藤原定家を「ていか」と呼んだり、藤原俊成を「しゅんぜい」と呼んだりするように、平安時代から鎌倉時代にかけての歌人の名前を、音読みで呼ぶことがあります。
現代ではこのような読み方を「有職読み(ゆうそくよみ)」と呼ぶことがありますが、単純に「人名の音読み=有職読み」というわけではないようです。
例えば、伊藤博文を「はくぶん」、徳川慶喜を「けいき」と呼ぶことを有職読みとするかは議論が分かれるところであり、そもそも有職読みという言葉自体、明治時代以降に使われ始めたとされています。
この記事では、「有職読み」とは何か、藤原定家を「ていか」、藤原俊成を「しゅんぜい」と読む理由、そして故実読みとの関係についてわかりやすく解説します。
藤原定家を「ていか」と読む理由
藤原定家の名前は、正式には「さだいえ」とされています。
しかし、歴史の授業などで「ふじわらのていか」と習った覚えがある人の方が多いのではないでしょうか。
当時の和歌の世界では、歌人の名前を音読みで呼ぶ慣習がありました。
定家の父である藤原俊成は、「しゅんぜい」と読まれます。
『方丈記』の作者であり、歌人としても名を残している鴨長明も、本名は「ながあきら」と読みますが、「ちょうめい」と音読みされるのが一般的です。
このように、平安時代末期から鎌倉時代にかけての歌人には、本来の訓読みとは別に、音読みで広く知られている人物がいます。
背景には「実名敬避俗」という、実名を敬って避ける風習が関係していたと考えられます。
日本では古来から、人の名前を本名で呼ぶことを避ける風習がありました。
本名にはその人の魂や霊力が宿っており、その名前を呼ぶことで相手を支配したり、呪いをかけたりできると考えられていたからです。
そのため、本名は「忌み名(諱)」と呼ばれ、特に位の高い人の諱を口にするのは、大変な無礼に当たるとされていたのです。
このような風習から、公卿としての藤原定家は、「京極中納言」「京極殿」といった別名を持っていました。
歌人としては、和歌の世界での慣習から「ふじわらのていか」という読み方が広く定着していったと考えられます。
歌人以外の例では、『紫式部日記』の主要人物である藤原彰子は、「あきこ」という読み方がほぼ確実とされているにもかかわらず、「しょうし」と称されることがあります。
有職読み(ゆうそくよみ)とは?
このように、歌人の名前を音読みすることを、現在では「有職読み(ゆうそくよみ)」と呼ばれることがあります。
しかし、「有職読み」という言葉は、明治26年(1893年)5月発行の『史学普及雑誌』9号が初出とされており、平安時代や鎌倉時代から使われていた言葉ではありません。
その『史学普及雑誌』には、次のような説明があります。
有職読みとは神祇官、太政官をカンツカサ、オホヒマツリコトノツカサなど読む事也。されど之を一々かく読も間ぬるき話なれは、神祇官はジンギクワン、太政官はダイジヤウクワン〔中略〕と読むべし
引用元:investigation_incentive_award_2016_miura.pdf
ここでいう「有職読み」は、人名の音読みを指しているわけではありません。
神祇官を「かんつかさ」、太政官を「おおいまつりことのつかさ」と読むように、官職名などを古くからの慣習に従って特別に読みことを指していました。
それが後に、歌人や偉人の音読みすることの意味でも使われるようになり、特に1980年代以降は「有職読み=人名の音読み」と限定して解釈される例が広まっていったようです。
現在の辞書では、人名に限らない意味で説明されることもあります。
たとえば、私の手元にある『大辞林』では、「有職読み」の項目は「故実読み」へ案内されており、故実読みについては「漢字で書かれた語を、古来の慣例に従って読む特別な読み方」と説明されています。
このことからも、「有職読み=人名の音読み」と限定して考えるのではなく、古来の慣例に従った特殊な読み方の一種として理解する方がよさそうです。

