世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
『万葉集』の第5巻に収録されている793番歌は、大伴旅人が詠んだ歌です。
万葉歌碑は福岡県太宰府市にある「太宰府メモリアルパーク」にあります。
太宰府メモリアルパークはなんと16基もの万葉歌碑が設置されている宝庫。
博多湾まで一望できる景色も素晴らしいので、ぜひ訪れてみてください。
『万葉集』第5巻、793番歌の原文・読み下し文・現代語訳と、万葉歌碑の場所をご紹介します♪
万葉歌碑への行き方
場所

太宰府メモリアルパーク 太宰府悠久の丘
住所:〒818-0134 福岡県太宰府市大佐野字野口807-128
開園時間:8:00~18:00(6月~9月は19:00まで)
駐車場:あり
公式サイト:https://d-m-p.net/
アクセス
太宰府メモリアルパークへは、車での移動が便利です。
九州自動車道「太宰府IC」または「筑紫野IC」より、約20分(約8㎞)の距離にあります。
公共交通機関を利用する場合は、JR鹿児島本線「二日市駅」および西鉄大牟田線「都府楼前駅」より無料送迎バスが運行しています。
無料送迎バスの運行ルートと時間は、太宰府メモリアルパークの公式サイトをご確認ください。
万葉集「第5巻793番歌」の内容


現代語訳
大宰帥大伴卿の、凶問に報へた歌一首
わざわいの種が積み重なり、不幸の知らせが次々と集まります。
ひたすらに崩れゆく心の悲しみを抱き、独り断腸の涙を流しているのです。
ただ、両君の大いなる助けによって、傾きかけた命をわずかにつなぐのみでございます。
〔筆の言葉ではとても書き尽くせないのは、古今の嘆くところです〕
世の中が空しいものと知った時こそ、いよいよ、ますます悲しかったのであった
神亀5(728)年6月23日
鴨本当に苦しい気持ちは言葉で表せないかも♪
漢文原文
大宰帥大伴卿報凶問謌一首
禍故重疊、凶問累集。
永懐崩心之悲、獨流断腸之泣。
但依兩君大助、傾命纔継耳。
〔筆不盡言、古今所歎〕
余能奈可波牟奈之伎母乃等志流等伎子伊与余麻須万須加奈之可利家理
神亀五年六月二十三日
読み下し文
大宰帥大伴卿の、凶問に報へたる歌一首
禍故重畳し、凶問累集す。
永に崩心の悲しびを懐き、独り断腸の泣を流す。
ただ両君の大きなる助に依りて、傾命を纔に継ぐのみ。
〔筆の言を尽さぬは、古今の嘆く所なり〕
世の中は空しきものと知る時しいよよますます悲しかりけり
神亀五年六月二十三日
語釈
- くわこ【禍故】:わざわいの種。
- ちょうでふ【重畳】:幾重にも積み重なること。
- ひたぶる【永】:ひたすらするようす。
- けいめい【傾命】:残り少ない命。
作者
大伴旅人
万葉集「第5巻793番歌」左注
現代語訳
あるいは尋ねてみる。
すべての生物が生まれきては滅びゆくことは、夢がすべて空っぽであることのようであり、三界を漂い流れることは、円環が止まないのと同じようである。
ゆえに維摩大士は方丈にあって、病疾の憂いを抱くことがあり、釈迦能仁は沙羅双樹の林に座って、死の苦しみを免れることはなかった、と。
そこで知る。
維摩と釈迦の二聖人が極まるところも、万物が変化するこの世で死の力負が訪ね至るのを払うことができないのに、三千世界の誰がどうして、死をつかさどる黒闇天女が訪ね来るのを逃れられるだろうか、と。
昼と夜をつかさどる二匹の鼠が競い走り、目の前を渡る鳥のように朝日に生まれ飛び、四つの蛇の身は先を争い侵して、瞬時に過ぎ去る馬のように夕暮れへと死に走る。
ああ、なんと痛ましいことよ。
若々しい女性の美貌は、生まれては父、嫁いでは夫、産んでは子に従う、三従の道とともに永久に逝き、白い素肌もまた、女性らしい道徳、容姿、言葉遣い、料理や裁縫などの家事を身につける、四徳とともに永久に滅ぶ。
どうして意図しようか、最期まで連れ添うべき大切な時をあやまり、独り飛んで人生の半路を生きようなんてことを。妻の部屋の屏風がいたずらに張られたままで、断腸の悲しみはいよいよ痛く、枕もとの澄んだ鏡がむなしく掛かったままで、染筠の涙がいよいよ落ちる。
黄泉の門は一たび閉じられると、もう会うすべはない。
ああ、なんと悲しいことよ。
愛欲に溺れる河の波はすでに消え、果てしない苦しみの海の煩悩もまた、浮かび上がることはない。
従来の世界から、けがれた穢土の世をきらい捨て去る。
心からの本願をもって、生をそのけがれなき浄土の国へと託そう。
漢文原文
蓋聞、四生起滅、方夢皆空、三界漂流、喩環不息。
所以、維摩大士在于方丈、有懐染疾之患、釋迦能仁、坐於雙林、無免泥洹之苦。
