
このページでは、『源氏物語』第24帖「胡蝶」の現代語訳全文を掲載しています。原文の内容をそのまま訳しつつ、必要に応じて主語を補い、敬語表現をわかりやすく改めるなど、現代の読者が読みやすい口語訳にしています。
原文を確認しながら読みたい方は、『源氏物語』第24帖「胡蝶」原文全文をご覧ください。
春の御殿の舟遊び
三月二十日過ぎのころ、春の御殿の庭は、いつもの年にもまして手を尽くして整えられていた。咲き誇る花の色も、鳥の声も、ほかの里ではもう春も盛りを過ぎてしまったころなのに、ここだけはまだ春が古びていないのかと思われるほど、珍しく美しく見え、聞こえる。築山の木立や池の中島のあたり、いっそう色濃くなった苔の様子など、遠くからわずかに眺めるばかりでは、若い女房たちもきっと物足りなく思うだろうと、源氏は唐風の舟を造らせていた。それを急いで美しく飾らせ、初めて池へ浮かべる日には雅楽寮の楽人たちを召して、舟の上で音楽を奏でさせた。親王や上達部たちも大勢参上した。
中宮はこのころ里に下がって六条院にいらっしゃった。以前、春の御殿の紫の上から「春を待つ園は――」と、春景色を見にいらっしゃるよう誘われ、その返歌をなさったのも、ちょうどこのころのことだっただろうか。源氏も、なんとかこの花の盛りを中宮に御覧に入れたいと考えていた。けれど、中宮ほどの御身分となれば、これといった機会もないのに気軽にこちらへ移り、花を楽しむというわけにもいかない。そこで、こうしたものを見れば喜びそうな若い女房たちを舟に乗せることにした。南の池は向こう側へも通じるように造られていて、その間には小さな築山を関所のように見せてある。その山の崎を回って舟を漕ぎ出し、東の釣殿にはこちら側の若い女房たちを集めさせた。
龍の頭と鷁の首をつけた二艘の舟は、唐風に大げさなほど美しく飾られている。櫂を操り、棹を差す童たちは、みな髪を角髪に結い、中国人らしい姿に装っていた。それが広々とした池へ漕ぎ出していくと、見慣れない女房たちは、本当に知らない外国へ来てしまったような気持ちになり、その眺めにしみじみと心を奪われた。
中島の入り江にある岩陰へ舟を寄せて眺めれば、何でもない石のたたずまいまで、まるで絵に描いたようだった。あちらこちらで霞み合う木々の梢は、錦を一面に引き渡したように華やかで、その先には春の御殿の庭がはるばると見渡せる。色の深まった柳は長い枝を垂らし、花々は言葉にも言い尽くせないほど美しく咲き匂っている。ほかの場所ではもう盛りを過ぎた桜まで、ここでは今が盛りとほほ笑むように咲き、廊をめぐって植えられた藤も、濃い紫の花を次々に開きはじめていた。まして、池の水に影を映す山吹は、岸からこぼれ落ちそうなほどの見事な盛りである。
水鳥たちはつがいを離れずに遊び、細い枝をついばみながら飛び交っている。鴛鴦が泳いで立てる波には、美しい綾の文様のような模様が入り混じる。その一つ一つまで絵に描き留めておきたいほどで、仙境に遊んでいるうちに斧の柄が朽ちてしまったという昔話のように、時のたつのも忘れそうな気持ちで、一日を過ごした。
若い女房たちは、思い思いにこんな歌を詠み交わした。
風吹けば波の花さへ色見えてこや名に立てる山吹の崎
風が吹けば、波に咲く白い花にまで山吹の色が映って見える。こここそ、名高い山吹の崎というところなのでしょうか。
春の池や井手の川瀬にかよふらむ岸の山吹そこも匂へり
この春の池は、あの山吹で名高い井手の川瀬へ通じているのでしょうか。岸辺の山吹が、ここでも一面に美しく咲き匂っています。
亀の上の山も尋ねじ舟のうちに老いせぬ名をばここに残さむ
不老不死の仙人が住むという亀の背の山など、もう探しには行きません。この舟遊びの思い出の中に、老いることのない名を残しましょう。
春の日のうららにさしてゆく舟は棹のしづくも花ぞ散りける
うららかな春の日差しの中を進んでゆく舟では、棹からこぼれる雫までも、花が散っているように見えます。
そんな他愛のない歌を、それぞれの心のままに詠み交わしているうち、これからどこへ行くのかも、どこの家へ帰るのかも忘れてしまいそうになる。若い女房たちの心をこれほど夢中にさせるのも、無理もない水の上の眺めだった。
暮れゆく池に響く楽の音
日が暮れかかるころ、「皇麞」という楽がたいそう美しく聞こえてきた。もっと舟に乗っていたい気持ちとは裏腹に、舟は釣殿へ寄せられ、女房たちはそこへ降りた。釣殿のしつらえは、余計なものを省いた簡素なものながら、かえって洗練されている。そこには各御殿から来た若い女房たちが、自分こそ人には負けまいと趣向を凝らした装束をまとって並んでいた。その顔立ちも衣の色も、さまざまな花を織り交ぜた錦にも劣らないほど華やかに見える。
