『源氏物語』第26帖「常夏」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

いと暑き日、東の釣殿に

 いとあつひむがし釣殿つりどのでたまひてすずみたまふ。中将ちゅうじゃうきみもさぶらひたまふ。したしき殿上人てんじゃうびとあまたさぶらひて、西川にしかはよりたてまつれるあゆちかかはのいしぶしやうのもの、御前おまへにて調てうじてまゐらす。れい大殿おほとの君達きむだち中将ちゅうじゃうおほんあたりたづねてまゐりたまへり。

「さうざうしくねぶたかりつる、をりよくものしたまへるかな」

 とて、大御酒おほみきまゐり、氷水ひみづして、水飯すいはんなど、とりどりにさうどきつつふ。

 かぜはいとよくけども、のどかにくもりなきそらの、西日にしびになるほど、せみこゑなどもいとくるしげにこゆれば、

みづうへ無徳むとくなる今日けふあつかはしさかな。無礼むらいつみゆるされなむや」

 とて、したまへり。

「いとかかるころは、あそびなどもすさまじく、さすがに、らしがたきこそくるしけれ。宮仕みやづかへするわかひとびとへがたからむな。おびほどかぬほどよ。ここにてだにうちみだれ、このころにあらむことの、すこしめづらしく、ねぶたさめぬべからむ、かたりてかせたまへ。なにとなくおきなびたる心地ここちして、世間せけんのこともおぼつかなしや」

 などのたまへど、めづらしきこととて、うちこえむ物語ものがたりもおぼえねば、かしこまりたるやうにて、みないとすずしき高欄かうらんに、背中せなかしつつさぶらひたまふ。

いかで聞きしことぞや

「いかできしことぞや、大臣おとどのほかばらむすめたづでて、かしづきたまふなるとまねぶひとありしかば、まことにや」

 と、弁少将べんのせうしゃうひたまへば、

「ことことしく、さまでひなすべきことにもはべらざりけるを。このはるのころほひ、夢語ゆめがたりしたまひけるを、ほのつたへはべりけるをんなの、われなむかこつべきことあると、のりではべりけるを、中将ちゅうじゃう朝臣あそんなむきつけて、まことにさやうにればひぬべきしるしやあると、たづねとぶらひはべりける。くはしきさまは、えりはべらず。げに、このころめづらしき世語よがたりになむ、ひとびともしはべるなる。かやうのことにぞ、ひとのため、おのづから家損けそんなるわざにはべりけれ」

 とこゆ。「まことなりけり」とおぼして、

「いとおほかめるつらに、はなれたらむおくるるかりを、ひてたづねたまふが、ふくつけきぞ。いとともしきに、さやうならむもののくさはひ、見出みいでまほしけれど、のりもものきはとやおもふらむ、さらにこそこえね。さても、もてはなれたることにはあらじ。らうがはしくとかくまぎれたまふめりしほどに、そこきよまぬみづにやどるつきは、くもりなきやうのいかでかあらむ」

 と、ほほみてのたまふ。中将ちゅうじゃうきみも、くはしくきたまふことなれば、えしもまめだたず。少将せうしゃう藤侍従とうじじゅとは、いとからしとおもひたり。

朝臣あそんや、さやうの落葉おちばをだにひろへ。人悪ひとわろきのちのこらむよりは、おなじかざしにてなぐさめむに、なでふことかあらむ」

 と、ろうじたまふやうなり。かやうのことにてぞ、うはべはいとよき御仲おほんなかの、むかしよりさすがにひまありける。まいて、中将ちゅうじゃうをいたくはしたなめて、わびさせたまふつらさをおぼしあまりて、「なまねたしとも、きたまへかし」とおぼすなりけり。

 かくきたまふにつけても、

たい姫君ひめぎみせたらむとき、またあなづらはしからぬかたにもてなされなむはや。いとものきらきらしく、かひあるところつきたまへるひとにて、しきけぢめも、けざやかにもてはやし、またもてかろむることも、ひとことなる大臣おとどなれば、いかにものしとおもふらむ。おぼえぬさまにて、このきみをさしでたらむに、えかろくはおぼさじ。いときびしくもてなしてむ」などおぼす。

