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『発心集』第8巻(第89話~第102話)原文全文

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 このページでは、鴨長明『発心集』第8巻(第89話~第102話)の原文全文を掲載しています。原文のままでも読みやすいよう、漢字には歴史的仮名遣いによるルビ(ふりがな)を付けました。

 現代語訳とあわせて読みたい方は、『発心集』第8巻(第89話~第102話)現代語訳全文をご覧ください。

目次

第89話 中ごろ筑前国に時料と名付けたる聖ありけり

 中なかごろ、筑前国ちくぜんのくにに、時料ときれうと名付なづけたる聖ひじりありけり。府こふの辺あたりに歩ありきて、人ひとの家いへに至いたりて物ものを乞こふとて、必かならず「時料ときれう」とばかり言いひて、経きやうも読よまず、仏号ぶつがうをも唱となへず。いはんや、そのほかのこと、一言ひとことも言いはざりければ、やがて、かく名なを付つけたるなり。朝夕あさゆふつねに見みゆれば、見合みあふにしたがひて物ものなど取とらすれど、たしかにそことは跡あととめたりといふこと、知しれる人ひとなし。

 その時ときに、府官ふくわんの中なかに、ことにこれをあはれむ男をのこありけり。心こころに思おもふやう、「この聖ひじりのありさまこそ、いとおぼつかなけれ。さりとも、跡あとを隠かくせる所ところなからんや。いかにも、その徳とくある者ものにこそ。これを見みあらはして、深ふかく縁えんを結むすばん」と思おもひて、物もの乞こひ廻めぐりて帰かへりけるを、見み隠かくれに行ゆく間あひだに、はるかに山やま深ふかく入いりて、けはしき谷たにの奥おくに、荒あれたる神かみの社やしろありける中なかにはひ入いりぬ。

 いとめづらかに思おぼえて、隠かくれ居ゐて聞きけば、日暮方ひぐれがたより夜よもすがら、もろもろの罪障ざいしやうを懺悔さんげす。夜中過よなかすぎほどより法華経ほけきやうを読よむ。その声こゑ、いと貴たふとくて、涙なみだも止とまらず。

 夜よ明あけて後のち、男をとこ、帰かへらんとする時とき、人ひとのある気色けしきをさとりて、聖ひじりとかく求もとめ歩ありきけるほどに見付みつけられぬ。すなはち、袖そでに取とり付つきて、大おほきに悲かなしみていはく、

「われこのたび生死しやうじを離はなれんと思おもふに、この志こころざしを人ひとに知しられなば、魔縁まえんも力ちからを得え、信施しんせもことに重おもかるべし。ことにふれて障さはりあるべきゆゑに、われ深ふかく徳とくを隠かくして、年としごろこの谷たにに住すめども、鳥獣とりけだものよりほかには、さらにわれを知しる者ものなし。しかるを、なんぢ今いまわれを見みあらはすは、すでに生々世々しやうじやうせせの仇敵あたかたきなり。さらに、なんぢを許ゆるすべからず。ここにして、もろともに命いのちを捨すつばかりぞ」

 と言いひて、泣なきもだうる声こゑ、谷たにを響ひびかす。涙なみだ流ながして袖そでをしぼるばかり濡ぬれぬ。

 この男をとこ恐おそれをののきて言いふやう、

「われ聖ひじりの徳とくを貴たふとむにより、信しんを発おこして、尋たづね来きたる。これ何なにの咎とがかある。われ一人ひとりは何なにばかりの咎とがかあらん。願ねがはくは、今日けふの咎とが許ゆるしたまへ。永ながく妻子さいしにもこのことを散ちらさじ。仏天ぶつてん必かならず照てらしたまふべし」

 と言いふ。聖ひじりのいはく、

「一人ひとりが知しれるとても、本意ほいにはあらねども、なんぢ人ひとよりも信心しんじん深ふかし。しかれば、いかがはせん。口くちより外ほかへ出いだすべからず。今日けふより後のち、深ふかくあひ頼たのまん」

 など、互たがひにさまざま契ちぎりを結むすびて帰かへりにけり。

 その後のち、この男をとこ忍しのび人ひとに隠かくれて、時料ときれうとぶらひければ、里さとへ出いづることもなくて、思おもふごとく往生わうじやうを遂とげたりけりとぞ。かねて、死期しごを知しりて、この男をとこに告つげたりけるによりて、その臨終りんじゆうの貴たふとかりしことなど、後のちに人ひとに語かたりける。

 ある人ひといはく、

「濁世ぢよくせの行者ぎやうじやはみづから徳とくを隠かくし、賊国ぞくこくにありて、宝たからをまうくるがごとくすべし。そのゆゑは今いまの世よは、天魔てんま、盗人ぬすびと満みち満みちて、人ひとの善根ぜんこんをうかがひ妨さまたぐ。しかれども、悟さとり深ふかく徳とくある人ひとは諸天しよてんの擁護おうごひまなくして、天魔てんまそのたより得うることなし。たとへば、人ひとの門かどつよくさし、兵つはもの多おほく守まもりて、悲かなしみなきがごとし。もし、わがごとく、懈怠けだい、無智むちの者もの、たまたま勤つとむる功徳くどくは、貧まずしき家いへに宝たから多おほからんがごとし。心城しんじやう囲かこひあだにして、善神ぜんじんの守護しゆごしたまふもなし。ただ、外相げさうをよそにし、その徳とくを深ふかく隠かくして、しらせざらんにはしかず。かの金こがねをおどろにつつみ、宝珠ほうじゆを土つちに埋うづむがごとし。ただ、たとひ徳とくを隠かくすとも、みづからおごる心こころあらば、また益えきなし。天魔てんまはよく憍慢けうまんを便たよりとす。たとへば、盗賊たうぞくの中人ちゆうじんを用もちゐるがごとし。しかるを、末世まつせの比丘びく、争あらそひ深ふかく、名利みやうりに惑まどへるゆゑに、みづから無なき徳とくを称しやうす。妄語まうごの中なかにすぐれたる重罪ぢゆうざいなり。何なにぞいはんや、身みにある徳とくをあげ、人ひとの称賛しやうさんするを悦よろこぶことは万人ばんにんの習ならひなり。妄語まうごにあらずといふとも、その咎とが、なほ軽かるからず。もし、まことに後世ごせを思おもはん人ひとは一人ひとりありて、わが身みになき徳とくを讃歎さんだんせば、これを恐おそれ驚おどろくこと、盗殺たうせつの無実ぶしつを負おふがごとくすべし。身みの毛けよだつばかりおののき、心神しんじんやすからずして、すなはち三宝さんぼうを念ねんぜよ。つれなく、驚おどろく心こころなくは、その咎とが、なほ遁のがれがたし」

