このページでは、清少納言『枕草子』第67段から第83段までの現代語訳全文を掲載しています。
原文は古文の教科書や参考書にも多く採用され、一般に広く知られている「三巻本」をもとにしています。原文の内容を保ちながら、わかりやすく読みやすい口語訳にしました。原文とあわせて読みたい方は、『枕草子』原文全文(4)第67段~第83段をご覧ください。
第67段「草の花は」
草の花では、撫子。唐撫子は言うまでもなく、大和撫子もたいそうすばらしい。女郎花。桔梗。朝顔。刈萱。菊。壺菫。竜胆は、枝ぶりなどは少しごつごつしているけれど、ほかの花がみな霜に枯れた頃に、たいそう華やかな色合いで咲き出しているのが、とても趣深い。また、特に取り立てて立派な花というほどではないけれど、かまつかの花はかわいらしい。名前はあまり感じがよくないようだ。文字では「雁の来る花」と書くという。かにひの花は、色は濃くないけれど藤の花によく似ていて、春と秋に咲くのがおもしろい。
萩は、色がたいそう濃く、枝がしなやかに咲いているのが、朝露に濡れて柔らかく広がり伏している様子がよい。牡鹿が特にその中を分けて歩き、踏みならすというのも格別である。八重山吹。
夕顔は、花の形も朝顔に似ていて、「朝顔、夕顔」と言い続ければ趣深そうな花の姿なのに、実のありさまがひどく残念である。どうしてあんな実ができるのだろう。せめて、ぬかづきなどというもののようであればよいのに。それでも、「夕顔」という名だけはやはり趣がある。しもつけの花。葦の花。
この中に薄を入れていないのは、とても不思議だと人は言うようだ。秋の野の全体に漂う趣は、薄があってこそである。穂先が蘇芳色にたいそう濃く、朝露に濡れてなびいている姿に、これほどのものがほかにあるだろうか。ただ、秋の終わりの薄はまったく見どころがない。色とりどりに咲き乱れていた花が跡形もなく散ったあと、冬の終わりまで、自分の頭が真っ白に乱れていることにも気づかず、昔を懐かしむような顔で、風になびきながら揺れて立っている人にとてもよく似ている。何かにたとえて見る気持ちがあってこそ、それをしみじみと感じるのだろう。
第68段「集は」
歌集は、古万葉。古今集。
第69段「歌の題は」
歌の題は、都。葛。三稜草。駒。霰。
第70段「おぼつかなきもの」
気がかりなもの。十二年間山籠りをしている僧の母親。
知らない所へ暗い夜に行ったとき、姿が丸見えになるといけないからと灯火もつけず、それでも人々が並んで座っていること。来たばかりで人柄も分からない者に大切な物を持たせて人のもとへやったところ、帰りが遅いこと。
まだ物も言えない幼児が、のけぞって、人にも抱かれようとせず泣いていること。
第71段「たとしへなきもの」
まるで違うもの。夏と冬。昼と夜。雨の降る日と晴れた日。人が笑っているときと腹を立てているとき。老人と若者。白いものと黒いもの。好きな人と嫌いな人。同じ人でも、愛情があるときと心が変わったときとは、本当に別人のように思われる。火と水。太った人と痩せた人。髪の長い人と短い人。
第72段「夜烏どものゐて」
夜、烏たちがとまっていて、夜中頃に寝ぼけて騒ぐ。落ちそうになって慌て、木から木へ移り、寝起きの声で鳴いているのは、昼間に見る姿とは違っておもしろい。
第73段「しのびたる所にありては」
人目を忍ぶ所にいるときは、夏がよい。たいそう短い夜が明けてしまい、少しも眠らないままになる。あちこちを開け放したままなので、涼しく、外も広く見渡せる。まだもう少し話しておきたいことがあって、互いに返事をしながら話しているうちに、座っているすぐ上を烏が高く鳴きながら飛んでいくのは、人目を忍んでいるのに、すっかり明るみに出たような気がしておもしろい。
また、冬の夜のひどく寒いときに、寝具に埋もれて横になりながら聞く鐘の音が、まるで物の底から響くように聞こえるのは、とても趣深い。鳥の声も、初めは羽の中に顔を埋め、口をふさいだように鳴くので、たいそう奥深く遠く聞こえるのが、夜が明けるにつれて近く聞こえてくるのもおもしろい。
第74段「懸想人にて来たるは」
