『源氏物語』第24帖「胡蝶」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

弥生の二十日あまりのころほひ

 弥生やよひ二十日はつかあまりのころほひ、はる御前おまへのありさま、つねよりことにくしてにほはないろとりこゑ、ほかのさとには、まだりぬにやと、めづらしうこゆ。やま木立こだち中島なかじまのわたり、いろまさるこけのけしきなど、わかひとびとのはつかにこころもとなくおもふべかめるに、からめいたるふねつくらせたまひける、いそ装束さうぞかせたまひて、ろしはじめさせたまふは、雅楽寮うたづかさひとして、ふねがくせらる。親王みこたち上達部かむだちめなど、あまたまゐりたまへり。

 中宮ちゅうぐう、このころさとにおはします。かの「はるそのは」とはげましきこえたまへりし御返おほんかへりもこのころやとおぼし、大臣おとどきみも、いかでこのはなをり御覧ごらんぜさせむとおぼしのたまへど、ついでなくてかるらかにはひわたり、はなをももてあそびたまふべきならねば、わか女房にょうばうたちの、ものめでしぬべきをふねせたまうて、みなみいけの、こなたにとほしかよはしなさせたまへるを、ちひさきやまへだてのせきせたれど、そのやまさきよりぎまひて、ひむがし釣殿つりどのに、こなたのわかひとびとあつめさせたまふ。

 龍頭鷁首りょうとうげきすを、からのよそひにことことしうしつらひて、楫取かぢとりさをさすわらはべ、みなみづらひて、唐土もろこしだたせて、さるおほきなるいけなかにさしでたれば、まことのらぬくにたらむ心地ここちして、あはれにおもしろく、ならはぬ女房にょうばうなどはおもふ。

 中島なかじま入江いりえ岩蔭いはかげにさしせてれば、はかなきいしのたたずまひも、ただいたらむやうなり。こなたかなたかすみあひたるこずゑども、にしききわたせるに、御前おまへかたははるばるとやられて、いろをましたるやなぎえだれたる、はなもえもいはぬにほひをらしたり。ほかにはさかぎたるさくらも、いまさかりにほほみ、らうをめぐれるふぢいろも、こまやかにひらけゆきにけり。ましていけみづかげうつしたる山吹やまぶききしよりこぼれていみじきさかりなり。水鳥みづとりどもの、つがひをはなれずあそびつつ、ほそえだどもをひてびちがふ、鴛鴦をしなみあやもんじへたるなど、もののやうにもらまほしき、まことにをのたいつべうおもひつつ、らす。

かぜけばなみはなさへいろえてこやてる山吹やまぶきさき

はるいけ井手ゐで川瀬かはせにかよふらむきし山吹やまぶきそこもにほへり」

かめうへやまたづねじふねのうちにいせぬをばここにのこさむ」

はるのうららにさしてゆくふねさをのしづくもはなりける」

 などやうの、はかなごとどもを、心々こころごころはしつつ、かたかへらむさとわすれぬべう、わかひとびとのこころうつすに、ことわりなるみづおもになむ。

暮れかかるほどに

 れかかるほどに、「皇麞わうじゃう」といふがく、いとおもしろくこゆるに、こころにもあらず、釣殿つりどのにさしせられてりぬ。ここのしつらひ、いとことぎたるさまに、なまめかしきに、御方々おほんかたがたわかひとどもの、われおとらじとくしたる装束さうぞく容貌かたちはなをこきぜたるにしきおとらずえわたる。目馴めなれずめづらかなるがくどもつかうまつる。舞人まひびとなど、こころことにえらばせたまひて。

 よるりぬれば、いとかぬ心地ここちして、御前おまへには篝火かがりびともして、御階みはしのもとのこけうへに、楽人がくにんして、上達部かむだちめ親王みこたちも、みなおのおのきもの、きものとりどりにしたまふ。

 ものども、ことにすぐれたるかぎり、双調そうでうきて、うへちとる御琴おほんことどもの調しらべ、いとはなやかにかきてて、「安名尊あなたふとあそびたまふほど、「けるかひあり」と、なにのあやめもらぬしづも、御門みかどのわたりひまなきむまくるま立処たちどじりて、みさかえきにけり。