夕つけゆく風、いと涼しくて

 ゆふつけゆくかぜ、いとすずしくて、かへわかひとびとはおもひたり。

こころやすくうちやすすずまむや。やうやうかやうのなかに、いとはれぬべきよはひにもなりにけりや」

 とて、西にしたいわたりたまへば、君達きむだちみな御送おほんおくりにまゐりたまふ。

 たそかれどきのおぼおぼしきに、おな直衣なほしどもなれば、なにともわきまへられぬに、大臣おとど姫君ひめぎみを、

「すこしでたまへ」

 とて、しのびて、

少将せうしゃう侍従じじゅなどてまうでたり。いとけりまほしげにおもへるを、中将ちゅうじゃうの、いと実法じほふひとにてぬ、無心むじんなめりかし。

このひとびとは、みなおもこころなきならじ。なほなほしききはをだに、まどうちなるほどは、ほどにしたがひて、ゆかしくおもふべかめるわざなれば、このいへのおぼえ、うちうちのくだくだしきほどよりは、いとぎて、ことことしくなむおもひなすべかめる。かたがたものすめれど、さすがにひときごとらむにつきなしかし。

かくてものしたまふは、いかでさやうならむひとのけしきの、ふかあささをもむなど、さうざうしきままにねがおもひしを、本意ほいなむかな心地ここちしける」

 など、ささめきつつこえたまふ。

 御前おまへに、みだれがはしき前栽せんざいなどもゑさせたまはず、撫子なでしこいろをととのへたる、からの、大和やまとの、ませいとなつかしくひなして、みだれたるゆふばえ、いみじくゆ。みなりて、こころのままにもらぬを、かずおもひつつやすらふ。

有職いうそくどもなりな。こころもちゐなども、とりどりにつけてこそめやすけれ。みぎ中将ちゅうじゃうは、ましてすこししづまりて、心恥こころはづかしきまさりたり。いかにぞや、おとづれこゆや。はしたなくも、なさしはなちたまひそ」

 などのたまふ。

 中将ちゅうじゃうきみは、かくよきなかに、すぐれてをかしげになまめきたまへり。

中将ちゅうじゃういとひたまふこそ、大臣おとど本意ほいなけれ。じりものなく、きらきらしかめるなかに、大君おほきみだつすぢにて、かたくななりとにや」

 とのたまへば、

まさば、といふひともはべりけるを」

 とこえたまふ。

「いで、その御肴みさかなもてはやされむさまはねがはしからず。ただ、をさなきどちのむすびおきけむこころけず、年月としつきへだてたまふこころむけのつらきなり。まだ下臈げらふなり、みみかろしとおもはれば、らずがほにて、ここにまかせたまへらむに、うしろめたくはありなましや」

 など、うめきたまふ。「さは、かかる御心みこころへだてある御仲おほんなかなりけり」ときたまふにも、おやられたてまつらむことのいつとなきは、あはれにいぶせくおぼす。

月もなきころなれば、燈籠に御殿油

 つきもなきころなれば、燈籠とうろ御殿油おほんとなぶらまゐれり。

「なほ、気近けぢかくてあつかはしや。篝火かがりびこそよけれ」

 とて、ひとして、

篝火かがりびだいひとつ、こなたに」

 とす。をかしげなる和琴わごんのある、せたまひて、らしたまへば、りちにいとよく調しらべられたり。もいとよくれば、すこしきたまひて、

「かやうのことは御心みこころらぬすぢにやと、つきごろおもひおとしきこえけるかな。あき月影つきかげすずしきほど、いとおくぶかくはあらで、むしこゑらしはせたるほど、気近けぢかいまめかしきもののなり。ことことしき調しらべ、もてなししどけなしや。

