『枕草子』原文全文を読む(5)第84段~第89段|読みやすいふりがな付き

目次

第84段「里にまかでたるに」

 里さとに罷まかでたるに、殿上人てんじやうびとなどの来くるをも、安やすからずぞ人々ひとびと言いひ成なすなる。

 いと有心いうしんに、引ひき入いれたる覚おぼえはたなければ、さ言いはむも憎にくかるまじ。

 また、昼ひるも夜よも来くる人ひとを、なにしにかは、

「なし」

 ともかがやき返かへさむ。

 まことに睦むつまじうなどあらぬも、さこそは来くめれ。

 あまりうるさくもあれば、この度たび出いでたる所ところをば、いづくとなべてには知しらせず。

 左中将さちゆうじやう経房つねふさの君きみ、済政なりまさの君きみなどばかりぞ、知しりたまへる。

 左衛門さゑもんの尉じよう則光のりみつが来きて、物語ものがたりなどするに、

「昨日きのふ宰相さいしやうの中将ちゆうじやうの参まゐりたまひて、妹いもうとのあらむ所ところ、さりとも知しらぬやうあらじ。言いへと、いみじう問とひたまひしに、さらに知しらぬよしを申まうししに、あやにくに強しひたまひしこと」

 など言いひて、

「あること争あらがふ、いとわびしうこそありけれ。ほとほと笑ゑみぬべかりしに、左ひだりの中将ちゆうじやうの、いとつれなく知しらず顔がほにて居ゐたまへりしを、かの君きみに見みだに合あはせば、笑わらひぬべかりしに、わびて、台盤だいばんの上うへに、布ぬののありしを取とりて、ただ食くひに食くひ紛まぎらはししかば、中間なかまにあやしの食くひ物ものやと、人々ひとびと見みけむかし。されど、かしこう、それにてなむ、そことは申まうさずなりにし。笑わらひなましかば不用ふようぞかし。まことに知しらぬなめりと思おもしたりしも、をかしくこそ」

 など語かたれば、

「さらにな聞きこえたまひそ」

 など言いひて、日頃ひごろ久ひさしうなりぬ。

 夜よいたう更ふけて、門かどをいたうおどろおどろしう叩たたけば、何なにの用ように、心こころもなう、遠とほからぬ門かどを高たかく叩たたくらむと聞ききて、問とはすれば、瀧口たきぐちなりけり。

「左衛門さゑもんの尉じようの」

 とて文ふみを持もて来きたり。

 みな寝ねたるに、火ひ取とり寄よせさせて見みれば、

「明日あす、御読経みどきやうの結願けちぐわんにて、宰相さいしやうの中将ちゆうじやう、御物忌おんものいみに籠こもりたまへり。いもうとの在所ありどころ申まうせ、申まうせと責せめらるるに、ずちなし。さらにえ隠かくし申まうすまじ。さなむとや聞きかせたてまつるべき。いかに。仰おほせに従したがはむ」

 と言いひたる、返事かへりごとは書かかで、布ぬのを一寸いつすんばかり、紙かみに包つつみてやりつ。

 さて後のち来きて、

「一夜ひとよは、せめたてられて、すずろなる所々ところどころになむ率ゐて歩ありきたてまつりし。まめやかにさいなむに、いと辛からし。さて、などともかくも御返事おんかへりはなくて、すずろなむ布ぬのの端はしをば包つつみて賜たまへりしぞ。あやしの包つつみ物ものや。人ひとのもとに、さるものの包つつみて贈おくるやうやはある。取とり違たがへたるか」

