このページでは、清少納言『枕草子』第276段から第278段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(13)第276段~第278段をご覧ください。
第276段「うれしきもの」
うれしいもの。まだ読んでいない物語の一巻を読んで、続きがひどく知りたいとばかり思っていたところ、その残りを見つけた時。ただし、読んでみると期待外れのこともある。
人が破り捨てた手紙をつなぎ合わせて読むと、同じ続きが何行も続いていた時。どうなるのだろうと思うような夢を見て、恐ろしく胸がどきどきしていたのに、夢占いをしてもらうと何でもないことだった時は、とてもうれしい。
高貴な方の御前に大勢の人がいる時、昔あったことでも、今お聞きになった世間の話でも、その方がお話しになりながら、私の方をご覧になっておっしゃるのは、とてもうれしい。
遠い所はもちろん、同じ都の中でも離れていて、自分にとって大切な人が病気だと聞き、どうしているだろうと気がかりで嘆いている時に、よくなったという知らせを聞くのも、とてもうれしい。
大切に思っている人がほかの人にほめられ、高貴な方などからも、悪くない者だと思っていただけること。何かの折に人と詠み交わした歌が評判になり、打聞などに書き入れられること。自分のことではまだ経験がないが、それでも想像するとやはりうれしい。
あまり親しくもない人が口にした昔の言葉で、自分の知らなかったものを聞けた時もうれしい。後になって書物の中などでその言葉を見つけると、ただもうおもしろく、「これだったのか」と、あの時言っていた人のことまでおもしろく思われる。
陸奥紙でも普通の紙でも、よいものを手に入れた時。気後れするような立派な人に歌の上の句や下の句を尋ねられて、すぐに思い出せた時は、自分ながらうれしい。いつも覚えていることでも、人に尋ねられるとすっかり忘れてしまうことが多いのだから。急いで探している物を見つけた時。
物合わせなど、何かを競うことに勝った時が、どうしてうれしくないことがあろう。また、自分こそはと思って得意顔をしている人をうまく出し抜けた時。女同士よりも、男を相手にした時の方がいっそううれしい。相手が必ず言い返そうと思っているだろうと、いつも気を配るのもおもしろいが、こちらはまったく気にしていないような顔をして油断させておくのも、またおもしろい。嫌いな者がひどい目に遭うのを見るのも、罪を受けるだろうかと思いながら、やはりうれしい。
何かの折に衣を打たせにやり、どんな仕上がりになるだろうと思っていたものが、美しく仕上がって戻ってきた時。刺櫛を作らせて、きれいに出来上がった時もまたうれしい。ほかにもまだたくさんある。
何日も何か月も、はっきりした症状があって患い続けていたのが治った時もうれしい。大切な人のことなら、自分自身のこと以上にうれしい。
御前に人々がすき間もないほど座っている時、今参上した自分は少し離れた柱のそばなどに座っているのに、すぐに見つけてくださって、
「こちらへ」
とおっしゃり、人々が道をあけて、すぐ近くへ召し入れていただけるのはうれしい。
第277段「御前にて人々ともまた」
御前で人々と話している時や、何かをおっしゃるついでなどに、
「世の中が腹立たしく、わずらわしくて、ほんのしばらくもここにいたくない、どこへでも行ってしまいたいと思う時でも、ただの紙がとても白くきれいなのや、よい筆、白い色紙、陸奥紙などを手に入れると、すっかり気が慰んで、『まあいい、こうしてもうしばらく生きていられそうだ』と思うのです。また、高麗縁の畳で、表が青く細やかで厚く、縁の文様が鮮やかに黒と白に見えるものを広げて眺めると、『やはりこの世は、とても捨てられない』と、命まで惜しくなるのです」
と申し上げると、
「ずいぶんささいなことにも慰められるのね。姨捨山の月は、いったいどんな人が見たのかしら」