世間ではなかなか耳にすることのない珍しい楽が次々と奏された。舞人たちも、源氏がとりわけ優れた者ばかりを選ばせていたのである。
夜になると、まだこれで終わるのは惜しいという気持ちがますます募った。庭には篝火を焚き、御階の下の苔の上へ楽人たちを呼び寄せる。上達部や親王たちも、それぞれ琴や琵琶などの弾き物、笛などの吹き物を手にして演奏に加わった。
音楽の師たちも、特に優れた者だけが揃って双調を吹き、御殿の上では、それを待ち受けていた琴の数々が、華やかに音を合わせて弾き立てられる。「安名尊」を合奏するころには、こんな時代に生きている甲斐があるとさえ思われた。音楽の良し悪しなどまるでわからないような身分の低い男たちまで、門のあたりに隙間もないほど集まった馬や車の間にまぎれ込み、嬉しそうに顔をほころばせながら聞き入っていた。
空の色も、音楽の響きも、やはり春という季節の調べには格別なものがある。その違いを、人々もきっと感じ取っていたことだろう。演奏は一晩中続いた。返り声には「喜春楽」まで加わり、兵部卿宮は「青柳」を繰り返し、実に見事に歌った。主人である源氏もそこへ声を添えた。
玉鬘に心を寄せる男たち
とうとう夜が明けた。朝ぼらけの鳥のさえずりを、中宮は御殿を隔てた向こうから、いかにも残念そうにお聞きになっていた。
六条院は、いつでも春の光を閉じ込めているような美しい邸である。それなのに、そこへ心を尽くして恋い慕うような女君がもう一人いないことを、物足りなく思う若い男たちもいたらしい。ところが今では、西の対の姫君――玉鬘が、何の欠点もない美しい方だということ、源氏もことさらに大切に扱っているということが、世間へ広く伝わっている。以前から源氏が予想していたとおり、玉鬘へ心をなびかせる男たちは、これからますます多くなることだろう。
自分ならそれなりの身分だと自負している男の中には、何かの折を見つけては、遠回しに思いをほのめかしたり、実際に言葉にして申し込んだりする者もいた。そこまで露骨には言い出せず、胸の内だけで恋の炎に焼かれている若君たちもいるのだろう。その中でも、事情を何も知らない内大臣家の中将――柏木などは、どうやら本気で恋に落ちてしまいそうである。
兵部卿宮もまた、長年連れ添った北の方を亡くして、この三年ほど独り身で寂しく暮らしていたので、今では遠慮する必要もないと、はっきり玉鬘へ心を見せはじめていた。
この朝の宮は、わざとひどく気楽そうに振る舞い、少し乱れたような姿で藤の花を挿頭にして、しなやかに浮き立っていらっしゃる。その姿はとても魅力的だった。源氏も内心では、まさに自分が思っていたとおりの展開になった、と面白く感じていたが、あまりにも露骨になるのもどうかと、何も知らない顔をしている。
酒杯が回ってきた折、兵部卿宮はひどく困ったようにためらいながら、「もし胸に思うことがなければ、このまま逃げて帰ってしまいたいくらいです。これはとても耐えられませんよ」と言った。
紫のゆゑに心をしめたれば淵に身投げむ名やは惜しけき
紫の花に縁のある方へすっかり心を奪われてしまった今となっては、恋の淵へ身を投げたと噂されようが、惜しい名などありません。
そう詠んで、源氏にも自分と同じ藤の挿頭を差し出す。源氏はひどくにこやかに笑って答えた。
淵に身を投げつべしやとこの春は花のあたりを立ち去らで見よ
本当に淵へ身を投げるほどの思いなのか、この春は花のそばを立ち去らずにいて、ゆっくり確かめてみてはいかがです。
源氏が強く引き留めるので、宮もそこを離れることができず、その朝の音楽は昨夜にもまして楽しいものとなった。
鳥と蝶が舞う中宮の御読経
その日は、中宮の御読経が始まる日でもあった。昨夜から参集していた人々の中には、そのまま帰宅せず、休息する場所を借りて昼の正装へ着替える者も多かった。何か差し支えのある人だけは、いったん退出していった。
正午ごろになると、皆が中宮のもとへ参集した。源氏をはじめとして、高貴な人々が次々と席に着き、殿上人たちもほとんど残る者なく参上する。その多くは源氏の権勢によっていっそう盛大にもてなされ、中宮の御威光も実に尊く、荘厳に見えた。
春の御殿の紫の上は、中宮への心づくしとして、仏前に花を供えさせた。鳥と蝶の姿にそれぞれ装束を分けた童女を八人選び、その顔立ちまで特に美しい子を揃えてある。鳥の姿の童女には、銀の花瓶に桜を挿して持たせ、蝶のほうには黄金の瓶に山吹を挿して持たせた。どちらにも同じ花の房をたっぷりと飾りつけ、世にもないほど美しく仕立ててある。
