現代では3月にあたる「March(マーチ)」は、古代ローマの暦では一年の最初の月でした。
冬が終わり、農耕や軍事活動が再び始まる春は、古代ローマの人々にとって新しい一年の始まりを感じさせる重要な季節でした。
その最初の月に付けられた「March(マーチ)」という名前は、ローマ神話の軍神マルス(Mars)に由来します。
この記事では3月の英語「March(マーチ)」の語源と、なぜ一年の最初の月だったMarchが現在の3月になったのか、さらに火星(Mars)・火曜日(Tuesday)・行進曲(march)との関係について紹介します。
3月の英語「March(マーチ)」の語源
3月の英語「March(マーチ)」は、ラテン語の「Martius(マルティウス)」に由来します。
Martiusは「マルス(Mars)の月」という意味で、マルスはローマ神話を代表する軍神です。
マルスは戦いの神として知られていますが、古代ローマでは農耕や春の再生とも深い関わりを持つ神として信仰されていました。
また、ローマ建国神話では、マルスはローマを建国したロムルスと、その双子の弟レムスの父とされています。
そのためマルスは、最高神ユーピテル(Jupiter)に次ぐほど重要な神として、ローマ人から厚い信仰を集めていました。
古代ローマで使われた最初期の暦については、ローマ建国者ロムルスが定めたという伝承があります。
この古いローマ暦では、現在の3月にあたるMartiusが一年の最初の月でした。
春になると農耕が始まり、軍隊も再び動き始めます。
戦と農耕の両方に関わるマルスの名が、新しい一年を迎える春の最初の月に付けられたのは、古代ローマの人々にとって自然なことだったのでしょう。
こうして「マルスの月」を意味するラテン語のMartiusが、フランス語などを経て、現在の英語「March(マーチ)」へと受け継がれました。
1月だった「Martius」が3月になった理由
もともと一年の最初の月だったMarchが、現在では3月になっているのは、JanuaryとFebruaryが一年の前に置かれるようになったためです。
ローマの伝承では、第2代ローマ王ヌマ・ポンピリウスの時代に、現在の1月にあたる「Januarius」と、2月にあたる「Februarius」が暦に加えられたとされています。
ただし、ロムルス暦やヌマによる改暦については後世の伝承を含んでおり、現在知られている細かな制度や年代をすべて史実として確認できるわけではありません。
Januariusは、ローマ神話の門と出入り口の神「ヤヌス(Janus)」に由来します。
ヤヌスは二つの顔を持ち、一方で過去を、もう一方で未来を見つめる姿で表されます。
一年の終わりと始まりをつなぐ神として、1月を象徴するにはぴったりの存在ですね。
月名にはローマ神話との関係が見られるものがほかにもあり、Mayは女神マイア(Maia)、Juneは女神ユーノー(Juno)に由来すると考えられています。
一方、Aprilの語源についてははっきりしておらず、ギリシャ神話の女神アフロディーテに関係する説や、ラテン語の「開く」を意味する言葉と結びつける説など、複数の説があります。
JanuariusとFebruariusが存在するようになってからも、しばらくの間、ローマではMartiusを一年の始まりとする考え方が残っていました。
大きな転機となったのが紀元前153年です。
当時、現在のスペインにあたるヒスパニアで反乱が起きており、ローマでは新しい執政官を早く現地へ送り出す必要がありました。
そのため、それまで春に始まっていた執政官の任期がJanuariusの1日、つまり現在の1月1日から始まるように変更されました。
古代ローマの歴史家リウィウスの記録を要約した『ローマ建国史』の概要にも、執政官が1月1日に就任するようになった理由として、ヒスパニアでの反乱が挙げられています。
その後、紀元前45年にユリウス・カエサルが導入したユリウス暦でも、1月1日を一年の始まりとする制度が引き継がれました。
こうして一年の最初の月だったMartiusは、JanuariusとFebruariusの後ろへ移り、現在の3月となりました。
ちなみにSeptember・October・November・Decemberには、それぞれラテン語の「7・8・9・10」に由来する言葉が残っています。
