『源氏物語』第46帖「椎本」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

如月の二十日のほどに

 如月きさらぎ二十日はつかのほどに、兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみや初瀬はつせまうでたまふ。ふる御願おほんがんなりけれど、おぼしもたでとしごろになりにけるを、宇治うぢのわたりの御中宿おほんなかやどりのゆかしさに、おほくはもよほされたまへるなるべし。うらめしとひともありけるさとの、なべてむつましうおぼさるるゆゑもはかなしや。上達部かむだちめいとあまたつかうまつりたまふ。殿上人てんじゃうびとなどはさらにもいはず、のこひとすくなうつかうまつれり。

 六条院ろくでうのゐんよりつたはりて、右大殿みぎのおほとのりたまふところは、かはより遠方をちに、いとひろくおもしろくてあるに、おほんまうけせさせたまへり。大臣おとども、かへさの御迎おほんむかへにまゐりたまふべくおぼしたるを、にはかなる御物忌おほんものいみの、おもつつしみたまふべくまうしたなれば、えまゐらぬよしのかしこまりまうしたまへり。

 みや、なますさまじとおぼしたるに、宰相中将さいしゃうのちうじゃう今日けふ御迎おほんむかへにまゐりあひたまへるに、なかなかこころやすくて、かのわたりのけしきもつたらむと、御心みこころゆきぬ。大臣おとどをば、うちとけてえにくく、ことことしきものにおもひきこえたまへり。

 御子みこきみたち、右大弁うだいべん侍従じじう宰相さいしゃう権中将ごんのちうじゃう頭少将とうのせうしゃう蔵人兵衛佐くらうどのひゃうゑのすけなど、さぶらひたまふ。みかどきさきこころことにおもひきこえたまへるみやなれば、おほかたのおほんおぼえもいとかぎりなく、まいて六条院ろくでうのゐん御方おほんかたざまは、次々つぎつぎひとも、みなわたくしきみに、こころつかうまつりたまふ。

所につけて、御しつらひなど

 ところにつけて、おほんしつらひなどをかしうしなして、双六すぐろく弾棊たぎばんどもなどでて、心々こころごころにすさびらしたまふ。みやは、ならひたまはぬおほんありきに、なやましくおぼされて、ここにやすらはむの御心みこころふかければ、うちやすみたまひて、ゆふかたぞ、御琴おほんことなどしてあそびたまふ。

 れいの、かうはなれたるところは、みづおとももてはやして、ものみまさる心地ここちして、かのひじりみやにも、たださしわたるほどなれば、追風おひかぜひびきをきたまふに、むかしのことおぼでられて、

ふえをいとをかしうもきとほしたなるかな。ならむ。むかし六条院ろくでうのゐん御笛おほんふえきしは、いとをかしげに愛敬あいぎゃうづきたるにこそきたまひしか。これはみのぼりて、ことことしきひたるは、致仕大臣ちじのおとど御族おほんぞうふえにこそたなれ」など、ひとりごちおはす。

「あはれに、ひさしうなりにけりや。かやうのあそびなどもせで、あるにもあらでぐしにける年月としつきの、さすがにおほかずへらるるこそ、かひなけれ」

 などのたまふついでにも、姫君ひめぎみたちのおほんありさまあたらしく、「かかる山懐やまふところにひきめてはやまずもがな」とおぼつづけらる。「宰相さいしゃうきみの、おなじうはちかきゆかりにてまほしげなるを、さしもおもるまじかめり。まいていまやうの心浅こころあさからむひとをば、いかでかは」などおぼみだれ、つれづれとながめたまふところは、はるもいとかしがたきを、こころやりたまへる旅寝たびね宿やどりは、まぎれにいとけぬる心地ここちして、かずかへらむことを、みやおぼす。

 はるばるとかすみわたれるそらに、さくらあればいまけそむるなど、いろいろわたさるるに、川沿かはぞやなぎきふしなびく水影みづかげなど、おろかならずをかしきを、ならひたまはぬひとは、いとめづらしく見捨みすてがたしとおぼさる。

 宰相さいしゃうは、「かかるたよりをぐさず、かのみやにまうでばや」とおぼせど、「あまたの人目ひとめをよきて、一人ひとりでたまはむふねわたりのほどもかろらかにや」とおもひやすらひたまふほどに、かれより御文おほんふみあり。

山風やまかぜかすみきとくこゑはあれどへだててゆる遠方をちしろなみ

 くさにいとをかしうきたまへり。みや、「おぼすあたりの」とたまへば、いとをかしうおもいて、「この御返おほんかへりはわれせむ」とて、

遠方をちこちのみぎはなみへだつともなほきかよへ宇治うぢ川風かはかぜ

中将は参うでたまふ

 中将ちゅうじゃううでたまふ。あそびにこころれたるきみたちさそひて、さしやりたまふほど、酣酔楽かんすいらくあそびて、みづのぞきたるらうつくりおろしたるはしこころばへなど、さるかたにいとをかしう、ゆゑあるみやなれば、ひとびとこころしてふねよりおりたまふ。

 ここはまた、さまことに、山里やまざとびたる網代屏風あじろびゃうぶなどの、ことさらにことそぎて、見所みどころあるおほんしつらひを、さるこころしてかきはらひ、いといたうしなしたまへり。いにしへの、などいとなききものどもを、わざとまうけたるやうにはあらで、次々つぎつぎでたまひて、壱越調いちこつでうこころに、桜人さくらびとあそびたまふ。

 主人あるじみや御琴おほんきんをかかるついでにと、ひとびとおもひたまへれど、さうことをぞ、こころにもれず、折々をりをりはせたまふ。みみれぬけにやあらむ、「いとものふかくおもしろし」と、わかひとびとおもひしみたり。

 ところにつけたる饗応あるじ、いとをかしうしたまひて、よそにおもひやりしほどよりは、なま孫王そんわうめくいやしからぬひとあまた、大君おほいきみ四位しゐふるめきたるなど、かく人目ひとめるべきと、かねていとほしがりきこえけるにや、さるべきかぎまゐりあひて、瓶子へいじひともきたなげならず、さるかたふるめきて、よしよししうもてなしたまへり。客人まらうとたちは、御女おほんむすめたちのまひたまふらむおほんありさま、おもひやりつつ、こころつくひともあるべし。

かの宮は、まいてかやすきほど

 かのみやは、まいてかやすきほどならぬ御身おほんみをさへ、所狭ところせおぼさるるを、かかるにだにと、しのびかねたまひて、おもしろきはなえだらせたまひて、御供おほんともにさぶらふ上童うへわらはのをかしきしてたてまつりたまふ。