童女たちは南の庭の築山のあたりから舟で漕ぎ出して、中宮の御前へ姿を現した。そのとき風が吹き、瓶に挿した桜の花びらが少し散って空へ入り乱れる。空は明るくうららかに晴れ、霞の中から鳥や蝶の童女たちが姿を現す様子は、しみじみと心を誘い、優美そのものだった。わざわざ平張などを移して大がかりな楽屋を設けることはせず、御前へ渡された廊を楽屋のように使い、仮に胡床を並べただけである。
童女たちは御階の下まで進み、持ってきた花を差し上げた。行香を務める人々がそれを受け取り、仏前に供える閼伽の花に加えた。
紫の上からの消息は、源氏の中将――夕霧が中宮へお届けした。
花園の胡蝶をさへや下草に秋待つ虫はうとく見るらむ
春の花園を舞う胡蝶まで、秋を待つ草むらの虫であるあなたは、よそよそしく御覧になるのでしょうか。
中宮は、以前の紅葉の折に交わした歌への返事なのだ、と微笑みながら御覧になった。昨日、春の御殿の舟遊びを見た女房たちも、「なるほど。やはり春の美しさを、簡単に負けさせることなどできませんわね」と、花の見事さにすっかり心を折られたように言い合っている。
折しも鴬がうららかに鳴く中、「鳥」の楽が華やかに響き渡り、池の水鳥まで、どこからともなく声を合わせるようにさえずっている。曲が急の部分に入って終わりへ向かうころには、いつまでも見ていたいほど面白い。「蝶」の舞はさらに軽やかで、蝶そのもののようにはかなげに飛び立ち、山吹を植えた垣根の下、咲きこぼれる花の陰へ舞い出ていった。
中宮の亮をはじめ、しかるべき殿上人たちが次々と禄を受け取り、それを童女へ与える。鳥の童女には桜色の細長、蝶の童女には山吹襲が与えられた。まるで初めから相談して用意したように、舞の姿にぴったりの色合いだった。楽人たちには白い一襲や腰差などが、それぞれ身分に応じて与えられる。夕霧には藤色の細長を添え、女の装束まで褒美としてお与えになった。
中宮から紫の上への返事には、「昨日は、あの美しい音楽を遠くから聞いて、声を立てて泣きたいほど残念でした」とあり、続けてこう詠まれていた。
胡蝶にも誘はれなまし心ありて八重山吹を隔てざりせば
もし私にその気があって、この八重山吹の垣根が私たちを隔てていなかったなら、胡蝶に誘われて、そちらの春の花園へ出て行ったことでしょう。
どれほど優れた方々でも、こうしたちょっとした機会の歌となると、思うようには詠めないものなのだろうか。どうも、どちらの歌も言葉遣いがそれほど見事とは聞こえないようである。
そうそう、昨日舟遊びを見物した女房たちには、中宮からそれぞれ気の利いた贈り物まであったそうだ。けれど、そんな細かなことまでいちいち書いていたら煩わしいので、このあたりでやめておこう。
朝となく夕となく、六条院ではこんなちょっとした遊びが絶えず行われていた。皆が思う存分に楽しんで日々を過ごしているので、仕えている人々まで自然と悩みなど忘れたような気持ちになり、あちらの御殿、こちらの御殿と、女君たちの間でも親しく便りを交わしていた。
玉鬘に届く恋文
西の対の玉鬘は、あの男踏歌の折にほかの女君たちと顔を合わせてからは、こちらとも親しく便りを交わすようになった。心の奥がどこまで深い方なのか、それとも案外あっさりした方なのかはともかく、表に現れる様子にはたいそう気品があり、親しみやすい。人が心の垣根を作りたくなるようなところのない人柄なので、どの御殿の女君たちも玉鬘へ好意を寄せていた。
玉鬘へ求婚する男も大勢いた。しかし源氏は、並大抵の相手に簡単に決めようとはしない。それどころか、自分自身の心にも、最後までただの父親として割り切れない思いが混じっているのだろうか。「いっそ本当の父である内大臣に知らせてしまおうか」と考えることさえ、ときどきあった。
夕霧はほかの男たちより少し身近な者として、御簾のそばへ寄って話しかけ、玉鬘自身が返事をすることもあった。玉鬘のほうではやはり恥ずかしく感じているのだが、周囲の人々も二人を兄妹の間柄だと思っている。夕霧自身も生真面目な性格なので、玉鬘へ恋心を抱くなどということはまったく考えていなかった。
一方、内大臣の息子たちは、この玉鬘に惹かれ、あれこれと恋心をほのめかしては、相手にされないのを嘆きながら通い続けている。玉鬘にとっては本当は自分の兄弟なのだから、普通の求婚者に向けるような恋の情趣を感じるどころではない。心の中ではただ気の毒で、「どうか本当の父上に、私が娘なのだと知っていただけたら」と密かに願っていた。それでも、その思いを誰にも漏らしはしない。ただひたすら源氏を父として信頼しきっているところは、若々しく、いじらしいほどだった。
