『源氏物語』第37帖「横笛」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

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故権大納言の亡せたまひにし悲しさ

 故権大納言こだいなごんのはかなくせたまひにしかなしさを、かず口惜くちをしきものに、ひしのびたまふひとおほかり。六条院ろくでうのゐんにも、おほかたにつけてだに、にめやすきひとくなるをば、しみたまふ御心みこころに、まして、これは、朝夕あさゆふしたしくまゐれつつ、ひとよりも御心みこころとどめおぼしたりしかば、いかにぞやと、おぼづることはありながら、あはれはおほく、折々をりをりにつけてしのびたまふ。

 御果おほんはてにも、誦経ずきゃうなど、きせさせたまふ。よろづもらずがほにいはけなきおほんありさまをたまふにも、さすがにいみじくあはれなれば、御心みこころのうちに、またこころざしたまうて、黄金こがね百両ひゃくりゃうをなむべちにせさせたまひける。大臣おとどは、こころらでぞかしこまりよろこびきこえさせたまふ。

 大将だいしゃうきみも、ことどもおほくしたまひ、とりもちてねむごろにいとなみたまふ。かの一条いちでうみやをも、このほどの御心みこころざしふかとぶらひきこえたまふ。兄弟はらからきみたちよりもまさりたる御心みこころのほどを、いとかくはおもひきこえざりきと、大臣おとどうへも、よろこびきこえたまふ。あとにも、のおぼえおもくものしたまひけるほどのゆるに、いみじうあたらしうのみ、おぼがるること、きせず。

山の帝は、二の宮も

 やまみかどは、みやも、かく人笑ひとわらはれなるやうにてながめたまふなり、入道にふだうみやも、このひとめかしきかたは、かけはなれたまひぬれば、さまざまにかずおぼさるれど、すべてこのおぼなやまじ、としのびたまふ。御行おほんおこなひのほどにも、「おなみちをこそはつとめたまふらめ」などおぼしやりて、かかるさまになりたまてのちは、はかなきことにつけても、えずこえたまふ。

 御寺みてらのかたはらちかはやしでたるたかうな、そのわたりのやまれる野老ところなどの、山里やまざとにつけてはあはれなれば、たてまつれたまふとて、御文おほんふみこまやかなるはしに、

はる野山のやまかすみもたどたどしけれど、こころざしふかでさせてはべるしるしばかりになむ。

わかりなむみちはおくるともおなじところをきみたづねよ

いとかたきわざになむある」

 とこえたまへるを、なみだぐみてたまふほどに、大殿おとどきみわたりたまへり。れいならず、御前おまへちか櫑子らいしどもを、「なぞ、あやし」と御覧ごらんずるに、ゐん御文おほんふみなりけり。たまへば、いとあはれなり。

今日けふか、明日あすかの心地ここちするを、対面たいめんこころにかなはぬこと」

 など、こまやかにかせたまへり。この「おなじところ」のおほんともなひを、ことにをかしきふしもなき。聖言葉ひじりことばなれど、「げに、さぞおぼすらむかし。われさへおろかなるさまにえたてまつりて、いとどうしろめたき御思おほんおもひのふべかめるを、いといとほし」とおぼす。

 御返おほんかへりつつましげにきたまひて、御使おほんつかひには、青鈍あをにびあや一襲ひとかさねたまふ。へたまへりけるかみの、御几帳みきちゃうそばよりほのゆるを、りてたまへば、御手おほんてはいとはかなげにて、

にはあらぬところのゆかしくてそむ山路やまぢおもひこそれ」

「うしろめたげなるけしきなるに、このあらぬところもとめたまへる、いとうたて、心憂こころうし」

 とこえたまふ。

 いまは、まほにもえたてまつりたまはず、いとうつくしうらうたげなる御額髪おほんひたひがみつらつきのをかしさ、ただ稚児ちごのやうにえたまひて、いみじうらうたきをたてまつりたまふにつけては、「など、かうはなりにしことぞ」と、つみぬべくおぼさるれば、御几帳みきちゃうばかりへだてて、またいとこよなう気遠けどほく、疎々うとうとしうはあらぬほどに、もてなしきこえてぞおはしける。