などとお笑いになる。そばにいる人も、
「それなら、ずいぶん簡単な無病息災の祈りですね」
などと言う。
それからしばらくたって、自分から思い悩むことがあって里に下がっていたころ、すばらしい紙を二十枚包んでお贈りくださった。お言葉には、
「早く参れ」
などとはおっしゃらず、
「以前聞いて覚えていたことがあったのでね。具合が悪そうだから、寿命経も書けそうにないでしょう」
とおっしゃったのが、とてもおもしろい。自分でも忘れていたことを覚えていてくださったのは、普通の人であっても心にしみることだろう。まして、この方の場合は言うまでもない。
心も乱れて、どうお返事申し上げてよいか分からなかったので、ただ、
「口にするのも恐れ多い神の霊験によって、鶴のような長寿になれそうです
――そう申し上げるのは、あまりでしょうか、とお伝えください」
として差し上げた。
使いに来たのは、台盤所の雑仕だった。青い綾の単衣などを着ている。実際に、その紙を草子に作ったりしてあれこれしているうちに、わずらわしいことも紛れるような気がして、心の中でおもしろく思った。
二日ほどして、赤い衣を着た男が畳を持って来て、
「これを」
と言う。
「あれは誰なの。人目につくではないか」
などとぶっきらぼうに言うと、男は畳を置いて行ってしまった。
「どこから来たの」
と尋ねさせたが、
「もう帰ってしまいました」
という。取り入れて見ると、特別な御座という畳のような作りで、高麗縁などもたいそう美しい。
心の中では、あのお方からだろうかと思うものの、やはりはっきりしないので、人を出して使いを捜させたが、もういなくなっていた。皆で不思議がったが、使いがいないのでは確かめようもない。届け先を間違えたのなら、そのうちまた何か言って来るだろう。宮のあたりへ事情を尋ねに参りたいけれど、もしそうでなかったら具合が悪い。そう思いながらも、誰が理由もなくこんなことをするだろう、きっとお言いつけによるものだ、とたいそうおもしろく思った。
二日ほど何の知らせもないので、もう間違いないと思い、右京の君のもとへ、
「こんなことがありました。そういうことがありそうな様子をご覧になりませんでしたか。内々に事情を教えてください。何も心当たりがなければ、私がこんなことを尋ねたとは人に言わないでください」
と書き送ったところ、
「たいそう秘密になさっていたことです。決して、私がお知らせしたとは口になさらないでください」
と返事があったので、「やはりそうだったのだ」と分かるのもおもしろく、手紙を書いて、またひそかに御前の勾欄に置かせたのだが、慌てていたため、そのまま落として御階の下へ落ちてしまった。
第278段「関白殿二月二十一日に」
関白殿が二月二十一日に、法興院の積善寺という御堂で一切経供養をなさることになり、女院もおいでになる予定なので、二月一日ごろに二条の宮へお移りになった。私は眠くなってしまったので、何事もよく見ずにいた。
翌朝、日の光がうららかに差してきたころ起きてみると、建物は白く新しく、趣深く造られていて、御簾をはじめ、昨日掛けたばかりらしい。室内のしつらえや獅子・狛犬なども、いつの間に運び込んだのだろうと思われておもしろい。一丈ほどの桜が、たいそう咲き誇ったように御階のもとにあるので、「ずいぶん早く咲いたものだ。梅こそ今が盛りなのに」と思って見ると、作り物だった。花の色つやなどは、本物に少しも劣らない。どれほど手間がかかったことだろう。雨が降ればしぼんでしまうだろうと思うと残念である。以前は小さな家などが多かった所を新しく造らせたので、木立などにはこれといった見どころはない。ただ、宮の造りは親しみやすく趣がある。
