発心集「奈良に、松室といふ所に」原文・語釈・現代語訳
奈良に、松室といふ所に僧ありけり
原文
奈良に、松室といふ所に僧ありけり。官なんどはわざとならざりけれど、徳ありて、用ゐられたる者になんありける。そこに、幼き児の、ことにいとほしくするありけり。この児、朝夕法華経を読みたてまつりければ、師これをうけず。
「幼き時は学文をこそせめ。いとげにげにしからず」
など諫められて、一度は随ふやうなれど、ややもすれば忍び忍びになんこれを読む。いかにもこころざし深きことと見て、後には誰も制せずなりにけり。
語釈
- 松室:奈良興福寺にあった仲算(平安時代中期の僧)の住房。
- わざとならず:ことさらではない。ごく普通である。
- 学文:仏教・儒教・文学などの知識を習得すること。
- げにげに:納得できる。道理にかなっている。
現代語訳
奈良に、松室という所に一人の僧がいた。官位などはごく普通であったが、徳があり、世に用いられる者であった。そこに、幼い子供が、特にかわいがっている子がいた。この子は朝から夕方まで法華経をお読みになられているので、師はこれを受け入れなかった。
「子供のうちは一般的な学問の知識を勉強しなさい。あまり感心できないことだ」
などと諫められて、その子は一度は従おうとするが、すぐにこそこそと法華経を読む。それほど意志が深いのだと見て、あとにはもう誰も止めなくなった。
かかるほどに十四、五ばかりになりて
原文
かかるほどに十四、五ばかりになりて、この児いづちともなく失せぬ。師大きに驚きて、至らぬくまもなく尋ね求むれどさらになし。
「物の霊なんどに取られたるなめり」
と言ひて、泣く泣く後のことなんど弔ひてやみにけり。
語釈
- 物の霊:たたりをする死霊、または生き霊。
現代語訳
そうこうしているうちに14~15歳ぐらいになると、その子はどこともなくいなくなった。師は大変驚いて、そこら中をくまなく探すもどこにも見つからない。
「物の霊などにさらわれたのだろうか」
と言って、泣く泣く死後のことなどの弔いをして落ち着いた。
その後、月ごろ経て
原文
その後、月ごろ経て、この房にある法師の薪採らんとて山深く入りたりけるに、木の上に経読む声聞こゆ。あやしくてこれを見れば、失せにし児なり。あさましく覚えて、
「いかに、かくてはおはしますぞ。さしも嘆きたまふものを」
と言へば、
「そのことなり。さやうのことも聞こえんとて、逢ひたてまつらんと思へど、便り悪しきことになりて、えなん近づきたてまつらず。うれしく見え逢ひたり。これへかまへておはしませ、と申せ」
と言ひければ、走り帰りてこの由を語る。
語釈
- あさまし:驚きあきれるばかりである。
- さしも:あんなに。あれほど。
- 便り悪し:連絡するには不都合だ。
- かまへて:なんとかして。
現代語訳
その後、何か月か経って、この房にいる法師が薪を採ろうと山へ深く入っていくと、木の上から経を読む声が聞こえる。不思議に思って上を見ると、あの失踪した子だった。びっくり仰天して、
「どうして、そんな所にいらっしゃるのです。師はあんなにも嘆いておられるというのに」
と言うと、
「そのことです。そのようなことも申し上げようと、お会いしたいと思っておりましたが、連絡をするには不都合なことになりまして、お近づき申し上げることができないのです。お目にかかれて嬉しいことです。こちらへ何とかして来てください、とお伝えください」
と言ったので、法師は走って帰ってこのことを語った。
師驚きて、すなはち来たる
原文
師驚きて、すなはち来たる。児語りていはく、
「我、読誦の仙人にまかりなつてはべるなり。日ごろも御恋しく思ひたてまつりつれど、かやうにまかりなつて後は、聞くべき便りもなし。大方、人のあたりは穢らはしく臭くて、堪ゆべくもあらねば、思ひながら、えなん詣でざりつるあひだ、近うて見たてまつることはえあるまじ」
と言ひて、ともに涙を落しつつ、やや久しく語らふ。
語釈
- 読誦の仙人:法華経を読誦する仙人。仙人は俗世の汚れた食物(穀類など)を食べず、山中で修行を続け、飛行自在など身変自在の術を身につけた者。人との交信は難しい存在であった。
- あひだ:⋯ので。⋯だから。
現代語訳
師は驚いて、すぐにやって来た。子が語って言うには、