恋人として通って来た男の場合は言うまでもないが、ただ親しく話をする人や、それほど親しい間柄でもないのに時々やって来る人が、簾の内に大勢の人がいて話などしているところへ入り込み、すぐには帰りそうにない。すると供の男や童などが、あれこれ中をのぞいて様子をうかがい、
「斧の柄も朽ちてしまいそうだ」
と、ひどく退屈そうにして、長々とあくびをし、ひそかに思って言っているのだろうけれど、
「ああ、つらい。煩悩、苦悩だなあ。もう夜中になっただろう」
などと言うのは、たいそう感じが悪い。それを言った従者自身はどうとも思わないのだろうが、中に座っている主人のほうが、それまで趣のある人と思われていた感じまで失うように思われる。
また、そこまではっきり口に出せず、
「ああ」
と大きな声で言って、うなったりするのも、
「下を流れる水の……」
というようで、気の毒になる。
立蔀や透垣などのもとで、
「雨が降りそうだ」
などと、わざと聞こえるようにつぶやくのも、とても憎らしい。たいそう身分の高い人のお供などは、そんなことはしない。貴公子のお供くらいまではまだよい。それより身分が下がると、みなそのようである。供が大勢いる中でも、人柄を見て連れて歩いてほしいものだ。
第75段「ありがたきもの」
めったにないもの。舅に褒められる婿。また、姑にかわいがられる嫁。毛がよく抜ける銀の毛抜き。主人の悪口を言わない従者。
少しも癖がなく、容姿も心も振る舞いも優れ、世の中で暮らしていく間に少しの欠点も見せない人。同じ所に住む人同士が互いに気を遣い、少しの隙もなく用心しているつもりでも、ついに欠点が見えないというのは難しい。
物語や歌集などを書き写すとき、手本に墨をつけないこと。立派な草子などは、どんなに注意して書いても、どうしても汚れてしまうようだ。
男と女の仲は言うまでもない。女同士でも、深く約束を交わして親しくしている人が、最後まで仲よくしているというのは難しい。
第76段「内裏の局細殿いみじうをかし」
内裏の局では、細殿がたいそう趣深い。
上の蔀を上げると風が強く吹き込んで、夏でもとても涼しい。
冬は、雪や霰などが風と一緒に吹き込んでくるのも、とても趣がある。狭くて、子どもなどが上がって来るのは困るけれど、屏風の中に隠して座らせておけば、ほかの局のように声高く笑ったりもしないので、とてもよい。昼も絶えず気を配っていなければならない。夜はまして気を抜くことができないのが、かえっておもしろい。
沓の音が一晩中聞こえている中、その音が止まり、指一本だけで戸を叩く音がすると、すぐに「あの人だ」と分かるのがおもしろい。長いこと叩いてもこちらが音を立てないので、寝入っていると思うだろうかと悔しくなり、少し身動きをして衣の音を立てると、相手も「ああ、起きているのだな」と思うことだろう。
冬は、火桶にそっと立てる火箸の音まで、ひそやかにしているのが外にも聞こえる。それなのに、相手がいっそう戸を叩くので、こちらが声を出して応じると、物陰のままそっと近寄って、その声を聞くこともある。
また、大勢の声で漢詩を朗誦したり、歌を歌ったりしているときには、戸を叩かれなくても先に開けるので、ここへ来るつもりではなかった人まで立ち止まってしまう。座る場所もなく、一晩中立ったままでいるのも、やはり趣深い。几帳の帷子がとても鮮やかで、その裾が重なって見えているところに、直衣の後ろを少しほころばせて着ている貴公子や、青色の袍を着た六位の蔵人などが、堂々と遣戸のそばへ寄りかかって立つこともできず、塀のほうへ背を押しつけ、袖を合わせて立っているのがおもしろい。
また、たいそう濃い色の指貫に鮮やかな直衣を着て、色とりどりの衣をこぼすように重ねた人が、簾を押し入れて半分ほど中へ入ったようにしている姿も、外から見ればたいそう趣があるだろう。きれいな硯を引き寄せて手紙を書いたり、あるいは鏡を借りて姿を見直したりするのも、何もかもおもしろい。