 といふ。

 いささか心こころも得えざりけると見みるがにくければ、物ものも言いはで、硯すずりにある紙かみの端はしに、

潜かづきする海人あまの住処すみかをそことだにゆめ言いふなとやめを食くはせけむ

 と書かきて差さし出いでたれば、

「歌うた詠よませたまへるか。さらに見みはべらじ」

 とて、あふぎ返かへして逃にげて往いぬ。

 かう語かたらひ、かたみの後見うしろみなどする中なかに、なにともなくて、少すこし仲悪なかあしうなりたる、文ふみ寄越おこせたり。

「びんなきことなどはべりとも、なほ契ちぎり聞きこえし方かたは忘わすれたまはで、余所目よそめにては、さぞとは見みたまへとなむ思おもふ」

 と言いひたり。

 常つねに言いふことは、

「おのれを思おぼさむ人ひとは、歌うたをなむ詠よみてえさすまじき。すべて仇敵あたかたきとなむ思おもふ。今いまは、限かぎりありて絶たえむと思おもはむ時ときにを、さることは言いへ」

 など言いひしかば、この返事かへりごとに、

崩くづれ寄よる妹背いもせの山やまの中なかなればさらに吉野よしのの川かはとだに見みじ

 と言いひ遣やりしも、まことに見みずやなりけむ、返かへしもせずなりにき。

 さて、冠かうぶり得えて、遠江とほたふみの介すけと言いひしかば、憎にくくてこそやみにしか。

第85段「物のあはれ知らせ顔なるもの」

 物もののあはれ知しらせ顔がほなるもの、鼻垂はなたり、間まも無なう噛かみつつ物言ものいふ声こゑ。眉まゆ抜ぬく。

第86段「さてその左衛門の陣などに」

 さて、その左衛門さゑもんの陣ぢんなどに行いきて後のち、里さとに出いでてしばしあるほどに、

「疾とく参まゐりね」

 など、仰おほせごとの端はしに、

「左衛門さゑもんの陣ぢんへ行いきしうしろなむ、常つねに思おぼしめし出いでらるる。いかで、さつれなくうち古ふりてありしならむ。いみじうめでたからむとこそ思おもひたりしか」

 など仰おほせられたる、

 御返事おんかへりに、畏かしこまりのよし申まうして、私わたくしには、

「いかでかはめでたしと思おもひはべらざらむ。御前おまへにも、なかなる乙女をとめとは御覧ごらんじおはしましけむとなむ思おもひたまへし」

 と聞きこえさせたれば、

 立たち帰かへり、

「いみじく思おもへるなる仲忠なかただが面伏おもてぶせなることは、いかで啓けいしたるぞ。ただ今宵こよひのうちに、万よろづのことを捨すててまゐれ。さらずは、いみじう憎にくませたまはむ」

 となむ仰おほせごとあれば、

「よろしからむにてだにゆゆし。まいていみじとある文字もじに、命いのちも身みも、さながら捨すててなむ」

 とて参まゐりにき。

第87段「職の御曹司におはします頃西の廂にて」

 職しきの御曹司みざうしにおはします頃ころ、西にしの廂ひさしにて不断ふだんの御読経みどきやうあるに、仏ほとけなど掛かけたてまつり、僧そうどもの居ゐたるこそ、さらなることなれ。

 二日ふつかばかりありて、縁えんのもとに、あやしき者ものの声こゑにて、

「なほかの御仏供おぶくのおろしはべりなむ」

 といへば、

「いかでか、まだきには」

 といふなるを、何なにの言いふにからむとて、立たち出いでて見みるに、なま老おいたる女をんな法師ほふしの、いみじうすすけたる衣きぬを着きて、さるさまにていふなりけり。