このものよ、さながらおほくのあそもの拍子はうし調ととのへとりたるなむいとかしこき。大和琴やまとごととはかなくせて、きはもなくしおきたることなり。ひろ異国ことくにのことをらぬをんなのためとなむおぼゆる。

おなじくは、こころとどめてものなどにはせてならひたまへ。ふかこころとて、なにばかりもあらずながら、またまことにることはかたきにやあらむ、ただいまは、この内大臣うちのおとどになずらふひとなしかし。

ただはかなきおな菅掻すががきのに、よろづのもののもりかよひて、いふかたもなくこそ、ひびきのぼれ」

 とかたりたまへば、ほのぼの心得こころえて、いかでとおぼすことなれば、いとどいぶかしくて、

「このわたりにて、さりぬべき御遊おほんあそびのをりなど、きはべりなむや。あやしき山賤やまがつなどのなかにも、まねぶものあまたはべるなることなれば、おしなべてこころやすくやとこそおもひたまへつれ。さは、すぐれたるは、さまことにやはべらむ」

 と、ゆかしげに、せちこころれておもひたまへれば、

「さかし。あづまとぞくだりたるやうなれど、御前ごぜん御遊おほんあそびにも、まづ書司ふみのつかさすは、ひとくにらず、ここにはこれをもののおやとしたるにこそあめれ。

そのなかにも、おやとしつべき御手おほんてよりりたまへらむは、こころことなりなむかし。ここになども、さるべからむをりにはものしたまひなむを、このことに、しまずなど、あきらかにらしたまはむことやかたからむ。ものの上手じゃうずは、いづれのみちこころやすからずのみぞあめる。

さりとも、つひにはきたまひてむかし」

 とて、調しらべすこしきたまふ。ことつひいとなく、いまめかしくをかし。「これにもまされるづらむ」と、おやおほんゆかしさたちひて、このことにてさへ、「いかならむに、さてうちとけきたまはむをかむ」など、おもひゐたまへり。

貫河ぬきかは瀬々せぜのやはらた」と、いとなつかしくうたひたまふ。「おやくるつま」は、すこしうちわらひつつ、わざともなくきなしたまひたる菅掻すががきのほど、いひらずおもしろくこゆ。

「いで、きたまへ。ざえひとになむぢぬ。「想夫恋さうふれん」ばかりこそ、こころのうちにおもひて、まぎらはすひともありけめ、おもなくて、かれこれにはせつるなむよき」

 と、せちこえたまへど、さる田舎ゐなかくまにて、ほのかに京人きゃうひとのりける、古大君ふるおほぎみをんなをしへきこえければ、ひがことにもやとつつましくて、れたまはず。

「しばしもきたまはなむ。ることもや」とこころもとなきに、この御琴おほんことによりぞ、ちかくゐざりりて、

「いかなるかぜひて、かくはひびきはべるぞとよ」

 とて、うちかたぶきたまへるさま、火影ほかげにいとうつくしげなり。わらひたまひて、

みみかたからぬひとのためには、にしむかぜふかし」

 とて、しやりたまふ。いとこころやまし。

人びと近くさぶらへば

 ひとびとちかくさぶらへば、れいたはぶれごともえこえたまはで、

撫子なでしこかでも、このひとびとのりぬるかな。いかで、大臣おとどにも、この花園はなぞのせたてまつらむ。もいとつねなきをとおもふに、いにしへも、もののついでにかたでたまへりしも、ただいまのこととぞおぼゆる」

 とて、すこしのたまひでたるにも、いとあはれなり。

撫子なでしこのとこなつかしきいろばもとの垣根かきねひとたづねむ

このことのわづらはしさにこそ、まゆごもりも心苦こころぐるしうおもひきこゆれ」

 とのたまふ。きみ、うちきて、

山賤やまがつかきほにひし撫子なでしこのもとのざしをれかたづねむ」

 はかなげにこえないたまへるさま、げにいとなつかしくわかやかなり。

ざらましかば」

 とうちじたまひて、いとどしき御心みこころは、くるしきまで、なほえしのつまじくおぼさる。

渡りたまふことも、あまりうちしきり

 わたりたまふことも、あまりうちしきり、ひとたてまつりとがむべきほどは、こころおにおぼしとどめて、さるべきことをしでて、御文おほんふみかよはぬをりなし。ただこのおほんことのみ、御心みこころにはかかりたり。