「私は、読誦の仙人になりました。日頃から師を恋しく思っておりましたが、このような身になった後は、ご様子をうかがう手段もありません。大方、人が住む辺りはけがらわしくて臭くて、堪えられそうにもないので、師を思いながらも参上することができません。そういうことですので、これからもお近くでお会いすることはないでしょう」
と言って、ともに涙を落としつつ、しばらく語りあった。
かくて、帰りなんとする時言ふやう
原文
かくて帰りなんとする時言ふやう、
「三月十八日に竹生嶋といふ所にて、仙人集まりて楽をすることはべるに、琵琶を弾くべきことのはべるが、え尋ね出しはべらぬなり。貸したまひなんや」
と言ふ。
「やすきことなり。いづくへかたてまつるべき」
と言へば、
「ここにてたまはらん」
と言ひて、ともに去りぬ。すなはち琵琶を送りたりけれど、その時は人もなし。ただ木の本に置きてぞ帰りにける。
語釈
- 竹生嶋:琵琶湖北部に浮かぶ島。
現代語訳
こうして帰ろうとする時に子が言うには、
「3月18日に竹生島という所で、仙人が集まって音楽を演奏する催しがありまして、琵琶を弾かないといけないのですが、楽器を探し出せずにおります。どうかお貸しいただけないでしょうか」
と言う。
「たやすいことです。どこでお渡ししましょうか」
と言うと、
「ここで受け取りましょう」
と言って二人は別れた。師はすぐに琵琶を届けたが、その時は人もおらず、木の根元にただ置いて帰った。
さて、この法師は、三月十七日に
原文
さて、この法師は、三月十七日に竹生嶋へ詣でたりけるに、十八日、暁の寝覚めに、はるかにえもいはれぬ楽の声聞こゆ。雲に響き、風に随ひて、世の常の楽にも似ず覚えてめでたかりければ、涙こぼれつつ聞き居たるほどに、やうやう近くなりて、楽の声止まりぬ。とばかりありて、縁に物を置く音のしければ、夜明けてこれを見るにありし琵琶なり。 師、不思議の思ひをなして、
「これを我が物にせんことは憚りあり」
とて権現にたてまつる。香ばしき匂深くしみて、日ごろ経れど失せざりけるとぞ。
この琵琶、今にかの嶋にあり。浮きたることにあらず。
語釈
- えもいはれぬ:何とも言いようがない。
- とばかり:ちょっとの間。しばらくの間。
- 権現:竹生島明神。
現代語訳
さて、この法師は3月17日に竹生島へ参り、18日の暁に目が覚めると、遠くから何ともいえない良い音色が聞こえてくる。雲に響き、風に乗って、ありきたりな音楽とも違って素晴らしく感じられて、涙をこぼしながら聴いていると、だんだんと音が近くなって止まった。しばらくの間があって、縁に物を置く音がしたので、夜が明けてこれを見ると、あの琵琶である。師は不思議な思いに包まれて、
「これを自分の物とすることははばかられる」
と言って竹生島明神に奉納した。香ばしい匂いが深くしみついて、何日経っても消えることはなかったという。
この琵琶は、今もあの島にある。浮世話ではない。
発心集「奈良に、松室といふ所に」原文全文
奈良に、松室といふ所に僧ありけり。官なんどはわざとならざりけれど、徳ありて、用ゐられたる者になんありける。そこに、幼き児の、ことにいとほしくするありけり。この児、朝夕法華経を読みたてまつりければ、師これをうけず。
「幼き時は学文をこそせめ。いとげにげにしからず」
など諫められて、一度は随ふやうなれど、ややもすれば忍び忍びになんこれを読む。いかにもこころざし深きことと見て、後には誰も制せずなりにけり。
かかるほどに十四、五ばかりになりて、この児いづちともなく失せぬ。師大きに驚きて、至らぬくまもなく尋ね求むれどさらになし。
「物の霊なんどに取られたるなめり」
と言ひて、泣く泣く後のことなんど弔ひてやみにけり。
その後、月ごろ経て、この房にある法師の薪採らんとて山深く入りたりけるに、木の上に経読む声聞こゆ。あやしくてこれを見れば、失せにし児なり。あさましく覚えて、
「いかに、かくてはおはしますぞ。さしも嘆きたまふものを」
と言へば、
「そのことなり。さやうのことも聞こえんとて、逢ひたてまつらんと思へど、便り悪しきことになりて、えなん近づきたてまつらず。うれしく見え逢ひたり。これへかまへておはしませ、と申せ」
と言ひければ、走り帰りてこの由を語る。
師驚きて、すなはち来たる。児語りていはく、
「我、読誦の仙人にまかりなつてはべるなり。日ごろも御恋しく思ひたてまつりつれど、かやうにまかりなつて後は、聞くべき便りもなし。大方、人のあたりは穢らはしく臭くて、堪ゆべくもあらねば、思ひながら、えなん詣でざりつるあひだ、近うて見たてまつることはえあるまじ」