「かれは、何事なにごと言いふぞ」

 といへば、声こゑ引ひき繕つくろひて、

「仏ほとけの御弟子みでしに候さぶらへば、御仏供おぶくのおろしたべむと申まうすを、この御坊ごばうたちの惜をしみたまふ」

 といふ。

 華はなやぎ、雅みやびかなり。

 かかる者ものは、うち倦うんじたるこそあはれなれ、うたても華はなやぎたるかなとて、

「こと物ものは食くはで、ただ仏ほとけの御おんおろしをのみ食くふか。いと尊たふときことかな」

 といふ、けしきを見みて、

「などか、こと物ものも食くべざらむ。それが候さぶらはねばこそと、取とり申まうしつれ」

 といへば、果物くだもの、広ひろき餅もちなどを、物ものに入いれて取とらせたるに、むげに仲良なかよくなりて、万よろづのこと語かたる。

 若わかき人々ひとびと出いで来きて、

「男をとこやある」

「いづくにか住すむ」

 など口々くちぐちに問とふに、をかしき言こと、添言そへごとなどをすれば、

「歌うたは歌うたふや。舞まひなどするか」

 と問とひも果はてぬに、

「夜よは誰たれとか寝ねむ。常陸ひたちの介すけと寝ねむ。寝ねたる肌はだよし」

 これが末すゑ、いと多おほかり。また、

「男山をとこやまの峰みねの紅葉もみぢば、さぞ名なは立たつや、さぞ名なは立たつや」

 と頭かしらをまろばし振ふる。いみじう憎にくければ、笑わらひ憎にくみて、

「往いね、往いね」

 といふ。

「いとほし。これに何なに取とらせむ」

 といふを聞きかせたまひて、

「いみじう、かたはらいたきわざは、せさせつるぞ。聞きかで、耳みみを塞ふたぎてぞありつる。その衣きぬ一ひとつとらせて、とく遣やりてよ」

 と仰おほせらるれば、

「これ、賜たまはするぞ。衣きぬすすけたり。白しろくて着きよ」

 とて、投なげとらせたれば、ふし拝をがみて、肩かたにうち置おきては舞まふものか。まことに憎にくくて、みな入いりにし。

 後のち、習ならひたるにやあらむ、常つねに見みえしらがひありく。

 やがて常陸ひたちの介すけと付つけたり。

 衣きぬもしろめず、同おなじすすけにてあれば、いづち遣やりてけむなど憎にくむ。

 右近うこんの内侍ないしの参まゐりたるに、

「かかるものをなむ語かたらひ付つけて置おきためる。すかして、常つねに来くること」

 とて、ありし様やうなど、小兵衛こひやうゑといふ人ひとにまねばせて聞きかせさせたまへば、

「かれいかで見みはべらむ。必かならず見みさせたまへ。御得意おとくいななり。さらに、よも語かたらひ取とらじ」

 など笑わらふ。

 その後のち、また、尼あまなる乞食こつじきのいと貴あてやかなる、出いで来きたるを、また呼よび出いでてものなどいふに、これはいとはづかしげに思おもひて、あはれなれば、例れいの、衣きぬひとつ賜たまはせたるを、ふし拝をがむは、されどよし、さてうち泣なき喜よろこびて往いぬるを、常陸ひたちの介すけは、来合きあひて見みてけり。

 その後のち久ひさしう見みえねど、誰たれかは思おもひ出いでむ。

 さて、師走しはすの十とをよ日ひのほどに、雪ゆきいみじう降ふりたるを、女官にようくわんどもなどして、縁えんにいと多おほく置おくを、

「同おなじくは、庭にはにまことの山やまを作つくらせはべらむ」

 とて、侍さぶらひ召めして、

「仰おほせごとにて」

 といへば、集あつまりて作つくる。主殿寮とのもりづかさの官人くわんにん、御みきよめに参まゐりたるなども、みな寄よりて、いと高たかう作つくりなす。宮司みやづかさなども参まゐり集あつまりて、言こと加くはへ興きようず。三四人みたりよたり参まゐりつる主殿寮とのもりづかさの者ものども、二十人はたりばかりになりにけり。里さとなる侍さぶらひ召めしに遣つかはしなどす。

