろしき。

 殿上人てんじやうびとごとにまゐり、あかしてものいふをききて、

にはかりきや、太政官だいじやうくわんいまやかうのにはとならむことを」

 としいでたりしこそをかしかりしか。

 あきになりたれど、かたへだにすずしからぬかぜの、ところがらなめり、さすがにむしこゑなどこえたり。八日やうかかへらせたまひければ、七夕たなばたまつり、ここにてはれいよりもちかゆるは、ほどのせばければなめり。

 宰相さいしやう中将ちゆうじやう斉信ただのぶ宣方のぶかた中将ちゆうじやう道方みちかた少納言せうなごんなどまゐりたまへるに、人々ひとびとでてものなどいふに、ついでもなく、

明日あすはいかなることをか」

 といふに、いささかおもひまはしとどこほりもなく、

人間じんかん四月しぐわつをこそは」

 といらへたまへるがいみじうをかしきこそ。ぎにたることなれども、心得こころえていふはたれもをかしきなかに、をんななどこそさやうのものわすれはせね、をとこはさしもあらず、よみたるうたなどをだになまおぼえなるものを、まことにをかし。うちなるひとなるも、心得こころえずとおもひたるぞことわりなる。

 この四月しぐわつのついたちごろ、細殿ほそどのくち殿上人てんじやうびとあまたてり。やうやうすべりせなどして、ただとう中将ちゆうじやう源中将げんちゆうじやう六位ろくゐ一人ひとりのこりて、よろづのことをいひ、きやうみ、うたうたひなどするに、

けはてぬなり。かへりなむ」

 とて、

つゆわかれのなみだなるべし」

 といふことをとう中将ちゆうじやうのうちいだしたまへれば、

 源中将げんちゆうじやうももろともにいとをかしくじたるに、

「いそぎける七夕たなばたかな」

 といふを、いみじうねたがりて、

「ただあかつきのわか一筋ひとすぢを、ふとおぼえつるままにいひて、わびしうもあるかな。すべて、このわたりにて、かかることおもひまはさずいふは、いとくちをしきぞかし」

 など、かへかへすわらひて、

ひとになかたりたまひそ。かならずわらはれなむ」

 といひて、あまりあかうなりしかば、

葛城かづらきかみ、いまぞずちなき」

 とて、げおはしにしを、

 七夕たなばたのをりにこのことをいひいでばやとおもひしかど、宰相さいしやうになりたまひにしかば、かならずしもいかでかは、そのほどにつけなどもせむ、ふみかきて、主殿司とのもりづかさしてもやらむなどおもひしを、七日なぬかまゐりたまへりしかば、いとうれしくて、そののことなどいひでば、こころもぞたまふ、ただすずろにふといひたらば、あやしなどやうちかたぶきたまふ、さらば、それにをありしことばいはむ、とてあるに、つゆおぼめかでいらへたまへりしは、まことにいみじうをかしかりき。

 つきごろいつしかとおもほえたりしだに、わがこころながらすきずきしとおぼえしに、いかでさおもひまうけたるやうにのたまひけむ。もろともにねたがりいひし中将ちゆうじやうは、おもひもよらでゐたるに、

「ありしあかつきのこといましめらるるは。らぬか」

 とのたまふにぞ、

「げに、げに」

 とわらふめるわろしかし。

 ひとものいふことをになして、ちかかたらひなどしつるをば、

ゆるしてけり」

ゆひさしつ」

 などいひ、

をとこけむ」

 などいふことをひとはえらず、このきみ心得こころえていふを、

「なにぞ、なにぞ」

 と源中将げんちゆうじやうひつきていへど、いはねば、かのきみに、

「いみじう、なほこれのたまへ」

 とうらみられて、よきなかなればかせてけり。あへなくちかくなりぬるをば、

「おしこぼちのほどぞ」

 などいふ。

 われりにけりといつしかられむとて、

ばんはべりや。まろとうたむとなむおもふ。はいかが。ゆるしたまはむとする。とう中将ちゆうじやうとひとしなり。なおぼしわきそ」

 といふに、

「さのみあらば、さだめなくや」

 といひしを、またかのきみかたりきこえければ、

「うれしういひたり」

 とよろこびたまひし。なほぎにたることわすれぬひとは、いとをかし。

 宰相さいしやうになりたまひしころうへ御前おまへにて、

をいとをかしうじはべるものを。蕭會稽せうくわいけい過古廟こべうをすぎにしなどもたれかいひはべらむとする。しばしならでもさぶらふかし。くちをしきに」

 などまうししかば、いみじうわらはせたまひて、

「さなむいふとて、なさじかし」

 などおほせられしもをかし。

 されど、なりたまひにしかば、まことにさうざうしかりしに、源中将げんちゆうじやうおとらずおもひて、ゆゑだちあそびありくに、宰相さいしやう中将ちゆうじやうおんうへをいひいでて、

