『源氏物語』第40帖「御法」原文全文|ひらがなルビ(ふりがな)付きで読む

目次

紫の上、いたうわづらひたまひし

 むらさきうへ、いたうわづらひたまひし御心地みここちのち、いとあつしくなりたまひて、そこはかとなくなやみわたりたまふことひさしくなりぬ。

 いとおどろおどろしうはあらねど、年月としつきかさなれば、たのもしげなく、いとどあえかになりまさりたまへるを、ゐんおもほしなげくこと、かぎりなし。しばしにてもおくれきこえたまはむことをば、いみじかるべくおぼし、みづからの御心地みここちには、このかぬことなく、うしろめたきほだしだにまじらぬ御身おほんみなれば、あながちにかけとどめまほしきおほんいのちともおぼされぬを、としごろの御契おほんちぎりかけはなれ、おもなげかせたてまつらむことのみぞ、ひとれぬ御心みこころのうちにも、ものあはれにおぼされける。のちのためにと、たふときことどもをおほくせさせたまひつつ、「いかでなほ本意ほいあるさまになりて、しばしもかかづらはむいのちのほどは、おこなひをまぎれなく」と、たゆみなくおぼしのたまへど、さらにゆるしきこえたまはず。

 さるは、わが御心みこころにも、しかおぼしそめたるすぢなれば、かくねむごろにおもひたまへるついでにもよほされて、おなみちにもりなむとおぼせど、一度ひとたびいへでたまひなば、かりにもこのかへりみむとはおぼしおきてず、のちには、おなはちすをもけむと、ちぎはしきこえたまひて、たのみをかけたまふ御仲おほんなかなれど、ここながらつとめたまはむほどは、おなやまなりとも、みねへだてて、あひたてまつらぬにかけはなれなむことをのみおぼしまうけたるに、かくいとたのもしげなきさまになやあついたまへば、いと心苦こころぐるしきおほんありさまを、いまはとはなれむきざみにはてがたく、なかなか、山水やまみづにごりぬべく、おぼしとどこほるほどに、ただうちあさへたる、おもひのままの道心だうしんこすひとびとには、こよなうおくれたまひぬべかめり。

 御許おほんゆるしなくて、こころひとつにおぼたむも、さましく本意ほいなきやうなれば、このことによりてぞ、女君をんなぎみは、うらめしくおもひきこえたまひける。わが御身おほんみをも、つみかろかるまじきにやと、うしろめたくおぼされけり。

年ごろ、私の御願にて

 としごろ、わたくし御願おほんがんにてかせたてまつりたまひける法華経ほけきゃう千部せんぶ、いそぎて供養くやうじたまふ。わが御殿おほんとのおぼ二条院にでうのゐんにてぞしたまひける。七僧しちそう法服ほふぶくなど、品々しなじなたまはす。ものいろよりはじめて、きよらなること、かぎりなし。おほかたなにごとも、いといかめしきわざどもをせられたり。

 ことことしきさまにもこえたまはざりければ、くはしきことどももらせたまはざりけるに、をんなおほんおきてにてはいたりふかく、ほとけみちにさへかよひたまひける御心みこころのほどなどを、ゐんはいとかぎりなしとたてまつりたまひて、ただおほかたのおほんしつらひ、なにかのことばかりをなむ、いとなませたまひける。楽人がくにん舞人まひびとなどのことは、大将だいしゃうきみきてつかうまつりたまふ。

 内裏うち春宮とうぐうきさいみやたちをはじめたてまつりて、御方々おほんかたがた、ここかしこに御誦経みずきゃう捧物ほうもちなどばかりのことをうちしたまふだに所狭ところせきに、まして、そのころ、このおほんいそぎをつかうまつらぬところなければ、いとこちたきことどもあり。「いつのほどに、いとかくいろいろおぼしまうけけむ。げに、石上いそのかみ世々よよたる御願おほんがんにや」とぞえたる。