特に誰かにそっくりというわけではないものの、やはり亡き母・夕顔の面影がとてもよく感じられる。ただ、母よりも少し物事のはっきりした、才気のあるところが加わっているようだった。
衣替えを迎え、すべてが新しく変わっていくころ、空の様子まで、どうということもないのに妙に心を誘う。源氏はのんびりと暮らしながら、さまざまな遊びに興じていた。そのうち西の対へ男たちから届く恋文が次第に多くなっていくのを見て、「やはり思ったとおりだ」と面白がり、何かというと玉鬘のもとへやって来ては手紙を読んだ。相手によっては「これは返事をしておきなさい」と勧めたりもするので、玉鬘は気が休まらず、ひどく困っていた。
兵部卿宮からは、まだそれほど時もたっていないというのに、焦れきったような恨み言をぎっしり書き連ねた手紙が届いていた。源氏はそれを見つけ、声を立てるほどではないが、実に楽しそうに笑った。
「昔から、私と宮との間には何の隔てもなく、大勢いる親王たちの中でも、この宮とはお互い特別に親しくしてきたんだ。ただ、こういう恋の話だけは、ひどく隠し合ってきた。それが人生も後半に入って、宮がこんなふうに恋に夢中になっているのを見ると、面白くもあり、しみじみもするね。やはりお返事くらい差し上げなさい。少しでも風流を解する女なら、あの宮以外に、これほど言葉を交わすのにふさわしい男はそうはいないと思うよ。とても魅力のある方なのだから」
若い女なら聞くだけで憧れそうなほど、源氏は兵部卿宮のよさをいろいろと教えてやる。けれど玉鬘は、ただ恥ずかしく思っているばかりだった。
右大将からも手紙が来ていた。日ごろはひどく生真面目で、重々しく構えている人なのに、今では「恋の山では孔子さえ倒れる」というたとえを、そのまま見せているような嘆きようである。それもそれで面白いものだと、源氏は求婚者たちの手紙を一つ一つ見比べた。
その中に、唐の縹色の紙で、しっとりと親しみ深い香を濃く焚きしめたものを、細く小さく結んだ手紙があった。
「これはどうしたのだろう。どうしてこんなに思い悩んだように結んであるんだ」
そう言って源氏が結び目を解くと、筆跡もたいそう美しい。
思ふとも君は知らじなわきかへり岩漏る水に色し見えねば
どれほど私が思い焦がれていても、あなたにはわからないでしょう。岩の間から激しく湧き出す水のように、この思いには目に見える色がないのですから。
書きぶりも今風で、どこか洒落た感じだった。
「これは誰からなの?」と源氏が聞いても、玉鬘ははっきり答えようとはしない。
源氏が玉鬘に説く恋の心得
そこで源氏は右近を呼び出した。
「これからこうして便りを寄こす男たちには、相手をよく選んで、しかるべき返事はさせるようにしなさい。今時の、恋好きで浮ついた男が、都合の悪い振る舞いをしてしまうのも、男ばかりの罪とは限らないものだよ。
私自身の昔を思い出してみても、女があまり情けなく冷たい態度を取れば、その時には『なんて思いやりのない、恨めしい人だ』と腹も立った。相手によっては、あまりの身分違いに驚いたりもしたものだ。けれど、花だの蝶だのという程度の、たいして深い意味もないちょっとした便りにまで、わざと腹立たしいほど冷淡に振る舞うと、かえって男の心を掻き立ててしまうこともある。そのまま男が忘れてしまったとしても、いったい何の罪があるだろう。
反対に、ほんの機会に乗じただけの軽い手紙へ、すぐ事情を察して気軽に返事をするのも、そんなことをしなくてよかったのにと後々まで非難される種になる。何より女というものは、何事にも慎みがなく、自分の心のままに振る舞い、何でも人情を知っているような顔をして、風流なことには何でも通じている、というふうになると、積もり積もってかえってつまらないものだ。
もっとも、兵部卿宮や右大将ほどの方々なら、ただの気まぐれで口先だけのことを言ってくるような方ではない。一方で、そういう方々からの便りにあまりにも何もわからないような態度を取るのも、あなたの身分にはふさわしくない。その方々より下の男なら、どれほど真剣に思っているかを見て、それぞれに情けを分けてやればいい。人としての嗜みや経験も考えて相手をしなさい」
源氏がそんなことを長々と話していると、玉鬘は向こうを向いて座っている。その横顔が実に美しい。撫子色の細長に、この季節の花を思わせる色の小袿を重ねた取り合わせも、親しみやすく、今風に洗練されていた。