第90話 ある山寺に徳高く聞こゆる聖ありけり

 ある山寺やまでらに、徳とく高たかく聞きこゆる聖ひじりありけり。

 年としごろ、堂だうを建たて仏ほとけを作つくり、さまざま功徳くどくをいとなみ、貴たふとく行おこなひけるが、終をはりめでたくてありければ、弟子でしもあたりの人ひとも、疑うたがひなき往生人わうじやうにんと信しんじて過すぎけるほどに、ある人ひとに、かの聖ひじりの霊れいつきて、心得こころえぬさまのことども言いふ。聞きけば、はや天狗てんぐになりたりけり。

 弟子でしども思おもひのほかなる心地ここちして、いみじく口くち惜をしく思おもへども、力ちからなくおぼつかなきことなど問とひければ、不思議ふしぎのことどもいふ中なかに、

「われ在世ざいせの間あひだ、深ふかく名聞みやうもんに住ぢゆうして、無なき徳とくを称しやうじて、人ひとをたぶろかして作つくりし仏ほとけなれば、かかる身みとなりて後のちは、この寺てらを人ひとの拝をがみ貴たふとぶ日ひに、わが苦患くげんまさるなり」

 とこそ言いひけれ。

 いみじき功徳くどくを作つくるとも、心こころ調ととのはずは、かひなかるべし。

「今いまのことなれば、名なはたしかなれど、ことさらあらはさず」

 とぞ、ある人ひと語かたりはべりし。

第91話 近き世のことにや仁和寺の奥に

 近ちかき世よのことにや、仁和寺にんなじの奥おくに、同おなじさまなる聖ひじり二人ふたりありけり。一人ひとりを西尾にしをの聖ひじりといふ。今いま一人ひとりをば東尾ひがしをの聖ひじりと名付なづけたり。

 この二人ふたりの聖ひじりことにふれて徳とくをいとなみ、一人ひとりは如法経によほふきやう書かけば、一人ひとりは如法念仏によほふねんぶつす。一人ひとり、五十日ごじふにち逆修ぎやくしゆすれば、一人ひとりは千日講せんにちこうを行おこなひなど、互たがひに劣おとらじとしければ、人ひともひきひきに方々かたがた別わかれつつ結縁けちえんしけり。

 年としごろ、かくのごとくいとなむ間あひだ、「西尾にしをの聖ひじり身灯しんとうすべし」といふこと聞きここえて、結縁けちえんすべき人ひと、貴賤道俗きせんだうぞく、市いちをなして貴たふとみこぞる。東尾ひがしをの聖ひじりこれを聞ききて、

「狂惑きやうわくのことにこそあらめ」

 とて信しんぜざるほどに、つひに期日ごにちになりて、弟子でしどもいみじく囲繞ゐねうして、念仏ねんぶつして、火屋ほやに火ひをさす。

 ここら集あつまりし人ひと涙なみだを流ながしつつ尊たふとみあへるほどに、火中くわちゆうにて、念仏ねんぶつ二百返にひやくへんばかりまうして、つひにいみじく貴たふとげなる声こゑにて、

「今いまぞ、東尾ひがしをの聖ひじりに勝かち果はてぬる」

 と言いひてなむ、終をはりにける。

 このことを聞きかぬ人ひとは、

「貴たふとし」

 とて、袖そでをうるほして去さりぬ。おのづからもれ聞きける者ものは思おもはずに、

「こは何なにごとぞ。いと本意ほいならず。妄念まうねんなりや。さだめて、天狗てんぐなどにこそはなるべかりぬれ。益えきなき結縁けちえんをしてけるかな」

 なんど言いひけり。まことに、あらたに身命しんみやうを捨すてて、さる心こころを発おこしけん。めづらしき身みなるべし。

 ある人ひと語かたりていはく。

 唐もろこしに帝みかどおはしけり。夜よいたう更ふけて、灯ともしび壁かべにそむけつつ、寝所しんじよに入いりて静しずまりぬるほどに、火ほの影かげにかげろうものあり。あやしくて、寝ね入いりたる様さまにて、よく見みたまへば、盗人ぬすびとなるべし。ここかしこに歩ありきて、御宝物おんたからもの、御衣ぎよいなど取とりて、大おほきなる袋ふくろに入いれて、いとむくつけなくおぼされて、いとど息音いきおともしたまはず。

 かかる間あひだ、この盗人ぬすびと御おん傍かたはらに薬くすり合あはせんとて、灰はひ焼やき置おかれたりけるを見付みつけて、さうなくつかみ食くふ。いとあやしと見みたまふほどに、とばかりありて、うち案あんじて、この袋ふくろなる物ものども取とり出いでて、みなもとのごとく置おきて、やをら出いでなんとす。

 その時とき、帝みかどいと心得こころえがたくおぼして、

「なんぢは何者なにものぞ。いかにも人ひとの物ものを取とり、また、いかなる心こころにて返かへし置おくぞ」

 とのたまふ。まうしていはく、

「われは某それがしとまうしさぶらひし大臣おとどが子こなり。幼をさなくて父ちちにまかりおくれて後のち、堪たへて世よにあるべきたつきもはべらず。さりとも、今いまさらに人ひとの奴やつことならんことも、親おやのため、心憂こころうく思おもひたまふべき。念ねんじて過すごしはべりしかど、今いまは命いのちも生いくべきはかりごともはべらねば、盗人ぬすびとをこそつかまつらめと思おぼえてはべるにとりて、なみなみの人ひとの物ものは、主あるじの歎なげき深ふかく、取とり得えてはべるにつけて、もの清ぎよくも思おぼえはべらねば、かたじけなくも、かくまゐりて、まづ物ものの欲ほしくはべりつるままに、灰はひを置おかれてはべりけるを、さるべき物ものにこそと思おもひて、これを食たべつるほどに、物ものの欲ほしさ直なおりて後のち、灰はひにてはべりけることをはじめて悟さとりはべれば、せめては、かやうの物ものをも食しよくしはべりぬべかりけり。よしなき心こころを発おこしはべりけるものかなと悔くやしく思おもひて」

