ゆく古典– Author –
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古典をよむ
藤原広嗣の乱|若きエリートはなぜ大宰府で兵を挙げたのか?
天平12(740)年の夏、大宰府に左遷されたことに不満を抱いていた若者が、朝廷に向けて兵を挙げました。若者の名は藤原広嗣。藤原氏の始祖である中臣鎌足のひ孫であり... -
源氏物語
佐賀県唐津市「鏡神社」をゆく|紫式部『源氏物語』第22帖「玉鬘」ゆかりの地
佐賀県唐津市に鎮座する鏡神社。西暦200年頃に創立された歴史ある神社で、『源氏物語』の第22帖「玉鬘」の巻で詠まれた歌に登場します。玉鬘はさまざまな事情があって... -
平家物語
木曾義仲はなぜ殺された?頼朝・義経と戦うハメになった経緯
寿永3(1184)年1月20日、粟津の戦いで討ち死にした木曾義仲(源義仲)。最期に戦った相手は、源頼朝が派遣した軍隊です。義仲は頼朝と同じ源氏であり、従兄弟という... -
平家物語
巴御前は実在しない?「木曾の最期」の巴と義仲の関係を考察
木曾義仲に仕えた女武者として知られる巴御前。『源平盛衰記』に登場する人物ですが、当時の一次資料や鎌倉幕府が編纂した歴史書『吾妻鏡』には記述がなく、実在しな... -
平家物語
平家物語「木曽の最期」の現代語訳・原文・語釈をわかりやすく解説
『平家物語』の「木曽の最期」は、源義仲(木曽義仲)と今井四郎兼平の最期を描いた場面です。 源頼朝が派遣した源範頼・義経らの軍勢に敗れた義仲は、わずかな家臣とと... -
方丈記
『方丈記』品詞分解(1)|ゆく河の流れは絶えずして
このページでは、鴨長明『方丈記』の「ゆく河の流れは絶えずして」について、原文の品詞分解をまとめています。現代語訳とあわせて確認したい方は、『方丈記』「ゆく河... -
紫式部日記
紫式部日記「同僚女房評」現代語訳|和泉式部と清少納言への悪口を解説
『紫式部日記』の「同僚女房評(和泉式部と清少納言)」は、紫式部が宮中で仕えていた女房たちについて率直に語った、有名な人物評の場面です。 紫式部は、恋多き歌人と... -
古典をゆく
【訪問記】胸の観音への行き方|巨石と大木のパワースポット
福岡県京都郡みやこ町の観光スポット、「胸の観音」。近くで別用を済ませたついでに寄ってみたのですが、素晴らしいパワースポットでとても"ついで"に行くようなとこ... -
発心集
『発心集』原文と現代語訳(45)ある人、臨終に言わざる遺恨事
『発心集』目次 発心集 第4-8「ある人、臨終に言わざる遺恨事」 年ごろ、相知る人ありき 原文・語釈 年を呼びければ、行きて、ねんごろに見あつかひけり。 語釈 とし... -
方丈記
鴨長明の生没年と死因を考察|1155年ではなく1153年生まれ?
鴨長明の生没年は、通説では久寿2(1155)年に生まれて、健保4(1216)年閏6月8日に数え62歳で亡くなったとされています。没年については『月講式』という資料からほ...
