「深草の里」「おもて歌」というタイトルが付け鴨長明の
無名抄「俊成自讃歌のこと」の登場人物と人間関係
『無名抄』の「俊成自讃歌のこと」は、登場人物と人間関係を押さえておくとわかりやすくなります。
まず、登場人物は3人、俊成、俊恵、そして鴨長明です。
本文の中に長明の名前は出てきませんが、俊成について俊恵が長明に語ったことを、長明が書き留めた内容であることを理解しておく必要があります。
俊成とは貴族の藤原俊成のことで、長明よりも40年ほど先輩の歌人です。
俊恵は東大寺の僧であり、俊成と同世代の歌人で、鴨長明の歌の師匠でした。
俊恵と俊成は、身分は違えど同じ時代を生きた歌人として、良きライバルであり、良き友人でもあったのでしょう。
ある時、俊恵が俊成の自宅を訪問し、
「自分が詠んだ歌の中で、どの歌が一番好き?」
と、尋ねた時の話が、「俊成自讃歌のこと」の内容です。
無名抄「俊成自讃歌のこと」のあらすじ
俊恵が私(長明)に語ったことによると、俊恵が俊成邸を訪れた時、
俊恵俊成さあ、自分が詠んだ歌の中で、どの歌が一番好き?



『夕されば~』の歌かな



そうなん? みんな『面影に~』の歌の方が良いって言ってるのに?