確かに以前は田舎育ちらしいところが残っていたが、今ではそれもただ、おっとりと素直な雰囲気としてわずかに感じられるだけだった。周囲の人々を見て世間を知るにつれ、身のこなしもすっかり整い、しなやかで、化粧にもきちんと心を配っている。そのため、いよいよどこにも物足りないところがなく、華やかでかわいらしく見える。こんな人をほかの男の妻にしてしまうのは、あまりにも惜しい――源氏はそんな気持ちになっていた。
右近も微笑みながら二人を見て、「父君と申し上げるには、殿はあまりにもお若い。むしろお二人が並んでおられる姿なら、それはそれはお似合いでしょうに」と、心の中で思っていた。
右近は、「姫君が殿方からのお便りを、私どもを通してお受け取りになるようなことは、まったくございません。以前にも殿が御存じになって御覧になった三、四通ほどは、突き返して相手に恥をかかせるのもいかがなものかというので、お手紙だけはお取り入れいたしましたけれど、お返事はまったくなさいません。殿からお返事するようお勧めになった時だけです。それさえ、姫君には苦痛でいらっしゃるようでございます」と答えた。
「では、この若々しく小さく結んである手紙は誰のものなのだ。ずいぶん思いを込めて書いているようだね」と、源氏は微笑みながらもう一度眺める。
右近が言った。「あれは、どうしてもここへ置いていくのだと強く申し置いて帰られたものでございます。内大臣家の中将様が、こちらにお仕えしている『みるこ』という女童を以前から御存じで、その子をつてにお届けになったのでございます。ほかに中身を見た者もございませんでした」
「なんともかわいらしいことをするものだ。たとえまだ身分が低いとしても、あの内大臣家の若君たちを、そうひどく恥ずかしい目に遭わせてはいけないよ。公卿といっても、この中将の世間での評判に必ずしも並べない人はいくらでもいる。その中でも、ずいぶん落ち着いた男だ。いつか思いがけず縁が結ばれる時だってないとは限らない。あからさまに相手にするのではなく、うまく言葉をぼかして返事をしておけばよい。なかなか見どころのある手紙ではないか」
そう言って、源氏はなかなかその手紙を手放さなかった。
父として語りながら揺れる源氏の心
「私がこんなふうにあれこれ言うのを聞いて、何か別の思惑でもあるのではないかと、あなたが嫌に思っているのではないかと、それが気にかかるんだ。本当のお父上である内大臣に、あなたのことを知らせるのも考えないではない。けれど、まだこれということもない若いうちに、長い年月隔たっていた親子の間へ突然あなたが現れるのも、どうなのだろうと思ってね。やはり世間の女性と同じように、まず結婚する相手が決まって、きちんと落ち着いた身の上になったところで、何かふさわしい機会があるのではないかと思っている。
兵部卿宮は、今は独り身でいらっしゃるようだけれど、人柄がずいぶん浮気っぽい。通っていらっしゃる女も大勢いると聞くし、『召人』などという、聞くだけでもあまり感じのよくない名で呼ばれている女たちまで、何人もいるそうだ。
そういうことがあっても、嫉妬深くならず、うまく見て見ぬふりができる女なら、穏やかにやっていけるだろう。けれど少しでも心に癖のある女なら、そのうち夫に疎まれるようなことも自然と起こるものだ。そこはよく考えなければならない。
右大将のほうは、長年連れ添った妻がすっかり年を取りすぎてしまったので、もう耐えられないというように、新しい相手を探しているらしい。けれど、そのことも周囲の人々は面倒なことだと思っているようだ。なるほど無理もない話ではあるから、私も人知れず、あれこれ考えては、あなたを誰に決めればいいのか迷っているんだ。
こういう結婚の話というものは、実の親子の間でさえ、『私はこうしたい』とはっきり語り出しにくいものだ。けれど、あなたももう何もわからないほど幼い年ではない。今なら、どうして自分のことを自分で考えられないことがあるだろう。だから私を、昔風に言えば母親のようなものだと思って、何でも相談しなさい。あなたの心にかなわない結婚をさせるのは、私もつらいから」
源氏があまりにも真剣な調子で話すので、玉鬘は苦しくなり、何と返事をすればよいかもわからない。ただ、あまりに何も言えないのも子供じみていて嫌だと思い、「物心のつかないころから、父母というものはそばにいないのが当たり前になっておりますので、こうしたことをどうしたいとも、自分では考えられないのでございます」と答えた。
その答え方が実に素直なので、源氏も、なるほどそうだった、と胸を打たれた。
「それなら、世間でいう『後からできた親』を、本当の親と思うように私を頼りなさい。私が決していい加減な気持ちであなたを大切にしているのではないことも、これから最後まで見届けてくれるだろうね」