 そらいろものも、はる調しらべ、ひびきは、いとことにまさりけるけぢめを、ひとびとおぼくらむかし。もすがらあそかしたまふ。かへごゑに「喜春楽きしゅんらくちそひて、兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみや、「青柳あをやぎかへしおもしろくうたひたまふ。主人あるじ大臣おとどことくはへたまふ。

夜も明けぬ

 けぬ。あさぼらけのとりのさへづりを、中宮ちゅうぐうはものへだてて、ねたうこししけり。いつもはるひかりめたまへる大殿おほとのなれど、こころをつくるよすがのまたなきを、かぬことにおぼひとびともありけるに、西にしたい姫君ひめぎみ、こともなきおほんありさま、大臣おとどきみも、わざとおぼしあがめきこえたまふけしきなど、みなこえでて、おぼししもしるく、こころなびかしたまふひとおほかるべし。

 わがさばかりとおもがりたまふきはひとこそ、便たよりにつけつつ、けしきばみ、ことこえたまふもありけれ、えしもうちでぬなかおもひにえぬべきわか君達きむだちなどもあるべし。そのうちに、ことのこころらで、うち大殿おほいどの中将ちゅうじゃうなどは、きぬべかめり。

 兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやはた、としごろおはしけるきたかたせたまひて、この三年みとせばかり、ひとみにてわびたまへば、うけばりていまはけしきばみたまふ。

 今朝けさも、いといたうそらみだれして、ふぢはなをかざして、なよびさうどきたまへるおほんさま、いとをかし。大臣おとども、おぼししさまかなふと、したにはおぼせど、せめてらずがほをつくりたまふ。

 御土器おほんかはらけのついでに、いみじうもてなやみたまうて、

おもこころはべらずは、まかりげはべりなまし。いとへがたしや」

 とすまひたまふ。

むらさきのゆゑにこころをしめたればふちげむやはしけき」

 とて、大臣おとどきみに、おなじかざしをまゐりたまふ。いといたうほほみたまひて、

ふちげつべしやとこのはるはなのあたりをらでよ」

 とせちにとどめたまへば、えちあかれたまはで、今朝けさ御遊おほんあそび、ましていとおもしろし。

今日は、中宮の御読経の初めなりけり

 今日けふは、中宮ちゅうぐう御読経みどきゃうはじめなりけり。やがてまかでたまはで、やすどころとりつつ、おほんよそひにへたまふひとびともおほかり。さはりあるは、まかでなどもしたまふ。

 むまときばかりに、みなあなたにまゐりたまふ。大臣おとどきみをはじめたてまつりて、みなきわたりたまふ。殿上人てんじゃうびとなども、のこるなくまゐる。おほくは、大臣おとど御勢おほんいきほひにもてなされたまひて、やむごとなく、いつくしきおほんありさまなり。

 はるうへ御心みこころざしに、ほとけはなたてまつらせたまふ。とりてふ装束さうぞけたるわらは八人はちにん容貌かたちなどことにととのへさせたまひて、とりには、しろがね花瓶はながめさくらをさし、てふは、こがねかめ山吹やまぶきを、おなじきはなふさいかめしう、になきにほひをくさせたまへり。

 みなみ御前おまへ山際やまぎはよりでて、御前おまへづるほど、かぜきて、かめさくらすこしうちりまがふ。いとうららかにれて、かすみよりでたるは、いとあはれになまめきてゆ。わざと平張ひらばりなどもうつされず、御前おまへわたれるらうを、楽屋がくやのさまにして、かり胡床あぐらどもをしたり。

 わらはべども、御階みはしのもとにりて、はなどもたてまつる。行香ぎゃうがうひとびとぎて、閼伽あかくはへさせたまふ。

御消息、殿の中将の君して

 御消息おほんせうそこ殿との中将ちゅうじゃうきみしてこえたまへり。

花園はなぞの胡蝶こてふをさへや下草したくさあきむしはうとくるらむ」

 みや、「かの紅葉もみぢ御返おほんかへりなりけり」と、ほほみて御覧ごらんず。昨日きのふ女房にょうばうたちも、

「げに、はるいろは、えとさせたまふまじかりけり」

 と、はなにおれつつこえあへり。うぐひすのうららかなるに、「とりがく」はなやかにきわたされて、いけ水鳥みづとりもそこはかとなくさへづりわたるに、「きふ」になりつるほど、かずおもしろし。「てふ」は、ましてはかなきさまにちて、山吹やまぶきませのもとに、きこぼれたるはなかげづる。