と言ひて、ともに涙を落しつつ、やや久しく語らふ。
かくて帰りなんとする時言ふやう、
「三月十八日に竹生嶋といふ所にて、仙人集まりて楽をすることはべるに、琵琶を弾くべきことのはべるが、え尋ね出しはべらぬなり。貸したまひなんや」
と言ふ。
「やすきことなり。いづくへかたてまつるべき」
と言へば、
「ここにてたまはらん」
と言ひて、ともに去りぬ。すなはち琵琶を送りたりけれど、その時は人もなし。ただ木の本に置きてぞ帰りにける。
さて、この法師は、三月十七日に竹生嶋へ詣でたりけるに、十八日、暁の寝覚めに、はるかにえもいはれぬ楽の声聞こゆ。雲に響き、風に随ひて、世の常の楽にも似ず覚えてめでたかりければ、涙こぼれつつ聞き居たるほどに、やうやう近くなりて、楽の声止まりぬ。とばかりありて、縁に物を置く音のしければ、夜明けてこれを見るにありし琵琶なり。 師、不思議の思ひをなして、
「これを我が物にせんことは憚りあり」
とて権現にたてまつる。香ばしき匂深くしみて、日ごろ経れど失せざりけるとぞ。
この琵琶、今にかの嶋にあり。浮きたることにあらず。
発心集「奈良に、松室といふ所に」現代語訳全文
奈良に、松室という所に一人の僧がいた。官位などはごく普通であったが、徳があり、世に用いられる者であった。そこに、幼い子供が、特にかわいがっている子がいた。この子は朝から夕方まで法華経をお読みになられているので、師はこれを受け入れなかった。
「子供のうちは一般的な学問の知識を勉強しなさい。あまり感心できないことだ」
などと諫められて、その子は一度は従おうとするが、すぐにこそこそと法華経を読む。それほど意志が深いのだと見て、あとにはもう誰も止めなくなった。
そうこうしているうちに14~15歳ぐらいになると、その子はどこともなくいなくなった。師は大変驚いて、そこら中をくまなく探すもどこにも見つからない。
「物の霊などにさらわれたのだろうか」
と言って、泣く泣く死後のことなどの弔いをして落ち着いた。
その後、何か月か経って、この房にいる法師が薪を採ろうと山へ深く入っていくと、木の上から経を読む声が聞こえる。不思議に思って上を見ると、あの失踪した子だった。びっくり仰天して、
「どうして、そんな所にいらっしゃるのです。師はあんなにも嘆いておられるというのに」
と言うと、
「そのことです。そのようなことも申し上げようと、お会いしたいと思っておりましたが、連絡をするには不都合なことになりまして、お近づき申し上げることができないのです。お目にかかれて嬉しいことです。こちらへ何とかして来てください、とお伝えください」
と言ったので、法師は走って帰ってこのことを語った。
師は驚いて、すぐにやって来た。子が語って言うには、
「私は、読誦の仙人になりました。日頃から師を恋しく思っておりましたが、このような身になった後は、ご様子をうかがう手段もありません。大方、人が住む辺りはけがらわしくて臭くて、堪えられそうにもないので、師を思いながらも参上することができません。そういうことですので、これからもお近くでお会いすることはないでしょう」
と言って、ともに涙を落としつつ、しばらく語りあった。
こうして帰ろうとする時に子が言うには、
「3月18日に竹生島という所で、仙人が集まって音楽を演奏する催しがありまして、琵琶を弾かないといけないのですが、楽器を探し出せずにおります。どうかお貸しいただけないでしょうか」
と言う。
「たやすいことです。どこでお渡ししましょうか」
と言うと、
「ここで受け取りましょう」
と言って二人は別れた。師はすぐに琵琶を届けたが、その時は人もおらず、木の根元にただ置いて帰った。
さて、この法師は3月17日に竹生島へ参り、18日の暁に目が覚めると、遠くから何ともいえない良い音色が聞こえてくる。雲に響き、風に乗って、ありきたりな音楽とも違って素晴らしく感じられて、涙をこぼしながら聴いていると、だんだんと音が近くなって止まった。しばらくの間があって、縁に物を置く音がしたので、夜が明けてこれを見ると、あの琵琶である。師は不思議な思いに包まれて、
「これを自分の物とすることははばかられる」
と言って竹生島明神に奉納した。香ばしい匂いが深くしみついて、何日経っても消えることはなかったという。
この琵琶は、今もあの島にある。浮世話ではない。