「なぞ、かくあいなきわざをして、やすからぬものおもひをすらむ。さおもはじとて、こころのままにもあらば、ひとのそしりはむことの軽々かるがるしさ、わがためをばさるものにて、このひとおほんためいとほしかるべし。かぎりなきこころざしといふとも、はるうへおほんおぼえにならぶばかりは、わがこころながらえあるまじく」おぼりたり。「さて、そのおとりのつらにては、なにばかりかはあらむ。わがひとつこそ、ひとよりはことなれ、ひとのあまたがなかに、かかづらはむすゑにては、なにのおぼえかはたけからむ。ことなることなき納言なふごんきはの、二心ふたごころなくておもはむには、おとりぬべきことぞ」

 と、みづからおぼるに、いといとほしくて、「みや大将だいしゃうなどにやゆるしてまし。さてもてはなれ、いざなひりては、おもひもえなむや。いふかひなきにて、さもしてむ」とおぼをりもあり。

 されど、わたりたまひて、御容貌おほんかたちたまひ、いま御琴おほんことをしへたてまつりたまふにさへことづけて、ちかやかにりたまふ。

 姫君ひめぎみも、はじめこそむくつけく、うたてともおもひたまひしか、「かくても、なだらかに、うしろめたき御心みこころはあらざりけり」と、やうやうれて、いとしもうとみきこえたまはず、さるべき御応おほんいらへも、れしからぬほどにこえかはしなどして、るままにいと愛敬あいぎゃうづき、かをりまさりたまへれば、なほさてもえぐしやるまじくおぼかへす。

「さはまた、さて、ここながらかしづきゑて、さるべき折々をりをりに、はかなくうちしのび、ものをもこえてなぐさみなむや。かくまだ世馴よなれぬほどの、わづらはしさにこそ、心苦こころぐるしくはありけれ、おのづから関守せきもりつよくとも、もののこころりそめ、いとほしきおもひなくて、わがこころおもりなば、しげくともはらじかし」とおぼる、いとけしからぬことなりや。

 いよいよこころやすからず、おもひわたらむくるしからむ。なのめにおもぐさむことの、とざまかくざまにもかたきぞ、づかずむつかしき御語おほんかたらひなりける。

内の大殿は、この今の御女のことを

 うち大殿おほとのは、このいま御女おほんむすめのことを、「殿とのひとゆるさず、かろひ、にもほきたることとそしりきこゆ」と、きたまふに、少将せうしゃうの、ことのついでに、太政大臣おほきおとどの「さることや」ととぶらひたまひしこと、かたりきこゆれば、

「さかし。そこにこそは、としごろ、おとにもこえぬ山賤やまがつむかりて、ものめかしたつれ。をさをさひとうへもどきたまはぬ大臣おとどの、このわたりのことは、みみとどめてぞおとしめたまふや。これぞ、おぼえある心地ここちしける」

 とのたまふ。少将せうしゃうの、

「かの西にしたいゑたまへるひとは、いとこともなきけはひゆるわたりになむはべるなる。兵部卿宮ひゃうぶきゃうのみやなど、いたうこころとどめてのたまひわづらふとか。おぼろけにはあらじとなむ、ひとびとはかりはべめる」

 とまうしたまへば、

「いで、それは、かの大臣おとど御女おほんむすめおもふばかりのおぼえのいといみじきぞ。ひとこころみなさこそあるなめれ。かならずさしもすぐれじ。ひとびとしきほどならば、としごろこえなまし。

あたら、大臣おとどの、ちりもつかず、このにはぎたまへる御身おほんみのおぼえありさまに、おもだたしきはらに、むすめかしづきて、げにきずなからむと、おもひやりめでたきがものしたまはぬは。