 みやすけをはじめて、さるべき上人うへびとども、ろくつづきて、わらはべにぶ。とりにはさくら細長ほそながてふには山吹襲やまぶきがさねたまはる。かねてしもりあへたるやうなり。ものどもは、しろ一襲ひとかさね腰差こしざしなど、ぎにたまふ。中将ちゅうじゃうきみには、ふぢ細長ほそながへて、をんな装束さうぞくかづけたまふ。御返おほんかへり、

昨日きのふきぬべくこそは。

胡蝶こてふにもさそはれなましこころありて八重山吹やへやまぶきへだてざりせば」

 とぞありける。すぐれたる御労おほんらうどもに、かやうのことはへぬにやありけむ、おもふやうにこそえぬ御口おほんくちつきどもなめれ。

 まことや、かの見物みもの女房にょうばうたち、みやのには、みなけしきあるおくものどもせさせたまうけり。さやうのこと、くはしければむつかし。

 れにつけても、かやうのはかなき御遊おほんあそびしげく、こころをやりてぐしたまへば、さぶらふひとも、おのづからものおもひなき心地ここちしてなむ、こなたかなたにもこえはしたまふ。

西の対の御方は

 西にしたい御方おほんかたは、かの踏歌たふかをり御対面おほんたいめんのちは、こなたにもこえはしたまふ。ふか御心みこころもちゐや、あさくもいかにもあらむ、けしきいとらうあり、なつかしきこころばへとえて、ひとこころへだつべくもものしたまはぬひとざまなれば、いづかたにもみな心寄こころよせきこえたまへり。

 こえたまふひといとあまたものしたまふ。されど、大臣おとど、おぼろけにおぼさだむべくもあらず、わが御心みこころにも、すくよかにおやがりつまじき御心みこころふらむ、「父大臣ちちおとどにもらせやしてまし」など、おぼ折々をりをりもあり。

 殿との中将ちゅうじゃうは、すこし気近けぢかく、御簾みすのもとなどにもりて、御応おほんいらへみづからなどするも、をんなはつつましうおぼせど、さるべきほどとひとびともりきこえたれば、中将ちゅうじゃうはすくすくしくておもひもらず。

 うち大殿おほいどのきみたちは、このきみかれて、よろづにけしきばみ、わびありくを、そのかたのあはれにはあらで、した心苦こころぐるしう、「まことのおやにさもられたてまつりにしがな」と、ひとれぬこころにかけたまへれど、さやうにもらしきこえたまはず、ひとへにうちとけたのみきこえたまふこころむけなど、らうたげにわかやかなり。るとはなけれど、なほ母君ははぎみのけはひにいとよくおぼえて、これはかどめいたるところぞひたる。

更衣の今めかしう改まれるころほひ

 更衣ころもがへいまめかしうあらたまれるころほひ、そらのけしきなどさへ、あやしうそこはかとなくをかしきを、のどやかにおはしませば、よろづの御遊おほんあそびにてぐしたまふに、たい御方おほんかたに、ひとびとの御文おほんふみしげくなりゆくを、「おもひしこと」とをかしうおぼいて、ともすればわたりたまひつつ御覧ごらんじ、さるべきには御返おほんかへりそそのかしきこえたまひなどするを、うちとけずくるしいことにおぼいたり。

 兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやの、ほどなくられがましきわびごとどもをあつめたまへる御文おほんふみ御覧ごらんじつけて、こまやかにわらひたまふ。

「はやうよりへだつることなう、あまたの親王みこたちの御中おほんなかに、このきみをなむ、かたみにきておもひしに、ただかやうのすぢのことなむ、いみじうへだおもうたまひてやみにしを、すゑに、かくきたまへるこころばへをるが、をかしうもあはれにもおぼゆるかな。なほ、御返おほんかへりなどこえたまへ。すこしもゆゑあらむをんなの、かの親王みこよりほかに、またことはすべきひとこそにおぼえね。いとけしきあるひとおほんさまぞや」

