『紫式部日記』の「若宮誕生(わかみやたんじょう)」は、中宮彰子が敦成親王(後の後一条天皇)を出産した後、宮廷が祝賀ムードに包まれる様子を描いた章段です。
寛弘5年(1008年)9月11日の敦成親王誕生から、およそ1か月後の10月10日頃までの出来事が描かれており、出産をめぐる緊張感や、藤原道長全盛期の宮廷の空気が伝わってきます。
このページでは、出産から約1か月がたった「十月十余日」の部分について、現代語訳・原文・語釈をわかりやすく解説します。

紫式部日記「若宮誕生」の現代語訳
10月10日過ぎになっても、中宮彰子様は御帳台からお出になりません。
その西側にある御座所に、女房たちは昼も夜も待機しています。
道長殿が、夜中でも明け方でもお見えになっては、乳母の懐を引いて若宮を探ろうとなさいます。
ぐっすり眠っている時などは、乳母は何の警戒心もなく寝ぼけていて、はっと驚きますが、道長殿はおかまいなしに、若宮をたいそうかわいがって見ています。
まだ首もすわっていない若宮を、心ゆくまで高く抱き上げてかわいがるのも、ごもっともなことであり喜ばしいことです。
ある時は若宮が、おそれ多くも仕方のない粗相をなさったのを、道長殿は着物の紐をほどいて、御几帳のうしろで着物をあぶって乾かします。
「かわいいのう、この若宮の御小便に濡れるのは嬉しいことよ。この濡れた着物をあぶることこそ、待ち望んでいたような心地さえする」
と、お喜びになる。
紫式部日記「若宮誕生」の原文
十月十余日までも、御帳出でさせたまはず。
西の傍なる御座に、夜も昼もさぶらふ。
殿の、夜中にも暁にも参りたまひつつ、御乳母の懐をひき探させたまふに、うちとけて寝たる時などは、何心もなくおぼほれておどろくも、いといとほしく見ゆ。
心もとなき御ほどを、わが心をやりてささげうつくしみたまふも、ことわりにめでたし。
ある時はわりなきわざしかけ奉りたまへるを、御紐ひき解きて、御几帳のうしろにてあぶらせたまふ。
「あはれ、この宮の御しとに濡るるはうれしきわざかな。この濡れたるあぶるこそ、思ふやうなる心地すれ」
と、喜ばせたまふ。
紫式部日記「若宮誕生」の語釈
- 西の傍なる御座:御帳台の西側にある、中宮の昼の居間。紫式部たち女房が常駐していた。
- 殿:藤原道長。
- 懐:着物の胸元あたりの内側。
- 何心なし:警戒心がない。油断している。
- おぼほる:ぼんやりする。
- おどろく:はっと目覚める。
- 心をやる:得意になる。心を満足させる。
- ささぐ:高く上げる。
- うつくしむ:(小さいものや弱いものを)大事に思ってかわいがる。
- ことわり:もっともだ。
- あぶす:火にあてて乾かす。
- しと:小便
- 分く:区別する。はっきりと分ける。