三尺の几帳を立てると、帽額の下にはほんの少し隙間がある。その外に立つ人と内に座る人が話すと、その隙間がちょうど顔のあたりに来るのが趣深い。背がたいそう高い人や低い人ならどうなるのだろう。普通の背丈の人なら、だいたいそのようになるのだろう。
第77段「まいて臨時の祭の調楽などは」
まして、臨時の祭の調楽などは、たいそう趣深い。
主殿寮の役人が長い松明を高く掲げ、首を引っ込めるようにして進むので、松明の先だけが見え隠れする。その中で楽が美しく奏され、笛が盛んに吹かれて、いつもとは違う気持ちになる。貴公子たちが祭の日の装束で立ち止まり、話などしていると、供の随身たちが、自分の主人のために前駆の声を控えめに短くかけるのも、音楽に交じって普段とは違って趣深く聞こえる。
そのまま蔀を上げて、皆が帰って来るのを待っていると、貴公子たちの声で、
「荒田に生える富草の花」
と歌うのが聞こえ、今度はいっそう趣深い。ところが、どんなまじめ一方の人なのだろうか、すたすたと歩いて帰ってしまう人もいるので、皆が笑うと、
「ちょっと待ってください。どうしてそんなに夜を捨てて急いでお帰りになるのです」
などと言う。すると具合でも悪いのだろうか、倒れそうなほど慌てて、まるで誰かに追われて捕まえられそうに見えるほど急いで出て行く人もいるようだ。
第78段「職の御曹司におはします頃木立など」
中宮が職の御曹司にいらっしゃった頃、木立などはひどく古び、建物も高くて近寄りがたい感じだったが、何となく趣深く思われた。母屋には鬼がいるというので、南側を仕切って御座所を移し、南の廂に御帳台を立て、その外側の廂に女房たちは控えていた。
近衛門から左衛門の陣へ参る上達部の前駆の声と、殿上人の短い前駆の声とを、「大前駆」「小前駆」と名づけて聞き騒ぐ。何度も聞くうちに、その声もみな聞き分けられるようになり、
「あの方だ」
「あの人だ」
などと言うと、また別の人が、
「違う」
などと言う。人をやって確かめさせ、言い当てていたときには、
「やっぱり」
などと言うのもおもしろい。
有明の月が残る頃、庭一面に深く霧がかかっていたので、下へ降りて歩いていると、それをお聞きになった中宮もお起きになった。上にいた女房たちは皆外へ出て座ったり、庭へ下りたりして遊んでいるうちに、だんだん夜が明けていく。
「左衛門の陣を見に行こう」
と言って出かけると、私も私もと後から続いて行く。そのとき殿上人が大勢で声を合わせて、
「何某、一声の秋」
と朗誦しながらこちらへ来る音がするので、女房たちは逃げ込んで、あれこれ話す。
「月をご覧になっていたのですね」
などと感心して、歌を詠む人もいる。
夜も昼も、殿上人が訪れない時はない。上達部まで参られるので、よほど急ぐ用事でもないかぎり、必ずこちらへお立ち寄りになる。
第79段「あぢきなきもの」
つまらないもの。自分からわざわざ思い立って宮仕えに出た人が、億劫がり、面倒そうにしていること。養子の顔がかわいくないこと。気の進まない人を無理に婿に迎えておいて、思いどおりではないと嘆くこと。
第80段「心地よげなるもの」
気持ちよさそうなもの。卯杖の祝いを述べる人。御神楽の人長。神楽で振幡というものを持つ人。御霊会の馬の長。池の蓮。にわか雨に遭った人。傀儡のこととり。
第81段「御仏名のまたの日」
御仏名の翌日、地獄絵の屏風を一面に立て渡して、中宮にご覧いただく。恐ろしく、ものすごいことこの上ない。
「これを見なさい、見なさい」
とおっしゃるけれど、
「とても拝見できません」
と言って、恐ろしさのあまり上の部屋に隠れて横になってしまった。
雨がひどく降って退屈だからと、殿上人を帝の御局に召して管弦の遊びがあった。道方の少納言の琵琶はたいそうすばらしい。済政は筝の琴、行儀は笛、経房の少将は笙の笛を奏して、どれもおもしろい。
ひととおり演奏し、琵琶を弾き終えた頃、大納言殿が、
「琵琶の声がやんだのに、語り始めるのが遅い」
と朗誦なさったので、隠れて横になっていた私まで起き出して、
「やはり罪は恐ろしいけれど、すばらしいものを愛でる心はやめられません」
と言って、皆に笑われた。
第82段「頭の中将のすずろなるそら言を聞きて」