 花散里はなちるさとこえし御方おほんかた明石あかしなどもわたりたまへり。南東みなみひむがしけておはします。寝殿しんでん西にし塗籠ぬりごめなりけり。きたひさしに、方々かたがた御局みつぼねどもは、障子さうじばかりをへだてつつしたり。

三月の十日なれば

 三月さんがつ十日とをかなれば、花盛はなざかりにて、そらのけしきなども、うららかにものおもしろく、ほとけのおはすなるところのありさま、とほからずおもひやられて、ことなり。ふかこころもなきひとさへ、つみうしなひつべし。たきぎこる讃嘆さんたんこゑも、そこらつどひたるひびき、おどろおどろしきを、うちやすみてしづまりたるほどだにあはれにおぼさるるを、まして、このころとなりては、なにごとにつけても、心細こころぼそくのみおぼる。明石あかし御方おほんかたに、さんみやして、こえたまへる。

しからぬこのながらもかぎりとてたきぎきなむことのかなしさ」

 御返おほんかへり、心細こころぼそすぢは、のちこえもこころおくれたるわざにや、そこはかとなくぞあめる。

たきぎこるおもひは今日けふはじめにてこのねがのりぞはるけき」

 もすがら、たふときことにうちはせたるつづみこゑえずおもしろし。ほのぼのとけゆくあさぼらけ、かすみよりえたるはな色々いろいろ、なほはるこころとまりぬべくにほひわたりて、百千鳥ももちどりのさへづりも、ふえおとらぬ心地ここちして、もののあはれもおもしろさものこらぬほどに、陵王りゃうわうきふになるほどのすゑかたがく、はなやかににぎははしくこゆるに、皆人みなびとぎかけたるものの色々いろいろなども、もののをりからにをかしうのみゆ。

 親王みこたち、上達部かむだちめなかにも、ものの上手じゃうずども、のこさずあそびたまふ。上下かみしも心地ここちよげに、きょうあるけしきどもなるをたまふにも、のこすくなしとおぼしたる御心みこころのうちには、よろづのことあはれにおぼえたまふ。

昨日、例ならず起きゐたまへりし

 昨日きのふれいならずきゐたまへりし名残なごりにや、いとくるしうしてしたまへり。としごろ、かかるもののをりごとに、まゐつどあそびたまふひとびとの御容貌おほんかたちありさまの、おのがじしざえども、ことふえをも、今日けふ見聞みききたまふべきとぢめなるらむ、とのみおぼさるれば、さしもとまるまじきひとかほどもも、あはれにえわたされたまふ。

 まして、なつふゆときにつけたるあそたはぶれにも、なまいどましきしたこころは、おのづからちまじりもすらめど、さすがになさけをはしたまふ方々かたがたは、れもひさしくとまるべきにはあらざなれど、まづわれ一人ひとり行方ゆくへらずなりなむをおぼつづくる、いみじうあはれなり。

 ことてて、おのがじしかへりたまひなむとするも、とほわかれめきてしまる。花散里はなちるさと御方おほんかたに、

えぬべき御法みのりながらぞたのまるる世々よよにとむすなかちぎりを」

 御返おほんかへり、

むすびおくちぎりはえじおほかたののこりすくなき御法みのりなりとも」

 やがて、このついでに、不断ふだん読経どきゃう懺法せんぼふなど、たゆみなく、たふときことどもせさせたまふ。御修法みすほふは、ことなるしるしもえでほどもぬれば、れいのことになりて、うちはへさるべき所々ところどころ寺々てらでらにてぞせさせたまひける。

夏になりては

 なつになりては、れいあつさにさへ、いとどりたまひぬべき折々をりをりおほかり。そのことと、おどろおどろしからぬ御心地みここちなれど、ただいとよわきさまになりたまへば、むつかしげに所狭ところせなやみたまふこともなし。さぶらふひとびとも、いかにおはしまさむとするにか、とおもひよるにも、まづかきくらし、あたらしうかなしきおほんありさまとたてまつる。