若君は、乳母のもとに

 若君わかぎみは、乳母めのとのもとにたまへりける、きてでたまひて、御袖おほんそできまつはれたてまつりたまふさま、いとうつくし。

 しろうすものに、から小紋こもん紅梅こうばい御衣おほんぞすそ、いとながくしどけなげにきやられて、御身おほんみはいとあらはにて、うしろのかぎりになしたまへるさまは、れいのことなれど、いとらうたげにしろくそびやかに、やなぎけづりてつくりたらむやうなり。

 かしら露草つゆくさしてことさらにいろどりたらむ心地ここちして、くちつきうつくしうにほひ、まみのびらかに、づかしうかをりたるなどは、なほいとよくおもでらるれど、

「かれは、いとかやうに際離きははなれたるきよらはなかりしものを、いかでかからむ。みやにもたてまつらず、いまより気高けだかくものものしう、さまことえたまへるけしきなどは、わが御鏡おほんかがみかげにもげなからず」なされたまふ。

 わづかにあゆみなどしたまふほどなり。このたかうな櫑子らいしに、なにともらずりて、いとあわたたしうらして、ひかなぐりなどしたまへば、

「あな、らうがはしや。いと不便ふびんなり。かれかくせ。ものとどめたまふと、ものひさがなき女房にょうばうもこそひなせ」

 とて、わらひたまふ。かきいだきたまひて、

「このきみのまみのいとけしきあるかな。ちひさきほどの稚児ちごを、あまたねばにやあらむ、かばかりのほどは、ただいはけなきものとのみしを、いまよりいとけはひことなるこそ、わづらはしけれ。女宮をんなみやものしたまふめるあたりに、かかるひとでて、心苦こころぐるしきこと、がためにもありなむかし。

あはれ、そのおのおののひゆくすゑまでは、見果みはてむとすらむやは。はなさかりは、ありなめど」

 と、うちまもりきこえたまふ。

「うたて、ゆゆしきおほんことにも」

 と、ひとびとはこゆ。

 御歯おほんはづるにてむとて、たかうなをつとにぎちて、しづくもよよとらしたまへば、

「いとねぢけたる色好いろごのみかな」とて、

ふしわすれずながら呉竹くれたけのこはがたきものにぞありける」

 と、はなちて、のたまひかくれど、うちわらひて、なにともおもひたらず、いとそそかしう、さわぎたまふ。

 月日つきひへて、このきみのうつくしうゆゆしきまでひまさりたまふに、まことに、このふしみなおぼわすれぬべし。

「このひとでものしたまふべきちぎりにて、さるおもひのほかこともあるにこそはありけめ。のががたかなるわざぞかし」

 と、すこしはおぼなほさる。みづからの御宿世おほんすくせも、なほかぬことおほかり。

「あまたつどへたまへるなかにも、このみやこそは、かたほなるおもひまじらず、ひとおほんありさまも、おもふにかぬところなくてものしたまふべきを、かくおもはざりしさまにてたてまつること」

 とおぼすにつけてなむ、ぎにしつみゆるがたく、なほ口惜くちをしかりける。

大将の君は、今はのとぢめを

 大将だいしゃうきみは、かのいまはのとぢめにとどめし一言ひとことを、こころひとつにおもでつつ、「いかなりしことぞ」とは、いとこえまほしう、けしきもゆかしきを、ほの心得こころえおもらるることもあれば、なかなかうちでてこえむもかたはらいたくて、「いかならむついでに、このことくはしきありさまもきらめ、また、かのひとおもりたりしさまをもこしめさむ」と、おもひわたりたまふ。

 あきゆふべのものあはれなるに、一条いちでうみやおもひやりきこえたまひて、わたりたまへり。うちとけ、しめやかに、御琴おほんことどもなどきたまふほどなるべし。ふかくもえりやらで、やがてそのみなみひさしれたてまつりたまへり。はしかたなりけるひとの、ゐざりりつるけはひどもしるく、きぬおとなひも、おほかたのにほうばしく、こころにくきほどなり。

 れいの、御息所みやすんどころ対面たいめんしたまひて、むかし物語ものがたりどもこえはしたまふ。わが御殿おほんとのの、ひとしげくて、ものさわがしく、をさなきみたちなど、すだきあわてたまふにならひたまひて、いとしづかにものあはれなり。うちれたる心地ここちすれど、あてに気高けだかみなしたまひて、前栽せんざいはなども、むししげき野辺のべみだれたる夕映ゆふばえを、わたしたまふ。