頭の中将が根も葉もないうそを言ったと聞いて、私はひどくけなし、
「どうしてあんな人を立派だと褒めたのだろう」
などと言った。それを聞いた中将が、殿上で私のことをひどく悪く言っていると聞くのは恥ずかしかったけれど、本当のことならともかく、そのうち事実を聞き直してくださるだろうと笑っていた。ところが、黒戸の前などですれ違うとき、私の声がするだけでも袖で顔をふさぎ、こちらを少しも見ず、ひどく憎んでいらっしゃるので、私も何も言わず、気にも留めないで過ごしていた。
二月の末頃、ひどく雨が降って退屈な日に、私は物忌でこもっていた。
「それでも、やはり寂しい。何か話しかけてみようかとおっしゃっています」
と人々が伝えてくるけれど、
「とんでもない」
などと答えていた。その日一日下の局で過ごし、夜になって参上すると、中宮は夜の御殿へお入りになっていた。
長押の下へ火を近く寄せ、皆で集まって漢字の偏をつける遊びをしていた。
「まあ、うれしい。早くいらっしゃい」
などと、私を見つけて言うけれど、私は興ざめな気持ちで、何のために上がって来たのだろうと思った。
炭櫃のそばに座ると、そこにも大勢がいて話などしているうちに、
「某はおりますか」
と外から尋ねさせる声がするので、見ると主殿司だった。
「ここにいる方へ、人づてではなく直接申し上げたいことがあります」
などと言うので、顔を出して尋ねると、
「これは頭の殿からのお手紙です。お返事を早く」
と言う。
あれほど私を憎んでいらっしゃるのに、どんな手紙なのだろうと思ったが、すぐに急いで見るほどでもないので、
「帰りなさい。あとでお返事します」
と言って、懐に入れて中へ戻った。
そのまま人の話などを聞いていると、主殿司がすぐに戻って来て、
「それなら、先ほどのお手紙を返してもらって来いとおっしゃっています。早く、早く」
と言う。不思議で、『伊勢物語』のようだと思いながら見ると、青い薄様の紙に、とてもきれいに書いてある。
先ほど少し胸をときめかせたような内容ではなかった。
「蘭省で花の盛りのころ、錦の帳の下に――」
と書いてあり、
「この続きは何か、何か」
とある。どう返事をすればよいのだろう。中宮がいらっしゃればご覧に入れるところだが、この続きを知っているふりをして、たどたどしい漢字で書くのもひどくみっともない。考え回す暇もなく返事をせき立てられるので、その紙の末に、炭櫃にあった消え炭で、
「草の庵を、誰が訪ねてくれるでしょう」
と書きつけて持たせたが、それ以上の返事は言わなかった。
皆が寝た翌朝、とても早く局へ下りると、源中将の声で、
「ここに、草の庵はありますか」
と大げさに言うので、
「おかしなこと。どうして人けのないものがあるでしょう。『玉の台』をお尋ねになったなら、お返事したでしょうに」
と言った。
「ああ、よかった。下にいたのですね。上へ捜しに行こうとしていたところです」
と言って、昨夜のことを話し始めた。
「頭の中将の宿直所に、少し名のある人たちが六位の者まで集まり、いろいろな人のことを昔から今まで話していました。そのついでに、『あの者とはすっかり仲が絶えてしまったが、さすがにこのままではいられない。何か言って来ることもあるかと待っているのに、少しも気にしていないのがひどく悔しい。今夜こそ、よいか悪いか決着をつけて終わりにしよう』と皆で相談したのです。
使いの主殿司が、『今は手紙を見ないと言って中へ入ってしまいました』と言うので、もう一度追い返し、『袖をつかんででも、あれこれ言わせず手紙を受け取って来い。できなければ、こちらの手紙を取り返して来い』と言いつけました。あれほど雨が激しく降る中を行かせたのに、すぐに帰って来ました。
『これです』と差し出したのが先ほどの手紙なので、取り返して来たのかと思って開いてみると、あなたの返事が書いてあった。皆がいっせいに声を上げたので、何事かと寄って見て、『なんという大した盗人だ。やはりこの人は捨てられない』と大騒ぎになりました。これに上の句をつけて送り返そう、源中将がつけろなどと言い、夜が更けるまで句をつけあぐねて、そのまま終わったのです。これは将来も必ず語り伝えるべきことだ、と皆で決めました」