 かくのみおはすれば、中宮ちゅうぐう、このゐんにまかでさせたまふ。ひむがしたいにおはしますべければ、こなたにはたちきこえたまふ。儀式ぎしきなど、れいかはらねど、こののありさまを見果みはてずなりぬるなどのみおぼせば、よろづにつけてものあはれなり。名対面なだいめんきたまふにも、そのひと、かのひとなど、みみとどめてかれたまふ。上達部かむだちめなど、いとおほつかうまつりたまへり。

 ひさしき御対面おほんたいめんのとだえを、めづらしくおぼして、御物語おほんものがたりこまやかにこえたまふ。ゐんりたまひて、

今宵こよひは、巣離すばなれたる心地ここちして、無徳むとくなりや。まかりてやすみはべらむ」

 とて、わたりたまひぬ。きゐたまへるを、いとうれしとおぼしたるも、いとはかなきほどのおほんなぐさめなり。

方々かたがたにおはしましては、あなたにわたらせたまはむもかたじけなし。まゐらむこと、はたわりなくなりにてはべれば」

 とて、しばらくはこなたにおはすれば、明石あかし御方おほんかたわたりたまひて、心深こころぶかげにしづまりたる御物語おほんものがたりどもこえはしたまふ。

上は、御心のうちに思しめぐらす

 うへは、御心みこころのうちにおぼしめぐらすことおほかれど、さかしげに、からむのちなどのたまひづることもなし。ただなべてのつねなきありさまを、おほどかに言少ことすくななるものから、あさはかにはあらずのたまひなしたるけはひなどぞ、ことでたらむよりもあはれに、もの心細こころぼそけしきは、しるうえける。みやたちをたてまつりたまうても、

「おのおののおほんすゑを、ゆかしくおもひきこえけるこそ、かくはかなかりけるしむこころのまじりけるにや」

 とて、なみだぐみたまへる御顔おほんかほにほひ、いみじうをかしげなり。「などかうのみおぼしたらむ」とおぼすに、中宮ちゅうぐう、うちきたまひぬ。ゆゆしげになどはこえなしたまはず、もののついでなどにぞ、としごろつかうまつりれたるひとびとの、ことなるよるべなういとほしげなる、このひと、かのひと

「はべらずなりなむのちに、御心みこころとどめて、たづおもほせ」

 などばかりこえたまひける。御読経みどきゃうなどによりてぞ、れいのわが御方おほんかたわたりたまふ。

 さんみやは、あまたの御中おほんなかに、いとをかしげにてありきたまふを、御心地みここちひまには、まへゑたてまつりたまひて、ひとかぬに、

「まろがはべらざらむに、おぼでなむや」

 とこえたまへば、

「いとこひしかりなむ。まろは、内裏うちうへよりもみやよりも、ばばをこそまさりておもひきこゆれば、おはせずは、心地ここちむつかしかりなむ」

 とて、おしすりてまぎらはしたまへるさま、をかしければ、ほほみながらなみだちぬ。

大人おとなになりたまひなば、ここにみたまひて、このたいまへなる紅梅こうばいさくらとは、はな折々をりをりに、こころとどめてもてあそびたまへ。さるべからむをりは、ほとけにもたてまつりたまへ」

 とこえたまへば、うちうなづきて、御顔おほんかほをまもりて、なみだつべかめれば、ちておはしぬ。きてほしたてまつりたまへれば、このみや姫宮ひめみやとをぞ、さしきこえたまはむこと、口惜くちをしくあはれにおぼされける。

秋待ちつけて

 あきちつけて、なかすこしすずしくなりては、御心地みここちもいささかさはやぐやうなれど、なほともすれば、かことがまし。さるは、にしむばかりおぼさるべき秋風あきかぜならねど、つゆけきをりがちにてぐしたまふ。