おほかたの、すくなくて、こころもとなきなめりかし。おとばらなれど、明石あかし御許おもとでたるはしも、さるになき宿世すくせにて、あるやうあらむとおぼゆかし。

その今姫君いまひめぎみは、ようせずは、じち御子おほんこにもあらじかし。さすがにいとけしきあるところつきたまへるひとにて、もてないたまふならむ」

 と、ひおとしたまふ。

「さて、いかがさだめらるなる。親王みここそまつはしたまはむ。もとよりきて御仲おほんなかよし、人柄ひとがら警策きゃうざくなるおほんあはひどもならむかし」

 などのたまひては、なほ、姫君ひめぎみおほんこと、かず口惜くちをし。「かやうに、こころにくくもてなして、いかにしなさむなど、やすからずいぶかしがらせましものを」とねたければ、くらゐさばかりとざらむかぎりは、ゆるしがたくおぼすなりけり。

 大臣おとどなども、ねむごろに口入くちいれかへさひたまはむにこそは、くるやうにてもなびかめとおぼすに、男方をとこがたは、さらにられきこえたまはず、こころやましくなむ。

とかく思しめぐらすままに

 とかくおぼしめぐらすままに、ゆくりもなくかるらかにはひわたりたまへり。少将せうしゃう御供おほんともまゐりたまふ。

 姫君ひめぎみは、昼寝ひるねしたまへるほどなり。うすもの単衣ひとへたまひてしたまへるさま、あつかはしくはえず、いとらうたげにささやかなり。きたまへるはだつきなど、いとうつくしげなるつきして、あふぎたまへりけるながら、かひなをまくらにて、うちやられたる御髪みぐしのほど、いとながくこちたくはあらねど、いとをかしきすゑつきなり。

 ひとびともののうしろしつつうちやすみたれば、ふともおどろいたまはず。あふぎらしたまへるに、何心なにごころもなく見上みあげたまへるまみ、らうたげにて、つらつきあかめるも、おや御目おほんめにはうつくしくのみゆ。

「うたたはいさめきこゆるものを。などか、いとものはかなきさまにては大殿籠おほとのごもりける。ひとびともちかくさぶらはで、あやしや。

をんなは、つねこころづかひしてまもりたらむなむよかるべき。こころやすくうちてざまにもてなしたる、しななきことなり。

さりとて、いとさかしくかためて、不動ふどう陀羅尼だらにみて、いんつくりてゐたらむもにくし。うつつのひとにもあまり気遠けどほく、ものへだてがましきなど、気高けだかきやうとても、ひとにくく、こころうつくしくはあらぬわざなり。

太政大臣おほきおとどの、きさきがねの姫君ひめぎみならはしたまふなるをしへは、よろづのことにかよはしなだらめて、かどかどしきゆゑもつけじ、たどたどしくおぼめくこともあらじと、ぬるらかにこそおきてたまふなれ。

げに、さもあることなれど、ひととして、こころにもするわざにも、ててなびくかたかたとあるものなれば、でたまふさまあらむかし。このきみひととなり、宮仕みやづかへにだしてたまはむのけしきこそ、いとゆかしけれ」

 などのたまひて、

おもふやうにたてまつらむとおもひしすぢは、かたうなりにたる御身おほんみなれど、いかで人笑ひとわらはれならずしなしたてまつらむとなむ、ひとうへのさまざまなるをくごとに、おもみだれはべる。

こころごとにねむごろがらむひとのねぎごとに、なしばしなびきたまひそ。おもふさまはべり」

 など、いとらうたしとおもひつつこえたまふ。

むかしは、なにごともふかくもおもらで、なかなか、さしあたりていとほしかりしことのさわぎにも、おもなくてえたてまつりけるよ」と、いまおもづるに、むねふたがりて、いみじくづかしき。