いま三十さんじふおよばずといふを、さらにことひとじたまひし」

 などいへば、

「などてかそれにおとらむ。まさりてこそせめ」

 とてよむに、

「さらにるべくだにあらず」

 といへば、

「わびしのことや。いかであれがやうにぜむ」

 とのたまふを、

三十さんじふといふところなむ、すべていみじう愛敬あいぎやうづきたりし」

 などいへば、ねたがりてわらひありくに、

 ぢんにつきたまへりけるを、わきにでて、

「かうなむいふ。なほそこもとをしへたまへ」

 とのたまひければ、わらひてをしへけるもらぬに、つぼねのもとにきていみじうよくせてよむに、あやしくて、

「こはたれそ」

 とへば、みたるこゑになりて、

「いみじきことをこえむ。かうかう、昨日きのふぢんにつきたりしに、きたるに、まづたるななり。たれぞとにくからぬけしきにてひたまふは」

 といふも、わざとならひたまひけむがをかしければ、これだにずればでてものなどいふを、

宰相さいしやう中将ちゆうじやうとくること。そのかたひてをがむべし」

 などいふ。

 したにありながら、

うへに」

 などいはするに、これをうちづれば、

「まことはあり」

 などいふ。御前おまへにも、かくなどまうせば、わらはせたまふ。

 内裏うち御物忌おんものいみなる右近うこん将監さうくわんみつなにとかやいふものして、畳紙たたうがみにかきておこせたるをれば、

さんぜむとするを、今日けふ明日あす御物忌おんものいみにてなむ。三十さんじふおよばずはいかが」

 といひたれば、かへりごとに、

「そのぎたまひにたらむ。朱買臣しゆばいしんつまをしへけむとしにはしも」

 とかきてやりたりしを、またねたがりて、うへ御前おまへにもそうしければ、みや御方おんかたにわたらせたまひて、

「いかでさることはりしぞ。三十九さんじふくなりけるとしこそ、さはいましめけれとて、宣方のぶかたは、いみじういはれにたりといふめるは」

 とおほせられしこそ、ものぐるほしかりけるきみとこそおぼえしか。

第162段「弘徽殿とは閑院の女御をぞ」

 弘徽殿こきでんとは閑院かんゐん女御にようごをぞきこゆる。その御方おんかたにうちふしといふもののむすめ、左京さきやうといひてさぶらひけるを、

源中将げんちゆうじやうかたらひてなむ」

 と人々ひとびとわらふ。

 みやしきにおはしまいしにまゐりて、

時々ときどき宿直とのゐなどもつかうまつるべけれど、さべきさまに女房にようばうなどももてなしたまはねば、いと宮仕みやづかへおろかにさぶらふこと。宿直所とのゐどころをだにたまはりたらば、いみじうまめにさぶらひなむ」

 といひゐたまへれば、人々ひとびと

「げに」

 などいらふるに、

「まことにひとは、うちふしやすむところのあるこそよけれ。さるあたりには、しげうまゐりたまふなるものを」

 とさしいらへたりとて、

「すべて、ものこえじ。方人かたうどとたのみきこゆれば、ひとのいひふるしたるさまにとりなしたまふなめり」

 など、いみじうまめだちてゑんじたまふを、

「あな、あやし。いかなることをかこえつる。さらにきとがめたまふべきことなし」

 などいふ。

 かたはらなるひとをひきゆるがせば、

「さるべきこともなきを、ほとほりいでたまふ、やうこそはあらめ」

 とて、はなやかにわらふに、

「これもかのいはせたまふならむ」

 とて、いとものしとおもひたまへり。

「さらにさやうのことをなむいひはべらぬ。ひとのいふだににくきものを」

 といらへて、りにしかば、のちにもなほ、

ひとぢがましきこといひつけたり」

 とうらみて、

殿上人てんじやうびとわらふとて、いひたるなめり」

 とのたまへば、

「さては、一人ひとりをうらみたまふべきことにもあらざるに、あやし」

 といへば、そののちはたえてやみたまひにけり。

第163段「昔おぼえて不用なるもの」

 むかしおぼえて不用ふようなるもの 繧繝縁うげんばしたたみのふしたる。唐絵からゑ屏風びやうぶくろみ、おもてそこなはれたる。絵師ゑしくらき。七八尺しちはちしやくかづらのあかくなりたる。葡萄染えびぞめの織物おりものはひかへりたる。色好いろごのみのいくづほれたる。おもしろきいへ木立こだちせたる。いけなどはさながらあれど、くさ水草みくさなどしげりて。