そう言って親しげに語る。けれど、自分が本当に胸に抱いていることは、さすがに口に出すには恥ずかしく、言えない。ときどき思わせぶりな言葉を交ぜても、玉鬘はそんな意味を知らないので気づかない。それがかえって歯がゆく、源氏はため息をつきながら自分の御殿へ戻った。
途中、庭先近くに生えている呉竹が、まだ若々しく伸びて、風に柔らかくなびいているのが目に入った。源氏はそこに足を止めた。
ませのうちに根深く植ゑし竹の子このおのが世々にや生ひわかるべき
この垣根の内に、私が深く根を下ろさせて育ててきた若竹が、やがて私から離れ、それぞれ別の世界へ育っていってしまうのでしょうか。
「そう思うと、なんとも恨めしいことだね」と言いながら、源氏は御簾を引き上げて玉鬘へ聞かせた。玉鬘も膝を進めて出てきて答える。
今さらにいかならむ世か若竹の生ひ始めけむ根をば尋ねむ
今さら、いったいいつになればよいのでしょう。もうこれほど育ってしまった若竹が、自分を生み育てはじめた本当の根を尋ねるなどというのは。
「かえって知らないままでいるほうがよいのかもしれません」と玉鬘が言うのを、源氏はたいそうしみじみと聞いた。
けれど、本当のところ玉鬘の心は、歌に詠んだとおりではなかった。いつになったら源氏は自分の素性を父に話してくれるのだろう、と待ち遠しく、切ない思いでいる。ただ、それと同時に、源氏が自分へ向けてくれている心づかいが、世にも珍しいほどありがたいものだともよくわかっていた。
「たとえ本当の父上だとしても、生まれた時から馴染んできたわけではないのだから、こんなに細やかに世話をしてくださることはないのではないかしら」
昔物語などを読んだりするうち、玉鬘もだんだん人のあり方や世の中というものを知るようになっていた。それだけにかえって、自分から父を求めている気持ちを源氏に知られるのは、とても恥ずかしくてできそうにないと思っていた。
紫の上が見抜いた源氏の心
源氏は、玉鬘をますますかわいらしいと思うようになり、そのことを紫の上にも話した。
「不思議なくらい人を惹きつける人だね。あの昔の人――母親の夕顔は、あまりにも何も知らず、どこまでも素直すぎるようなところがあった。この姫君は、ものの道理もちゃんとわかりそうだし、それでいて人を近づける親しみやすさもある。見ていて危なっかしいところがないんだ」
源氏がそんなふうに褒めるのを聞きながら、紫の上は、源氏が玉鬘をただ娘としてだけ見ているわけではなさそうな心の動きをよく知っていた。そのため、思い当たることがあって言った。
「姫君は物事をよくおわかりになりそうな方ですのに、何の疑いもなく、すっかりあなたを父親として信じていらっしゃるのでしょう。それがかえってお気の毒ですわね」
「どうして。私がそんなに頼りにならない男だとでもいうのかい」
源氏がそう返すと、紫の上は微笑みながら、「さあ、どうでしょう。私自身、昔、あなたのお心のせいで我慢できないほど物思いをさせられたことが、まるで一度もなかったとでもおっしゃるのですか」と言った。
源氏は、なんと察しの早い人だろう、と思った。
「まあ、ひどいことを考えるね。私だって、そこまで何もわからない人間ではないつもりだよ」
それ以上話すのも面倒になり、源氏はそこで口をつぐんだ。けれど心の中では、紫の上にまでこうして勘づかれるほどなら、この先いったいどうすればよいのだろうと心が乱れる。それと同時に、自分の心がなんとも筋違いで、よろしくない方向へ傾いていることも、改めて思い知らされた。
それでも心にかかってしかたがないので、源氏はその後もたびたび西の対へ通い、玉鬘の姿を見るのだった。
夕顔の面影に惑う源氏
雨が降ったあとの、ひどくしっとりとした夕暮れだった。庭先の若楓や柏の木が青々と茂り合い、これという理由もなく心地よく感じられる空模様を、源氏は眺めていた。
「和して、また清し」と詩の句を口ずさんだとたん、まず玉鬘の華やかな美しさが心に浮かんだ。そこでいつものように、人目を避けてひっそりと西の対へ渡っていった。
玉鬘は気楽に手習いなどをしていたところだったが、源氏が来たので起き上がった。恥じらって染まる顔の色が、実に美しい。その柔らかく穏やかな雰囲気に、源氏はふいに昔の夕顔を思い出した。そうなると、もう気持ちを抑えることができない。
「初めてあなたを見た時には、これほどまで似ているとは思わなかったんだ。ところが不思議なことに、時々、まるで昔のあの人本人ではないかと見間違えるほどに思えることがある。なんとも胸にしみることだよ。中将などは、亡くなった母親の昔の面影をまったく感じさせないものだから、親子だからといって必ず似るものではないのだと思っていたのに、あなたのような人もいるのだね」