山桜やまざくらにほふあたりにたづおなじかざしをりてけるかな

むつましみ」

 とやありけむ。「御返おほんかへりは、いかでかは」など、こえにくくおぼしわづらふ。

「かかるのこと、わざとがましくもてなし、ほどのるも、なかなかにくきことになむしはべりし」

 など、古人ふるびとどもこゆれば、なかきみにぞかせたてまつりたまふ。

「かざしはなのたよりに山賤やまがつ垣根かきねぎぬはるたびひと

をわきてしも」

 と、いとをかしげに、らうらうじくきたまへり。

 げに、川風かはかぜこころわかぬさまにかよものども、おもしろくあそびたまふ。御迎おほんむかへに、ふぢ大納言だいなごんおほごとにてまゐりたまへり。ひとびとあまたまゐつどひ、ものさわがしくてきほひかへりたまふ。わかひとびと、かずかへのみせられける。みやは、「またさるべきついでして」とおぼす。

 花盛はなざかりにて、四方よもかすみながめやるほどの見所みどころあるに、からのも大和やまとのも、うたどもおほかれど、うるさくてたづねもかぬなり。

 ものさわがしくて、おもふままにもえひやらずなりにしを、かずみやおぼして、しるべなくても御文おほんふみつねにありけり。みやも、

「なほ、こえたまへ。わざと懸想けさうだちてももてなさじ。なかなかこころときめきにもなりぬべし。いときたまへる親王みこなれば、かかるひとなむ、ときたまふが、なほもあらぬすさびなめり」

 と、そそのかしたまふ時々ときどきなかきみこえたまふ。姫君ひめぎみは、かやうのこと、たはぶれにももてはなれたまへる御心深みこころぶかさなり。

 いつとなく心細こころぼそおほんありさまに、はるのつれづれは、いとどらしがたくながめたまふ。ねびまさりたまふおほんさま容貌かたちども、いよいよまさり、あらまほしくをかしきも、なかなか心苦こころぐるしく、「かたほにもおはせましかば、あたらしう、しきかたおもひはうすくやあらまし」など、おぼみだる。

 姉君あねぎみ二十五にじふごなかきみ二十三にじふさんにぞなりたまひける。

宮は、重く慎みたまふべき年

 みやは、おもつつしみたまふべきとしなりけり。もの心細こころぼそおぼして、御行おほんおこなつねよりもたゆみなくしたまふ。こころとどめたまはねば、ちいそぎをのみおぼせば、すずしきみちにもおもむきたまひぬべきを、ただこのおほんことどもに、いといとほしく、かぎりなき御心強みこころづよさなれど、「かならず、いまはと見捨みすてたまはむ御心みこころは、みだれなむ」と、たてまつるひとはかりきこゆるを、おぼすさまにはあらずとも、なのめに、さても人聞ひとぎ口惜くちをしかるまじう、ゆるされぬべききはひとの、真心まごころ後見うしろみきこえむ、など、おもりきこゆるあらば、らずがほにてゆるしてむ、一所ひとところ一所ひとところみつきたまふよすがあらば、それをゆづかたなぐさめおくべきを、さまでふかこころたづねきこゆるひともなし。

 まれまれはかなきたよりに、きごとこえなどするひとは、まだ若々わかわかしきひとこころのすさびに、物詣ものまうでの中宿なかやどり、のほどのなほざりごとに、けしきばみかけて、さすがに、かくながめたまふありさまなどはかり、あなづらはしげにもてなすは、めざましうて、なげのいらへをだにせさせたまはず。さんみやぞ、なほではやまじとおぼ御心深みこころふかかりける。さるべきにやおはしけむ。

宰相中将、その秋、中納言に

 宰相中将さいしゃうのちうじゃう、そのあき中納言ちうなごんになりたまひぬ。いとどにほひまさりたまふ。のいとなみにへても、おぼすことおほかり。いかなることと、いぶせくおもひわたりしとしごろよりも、心苦こころぐるしうてぎたまひにけむいにしへざまのおもひやらるるに、つみかろくなりたまふばかり、おこなひもせまほしくなむ。かのひとをばあはれなるものにおもひおきて、いちじるきさまならず、とかくまぎらはしつつ、こころとぶらひたまふ。

 宇治うぢうででひさしうなりにけるを、おもでてまゐりたまへり。七月しちがちばかりになりにけり。みやこにはまだりたたぬあきのけしきを、音羽おとはやまちかく、かぜおともいとひややかに、まき山辺やまべもわづかにいろづきて、なほたづたるに、をかしうめづらしうおぼゆるを、みやはまいて、れいよりもよろこびきこえたまひて、このたびは、心細こころぼそげなる物語ものがたり、いとおほまうしたまふ。

からむのち、このきみたちを、さるべきもののたよりにもとぶらひ、おもてぬものにかずまへたまへ」

 など、おもむけつつこえたまへば、

一言ひとことにてもうけたまはりおきてしかば、さらにおもうたまへおこたるまじくなむ。なかこころをとどめじと、はぶきはべるにて、なにごともたのもしげなきさきすくなさになむはべれど、さるかたにてもめぐらいはべらむかぎりは、かはらぬこころざしを御覧ごらんらせむとなむおもうたまふる」

 などこえたまへば、うれしとおもいたり。

夜深き月の明らかにさし出でて

 夜深よぶかつきらかにさしでて、やま端近はしぢか心地ここちするに、念誦ねんずいとあはれにしたまひて、昔物語むかしものがたりしたまふ。

「このころのは、いかがなりにたらむ。宮中くぢゅうなどにて、かやうなるあきつきに、御前おまへ御遊おほんあそびのにさぶらひあひたるなかに、ものの上手じゃうずとおぼしきかぎり、とりどりにうちはせたる拍子ひゃうしなど、ことことしきよりも、よしありとおぼえある女御にょうご更衣かういおほん局々つぼねつぼねの、おのがじしはいどましくおもひ、うはべのなさけをはすべかめるに、夜深よぶかきほどのひとしめりぬるに、こころやましく調しらべ、ほのかにほころびでたるものなど、どころあるがおほかりしかな。

なにごとにも、をんなは、もてあそびのつまにしつべく、ものはかなきものから、ひとこころうごかすくさはひになむあるべき。されば、つみふかきにやあらむ。みちやみおもひやるにも、をとこは、いとしもおやこころみださずやあらむ。をんなは、かぎりありて、いふかひなきかたおもつべきにも、なほ、いと心苦こころぐるしかるべき」