 と、わかひとはめでたまひぬべくこえらせたまへど、つつましくのみおぼいたり。

 右大将うだいしゃうの、いとまめやかに、ことことしきさましたるひとの、「こひやまには孔子くじふれ」まねびつべきけしきにうれへたるも、さるかたにをかしと、みなくらべたまふなかに、からはなだかみの、いとなつかしう、しみふかにほへるを、いとほそちひさくむすびたるあり。

「これは、いかなれば、かくむすぼほれたるにか」

 とて、けたまへり。いとをかしうて、

おもふともきみらじなわきかへりいはみづいろえねば」

 きざまいまめかしうそぼれたり。

「これはいかなるぞ」

 とひきこえたまへど、はかばかしうもこえたまはず。

右近を召し出でて

 右近うこんでて、

「かやうにおとづれきこえむひとをば、人選ひとえりして、いらへなどはせさせよ。きしうあざれがましきいまやうのひとの、便びんないことしでなどする、をのことがにしもあらぬことなり。

われにておもひしにも、あななさけな、うらめしうもと、そのをりにこそ、無心むじんなるにや、もしはめざましかるべききはは、けやけうなどもおぼえけれ、わざとふかからで、はなてふにつけたる便たよりごとは、こころねたうもてないたる、なかなか心立こころたつやうにもあり。また、さてわすれぬるは、なにとがかはあらむ。

ものの便たよりばかりのなほざりごとに、口疾くちと心得こころえたるも、さらでありぬべかりける、のちなんとありぬべきわざなり。すべて、をんなのものづつみせず、こころのままに、もののあはれもがほつくり、をかしきことをも見知みしらむなむ、そのもりあぢきなかるべきを、みや大将だいしゃうは、おほなおほななほざりごとをうちでたまふべきにもあらず、またあまりもののほどらぬやうならむも、おほんありさまにたがへり。

そのきはよりしもは、こころざしのおもむきにしたがひて、あはれをもきたまへ。らうをもかぞへたまへ」

 などこえたまへば、きみはうちそむきておはする、側目そばめいとをかしげなり。撫子なでしこ細長ほそながに、このころのはないろなる御小袿おほんこうちき、あはひ気近けぢかいまめきて、もてなしなども、さはいへど、田舎ゐなかびたまへりし名残なごりこそ、ただありに、おほどかなるかたにのみはえたまひけれ、ひとのありさまをも見知みしりたまふままに、いとさまよう、なよびかに、化粧けさうなども、こころしてもてつけたまへれば、いとどかぬところなく、はなやかにうつくしげなり。他人ことびとなさむは、いと口惜くちをしかべうおぼさる。

右近も、うち笑みつつ見たてまつりて

 右近うこんも、うちみつつたてまつりて、「おやこえむには、げなうわかくおはしますめり。さしならびたまへらむはしも、あはひめでたしかし」と、おもひゐたり。

「さらにひと御消息おほんせうそこなどは、こえつたふることはべらず。先々さきざきろしめし御覧ごらんじたるつ、つは、かへし、はしたなめきこえむもいかがとて、御文おほんふみばかりれなどしはべるめれど、御返おほんかへりは、さらに。こえさせたまふをりばかりなむ。それをだに、くるしいことにおぼいたる」

 とこゆ。

「さて、このわかやかにむすぼほれたるはがぞ。いといたういたるけしきかな」

 と、ほほみて御覧ごらんずれば、

「かれは、執念しふねうとどめてまかりにけるにこそ。うち大殿おほいどの中将ちゅうじゃうの、このさぶらふみるこをぞ、もとより見知みしりたまへりける、つたへにてはべりける。また見入みいるるひともはべらざりしにこそ」

 とこゆれば、

「いとらうたきことかな。下臈げらふなりとも、かのぬしたちをば、いかがいとさははしたなめむ。公卿くぎゃうといへど、このひとのおぼえに、かならずしもならぶまじきこそおほかれ。さるなかにも、いとしづまりたるひとなり。おのづからおもひあはするもこそあれ。掲焉けちえんにはあらでこそ、まぎらはさめ。見所みどころある文書ふみがきかな」

