発心集「西行法師出家しける時」現代語訳・原文・語釈
西行法師出家しける時
原文
西行法師出家しける時、跡をば弟なりける男に言ひ付けたりけるに、幼き女子の殊にかなしうしけるを、さすがに見捨てがたく、いかさまにせんと思へども、うしろやすかるべき人も覚えざりければ、なほこの弟のぬしの子にして、いとほしみすべき由ねんごろに言ひ置きけり。
語釈
- 西行法師:元永元年(1118年)生まれの僧、歌人。俗名は佐藤義清。保延6年(1140年)10月に23歳で出家した。
- 跡:家督。跡目。
- かなし:心にしみてかうぃい。いとしい。
- うしろやすし:心配がない。安心できる。
- ぬし:(「⋯のぬし」の形で)人に対する軽い敬称。⋯さん。⋯様。
- ねんごろ:心をこめたようす。熱心である。
現代語訳
西行法師が出家した時、跡目を弟である男の子に頼んだのだが、幼い女の子の、殊更にかわいがっていたのを、さすがに見捨てがたくてどうしようかと思っていたのだが、安心して託せる人も思い浮かばなかったので、やはりこの弟さんの養子にして、よくかわいがるようにと念入りに言い残した。
かくて、ここかしこ修行して歩くほどに
原文
かくて、ここかしこ修行して歩くほどに、はかなくて二、三年になりぬ。ことの便りありて、京の方へめぐり来たりけるついでに、ありしこの弟が家を過ぎけるにきと思ひ出でて、
「さても、ありし子は五つばかりにはなりぬらん。いかやうにか生ひなりたるらん」
と、おぼつかなく覚えて、かくとは言はねど、門の辺りにて見入れける折節、この娘いとあやしげなる帷姿にて、げすの子どもにまじりて、土に居りて立蔀の際にて遊ぶ。
語釈
- きと:急に。ふと。ちょっと。
- 生ひなる:成長する。
- おぼつかなし:気がかりだ。
- あやし:粗末だ。みすぼらしい。
- 帷:裏地をつけない着物。単衣よりも短く、夏は直衣の下に着る。
- げす【下種・下衆】:身分の低い者。いやしい者。
- 立蔀:目隠しのために庭に立てる板。
現代語訳
こうして、あちらこちらで修行して歩くうちに、あっという間に2~3年が過ぎてしまった。ちょっとした用事があって、京の方へ回り歩いて来たついでに、あの弟の家を通り過ぎた時にふと思い出して、
「そういえば、あの子は5歳ぐらいになっただろう。どんな風に成長したんだろうか」
と、気になったので、言葉をかけずに門の辺りから見ていたところ、この娘はたいそうみすぼらしい帷姿で、身分の低い子供にまじって、地面に座って立蔀のそばで遊んでいる。
髪はゆふゆふと肩のほどに帯びて
原文
髪はゆふゆふと肩のほどに帯びて、容貌もすぐれ、たのもしき様なるを、「それよ」と見るに、きと胸つぶれて、いと口惜しく見立てるほどに、この子の、我が方を見おこせて、
「いざなん。聖のある、おそろしきに」
とて、内へ入りにけり。
語釈
- ゆふゆふと:ゆうゆうと。ゆったりと。
- たのもし:期待がもてる。楽しみだ。
- 胸つぶる:心がひどく乱れる。胸がどきどきする。胸が苦しくなる。
- 見立つ:注意して見る。
- 見おこす:視線をこちらへ向ける。
- おそろし:不気味だ。
現代語訳
髪はゆうゆうと肩までかかり、容姿もかわいらしくて、将来が楽しみな様だったのに、「あの子が」と見ていると、急に胸が苦しくなって、とても残念に見ていると、この子が西行法師の方に視線を向けて、
「さあ行きましょう。お坊さんがいて気味が悪いわ」
と言って、中に入ってしまった。
発心集「西行法師出家しける時」原文全文
西行法師出家しける時、跡をば弟なりける男に言ひ付けたりけるに、幼き女子の殊にかなしうしけるを、さすがに見捨てがたく、いかさまにせんと思へども、うしろやすかるべき人も覚えざりければ、なほこの弟のぬしの子にして、いとほしみすべき由ねんごろに言ひ置きけり。
かくて、ここかしこ修行して歩くほどに、はかなくて二、三年になりぬ。ことの便りありて、京の方へめぐり来たりけるついでに、ありしこの弟が家を過ぎけるにきと思ひ出でて、
「さても、ありし子は五つばかりにはなりぬらん。いかやうにか生ひなりたるらん」
と、おぼつかなく覚えて、かくとは言はねど、門の辺りにて見入れける折節、この娘いとあやしげなる帷姿にて、げすの子どもにまじりて、土に居りて立蔀の際にて遊ぶ。髪はゆふゆふと肩のほどに帯びて、かたちもすぐれ、たのもしき様なるを、それよと見るに、きと胸つぶれて、いと口惜しく見立てるほどに、この子の、我が方を見おこせて、
「いざなん。聖のある、おそろしきに」
とて、内へ入りにけり。
発心集「西行法師出家しける時」現代語訳全文
西行法師が出家した時、跡目を弟である男の子に頼んだのだが、幼い女の子の、殊更にかわいがっていたのを、さすがに見捨てがたくてどうしようかと思っていたのだが、安心して託せる人も思い浮かばなかったので、やはりこの弟さんの養子にして、よくかわいがるようにと念入りに言い残した。
こうして、あちらこちらで修行して歩くうちに、あっという間に2~3年が過ぎてしまった。ちょっとした用事があって、京の方へ回り歩いて来たついでに、あの弟の家を通り過ぎた時にふと思い出して、
「そういえば、あの子は5歳ぐらいになっただろう。どんな風に成長したんだろうか」
と、気になったので、言葉をかけずに門の辺りから見ていたところ、この娘はたいそうみすぼらしい帷姿で、身分の低い子供にまじって、地面に座って立蔀のそばで遊んでいる。髪はゆうゆうと肩までかかり、容姿もかわいらしくて、将来が楽しみな様だったのに、「あの子が」と見ていると、急に胸が苦しくなって、とても残念に見ていると、この子が西行法師の方に視線を向けて、
「さあ行きましょう。お坊さんがいて気味が悪いわ」
と言って、中に入ってしまった。