「今日けふ、この山やま作つくる人ひとには、日ひ三日みつか賜たぶべし。また、参まゐらざらむ者ものは、また同おなじ数かずとどめむ」

 などいへば、聞きき付つけたるは惑まどひ参まゐるもあり。里さと遠とほきは、え告つげやらず。

 作つくり果はてつれば、宮司みやづかさ召めして、衣きぬ二結ふたゆひ取とらせて、縁えんに投なげ出いだしたるを、一ひとつ取とりに取とりて、拝をがみつつ、腰こしにさしてみなまかでぬ。上うへの衣きぬなど着きたるは、さて狩衣かりぎぬにてぞある。

「これ、いつまでありなむ」

 と人々ひとびとに宣のたまはするに、

「十日とをかはありなむ」

「十とをよ日ひはありなむ」

 など、ただこの頃ころのほどを、ある限かぎり申まうすに、

「いかに」

 と問とはせたまへば、

「正月しやうぐわつの十とをよ日ひまでははべりなむ」

 と申まうすを、御前おまへにも、えさはあらじと思おぼしめしたり。

 女房にようばうはすべて、年としのうち、つごもりまでもえあらじとのみ申まうすに、あまり遠とほくも申まうしけるかな、げにえしもやあらざらむ、一日ひとひなどぞ言いふべかりけると、下したには思おもへど、さはれ、さまでなくとも、言いひ初そめてむことはとて、堅かたう争あらがひつ。

 二十日はつかのほどに雨あめ降ふれど、消きゆべきやうもなし。少すこし丈たけぞ劣おとりもて行ゆく。

「白山しらやまの観音くわんおん、これ消きえさせたまふな」

 と祈いのるも、物もの狂ぐるほし。

 さて、その山やま作つくりたる日ひ、御使おんつかひに式部丞しきぶのじよう忠隆ただたか参まゐりたれば、褥しとね差さし出いだしてものなどいふに、

「今日けふ雪ゆきの山やま作つくらせたまはぬ所ところなむなき。御前おまへの壺つぼにも作つくらせたまへり。春宮とうぐうにも弘徽殿こきでんにも作つくられたりつ。京極殿きやうごくどのにも作つくらせたまへりけり」

 などいへば、

ここにのみ珍めづらしと見みる雪ゆきの山やま所々ところどころにふりにけるかな

 と、かたはらなる人ひとして言いはすれば、度々たびたび傾かたぶきて、

「返かへしはつかうまつりけがさじ。あざれたり。御簾みすの前まへにて、人ひとにを語かたりはべらむ」

 とて立たちにき。歌うたいみじう好このむと聞きくものを、あやし。御前おまへにきこしめして、

「いみじう良よくとぞ思おもひつらむ」

 とぞ宣のたまはする。

 つごもりがたに、少すこし小ちひさくなるやうなれど、なほいと高たかくてあるに、昼ひるつ方かた、縁えんに人々ひとびと出いでゐなどしたるに、常陸ひたちの介すけ出いで来きたり。

「など、いと久ひさしう見みえざりつる」

 と問とへば、

「なにかは。心憂こころうきことのはべりしかば」

 といふ。

「何事なにごとぞ」

 と問とふに、

「なほかく思おもひはべりしなり」

 とて、長ながやかに詠よみ出いづ。

羨うらやまし足あしも引ひかれずわたつ海うみのいかなる人ひとに物もの賜たまふらむ

 といふを、憎にくみ笑わらひて、人ひとの目めも見み入いれねば、雪ゆきの山やまに登のぼり、かかづらひ歩ありきて、往いぬる後のちに、右近うこんの内侍ないしに、かくなどいひやりたれば、

「などか、人ひと添そへては賜たまはせざりし。かれがはしなたなくて、雪ゆきの山やままで登のぼり伝つたひけむこそ、いとかなしけれ」

 とあるを、また笑わらふ。

 さて、雪ゆきの山やま、つれなくて年としも返かへりぬ。

 一日ついたちの日ひの夜よ、雪ゆきのいとおほく降ふりたるを、

「嬉うれしうもまた積つみたるかな」

 と見みるに、

「これはあいなし。初はじめの際きはを置おきて、いまのは掻かき棄すてよ」

 と仰おほせらる。

 局つぼねへいととく下おるれば、侍さぶらひの長をさなる者もの、柚ゆの葉はのごとくなる宿直衣とのゐぎぬの袖そでの上うへに、青あをき紙かみの松まつにつけたるを置おきて、わななき出いでたり。