源氏はそう言って涙ぐんだ。そばにあった箱の蓋に果物が盛られていて、その中に橘がある。源氏はそれを手に取って弄びながら詠んだ。
橘の薫りし袖によそふれば変はれる身とも思ほえぬかな
昔、橘の香のように懐かしく薫っていたあの人の袖にあなたを重ねて見ると、別の人へ生まれ変わってしまったとは、とても思えないほどです。
「私はずっと、あの人のことを心にかけ、忘れられずにきた。慰められることもないまま過ぎてしまった長い年月のあとで、こうしてあなたを見ると、これは夢ではないかとばかり思ってしまう。それでも、やはりこの気持ちは抑えきれそうにない。どうか私を嫌わないでおくれ」
そう言って、源氏は玉鬘の手を取った。
玉鬘は、これまで源氏からこんなふうに触れられたことなどなかったので、ひどく嫌な気持ちになった。それでも性格がおっとりしているので、激しく手を振り払うようなことはしない。
袖の香をよそふるからに橘の身さへはかなくなりもこそすれ
袖の香が似ているというだけで、私を母になぞらえておしまいになるのなら、橘の花のように、この身まで母と同じくはかなくなってしまいそうで怖うございます。
玉鬘はもう煩わしくてたまらないというように、顔を伏せてしまった。その姿はひどく愛らしい。ふっくらとした手つき、ほどよく肉づいた姿、きめ細かく美しい肌――そんなところまで目に入ると、源氏にはかえって新たな物思いが加わってしまうようだった。そしてこの日はとうとう、自分が胸の内に秘めていた思いを、少しばかり玉鬘に知らせてしまった。
玉鬘は、なんということだろう、どうすればいいのだろうと、ひどく嫌な気持ちになった。体が震えているのも、はっきりわかる。
それなのに源氏は、「どうしてそんなに私を嫌うのだろう。私はこの気持ちをずいぶんうまく隠しているのだから、ほかの人に気づかれて咎められるようなこともないよ。これまでの愛情が浅かったわけでもないのに、そこへさらにこんな思いまで加わったのだから、自分でもこの世に二つとないほど深い気持ちのように思える。あなたに便りを寄こす男たちのことだって、だからといって軽く見てよいなどとは言わない。これほど深く人を思える男など、世の中にはめったにいないのだから、ただ心配なのだ」と言う。
なんともまあ、賢そうに理屈を並べた「親心」であることよ。
雨上がりの夜、玉鬘の恐れ
雨はやみ、風が竹を鳴らしはじめた。雲間から鮮やかな月の光が差し出し、しっとりとした夜の景色が美しい。女房たちは、源氏と玉鬘が親密な話をしているのだろうと遠慮して、すぐそばには控えていなかった。
二人は日ごろからよく顔を合わせているとはいえ、こんなふうに人のいない、都合のよい機会はめったにない。しかも、すでに口に出して自分の思いを知らせてしまった勢いもあったのだろう。源氏は、近くに寄っても不自然に見えないよう、柔らかな衣を巧みに広げて姿を隠すようにしながら、玉鬘のすぐそばへ横になった。
玉鬘には、それがもう耐えられないほど嫌だった。人に知られたら何と思われるだろうということまで、これまで経験したことのないほど恐ろしく感じられる。
――もしここが本当の父上のおそばだったなら。たとえ私をたいして大切にはしてくださらなくても、こんなふうな、つらく恐ろしい目に遭うことだけはなかったでしょうに。
そう思うと悲しくて、こらえようとしても涙が次々とこぼれ落ちる。その様子があまりにも痛々しいので、源氏は言った。
「そんなふうに思われることこそ、私にはつらいよ。まったく縁のない知らない男でさえ、男女の仲とはそういうものだという世の習いで、女はみな受け入れるものらしいではないか。それなのに、私とはもうこんなに長い年月、親しく過ごしてきた。これくらい私が気持ちを見せることの、何がそれほど嫌なのだろう。これ以上、無理にあなたを困らせるような心は、決して見せないつもりだ。ただ、どうしても忍びきれないほどあふれてしまった思いを、少し慰めているだけなんだよ」
源氏は、いかにも切なそうに、やさしい言葉をいくつも重ねた。まして、こうして間近に感じる玉鬘の気配は、ただもう昔の夕顔その人といるように思われ、源氏にはたまらなく懐かしく、哀れだった。
けれど、自分のしたことながら、これはあまりにも突然で、浮ついた振る舞いではないかという自覚もあった。源氏は何度も自分を抑え、女房たちにも不審に思われるだろうと考えて、夜があまり深くならないうちに立ち上がった。