和琴を引き寄せたまへれば

 和琴わごんせたまへれば、りち調しらべられて、いとよくきならしたる、人香ひとがにしみて、なつかしうおぼゆ。

「かやうなるあたりに、おもひのままなるごころあるひとは、しづむることなくて、さましきけはひをもあらはし、さるまじきをもつるぞかし」

 など、おもつづけつつ、らしたまふ。

 故君こきみつねきたまひしことなりけり。をかしきひとつなど、すこしきたまひて、

「あはれ、いとめづらかなるらしたまひしはや。この御琴おほんことにももりてはべらむかし。うけたまはりあらはしてしがな」

 とのたまへば、

こと緒絶をたえにしのちより、むかし御童遊おほんわらはあそびの名残なごりをだに、おもでたまはずなむなりにてはべめる。ゐん御前おまへにて、女宮をんなみやたちのとりどりの御琴おほんことども、こころみきこえたまひしにも、かやうのかたは、おぼめかしからずものしたまふとなむ、さだめきこえたまふめりしを、あらぬさまにほれぼれしうなりて、ながぐしたまふめれば、きつまにといふやうになむたまふる」

 とこえたまへば、

「いとことわりの御思おほんおもひなりや。かぎりだにある」

 と、うちながめて、ことしやりたまへれば、

「かれ、なほさらば、こゑつたはることもやと、きわくばかりらさせたまへ。ものむつかしうおもうたまへしづめるみみをだに、きらめはべらむ」

 とこえたまふを、

「しかつたはるなかは、ことにこそははべらめ。それをこそうけたまはらむとはこえつれ」

 とて、御簾みすのもとちかせたまへど、とみにしもけひきたまふまじきことなれば、しひてもこえたまはず。

月さし出でて曇りなき空に

 つきさしでてくもりなきそらに、はねうちはすかりがねも、つらはなれぬ、うらやましくきたまふらむかし。かぜ肌寒はださむく、ものあはれなるにさそはれて、しゃうことをいとほのかにらしたまへるも、奥深おくふかこゑなるに、いとどこころとまりてて、なかなかにおもほゆれば、琵琶びはせて、いとなつかしきに、「想夫恋さうふれん」をきたまふ。

おもおよがほなるは、かたはらいたけれど、これは、ことはせたまふべくや」

 とて、せちうちをそそのかしきこえたまへど、まして、つつましきさしいらへなれば、みやはただものをのみあはれとおぼつづけたるに、

「ことにでてはぬもふにまさるとはひとぢたるけしきをぞる」

 とこえたまふに、ただすゑかたをいささかきたまふ。

ふかのあはればかりはきわけどことよりがほにえやはきける」

 かずをかしきほどに、さるおほどかなるもののがらに、ふるひとこころしめてつたへける、おな調しらべのものといへど、あはれにこころすごきものの、片端かたはしらしてみたまひぬれば、うらめしきまでおぼゆれど、

きしさを、さまざまにひきでても御覧ごらんぜられぬるかな。あきかしはべらむも、むかしとがめやとはばかりてなむ、まかではべりぬべかめる。またことさらにこころしてなむさぶらふべきを、この御琴おほんことどもの調しらへずたせたまはむや。たがふることもはべりぬべきなれば、うしろめたくこそ」

 など、まほにはあらねど、うちにほはしおきてでたまふ。

今宵の御好きには

今宵こよひ御好おほんすきには、ひとゆるしきこえつべくなむありける。そこはかとなきいにしへがたりにのみまぎらはさせたまひて、たまにせむ心地ここちもしはべらぬ、のこおほくなむ」

 とて、御贈おほんおくものふえへてたてまつりたまふ。

「これになむ、まことにふるきこともつたはるべくきおきはべりしを、かかる蓬生よもぎふうづもるるもあはれにたまふるを、御前駆おほんさききほはむこゑなむ、よそながらもいぶかしうはべる」