 など、とみにもうちきたまはず。

かう何やかやと聞こゆるをも

「かうなにやかやとこゆるをも、おぼすところやあらむと、ややましきを、かの大臣おとどられたてまつりたまはむことも、まだ若々わかわかしうなにとなきほどに、ここらとしたまへる御仲おほんなかにさしでたまはむことは、いかがとおもひめぐらしはべる。なほひとのあめるかたさだまりてこそは、ひとびとしう、さるべきついでもものしたまはめとおもふを。

みやは、ひとりものしたまふやうなれど、人柄ひとがらいといたうあだめいて、かよひたまふところあまたこえ、召人めしうどとか、にくげなるのりするひとどもなむ、かずあまたこゆる。

さやうならむことは、にくげなうて見直みなほいたまはむひとは、いとようなだらかにもてちてむ。すこしこころくせありては、ひとかれぬべきことなむ、おのづからぬべきを、その御心みこころづかひなむあべき。

大将だいしゃうは、としたるひとの、いたうねびぎたるを、いとひがてにともとむなれど、それもひとびとわづらはしがるなり。さもあべいことなれば、さまざまになむ、人知ひとしれずおもさだめかねはべる。

かうざまのことは、おやなどにも、さはやかに、わがおもふさまとて、かたでがたきことなれど、さばかりの御齢おほんよはひにもあらず。いまは、などかなにごとをも御心みこころいたまはざらむ。まろを、むかしざまになずらへて、母君ははぎみおもひないたまへ。御心みこころかざらむことは、心苦こころぐるしく」

 など、いとまめやかにてこえたまへば、くるしうて、御応おほんいらこえむともおぼえたまはず。いと若々わかわかしきもうたておぼえて、

なにごともおもりはべらざりけるほどより、おやなどはぬものにならひはべりて、ともかくもおもうたまへられずなむ」

 と、こえたまふさまのいとおいらかなれば、げにとおぼいて、

「さらばのたとひの、のちおやをそれとおぼいて、おろかならぬこころざしのほども、あらはしてたまひてむや」

 など、うちかたらひたまふ。おぼすさまのことは、まばゆければ、えうちでたまはず。けしきある言葉ことば時々ときどきぜたまへど、見知みしらぬさまなれば、すずろにうちなげかれてわたりたまふ。

御前近き呉竹の

 御前おまへちか呉竹くれたけの、いとわかやかにひたちて、うちなびくさまのなつかしきに、ちとまりたまうて、

「ませのうちに根深ねぶかゑしたけのおのが世々よよにやひわかるべき

おもへばうらめしかべいことぞかし」

 と、御簾みすげてこえたまへば、ゐざりでて、

いまさらにいかならむ若竹わかたけはじめけむをばたづねむ

なかなかにこそはべらめ」

 とこえたまふを、いとあはれとおぼしけり。さるは、こころのうちにはさもおもはずかし。いかならむをりこえでむとすらむと、こころもとなくあはれなれど、この大臣おとど御心みこころばへのいとありがたきを、

おやこゆとも、もとより見馴みなれたまはぬは、えかうしもこまやかならずや」

 と、昔物語むかしものがたりたまふにも、やうやうひとのありさま、なかのあるやうを見知みしりたまへば、いとつつましう、こころられたてまつらむことはかたかるべう、おぼす。

殿は、いとどらうたしと思ひきこえ

 殿とのは、いとどらうたしとおもひきこえたまふ。うへにもかたまうしたまふ。

「あやしうなつかしきひとのありさまにもあるかな。かのいにしへのは、あまりはるけどころなくぞありし。このきみは、もののありさまも見知みしりぬべく、気近けぢかこころざまひて、うしろめたからずこそゆれ」