 大宮おほみやよりも、つねにおぼつかなきことをうらみきこえたまへど、かくのたまふるがつつましくて、えわたたてまつりたまはず。

大臣、この北の対の今姫君を

 大臣おとど、このきたたい今姫君いまひめぎみを、

「いかにせむ。さかしらにむかて。ひとかくそしるとて、かへおくらむも、いと軽々かるがるしく、ものぐるほしきやうなり。かくてめおきたれば、まことにかしづくべきこころあるかと、ひとひなすなるもねたし。女御にょうご御方おほんかたなどにじらはせて、さるをこのものにしないてむ。ひとのいとかたはなるものにひおとすなる容貌かたち、はた、いとさふばかりにやはある」

 などおぼして、女御にょうごきみに、

「かのひとまゐらせむ。見苦みぐるしからむことなどは、いしらへる女房にょうばうなどして、つつまずをしへさせたまひて御覧ごらんぜよ。わかひとびとの言種ことぐさには、なわらはせさせたまひそ。うたてあはつけきやうなり」

 と、わらひつつこえたまふ。

「などか、いとさことのほかにははべらむ。中将ちゅうじゃうなどの、いとなくおもひはべりけむかねごとらずといふばかりにこそははべらめ。かくのたまひさわぐを、はしたなうおもはるるにも、かたへはかかやかしきにや」

 と、いとづかしげにてこえさせたまふ。このおほんありさまは、こまかにをかしげさはなくて、いとあてにみたるものの、なつかしきさまひて、おもしろきむめはなひらけさしたるあさぼらけおぼえて、のこおほかりげにほほみたまへるぞ、ひとことなりける、とたてまつりたまふ。

中将ちゅうじゃうの、いとさへど、心若こころわかきたどりすくなさに」

 などまうしたまふも、いとほしげなるひとおほんおぼえかな。

やがて、この御方のたよりに

 やがて、この御方おほんかたのたよりに、たたずみおはして、のぞきたまへば、すだれたかくおしりて、五節ごせちきみとて、されたる若人わかうどのあると、双六すぐろくをぞちたまふ。をいとせちにおしもみて、

「せうさい、せうさい」

 とこふこゑぞ、いと舌疾したどきや。「あな、うたて」とおぼして、御供おほんともひと前駆さきふをも、かきせいしたまうて、なほ、妻戸つまど細目ほそめなるより、障子さうじきあひたるを見入みいれたまふ。

 この従姉妹いとこも、はた、けしきはやれる、

御返おほんかへしや、御返おほんかへしや」

 と、とうをひねりて、とみにでず。なかおもひはありやすらむ、いとあさへたるさまどもしたり。

 容貌かたちはひちちかに、愛敬あいぎゃうづきたるさまして、かみうるはしく、つみかろげなるを、ひたひのいとちかやかなると、こゑのあはつけさとにそこなはれたるなめり。りたててよしとはなけれど、異人ことびととあらがふべくもあらず、かがみおもひあはせられたまふに、いと宿すくせ世心こころづきなし。

「かくてものしたまふは、つきなくうひうひしくなどやある。ことしげくのみありて、とぶらひまうでずや」

 とのたまへば、れいの、いと舌疾したどにて、

「かくてさぶらふは、なにのものおもひかはべらむ。としごろ、おぼつかなく、ゆかしくおもひきこえさせし御顔おほんかほつねにえたてまつらぬばかりこそ、たぬ心地ここちしはべれ」

 とこえたまふ。

「げに、ちか使つかひともをさをさなきに、さやうにてもならしたてまつらむと、かねてはおもひしかど、えさしもあるまじきわざなりけり。なべてのつかうまつりびとこそ、とあるもかかるも、おのづからまじらひて、ひとみみをもをも、かならずしもとどめぬものなれば、こころやすかべかめれ。それだに、そのひとむすめ、かのひとらるるきはになれば、おや兄弟はらから面伏おもてぶせなるたぐおほかめり。まして」