 とこえたまへば、

つかはしからぬ随身ずいじんにこそははべるべけれ」

 とて、たまふに、これもげにとともにへてもてあそびつつ、

「みづからも、さらにこれがかぎりは、えきとほさず。おもはむひとにいかでつたへてしがな」

 と、をりをりこえごちたまひしをおもでたまふに、いますこしあはれおほひて、こころみにらす。盤渉調ばんしきでうなからばかりきさして、

むかししのひとごとは、さてもつみゆるされはべりけり。これはまばゆくなむ」

 とて、でたまふに、

つゆしげきむぐらの宿やどにいにしへのあきはらぬむしこゑかな」

 と、こえだしたまへり。

横笛よこぶえ調しらべはことにはらぬをむなしくなりしこそきせね」

 でがてにやすらひたまふに、よるもいたくけにけり。

殿に帰りたまへれば

 殿とのかへりたまへれば、格子かうしなどろさせて、みなたまひにけり。

「このみやこころかけきこえたまひて、かくねむごろがりこえたまふぞ」

 など、ひとこえらせければ、かやうにかしたまふもなまにくくて、りたまふをもく、たるやうにてものしたまふなるべし。

いもわれといるさのやまの」

 と、こゑはいとをかしうて、ひとりごちうたひて、

「こは、など、かくかためたる。あな、むもれや。今宵こよひつきさともありけり」

 と、うめきたまふ。格子かうしげさせたまひて、御簾みすげなどしたまひて、端近はしぢかしたまへり。

「かかるつきに、こころやすく夢見ゆめみひとは、あるものか。すこしでたまへ。あな心憂こころう

 などこえたまへど、こころやましううちおもひて、しのびたまふ。

 きみたちの、いはけなくおびれたるけはひなど、ここかしこにうちして、女房にょうばうもさしみてしたる、人気ひとけにぎははしきに、ありつるところのありさま、おもはするに、おほはりたり。このふえをうちきたまひつつ、

「いかに、名残なごりも、ながめたまふらむ。御琴おほんことどもは、調しらはらずあそびたまふらむかし。御息所みやすんどころも、和琴わごん上手じゃうずぞかし」

 など、おもひやりてしたまへり。

「いかなれば、故君こきみ、ただおほかたのこころばへは、やむごとなくもてなしきこえながら、いとふかきけしきなかりけむ」

 と、それにつけても、いといぶかしうおぼゆ。

見劣みおとりせむこそ、いといとほしかるべけれ。おほかたのにつけても、かぎりなくくことは、かならずさぞあるかし」

 などおもふに、わが御仲おほんなかの、うちけしきばみたるおもひやりもなくて、むつびそめたる年月としつきのほどをかぞふるに、あはれに、いとかうしたちておごりならひたまへるも、ことわりにおぼえたまひけり。

すこし寝入りたまへる夢に

 すこし寝入ねいりたまへるゆめに、かの衛門督ゑもんのかみ、ただありしさまの袿姿うちきすがたにて、かたはらにゐて、このふえりてる。ゆめのうちにも、ひとの、わづらはしう、このこゑたづねてたる、とおもふに、

笛竹ふえたけかぜのことならばすゑながきねにつたへなむ

おもかたことにはべりき」

 とふを、はむとおもふほどに、若君わかぎみおびれてきたまふ御声おほんこゑに、めたまひぬ。

 このきみいたくきたまひて、つだみなどしたまへば、乳母めのとさわぎ、うへ大殿油おほとなぶらちかせさせたまて、みみはさみして、そそくりつくろひて、いだきてゐたまへり。いとよくえて、つぶつぶとをかしげなるむねけて、などくくめたまふ。稚児ちごもいとうつくしうおはするきみなれば、しろくをかしげなるに、御乳おほんちはいとかはらかなるを、こころをやりてなぐさめたまふ。

 男君をとこぎみりおはして、「いかなるぞ」などのたまふ。うちまきしらしなどして、みだりがはしきに、ゆめのあはれもまぎれぬべし。

なやましげにこそゆれ。いまめかしきおほんありさまのほどにあくがれたまうて、夜深よぶか御月おほんつきでに、格子かうしげられたれば、れいのもののけのたるなめり」

 など、いとわかくをかしきかほして、かこちたまへば、うちわらひて、

「あやしの、もののけのしるべや。まろ格子かうしげずは、みちなくて、げにえざらまし。あまたのひとおやになりたまふままに、おもひいたりふかくものをこそのたまひなりにたれ」

