2026年7月26日(日)、福岡県鞍手郡鞍手町にある「古月横穴」を訪問しました。2025年9月に訪問した「城山横穴群」と同じく、国の史跡に指定されている重要な遺跡です。現地は整備が行き届いており、横穴の内部を覗くこともできます。古月横穴への行き方を紹介します。
古月横穴とは
古月横穴は、古墳時代の6世紀後半から7世紀後半にかけて、西山山系から東へ延びる丘陵の斜面に造られた横穴墓群です。硬い岩盤を掘り抜いて造られており、現在までに40基の横穴墓が確認されています。
大正15年(1926年)の夏、土地の所有者であった白石謙八氏によって発見されました。その後、白石氏や旧制鞍手中学校(現在の福岡県立鞍手高等学校)の石塚常彦校長らを中心に発掘が行われ、昭和2年(1927年)に国の史跡に仮指定。昭和7年(1932年)には、正式に国指定史跡となりました。
横穴墓のうち、2号墓・6号墓・9号墓には装飾文様が確認されています。2号墓と6号墓には硬い道具で線状の文様が刻まれ、9号墓の奥壁と左側壁には朱色の文様が描かれています。
平成6年度(1994年度)から平成12年度(2000年度)にかけて行われた発掘調査では、須恵器や土師器などの土器約500点をはじめ、刀や鏃などの鉄製品、メノウ製の勾玉などが出土しました。これらは墓の入口や内部に置かれ、亡くなった人への供え物であったと考えられています。
古月横穴への行き方と駐車場
古月横穴へは車で向かうのが便利です。周辺の道路には案内板が要所ごとに配置されているため、現場にたどり着くのはそう難しくないと思います。が、問題は駐車場です。
案内板にしたがって車を走らせると、古月横穴の入口までたどり着きます。しかし、入り口に立っている看板を見ると、「古月横穴駐車場」と書かれた矢印が、今来た道へ引き返す方向に向いていました。「駐車場なんてあったかな?」と思いつつ、いったんUターンします。

来た道を引き返すと、駐車場っぽいスペースはあります。しかし、ここが古月横穴の駐車場だと示す看板はありません。「ここに停めていいのかな」と思いつつ、他に停められそうな場所もないので、ここに駐車することにしました。

看板が指し示す方向へ歩いて、先ほど車で到達した古月横穴の入口へと向かいます。



茂みの中を進んでいくと、

古月横穴に到着しました。思っていた以上に広々としていて、さすがは国指定史跡といった貫禄です。


古月横穴を歩く
古月横穴のなかでも、中心的な存在であったと考えられている9号墓です。墓室の入口は塞がれていますが、内部には奥行き3.33m、幅2.5m、高さ1.62mの空間があり、壁の一部には朱色で彩色された装飾文様が描かれているそうです。

こちらは17号墓。こちらは入口が開いており、中を覗くことができます。


奥へ進むと、古月横穴が発見されて間もない昭和初期(1930年頃)に安置されたという仏像が並んでいます。

昭和4年(1929年)に建てられた「古月横穴開山記念碑」です。後ろに見えるのは、タカラスタンダードの工場です。

奥にもまだ横穴があります。

12号墓も中を覗くことができます。


ぐるっと一周すると、もとの入口へと戻ります。非常に見ごたえのある横穴群でした。