殿がおいでになった。青鈍の固紋の御指貫、桜色の御直衣に、紅の御衣を三枚ほど、直衣の下に重ねてお召しになっている。御前をはじめ、女房たちは紅梅の濃淡の織物、固紋、無紋などを、それぞれありったけ着ているので、あたり一面が光に満ちたように見える。唐衣には、萌黄、柳、紅梅などもある。
殿は御前にお座りになり、宮に何か申し上げておられる。そのお返事のすばらしさを、里にいる人たちにも少しでよいから見せてやりたいと思いながら拝見する。殿は女房たちを見渡して、
「宮は、いったい何をお考えなのだろう。これほど美しい人々をずらりと並べてご覧になれるとは、うらやましいことだ。一人として器量の悪い者がいないではないか。皆、それぞれの家の娘たちなのだろう。大切にして、よく面倒を見ておやりになるのがよい。それにしても、この宮のお心をどのように見抜いて、皆こうして参っているのか。宮はなんとひどく物惜しみをなさる方なのだろう。私は宮がお生まれになった時から一生懸命お仕えしているのに、まだお下がりの御衣を一枚もいただいていない。いや、陰口を申し上げるのはよそう」
などとおっしゃるのがおもしろく、私が笑うと、
「本当のことだ。馬鹿なことを言っていると思って、そんなふうに笑われるのが恥ずかしい」
などとおっしゃっているうちに、内裏から式部の丞の某が参った。
御文は、大納言殿が受け取って殿に差し上げると、殿は結びを解いて、
「見たい御文ですね。お許しがあれば、開いて拝見しましょう」
とはおっしゃるものの、
「宮は、私に見せるのは危ないと思っておられるようだ。恐れ多いことでもある」
と言ってお返しになる。宮はそれをお受け取りになっても、すぐに広げてご覧になるようなそぶりをなさらない。その慎み深いお心づかいは、まことにめったにない。
御簾の内から女房が褥を差し出し、三、四人が御几帳のそばに座った。
「あちらへ行って、禄のことをしてまいりましょう」
と言って殿がお立ちになった後で、宮は御文をご覧になった。
お返事を紅梅色の薄様にお書きになる。その色が御衣と同じ色合いに美しく調和している。これほどまでに何もかも見計らって差し上げる人は、ほかにはいないのではないかと思うと残念である。今日は特別な日だからということで、殿の御方から禄が出される。女の装束に紅梅の細長が添えられていた。肴などもあるので、酒に酔っていたいところだが、
「今日はたいそう大事な行事があります。わが君、どうかお許しください」
と大納言殿にも申し上げて、席を立った。
姫君たちなどは、たいそう念入りに化粧をなさり、紅梅の御衣を互いに負けまいというようにお召しになっている。三の御前は、御匣殿や中姫君よりも大きくお見えになり、「上」とお呼びしてもよいほどである。
上もお渡りになった。御几帳を引き寄せ、新しく参った人々にはお姿をお見せにならないので、もどかしい気がする。
女房たちが集まって、当日の装束や扇などについて話し合っている者もいる。また、競う心を隠して、
「私はもう、どうでもいいわ。あるように任せておくもの」
などと言うと、
「また、いつものあなたのことだから」
などと憎まれ口を言われる。夜になって里へ下がる人が多いが、こういう折なので、宮も引き止めることがおできにならない。
上は毎日お渡りになり、夜もこちらにおいでになる。君たちなどもおいでになるので、御前は人が少なくならず、にぎやかでよい。御使いも毎日参る。
御前の作り物の桜は、露に濡れても色がよくなるわけではなく、日に当たってしぼみ、悪くなるだけでも残念なのに、夜に雨が降った翌朝には、ひどく見栄えが悪くなっていた。私はたいそう早く起きて、
「泣いて別れた人の顔よりも、見劣りがしますね」
と言ったのを宮がお聞きになって、
「なるほど、雨の降る気配がしていたものね。どうなっているだろう」
とお目覚めになるころ、殿の御方から侍や下働きの者たちが大勢やって来て、花の下へ寄り集まり、木ごと引き倒して、ひそかに持って行こうとする。