 とて、うちやりたまへるまみの、いとづかしげなれば、さすがにものものたまはで、

でたまひね。見苦みぐるし」

 とて、あきらかなる火影ほかげを、さすがにぢたまへるさまもにくからず。まことに、このきみなづみて、きむつかりかしたまひつ。

大将の君も、夢思し出づるに

 大将だいしゃうきみも、ゆめおぼづるに、

「このふえのわづらはしくもあるかな。ひとこころとどめておもへりしものの、くべきかたにもあらず。をんな御伝おほんつたへはかひなきをや。いかがおもひつらむ。このにて、かずおもれぬことも、かのいまはのとぢめに、一念いちねんうらめしきも、もしはあはれともおもふにまつはれてこそは、ながやみにもまどふわざななれ。かかればこそは、なにごとにもしふはとどめじとおもなれ」

 など、おぼつづけて、愛宕をたぎ誦経ずきゃうせさせたまふ。また、かの心寄こころよせのてらにもせさせたまひて、

「このふえをば、わざとひとのさるゆゑふかきものにて、でたまへりしを、たちまちにほとけみちにおもむけむも、たふときこととはいひながら、あへなかるべし」

 とおもひて、六条ろくでうゐんまゐりたまひぬ。

 女御にょうご御方おほんかたにおはしますほどなりけり。さんみやつばかりにて、なかにうつくしくおはするを、こなたにぞまたきておはしまさせたまひける。はしでたまひて、

大将だいしゃうこそ、みやいだきたてまつりて、あなたへておはせ」

 と、みづからかしこまりて、いとしどけなげにのたまへば、うちわらひて、

「おはしませ。いかでか御簾みすまへをばわたりはべらむ。いと軽々きゃうぎゃうならむ」

 とて、いだきたてまつりてゐたまへれば、

ひとず。まろ、かほかくさむ。なほなほ」

 とて、御袖おほんそでしてさしかくしたまへば、いとうつくしうて、てたてまつりたまふ。

こなたにも、二の宮の

 こなたにも、みやの、若君わかぎみとひとつにじりてあそびたまふ、うつくしみておはしますなりけり。すみのほどにろしたてまつりたまふを、みやつけたまひて、

「まろも大将だいしゃういだかれむ」

 とのたまふを、さんみや

「あが大将だいしゃうをや」

 とて、ひかへたまへり。ゐん御覧ごらんじて、

「いとみだりがはしきおほんありさまどもかな。おほやけおほんちかまもりを、わたくし随身ずいじんりゃうぜむとあらそひたまふよ。さんみやこそ、いとさがなくおはすれ。つねこのかみきほまうしたまふ」

 と、いさめきこえあつかひたまふ。大将だいしゃうわらひて、

みやは、こよなく兄心このかみごころにところさりきこえたまふ御心みこころふかくなむおはしますめる。御年おほんとしのほどよりは、おそろしきまでえさせたまふ」

 などこえたまふ。うちみて、いづれもいとうつくしとおもひきこえさせたまへり。

見苦みぐるしく軽々かるがるしき公卿くぎゃう御座みざなり。あなたにこそ」

 とて、わたりたまはむとするに、みやたちまつはれて、さらにはなれたまはず。みや若君わかぎみは、みやたちの御列おほんつらにはあるまじきぞかしと、御心みこころのうちにおぼせど、なかなかその御心みこころばへを、母宮ははみやの、御心みこころおににやおもせたまふらむと、これもこころくせに、いとほしうおぼさるれば、いとらうたきものにおもひかしづききこえたまふ。

大将は、この君を

 大将だいしゃうは、このきみを「まだえよくもぬかな」とおぼして、御簾みすひまよりさしでたまへるに、はなえだれてちたるをりて、せたてまつりて、まねきたまへば、はしりおはしたり。

 二藍ふたあゐ直衣なほしかぎりをて、いみじうしろひかりうつくしきこと、皇子みこたちよりもこまかにをかしげにて、つぶつぶときよらなり。なまとまるこころひてればにや、眼居まなこゐなど、これはいますこしつようかどあるさままさりたれど、眼尻まじりのとぢめをかしうかをれるけしきなど、いとよくおぼえたまへり。

 くちつきの、ことさらにはなやかなるさまして、うちみたるなど、「わがのうちつけなるにやあらむ、大殿おとどはかならずおぼすらむ」と、いよいよけしきゆかし。

 みやたちは、おもひなしこそ気高けだかけれ、つねのうつくしき稚児ちごどもとえたまふに、このきみは、いとあてなるものから、さまことにをかしげなるを、見比みくらべたてまつりつつ、