「それは、いづこのぞ」

 と問とへば、

「斎院さいゐんより」

 といふに、ふとめでたう覚おぼえて、取とりて参まゐりぬ。

 まだ大殿籠おほとのごもりたれば、まづ御帳みちやうにあたりたる御格子みかうしを、碁盤ごばんなど掻かき寄よせて、一人ひとり念ねんじ上あぐる、いと重おもし。

 片かたつ方かたなればきしめくに、驚おどろかせたまひて、

「などさはすることぞ」

 と宣のたまはすれば、

「斎院さいゐんより御文おんふみの候さぶらはむには、いかでか急いそぎ上あげはべらざらむ」

 と申まうすに、

「げに、いと疾とかりけり」

 とて、起おきさせたまへり。御文おんふみ開あけさせたまへれば、五寸ごすんばかりなる卯槌うづちふたつを、卯杖うづゑのさまに頭かしらなど包つつみて、山橘やまたちばな、日影ひかげ、山菅やますげなど、うつくしげに飾かざりて、御文おんふみはなし。ただなる様やうあらむやは、とて御覧ごらんずれば、卯杖うづゑの頭かしら包つつみたる小ちひさき紙かみに、

山やまとよむ斧をのの響ひびきを尋たづぬれば祝いはひの杖つゑの音おとにぞありける

 御おん返かへし書かかせたまふほども、いとめでたし。斎院さいゐんには、これよりきこえさせたまふも、なほ心異こころことに、書かき汚けがし多おほう、用意ようい見みえたり。御使おんつかひに、白しろき織物おりものの単ひとへ、蘇芳すはうなるは梅うめなめり。雪ゆきの降ふりしきたるに、かづきて参まゐるもをかしう見みゆ。その度たびの御おん返かへしを、知しらずなりにしこそ口惜くちをしけれ。

 さて、雪ゆきの山やま、まことの越こしのにやあらむと見みえて、消きえげもなし。黒くろうなりて、見みる甲斐かひなき様さまはしたれども、げに勝かちぬる心地ここちして、いかで十五日とをかあまりいつか待まちつけさせむと念ねんずる。されど、

「七日なぬかをだにえ過すぐさじ」

 と、なほいへば、いかでこれ見み果はてむと、みな人ひと思おもふほどに、俄にはかに内裏うちへ、三日みつかに入いらせたまふべし。いみじう口惜くちをし、この山やまの果はてを知しらでやみなむことと、まめやかに思おもふ。

 こと人ひとも、

「げにゆかしかりつるものを」

 などいふを、御前おまへにも仰おほせらるるに、同おなじくは言いひ当あてて御覧ごらんぜさせばやと思おもひつるに、甲斐かひなければ、御おん物ものの具ぐども運はこび、いみじうさわがしきにあはせて、こもりといふ者ものの、築土ついぢのほどに廂ひさしさしてゐたるを、縁えんのもと近ちかく呼よび寄よせて、

「この雪ゆきの山やまいみじう守まぼりて、わらはべなどに踏ふみ散ちらさせず、こぼたせで、よく守まもりて、十五日とをかあまりいつかまで候さぶらふ。その日ひまであらば、めでたき禄ろく賜たまはせむとす」