「まだ暗いうちに、とお言いつけになったのに。もう明るくなってしまった。困ったことだ。早く、早く」
と言いながら倒して持って行くのがおもしろい。
「『言うなら言ってしまおう』と、兼澄の歌のことを思っているのだろうか」
とでも、相手が身分のある人なら言ってみたいところだが、
「あの花を盗んでいるのは誰ですか。よくないでしょう」
と言うと、ますます逃げるようにして引いて行ってしまった。殿のお心は、やはり趣深い。枝は雨に濡れてまとわりついており、そのままならどれほどみっともない姿になっただろうと思う。私は何も言わずに奥へ入った。
掃部司の者が来て御格子を上げ、主殿司の女官が御清めなどを済ませ、宮がお起きになったところ、花がないので、
「まあ、驚いた。あの花はどこへ行ったの」
とおっしゃる。
「明け方に花泥棒がいると言っていたようだったけれど、枝を少し取るだけなのだろうと思っていました。誰がしたの。見たの」
とおっしゃる。
「いいえ、そうではございません。まだ暗くてよく見えませんでしたが、白っぽい姿の者がおりましたので、花を折っているのではないかと心配になって申し上げただけです」
と申し上げる。
「それにしても、どうして全部こうして取ってしまうことがあるの。殿がお隠しになったのでしょう」
と言ってお笑いになるので、
「まさか、そのようなことはございますまい。春の風がしたことでございましょう」
と申し上げると、
「こう言うために隠したのね。盗まれたのではなく、雨がずいぶん降ったのだものね」
とおっしゃるのも、珍しい言葉というわけではないが、たいそうすばらしく思われる。
殿がおいでになるというので、寝起きで乱れた顔も、こんな時にご覧に入れるものではないと思って奥へ引っ込む。
殿がおいでになるなり、
「あの花はなくなったのだね。どうして、ああも盗ませてしまったのだ。ずいぶん役に立たない女房たちだな。ぐっすり寝込んで、気づかなかったのか」
と驚いておっしゃるので、
「けれど、私より先にお気づきになるだろうと思っておりました」
と小声で言ったところ、すぐに聞きつけられて、
「そう思っていたのだな。ほかの人なら出て来て見たりはしまい。宰相とあなたぐらいだろうと見当をつけていた」
とたいそうお笑いになる。
「そうだったのに、少納言は春の風のせいにしたのだね」
と宮がほほえまれるのも、とてもおもしろい。
「とんでもないことをおっしゃいます。今ごろは、山田だって作っているでしょうに」
などと宮が口ずさまれるのは、たいそう優美でおもしろい。
「それにしても、見つけられてしまったのがくやしいな。あれほど口止めしておいたのに。人の御方には、こういう見張り役がいるものだ」
などと殿がおっしゃる。
「春の風は、根もないことをずいぶんうまく言うものですね」
などと、また宮が口ずさまれる。
「ただ言葉だけではわずらわしく思われるほど、しつこく言ってしまいました。今朝、あのままの姿でしたら、どんなことになっていたでしょう」
などと申し上げると、お笑いになる。
小若君が、
「けれど、それをずいぶん早く見つけて、『露に濡れた』と言ったのを、みっともないことだと申しておりました」
と申し上げると、殿がたいそう悔しがられるのもおもしろい。
さて、八日か九日ごろに里へ下がろうとすると、
「もう少し日にちが近くなってからにしては」
などとおっしゃるけれど、私は退出した。
いつも以上にたいそうのどかに日が照っていた昼ごろ、
「花の心はまだ開かないの。どうなの、どうなの」
とおっしゃったので、
「秋にはまだ早うございますけれど、夜ごとに九度も上るような心地がいたします」
と申し上げた。
宮がお出ましになった夜、車の順番も決まらず、
「先に、先に」