 などまうす。

 帝みかどつぶさにこのことを聞ききたまひて、御おん涙なみだを流ながされ感かんじたまふ。

「なんぢは盗人ぬすびとなれども、賢者けんじやなり。心こころの底そこいさぎよし。われ王位わうゐにあれども、愚者ぐしやといふべし。むなしく忠臣ちゆうしんの跡あとを失うしなへり。早はやくまかり帰かへりさぶらへ。明日あした、めし出いだし、父ちちの跡あとをおこさしめん」

 とおほせられければ、盗人ぬすびと泣なく泣なく出いでにけり。

 その後のち、本意ほいのごとく仕つかへたてまつりて、すなはち、父ちちの跡あとをなむ伝つたへたりける。

 しかれば、上人しやうにんの身命しんみやうを捨すてしも、他ほかにすぐれ、名聞みやうもんを先さきとす。貧者ひんじやが財宝ざいほうを盗ぬすめるも、清きよくうるはしき心こころあり。すべて、人ひとの心こころの中なか、たやすく余所よそにはかりがたきものなり。されば、「魚うをにあらざれば、水みづの楽たのしみを知しらず」といふも、この心こころなるべし。

第92話 昔橘逸勢といふ人ことありて

 昔むかし、橘逸勢たちばなのはやなりといふ人ひとことありて東あづまの方かたへ流ながされける時とき、そのゆかりの人ひと、歎なげき悲かなしむたぐひ多おほかりける中なかに、情なさけけなき女子をんなごの、ことにとりわきさりがたく思おもふありけり。主ぬしもかく憂うきことにあへるをばさるものにて、これに別わかれんことを思おもへり。

 むすめは言いはぬことを憚はばかり忘わすれ、恥はじを捨すてて、悲かなしみをたれて、もろともに行ゆかんとす。おほやけ使つかひ、限かぎりなくいとほしく思おぼゆれど、流ながさるる人ひとの習ならひにて、ことの聞きこえも便びんなかるべければ、かたくいさめて免めんさず。

 せめて思おもひ余あまりけるにや、その宿やどを尋たづねつつ、駅むまやづたひに夜々よるよるなん行ゆきける。身みに堪たへたらん人ひとだに、知しらぬ野山のやまを越こえて、夜よな夜よな尋たづね行ゆかんことは、あるべきことにもあらず。まして、女をんなの身みなれば、おぼろけにて至いたり着つくべくもあらねど、仏天ぶつてんやあはれとおぼしけん、からくして、つひにかしこに至いたり着つきにけり。

 遠江国とほたふみのくにの中なかとか、半なかばなる道みちのほどに、形かたちは人ひとにもあらず、影かげのごとく痩やせ衰おとろへて、濡ぬれしほたれたる様さまにて、尋たづね来きたりける。待まちつけて見みけん親おやの心こころ、いかばかり思おぼえけん。

 さるほどに、行ゆき着つきていくほども経きやうず、父ちち重おもき病やまひを受うけたりければ、このむすめ一人ひとり添そひて、残のこり居ゐて、終日終夜ひめもすよもすがら行おこなひ勤つとむるさま、さらに身命しんみやうを惜をしまず。これを見み聞きく人ひと涙なみだを流ながし、あはれみ悲かなしまぬはなし。後のちには、あまねく国くにの中なかこぞりて、貴たふとみあへり。わざと詣まうでつつ、縁えんを結むすぶたぐひ、多おほくなんありける。

 さて、ほど経へて後のち、国くにの守かみに告つげて、

「御門みかどにことのよしをまうし、許ゆるしを蒙かうむりて、父ちちのかばねを都みやこへ持もて上のぼりて、孝養かうやうの終をはりとせん」

 と請こひければ、そのありさまをきこしめして、驚おどろきて、またことなく免めんされけり。悦よろこびて、すなはち、かの骨ほねを首くびに懸かけ、帰かへり上のぼりにけり。

 昔むかしも今いまも、まことに心こころざし深ふかくなりぬることは、必かならず遂とぐるなるべし。

第93話 東の方修行しはべりし時さやの中山のふもとに、

 東あづまの方かた、修行しゆぎやうしはべりし時とき、さやの中山なかやまのふもとに、ことのさきとまうす社やしろの前まへに、六十ろくじふばかりなる琵琶法師びはほふしの、小法師こぼふし一人ひとり具ぐしたるが過すぎ行ゆくを、呼よびとどめて、乾飯かれいひなど食くはせて、

「いづくへ行ゆくぞ。世よの常つねの人ひとだに、はるかなる旅たびに思おもひ立たつことはたどたどしきを、いと心こころ苦くるしくこそ」

 ととぶらへば、うなだれて、

「鎌倉かまくらの方かたへまかりはべるなり。人ひとは頼たのむ所ところありて、訴うつたへをもまうさん、もしは、御おんかへりみを蒙かうむらんなど思おもひてこそ、思おもひ立たつことなれど、おのれは、何なにごとをかはまうさん。ことはりかうぶるべき愁うれへも持もちはべらず。さらに期きすることなし。ただ、世よの過すぎがたさに、もし、一日いちにちも過すごすばかりのこともや、かまへらるとて、あられぬ有様ありさまにてまかれば、道みちの間あひだの苦くるしみ、行ゆき着つきて宿やどるほどの煩わづらひ、ただおぼし知しれ」

 と言いふ。

「いかが、ことにふれて苦くるしからん」

 と、いとほしき中なかにも、ある智者ちしやの極楽ごくらくへ詣まうでんことをまうすとて、『無智むちの者ものの生うまれんことは、たとへば、盲めしひの道みちを行ゆかんがごとし。聖教しやうげうの心こころを知しれる人ひとは、目めある人ひとの詣まうでんがごとくなり』とまうしはべりしことを、きと思おもひ出ででて、わが身みの上うへの様さまに思おぼゆれば、ねんごろにとぶらふ。

「いと不便ふびんのことかな。さて、かなふまじくや思おぼゆる」

 と言いふ。

 まことに、思おもひ立たつもおほけなきことなれど、何なにごとも志こころざしによるわざなれば、などかは励はげましはべらざらん。

「世よの常つねの人ひとの、乗馬じようめ、下人げにん、粮料らうれうのごとく、豊ゆたかに持もちたる、その志こころざし無なきは、いまだ近江国あふみのくにをだに見みぬ、数かずも知しらず。かく、たつたつしく、安やすからぬ身みなれども、思おもひ立たちぬれば、さすがにまからるるなり」

 となむ語かたりはべりし。

 これを聞きくにつけても、われらが盲めしひのかたばかり、かれがたぐひにて、しかも心こころざしは薄うすきことの、とにかくに取と所ところなく、心憂こころうく思おぼえはべりし。