などと、こちらが恥ずかしくなるほど詳しく聞かせ、
「あなたのお名前は、今では『草の庵』とつけられました」
と言って、急いで立って行かれたので、
「ひどい名前が後の世まで残るのは残念です」
と言っていると、
修理の亮則光が来て、
「たいそうな喜びを申し上げようと思い、上にいらっしゃるかと参ったのです」
と言うので、
「何ですか。除目があったとも聞かないのに、何の官職におなりになったのです」
と尋ねると、
「いや、本当にたいそううれしいことが昨夜あったので、待ち遠しく思いながら夜を明かしました。これほど面目をほどこしたことはありません」
と言い、初めからあったことを、源中将が語ったのと同じように話して、
「ただ、この返事しだいでは――『こかけをしふみし』という語は意味がはっきりしませんが――もうそんな者がいたとさえ思うまい、と頭の中将がおっしゃったので、そこにいた者が皆で相談して手紙を出したのです。使いが何も持たずに戻って来たときは、かえってよかった。
返事を持って来たときは、どんなものだろうと胸がつぶれる思いでした。本当に悪い返事だったら、兄である私にとっても恥ずかしいと思ったのですが、並一通りではない出来で、そこにいた大勢の人が褒め感心しました。頭の中将が『兄よ、こちらへ来い。これを聞け』とおっしゃったので、内心はたいそううれしかったのですが、『そういう方面のことには、私はまったく関わらないことにしております』と申し上げました。すると、『何か言い加えろ、内容を理解しろというのではない。ただ、人に語るために聞かせるのだ』とおっしゃいました。それは兄として少し残念な扱いでしたが、皆で上の句をつけようとしても、まったくつけようがありませんでした。
さらに、『これにまた返歌をするべきか』などと話し合い、下手だと言われたらかえって悔しいからと、夜中まで皆が残っていました。これは、私自身にとっても、あなたにとっても、喜ばしいことではありませんか。除目で少々の官職を得るくらいは、何とも思えないほどです」
と言う。なるほど、大勢でそんなことをしていたとも知らず、うかうかしていたのが悔しくもあり、これにはさすがに胸がどきりとした。
私と則光が兄妹と呼び合っていることは、帝まで皆ご存じで、殿上でも則光を官職名で呼ばず、「兄」と呼ぶほどだった。
しばらく話などをして座っていると、
「ちょっと」
と中宮がお呼びになったので参上すると、このことをおっしゃるためだった。
帝もお渡りになり、中宮からこの話をお聞きになって、男たちは皆その返事を扇に書きつけて持っている、などとおっしゃるので、私はあきれるほど恥ずかしく、どうしてこんなことを言わせてしまったのだろうと思った。
その後になってようやく、頭の中将も袖で顔を隠すような態度をやめ、私への怒りを解かれたようだった。
第83段「かへる年の二月廿日よ日」
翌年の二月二十日過ぎ、中宮が職の御曹司へお移りになったとき、私はお供をせず梅壺に残っていた。その翌日、頭の中将からのご伝言だということで、
「昨夜、鞍馬へ参詣したのですが、今夜は方角がふさがっているので方違えに行きます。まだ夜が明けないうちに帰るでしょう。必ず話したいことがあります。あまり戸を叩かせないで、待っていてください」
とおっしゃっていたけれど、
「局に一人でいるのはどうしてです。こちらで寝なさい」
と御匣殿がお呼びになったので、そちらへ参った。
長いこと寝てから起き、局へ下りると、
「昨夜、どなたかがひどく戸を叩いていらっしゃいました。ようやく起きましたら、『上にいるのか。それなら、こうこうだと申し伝えよ』とおっしゃいましたが、まさかお起きにはならないだろうと思って、また寝てしまいました」
と女房が話す。
何という気の利かないことだろうと思って聞いていると、主殿司が来て、
「頭の殿からのお言葉です。ただ今退出するところですが、申し上げたいことがあるとのことです」
と言うので、