 中宮ちゅうぐうは、まゐりたまひなむとするを、いましばしは御覧ごらんぜよとも、こえまほしうおぼせども、さかしきやうにもあり、内裏うち御使おほんつかひひまなきもわづらはしければ、さもこえたまはぬに、あなたにもえわたりたまはねば、みやわたりたまひける。

 かたはらいたけれど、げにたてまつらぬもかひなしとて、こなたにおほんしつらひをことにせさせたまふ。「こよなうほそりたまへれど、かくてこそ、あてになまめかしきことのかぎりなさもまさりてめでたかりけれ」と、かたあまりにほおほく、あざあざとおはせしさかりは、なかなかこのはなかをりにもよそへられたまひしを、かぎりもなくらうたげにをかしげなるおほんさまにて、いとかりそめにおもひたまへるけしき、るものなく心苦こころぐるしく、すずろにものがなし。

風すごく吹き出でたる夕暮に

 かぜすごくでたる夕暮ゆふぐれに、前栽せんざいたまふとて、脇息けふそくりゐたまへるを、ゐんわたりてたてまつりたまひて、

今日けふは、いとよくきゐたまふめるは。この御前おまへにては、こよなく御心みこころもはればれしげなめりかし」

 とこえたまふ。かばかりのひまあるをも、いとうれしとおもひきこえたまへるけしきをたまふも、心苦こころぐるしく、「つひに、いかにおぼさわがむ」とおもふに、あはれなれば、

「おくとるほどぞはかなきともすればかぜみだるるはぎのうはつゆ

 げにぞ、れかへりとまるべうもあらぬ、よそへられたるをりさへしのびがたきを、見出みいだしたまひても、

「ややもせばえをあらそふつゆおくさきだつほどずもがな」

 とて、おほんなみだはらひあへたまはず。みや

秋風あきかぜにしばしとまらぬつゆれか草葉くさばのうへとのみむ」

 とこえはしたまふ御容貌おほんかたちども、あらまほしく、るかひあるにつけても、「かくて千年ちとせぐすわざもがな」とおぼさるれど、こころにかなはぬことなれば、かけとめむかたなきぞかなしかりける。

いまわたらせたまひね。みだ心地ごこちいとくるしくなりはべりぬ。いふかひなくなりにけるほどとひながら、いとなめげにはべりや」

 とて、御几帳みきちゃうせてしたまへるさまの、つねよりもいとたのもしげなくえたまへば、

「いかにおぼさるるにか」

 とて、みやは、御手おほんてをとらへたてまつりて、たてまつりたまふに、まことにえゆくつゆ心地ここちして、かぎりにえたまへば、御誦経みずきゃう使つかひども、かずらずさわぎたり。さきざきも、かくてでたまふをりにならひたまひて、おほんもののけとうたがひたまひて、夜一夜よひとよさまざまのことをしくさせたまへど、かひもなく、つるほどにてたまひぬ。

宮も、帰りたまはで

 みやも、かへりたまはで、かくてたてまつりたまへるを、かぎりなくおぼす。れもれも、ことわりのわかれにて、たぐひあることともおぼされず、めづらかにいみじく、けぐれのゆめまどひたまふほど、さらなりや。

 さかしきひとおはせざりけり。さぶらふ女房にょうばうなども、あるかぎり、さらにものおぼえたるなし。ゐんは、ましておぼしづめむかたなければ、大将だいしゃうきみちかまゐりたまへるを、御几帳みきちゃうのもとにせたてまつりたまひて、

「かくいまかぎりのさまなめるを、としごろの本意ほいありておもひつること、かかるきざみに、そのおもたがへてやみなむがいといとほしき。御加持おほんかぢにさぶらふ大徳だいとこたち、読経どきゃうそうなども、みなこゑやめてでぬなるを、さりとも、ちとまりてものすべきもあらむ。このにはむなしき心地ここちするを、ほとけおほんしるし、いまはかのくらみちのとぶらひにだにたのまうすべきを、かしらおろすべきよしものしたまへ。さるべきそうれかとまりたる」