 など、おほかたのことにつけてのたまへる、いかがさおぼさざらむ、心苦こころぐるしくおもひやらるる御心みこころのうちなり。

「すべて、まことに、しかおもうたまへてたるけにやはべらむ、みづからのことにては、いかにもいかにもふかおもかたのはべらぬを、げにはかなきことなれど、こゑにめづるこころこそ、そむきがたきことにはべりけれ。さかしうひじりだつ迦葉かせふも、さればや、ちてひはべりけむ」

 などこえて、かず一声ひとこゑきし御琴おほんことを、せちにゆかしがりたまへば、うとうとしからぬはじめにもとやおぼすらむ、おほんみづからあなたにりたまひて、せちにそそのかしきこえたまふ。さうことをぞ、いとほのかにきならしてやみたまひぬる。いとどひとのけはひもえて、あはれなるそらのけしき、ところのさまに、わざとなき御遊おほんあそびのこころりてをかしうおぼゆれど、うちとけてもいかでかははせたまはむ。

「おのづからかばかりならしそめつるのこりは、もれるどちにゆづりきこえてむ」

 とて、みやほとけ御前おまへりたまひぬ。

「われなくてくさいほりれぬともこのひとことはかれじとぞおも

かかる対面たいめんもこのたびやかぎりならむと、もの心細こころぼそきにしのびかねて、かたくなしきひがごとおほくもなりぬるかな」

 とて、うちきたまふ。客人まらうと

「いかならむにかかれせむながちぎりむすべるくさいほり

相撲すまひなど、公事おほやけごとどもまぎれはべるころぎて、さぶらはむ」

 などこえたまふ。

こなたにて、かの問はず語り

 こなたにて、かのはずかたりの古人ふるびとでて、のこおほかる物語ものがたりなどせさせたまふ。かたつきくまなくさしりて、透影すきかげなまめかしきに、きみたちもおくまりておはす。つね懸想けさうびてはあらず、心深こころぶか物語ものがたりのどやかにこえつつものしたまへば、さるべきおほんいらへなどこえたまふ。

さんみや、いとゆかしうおもいたるものを」と、こころのうちにはおもでつつ、「わがこころながら、なほひとにはことなりかし。さばかり御心みこころもてゆるいたまふことの、さしもいそがれぬよ。もてはなれて、はたあるまじきこととは、さすがにおぼえず。かやうにてものをもこえはし、ふしのはな紅葉もみぢにつけて、あはれをもなさけをもかよはすに、にくからずものしたまふあたりなれば、宿世すくせことにて、ほかざまにもなりたまはむは」、さすがに口惜くちをしかるべう、りゃうじたる心地ここちしけり。

 まだ夜深よぶかきほどにかへりたまひぬ。心細こころぼそのこりなげにおもいたりしおほんけしきを、おもできこえたまひつつ、「さわがしきほどぐしてうでむ」とおぼす。兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやも、このあきのほどに紅葉もみぢにおはしまさむと、さるべきついでをおぼしめぐらす。

 御文おほんふみは、えずたてまつりたまふ。をんなは、まめやかにおぼすらむともおもひたまはねば、わづらはしくもあらで、はかなきさまにもてなしつつ、折々をりをりこえはしたまふ。

秋深くなりゆくままに

 あきふかくなりゆくままに、みやは、いみじうもの心細こころぼそくおぼえたまひければ、「れいの、しづかなるところにて、ねんほとけをもまぎれなうせむ」とおぼして、きみたちにもさるべきことこえたまふ。

のこととして、つひのわかれをのがれぬわざなめれど、おもなぐさまむかたありてこそ、かなしさをもますものなめれ。またゆづひともなく、心細こころぼそげなるおほんありさまどもを、うちててむがいみじきこと。

されども、さばかりのことにさまたげられて、ながやみにさへまどはむがやくなさを。かつたてまつるほどだにおもつるを、りなむうしろのこと、るべきことにはあらねど、わがひとつにあらず、ぎたまひにしおほん面伏おもてぶせに、軽々かるがるしきこころどもつかひたまふな。

おぼろけのよすがならで、ひとことにうちなびき、この山里やまざとをあくがれたまふな。ただ、かうひとたがひたるちぎことなるおぼしなして、ここにくしてむとおもひとりたまへ。ひたぶるにおもひなせば、ことにもあらずぎぬる年月としつきなりけり。まして、をんなは、さるかたもりて、いちしるくいとほしげなる、よそのもどきをはざらむなむよかるべき」

 などのたまふ。ともかくものならむやうまでは、おぼしもながされず、ただ、「いかにしてか、おくれたてまつりては、かたときもながらふべき」とおぼすに、かく心細こころぼそきさまのおほんあらましごとに、かたなき御心みこころまどひどもになむ。こころのうちにこそおもてたまひつらめど、おほんかたはらにならはいたまうて、にはかにわかれたまはむは、つらきこころならねど、げにうらめしかるべきおほんありさまになむありける。

 明日あすりたまはむとてのは、れいならず、こなたかなた、たたずみあゆきたまひてたまふ。いとものはかなく、かりそめの宿やどりにてぐいたまひける御住おほんすまひのありさまを、「からむのち、いかにしてかは、わかひともりてはぐいたまはむ」と、なみだぐみつつ念誦ねんずしたまふさま、いときよげなり。

 おとなびたるひとびとでて、

「うしろやすくつかうまつれ。なにごとも、もとよりかやすく、こえあるまじききはひとは、すゑおとろへもつねのことにて、まぎれぬべかめり。かかるきはになりぬれば、ひとなにおもはざらめど、口惜くちをしうてさすらへむ、ちぎりかたじけなく、いとほしきことなむ、おほかるべき。ものさびしく心細こころぼそるは、れいのことなり。

まれたるいへのほど、おきてのままにもてなしたらむなむ、みみにも、わが心地ここちにも、ちなくはおぼゆべき。にぎははしく人数ひとかずめかむとおもふとも、そのこころにもかなふまじきとならば、ゆめゆめ軽々かるがるしく、よからぬかたにもてなしきこゆな」

 などのたまふ。

 まだあかつきでたまふとても、こなたにわたりたまひて、

からむほど、心細こころぼそくなおぼしわびそ。こころばかりはやりてあそびなどはしたまへ。なにごともおもふにえかなふまじきを。おぼられそ」

 など、かへがちにてでたまひぬ。二所ふたところ、いとど心細こころぼそくものおもつづけられて、しうちかたらひつつ、

一人ひとり一人ひとりなからましかば、いかでかしらさまし」

いますゑさだめなきにて、もしわかるるやうもあらば」

 など、きみひみ、たはぶれごともまめごとも、おなこころなぐさしてぐしたまふ。

かの行ひたまふ三昧

 かのおこなひたまふ三昧さんまい今日けふてぬらむと、いつしかとちきこえたまふゆふに、ひとまゐりて、

今朝けさより、なやましくてなむ、えまゐらぬ。風邪かぜかとて、とかくつくろふとものするほどになむ。さるは、れいよりも対面たいめんこころもとなきを」

 とこえたまへり。むねつぶれて、いかなるにかとおぼなげき、御衣おほんぞども綿わたあつくて、いそぎせさせたまひて、たてまつれなどしたまふ。三日みかおこたりたまはず。「いかに、いかに」と、ひとたてまつりたまへど、