と争って乗るのが見苦しいので、私はしかるべき人と、「やはり、こうして車に乗る時にひどく騒ぎ立て、祭の帰りのように倒れそうなほど慌てるのは、たいそう見苦しい。ただもう、乗る車がなくて参れないのなら、自然とお耳に入って、車をお与えくださることもあるでしょう」などと話し合い、立ったままでいた。皆が前から押し寄せ、慌てて出て行って乗り終え、そんなことを言っていると、
「まだです。ここに残っています」
という声がするらしく、宮司が寄って来て、
「どなたどなたがお残りですか」
と尋ね、事情を聞いて、
「まあ、なんとしたことでしょう。もう皆さまお乗りになったものと思っていました。どうして、こんなに遅れていらっしゃるのです。もう得選を乗せようとしていたところなのに。珍しいことです」
などと驚き、車を寄せさせると、
「それなら、まずそのご厚意を受ける方がお乗りください。私は次で」
と言う声が聞こえたので、
「まあ、ひどい。意地悪でいらっしゃること」
などと言いながら、結局その車に乗った。
その次の車は、本当に御厨子の車だったので、灯りもたいそう暗く、皆で笑いながら二条の宮へ着いた。
宮の御輿は早くも中へお入りになり、もう落ち着いてお座りになっていた。
「ここへ呼びなさい」
とおっしゃったので、
「どこにいるの、どこにいるの」
と右京、小左近などという若い女房たちが待ち、参る人ごとに見ていたが、私の姿はなかった。
女房たちは車から下りるたび、四人ずつ御前に集まって控えるのだが、
「おかしい。いないの。どうしたの」
と宮がお尋ねになっていることも知らず、全員が下り終わったころになって、ようやく見つけられ、
「あれほどお尋ねになっているのに、遅いではありませんか」
と言われて、連れられて参る。見ると、いつの間にこんなに、まるで何年もここにお住まいだったかのように、宮がすっかり落ち着いていらっしゃるのがおもしろい。
「どうして、いないのかと私が捜すほどまで姿を見せなかったの」
とおっしゃるのに、私は何も申し上げないので、一緒の車に乗っていた人が、
「それは無理でございます。いちばん最後の車に乗っていた者が、どうして早く参れましょう。この車さえ、御厨子が気の毒がって譲ってくださったのです。暗かったのがつらうございました」
と、嘆くように申し上げると、
「車の手配をした者がひどく悪いのです。それに、事情の分からない人なら遠慮もするでしょうが、右衛門などには言えばよかったでしょうに」
とおっしゃる。
「でも、どうして人を押しのけて先へ走って行けましょう」
などと言う。一緒にいたほかの人は、きっと「嫌なことを言う」と聞いたことだろう。
「みっともなく高い位置の車に乗ったからといって、立派なことでしょうか。決められた順序どおりに、身分の高い方を先にするのがよいのです」
と、宮は不快そうに思っておられる。
「皆が下りるのを待つのがあまりに長く、苦しかったせいでございましょうか」
と、私は言い直して申し上げた。
一切経供養のことで、宮が明日お渡りになるというので、私は今夜のうちに参った。
南の院の北側をのぞいてみると、高坏に灯をともして、二人、三人、あるいは三、四人ずつ、気の合う者同士で屏風を引いて隔てているところもある。几帳などで隔てているところもある。また、そうせずに集まって、衣を重ね合わせ、裳の腰をつけ、化粧をする様子は言うまでもない。髪というものも、明日を過ぎればこれほど美しく整った姿はめったに見られないだろうと思われる。
「寅の刻にお渡りになるそうですよ。どうして今まで参らなかったのです。扇を持たせて、あなたを捜している人がいましたよ」
と知らせてくれる。
さて、本当に寅の刻なのだろうと装束を整えて待っているうちに、すっかり夜が明け、日まで差し出した。西の対の唐廂に車を寄せ、そこから乗ることになっているので、渡殿へ皆が向かう。まだ参上して間もない新参の女房などは気後れした様子である。西の対には殿がお住まいなので、宮もそこにおいでになり、まず女房たちが車に乗るのをご覧になるということで、御簾の内には、宮、淑景舎、三四の君、殿の上、その妹君三人が立ち並んでいらっしゃる。