 などのたまふけしき、心強こころづよおぼしなすべかめれど、御顔おほんかほいろもあらぬさまに、いみじくへかね、おほんなみだのとまらぬを、ことわりにかなしくたてまつりたまふ。

おほんもののけなどの、これも、ひと御心みこころみだらむとて、かくのみものははべめるを、さもやおはしますらむ。さらば、とてもかくても、御本意おほんほいのことは、よろしきことにはべなり。一日一夜いちにちいちやむことのしるしこそは、むなしからずははべなれ。まことにいふかひなくなりてさせたまひて、のち御髪みぐしばかりをやつさせたまひても、ことなるかの御光おほんひかりともならせたまはざらむものから、まへかなしびのみまさるやうにて、いかがはべるべからむ」

 とまうしたまひて、御忌おほんいみもりさぶらふべきこころざしありてまかでぬそう、そのひと、かのひとなどして、さるべきことども、このきみおこなひたまふ。

年ごろ、何やかやと

 としごろ、なにやかやと、おほけなきこころはなかりしかど、「いかならむに、ありしばかりもたてまつらむ。ほのかにも御声おほんこゑをだにかぬこと」など、こころにもはなれずおもひわたりつるものを、「こゑはつひにかせたまはずなりぬるにこそはあめれ、むなしき御骸おほんからにても、今一度いまひとたびたてまつらむのこころざしかなふべきをりは、ただいまよりほかにいかでかあらむ」とおもふに、つつみもあへずかれて、女房にょうばうの、あるかぎさわまどふを、

「あなかま、しばし」

 と、しづめがほにて、御几帳みきちゃうかたびらを、もののたまふまぎれに、げてたまへば、ほのぼのとけゆくひかりもおぼつかなければ、大殿油おほとなぶらちかくかかげてたてまつりたまふに、かずうつくしげに、めでたうきよらにゆる御顔おほんかほのあたらしさに、このきみのかくのぞきたまふをるも、あながちにかくさむの御心みこころおぼされぬなめり。

「かくなにごともまだかはらぬけしきながら、かぎりのさまはしるかりけるこそ」

 とて、御袖おほんそでかほにおしあてたまへるほど、大将だいしゃうきみも、なみだにくれて、えたまはぬを、しひてしぼりけてたてまつるに、なかなかかずかなしきことたぐひなきに、まことにこころまどひもしぬべし。御髪みぐしのただうちやられたまへるほど、こちたくけうらにて、つゆばかりみだれたるけしきもなう、つやつやとうつくしげなるさまぞかぎりなき。

 のいとかきに、おほんいろはいとしろひかるやうにて、とかくうちまぎらはすこと、ありしうつつのおほんもてなしよりも、いふかひなきさまにて、何心なにごころなくてしたまへるおほんありさまの、かぬところなしとはむもさらなりや。なのめにだにあらず、たぐひなきをたてまつるに、「たましひの、やがてこの御骸おほんからにとまらなむ」とおもほゆるも、わりなきことなりや。

仕うまつり馴れたる女房など

 つかうまつりれたる女房にょうばうなどの、ものおぼゆるもなければ、ゐんぞ、なにごともおぼしわかれずおぼさるる御心地みここちを、あながちにしづめたまひて、かぎりのおほんことどもしたまふ。いにしへも、かなしとおぼすこともあまたたまひし御身おほんみなれど、いとかうおりちてはまだりたまはざりけることを、すべてかたさき、たぐひなき心地ここちしたまふ。

 やがて、その、とかくをさめたてまつる。かぎりありけることなれば、からつつもえぐしたまふまじかりけるぞ、心憂こころうなかなりける。はるばるとひろの、ところもなくみて、かぎりなくいかめしき作法さほふなれど、いとはかなきけぶりにて、はかなくのぼりたまひぬるも、れいのことなれど、あへなくいみじ。