へー、知らんけど、比べるもんでもないよね
という会話をしたらしい。俊成が自讃する『夕されば』の歌について、俊恵は私(長明)に、



あの歌は第三句の『身にしみて』が超残念なんよ
と、内々に語ってくれた。そのついでに、



あっ、わしの自讃歌は『み吉野の~』な。後世で聞かれたらよろしく。
と言った。
無名抄「俊成自讃歌のこと」現代語訳
俊恵が(長明に)言うことには、
「五条三位入道藤原俊成卿のご自宅に参りました折に、
『お詠みになった歌の中で、どの作品が優れているとお思いですか。人は遠い所からあれこれと決めつけますが、その意見を採り入れるべきではないでしょう。はっきりとご本人の口からお聞きしたいのです』
と(俊恵が俊成に)申し上げると、
夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
夕方になると、野原を吹き渡る冷たい秋風が身にしみる。鶉の鳴く声がもの寂しく感じられる深草の里よ。
『この歌こそが、私の身にとっての代表歌と思っております』
と、(俊成が)言われたので、この俊恵はさらに、
『世間の大多数の人は、
面影に花の姿を先立てて幾重超え来ぬ峰の白雲
遠くに見える面影に桜の花を思い浮かべて、峰の白雲を幾重も越えてきたよ
この歌が優れていると申していることについては、どうお考えですか』
と申し上げました。すると、
『さあ、他人がどのように決めているのか、存じ上げません。しかし私自身としては、先の歌と比較することはできません』
とのことでした」
と語って、このことについて(俊恵が長明に)内々に申したことは、
「あの歌は『身にしみて』という第三句が、たいそう無念に思われるのです。これほどに優れた歌は、情景を言い表して、ただ言葉を詠むことで身にしみたのだろうと思わせるのが、奥ゆかしく優れているでしょう。いちいち言い続けて、歌の大事なポイントとすべき節をあっさりと言い表したので、無意味に表現が浅くなってしまったのだよ」
「私の歌の中では、み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ、この歌をそう、あの俊成卿が自賛した歌の類にしようと思っております。もし後の世に、自分の優れた歌がどれかよくわからない、という人がいたら、『こんなことを言っていたよ』と語ってくれたまえ」
と言った。
無名抄「俊成自讃歌のこと」の原文と語釈
俊恵いはく
原文・語釈
俊恵いはく、
「五条三位入道の御許に参でたりしついでに、
『御詠の中には、いづれをか優れたりと思ほす。人はよそにてやうやうに定め侍れど、それをば用ゐ侍るべからず。まさしく承らん』
と聞こえしかば、
- 俊恵:平安時代後期の歌人。鴨長明の師匠。
- 五条三位入道:藤原俊成のこと。藤原定家の父。
- 御許:お住まい。お宅。
- よそ【余所】:ほかの場所。遠い所。
- 用ゐる:(意見などを)採り入れる。
- まさしく【正しく】:はっきりと。確かに。
- 承る:お聞きする。
- 聞こゆ:申し上げる。
現代語訳
俊恵いわく、
「五条三位入道藤原俊成卿のご自宅に参りました折に、
『お詠みになった歌の中で、どの作品が優れているとお思いですか。人は遠い所からあれこれと決めつけますが、その意見を採り入れるべきではないでしょう。はっきりとご本人からお聞きしたい』
と申し上げると、
夕されば野辺の秋風身にしみて
原文・語釈
『夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
これをなん、身にとりてのおもて歌と思ひ給ふる』
と言はれしを、俊恵またいはく、
『世にあまねく人の申し侍るには、
面影に花の姿を先立てて幾重超え来ぬ峰の白雲
これを優れたるやうに申し侍るはいかに』
と聞こゆ。
- おもて歌【面歌・表歌】:代表作。
- あまねし【遍し・普し】:すみずみにまで広く行きわたっている。
現代語訳
『夕されば野辺の秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里
この歌こそが、私の身にとっての代表歌と思っております』
と言われたので、俊恵はさらに、
『世間の大多数の人が申し上げることには、
面影に花の姿を先立てて幾重超え来ぬ峰の白雲
この歌を優れているように申していることは、どう思われますか』
と申し上げた。
いさ、よそにはさもや定め侍るらん
原文・語釈
『いさ、よそにはさもや定め侍るらん、知り給へず。なほみづからは、先の歌には言ひ較ぶべからず』
とぞ侍りし」
と語りて、これをうちうちに申ししは、
- いさ:相手の質問に対して、すぐに答えられない時に発する語。さあ。さあね。
- うちうちに【内内に】:内々に。ひそかに。こっそり。
現代語訳
『さあ、よそではそのように決めているのでしょうか、知りません。なお私自身は、先の歌と言い比べることはできません』
とのことでした」
と語って、このことを内々に申したことは、
かの歌は『身にしみて』といふ腰の句の
原文・語釈
「かの歌は『身にしみて』といふ腰の句のいみじう無念におぼゆるなり。これほどになりぬる歌は、景気を言ひ流して、ただ空に身にしみけんかしと思はせたるこそ、心にくくも優にも侍れ。いみじく言ひもて行きて、歌の詮とすべき節をさはさはと言ひ表したれば、むげにこと浅くなりぬるなり」
とぞ。
- 腰の句:和歌の第三句の五文字。
- いみじ:たいそう。はなはだしい。
- 景気:歌から想像される風景。
- 空に:何も見ないで。暗記して。そらんじて。
- こころにくし【心憎し】:心ひかれる。奥ゆかしい。
- いひもてゆく【言ひもて行く】:言い続けていく。
- 詮:大事なところ。
- さはさは【爽爽】:さっぱり。すっきり。すらすら。
- むげに【無下に】:むやみに。すっかり。容赦なく。まったく。
現代語訳
「あの歌は『身にしみて』という第三句が、たいそう無念に思われるのです。これほどに優れた歌は、情景を言い表して、ただ言葉を詠むことで身にしみたのだろうと思わせるのが、奥ゆかしく優れているでしょう。いちいち言い続けて、歌の大事なポイントとすべき節をあっさりと言い表したので、無意味に表現が浅くなってしまったのだよ」
そのついでに
原文・語釈
そのついでに、
「わが歌の中には、
み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
これをなん、かのたぐひにせんと思ひ給ふる。もし世の末におぼつかなく言ふ人もあらば、
『かくこそ言ひしか』
と語り給へ」
とぞ。
- うちしぐる【打ち時雨る】:時雨がさっと降る。しぐれる。
- 世の末:後の世。将来。
- おぼつかなし【覚束なし】:はっきりしない。
- 景気:歌から想像される風景。
- 空に:何も見ないで。暗記して。そらんじて。
- こころにくし【心憎し】:心ひかれる。奥ゆかしい。
- いひもてゆく【言ひもて行く】:言い続けていく。
- 詮:大事なところ。
- さはさは【爽爽】:さっぱり。すっきり。すらすら。
- むげに【無下に】:むやみに。すっかり。容赦なく。まったく。
現代語訳
そのついでに、
「私の歌の中では、
み吉野の山かき曇り雪降ればふもとの里はうちしぐれつつ
この歌をそう、あの俊成卿が自賛した歌の類にしようと思っております。もし後の世に自分の優れた歌がどれかよくわからない、という人がいたら、
『こんなことを言っていたよ』
と語ってくれたまえ」
と言った。