現在では9月・10月・11月・12月なのに数字が2つずつずれているのも、かつてMarchが一年の最初の月だった名残です。
火星(Mars)と火曜日(Tuesday)の由来
火星の英語「Mars(マーズ)」も、ローマ神話の軍神マルス(Mars)に由来します。
夜空で赤く輝く火星は、血や戦火を思わせることから、古代ローマでは軍神マルスと結びつけられました。
古代メソポタミアでも火星は戦争や疫病と関係する神ネルガルと結びつけられ、中国でも五行説の「火」に対応する星として「火星」と呼ばれています。
そして火曜日も、もともとは「火星=軍神マルスの日」です。
イタリア語の「martedì」、スペイン語の「martes」、フランス語の「mardi」には、現在もマルス(Mars)の名がはっきり残っています。
ところが英語では「Tuesday(テューズデイ)」といい、Marsの文字は見当たりません。
これは、英語圏の祖先にあたるゲルマン人が、ローマの神々を自分たちの神々に置き換えて曜日名を作ったためです。
Tuesdayは古英語の「Tiwesdæg(ティウの日)」に由来し、ティウ(Tiw)は北欧神話のテュール(Týr)に相当するゲルマン系の軍神です。
ローマの軍神マルスに対応する神としてティウが選ばれたため、ラテン語の「Marsの日」が英語では「Tiwの日=Tuesday」になりました。
同じような置き換えは、ほかの曜日にも見られます。
- Wednesday:ウォーデン(Woden=オーディン)の日
- Thursday:雷神トール(Thor)の日
- Friday:女神フリッグ(Frigg)の日
- Saturday:ローマ神話のサトゥルヌス(Saturn)の日
- Sunday:太陽(Sun)の日
- Monday:月(Moon)の日
Wednesdayのウォーデンは北欧神話のオーディンに相当し、ローマ神話のメルクリウス(水星)に対応する神として曜日名に使われました。
Thursdayのトールは、雷を操る神という共通点からローマ神話のユーピテル(木星)に対応しています。
Fridayは古英語の「Frigedæg」に由来し、一般にはオーディンの妻である女神フリッグ(Frigg)の日とされています。
フレイヤ(Freyja)と結びつけて説明されることもありますが、英語のFridayの直接の語源としてはフリッグとする説明が一般的です。
一方、Saturdayだけはゲルマン神に置き換えられず、ローマ神話の農耕神サトゥルヌス(Saturn)の名がそのまま残りました。
英語の曜日名には、古代ローマの惑星と神々の体系に、ゲルマン神話の神々が重ねられた歴史が残っているのです。
行進曲の英語「march(マーチ)」の語源
行進曲も英語では「march(マーチ)」といいます。
軍神マルスの月であるMarchと、軍隊が行進するmarch。
いかにも関係がありそうですが、二つの言葉は基本的に別の語源を持つと考えられています。
3月のMarchは、先ほど紹介したようにラテン語の「Martius(マルスの月)」に由来します。
一方、「行進する」という意味のmarchは、古フランス語の「marcher(歩く・踏み歩く)」から英語に入った言葉です。
さらに古い語源についてははっきりしておらず、ゲルマン語系の言葉との関係など、いくつかの説があります。
英語で「march」が規則正しい歩調で進むという意味に使われるようになり、そこから軍隊の行進を表す言葉となりました。
さらに16世紀末から17世紀頃には、軍隊などが歩調を合わせて進むための規則的な音楽も「march」と呼ばれるようになります。
17~18世紀のヨーロッパでは軍楽隊が発達し、オスマン帝国の軍楽隊「メフテル」の力強い打楽器や管楽器もヨーロッパの軍楽や音楽に大きな影響を与えました。
ただし、行進曲そのものがオスマン帝国の軍楽から生まれたというわけではありません。
もともとヨーロッパにも軍隊の移動や儀式に使われる音楽があり、そこへオスマン軍楽の要素が取り入れられていったと考える方が正確です。
つまり、3月の「March」と行進の「march」は偶然同じ綴りになった別系統の言葉です。
ただ、3月のMarchが軍神マルスの月であり、もう一方のmarchが軍隊の行進を連想させる言葉なのは、なんとも面白い偶然ですね。