「ことにおどろおどろしくはあらず。そこはかとなくくるしうなむ。すこしもよろしくならば、いまねんじて」

 など、言葉ことばにてこえたまふ。阿闍梨あざりつとさぶらひてつかうまつりける。

「はかなき御悩おほんなやみとゆれど、かぎりのたびにもおはしますらむ。きみたちのおほんこと、なにおぼなげくべき。ひとみな御宿世おほんすくせといふもの異々ことごとなれば、御心みこころにかかるべきにもおはしまさず」

 と、いよいよおぼはなるべきことをこえらせつつ、「いまさらになでたまひそ」と、いさまうすなりけり。

 八月はちがち二十日はつかのほどなりけり。おほかたのそらのけしきもいとどしきころ、きみたちは、あさゆふきりるるもなく、おぼなげきつつながめたまふ。有明ありあけつきのいとはなやかにさしでて、みづおもてもさやかにみたるを、そなたのしとみげさせて、だしたまへるに、かねこゑかすかにひびきて、「けぬなり」とこゆるほどに、ひとびとて、

「この夜中よなかばかりになむ、せたまひぬる」

 とまうす。こころにかけて、いかにとはえずおもひきこえたまへれど、うちきたまふには、あさましくものおぼえぬ心地ここちして、いとどかかることには、なみだもいづちかにけむ、ただうつぶししたまへり。

 いみじきも、まへにておぼつかなからぬこそ、つねのことなれ、おぼつかなさひて、おぼなげくこと、ことわりなり。しばしにても、おくれたてまつりて、にあるべきものとおぼしならはぬ御心地みここちどもにて、いかでかはおくれじとしづみたまへど、かぎりあるみちなりければ、なにのかひなし。

阿闍梨、年ごろ契りおきたまひける

 阿闍梨あざりとしごろちぎりおきたまひけるままに、のちおほんこともよろづにつかうまつる。

ひとになりたまへらむおほんさま容貌かたちをだに、今一度いまひとたびたてまつらむ」

 とおぼしのたまへど、

いまさらに、なでふさることかはべるべき。ごろも、またひたまふまじきことをこえらせつれば、いまはまして、かたみに御心みこころとどめたまふまじき御心みこころつかひを、ならひたまふべきなり」

 とのみこゆ。おはしましけるおほんありさまをきたまふにも、阿闍梨あざりのあまりさかしき聖心ひじりごころを、にくくつらしとなむおぼしける。

 入道にふだう御本意おほんほいは、むかしよりふかくおはせしかど、かうゆづひとなきおほんことどもの見捨みすてがたきを、けるかぎりはれえらずたてまつるを、よに心細こころぼそなぐさめにも、おぼはなれがたくてぐいたまへるを、かぎりあるみちには、さきだちたまふもしたひたまふ御心みこころも、かなはぬわざなりけり。

 中納言ちうなごん殿とのには、きたまひて、いとあへなく口惜くちをしく、今一度いまひとたびこころのどかにてこゆべかりけることおほのこりたる心地ここちして、おほかたのありさまおもつづけられて、いみじういたまふ。「またあひることかたくや」などのたまひしを、なほつね御心みこころにも、あさゆふへだらぬのはかなさを、ひとよりけにおもひたまへりしかば、みみれて、昨日きのふ今日けふおもはざりけるを、かへすがへすかずかなしくおぼさる。

 阿闍梨あざりのもとにも、きみたちの御弔おほんとぶらひも、こまやかにこえたまふ。かかる御弔おほんとぶらひなど、またおとづれきこゆるひとだになきおほんありさまなるは、ものおぼえぬ御心地みここちどもにも、としごろの御心みこころばへのあはれなめりしなどをも、おもりたまふ。

つねのほどのわかれだに、さしあたりては、またたぐひなきやうにのみ、皆人みなひとおもまどふものなめるを、なぐさむかたなげなる御身おほんみどもにて、いかやうなる心地ここちどもしたまふらむ」とおぼしやりつつ、のちおほんわざなど、あるべきことども、はかりて、阿闍梨あざりにもとぶらひたまふ。ここにも、ひとどもにことよせて、御誦経みずきゃうなどのこともおもひやりたまふ。

明けぬ夜の心地ながら

 けぬ心地ここちながら、九月くがちにもなりぬ。野山のやまのけしき、ましてそで時雨しぐれをもよほしがちに、ともすればあらそひつるおとも、みづひびきも、なみだたきも、ひとつもののやうにまどひて、「かうては、いかでか、かぎりあらむおほんいのちも、しばしめぐらいたまはむ」と、さぶらふひとびとは、心細こころぼそく、いみじくなぐさめきこえつつ。

 ここにもねんほとけそうさぶらひて、おはしまししかたは、ほとけかたたてまつりつつ、時々ときどきまゐつかうまつりしひとびとの、御忌おほんいみもりたるかぎりは、あはれにおこなひてぐす。

 兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやよりも、たびたびとぶらひきこえたまふ。さやうの御返おほんかへりなど、こえむ心地ここちもしたまはず。おぼつかなければ、「中納言ちうなごんにはかうもあらざなるを、われをばなほおもはなちたまへるなめり」と、うらめしくおぼす。紅葉もみぢさかりに、ふみなどつくらせたまはむとて、ちたまひしを、かく、このわたりのおほん逍遥せうえう便びんなきころなれば、おぼしとまりて口惜くちをしくなむ。

御忌も果てぬ

 御忌おほんいみてぬ。かぎりあれば、なみだひまもやとおぼしやりて、いとおほつづけたまへり。時雨しぐれがちなるゆふかた

牡鹿をじかあき山里やまざといかならむ小萩こはぎつゆのかかるゆふ

ただいまそらのけしき、おぼらぬかほならむも、あまりこころづきなくこそあるべけれ。れゆく野辺のべも、きてながめらるるころになむ」

 などあり。

「げに、いとあまりおもらぬやうにて、たびたびになりぬるを、なほ、こえたまへ」

 など、なかみやを、れいの、そそのかして、かせたてまつりたまふ。

今日けふまでながらへて、すずりなどちかくひきせてるべきものとやはおもひし。心憂こころうくもぎにける日数ひかずかな」とおぼすに、またかきくもり、ものえぬ心地ここちしたまへば、しやりて、