 など、ほめたまふ。ただにしもおぼすまじき御心みこころざまを見知みしりたまへれば、おぼりて、

「ものの心得こころえつべくはものしたまふめるを、うらなくしもうちとけ、たのみきこえたまふらむこそ、心苦こころぐるしけれ」

 とのたまへば、

「など、たのもしげなくやはあるべき」

 とこえたまへば、

「いでや、われにても、またしのびがたう、ものおもはしき折々をりをりありし御心みこころざまの、おもでらるるふしぶしなくやは」

 と、ほほみてこえたまへば、「あな、心疾こころと」とおぼいて、

「うたてもおぼるかな。いと見知みしらずしもあらじ」

 とて、わづらはしければ、のたまひさして、こころのうちに、「ひとのかうはかりたまふにも、いかがはあべからむ」とおぼみだれ、かつは、ひがひがしう、けしからぬこころのほども、おもられたまうけり。

 こころにかかれるままに、しばしばわたりたまひつつたてまつりたまふ。

雨のうち降りたる名残の

 あめのうちりたる名残なごりの、いとものしめやかなるゆふかた御前おまへわかかえで柏木かしはぎなどの、あをやかにしげりあひたるが、なにとなく心地ここちよげなるそらしたまひて、

してまたきよし」

 とうちじゅじたまうて、まづ、この姫君ひめぎみおほんさまの、にほひやかげさをおぼでられて、れいの、しのびやかにわたりたまへり。

 手習てならひなどして、うちとけたまへりけるを、がりたまひて、ぢらひたまへるかほいろあひ、いとをかし。なごやかなるけはひの、ふとむかしおぼでらるるにも、しのびがたくて、

そめたてまつりしは、いとかうしもおぼえたまはずとおもひしを、あやしう、ただそれかとおもひまがへらるる折々をりをりこそあれ。あはれなるわざなりけり。中将ちゅうじゃうの、さらにむかしざまのにほひにもえぬならひに、さしもぬものとおもふに、かかるひともものしたまうけるよ」

 とて、なみだぐみたまへり。はこふたなる御果物おほんくだものなかに、たちばなのあるをまさぐりて、

たちばなかをりしそでによそふればはれるともおもほえぬかな

ととものこころにかけてわすれがたきに、なぐさむことなくてぎつるとしごろを、かくてたてまつるは、ゆめにやとのみおもひなすを、なほえこそしのぶまじけれ。おぼうとむなよ」

 とて、御手おほんてをとらへたまへれば、をんな、かやうにもならひたまはざりつるを、いとうたておぼゆれど、おほどかなるさまにてものしたまふ。

そでをよそふるからにたちばなさへはかなくなりもこそすれ」

 むつかしとおもひてうつぶしたまへるさま、いみじうなつかしう、つきのつぶつぶとえたまへる、なり、はだつきのこまやかにうつくしげなるに、なかなかなるものおも心地ここちしたまて、今日けふはすこしおもふことこえらせたまひける。

 をんなは、心憂こころうく、いかにせむとおぼえて、わななかるけしきもしるけれど、

なにか、かくうとましとはおぼいたる。いとよくもかくして、ひととがめらるべくもあらぬこころのほどぞよ。さりげなくてをもてかくしたまへ。あさくもおもひきこえさせぬこころざしに、またふべければ、にたぐひあるまじき心地ここちなむするを、このおとづれきこゆるひとびとには、おぼとすべくやはある。いとかうふかこころあるひとは、にありがたかるべきわざなれば、うしろめたくのみこそ」

 とのたまふ。いとさかしらなる御親心おほんおやごころなりかし。

雨はやみて、風の竹に生るほど

 あめはやみて、かぜたけるほど、はなやかにさしでたる月影つきかげ、をかしきのさまもしめやかなるに、ひとびとは、こまやかなる御物語おほんものがたりにかしこまりおきて、気近けぢかくもさぶらはず。

 つねたてまつりたまふ御仲おほんなかなれど、かくよきをりしもありがたければ、ことでたまへるついでの、おほんひたぶるこころにや、なつかしいほどなる御衣おほんぞどものけはひは、いとようまぎらはしすべしたまひて、ちかやかにしたまへば、いと心憂こころうく、ひとおもはむこともめづらかに、いみじうおぼゆ。

「まことのおやおほんあたりならましかば、おろかには見放みはなちたまふとも、かくざまのきことはあらましや」とかなしきに、つつむとすれどこぼれでつつ、いと心苦こころぐるしきけしきなれば、