「いで、あはれ。もしうたがふゆゑもまことならば、父大臣ちちおとどの、さばかりにいみじくおもひほれたまて、

のりでくるひとだになきこと。形見かたみるばかりの名残なごりをだにとどめよかし

と、がれたまふに、かせたてまつらざらむつみがましさ」などおもふも、「いで、いかでさはあるべきことぞ」

 と、なほ心得こころえず、おもかたなし。こころばへさへなつかしうあはれにて、むつあそびたまへば、いとらうたくおぼゆ。

対へ渡りたまひぬれば

 たいわたりたまひぬれば、のどやかに御物語おほんものがたりなどこえておはするほどに、日暮ひくれかかりぬ。昨夜よべ、かの一条いちでうみやうでたりしに、おはせしありさまなどこえでたまへるを、ほほみてきおはす。あはれなるむかしのこと、かかりたる節々ふしぶしは、あへしらひなどしたまふに、

「かの想夫恋さうふれんこころばへは、げに、いにしへのためしにもでつべかりけるをりながら、をんなは、なほ、ひとこころうつるばかりのゆゑよしをも、おぼろけにてはらすまじうこそありけれと、おもらるることどもこそおほかれ。

ぎにしかたこころざしをわすれず、かくなが用意よういを、ひとられぬとならば、おなじうは、こころきよくて、とかくかかづらひ、ゆかしげなきみだれなからむや、がためもこころにくく、めやすかるべきことならむとなむおもふ」

 とのたまへば、「さかし。ひとうへ御教おほんをしへばかりは心強こころづよげにて、かかるきはいでや」と、たてまつりたまふ。

なにみだれかはべらむ。なほ、つねならぬのあはれをかけそめはべりにしあたりに、心短こころみじかくはべらむこそ、なかなかつね嫌疑けんぎありがほにはべらめとてこそ。

想夫恋さうふれんは、こころとさしぎてことでたまはむや、にくきことにはべらまし、もののついでにほのかなりしは、をりからのよしづきて、をかしうなむはべりし。

なにごとも、ひとにより、ことにしたがふわざにこそはべるべかめれ。よはひなども、やうやういたうわかびたまふべきほどにもものしたまはず、また、あざれがましう、きしきけしきなどに、ものれなどもしはべらぬに、うちとけたまふにや。おほかたなつかしうめやすきひとおほんありさまになむものしたまひける」

 などこえたまふに、いとよきついでつくでて、すこしちかまゐりたまひて、かの夢語ゆめがたりをこえたまへば、とみにものものたまはで、こしめして、おぼはすることもあり。

その笛は、ここに見るべきゆゑ

「そのふえは、ここにるべきゆゑあるものなり。かれは陽成院やうぜいゐん御笛おほんふえなり。それを故式部卿宮こしきぶきゃうのみやの、いみじきものにしたまひけるを、かの衛門督ゑもんのかみは、わらはよりいとことなるでしにかんじて、かのみやはぎえんせられけるおくものらせたまへるなり。をんなこころふかくもたどりらず、しかものしたるななり」

 などのたまひて、

すゑつたへ、またいづかたにとかはおもひまがへむ。さやうにおもふなりけむかし」などおぼして、「このきみもいといたりふかひとなれば、おもることあらむかし」とおぼす。

 そのけしきをるに、いとどはばかりて、とみにもうちこえたまはねど、せめてかせたてまつらむのこころあれば、いましもことのついでにおもでたるやうに、おぼめかしうもてなして、

いまはとせしほどにも、とぶらひにまかりてはべりしに、からむのちのことどもきはべりしなかに、しかしかなむふかくかしこまりまうすよしを、かへがへすものしはべりしかば、いかなることにかはべりけむ、いまにそのゆゑをなむえおもひたまへりはべらねば、おぼつかなくはべる」

 と、いとたどたどしげにこえたまふに、

「さればよ」

 とおぼせど、なにかは、そのほどのことあらはしのたまふべきならねば、しばしおぼめかしくて、

「しか、ひとうらみとまるばかりのけしきは、なにのついでにかはでけむと、みづからもえおもでずなむ。さて、いましづかに、かのゆめおもはせてなむこゆべき。よるかたらずとか、女房にょうばうつたへにふなり」

 とのたまひて、をさをさおほんいらへもなければ、うちこえてけるを、いかにおぼすにかと、つつましくおぼしけり、とぞ。

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