 など語かたらひて、常つねに台盤所だいばんどころの人ひと、下衆げすなどにくるるを、くだ物ものやなにやと、いと多おほく取とらせたれば、うち笑ゑみて、

「いと安やすきこと。確たしかに守まもりはべらむ。わらはべぞ登のぼり候さぶらはむ」

 といへば、

「それを制せいして、聞きかざらむ者ものをば申まうせ」

 など言いひ聞きかせて、入いらせたまひぬれば、七日なぬかまで候さぶらひて出いでぬ。

 そのほども、これがうしろめたければ、おほやけ人ひと、すまし、長女をさめなどして、絶たえず戒いましめに遣やる。七日なぬかの節供せくのおろしなどをさへやれば、拝をがみつることなど、笑わらひ合あへり。

 里さとにても、まづ明あくるすなはち、これを大事だいじにて見みせにやる。十日とをかのほどに、

「五日いつか待まつばかりはあり」

 といへば、嬉うれしく覚おぼゆ。また、昼ひるも夜よもやるに、十四日とをかあまりよか夜よさり、雨あめいみじう降ふれば、これにぞ消きえぬらむといみじう、いま一日ひとひ二日ふつかも待まちつけでと、夜よも起おきゐて言いひ嘆なげけば、聞きく人ひと、物もの狂ぐるほしと笑わらふ。

 人ひとの出いでて行いくに、やがて起おき居ゐて、下衆げす起おこさする、さらに起おきねば、いみじう憎にくみ腹立はらだちて、起おき出いでたるやりて見みすれば、

「円座わらふだのほどなむはべる。こもり、いとかしこう守まもりて、わらはべも寄よせはべらず。明日あす、明後日あさてまでも候さぶらひぬべし。禄ろく賜たまはらむと申まうす」

 といへば、いみじううれしくて、いつしか明日あすにならば、歌うた詠よみて、物ものに入いれて参まゐらせむと思おもふも、いと心こころもとなくわびし。

 暗くらきに起おきて、折櫃をりびつなど具ぐせさせて、

「これに、その白しろからむ所ところ入いれて持もて来こ。きたなげならむ所ところ、掻かき棄すてて」

 など言いひ遣やりたれば、いと疾とく持もたせつる物ものを引ひき下さげて、

「はやく失うせはべりにけり」

 と言いふに、いとあさましく、をかしう詠よみ出いでて、人ひとにも語かたり伝つたへさせむとうめき誦ずんじつる歌うたも、あさましう甲斐かひなくなりぬ。

「いかにしてさるならむ。昨日きのふまでさばかりあらむものの、夜よのほどに消きえぬらむこと」

 と言いひ屈くんずれば、

「こもりが申まうしつるは、昨日きのふいと暗くらうなるまではべりき。禄ろく賜たまはらむと思おもひつるものをとて、手てを打うちて騒さわぎはべりつる」

 など言いひ騒さわぐ。

 内裏うちより仰おほせごとあり。さて、

「雪ゆきは今日けふまでありや」

 と仰おほせごとあれば、いとねたう口惜くちをしければ、

「年としのうち、一日ついたちまでだにあらじと、人々ひとびとの啓けいしたまひしに、昨日きのふの夕暮ゆふぐれまではべりしは、いとかしこしとなむ思おもうたまふる。今日けふまでは、あまりことになむ。夜よのほどに、人ひとの憎にくみて取とり棄すててはべるにやとなむ推おし量はかりはべる、と啓けいせさせたまへ」

 など聞きこえさせつ。

 さて、二十日はつか参まゐりたるにも、まづこのことを、御前おまへにてもいふ。

「身みは投なげつ」

 とて、蓋ふたの限かぎり持もて来きたりけむ法師ほふしのやうに、すなはち持もて来きたりしがあさましかりしこと、物ものの蓋ふたに小山こやま作つくりて、白しろき紙かみに歌うたいみじく書かきて、参まゐらせむとせしことなど啓けいすれば、いみじく笑わらはせたまふ。