 とのたまひさしつる、けしきのづかしきもらず、

なにか、そは、ことことしくおもひたまひてまじらひはべらばこそ、所狭ところせからめ。大御大壺取おほみおほつぼとりにも、つかうまつりなむ」

 とこえたまへば、えねんじたまはで、うちわらひたまひて、

つかはしからぬやくななり。かくたまさかにへるおやけうせむのこころあらば、このもののたまふこゑを、すこしのどめてかせたまへ。さらば、いのちびなむかし」

 と、をこめいたまへる大臣おとどにて、ほほみてのたまふ。

舌の本性にこそははべらめ

した本性ほんじゃうにこそははべらめ。をさなくはべりしときだに、故母こははつねくるしがりをしへはべりし。妙法寺みゃうほふじ別当大徳べたうだいとこの、産屋うぶやにはべりける、あえものとなむなげきはべりたうびし。いかでこの舌疾したどさやめはべらむ」

 とおもさわぎたるも、いと孝養けうやうこころふかく、あはれなりとたまふ。

「その、気近けぢかちたりけむ大徳だいとここそは、あぢきなかりけれ。ただそのつみむくいななり。おし言吃ことどもりとぞ、大乗だいじょうそしりたるつみにも、かずへたるかし」

 とのたまひて、「ながらづかしくおはするおほんさまに、えたてまつらむこそづかしけれ。いかにさだめて、かくあやしきけはひもたづねずむかせけむ」とおぼし、「ひとびともあまたつぎ、らさむこと」と、おもかへしたまふものから、

女御にょうごさとにものしたまふ時々ときどきわたまゐりて、ひとのありさまなどもならひたまへかし。ことなることなきひとも、おのづからひとじらひ、さるかたになれば、さてもありぬかし。さるこころして、えたてまつりたまひなむや」

 とのたまへば、

「いとうれしきことにこそはべるなれ。ただ、いかでもいかでも、御方々おほんかたがたかずまへしろしめされむことをなむ、てもめても、としごろなにごとをおもひたまへつるにもあらず。御許おほんゆるしだにはべらば、みづみいただきても、つかうまつりなむ」

 と、いとよげに、いますこしさへづれば、いふかひなしとおぼして、

「いとしか、おりたちてたきぎひろひたまはずとも、まゐりたまひなむ。ただかのあえものにしけむのりだにとほくは」

 と、をこごとにのたまひなすをもらず、おなじき大臣おとどこゆるなかにも、いときよげにものものしく、はなやかなるさまして、おぼろけのひとえにくきけしきをも見知みしらず、

「さて、いつか女御殿にょうごどのにはまゐりはべらむずる」

 とこゆれば、

「よろしきなどやいふべからむ。よし、ことことしくはなにかは。さおもはれば、今日けふにても」

 とのたまひててわたりたまひぬ。

よき四位五位たちの

 よき四位しゐ五位ごゐたちの、いつききこえて、うちじろきたまふにも、いといかめしき御勢おほんいきほひなるを見送みおくりきこえて、

「いで、あな、めでたのわがおやや。かかりけるたねながら、あやしき小家こいへでけること」

 とのたまふ。五節ごせち

「あまりことことしく、づかしげにぞおはする。よろしきおやの、おもひかしづかむにぞ、たづでられたまはまし」

 とふも、わりなし。

れいの、きみの、ひとふことやぶりたまひて、めざまし。いまは、ひとつくち言葉ことばぜられそ。あるやうあるべきにこそあめれ」

 と、腹立はらだちたまふかほやう、気近けぢかく、愛敬あいぎゃうづきて、うちそぼれたるは、さるかたにをかしくつみゆるされたり。

 ただ、いといなかび、あやしき下人しもびとなかでたまへれば、ものふさまもらず。ことなるゆゑなき言葉ことばをも、こゑのどやかにししづめてだしたるは、き、みみことにおぼえ、をかしからぬ歌語うたがたりをするも、こゑづかひつきづきしくて、のこおもはせ、もとすゑしみたるさまにてうちじたるは、ふかすぢおもぬほどのきには、をかしかなりと、みみもとまるかし。