「なほ、えこそきはべるまじけれ。やうやうかうきゐられなどしはべるが、げに、かぎりありけるにこそとおぼゆるも、うとましう心憂こころうくて」

 と、らうたげなるさまにきしをれておはするも、いと心苦こころぐるし。

 ゆふのほどよりける御使おほんつかひよひすこしぎてぞたる。「いかでか、かへまゐらむ。今宵こよひ旅寝たびねして」とはせたまへど、「かへりこそ、まゐりなめ」といそげば、いとほしうて、われさかしうおもひしづめたまふにはあらねど、わづらひたまひて、

なみだのみりふたがれる山里やまざとまがき鹿しか諸声もろごゑく」

 くろかみに、すみつきもたどたどしければ、ひきつくろふところもなく、ふでにまかせて、おしつつみてだしたまひつ。

御使は、木幡の山のほども

 御使おほんつかひは、木幡こはたやまのほども、あめもよにいとおそろしげなれど、さやうのものぢすまじきをやでたまひけむ、むつかしげなるささくまを、こまひきとどむるほどもなくうちはやめて、かたときまゐきぬ。御前おまへにても、いたくれてまゐりたれば、ろくたまふ。

 さきざき御覧ごらんぜしにはあらぬの、いますこしおとなびまさりて、よしづきたるきざまなどを、「いづれか、いづれならむ」と、うちもかず御覧ごらんじつつ、とみにも大殿籠おほとのごもらねば、

つとて、きおはしまし」

「また御覧ごらんずるほどのひさしきは、いかばかり御心みこころにしむことならむ」

 と、御前おまへなるひとびと、ささめきこえて、にくみきこゆ。ねぶたければなめり。

 まだ朝霧あさぎりふかあさに、いそぎきてたてまつりたまふ。

朝霧あさぎりともまどはせる鹿しかをおほかたにやはあはれとも

諸声もろごゑおとるまじくこそ」

 とあれど、「あまりなさけだたむもうるさし。一所ひとところ御蔭おほんかげかくろへたるをたのどころにてこそ、なにごともこころやすくてごしつれ。こころよりほかにながらへて、おもはずなることのまぎれ、つゆにてもあらば、うしろめたげにのみおぼしおくめりしなき御魂おほんたましひにさへ、きずやつけたてまつらむ」と、なべていとつつましうおそろしうて、こえたまはず。

 このみやなどを、かろらかにおしなべてのさまにもおもひきこえたまはず。なげのはしいたまへる御筆おほんふでづかひことも、をかしきさまになまめきたまへるおほんけはひを、あまたはりたまはねど、たまひながら、「そのゆゑゆゑしくなさけあるかたに、ことをまぜきこえむも、つきなきのありさまどもなれば、なにか、ただ、かかる山伏やまぶしだちてぐしてむ」とおぼす。

中納言殿の御返りばかりは

 中納言ちうなごん殿との御返おほんかへりばかりは、かれよりもまめやかなるさまにこえたまへば、これよりも、いとけうとげにはあらずこえかよひたまふ。御忌おほんいみてても、みづからうでたまへり。ひむがしひさしくだりたるかたにやつれておはするに、ちかりたまひて、古人ふるびとでたり。

 やみまどひたまへるおほんあたりに、いとまばゆくにほちてりおはしたれば、かたはらいたうて、おほんいらへなどをだにえしたまはねば、

「かやうには、もてないたまはで、むかし御心みこころむけにしたがひきこえたまはむさまならむこそ、こえうけたまはるかひあるべけれ。なよびけしきばみたるひをならひはべらねば、ひとつたてにこえはべるは、ことつづきはべらず」

 とあれば、

「あさましう、いままでながらへはべるやうなれど、おもひさまさむかたなきゆめにたどられはべりてなむ、こころよりほかにそらひかりはべらむもつつましうて、端近はしぢかうもえみじろきはべらぬ」

 とこえたまへれば、

「ことといへば、かぎりなき御心みこころふかさになむ。月日つきひかげは、御心みこころもてれしくもてでさせたまはばこそ、つみもはべらめ。かたもなく、いぶせうおぼえはべり。またおぼさるらむは、しばしをも、あきらめきこえまほしくなむ」

 とまうしたまへば、

「げに、こそ。いとたぐひなげなめるおほんありさまを、なぐさめきこえたまふ御心みこころばへのあさからぬほど」など、こえらす。

御心地にも、さこそいへ

 御心地みここちにも、さこそいへ、やうやうこころしづまりて、よろづおもられたまへば、むかしざまにても、かうまではるけき野辺のべりたまへるこころざしなども、おもりたまふべし、すこしゐざりりたまへり。

 おぼすらむさま、またのたまひちぎりしことなど、いとこまやかになつかしうひて、うたて雄々ををしきけはひなどはえたまはぬひとなれば、けうとくすずろはしくなどはあらねど、らぬひとにかくこゑかせたてまつり、すずろにたのがほなることなどもありつるごろをおもつづくるも、さすがにくるしうて、つつましけれど、ほのかに一言ひとことなどいらへきこえたまふさまの、げに、よろづおもひほれたまへるけはひなれば、いとあはれときたてまつりたまふ。

 くろ几帳きちゃう透影すきかげの、いと心苦こころぐるしげなるに、ましておはすらむさま、ほのけぐれなどおもでられて、

いろはる浅茅あさぢても墨染すみぞめにやつるるそでおもひこそやれ」

 と、ひとごとのやうにのたまへば、

いろはるそでをばつゆ宿やどりにてわがぞさらにどころなき

はつるるいとは」

 とすゑちて、いといみじくしのびがたきけはひにてりたまひぬなり。

ひきとどめなどすべきほどにも

 ひきとどめなどすべきほどにもあらねば、かずあはれにおぼゆ。ひとぞ、こよなきおほんはりにて、むかしいまをかきつどめ、かなしき御物語おほんものがたりどもこゆ。ありがたくあさましきことどもをもたるひとなりければ、かうあやしくおとろへたるひとともおぼてられず、いとなつかしうかたらひたまふ。

「いはけなかりしほどに、故院こゐんおくれたてまつりて、いみじうかなしきものはなりけりと、おもりにしかば、ひととなりゆくよはひへて、官位つかさくらゐなかにほひも、なにともおぼえずなむ。