 御前おまへなる人々ひとびともわらふに、

「かう心こころに入いれて思おもひたることを違たがへたれば、罪つみ得えらむ。まことに、四日よかの夜よ、侍さぶらひどもをやりてとり棄すてしぞ。返事かへりごとに言いひ当あてたりしこそ、いとをかしかりしか。その女をんな出いで来きて、いみじう手てをすりていひけれども、仰おほせごとにて。かの里さとより来きたらむ人ひとに、かく聞きかすな。さらば、屋やうちこぼたむなど言いひて、左近さこんの司つかさの南みなみの築土ついぢなどに、みな棄すててけり。いと堅かたくて、多おほくなむありつるなどぞ言いふなりしかば、げに二十日はつかも待まちつけてまし。今年ことしの初雪はつゆきも降ふり添そひなましなどいふ。上うへも聞きこしめして、いと思おもひやり深ふかく争あらがひたるなど、殿上人てんじやうびとどもなどに仰おほせられけり。さても、その歌うた語かたれ。今いまかく言いひ表あらはしつれば、同おなじ事ごと勝かちたるななり」

 など、御前おまへにも仰おほせられ、人々ひとびとも宣のたまへど、

「なでふにか、さばかり憂うきことを聞ききながら、啓けいしはべらむ」

 など、まことにまめやかにうんじ、心憂こころうがれば、上うへもわたらせたまひて、

「まことに、年頃としごろは、思おぼす人ひとなめりと見みしを、これにぞあやしと見みし」

 など仰おほせらるるに、いとど憂うく、つらく、うちも泣なきぬべき心地ここちぞする。

「いで、あはれ、いみじく憂うき世よぞかし。後のちに降ふり積つみてはべりし雪ゆきを、うれしく思おもひはべりしに、それはあいなし、掻かき棄すてよと仰おほせごとはべりしか」

 と申まうせば、

「勝かたせじと思おぼしけるななり」

 と、上うへも笑わらはせたまふ。

第88段「めでたきもの」

 めでたきもの、唐錦からにしき。飾かざり太た刀ち。作つくり仏ぼとけの木絵もくゑ。

 色合いろあひ深ふかく、花房はなぶさ長ながく咲さきたる藤ふぢの花はなの、松まつにかかりたる。

 六位ろくゐの蔵人くらうど。いみじき君達きんだちなれど、えしも着きたまはぬ綾あや織物おりものを、心こころに任まかせて着きたる、青色あをいろ姿すがたなどのめでたきなり。所ところの雑色ざふしき、ただの人ひとの子こどもなどにて、殿原とのばらの侍さぶらひに、四位しゐ五位ごゐの司つかさあるが下しもにうち居ゐて、何なにとも見みえぬに、蔵人くらうどになりぬれば、えも言いはずぞあさましきや。宣旨せんじなど持もて参まゐり、大饗だいきやうの折をりの甘栗あまぐりの使つかひなどに参まゐりたる、もてなし、やむごとながりたまへる様さまは、いづこなりし天降あまくだり人びとならむとこそ見みゆれ。

 御娘おんむすめ后きさきにておはします、また、まだしくて姫君ひめぎみなどきこゆるに、御文おんふみの使つかひとて参まゐりたれば、御文おんふみ取とり入いるるより初はじめ、褥しとねさし出いづる袖口そでぐちなど、明あけ暮くれ見みしものとも覚おぼえず。

 下襲したがさねの裾しり引ひき散ちらして、衛府ゑふなるは今いま少すこしをかしく見みゆ。

 御手おんてづから杯さかづきなどさしたまへば、我わが心持こころもちにもいかに覚おぼえむ。

 いみじうかしこまり、つちにゐし家いへの子こ、君達きんだちをも、心こころばかりこそ用意よういし、かしこまりたれ、同おなじ様やうに連つれ立だちて歩ありくよ。上うへの近ちかう使つかひはせたまふを見みるには、ねたくさへこそ覚おぼゆれ。御文おんふみ書かかせたまへば御硯おんすずりの墨すみすり、御団扇おんうちはなど参まゐり、馴なれ仕つかうまつる三年みとせ四年よとせばかりを、形なり悪あしく、物ものの色いろよろしくて交まじらはむは、言いふ甲斐かひなきことなり。