第164段「たのもしげなきもの」

 たのもしげなきもの こころみじかく、ひとわすれがちなる婿むこの、つねに夜離よがれする。そらごとするひとの、さすがにひとのことなしがほにて大事だいじけたる。かぜはやきにかけたるふね七八十ななそぢやそぢばかりなるひとの、心地ここちあしうて、日頃ひごろになりたる。

第165段「読経は」

 読経どきやうは、不断経ふだんきやう

第166段「近うて遠きもの」

 ちかうてとほきもの みやのべのまつり。おもはぬはらから、親族しんぞくなか鞍馬くらまのつづらをりといふみち十二月しはすのつごもりの正月しやうぐわつのついたちののほど。

第167段「遠くて近きもの」

 とほくてちかきもの 極楽ごくらくふねみちひとなか

第168段「井は」

 は 堀兼ほりかねたまはし逢坂あふさかなるがをかしきなり。やま。などさしもあさきためしになりはじめけむ。飛鳥井あすかゐは、

「みもひもさむし」

 とほめたるこそをかしけれ。千貫ちぬき少将せうしやう櫻井さくらゐ后町きさきまち

第169段「野は」

 は 嵯峨野さがのさらなり。印南野いなみの交野かたの駒野こまの飛火野とぶひの。しめし春日野かすがの

 そうけこそすずろにをかしけれ。などてさつけけむ。

 宮城野みやぎの粟津野あはづの小野をの紫野むらさきの

第170段「上達部は」

 上達部かんだちめは 左大将さだいしやう右大将うだいしやう春宮とうぐう大夫だいぶ権中納言ごんのちゆうなごん宰相さいしやう中将ちゆうじやう三位さんみ中将ちゆうじやう

第171段「君達は」

 君達きんだちは とう中将ちゆうじやうとうべん権中将ごんのちゆうじやう四位しゐ少将せうしやう蔵人くらうどべん四位しゐ侍従じじゆう蔵人くらうど少納言せうなごん蔵人くらうど兵衛佐ひやうゑのすけ

第172段「受領は」

 受領ずりやうは 伊予いよかみ紀伊きいかみ和泉いづみかみ大和やまとかみ

第173段「権の守は」

 ごんかみは 甲斐かひ越後ゑちご筑後ちくご阿波あは

第174段「大夫は」

 大夫たいふは 式部しきぶ大夫たいふ左衛門さゑもん大夫たいふ右衛門うゑもん大夫たいふ

第175段「法師は」

 法師ほふしは 律師りつし内供ないぐ

第176段「女は」

 をんなは 内侍ないしのすけ。内侍ないし

第177段「六位の蔵人などは」

 六位ろくゐ蔵人くらうどなどは、おもひかくべきことにもあらず。

 かうぶりなにごんかみ大夫たいふなどいふひとの、板屋いたやなどのせまいへたりて、また、小檜垣こひがきなどいふものあたらしくして、車宿くるまやどりくるまて、まへちか一尺いつしやくばかりなるほして、うしつなぎてくさなどはするこそいとにくけれ。

 にはいときよげにき、紫革むらさきがはして伊予簾いよすかけわたし、布障子ぬのさうじはらせてまひたる。

 

かどつよくさせ」

 など、ことおこなひたる、いみじうさきなう、こころづきなし。

 おやいへしうとはさらなり、をぢ、せうとなどのまぬいへ、そのさべきひとなからむは、おのづから、むつまじくうちりたらむ受領ずりやうくにへいきていたづらならむ、さらずは、ゐんみやばらのあまたあるに、みなどして、つかさでてのち、いつしかよきところたづねとりてみたるこそよけれ。

第178段「女のひとりすむ所は」

 をんなのひとりすむところは、いたくあばれて築土ついぢなどもまたからず、いけなどあるところ水草みくさゐ、にはなどもよもぎにしげりなどこそせねども、ところどころすなごのなかよりあをくさうちえ、さびしげなるこそあはれなれ。

 ものかしこげに、なだらかに修理しゆりして、かどいたくかため、きはぎはしきは、いとうたてこそおぼゆれ。

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