 いささか頼たのもしきことのはべるは、ある記きにいはく、「中なかごろ、唐もろこしに朝夕あさゆふ念仏ねんぶつまうす僧そうありけり。その居所ゐどころ近ちかく、鸚鵡あうむといふ鳥とりのねぐらしめて棲すむありけり。すなはち、念仏ねんぶつの声こゑを聞きき習ならひて、かの鳥とりのくせなれば、口くちまねをしつつ、常つねに阿弥陀仏あみだぶつと鳴なく。人ひとこぞりて、これをあはれみ讃さんむるほどに、この鳥とりおのづから死しぬ。寺てらの僧そうどもこれを取とりて掘ほり埋うづみたりけり。後のち、その所ところより、蓮花一本れんげひともと生おひたり。驚おどろきながら掘ほりて見みれば、かの鸚鵡あうむの舌したを根ねとしてなむ生おひ出いでたりける」

 かの鳥とり、口くちまねのいみじきにもあらず、悲願ひぐわんのねんごろなるゆゑに、心こころに信しんずとしもなけれども、口くちに唱となへつれば、利益りえきのむなしからぬにこそははべらめ。かかれば、われらが散心念仏さんしんねんぶつとても、愚おろかなるべきにあらず。

第94話 近ごろ南都に僧ありけり

 近ちかごろ、南都なんとに僧そうありけり。年としごろ、三尺さんじやくの不動尊ふどうそんを本尊ほんぞんとして、朝夕あさゆふ行おこなひけるほどに、ある時とき、行法ぎやうぼふの間あひだに、目めをふさぎて念誦ねんじゆするほどに、この本尊ほんぞん失うせたまひて、ただむなしき座ざばかり残のこれり。

 あさましく、めづらかに思おぼえて、さまざまに疑うたがひをなす。「もし、これ魔まのしわざか。もしは、わが不信ふしん、懈怠けだいにて、仏意ぶついにかなはぬか」など、ひとかたならず心こころをくだき、悲かなしみをなすほどに、しばしありて、見みたてまつれば、ただもとの様さまにておはします。とにかくに、心こころ得えがたく思おもふほどに、その後のち、かく失うせたまふこと、たびたびになりにけり。

 たちまちに沐浴もくよくし、ことに潔斎けつさいして、七日なぬかが間あひだ信しんをいたして、三時さんじの行法ぎやうぼふをして、このことを祈いのりたてまつるほどに、夢ゆめに見みるやう、本尊ほんぞんの御前ごぜんにて、うつつに見みるがごとく、このことを怪あやしみ疑うたがふ間あひだに、本尊ほんぞん告つげてのたまはく、

「なんぢこのこと驚おどろくべからず。この二十余年にじふよねん、われを頼たのみて、臨終りんじゆうの魔障ましやうを祈いのる者ものあり。これを助たすけんがために、時々ときどき行ゆき向むかふなり」

 とのたまふ。僧そう夢ゆめの内うちに答こたへたてまつりていはく、

「いづれの所ところに、誰たれとまうす人ひとぞ」

 答こたへてのたまはく、

「北京ほくきやう東山ひがしやまの辺あたりに、長楽寺ちやうらくじといふ所ところに、唯蓮房ゆゐれんばうといふ尼あまこれなり。終をはり近ちかくなりたれば、今いま二、三年にさんねんは、なほなほ時々ときどき行ゆき向むかふべきなり」

 とのたまふと見みて、夢ゆめ覚さめぬ。

 この僧そう不思議ふしぎの思おもひをなして、涙なみだを流ながして、やがて長楽寺ちやうらくじへ尋たづね行ゆきて、

「しかじかの尼あまやある」

 と問とふに、さだかにありけり。まさしく、その庵いほりに至いたりて見みれば、戸引とひき立たてて、人ひともなし。隣となりの人ひとの教をしへけるままに、雲居寺うんごじに至いたりて、尋たづね合あひて、まさしく対面たいめんしたりける。

 まづ、このことをば言いはず、物語ものがたりなどして、

「後のちの世よの勤つとめには、何なにごとをかはしたまふ」

 と問とふ。尼あまの言いふやう、

「念仏ねんぶつのほかには、さらに勤つとむることなし」

 と言いふ。なほなほ、強つよひて細こまかに問とひける時とき、

「この二十年にじふねんばかり、不動ふどうの慈救呪じくじゆをこそ、毎日まいにち二十一返にじふいつぺん満みてて、臨終正念りんじゆうしやうねんならんことを祈いのりはべる」

 と言いふ。僧そうこのことを聞ききて、

「まことには、ゆゑなく尋たづね詣まうで来きたるにはあらず」

 とて、ありし様さまを始はじめより語かたりければ、尼あまも涙なみだを押おさへつつ、

「頼たのもしく、貴たふときことなり」

 と悦よろこびて、互たがひに一仏土いちぶつどの契ちぎりを結むすびてなむ去さりにけり。

 その後のちは、いくほどもなくて、この尼あま重おもき病やまひを受うけたり。あたりの人ひと生いきがたき由よしを言いひて、さまざまとぶらひけるに、

「今年ことしは死しにはべるまじ。明年みやうねん二月十五日にぐわつじふごにちにこそ、まかり隠かくるべき日ひにてはべる」

 と答こたへけるほどに、そのたびは生いきぬ。明あくる年としの二月十五日にぐわつじふごにち、未ひつじの時ときに、病やまひもなく、終をはり正念しやうねんにて、不動ふどうの印いんを結むすびて、端坐たんざして息いき絶たえにけり。

 この尼あまは長楽寺ちやうらくじに庵いほりを結むすびたりけれど、居ゐることもなし。雲居寺うんごじの念仏ねんぶつの衆しゆになりて、常つねにはかの寺てらにのみ住すみて、念仏ねんぶつよりほかのいとなみなかりけり。すべて人ひとに逢あひて、こまやかに物語ものがたりし、うち笑わらふことなどもなし。ほとんどはしたなき様さまになん、あひしらひける。

 この十余年じふよねんがさきのことなれば、みな人見ひとみ聞きけることなり。

「かの奈良ならの僧そうの名なも、すなはち覚おぼえはべりしかど、忘わすれにけり」

 とぞ、ある人ひと語かたりはべりし。

 末世まつせなれど、信しんじたてまつる人ひとのためには、かかる不思議ふしぎもはべりけるなり。道心だうしんなき人ひとの習ならひにて、わが心こころのつたなきをば知しらず、万まんの科とがを世よの末すゑにおほせて、むなしく退心たいしんを発おこすは、愚おろかなることなり。