車の左右では、大納言殿と三位の中将のお二人が簾を上げ、下簾まで引き上げて女房たちを乗せてくださる。大勢が一度に群れていれば少しは隠れようもあるだろうが、四人ずつ名簿に従って、
「それ、その人」
と名を呼ばれて乗せられるので、歩み出る心地は、まことに気恥ずかしく、人目にさらされるなどという言葉では足りないほどである。
御簾の内にこれほど多くの方々の目がある中で、宮が「見苦しい」とご覧になることほどつらいことはない。汗が流れるので、きれいに整えた髪まで乱れてしまったのではないかと思われる。ようやくそこを通り過ぎると、車のそばには、気後れするほど美しく整った姿の方々が、ほほえみながら見ておられるので、現実とも思われない。それでも倒れずにそこまでたどり着いたのは、立派なのか、図々しいのか、自分でも分からない。
皆が乗り終わると車を引き出し、二条大路で榻に轅をかけ、見物の車のようにずらりと並べるのがたいそうおもしろい。きっと人々も見ているだろうと思うと心がときめく。四位、五位、六位などが大勢出入りし、車のそばへ来て整えたり話したりする中で、明順の朝臣などは、空を仰ぎ、胸を張って得意そうにしている。
まず院のお迎えに、殿をはじめ、殿上人も地下の者も皆参った。院がお渡りになった後で宮がお出ましになるというので、まだかまだかと待っているうちに、日が高くなってからようやくおいでになった。御車は全部で十五両、そのうち四両は尼君たちの車で、一番の御車は唐車である。それに続いて尼の車。後ろ口からは水晶の数珠、薄墨色の裳、袈裟、衣などが見え、たいそう荘厳で、簾は上げず、下簾も薄色で、裾だけ少し濃い。次に女房たちの車が十両。桜の唐衣、薄色の裳、濃い色の衣、香染、薄色の上着などが、たいそう優美である。日はうららかだが、空は緑がかって一面に霞んでおり、女房たちの装束の色合いと溶け合って、豪華な織物や色とりどりの唐衣そのものより、いっそう優美で趣深く、言い尽くせないほどである。
関白殿をはじめ、その次々の殿方が、おいでになる限り皆で大切にお迎え申し上げる様子は、たいそうすばらしい。私たちはまずこれを拝見し、感嘆して騒ぐ。この二十両の車が並んでいる様子も、外から見る人にはまたおもしろく見えるのだろう。
早く宮がお出ましにならないかと待っているが、たいそう長い。どうしておられるのだろうと気をもんでいると、ようやく采女八人が馬に乗せられて出て来る。青い裾濃の裳、裙帯、領布などが風に吹きなびくのがたいそう美しい。ふせという采女は、典薬の頭重雅と親しい女だったらしい。葡萄染の織物の指貫を着ているので、
「重雅は、とうとう色を許されたのだな」
などと山の井の大納言がお笑いになる。
皆が次々に乗って並んだところで、今度こそ御輿がお出ましになる。先ほどまで「すばらしい」と拝見していた御行列も、これとは比べものにならない。
朝日が華やかに差し上がるころ、水葱の花がきわだって輝き、御輿の帷子の色つやまで実に美しい。御綱を張ってお出ましになる。御輿の帷子の内側がわずかに揺れるのを見ると、まことに、頭の毛が逆立つなどと人が言うのも決して大げさではない。この後なら、髪の美しくない人も、そのせいにできるだろう。あまりに威厳があり荘厳で、「どうして私は、こんな御前に日ごろ慣れてお仕えしているのだろう」と、自分のことまでたいそう立派なことのように思われる。御輿がお通りになる間、車の榻を一斉に下ろしていたのを、今度は牛に急いで掛け、御輿の後へ続けて走らせる。その光景は華やかで興趣があり、言いようもない。
到着すると、大門のところで高麗・唐土の楽が奏され、獅子や狛犬が踊り舞い、乱声の音や鼓の音が響いて、何も考えられないほどである。これは、生きたまま仏の国へ来てしまったのではないかと思われ、音が空へ響き上がるように感じられる。