 いとこころふかくよしあることをひゐたりとも、よろしき心地ここちあらむとこゆべくもあらず、あはつけきこわざまにのたまひづる言葉ことばこはごはしく、言葉ことばたみて、わがままにほこりならひたる乳母めのとふところにならひたるさまに、もてなしいとあやしきに、やつるるなりけり。

 いといふかひなくはあらず、三十文字みそもじあまり、もとすゑあはぬうた口疾くちとくうちつづけなどしたまふ。

さて、女御殿に参れとのたまひつるを

「さて、女御殿にょうごどのまゐれとのたまひつるを、しぶしぶなるさまならば、ものしくもこそおぼせ。さりまうでむ。大臣おとどきみ天下てんがおぼすとも、この御方々おほんかたがたのすげなくしたまはむには、殿とののうちにはてりなむはや」

 とのたまふ。おほんおぼえのほど、いとかろらかなりや。

 まづ御文おほんふみたてまつりたまふ。

葦垣あしがきのまぢかきほどにはさぶらひながら、いままでかげむばかりのしるしもはべらぬは、勿来なこそせきをやゑさせたまへらむとなむ。らねども、武蔵野むさしのといへばかしこけれども。あなかしこや、あなかしこや」

 と、てんがちにて、うらには、

「まことや、くれにもまゐむとおもうたまへつは、いとふにはゆるにや。いでや、いでや、あやしきは水無川みなせがはにを」

 とて、またはしに、かくぞ、

くさわか常陸ひたちうらのいかがさきいかであひ田子たご浦波うらなみ

大川水おほかはみづの」

 と、あを色紙しきし一重ひとかさねに、いとさうがちに、いかれるの、そのすぢともえず、ただよひたるきざまも下長しもながに、わりなくゆゑばめり。くだりのほど、はしざまに筋交すぢかひて、たふれぬべくゆるを、うちみつつて、さすがにいとほそちひさくむすびて、撫子なでしこはなにつけたり。

樋洗童しも、いと馴れてきよげなる

 樋洗童ひすましわらはしも、いとれてきよげなる、今参いままゐりなりけり。女御にょうご御方おほんかた台盤所だいばんどころりて、

「これ、まゐらせたまへ」

 とふ。下仕しもづか見知みしりて、

きたたいにさぶらふわらはなりけり」

 とて、御文おほんふみる。大輔たいふきみといふ、まゐりて、きて御覧ごらんぜさす。

 女御にょうご、ほほみてうちかせたまへるを、中納言ちゅうなごんきみといふ、ちかくゐて、そばそばけり。

「いといまめかしき御文おほんふみのけしきにもはべめるかな」

 と、ゆかしげにおもひたれば、

さう文字もじは、え見知みしらねばにやあらむ、もとすゑなくもゆるかな」

 とて、たまへり。

かへりこと、かくゆゑゆゑしくかずは、ろしとやおもひおとされむ。やがてきたまへ」

 と、ゆづりたまふ。もてでてこそあらね、わかひとは、ものをかしくて、みなうちわらひぬ。御返おほんかへへば、

「をかしきことのすぢにのみまつはれてはべめれば、こえさせにくくこそ。宣旨書せんじがきめきては、いとほしからむ」

 とて、ただ、御文おほんふみめきてく。

ちかきしるしなき、おぼつかなさは、うらめしく、

常陸ひたちなる駿河するがうみ須磨すまうらなみでよ筥崎はこざきまつ

 ときて、みきこゆれば、

「あな、うたて。まことにみづからのにもこそひなせ」

 と、かたはらいたげにおぼしたれど、

「それはかむひとわきまへはべりなむ」

 とて、おしつつみてだしつ。

 御方おほんかたて、

「をかしの御口おほんくちつきや。つとのたまへるを」

 とて、いとあまえたる薫物たきものを、かへがへきしめゐたまへり。べにといふもの、いとあからかにかいつけて、かみけづりつくろひたまへる、さるかたににぎははしく、愛敬あいぎゃうづきたり。御対面おほんたいめんのほど、さしぐしたることもあらむかし。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次