「これであなたが私を嫌い抜いてしまうのなら、それこそ私はつらい。世間のほかの男たちは、私ほどこんなふうに愚かになるものではないよ。私のあなたへの思いは、限りも底もわからないほど深いのだから、それで世間の人に咎められるようなことには、決してしないつもりだ。ただ、昔の人が恋しくてならない、その慰めとして、ちょっとしたことでも話したいんだ。あなたも同じ気持ちで返事くらいしておくれ」
源氏はひどく細やかに言い聞かせたが、玉鬘はもう自分が自分でないような状態で、ただただ嫌でたまらないと思っている。
源氏は、「あなたは、そこまで思いやりのない人だとは思っていなかったのに。ずいぶんひどく私を憎むようだね」と嘆き、「決して、このことを人には気づかせないように」と念を押して出ていった。
玉鬘は年齢だけならもう十分大人だった。けれど世間というものをほとんど知らず、少し遊び慣れた男が女性へどう振る舞うのかさえ身近に見た経験がない。そのため、これ以上に男女が近づくということすら想像したことがなかった。
――世の中とは、思ってもみなかったものなのだわ。
そう思うと嘆かわしく、あまりにも顔色まで悪くなったので、女房たちは「御気分がお悪いようです」と心配し、あれこれ世話をした。
「殿は、本当に細やかに姫君のことを思ってくださっていますね。なんともありがたいことでございます。本当の御父君でいらしたとしても、これほど何一つ行き届かないところなく、お世話してくださるものではございませんでしょう」
兵部という女房などが、こっそりそんなことを言う。それを聞くたびに玉鬘は、ますます、誰も思いも寄らない源氏の心が嫌で嫌でならなくなった。そして、そんな人を父と信じて頼らなければならない自分の身の上こそが、何よりつらいのだった。
翌朝の手紙と、逃れられない物思い
翌朝早く、源氏から手紙が届いた。玉鬘は気分が悪いと言って横になっていたが、女房たちが硯などを持ってきて、「早くお返事を」と勧めるので、しぶしぶ手紙を開いた。
白い紙で、見た目だけなら素直で飾り気もなく、きちんとしたものなのに、文字はこの上なく美しく書かれている。
「昨夜の、あれほどひどい御仕打ちこそ、つらくて忘れられません。人が見たら、いったいどう思ったことでしょうね。
うちとけて寝も見ぬものを若草のことあり顔にむすぼほるらむ
私たちは打ち解けて共寝をしたわけでもないのに、どうして若草のあなたは、何か大変なことでもあったように、そんなに固く心を閉ざしているのでしょう。
まったく、まだ子供のようなお方なのですね」
最後には、相変わらず自分が父親であるかのような言葉まで添えてある。それが玉鬘にはひどく憎らしく思われた。
とはいえ、まったく返事をしなければ、かえって周囲の目に不自然に映る。そこで、ふっくらと厚みのある陸奥紙に、ただこれだけを書いた。
「お手紙は拝見いたしました。気分がひどく悪うございますので、お返事は申し上げません」
それだけの返事を見て、源氏は、「こんなところは、さすがにきっぱりしているな」と微笑んだ。そして、玉鬘が冷たいからこそ、かえって恨みを言う余地ができたような気持ちになる。まったく困った心というほかない。
一度とうとう恋情を表に出してしまってからは、もう「いつかは言い出すのだろうか」と玉鬘に思わせるような曖昧な態度ではなくなり、源氏は何かにつけ、煩わしいほど思いを訴えるようになった。そのため玉鬘はますます息苦しく、自分の身をどこへ置けばよいのかわからないほどの物思いを抱え、体まで具合が悪くなっていった。
しかも、この事情を知っている者はほんのわずかしかいない。疎い人も親しい人も、誰もが源氏を玉鬘の完全な父親だと思っている。
――もしこんな気配が世間へ漏れでもしたら、どれほど笑いものにされ、嫌な噂を立てられることでしょう。本当の父である内大臣が探し当てて事情を知ったとしても、源氏の思いが真剣な結婚の意思などではないのなら、それだけでも困るのに、まして父上は、なんと軽率なことだと驚き呆れながら、この噂を耳にされることでしょう。
玉鬘はあれこれと思い乱れ、少しも心の休まる時がなかった。
一方、兵部卿宮や右大将などは、源氏が自分たちの求婚をまったく拒んでいるわけではないらしい、と人づてに聞き、ますます熱心に玉鬘へ思いを訴えるようになった。
あの「岩漏る水」の歌を送った柏木も、源氏が自分の求婚を許しているらしいということを、どこからかかすかに聞きつけていた。玉鬘が実は自分の姉であるという本当の事情など、もちろん何も知らない。ただただ嬉しくなって、すっかり本気になり、返事をもらえない恨みを訴えながら、夢中で恋文を送り続けているようである。