中へ入ると、色とりどりの錦の揚張に、青々とした御簾を一面に掛け、屏幔を引きめぐらしている。何もかも、まったくこの世のこととは思われない。御桟敷に車を寄せると、また殿方が立って、
「早くお下りなさい」
とおっしゃる。車に乗る時でさえあれほど恥ずかしかったのに、今はさらに明るく、人目にもはっきり見える。整え直した髪も唐衣の中でふくらみ、妙な形になっているだろうし、顔色の黒さや赤さまで見分けられそうな明るさなので、ひどくつらく、すぐには下りられない。
「まず、後ろの車の方から」
などと言っていると、そちらも同じ気持ちなのだろう、
「お静かになさってください。恐れ多いことです」
などと言う。
「ずいぶん恥ずかしがるのですね」
と笑われながら、ようやく下りると、殿が近くへ寄って来られ、
「むねかたなどには見せないで、隠して下ろせ、と宮がおっしゃるので来たのに、そんなことも考えずに」
と言って、こちらを引き下ろし、連れて参られる。そんなふうに宮がおっしゃってくださったのだろうと思うと、たいそう恐れ多い。
参ると、先に下りた人たちは、人目につきそうな端の方に八人ほど座っていた。宮は一尺余り、二尺ほど高い長押の上にいらっしゃる。
「ここへ、姿が見えないようにして連れて参りました」
と殿が申し上げると、
「どこにいるの」
と言って、宮は御几帳のこちら側へお出ましになった。まだ御裳も唐の御衣もお召しになったままなのが、なんともすばらしい。紅の御衣の美しさなど、普通のものと比べられようか。中には唐綾の柳の御衣、葡萄染の五重襲の織物、赤色の唐の御衣、地摺の唐の薄物に、象眼を重ねた御裳などをお召しで、色合いは何一つ、ありふれたものとは比べようがない。
「私をどう見る」
とお尋ねになる。
「たいそうすばらしゅうございました」
などと申し上げても、口に出せばどうしても月並みな言葉にしかならない。
「長く待ったでしょう。それは、大夫が院のお供に着て人目に触れたのと同じ下襲のままでは、見苦しいと思われるだろうと言って、別の下襲を縫わせていたので遅くなったのです。本当に凝ったことをなさるのだから」
と宮は笑われる。明るく晴れた場所では、宮のお姿はいっそう際立って美しい。額髪を上げておられる釵子のところに、分け目の御髪が少し寄って、はっきり見えることまで、何とも言い表しようがない。
三尺の御几帳一組を斜めに置いてこちら側の仕切りとし、その後ろに畳一枚を逆向きに、縁を端にして長押の上へ敷いてある。中納言の君というのは、殿の叔父である右兵衛督忠君の娘、宰相の君は富小路の右大臣の孫で、その二人だけが上に座って見物している。
宮は皆を見渡して、
「宰相はあちらへ行って、人々のいる所で見なさい」
とおっしゃるので、宰相の君はすぐに意味を察して、
「ここで三人なら、たいそうよく見えます」
と申し上げると、
「それなら、上がりなさい」
と私を召し上げてくださる。下に座っている人々は、
「殿上を許された内舎人のようね」
と笑うが、
「まあ、私を笑わせようと思っていたのですか」
と言うと、
「『むまさま』の格好がね」
などと言う。それでも、そこへ上がって座って見物するのは、たいそう誇らしい。
こうしたことを自分から書くのは、自慢話のようでもあり、また宮の御ためにも軽々しく、「この程度の者をそんなふうにお思いになったのか」などと、物知り顔で世間のことを批評する人には、恐れ多い御ことにまで口を出しているように思われるだろう。けれど、実際にあったことなのだから、どうしようもない。まことに、私の身のほどを越えたことも多かったに違いない。
女院の御桟敷や、あちこちの御桟敷を見渡すと、実に見事である。殿は、宮のおいでになるこちらの御桟敷から院の御桟敷へ参り、しばらくしてまたこちらへお戻りになった。大納言のお二人、三位の中将は、陣にお仕えしているそのままの姿で、武具を帯び、たいそう似つかわしく美しい。殿上人や四位・五位も大勢連れ立って、御供として並んで控えている。