第95話 近ごろ一人の武者ありけり

 近ちかごろ、一人ひとりの武者むしやありけり。おのが身みは世よにあひて、下したれる母ははをなむ持もちたりける。もとより孝かうの心こころ薄うすき上うへに、面おもてぶせにさへ思おもひ、継母ままははをのみ重おもく思おもへりければ、世よの常つねの親子おやこの様さまに、むつびまみゆることもなし。かかれど、さすがに正まさしき母ははなれば、形かたちのごとくなる所ところをなん取とらせたりける。

 かの母ははその所ところを得えて、かしこに行ゆきて、湯ゆなん浴あみて居ゐたりける間あひだに、継母ままははの、

「よからず」

 と言いひけるによりて、母ははが所知しよちを改あらため、たちまちに異人ことひとに取とらせてけり。

 そのあたりの人ひと聞きき驚おどろきて、このよしを母ははに告つげければ、

「さらば、われにこそ告つげられめ。さることのほかのことはあるものかは」

 とて信しんぜず。かかるほどに、かの庄しやうの沙汰さたの者ものまうさく。下文くだしぶみを持もて来きて、母ははに読よみ聞きかせける時とき、あまりこときはまりて、とばかりものも言いはず。「あきれたる様さまにて居ゐたる」と見みるほどに、気色きしよくのことの外ほかに見みゆるを、あやしくて、引ひき動うごかすに、いふかひなき様さまなり。はや、居ゐながら息いき絶たえたるなりけり。すなはち悪心あくしんの熾盛しじやうなるゆゑなるべし。

 さて、かの武者むしやはその思おもひをやかうぶりたりけん。ほどなく亡ほろび失うせにけりとぞ。名なはたしかなれど、当時そのかみのことなれば、わざと書かかず。

 また、近ちかきころ、法勝寺ほつしようじの九重ここのへの塔たふ、雷いかづちの火ひのために焼やけはべりし時とき、かの寺てらの執行しぎやうこれを見みて、悲かなしみに耐たへず、絶たえ入いりて、その日ひの中なかに命いのち終をはることは、みな人ひとあまねく知しれり。これ法滅ほふめつの菩提心ぼだいしんの強つよく発おこれるなるべし。かかれば、今いまの世よまでも、善悪ぜんあくにつけて心こころの発おこること、かくのごとし。

 いかが、仏道ぶつだうを願ねがはんに至いたりて、「世よの末すゑ」と卑下ひげの心こころを起おこすべし。しかのみならず、男女なんによに愛あい着ぢやくして命いのちを捨すて、勝他名聞しようためうもんのために肝胆かんたんを砕くだく様さまなんどは、末代まつだいとて熾盛しじやうならずやは。見みえたることのたよりには、奕打ばくちうちといふ者ものどもの集あつまりて、双六すごろく打うつを聞きけば、夜よも寝いねず、昼ひるも立たち去さることもなく、七、八日しちはちにちなど片時へんしも休やすまず、その間あひだの身みの苦くるしさ、心こころを砕くだく様さま、たとへて言いはん方かたなし。されど、貪欲とんよく勝他しようたの心こころの切せつなる身力しんりきにて、おのづから心こころを養やしなふ方かたもあるにや。目めもつぶれず、腰こしもすくまず。限かぎりあれば、かの大施太子だいせたいしの如意珠によいしゆたまひけむ志こころざしもかくばかりこそはとぞ見みゆる。

 また、功こうを積つみて、不思議ふしぎをあらはせることを言いはば、田楽でんがく、猿楽さるがくなんどの中なかに、刀玉かたなたまといひて、危あやふふきわざする者ものあり。これを見みれば、刀かたな六むつを三人さんにんして取とる。宗むねと上手じやうずなる者ものをば中なかに立たてて、前まへに向むかへる者もの一人ひとり、後うしろの方かたに一人ひとり、おのおの刀かたな三みつを持もちて、前後ぜんごより「われ劣おとらじ」と早はやく投なげかくるを、中なかにて、前まへより投なぐるを取とりて後うしろへ投なげやり、後うしろより投なぐるをば前まへざまへ投なげやる。すべて、六むつの刀かたな、なほとかくさばきやる様さま、凡夫ぼんぶのしわざとも思おぼえず。人伝ひとづてに聞きかば、信しんずべくもあらぬことなり。

 これは、また不思議ふしぎにあらず。ひとへに功こうを積つめるがいたすところなり。もし、功徳くどくの為ために、かく功こうを積つみ勇猛精進ゆうみやうしやうじんの心こころを発おこさんには、現身げんしんに三昧さんまいをも得えつべし。うつつに仏ほとけ菩薩ぼさつをも見みたてまつるべし。よしなきすさびには、かく心こころを入いるれど、善根ぜんこんといへば、ゆるく懈怠けだいなるなり。

 中なかにも、阿弥陀仏あみだぶつの悲願ひぐわんは、なほざりなることかは。諸仏しよぶつの捨すてたまへる五逆ごぎやくの悪人あくにんをも、「助たすけん」と誓ちかひたまへれば、昔むかしも今いまも、智ちあるも智ちなきも、貴賤きせん、道俗だうぞく、老少らうせう、男女なんによを選えらばず、往生わうじやうするためし、耳みみに満みち、眼まなこにさへぎれり。聞きけども信しんぜず、見みれども貴たふとまず、ただ、「末世まつせのわれらが分ぶんにあらず」とのみもて離はなれて、あるいは宿善しゆくぜんとも言いひ、あるいは天魔てんまのしわざなんど言いひつつ、行者ぎやうじやの励はげみと仏ほとけの願力ぐわんりきとをば、われも信しんぜず、人ひとも退心たいしんを発おこさするは、いと心憂こころうきことなり。

 かく、賢かしこく尊たふときかと思おもへば、前さきの世よの業報ごふほう定さだまりて、「得えがたき福祐ふくいうをばいかにせん」と、火水ひみずに入いるごとく仏ほとけ神かみに祈いのり騒さわぎ、昼夜ちゆうやに走わしり求もとむ。詮せんは、ただ深ふかく無明むみやうの酒さけにたぶらかされて、正念しやうねんを失うしなへるなるべし。

第96話 近ごろある僧の家に大きなる橘の木ありけり

 近ちかごろ、ある僧そうの家いへに、大おほきなる橘たちばなの木きありけり。実みの多おほくなるのみにあらず、その味あじも心こころことなりければ、主あるじの僧そうまた、たぐひなきものになむ思おもへりける。