ただ、かうしづやかなる御住おほんすまひなどの、こころにかなひたまへりしを、かくはかなくなしたてまつりなしつるに、いよいよいみじく、かりそめのおもらるるこころも、もよほされにたれど、心苦こころぐるしうて、とまりたまへるおほんことどもの、ほだしなどこえむは、かけかけしきやうなれど、ながらへても、かの御言おほんことあやまたず、こえうけたまはらまほしさになむ。

さるは、おぼえなきおほんふる物語ものがたりきしより、いとどなかあととめむともおぼえずなりにたりや」

 うちきつつのたまへば、このひとはましていみじくきて、えもこえやらず。おほんけはひなどの、ただそれかとおぼえたまふに、としごろうちわすれたりつるいにしへのおほんことをさへとりかさねて、こえやらむかたもなく、おぼほれゐたり。

 このひとは、かの大納言だいなごん御乳母子おほんめのとごにて、ちちは、この姫君ひめぎみたちの母北ははきたかたの、母方ははかた叔父をぢ左中弁さちうべんにてせにけるがなりけり。としごろ、とほくににあくがれ、母君ははぎみせたまひてのち、かの殿とのにはうとくなり、このみやには、たづりてあらせたまふなりけり。ひともいとやむごとなからず、宮仕みやづかれにたれど、心地ここちなからぬものにみやおぼして、姫君ひめぎみたちの御後見おほんうしろみだつひとになしたまへるなりけり。

 むかしおほんことは、としごろかくあさゆふたてまつりれ、こころへだつるくまなくおもひきこゆるきみたちにも、一言ひとことうちこゆるついでなく、しのびこめたりけれど、中納言ちうなごんきみは、「古人ふるびとはずかたり、みなれいのことなれば、おしなべてあはあはしうなどはひろげずとも、いとづかしげなめる御心みこころどもには、きおきたまへらむかし」とはからるるが、ねたくもいとほしくもおぼゆるにぞ、「またもてはなれてはやまじ」と、おもらるるつまにもなりぬべき。

今は旅寝もすずろなる心地して

 いま旅寝たびねもすずろなる心地ここちして、かへりたまふにも、「これやかぎりの」などのたまひしを、「などか、さしもやは、とうちたのみて、またたてまつらずなりにけむ、あきやははれる。あまたの日数ひかずへだてぬほどに、おはしにけむかたらず、あへなきわざなりや。ことにれいひとめいたるおほんしつらひなく、いとことそぎたまふめりしかど、いとものきよげにかきはらひ、あたりをかしくもてないたまへりし御住おほんすまひも、大徳だいとこたちり、こなたかなたひきへだてつつ、御念誦おほんねんずどもなどぞ、かはらぬさまなれど、ほとけみなかのてらうつしたてまつりてむとす」とこゆるを、きたまふにも、かかるさまの人影ひとかげなどさへてむほど、とまりておもひたまはむ心地ここちどもをみきこえたまふも、いとむねいたうおぼつづけらる。

「いたくれはべりぬ」とまうせば、ながめさしてちたまふに、かりきてわたる。

秋霧あきぎりれぬ雲居くもゐにいとどしくこのをかりとらすらむ」

兵部卿宮に対面したまふ時は

 兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみや対面たいめんしたまふときは、まづこのきみたちのおほんことをあつかひぐさにしたまふ。「いまはさりともこころやすきを」とおぼして、みやは、ねむごろにこえたまひけり。はかなき御返おほんかへりも、こえにくくつつましきかたに、をんなかたおもいたり。

にいといたうきたまへる御名おほんなのひろごりて、ましくえんおぼさるべかめるも、かういとづもれたるむぐらしたよりさしでたらむつきも、いかにうひうひしく、ふるめきたらむ」などおもしたまへり。

「さても、あさましうてらさるるは、月日つきひなりけり。かく、たのみがたかりける御世みよを、昨日きのふ今日けふとはおもはで、ただおほかたさだめなきはかなさばかりを、れのことにしかど、われひとおくさきだつほどしもやはむ、などうちおもひけるよ」

かたおもつづくるも、なにたのもしげなるにもあらざりけれど、ただいつとなくのどやかにながぐし、ものおそろしくつつましきこともなくてつるものを、かぜおとらかに、れい人影ひとかげも、うちこゑづくれば、まづむねつぶれて、ものおそろしくわびしうおぼゆることさへひにたるが、いみじうへがたきこと」

 と、二所ふたところうちかたらひつつ、もなくてぐしたまふに、としれにけり。

雪霰降りしくころは

 雪霰ゆきあられりしくころは、いづくもかくこそはあるかぜおとなれど、いまはじめておもりたらむやまみの心地ここちしたまふ。をんなばらなど、

「あはれ、としはりなむとす。心細こころぼそかなしきことを。あらたまるべきはるでてしがな」

 と、こころたずふもあり。「かたきことかな」ときたまふ。

 かひのやまにも、時々ときどき御念仏おほんねんぶつもりたまひしゆゑこそ、ひとまゐかよひしか、阿闍梨あざりも、いかがと、おほかたにまれにおとづれきこゆれど、いまなにしにかはほのめきまゐらむ。

 いとど人目ひとめつるも、さるべきこととおもひながら、いとかなしくなむ。なにともざりし山賤やまがつも、おはしまさでのち、たまさかにさしのぞきまゐるは、めづらしくおもほえたまふ。このころのこととて、たきぎひろひてまゐやまひとどもあり。

 阿闍梨あざりむろより、すみなどやうのものたてまつるとて、

としごろにならひはべりにける宮仕みやづかへの、いまとてえはつらむが、心細こころぼそさになむ」

 とこえたり。かならずふゆもる山風やまかぜふせぎつべき綿わたきぬなどつかはししを、おぼでてやりたまふ。法師ほふしばら、わらはべなどののぼくも、えみえずみ、いとゆきふかきを、でて見送みおくりたまふ。

御髪みぐしなどろいたまうてける、さるかたにておはしまさましかば、かやうにかよまゐひとも、おのづからしげからまし」

「いかにあはれに心細こころぼそくとも、あひたてまつることえてやまましやは」

 など、かたらひたまふ。

きみなくていはのかけみちえしよりまつゆきをもなにとかはる」

 なかみや

奥山おくやままつもるゆきとだにえにしひとおもはましかば」

 うらやましくぞ、またもふや。

中納言の君、新しき年は

 中納言ちうなごんきみ、「あたらしきとしは、ふとしもえとぶらひきこえざらむ」とおぼしておはしたり。ゆきもいと所狭ところせきに、よろしきひとだにえずなりにたるを、なのめならぬけはひして、かろらかにものしたまへるこころばへの、あさうはあらずおもられたまへば、れいよりはれて、御座おましなどひきつくろはせたまふ。