殿がお入りになってご覧になると、皆、御裳も御唐衣も、御匣殿に至るまでお召しになっている。殿の上は、裳の上に小袿をお召しになっている。
「絵に描いたようなお姿ばかりだな。もうお一人も、今日はずいぶん人並みらしく見えるね」
と申し上げなさる。
「三位の君、宮の御裳をお脱がせ申し上げなさい。この中の主君は、わが君でいらっしゃるのです。御桟敷の前に陣屋まで置かせておられるのは、並大抵のことではありません」
と言って、殿はお泣きになる。
なるほどもっともなことだと思われ、皆も涙ぐんでいると、赤色に桜の五重の衣をご覧になって、
「法服が一つ足りなくて、急に慌てたのだが、これを返していただくよう申し上げればよかったのだな。そうでなければ、またこのような物を誰かに取り置かれているのか」
とおっしゃる。それを、少し退いて座っておられた大納言殿がお聞きになり、
「清僧都のものではありませんか」
とおっしゃる。
一つとして、すばらしくないことがない。
僧都の君は、赤色の薄物の御衣、紫の御袈裟、ごく薄い薄色の御衣を重ね、指貫などをお召しになり、剃った頭も青々として美しく、地蔵菩薩のようなお姿で女房たちにまじって歩いておられるのも、たいそうおもしろい。
「僧綱の中で威儀を整えておいでにならず、見苦しく女房の中にまじって」
などと皆が笑う。
大納言の御桟敷から、松君をお連れ申し上げる。葡萄染の織物の直衣、濃い綾を打った衣、紅梅の織物などをお召しになっている。御供には、いつものように四位・五位がたいそう多い。御桟敷で女房の中へ抱き入れ申し上げると、何が気に入らないのか、大声で泣き騒がれることまで、たいそう華やかである。
法会が始まり、一切経を赤い蓮の花一輪ずつに入れ、僧も俗人も、上達部、殿上人、地下の者、六位など、さまざまな人が次々と持って続くのは、たいそう尊い。導師が参り、講説が始まり、舞などを一日中見ていると、目も疲れて苦しい。御使いとして五位の蔵人が参っている。御桟敷の前に胡床を立てて座っている姿などは、なるほど見事である。
夕方近く、式部の丞則理が参った。
「このまま今夜、内裏へお入りになるとのことです。御供に伺候せよとの宣旨をいただきました」
と言って、帰りもしない。宮は、
「まず二条の宮へ帰ってからにしましょう」
とおっしゃるが、また蔵人の弁が参り、殿からも御消息があるので、結局そのお言いつけのまま、内裏へお入りになることになった。
院の御桟敷から、「ちかの塩竃」などという御消息が行き来する。趣のある物などを持って参る人々が行き交うのもすばらしい。
法会が終わり、院がお帰りになる。院司や上達部などは、今度は半分ほどがお供申し上げた。
宮が内裏へ参られたことを知らず、女房たちの従者は、二条の宮へお戻りになったのだろうと思って、皆そちらへ行って待っていた。いくら待っても女房たちが来ないうちに、夜はたいそう更けてしまった。内裏では、女房たちは宿直用の衣を持って来てくれるのを待っているのに、いっこうに姿も知らせもない。華やかな装束は身になじまず寒いので、皆で文句を言い腹を立てても、どうにもならない。翌朝になってようやく従者が来たので、
「どうして、こんなに気が利かないの」
などと言うが、向こうにも言い分はあった。
その翌日、雨が降ったのを、殿は、
「これで、私の運のほどがお分かりになったでしょう。いかがご覧になりますか」
と宮に申し上げなさった。その得意なお気持ちももっともである。けれど、その折に「なんとすばらしい」と拝見したさまざまなことも、今の御代の御ありさまと比べて拝見すると、とても同じものとして申し上げられるほどではない。そう思うと気が進まず、ほかにも多くあったことを、皆ここには書かずにおいた。