 かの家いへの隣となりに、年としたかき尼あま一人ひとり住すみけり。重病ぢゆうびやうを受うけて、床ゆかに臥ふして、日ひごろ物ものも食くはず、湯水ゆみずなんども、はかばかしく呑のみ入いれぬほどになれりけるが、この橘たちばなを見みて、

「かれを食くはばや」

 と言いひければ、すなはち、隣となりへ人ひとをやりて、

「かくなむ」

 と言いはせたりけれど、情なさけなく、かたく惜をしみて、一ひとつもおこせず。

 この病人びやうにんのいはく、

「いとやすからず、心憂こころうきことかな。病やまひ、すでに責せめて、命いのち、今日けふ、明日あしたにあり。たとひよく食くふとも、二、三ふたつみつにや過すぐべき。それほどのものを惜をしみて、わが願ねがひをかなはせぬは、口くち惜をしきわざなり。われ極楽ごくらくに生うまれんことを願ねがひつれど、今いまにいたりては、かの橘たちばなを食はみ尽つくす虫むしとならんと。その憤いきどほりを遂とげずは、浄土じやうどに生うまれることを得えじ」

 と言いひて死しぬ。

 隣となりの僧そうこのことを知しらずして、日ひごろ過すぎけるほどに、この橘たちばなの落おちたるを取とりて、食くはんとて、皮かわを剥むきて見みるに、橘たちばなの袋ふくろごとに白しろき虫むしの五、六分ごろくぶばかりなるあり。驚おどろきて、「いづれもかかるなんめりや」と思おもひて、見みれば、そこらの橘たちばな、さながら同おなじやうになむありける。年としを追おひて、かくのみありければ、

「何なににかはせむ」

 とて、はてにはその木きを切きり捨すててげり。

 願力ぐわんりきといひながら、さしも多おほくの虫むしとなりけんことは、いみじき不思議ふしぎなり。かれ悪事あくじを思おもふは、くだりざまのことなれば、かなひやすくははべるにこそ。

第97話 中ごろ年たかき尼のさすがに人に知られて

 中なかごろ、年としたかき尼あまの、さすがに人ひとに知しられて乞食こつじきし歩ありくあり。

 わが身みのありさま、みづから語かたりけるは、

「もとは、四条しでうの宮みやの半者はしたもの、みなそことなむいひける。男をとこの受領じゆりやうになりて下くだりける時とき、具ぐして下くだらんといざなひければ、宮みやにも暇いとままうし、さぶらふ人々ひとびとにもそのよし聞きここえて、心こころばかり出いで立たつ。おほやけにも旅たびの装束しやうぞくたまはせ、女房にようばうなんども、おのおの扇おうぎ、畳紙たたうがみやうのはなむけ、あまねく心こころざしけり。 すでに暁あかつきとて、重かさねてことのよし聞きこえて、里さとに出いでつつ、迎むかへの車くるまを待まつほどに、その日ひ、音信おとづれもなし。あやしくて、もし、下くだり延のびたるかと尋たづぬれば、はや、この暁あかつき、下くだりたまひぬ。北きたの方かたの、日ひごろはそら知しらずして、この夜中よなかばかり、ただ、あらましかとこそ思おもひつれ。まことには、われを置おきて誰たれを具ぐして行ゆくべきぞとむつかりたまひつれば、やがて北方きたのかたもろともに下くだりたまひぬと言いふ。悪心あくしんおこるなどはおろかなり。 人ひとのまづ思おもはんことも心憂こころうければ、その後のち、宮みやへもまゐらず、やがてその日ひより清きよまはりして、貴布禰きぶねへ百夜ももよまゐりしてまうしはべりしやう、われおだやかにて、人ひとを悪あしかれとまうさばこそは、かたからめ。かの人ひとを失うしなひたまへ。われ命いのちをたてまつらん。もし、なほ生いけらば、乞食こつじきする身みとなりて、後世ごせには無間地獄むけんぢごくに落おつる果報くわほうを受うくとも、それをば憂うれへとせず。ただ、この憤いきどほりを助たすけたまへとなむ、二心ふたごころなくまうしはべりし。 この男をとこはただ面目めんぼくなくなんどばかり、心こころ苦くるしく思おもひやりて、さほど深ふかく思おもふらんとは知しらざりけり。 国くにに下くだり着つきて、一月ひとつきばかりありけるほどに、かの北きたの方かた湯殿ゆどのに下くだりたりける時とき、湯ゆの気けの中なかへ、天井てんじやうの中なかより、襪したうず履はきたる足あしの一尺いつしやくばかりなるを、さし下くだしたるが見みえければ、女房にようばうに、かれは見みるやと問とひけれど、こと人ひとには見みえず。かくて、驚おどろき恐おそれて湯ゆも浴あみず、騒さわぎ上のぼりにけるより、やがて、重おもくわづらひて、ほどなく失うせにけりとぞ。京きやうには、いまだ百日ひやくにちに満みたざりしほどに聞ききて、心こころの内うちの悦よろこび、まうし尽つくすべからず。 その後のち、とかくことたがひて、世よにあるべくもなく衰おとろへて、果はてには、かく乞食こつじきをし歩ありきはべるなり。ともすれば罪つみ深ふかく恐おそろしき夢ゆめなんど見みえはべれど、さしもまうしてしことなれば、さらに恨うらむるにあらずなむはべる。かくいたく老おいせまりて後のちこそ、何なにしに罪つみ深ふかく、さる悪心あくしんを発おこして、二世不得にせふとくの身みになりぬらむと思おもひ返かへしはべれど、かひもなし」

 とぞ、言いひける。

第98話 河内国より妻男あひ具して御嶽へまゐる者

 河内国かはちのくにより、妻男つまをのこあひ具ぐして、御嶽みたけへまゐる者ものありけり。夜よに入いりて、詣まうで着つきて、いと苦くるしく思おぼえければ、礼堂らいだうにうち休やすみつつ、妻男つまをのこさし並ならびて、あからさまに寄より臥ふしたりけるほどに、いふかひなくまどろみにけり。

 やや久ひさしくありて、寝覚ねざめたるに、傍かたはらに女をんなあり。寝ねほれたる心こころに、もの詣まうでといふこと、ふつと忘わすれぬ。わが家いへにあるやうに思おぼえて、何なんとも思おもひ分わかず、この妻つまを犯をかしつ。