 墨染すみぞめならぬ御火桶おほんひおけおくなるでて、ちりかきはらひなどするにつけても、みやよろこびたまひしおほんけしきなどを、ひとびともこえづ。対面たいめんしたまふことをば、つつましくのみおもいたれど、おもくまなきやうにひとおもひたまへれば、いかがはせむとて、こえたまふ。

 うちとくとはなけれど、さきざきよりはすこしことつづけて、ものなどのたまへるさま、いとめやすく、心恥こころはづかしげなり。「かやうにてのみは、えぐしつまじ」とおもひなりたまふも、「いとうちつけなるこころかな。なほ、うつりぬべきなりけり」とおもひゐたまへり。

宮の、いとあやしく恨みたまふ

みやの、いとあやしくうらみたまふことのはべるかな。あはれなりしおほん一言ひとことをうけたまはりおきしさまなど、ことのついでにもや、らしこえたりけむ。またいとくまなき御心みこころのさがにて、はかりたまふにやはべらむ、ここになむ、ともかくもこえさせなすべきとたのむを、つれなきおほんけしきなるは、もてそこなひきこゆるぞと、たびたびうらじたまへば、こころよりほかなることとおもうたまふれど、さとのしるべ、いとこよなうもえあらがひきこえぬを、なにかは、いとさしももてなしきこえたまはむ。

いたまへるやうに、ひとこえなすべかめれど、こころそこあやしくふかうおはするみやなり。なほざりごとなどのたまふわたりの、こころかろうてなびきやすなるなどを、めづらしからぬものにおもひおとしたまふにや、となむくこともはべる。なにごとにもあるにしたがひて、こころつるかたもなく、おどけたるひとこそ、ただのもてなしにしたがひて、とあるもかかるもなのめになし、すこしこころたがふふしあるにも、いかがはせむ、さるべきぞ、などもおもひなすべかめれば、なかなかこころながれいになるやうもあり。

くづれそめては、龍田たつたかはにごをもけがし、いふかひなくのこなきやうなることなども、みなうちまじるめれ。こころふかうしみたまふべかめる御心みこころざまにかなひ、ことにそむくことおほくなどものしたまはざらむをば、さらに、軽々かるがるしく、はじをはたがふやうなることなど、せたまふまじきけしきになむ。

ひとたてまつりらぬことを、いとようきこえたるを、もしつかはしく、さもやとおぼらば、そのもてなしなどは、こころかぎくしてつかうまつりなむかし。御中おほんなかみちのほど、みだあしこそいたからめ」

 と、いとまめやかにて、つづけたまへば、わがおほんみづからのこととはおぼしもかけず、「ひとおやめきていらへむかし」とおぼしめぐらしたまへど、なほふべきこともなき心地ここちして、

「いかにとかは。かけかけしげにのたまひつづくるに、なかなかこえむこともおぼえはべらで」

 と、うちひたまへるも、おいらかなるものから、けはひをかしうこゆ。

かならず御みづから聞こしめし負ふ

「かならずおほんみづからこしめしふべきことともおもうたまへず。それは、ゆきけてまゐたるこころざしばかりを、御覧ごらんかむおほんこのかみこころにてもぐさせたまひてよかし。かの御心みこころせは、またことにぞはべべかめる。ほのかにのたまふさまもはべめりしを、いさや、それもひとききこえがたきことなり。御返おほんかへりなどは、いづかたにかはこえたまふ」

 とまうしたまふに、「ようぞ、たはぶれにもこえざりける。なにとなけれど、かうのたまふにも、いかにづかしうむねつぶれまし」とおもふに、えこたへやりたまはず。

ゆきふかやまのかけはしきみならでまたふみかよふあとぬかな」

 ときて、さしでたまへれば、

おほんものあらがひこそ、なかなかこころおかれはべりぬべけれ」とて、

「つららとぢこまふみしだく山川やまがはをしるべしがてらまづやわたらむ

さらばしも、かげさへゆるしるしも、あさうははべらじ」

 とこえたまへば、おもはずに、ものしうなりて、ことにいらへたまはず。けざやかに、いとものとほくすくみたるさまにはえたまはねど、いまやうの若人わかうどたちのやうに、えんげにももてなさで、いとめやすく、のどかなるこころばへならむとぞ、はかられたまふひとおほんけはひなる。

 かうこそは、あらまほしけれと、おもふにたがはぬ心地ここちしたまふ。ことにれて、けしきばみるも、らずがほなるさまにのみもてなしたまへば、心恥こころはづかしうて、昔物語むかしものがたりなどをぞ、ものまめやかにこえたまふ。

暮れ果てなば、雪いとど

てなば、ゆきいとどそらぢぬべうはべり」

 と、御供おほんともひとびとこゑづくれば、かへりたまひなむとて、

心苦こころぐるしうめぐらさるる御住おほんすまひのさまなりや。ただ山里やまざとのやうにいとしづかなるところの、ひとじらぬはべるを、さもおぼしかけば、いかにうれしくはべらむ」

 などのたまふも、「いとめでたかるべきことかな」と、かたみみきて、うちをんなばらのあるを、なかみやは、「いとくるしう、いかにさやうにはあるべきぞ」ときゐたまへり。

 おほんくだものよしあるさまにてまゐり、御供おほんともひとびとにも、さかななどめやすきほどにて、土器かはらけさしでさせたまひけり。また御移おほんうつもてさわがれし宿直人とのゐびとぞ、かづらひげとかいふつらつき、こころづきなくてある、「はかなの御頼おほんたのもしひとや」とたまひて、でたり。

「いかにぞ。おはしまさでのち、心細こころぼそからむな」

 などひたまふ。うちひそみつつ、心弱こころよわげにく。

なかたのむよるべもはべらぬにて、一所ひとところ御蔭おほんかげかくれて、三十余年さんじふよねんぐしはべりにければ、いまはまして、野山のやまにまじりはべらむも、いかなるのもとをかはたのむべくはべらむ」

 とまうして、いとどひとろげなり。

 おはしまししかたけさせたまへれば、ちりいたうもりて、ほとけのみぞはなかざおとろへず、おこなひたまひけりとゆる御床おほんゆかなどりやりて、かきはらひたり。本意ほいをもげば、とちぎりきこえしことおもでて、

らむかげたのみししひほんそらしきゆかになりにけるかな」

 とて、はしらりゐたまへるをも、わかひとびとは、のぞきてめでたてまつる。

 日暮ひくれぬれば、ちか所々ところどころに、御荘みさうなどつかうまつるひとびとに、御秣みまぐさりにやりける、きみりたまはぬに、田舎ゐなかびたるひとびとは、おどろおどろしくひきまゐりたるを、「あやしう、はしたなきわざかな」と御覧ごらんずれど、ひとまぎらはしたまひつ。おほかたかやうにつかうまつるべく、おほせおきてでたまひぬ。