故知、二聖至極、不能拂力負之尋至、三千世界、誰能逃黒闇之捜来。
二鼠競走、而度目之鳥旦飛、四蛇争侵、而過隙之駒夕走。
嗟乎痛哉。
紅顔共三従長逝、素質与四徳永滅。
何圖、偕老違於要期、獨飛生於半路。蘭室屛風徒張、断腸之哀弥痛、枕頭明鏡空懸、染筠之涙逾落。
泉門一掩、無由再見。
嗚呼哀哉。
愛河波浪已先滅、苦海煩悩亦無結。
従来猒離此穢土。
本願託生彼浄刹。
読み下し文
蓋し聞く、四生の起き滅ぶことは
蓋し聞く、四生の起き滅ぶることは、夢の皆空しきが方く、三界の漂ひ流るることは、環の息まぬが喩し。
所以、維摩大士は方丈に在りて、染疾の患を懐くことあり、釋迦能仁は雙林に坐して、泥洹の苦しみを免るること無し。
故知る、二聖の至極も
故知る、二聖の至極も、力負の尋ね至るを払ふこと能はず、三千世界に誰か能く、黒闇の捜ね来るを逃れむ。
二鼠競ひ走り、目を度る鳥旦に飛び、四つの蛇争ひ侵して、隙を過ぐる駒夕に走る。
嗟乎痛しきかも。
紅顔は三従と長に逝き
紅顔は三従と長に逝き、素質は四徳と永に滅ぶ。
何そ図らむ、偕老の要期に違ひ、独飛して半路に生きむことを。
蘭室の屛風徒らに張りて、腸を断つ哀しび弥痛く、枕頭の明鏡空しく懸りて、染筠の涙逾落つ。
泉門一たび掩はれて、再見るに由無し。
嗚呼哀しきかも。
愛河の波浪は已先に滅え
愛河の波浪は已先に滅え、苦海の煩悩も亦結ぼほること無し。
従来、この穢土を猒離す。
本願をもちて生を彼の浄刹に託せむ。
語釈
蓋し聞く、四生の起き滅ぶことは
- けだし【蓋し】:疑いの気持ちをこめて推量する意を表す。もしかすると。ひょっとしたら。あるいは。
- ししゃう【四生】:〘仏教語〙生まれる形態によって生物を四種に分けたもの。胎生(人・獣)、卵生(鳥など)、湿生(昆虫など)、化生(天人・地獄の衆生など)。
- さんがい【三界】:〘仏教語〙すべての衆生が死んでは生まれ変わる三種の迷いの世界。欲界、色界、無色界。
- ゆいま【維摩】:釈迦の高弟の一人。古代インド毘耶離城の長者で、在家のまま菩薩に至った。
- はうぢゃう【方丈】:〘仏教語〙寺の住職の部屋。一丈(約3m)四方。
- しゃか【釈迦】:仏教の開祖。
- のうに【能仁】:釈迦のこと。漢語への意訳。
- さうりん【雙林・双林】:〘仏教語〙沙羅双樹の林。釈迦は沙羅双樹の下で入滅した。
- ないをん【泥洹】:涅槃の同義語。いっさいの煩悩を脱した悟りの境地。釈迦の入滅、転じて、人の死。
故知る、二聖の至極も
- しごく【至極】:極まること。行きつくこと。最高。
- りきふ【力負】:荘子の、谷や沢に隠した舟や山のように堅固なものも、力ある者が夜半に背負って走るという故事。万物は変化することの比喩。
- さんぜんせかい【三千世界】:〘仏教語〙広大な全宇宙。須弥山を中心とした一世界の三千倍。
- こくあん【黒闇】:黒闇天女。生をあらわす吉祥天女の妹で、死をあらわす。
- にそ【二鼠】:仏教説話、「黒白二鼠のたとえ」から昼と夜、日と月をあらわす。
- よつのへみ【四つの蛇】:物質界を構成する四つの元素、地・水・火・風の四大を蛇にたとえた語。
- こま【駒】:馬。
紅顔は三従と長に逝き
- こうがん【紅顔】:若々しい血色のよい顔。女性の美貌。
- さんじゅう【三従】:儒教道徳でいう、女子の守るべき三つの道。生家にあっては父に、嫁しては夫に、夫の死後は子に従うこと。
- そしつ【素質】:紅顔の対句。素は白、質は地。
- しとく【四徳】:儒教道徳でいう、婦人の身につけるべき四つの徳。婦徳(女性らしい道徳)、婦容(女性らしい容姿)、婦言(女性らしい言葉遣い)、婦工(料理や裁縫の技術)。
- かいらう【偕老】:夫婦が年とるまで仲むつまじく連れ添うこと。
- えう【要】:物事のかなめ。大切なところ。
- らんしつ【蘭室】:婦人の居室。
- ちんとう【枕頭】:枕もと。
- みゃうきゃう【明鏡】:よく澄んだくもりのない鏡。
- せんゐん【染筠】:舜帝が崩御した時に妃の涙が筠(竹の青皮)を染めて斑竹ができたという故事。
- せんもん【泉門】:黄泉の門。
愛河の波浪は已先に滅え
- あいが【愛河】:〘仏教語〙人間が愛欲などの執着に溺れるのを河にたとえた語。
- くがい【苦海】:〘仏教語〙苦しみが果てしなく続くこの世を海にたとえた語。
- ゑど【穢土】:〘仏教語〙けがれたこの世。
- えんり【猒離・厭離】:〘仏教語〙きらい捨て去ること。
- ほんぐゎん【本願】:〘仏教語〙仏・菩薩が過去世において、衆生を救おうとして立てた誓願。
- じゃうせつ【浄刹・上刹】:〘仏教語〙穢土の対。浄土。煩悩のけがれのない清浄な国。仏や菩薩の住むところ。