 やうやう目覚めざめゆくほどに、思おもひ出でづれば、金剛蔵王こんがうざわうの御前ごぜんなりけり。ともかくも、いふはかりなし。「家いへにありて精進しやうじんなんどはじめたるほどだに、いささかも怠おこたることあれば、時ときを過すごさず、恐おそろしきことのみあるに、かばかりの誤あやまりをしつ。ただ今いま、罰ばつを蒙かうむらんこと、疑うたがひなし。こはいかがすべき」と、妻男つまをのこ驚おどろき悲かなしぶ。

 まづ、御前ごぜんを出いでて、河かわのほとりに二人ふたり行ゆきて、よくよく水みづを浴あみて、言いひ悲かなしみつつ、泣なく泣なくおこたりまうして出いでにけり。

 たぐひなきほどのことなれば、人ひとにも語かたらず。心こころの内うちに、「今いまや、今いまや」と待またれつつ、月日つきひ送おくれど、妻つまも男をとこもさらにその咎とがめと思おぼゆることなし。事故ことゆゑなくて、年としごろ過すぎにけり。このことは、齢よはひ二十はたちばかりの折おりにやありけん。

 さて、四十余年しじふよねん経へて後のち、親したしき者ものの、

「御嶽みたけへまゐる」

 とて、あながちにけげしかりけるを、

「さしも、あるべきことかは」

 など言いふほどに、おのづから言いひあがりて、

「いでや、ことごとしくものたまふものかな。翁おきなはそのかみ、しかじかの業ごふを、まさしく蔵王ざわうの御前ごぜんにて犯をかしたりしかど、さらにこともなくて、すでに六十ろくじふに余あまりたり。よろづのことは、ただ言いふと言いはぬとなり」

 と言いふ。

 これを聞きく人ひと

「今いまさら、あさまし」

 と驚おどろきたまへりけるほどに、かく言いひて、寝ねたりける夜よのうちに、二ふたつの目めつぶれにけりとぞ。

 これは近ちかき世よのことなり。すべて、仏ほとけ神かみの化機けきかくのごとし。かつは凡夫ぼんぶの愚おろかなることをかがみたまひ、かつは懺悔さんげのなほざりならぬにより、その咎とがを免めんしたまひけるを知しらず、不善ふぜんの心こころをもて、垂跡すいじやくの御おんかまへを軽かろしめたてまつり、人ひとの信心しんじんを乱らんらんとしけるゆゑに、古ふるき誤あやまり、さらに重おもき科とがとなりにけるなるべし。

第99話 中ごろ奈良に聖梵入寺、永朝僧都といふ

 中なかごろ、奈良ならに聖梵しやうぼん入寺にふじ、永朝僧都えいてうそうづといふ二人ふたりの智者ちしやあり。もとは山やまに同おなじ様さまに学がく久ひさしくして住すみける。

 そのころ、いみじき同志どうしの若人わかびとども多おほくて、彼かれらにすぐれんこともありがたく思おぼえてげれば、二人ふたり言いひ合あはせつつ、山やまを別わかれて、奈良ならへなむ移うつりける。

 奈良坂ならざかに至いたりて、はるかに見みやるに、興福寺こうぶくじの方かたには、人ひと多おほく居ゐこぞりて、いみじうにぎやかなり。東大寺とうだいじの方かたには、人少ひとずくなにて、ものさびしき様さまに見みえければ、聖梵しやうぼんもとより心素直こころずなほならぬ者ものにて、心こころの中なかに思おもふやう、「人ひと多おほき所ところにて、思おもふさまに成なり出いでんことは、きはめて難かたし。東大寺とうだいじの方かたへこそ行ゆくべかりけれ」と思おもひて、永朝えいてうに言いふやう、

「一所いつしよにては悪あしかりなむ。そなたには興福寺こうぶくじへいませ。われはもとより三論宗さんろんしゆうを少すこし学がくしたれば、東大寺とうだいじへまからん」

 と言いひて、そこよりなむ、おのおの行ゆき別わかれける。

 この二人ふたり劣おとらぬ智者ちしやなれど、永朝えいてうは心こころうるはしき者ものにて、行ゆくままに興福寺こうぶくじへ行ゆきて、ほどなく進すすみて僧都そうづになりぬ。聖梵しやうぼんは勝まさり顔かほもなかりければ、月つきの明あかかかりける夜よ、つくづくと身みのありさまを思おもひつづけて詠よみける。

昔むかし見みし月つきの影かげにも似にたるかなわれと共ともにや山やまを出いでけん

 この聖梵しやうぼん学生がくしやうの方かたはいみじき聞きこえありけれど、人ひとのため腹はら悪あしくて、さるべき経論きやうろんなどを人ひとに借かりても、殊ことなる要文えうもんある所ところをば切きりとり、さりげなく継つぎ寄よせてなむ返かへしける。書かき切きり置おきたる文ふみのきれ、小ちいさき唐櫃からびつにひとはたにぞなりたりける。

 かかるうたてき心こころを持もちたるゆゑに、智者ちしやといふとも、その験しるしもなし。現世げんぜには司つかさもならず、つひに二ふたつの目め抜ぬけて、臨終りんじゆうにはさまざま罪つみ深ふかき相さうどもあらはれて、

「かの、あはうの」

 と言いひてぞ、終をはりにける。何なにの智恵ちゑも勤つとめも、心こころうるはしくて、その上うへのことなり。

 さて、永朝僧都えいてうそうづは春日かすがの社やしろに常つねにこもりけるに、神感しんかんあらたにて、夢ゆめの中なかに御おん姿見すがたみたてまつること、たびたびになりにけれども、御おん後うしろをのみ見みて、向むかひて見みたまふことのなかりければ、あやしく本意ほいなく思おぼえて、ことに信しんを至いたして祈いのりまうしける時とき、夢ゆめの中なかにおほせられけるやう、

「なんぢ恨うらむる所ところしかるべし。ただし、いとほしくおぼしめせども、すべて、われに後世ごせのことをまうさねば、え向むかひては見みぬなり」

 とおほせたまふとなむ、見みたりける。

 末世まつせの機きにしたがひて、仮かりに神かみとこそ現げんじたまへど、まことには、化度衆生けどしゆじやうの御おん志こころざしより発おこりければ、現世げんぜのことをのみ祈いのりまうすをば、本意ほいなくおぼしめすなるべし。