年替はりぬれば

 としはりぬれば、そらのけしきうららかなるに、みぎはこほりけたるを、ありがたくもとながめたまふ。ひじりばうより、「ゆきえにみてはべるなり」とて、さはせりわらびなどたてまつりたり。とき御台みだいまゐれる。

ところにつけては、かかるくさのけしきにしたがひて、月日つきひのしるしもゆるこそ、をかしけれ」

 など、ひとびとのふを、「なにのをかしきならむ」ときたまふ。

きみみねわらびましかばられやせましはるのしるしも」

ゆきふかみぎは小芹こぜりがためにみかはやさむおやなしにして」

 など、はかなきことどもをうちかたらひつつ、らしたまふ。

 中納言ちうなごん殿とのよりもみやよりも、ぐさずとぶらひきこえたまふ。うるさくなにとなきことおほかるやうなれば、れいの、らしたるなめり。

花盛りのころ

 花盛はなざかりのころ、みや、「かざし」をおぼでて、そのきたまひしきみたちなども、

「いとゆゑありし親王みこ御住おほんすまひを、またもずなりにしこと」

 など、おほかたのあはれを口々くちぐちこゆるに、いとゆかしうおぼされけり。

「つてに宿やどさくらをこのはるかすみへだてずりてかざさむ」

 と、こころをやりてのたまへりけり。「あるまじきことかな」とたまひながら、いとつれづれなるほどに、見所みどころある御文おほんふみの、うはべばかりをもてたじとて、

「いづことかたづねてらむ墨染すみぞめかすみこめたる宿やどさくらを」

 なほ、かくさしはなち、つれなきおほんけしきのみゆれば、まことに心憂こころうしとおぼしわたる。

御心にあまりたまひては

 御心みこころにあまりたまひては、ただ中納言ちうなごんを、とざまかうざまにうらみきこえたまへば、をかしとおもひながら、いとうけばりたる後見顔うしろみがほにうちいらへきこえて、あだめいたる御心みこころざまをもあらはす時々ときどきは、

「いかでか、かからむには」

 など、まうしたまへば、みや御心みこころづかひしたまふべし。

こころにかなふあたりを、まだつけぬほどぞや」とのたまふ。

 大殿おとどろくきみおぼれぬこと、なまうらめしげに、大臣おとどおぼしたりけり。されど、

「ゆかしげなきなからひなるうちにも、大臣おとどのことことしくわづらはしくて、なにごとのまぎれをもとがめられむがむつかしき」

 と、したにはのたまひて、すまひたまふ。

 そのとし三条宮さんでうのみやけて、入道宮にふだうのみやも、六条院ろくでうのゐんうつろひたまひ、なにくれとものさわがしきにまぎれて、宇治うぢのわたりをひさしうおとづれきこえたまはず。まめやかなるひと御心みこころは、またいとことなりければ、いとのどかに、「おのがものとはうちたのみながら、をんなこころゆるびたまはざらむかぎりは、あざればみなさけなきさまにえじ」とおもひつつ、「むかし御心みこころわすれぬかたを、ふかりたまへ」とおぼす。

その年、常よりも暑さを

 そのとしつねよりもあつさをひとわぶるに、「川面かはづらすずしからむはや」とおもでて、にはかにうでたまへり。朝涼あさすずみのほどにでたまひければ、あやにくにさし日影ひかげもまばゆくて、みやのおはせし西にしひさしに、宿直人とのゐびとでておはす。

 そなたの母屋もやほとけ御前おまへに、きみたちものしたまひけるを、気近けぢかからじとて、わが御方おほんかたわたりたまふおほんけはひ、しのびたれど、おのづから、うちみじろきたまふほどちかこえければ、なほあらじに、こなたにかよ障子さうじはしかたに、かけがねしたるところに、あなのすこしきたるをおきたまへりければ、ほかてたる屏風びゃうぶをひきやりてたまふ。

 ここもとに几帳きちゃうてたる、「あな、口惜くちをし」とおもひて、ひきかへる、しも、かぜすだれをいたうぐべかめれば、

「あらはにもこそあれ。その几帳きちゃうおしでてこそ」

 とひとあなり。をこがましきものの、うれしうてたまへば、たかきもみじかきも、几帳きちゃう二間ふたますだれにおしせて、この障子さうじかひて、きたる障子さうじより、あなたにかよらむとなりけり。

まづ、一人立ち出でて

 まづ、一人ひとりでて、几帳きちゃうよりさしのぞきて、この御供おほんともひとびとの、とかうきちがひ、すずみあへるをたまふなりけり。鈍色にびいろ単衣ひとへに、萱草くわんざうはかまもてはやしたる、なかなかさまはりてはなやかなりとゆるは、なしたまへるひとからなめり。

 おびはかなげにしなして、数珠ずずひきかくしてたまへり。いとそびやかに、様体やうだいをかしげなるひとの、かみうちきにすこしらぬほどならむとえて、すゑまでちりのまよひなく、つやつやとこちたう、うつくしげなり。かたはらめなど、あならうたげとえて、にほひやかに、やはらかにおほどきたるけはひ、女一をんないちみやも、かうざまにぞおはすべきと、ほのたてまつりしもおもくらべられて、うちなげかる。

 またゐざりでて、「かの障子さうじは、あらはにもこそあれ」と、おこせたまへる用意ようい、うちとけたらぬさまして、よしあらむとおぼゆ。かしらつき、かみざしのほど、いますこしあてになまめかしきさまなり。

「あなたに屏風びゃうぶへてててはべりつ。いそぎてしも、のぞきたまはじ」

 と、わかひとびと、何心なにごころなくふあり。

「いみじうもあるべきわざかな」

 とて、うしろめたげにゐざりりたまふほど、気高けだかこころにくきけはひひてゆ。くろあはせ一襲ひとかさねおなじやうなるいろひをたまへれど、これはなつかしうなまめきて、あはれげに、心苦こころぐるしうおぼゆ。

 かみ、さはらかなるほどにちたるなるべし、すゑすこしほそりて、いろなりとかいふめる、翡翠ひすいだちていとをかしげに、いとをよりかけたるやうなり。むらさきかみきたるきゃうを、かたちたまへるつき、かれよりもほそさまさりて、せなるべし。ちたりつるきみも、障子さうじくちにゐて、なにごとにかあらむ、こなたをおこせてひたる、いと愛敬あいぎゃうづきたり。

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