「用事があって上へ行っています。そこでお会いします」
と言って行かせた。
局だと戸を引き開けられるかもしれず、胸が騒いで困るので、梅壺の東側の半蔀を上げ、
「こちらへ」
と言うと、実に見事な姿で歩いて出ていらっしゃった。
桜襲の直衣がたいそう華やかで、裏の光沢なども言いようがなく美しい。葡萄染のとても濃い指貫には藤の折枝が大胆に織り出され、下に重ねた紅の色や、打って出した光沢などが輝くばかりに見える。
その下には白や薄色の衣を何枚も重ねている。狭い縁に、片足は下へ下ろしたまま、簾のすぐ近くへ寄って座っていらっしゃる姿は、本当に絵に描き、物語ですばらしい場面として語るのは、こういう姿なのだろうと思われた。
御前の梅は、西側が白梅、東側が紅梅で、少し散りかけてはいるものの、まだ趣がある。日の光もうららかで穏やかで、人にも見せたい景色だった。
御簾の内に、さらに若々しい女房がいて、髪がきれいにこぼれかかり、物語にあるような様子で受け答えでもしたなら、もう少し趣があって見栄えもしただろう。ところが実際には、ひどく年を取り古びた女房たちで、髪も自分のものではないせいか、ところどころ震えるように乱れ、色も地味な時期だったので、あるかないかほどの薄鈍色の衣や、色の取り合わせも見分けられない上衣などを何枚か重ねているだけで、少しも華やかさがない。中宮がこちらにいらっしゃらないので裳も着ず、袿姿で座っているのが、せっかくの場面を台無しにして残念だった。
「これから職の御曹司へ参ります。何か伝言はありますか。あなたはいつ参るのです」
などとおっしゃる。
「それにしても昨夜は、夜が明けきらないうちに、前もってああ言っておいたのだから待っているだろうと思い、月がたいそう明るい中、西の京という所から帰って来て、そのまま局の戸を叩いたのです。ところが、ようやく寝ぼけて起きて来た様子といい、返事のそっけなさといい」
などと話してお笑いになる。
「すっかり嫌になってしまいました。どうしてあんな者を置いているのです」
とおっしゃる。
なるほど、そうだっただろうと思うと、おもしろくもあり、気の毒でもあった。
しばらくして、頭の中将はお帰りになった。
外からこの場面を見る人がいたなら、趣深く、御簾の中にはどんな女がいるのだろうと思ったことだろう。
けれど、奥のほうからこちらの後ろ姿を見られたなら、外にあれほどすばらしい人がいるとは思えなかっただろう。
日が暮れたので、私も職の御曹司へ参った。
中宮の御前には大勢の人がいて、上臈の女房なども控え、物語のよいところ、悪いところ、嫌なところなどを論じて、あれこれ批評していた。
涼や仲忠などについて、中宮も、どちらが優れているかなどをおっしゃっていた。
「まず、これはどうなの。早く判断して。仲忠の子ども時代がおかしいと、しきりにおっしゃっているのです」
などと言うと、
「何が悪いのでしょう。琴などは天人が降りて来るほど見事に弾くのに、そんなに悪い人でしょうか。帝の御娘まで妻にしたではありませんか」
と言うので、仲忠の味方たちは勢いづいて、
「それ見たことか」
などと言う。
「そんなことより、昼間、斉信が参った姿をあなたが見ていたら、どれほど夢中で褒めたことだろうと思いました」
とおっしゃるので、
「ええ、本当に。いつにもまして理想的なお姿でした」
などと皆が言う。
「私はまず、そのことを申し上げようと思って参ったのですが、物語の話に紛れてしまいました」
と言って、昼間にあったことの様子を詳しく申し上げると、
「誰も見ましたけれど、あなたのように、縫ってある糸や針目まで見通したでしょうか」
と言って、お笑いになる。
それから、西の京という所がしみじみと趣深かったことを、
「一緒に見る人がいればよかったと思いました。垣などもすっかり古びて、苔が生えていて」
などと頭の中将が話していたと言うと、宰相の君が、
「瓦には松が生えていましたか」
と答えた。その言葉をたいそう気に入って、
「西の方へ、都の門を離れてどれほどの所だろう」
と口ずさんだことなどを、うるさいほど話していたのがおもしろかった。