第100話 近く前兵衛尉なる男ありけり

 近ちかく、前兵衛尉さきのひやうゑのじようなる男をとこありけり。弟おとうとは検非違使けびゐしになり、大夫少輔たいふのせふまで至いたりて世よにあひたるを、かく数かずならぬことの心憂こころうく思おぼえければ、年としごろ賀茂かもにつかうまつる者ものにて、ことに信しんをいたして、うち続つづき日ひごろ詣まうでつつ、泣なく泣なくこのことを祈いのりまうす間あひだに、御殿ごてんに居ゐしたりける夜よ、夢ゆめに見みるやう、御前ごぜんにさぶらひて、うつつにも思おもふことどもを、涙なみだを流ながしつつ、かきくどきまうすほどに、宝殿ほうでんの御戸みとを開ひらきたまふ。「あな、かたじけな」と畏かしこまり恐おそれて、え眼まなこをあてず。うつぶしたるに、夜よのうちの、ことに明あかかくなるやうに思おぼゆるを、あやしくて、きと見上みあげたれば、社やしろの内うち、阿弥陀如来あみだによらい、あきらかに現げんじたまへり。その御おん光ひかりの十方じつぱうに輝かかやけるなり。いと貴たふとく、めでたく思おぼえて、涙なみだを流ながしつつ、拝をがみたてまつると思おもふほどに、夢ゆめ覚さめぬ。

 その後のち、つくづくとこのことを思おもふに、「わがまうすことを、きこしめし入いれぬことを思おもひてこそ口くち惜をしかりつれ、かくあらはれて見みたまふにては、もし、この生しやうのことは、前さきの世よの業報ごふほうにて、神かみも力ちから及およびたまはぬか。また、今生こんじやうはおぼしめすがごとくして、本地ほんぢのおはします方かたをあらはしたまへるは、御おんはからひ浅あさからぬことなめり」と頼たのもしく思おぼえけるより、さるべきにやありけん、心こころ発おこして、やがて、頭かしらおろしてけり。

 その後のち、現世げんぜのことの、「夢幻ゆめまぼろしの栄さかえなりけり」と思おもひ知しられて、ことにふれつつ、「これぞ、まことにすぐれたる神徳しんとくなりけり」と、かの夢ゆめの中なかの御有様おんありさまの心こころにかかりて、めでたく頼たのもしく思おぼえければ、寝ねても覚さめても、念仏ねんぶつひまなくまうして、明あかし暮くらしけるほどに、二、三日にさんにちわづらひて、いたくも悩なやまず、臨終正念りんじゆうしやうねんにて、願ねがひのごとく、念仏ねんぶつたかくまうして終をはりにけり。

 まことに、浮雲ふうんのとてもかくてもありぬべし。これもかの桓舜僧都くわんしゆんそうづのたぐひにこそ。世よの思おもふやうならぬより、得脱とくだつすべき縁えんのありけるにこそ。

第101話 ある聖船に乗りて近江の湖を過ぎけるほどに

 ある聖ひじり船ふねに乗のりて、近江あふみの湖うみを過すぎけるほどに、網船あみぶねに大おほきなる鯉こひを捕とりて、持もて行ゆきけるが、いまだ生いきてふためきけるを、あはれみて、着きたりける小袖こそでを脱ぬぎて、買かひとりて放はなちけり。

 「いみじき功徳くどく作つくりつ」と思おもふほどに、その夜よの夢ゆめに、白狩衣しろかりぎぬ着きたる翁おきな一人ひとりわれを尋たづねて来きたり。いみじう恨うらみたる気色けしきなるを、あやしくて、問とひければ、

「われは昼ひる、網あみに引ひかれて、命いのち終をはらんとしつる鯉こひなり。聖ひじりの御おんしわざの口くち惜をしくはべれば、そのことまうさむとてなり」

 と言いふ。聖ひじり言いふやう、

「このことこそ心得こころえね。悦よろこびこそ言いはるべきに、あまさへ、恨うらみらるらむ、いと当あたらぬことなり」

 と言いふ。翁おきないはく、

「しかはべり。されど、われ鱗うろくづの身みを受うけて、得脱とくだつの期きを知しらず。この湖うみの底そこにて、多おほくの年としを積つめり。しかるを、たまたま賀茂かもの供祭ぐさいになりて、それを縁えんとして、苦患くげんをまぬかれなんとつかまつりつるを、さかしきことをしたまひて、また畜生ちくしやうの業ごふを延のべたまへるなり」

 と言いふとなむ、見みたりける。

第102話 中ごろのことにや山より下りける僧ありけり

 中なかごろのことにや、山やまより下くだりける僧そうありけり。糺ただすの前まへの河原かはらを過すぐるに、幼をさなき童部わらはべ三人さんにんおのおのいみじく争あらそひ論ろんずることあり。

 この僧そう立たちとどまりて、そのゆゑを問とふ。童わらはの言いふやう、

「ここに、おぼつかなきことはべり。神かみの御前ごぜんにて、まづ人ひとの読よみたまふ経きやうの名なをさまざまにまうして、われこそよく言いへと、かたみに論ろんじはべるなり」

 と言いふ。

 「をかし」と思おもひて、一人ひとりづつこれを問とへば、一人ひとりは

「真経しんぎやう」

 と言いひ、一人ひとりは

「深経じんぎやう」

 と言いひ、一人ひとりは

「神経しんぎやう」

 と言いふ。僧そううち笑わらひ、

「これは、みな僻事ひがごとぞ。心経しんぎやうとこそ言いへ」

 と言いへば、言いひやみて、みな去さりぬ。

 かくて、一町いつちやうばかり行ゆくほどに、河原かはら中なかに、にはかにまぐれて倒たおれぬ。夢ゆめのごとくして、臥ふしたるほどに、やむごとなき人ひと枕まくらに来きたりてのたまふやう、

「なんぢがしわざ、心得こころえず。これ幼をさなき者ものの言いふこと、みなそのいはれあり。真経しんぎやうと言いふ、僻事ひがごとにあらず。実まことの法ほふなれば。深経じんぎやうといふ、また僻事ひがごとにあらず。いはれ深ふかきことはりなれば。神経しんぎやうといふもたがはず。神明しんめいのことにめでたまふ経きやうなれば。このことをやや久ひさしく論ろんじつれば、とにもかくにもめでたく聞ききつるを、なんぢが事ことをきしるゆゑに、言いひ止やみて去さりぬ。口くち惜をしければ、そのこと示しめさんとてなり」

 とおほせらるると見みて、汗あせうち流ながれ、あへてことなくなむ起おきたりける。

 神かみの法ほふにめでたまふ御おん志こころざし、深ふかげにあはれなることなり。

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