目次
原文・語釈
年月に添へて、御息所の御ことを
年月に添へて、御息所の御ことを思し忘るる折なし。慰むやと、さるべき人々を参らせたまへど、なずらひに思さるるだにいとかたき世かなと、うとましうのみよろづに思しなりぬるに、先帝の四の宮の御かたちすぐれたまへる聞こえ高くおはします。
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- みやすんどころ【御息所】:天皇の御寝所に仕える女性。桐壺更衣のこと。
- なずらひ【準ひ・准ひ・擬ひ】:本物に準ずること。
- かたし【難し】:容易でない。難しい。
- うとまし【疎まし】:いとましい。。嫌な感じだ。
- よろづに【万に】:いろいろと。何事につけて。
- しのみや【四の宮】:第四皇女。
- かたち【形・容貌】:容貌。器量。
- きこえ【聞こえ】:うわさ。評判。
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母后世になくかしづき聞こえたまふを
母后世になくかしづき聞こえたまふを、上にさぶらふ典侍は、先帝の御時の人にて、かの宮にも親しう参りなれたりければ、いはけなくおはしましし時より見たてまつり、今もほの見たてまつりて、
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- きさき【后】:天皇の夫人。皇后。中宮。
- かしづく【傅く】:大事に世話をする。
- きこゆ【聞こゆ】:〘謙譲語〙お⋯する。
- うへ【上】:天皇。
- ないしのすけ【典侍】:内侍司の次官。
- いはけなし【稚けなし】:幼い。
- ほの【仄】:ちょっと。かすかに。
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うせたまひにし御息所の御かたちに
「うせたまひにし御息所の御かたちに似たまへる人を、三代の宮仕へに伝はりぬるにえ見たてまつりつけぬを、后の宮の姫宮こそ、いとようおぼえて生ひ出でさせたまへりけれ。ありがたき御かたち人になん」
と奏しけるに、まことにやと御心とまりて、ねんごろに聞こえさせたまひけり。
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- つたはる【伝はる】:昔から続いて現在に至る。受け継がれる。
- え:よく。じゅうぶんに。
- みつく【見付く】:見なれる。
- きさいのみや【后の宮】:后の敬称。
- おぼゆ【覚ゆ】:似る。
- おひいづ【生ひ出づ】:成長する。
- ありがたし【有り難し】:めったにない。めったにないほど尊くすぐれている。
- ねんごろ【懇ろ】:心を込めたようす。丁寧である。
- きこえさせたまふ【聞こえさせ給ふ】:申し上げさせなさる。
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母后、あなおそろしや
母后、「あなおそろしや。春宮の女御のいとさがなくて、桐壺の更衣のあらはにはかなくもてなされにし例もゆゆしう」と、思しつつみて、すがすがしうも思し立たざりけるほどに、后もうせたまひぬ。心細きさまにておはしますに、
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- とうぐう【春宮・東宮】:皇太子の御殿。
- とうぐうのにょうご【春宮・東宮の女御】:弘徽殿女御のこと。
- さがなし:意地が悪い。
- あらは【露・顕】:露骨である。
- はかなし【果無し・果敢無し】:あっけない。
- もてなす【もて成す】:取り扱う。
- ゆゆし:不吉だ。忌まわしい。
- おぼしつつむ【思し包む】:心に包みお隠しになる。
- すがすがし【清清し】:あっさりして思いきりがよい。
- おぼしたつ【思し立つ】:心をお決めになる。ご決心なさる。
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ただ、わが女御子たちの同じつらに
「ただ、わが女御子たちの同じつらに思ひ聞こえん」
と、いとねんごろに聞こえさせたまふ。さぶらふ人々、御後見たち、御兄人の兵部卿の御子など、「かく心細くておはしまさむよりは、内住みせさせたまひて御心も慰むべく」など思しなりて、参らせたてまつりたまへり。
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- つら【列・連・行】:同列。
- きこえさせたまふ【聞こえさせ給ふ】:申し上げなさる。
- せうと【兄人】:男兄弟をさす語。
- ひゃうぶきゃう【兵部卿】:兵部省の長官。
- うちずみ【内住み・内裏住み】:宮中に住むこと。女官として宮中に仕えること。
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現代語訳
桐の花
年月が経つに従っても、帝は更衣との思い出をお忘れになることはありません。慰められることもあろうかと、それらしい人々を参らせなさるけれども、「更衣の面影を思うことさえまったく難しい世かな」と、疎ましいとばかり万事を思いなさっておられました。
そのような折に、先帝の第四皇女が、御容貌がすぐれておられるとの評判が高くおいでです。母である先帝の后が、世にまたとなく大切に守り育てていらっしゃいました。それを帝付きの典侍は、先帝の御時にも仕えていた人で、かの第四皇女にも親しく参りなれていました。御幼少でいらした時から拝見しており、今もほのかにお見かけになると、
「亡くなられた更衣の御容貌に似ている人を、三代にわたる宮仕えを受け継いでいるうちによく見なれてしまっておりましたが、御后様の姫宮こそ、それはそっくりに似て御成長なさり、めったにおられない御容貌の人でございます」
と申し伝えたところ、「まことにや」と帝の御心にとまったので、丁寧に申し上げました。母の后は、
「あなおそろしや。春宮の女御がとんでもなく性悪で、桐壺の更衣が露骨に軽々しく扱われた前例も忌まわしいわ」
と心の内に思われて、すがすがしく思い立てないでいるうちに、后も亡くなられてしまいました。四の宮が心細い様子でいらっしゃるところに、
「ただ、私の皇女たちと同列に思いましょう」
と、丁重に申し上げなさいます。四の宮にお仕えする人々、御後見たち、御兄上の兵部卿の御子など、
「このように心細いままいらっしゃるよりは、内裏にお住いになられたなら姫君の御心も慰められましょう」
などお思いになって、四の宮を参らせなさいました。