 そらあゆ心地ここちして、ひとにかかりてぞおはしましけるを、たてまつるひとも、「さばかりいつかしき御身おほんみを」と、もののこころらぬ下衆げすさへ、かぬなかりけり。御送おほんおくりの女房にょうばうは、まして夢路ゆめぢまど心地ここちして、くるまよりもまろびちぬべきをぞ、もてあつかひける。

 むかし大将だいしゃうきみおほん母君ははぎみせたまへりしときあかつきおもづるにも、かれは、なほもののおぼえけるにや、つきかほあきらかにおぼえしを、今宵こよひはただくれまどひたまへり。

 十四日じふよにちせたまひて、これは十五日じふごにちあかつきなりけり。はいとはなやかにさしがりて、野辺のべつゆかくれたるくまなくて、なかおぼつづくるに、いとどいとはしくいみじければ、「おくるとても、幾世いくよかはべき。かかるかなしさのまぎれに、むかしよりの御本意おほんほいげてまほしく」おもほせど、心弱こころよわのちのそしりをおぼせば、「このほどをぐさむ」としたまふに、むねのせきあぐるぞへがたかりける。

大将の君も、御忌に籠もりたまひて

 大将だいしゃうきみも、御忌おほんいみもりたまひて、あからさまにもまかでたまはず、ちかくさぶらひて、心苦こころぐるしくいみじきけしきを、ことわりにかなしくたてまつりたまひて、よろづになぐさめきこえたまふ。

 かぜ野分のわきだちて夕暮ゆふぐれに、むかしのことおぼでて、「ほのかにたてまつりしものを」と、こひしくおぼえたまふに、また「かぎりのほどのゆめ心地ここちせし」など、ひとれずおもつづけたまふに、へがたくかなしければ、人目ひとめにはさしもえじ、とつつみて、

阿弥陀仏あみだぶつ阿弥陀仏あみだぶつ

 ときたまふ数珠ずずかずまぎらはしてぞ、なみだたまをばもてちたまひける。

「いにしへのあきゆふべのこひしきにいまはとえしけぐれのゆめ

 ぞ、名残なごりさへかりける。やむごとなきそうどもさぶらはせたまひて、さだまりたる念仏ねんぶつをばさるものにて、法華経ほけきゃうなどぜさせたまふ。かたがたいとあはれなり。

 してもきてもなみだなく、りふたがりてかしらしたまふ。いにしへより御身おほんみのありさまおぼつづくるに、

かがみゆるかげをはじめて、ひとにはことなりけるながら、いはけなきほどより、かなしくつねなきおもるべく、ほとけなどのすすめたまひけるを、心強こころづよぐして、つひにかたさきためしあらじとおぼゆるかなしさをつるかな。いまは、このにうしろめたきことのこらずなりぬ。ひたみちにおこなひにおもむきなむに、さはどころあるまじきを、いとかくをさめむかたなきこころまどひにては、ねがはむみちにもりがたくや」

 と、ややましきを、

「このおもひすこしなのめに、わすれさせたまへ」

 と、阿弥陀仏あみだぶつねんじたてまつりたまふ。

所々の御とぶらひ

 所々ところどころおほんとぶらひ、内裏うちをはじめたてまつりて、れい作法さほふばかりにはあらず、いとしげくこえたまふ。おぼしめしたるこころのほどには、さらになにごともにもみみにもとまらず、こころにかかりたまふこと、あるまじけれど、「ひとにほけほけしきさまにえじ。いまさらにわがすゑに、かたくなしく心弱こころよわまどひにて、なかをなむそむきにける」と、ながれとどまらむおぼしつつむになむ、こころにまかせぬなげきをさへうちへたまひける。