 冠かうぶりの期ごになりて、下おるべきほどの近ちかうならむだに、命いのちよりも惜をしかるべきことを、臨時りんじの所々ところどころの御賜おんたまはり申まうしておるるこそ、言いふ甲斐かひなく覚おぼゆれ。

 昔むかしの蔵人くらうどは、今年ことしの春はる夏なつよりこそ泣なきたちけれ、今いまの世よには、走はしり比くらべをなむする。

 博士はかせの才ざえあるは、いとめでたしと言いふもおろかなり。顔かほ憎にくげに、いと下臈げらふなれど、やむごとなき御前おまへに近ちかづき参まゐり、さべきことなど問とはせたまひて、御書おんふみの師しにて候さぶらふは、羨うらやましくめでたくこそ覚おぼゆれ。願文ぐわんもん、表へう、物ものの序じよなど作つくり出いだして褒ほめらるるも、いとめでたし。

 法師ほふしの才ざえある、すべて言いふべくもあらず。

 后きさきの昼ひるの行啓ぎやうけい。一いちの人ひとの御歩おんありき。春日かすが詣まうで。葡萄染えびぞめの織物おりもの。広ひろき庭にはに雪ゆきの厚あつく降ふり敷しきたる。花はなも糸いとも紙かみもすべて、何なにも何なにも、紫むらさきなるものはめでたくこそあれ。紫むらさきの花はなの中なかには、かきつばたぞ少すこし憎にくき。六位ろくゐの宿直姿とのゐすがたのをかしきも、紫むらさきの故ゆゑなり。

第89段「なまめかしきもの」

 なまめかしきもの、細ほそやかに清きよげなる君達きんだちの直衣なほし姿すがた。をかしげなる童女わらはをんなの、上うへの袴はかまなど、わざとはあらで綻ほころびがちなる、汗衫かざみばかり着きて、卯槌うづち、薬玉くすだまなど長ながくつけて、勾欄こうらんのもとなどに、扇あふぎ差さし隠かくして居ゐたる。

 薄様うすやうの草子さうし。柳やなぎの萌もえ出いでたるに、青あをき薄様うすやうに書かきたる文ふみつけたる。三重みへがさねの扇あふぎ。五重いつへはあまり厚あつくなりて、もとなどにくげなり。いと新あたらしからず、いたう物もの古ふりぬ桧皮葺ひはだぶきの屋やに、長ながき菖蒲さうぶをうるはしう葺ふき渡わたしたる。青あをやかなる御簾みすの下したより、几帳きちやうの朽木形くちきがたいとつややかにて、紐ひもの風かぜに吹ふき靡なびかされたる、いとをかし。

 白しろき組くみの細ほそき。帽額もかうあざやかなる。簾すだれの外そと、勾欄こうらんに、いとをかしげなる猫ねこの、赤あかき首綱くびづなに白しろき札ふだつきて、村濃むらごの綱つな長ながう引ひきて、いかりの緒を、組くみの長ながきなどつけて引ひき歩ありくも、をかしうなまめきたり。

 五月さつきの節せちのあやめの蔵人くらうど。菖蒲さうぶのかづら、赤紐あかひもの色いろにはあらぬを、領布ひれ、裙帯くたいなどして、薬玉くすだま、親王みこたち、上達部かんだちめの立たち並なみたまへるに奉たてまつれる、いみじうなまめかし。取とりて腰こしに引ひき付つけ、舞踏ぶたふし、拝はいしたまふも、いとめでたし。

 紫むらさきの紙かみを包つつみ文ぶみにて、房ふさ長ながき藤ふぢに付つけたる。小忌をみの君達きんだちもいとなまめかし。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次