初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす
福岡県太宰府市、坂本八幡宮にある万葉集「第5巻 梅花の歌序」の万葉歌碑を訪問しました。
万葉歌碑の場所

坂本八幡宮
住所:〒818-0133 福岡県太宰府市坂本3丁目14-23
万葉集「第5巻 梅花の歌序」の内容

現代語訳
梅花の歌32首幷せて序
天平2(730)年1月13日、大伴旅人長官の家に集まって、宴会を開いた。
時は新春のめでたき令月にして、空気は澄み、風は穏やか。
梅は鏡前の粉のように白く咲き、蘭は珮後のような香りを漂わせている。
それに加えて、明け方は山の頂に雲が浮かび、松は薄い雲をまとって笠を傾ける。
夕方は山のくぼみに霧がかかり、鳥は薄い霧に群れ集まって林に迷う。
庭には新春の蝶が舞い、空には年を越した雁が去る。
ここに天を屋根とし地を床として、膝を近づけ酒坏を交わす。
堅苦しい言葉は忘れて、心を大きく開いて語り合う。
それぞれが気兼ねなく自由に振舞い、それぞれが気持ちよく満ち足りている。
もし文字に記さないのなら、何によってこの気持ちを述べようか。
中国では落梅の詩を記した。古と今とで何も変わらないだろう。
さあ、庭に咲く梅の花をお題にして、少しばかり短歌を詠もうではないか。
漢文原文
梅花謌卅二首 幷序
天平二年正月十三日、萃于帥老之宅、申宴會也。
于時、初春令月、気淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。
加以、曙嶺移雲、松掛羅而傾蓋、夕岫結霧、鳥封縠而迷林。
庭舞新蝶、空歸故鴈。於是蓋天坐地、促膝飛觴。
忘言一室之裏、開衿煙霞之外。
淡然自放、快然自足。
若非翰苑、何以攄情。
詩紀落梅之篇。
古今夫何異矣。
宜賦園梅聊成短詠。
読み下し文
梅花の歌三十二首幷せて序
天平二年正月十三日、帥の老の宅に萃まりて、宴会を申く。
時に、初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす。
加之、曙の嶺に雲移り、松は羅を掛けて蓋を傾け、夕の岫に霧結び、鳥は縠に封めらえて林に迷ふ。
庭には新蝶舞ひ、空には故雁帰る。
ここに天を蓋とし地を坐とし、膝を促け觴を飛ばす。
言を一室の裏に忘れ、衿を煙霞の外に開く。
淡然と自ら放にし、快然と自ら足る。
若し翰苑にあらざるは、何を以ちてか情を攄べむ。
詩に落梅の篇を紀す。
古と今とそれ何そ異ならむ。
宜しく園の梅を賦して聊かに短詠を成すべし。
語釈
- そち【帥】:大宰帥。大宰府の長官。大伴旅人のこと。
- れいげつ【令月】:万事をなすのによい月。めでたい月。(年月の月であり、空を照らす月ではない)
- きゃうぜんのこ【鏡前の粉】:女性が鏡の前で装よそおう白い粉。梅の花の白さを表す。
- らん【蘭】:フジバカマ。広くキク科の香草。
- はい【珮】:腰の下げる飾り玉。
- はいごのかう【珮後の香】:珮を下げた(身を飾った)人とすれ違った後に漂う香り。
- あけぼの【曙】:夜明け方。
- みね【嶺】:山頂。
- うすもの【羅】:薄く透明な絹織物。雲の比喩。
- きぬがさ【蓋】:天蓋。仏像などにかざす絹ばりの笠。
- くき【岫】山のくぼみ。
- うすもの【縠】:ちりめん生地の一種。霧の比喩。
- こむ【込む・籠む】:その場にいっぱいに群れ集まる。
- 言を一室の裏に忘れ【忘言一室之裏】:『蘭亭序』と同句(悟言一室之内)。堅苦しい言葉を忘れるほど仲睦まじいさま。
- 衿を煙霞の外に開く【開衿煙霞之外】:衿を大自然に向かって大きく開いて。
- かんゑん【翰苑】:大宰府に伝わっていた唐の書物。ここでは文章に記すの意。
- 詩に落梅の篇を紀す【詩紀落梅之篇】:『詩経』に梅の実が落ちる詩があり、楽府体の詩に「梅花落」の題が多い。
- ふす【賦す】:題を割り当てられて詩をつくる。
- いささか【聊か】:ほんの少し。わずかばかり。