 致仕ちじ大臣おとど、あはれをもをりぐしたまはぬ御心みこころにて、かくにたぐひなくものしたまふひとの、はかなくせたまひぬることを、口惜くちをしくあはれにおぼして、いとしばしばひきこえたまふ。

むかし大将だいしゃうおほんははせたまへりしも、このころのことぞかし」とおぼづるに、いとものかなしく、

「そのをり、かの御身おほんみしみきこえたまひしひとの、おほくもせたまひにけるかな。おくさきだつほどなきなりけりや」

 など、しめやかなる夕暮ゆふぐれにながめたまふ。そらのけしきもただならねば、御子おほんこ蔵人少将くらうどのせうしゃうしてたてまつりたまふ。あはれなることなど、こまやかにこえたまひて、はしに、

「いにしへのあきさへいま心地ここちしてれにしそでつゆぞおきそふ」

 御返おほんかへし、

つゆけさは昔今むかしいまともおもほえずおほかたあきこそつらけれ」

 もののみかなしき御心みこころのままならば、ちとりたまひては、心弱こころよわくもと、とどめたまひつべき大臣おとど御心みこころざまなれば、めやすきほどにと、

「たびたびのなほざりならぬおほんとぶらひのかさなりぬること」

 とよろこびきこえたまふ。

薄墨うすずみ」とのたまひしよりは、いますこしこまやかにてたてまつれり。なかさいはひありめでたきひとも、あいなうおほかたのそねまれ、よきにつけても、こころかぎりおごりて、ひとのためくるしきひともあるを、あやしきまで、すずろなるひとにもけられ、はかなくしでたまふことも、なにごとにつけても、にほめられ、こころにくく、をりふしにつけつつ、らうらうじく、ありがたかりしひと御心みこころばへなりかし。

 さしもあるまじきおほよそのひとさへ、そのころは、かぜおとむしこゑにつけつつ、なみだとさぬはなし。まして、ほのかにもたてまつりしひとの、おもなぐさむべきなし。としごろむつましくつかうまつりれつるひとびと、しばしものこれるいのちうらめしきことをなげきつつ、あまになり、こののほかの山住やまずみなどにおもつもありけり。

冷泉院の后の宮よりも

 冷泉院れいぜいゐんきさいみやよりも、あはれなる御消息おほんせうそこえず、きせぬことどもこえたまひて、

つる野辺のべしとやひとあきこころをとどめざりけむ

いまなむことわりられはべりぬる」

 とありけるを、ものおぼえぬ御心みこころにも、うちかへし、きがたくたまふ。「いふかひあり、をかしからむかたなぐさめには、このみやばかりこそおはしけれ」と、いささかのものまぎるるやうにおぼつづくるにも、なみだのこぼるるを、そでいとまなく、えきやりたまはず。

のぼりにし雲居くもゐながらもかへりよわれきはてぬつねならぬに」

 おしつつみたまひても、とばかり、うちながめておはす。

 すくよかにもおぼされず、われながら、ことのほかにほれぼれしくおぼらるることおほかる、まぎらはしに、をんながたにぞおはします。

 ほとけ御前おまへひとしげからずもてなして、のどやかにおこなひたまふ。千年ちとせをももろともにとおぼししかど、かぎりあるわかれぞいと口惜くちをしきわざなりける。いまは、はちすつゆ異事ことごとまぎるまじく、のちをと、ひたみちにおぼつこと、たゆみなし。されど、人聞ひとぎきをはばかりたまふなむ、あぢきなかりける。

 おほんわざのことども、はかばかしくのたまひおきつることどもなかりければ、大将だいしゃうきみなむ、とりもちてつかうまつりたまひける。今日けふやとのみ、わがこころづかひせられたまふをりおほかるを、はかなくて、もりにけるも、ゆめ心地ここちのみす。中宮ちゅうぐうなども、おぼわするるときなく、ひきこえたまふ。

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