「かうおぼすこそつらけれ。もてはならぬひとだに、のことわりにて、みなゆるすわざなめるを、かくとしぬるむつましさに、かばかりえたてまつるや、なにうとましかるべきぞ。これよりあながちなるこころは、よもせたてまつらじ。おぼろけにしのぶるにあまるほどを、なぐさむるぞや」

 とて、あはれげになつかしうこえたまふことおほかり。まして、かやうなるけはひは、ただむかし心地ここちして、いみじうあはれなり。

 わが御心みこころながらも、「ゆくりかにあはつけきこと」とおぼらるれば、いとよくおぼかへしつつ、ひともあやしとおもふべければ、いたうかさででたまひぬ。

おもうとみたまはば、いと心憂こころうくこそあるべけれ。よそのひとは、かうほれぼれしうはあらぬものぞよ。かぎりなく、そこひらぬこころざしなれば、ひととがむべきさまにはよもあらじ。ただむかしこひしきなぐさめに、はかなきことをもこえむ。おなこころいらへなどしたまへ」

 と、いとこまかにこえたまへど、われにもあらぬさまして、いといとしとおぼいたれば、

「いとさばかりにはたてまつらぬ御心みこころばへを、いとこよなくもにくみたまふべかめるかな」

 となげきたまひて、

「ゆめ、けしきなくてを」

 とて、でたまひぬ。

 女君をんなぎみも、御年おほんとしこそぐしたまひにたるほどなれ、なかりたまはぬなかにも、すこしうち世馴よなれたるひとのありさまをだに見知みしりたまはねば、これより気近けぢかきさまにもおぼらず、「おもひのほかにもありけるかな」と、なげかしきに、いとけしきもしければ、ひとびと、御心地みここちなやましげにえたまふと、もてなやみきこゆ。

殿とのけしきの、こまやかに、かたじけなくもおはしますかな。まことの御親おほんおやこゆとも、さらにかばかりおぼらぬことなくは、もてなしきこえたまはじ」

 など、兵部ひゃうぶなども、しのびてこゆるにつけて、いとどおもはずに、こころづきなき御心みこころのありさまを、うとましうおもてたまふにも、心憂こころうかりける。

またの朝、御文とくあり

 またのあした御文おほんふみとくあり。なやましがりてしたまへれど、ひとびと御硯おほんすずりなどまゐりて、「御返おほんかへりとく」とこゆれば、しぶしぶにたまふ。しろかみの、うはべはおいらかに、すくすくしきに、いとめでたういたまへり。

「たぐひなかりしけしきこそ、つらきしもわすれがたう。いかにひとたてまつりけむ。

うちとけてぬものを若草わかくさのことありがほにむすぼほるらむ

をさなくこそものしたまひけれ」

 と、さすがにおやがりたる御言葉おほんことばも、いとにくしとたまひて、御返おほんかへごとこえざらむも、人目ひとめあやしければ、ふくよかなる陸奥紙みちのくにがみに、ただ、

「うけたまはりぬ。みだ心地ごこちしうはべれば、こえさせぬ」

 とのみあるに、「かやうのけしきは、さすがにすくよかなり」とほほみて、うらみどころある心地ここちしたまふ、うたてあるこころかな。

 いろでたまひてのちは、「太田おほたまつの」とおもはせたることなく、むつかしうこえたまふことおほかれば、いとど所狭ところせ心地ここちして、おきどころなきものおもひつきて、いとなやましうさへしたまふ。

 かくて、ことのこころひとすくなうて、うときもしたしきも、むげのおやざまにおもひきこえたるを、

「かうやうのけしきのでば、いみじう人笑ひとわらはれに、にもあるべきかな。父大臣ちちおとどなどのたづりたまふにても、まめまめしき御心みこころばへにもあらざらむものから、ましていとあはつけう、おぼさむこと」

 と、よろづにやすげなうおぼみだる。

 みや大将だいしゃうなどは、殿とのけしき、もてはなれぬさまにつたきたまうて、いとねむごろにこえたまふ。この岩漏いはも中将ちゅうじゃうも、大臣おとど御許おほんゆるしをてこそ、かたよりにほのきて、まことのすぢをばらず、ただひとへにうれしくて、おりたちうらみきこえまどひありくめり。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次